ハルは見知らぬ廊下を歩いている。
変わり映えのしない、影の支配する回廊を。
つまらない土の壁と床に囲まれて、ハルは少しうんざりしてきた。
どこを照らしても同じようなものばかり目に映る。
ふと横へのびる分かれ道の先を見ると、ロウソクの火が暗闇の中でゆらゆら揺れていた。火のついたロウソクはその先にも、列をなすように続いて並んでいる。それぞれが闇に浮かぶみたいに影を押しのけ、廊下を酸漿色に染める。
ハルは気づいたことがあった。
回廊に立っている燭台は、火のついているものと、火のついていないもののふたつがある。数は火のついていないものの方がずっと多い。けれど、火のついているものは連続して───なにかが通ったあとにあるようだった。
ロウソクに火をつけるおばけでもいるのかな?
ハルはそう思った。この回廊への入り口は、ハルの町の北にある、うらやまの頂上のさらにその先にある洞穴の中。ひとが簡単に来られる場所ではなかったからだ。おばけがやった、と考えた方が筋が通る。「ひとがやった」よりも「おばけがやった」という子どもっぽい考えのほうが筋が通る、それがこの回廊だった。
──もっとも、ずっと、おばけがいる町で生まれ育ったハルにはおばけがやったと考えるほうが自然だったが。
気配もなかったので、ハルはその火のついたロウソクをたどって進んでみることにした。暗い道よりも、明るい道を進むほうがハルはちょっと安心できたからだ。
どうせ行くあてもない。進む先になにかがあると、そう期待してハルは足を踏みだした。
火のついたロウソクの列を追って、ハルはひとつの小部屋にたどり着く。ロウソクの列はこの部屋の中央、そこにある燭台から続いていた。小部屋には他に出入り口はなく、どうやらここがロウソクの列の始まり────あるいは終わりのようだ。
気配がないか確認すると、ハルは扉をくぐって部屋の中に入った。
不思議と、埃っぽい感じはしない。下を見ると、畳に積もっているはずの埃がなぜか端に押しのけられていた。
だれかが歩いたあとみたいな、そんな感じだ。
もっと部屋を調べるため、ハルが部屋を見回すと部屋の隅に机が置いてあるのに気が付く。うらやまの洞穴の中にあった机だ。その上には丸い、楕円の鏡も置いてある。
ハルはチャコの姿が鏡に映っていると思って、机をよじ登って鏡をのぞいてみた。でも鏡にはチャコの姿は見えなかった。代わりに映っていたのはハルの顔。
青いリボンをつけた、おとなしそうな女の子の顔。
いつもの見慣れた、じぶんの顔。
ずいぶん久しぶりに見た気がするじぶんの顔は、少し疲れているように見えた。明るい小麦色のかみの毛に埃がかぶってる。
ハルは足をつけると頭を横にふるふる振った。頭にくっついた埃が髪から手を離して、はらはら床に落ちていく。
ハルはもう一度部屋を見回すが目につくものはなかった。この部屋にはなにもないらしい。
ちょっと期待してしまった自分がばかみたいだ。
どこを探すにもこの回廊は広すぎる。鏡にいい思い出はないけれど、このときばかりは『もうひとりの自分』が鏡から出てきて、手伝ってくれたらいいのにな、とハルは思った。
…図書館のときみたいに襲われるのは、もうごめんだけど。
ハルは懐中電灯を構えなおし、入口のほうへ振り返る。
大丈夫、ここにはなにもなかったけれど、だったら他の場所を探せばいいんだ
そう思い、廊下へ出ようとした瞬間、
「あれ?」
ハルは入口近くの柱にはり付けてある、一枚の紙に気が付いた。
学校で使うノートと同じくらいの大きさだ。今まで部屋の中ばかり気にしていて、入口のほうには目を向けていなかった。
ハルはそのはり紙に目を向けて、読んでみることにした。
柱にはられた紙の切れ端。
結論からいうとそこに書かれていたのはハルにとって、試験の答えみたいなものだった。
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こつ。こつ。
わたしはひとり、見知らぬ廊下を歩いている。
うんざりするくらい、ほとんどかわらない回廊の廊下を。
でもわたしのあしどりは、ちょっと軽い。
それはさっき見つけたこのはり紙のおかげだった。
───まず、この紙の切れはしを書いたのは『K』というひとらしい。
Kさんはわたしよりも前に、この場所に迷い込んだひとみたいだった。Kさんは長い間この場所───回廊にいるようで、この場所のこと、そしてうろつくおばけ、『徘徊者』のことについてよく知っていた。Kさんは知っていることを、わたしみたいな迷い込んでくるひとへ向けてこのはり紙をかいたらしい。はり紙には、
この回廊の先へ進むには、勾玉を集める必要があること
勾玉は鍵のかかった部屋や、おばけの近くにあること
そして、回廊に落ちているさまざまな道具の使い方が書いてあった。
役に立たないことはなかった。Kさんはわたしよりもずっとこの場所について、影のことについて知っている。わたしよりも夜を知っている、こともせんぱいみたいなひとだ。
切れ端によると、Kさんは回廊の奥で仲間といっしょに脱出する方法を探しているらしい。
「会いに行こう」
そう決めた。
Kさんたちに聞けば、チャコの行方がわかるかもしれない。
そう、期待して。
───くしゃっ、とスカートのポケットの中にある紙がつぶれる感触がした。わたしはしまった、とそれを取り出す。
あのはり紙だった。かいてあることが多くて覚えきれる自信がなかったので、あとから来るひとには悪いけど、はがして持ってきてしまっていた。くしゃくしゃになったはり紙が、わたしに抗議するみたいにしわしわの顔を向ける。
同時に切れ端は、わたしが
古ぼけた白黒で印刷された「賣安」の文字─────なにかのお店の広告チラシだ。Kさんはチラシの裏面を使ってはり紙をつくったらしい。たぶん迷い込んだときにたまたま持っていたチラシをそのまま使ったんだろう。
……わたしはチラシの表側を見たくはなかった。わたしはせっかく見つけた救いの都合の悪い部分から目をそらしたかった。
賣安
ク效クヨニレササ虫ミ痒
ノ藥製南蛭ハメ止ミユカ
ルーナクナミユカ
とても古いチラシだった。紙は黄色がかっていて折り曲げるだけでぽろぽろ粉が落ちてくるほど風化している。文字は右から左へ読むみたいでとても読みづらい。
昔は文字を右から左へ書いていたって、おばあちゃんが言っていた。でも、それもおばあちゃんが子供のころの話だ。
わたしは子供だから昔のことはわからないけど、これを持っているという事は、Kさんはおばあちゃんが子供のころからここに閉じ込められてるのかな。
この暗い、影の回廊のなかで。
そんなに長い時間、いくら経験があるとはいえおばけから逃げ続けることなんてできるのかな。
──実は、もうKさんと仲間たちは脱出したあとで誰も残っていないかもしれない。
──もしかするとKさんと仲間たちはもうみんなおばけに捕まってしまって、はり紙だけが残っているのかもしれない。
脱出できなくて、たとえ逃げ続けられたとしても、こんな所に何十年もいて、
「…こんなことかんがえてもしょうがないよね。」
わたしはかぶりをふってはり紙をポケットに戻した。こんなこと、考えていてもしょうがない。今は進むことだけを考えよう。
ハルは扉を少し開けて外の様子をうかがう。おばけの気配はない。
ハルはまた歩き始めた───。
そう、しようとしたとき、
暗がりの向こうから女の人の泣き声にハルは気が付いた。
物悲しそうな、すすり泣く女の人の声。
その声はハルの向こう側の廊下───その突き当りにある襖の中から聞こえてくる。
ハルはその泣き声を聞いて彼女を思い出した。
あの夜に出会った、打ち捨てられた廃電車の中で泣いていた、今も止まない血の雨に打たれ続ける彼女のことを。あの時、ハルは彼女へ傘を渡してあげることしかできなかった。かろうじて骨に皮が張り付いているみたいな、ぼろぼろの傘だったけれど───それでも、少しでも助けになれるかと思って、少しでも彼女の寒さが和らぐように。
ハルはそうするしかなかった。
彼女はハルに助けを求めていた。彼女はハルを追いかけたり、血まみれにしたりした。
でも、それは悪気があってやったことではなかった。彼女は打たれる雨の中、寒くてさむくて、ずっとひとりで、寂しくて、さびしくて、ハルに縋り付いてきただけだった。
この泣き声の主が、彼女と同じようにただ助けを求める誰かだったら───
ハルは助けてあげたいと思った。
ユイとの約束。心優しいハルにとって、おばけも例外ではなかった。
──相手がおばけでも、ただ助けを求めてるだけなら、わたしは助けてあげたいな
そう思ってハルは、泣き声のする廊下奥の襖へ向かって歩き始めた。
影の渦巻く回廊の奥へと。
その泣き声の主が
幼女の口調難しい…
他の夜廻二次の作品を見ると勉強になりますね。
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