影廊廻   作:とろとろ 106106

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影廊主人公初登場です。


ヒグラシの回廊 /泣き声の主

 

 

ある日の夕方、ふと少年のような冒険心に駆られ、入り組んだ路地裏の探索を始めた()は、

得体のしれぬ面の徘徊者がうろつく、影の回廊に迷い込んだ

 

私は徘徊者をかわしながらヒグラシの回廊を探索し、勾玉を集め閉ざされた扉をついに開いた

しかし突然床は口を開け私は落下し、地下の急流に流されてしまった

 

 

目覚めると、私は岩に囲まれた洞窟のような場所へ流れついていることに気づく

なんとか助かったらしいが、これからのことを考えると気が重くなる

 

何もかもわからない、不安は増すばかりだ

私はここから出ることができるのだろうか

 

溢れ出る不安を胸に押し込み、私は新たな影の回廊へ足を踏み出した───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ハルは回廊にいた。

 

陽の光の届かない、影の回廊のいちばん深い場所に。お日さまから逃げた影たちが、ヘドロみたいになって降り積もっている場所だ。

踏み出す足もなんだか重く感じる。

外縁を揺蕩うヒグラシの声は届かず、暗闇の中には耳が痛いくらい静寂が満ちていた。

 

しかし、ハルがいる部屋には静寂を払う不気味な音があった。

すすり泣く、若い女性の声だ。

 

 

『うっ……っうぅ……』

 

 

かなしそうな、さびしそうな、そんな声だ。

聞いたらだれか助けに行ってしまいそうな、悲痛な声。

 

ハルを導いた声だ。

しかし、その声を発している()()はハルの求めていたものではなかった。

 

 

『うぅ……うう……っ…』

 

 

木箱から半分顔を覗かせて、声の()()を見る。

ハルから8メートルくらい先の畳の上に、その「泣き声の主」はいた。

 

「泣き声の主」は青いワンピースを着たような、女のひとのかたちをしている。女のひとは真っ暗な部屋の中で、両手を顔に当てて座って泣いていた。それ以外、挙げられるような特徴もなくて一見、ふつうの女のひとのように見える。

 

───合わせた両手の隙間からのぞく、顔に貼り付いた能面をのぞけば。

よく見ると、その能面からは鈴のおばけと同じように猫の目みたいに光る目が覗いていた。

ぎらぎら、ぎらぎら。焦点の合わない、生気のない目。剥製の目をむりやり光らせてるみたいだ。

 

『うっ……っうぅ……うぅう…』

 

出来るだけ音を立てないように、棚の物陰にハルは忍び足で移動する。

 

首もとの懐中電灯は消してある。ハルはわかっていた。

()()に明かりを向けてはいけないと。

 

……そして、()()ハルが助けたいものではないことも。

 

(うぅ……こわいよぉ……)

 

さっきからハルの心の中は同じようなことでいっぱいだった。おばけが、こわくてこわくてたまらない。

ハルはおくびょうな性格だ。夜廻を経ても、ユイのために決心しても、性格の根っこの部分は変わらない。

ハルは今すぐにでもここから逃げ出したかった。

 

しかし、そうしないで先に進むのには訳があった。

 

(でも、近づかないととれないよね………)

 

そう、ハルが近づく女のひとの前にある大きな机、そこに緑色のひかりを放つものがあった。

勾玉だ。回廊の先駆者から集める様に助言された、この回廊の探索をする上で重要になるもの。それを取るためにハルはこの場にいた。助言者が言っていた、『徘徊者の近く』とはこの「泣き声の主」の近くのことを意味していたようだった。

見つけたからには、取らないといけないと思った。

 

───でも、あっちは()()を待ち構えてるんだろうなぁ

 

そう知っていながらも、ハルは音を立てないように、気づかれないくらいの距離まで徐々に進んでいく。手慣れたものだった。ハルは足音ひとつ立てずに、衝立(ついたて)の裏へ移動していく。

 

 

『うぅ……うう……っ…』

 

 

不気味な泣き声が闇に木霊する。

しかし、女がハルに気づく気配はない。

 

上手くいっている。

 

 

──だから、油断してしまったのかもしれなかった。

 

 

 

───ばきっ

「えっ?」

 

なにかが割れたような音、それはハルが踏み出した左足の下から鳴ったものだった。ハルが左足をどかしてみると、そこにばらばらに割れた皿がある。

 

どうやら落ちていた小皿をふんづけてしまったらしい。

懐中電灯の明かりがなかったので気がつかなかった。

 

『 』

女の泣き声が止んだ。

 

ハルは全身の鳥肌がぶわりと沸き立ったのを感じた。心臓がいっそう大きく脈を打つ。

ハルは油の切れたおもちゃのような、ぎこちない動きで「泣き声の主」を見る。

 

────「泣き声の主」が俯きながら、ゆっくりと立ち上がった。

死体が立ちあがった、そう思うほど生気が感じられない動きだった。女は少しずつハルのいる衝立のほうへ近づいてくる。

その歩みには全く音が感じられない。水死体が川から流れてくるみたいな動きだ。

それを見て、ハルの背筋が凍りつく。

思わず顔をそむけた。

 

5メートル?2メートル?

どれくらいだろう?

わからない。でも、確実に女のひとはこちらへ近づいてくる。

こわい、こわいよ。

ハルは身をこごめた。

 

息が止まる。

 

視界が歪む。

 

ハルは衝立に背中合わせになりながら、ゆっくりと右側を見る。

回廊にあふれる暗黒でいっぱいの視界、

──そこに、衝立の向こうから、うつむく女の頭が突き出した。

 

 

ハルはとっさに小石を左側に投げつける。

 

 

ひゅっ

 

パリンッ

 

 

なにかが割れる音。

見ると、部屋奥でなにかの破片が散らばっていた。どうやらハルが投げた小石が、棚の上にあった壺に当たって割れたらしい。回廊に鋭い砕破音が響きわたる。

 

こちらへ突き出された、女の頭の動きが止まった。そのまま振り向き、衝立の後ろを通って「泣き声の主」は音のした場所へ向かっていく。衝立と床の隙間から足音のない足が左から右へ歩いていくのが、ハルには見えた。

 

──じぶんの背中に、板一枚隔てた向こうがわに、おばけがいる。

ハルは心臓が止まるかと思った。

 

「泣き声の主」はそのまま進み、壺の破片が散らばっているところでまた座り始めた。

──そこに獲物がいないか、確かめているのだろう。

 

ハルはそっと衝立の裏から出ると、勾玉を回収して廊下へ出た。

できるだけ音を立てないように。

もう、こんなところにはいたくない。

 

『うぅ……うう……っ…』

 

廊下を出てしばらく進むと、後ろからあの泣き声が聞こえてきた。

ハルを呼んだ、悲壮な泣き声だ。いくら聞いても助けに行きたくなると思わせる。

でも、ハルはもう声の主に歩み寄ろうとは思わなかった。

 

───きっとその声で獲物をおびきよせるのだろう。

 

ハルはそのまま廊下の先へ進む。懐中電灯の明かりが、影のかたまりを削り取ってゆく。

顔はまっすぐ前を向いたままだ。

 

 

振り返ろうとはしなかった。

振り返ったらそこに、あの不気味な能面をかぶった女のひとが立っている気がして。

 

 

 

 

 

 

 

 

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「?」

 

回廊を廻るハルは廊下に落ちているなにかに気がついた。明かりで照らすと、それは紙の切れ端のようだった。

 

───Kさんが書いたものかも

そう思ったハルはそれを手に取る。

 

紙の切れ端はなぜか大部分が汚れたり、破けてしまっていた。だから、ほとんど書かれていることはわからない。でも、ハルはわかるところだけでも頑張って読んでみた。

 

 

 8月上旬、大型特集の記事のネタを探していたところ、興味深い話を耳にした…

「蛭南村の神隠し」と呼ばれる事件………

謎の集団失踪事件として迷宮入り……当時の唯一の目撃者である安喜さんは「化け物が村人を連れ去った」と証言して……

 

事の始まりは…年前に遡る………蛭南村を流れる桑食川が大雨で氾濫し、村を襲った。

多くの人命が失われたが、ある少女は溺れて生死の境を彷徨った後、奇跡的に息を吹き返した。それ以来その少女は、不思議な力「神通力」を身に宿したという………

 

 

読めたのはこれくらいだった。

神隠し?化物?「神通力」ってなんだろう?

登場する言葉の意味がわからなくて、ハルは首をかしげた。文章のほとんどが読めなくなっているのとあいまって、なにが書かれているのかちんぷんかんぷんだ。

 

頭が痛くなってきてハルはいったん紙切れから目を離し、まわりを見渡してみた。

 

倒れた棚。

割れた壺。

そしてなにかが通ったような床の跡───。

 

紙が落ちていたまわりはなぜか、極端に荒れていた。よくみると障子や扉が引きちぎられたように、少し離れた場所に散乱している。なにか「大きなもの」が暴れまわったみたいだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───ハルの紙切れを持つ右手が震え始めた。

最初は疲れて震えてているのかと思った。しかし続けて足も震え始めて───いや、廊下全体が震え始めた。ぱらぱらと天井から砂ぼこりが降ってくる。

 

ドドドドドドドドド

 

加えてあわただしい足音も震動に加わった。震動と足音はどんどんこちらへ近づいてくる。

ただならぬ気配にハルが身構えると、

 

背中に、視線を感じた。

 

「!」

 

とっさに振り返ると

闇にはり付けられた巨大な能面が、ハルめがけて突進してきていた。

 

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