“レッドリング対策部隊 部隊長ロックベア”
そう手書きされた札の前で、ログベルは現実を受け入れられないでいた。
「いやおかしくない?」
「よろしくお願い致します、ロックベア隊長」
「おかしい、おかしいって……!」
隣でそう話すホシグマは、本来であれば現在のロドスにおいてそこそこ上の立場になる。
いち戦闘員としての登録であり役職という訳ではないものの、高い戦闘能力と信頼の置ける性格からロドスのトップたるドクターからも重宝される存在だから実質的な意味でそこそこ上。
なのに新米のログベルが隊長を努めてその部下になる状態なぞ、間違えてもあり得ない筈だった。
「なにさこのスピード出世! 嫌がらせ!?」
天災扱いのリコを止めるために作られた部隊、ならば“自分なら止められる”としリコの行動や能力に詳しいログベルが本部長に据えられるのは当然(?)
本人の経歴や戦闘経験はほっといて。
なおログベルは部隊長としての仕事も伝えられてなければ、その部下になる人物も伝えられてなかった。
いつもの通り謹慎という名の肉体労働に励んでいたらホシグマに突如呼ばれ、この一室に連れてこられただけである。
「あぁー……。ドクターにしつこく言ったからかなぁ……」
「あの、小官はかのレッドリングと相対する部隊編成をすると聞いているのですが」
ログベルとホシグマの間、下の方から早口な声が聞こえた。
二人して視線を下ろすとそこには、かつてリコを崖下に吹き飛ばそうとした小柄なショウの姿が。
「いたんだ」「いましたか」
「ここへ呼ばれた限りは全力を尽くしますのでチビだからと舐めないでくださいね」
「ご、ごめんね、悪気はなかったの」
リコよりも少し低い身長のショウ(135cm)に対し、両脇に立つのはそれぞれ180cm前後のふたり。
50cm近い身長の差に挟まれるという途轍もない状況に、自分でいう通りチビな事に慣れているショウも流石にビビった。
なんだこの怪獣大決戦のような状況は。
「所で他の隊員が見えませんが」
「そういえばそうだね」
ショウが指摘した通り、現在この部屋には3人しかいない。
ホシグマもログベルにしか声をかけなかった。
「ドクターは部隊長に任せると話をされておりましたよ」
そのホシグマがさらっととんでもないことを言う。
混乱はあるものの、その意味が分からないログベルではない。
揃っていないメンバー、部隊長に任せる。
それはつまり……。
「わたしが、編成を決めろと……?」
「そう難しく考えなくて大丈夫ですよ」
「いや、わたし分かんないよそんなの……」
そも誰がどんな技能を持っているのかと把握している訳ではない。本気でリコを止める気なら、ドクターと話し合って決めるべきだ。
やっぱり嫌がらせ?
部隊長の札が置かれた一番良い椅子へ「まぁまぁ」と座らせられながら頭を抱える。
「ドクターから候補を受け取っております。確認のほどを」
「候補ぉ?」
用意された資料は、ロドスに所属する戦闘オペレーター達の情報だ。
見知った顔から知らない顔まで様々。
一応は以前に聞かれたリコの弱点を考慮してくれてはいるようだが、少なくはない数。
これから決めるには骨が折れる。
「ホシグマさんとショウは確実だから入れられたんだね」
「信頼頂けて光栄です。ロックベア隊長」
「うーん……なんか……なんか……」
一応隊長はロックベア。
他の隊員に示しがつかないや指揮にも関係する事だろうが、ログベルは馴れなかった。
元々こういう隊長というか、リーダー的な役割はバンガーに丸投げしていたのでバシっと言うにも抵抗がある。
ログベルも地頭は悪くない。
しかし自分より頼りになる人物へ判断を委ねる性格ゆえに、いざ自分が指示を出す頭になった経験がない。
「助けてバンガァ」
ホシグマは単純にオニという種族特有の頑強さと味方を守る盾、格闘センスはあるが実践経験の浅いログベルのお供として。
ショウは不意打ちとはいえリコを吹き飛ばし、一時的に行動不能へ追い込んだ実績からそれぞれ選ばれていた。
残りのメンバーに関しては、候補は挙げられるもののドクターでは最終的な判断がつかないとの事でログベルに回されている。
確かに各々の能力や得意なことで、リコの弱点をピンポイントで突かないと止められないという意見には賛成だ。
しかし人を選ぶに当たって今度は作戦やら地形やらも絡んでくるので、単純に弱点で攻めるだけなのも違うだろう。
RPGのように闇属性には光属性、で済む話ではない。
「その為の対策部隊です。まずはどう戦うか方針を決めましょう」
それはそうだけども。
抗議する間もなく、広げられた地図の上にショウが一つの赤い駒を乗せた。
「敵はレユニオンという組織的なものではなく、レッドリングという個人。作戦というより、各々の立ち回りが重要です」
赤い駒を囲むように青い人形が並べられる。
「レユニオンや暴徒との戦闘というより暴れる不審者の取り押さえが近い状況ですね」
青い人形の手には不審者を取り押さえるために使われるようなさすまたがショウによって持たされ、赤い駒へと迫る。
しかし、ログベルは駒をつまんで青い人形を軽く叩いて倒した。
「で、どう抑えるかって話だよね」
赤い駒が暴れて次々と人形を倒していく。
「小官がいます」
ホシグマに支えられた青い人形が、赤い駒の攻撃を耐えた。
「だったね」
もうひとつつまんで赤い駒の前に置き、リコの前に二体の人形が並ぶ。
ホシグマとロックベアだ。
「ここから彼女がどう動くかですが」
「多分だけど、わたしには攻撃してこないと思う。リコは、わたしに殴られたいから」
「……こちらに攻撃が集中するわけか」
無抵抗状態のリコを殴っておしまい。であれば良い話だがそれで済むかどうか。
恐らく一発ぽかんでは終わらないだろう。
向こうが死ぬまで戦う気で、ログベルをその気にさせるために暴れる可能性もある。
「その動かない初手でぼこぼこにすればいいのでは?」
「ねえショウくん、それはわたしにオニになれと?」
「マトイマルという者も追加しますか?」
「いやいやいや」
──いや、それでよくね?
ログベルの中で何かが弾ける。
リコ出現を関知して現場に急行、相対したら近づいて、殴る。
色々と複雑に悩んでいたから駄目なのだ。物事はシンプルに。
「──現場急行後、思いっきり殴っておしまいにする……!」
「では無抵抗状態時に全員で袋叩きに?」
「いや、わたしが殴るよ。万が一リコが逃げようとした時に足止めをお願いするメンバーかもーん!」
部隊とは?
リコを「めっ」てするお膳立て部隊?
もはや部隊とは何かと疑問になるヤケクソ具合。
混沌が場を支配し始めた部屋に、第三者の声がした。
「いるぜ。何か用かい?」
「わっ」
ことん、と突然ログベルの横から一つの駒が出されて置かれた。
ショウも少し驚いたがホシグマは動じず、しかしこの場にいる誰もが彼──イーサンの姿は全く見えていなかった。
「俺、イーサン。よろしくな」
掴み所がないけれど、少なくても悪い人では無さそうだと直感的に感じたログベルは事情を話す。
レッドリングを止める為に力を貸してくれないかと。
「というか聞いてたぜ。丁度気になってた所なんだよな」
完璧な擬態能力と、ヨーヨーを使った絡め技。
不意打ちと足止めをこなせるなら良いやとログベルは、書類の中からホシグマの見つけたイーサンの資料を抜いて編成にいれる。
ついでに同じような足止め能力を持つオーキッドも。
「オーキッドさんの胃がまたやられそうですね」
「このお嬢ちゃん、やっぱりお転婆?」
「です」
ショウとイーサンが小声で話すがそんなことお構いなしに、ホシグマが淡々とそれっぽい能力持ちを抜き出す。
ログベルは一応目を通して、とりあえず部隊人数上限まで埋めた。
前衛はホシグマとログベルのみ。
後衛には放水担当のショウや立候補したイーサンを始めとした面々を。
「ドクターに見せてくるっ!」
完成した部隊編成メモを持って、ログベルは駆け出した。
リコレーダーが完成した時に間に合うようにと思って。
割りと近い所にドクターの部屋はあり、ノックも適当に踏み入り出来上がったものを提出。
その結果は──
「──却下ァ!?」
特殊オペレーター特盛セットは拒否された。
その面々は他の戦闘でも使うから、せめて絞ってくれと。
「リコ止められなくていいの!?」
「……(ふるふる)」
「そんなにいらないでしょ、だそうです」
「あとアーミヤさんって翻訳してるの?」
「……(こくり)」
「そうなんだ……」
情報を照らし合わせればヤケクソ気味に取った、リコを殴ってぼこぼこにして終わりにするでおしまいだ。
それで済む作戦に、ただでさえ手の足りない特殊オペレーター達を総動員させるわけにはいかない。
ドクターの話も分かるけどと食い下がろうとして、やめた。また突然の部隊長みたいな無茶振りが来るかも知れないから。
少なくてもイーサンとオーキッドはOKだとドクターは交渉してくれているのだし、そもロドスへ引き入れてくれた恩もある。
ぐるぐるとログベルの頭を言葉が巡って、肩を下ろした。
万全を尽くしたいけれど、これが限界なら仕方ない。
「これでがんばりますー」
部屋を去ろうとするログベルの背中に待ったがかかる。喋ってないけど。
「……」
ドクターが見せたのは、またよくわからない書類だ。
隣のアーミヤを見て翻訳してもらう。
「件のレッドリング出現予測、できてるみたいです」
「うっそ!」
・・・・・
夢の中で夢を見るというのは不思議な話だ。
“たら”や“れば”、極論は過去を変えられればいいなんてものまで幾らでも夢を見てしまう。
本来であれば2人とも生きなかったテラの世界、俺の干渉で2人とも生きられるようにできるのならばそうしたい。
けれど、それにはもう遅い。
バンガーは死んでしまったから。
知らなければ知らなかったままで消えていく命も、関わってしまえば途端に厚みを増して重くなる。
だからこそ救えなかった後悔が背中にのし掛かる。
ウルクを失ったテオドールもこんな心境だったのかな。
一晩二日、24時間にも満たない一瞬。
そんな短い時間でも、生き抜こうとする懸命な姿を見て情が移るには充分だった。
──やっぱ一緒にいるだけじゃ駄目だよねぇ。
夢と現の狭間、瞼の裏の暗闇を眺めているとカノンの気の抜けた声がした。
どこにいるとも知れないのに、“ヤバいなら一緒にいてあげようか? ”とか“なんなら力貸すよ”なんて軽々しく書かれたメールを思い出したからか?
テラで戦っている時に手元に無い筈の愛剣を持ってしまっているのは、あのメールに“夢の中まで来れるなら”と答えてしまったせいに感じる。
ただでさえ無手のテクニックでも充分なのにラヴィス=カノンを持つなんて、夢とはいえオーバー過ぎだ。
……それでも使ってしまうのは、捨てたとはいえ苦楽を共にした愛剣だからか。
何がしたいんだ? 俺は。
──あんまりこの手はやりたくないけど……。
意識が遠ざかる。夢に、テラへ向かう。
あの声は、何を言っている?
何を、しようとしている?