影廊廻   作:とろとろ 106106

7 / 8
お待たせしました。筆が、重い。やっぱり同じような場所を、一人の登場人物がうろつくのを書くのは非常に難しいですね。回想や風景の描写で間をもたせるのは、私の技量では厳しいところがあります。

でも、安心してください。

ハルちゃんは今回、ようやくひとりじゃなくなります!

だから、次回の更新はもっと早く出せると思います。


夜四ツ

 

 

 

 

 

 

まわる、回る、回廊を(まわ)る。

 

 

 

……………

 

 

 

ライターの火が揺らめくたび、痛いほどの朱色が視界に入る。どこを照らしても、どこへ視線を逃がしても、その朱色は逃げる事を許さなかった。どこに顔を背けようが必ず顔を合わせに来る。

 

そしてそれは、この回廊に淀む闇も同じだった。

 

二つはまるで兄弟のように、欠ける事なく私についてくる。

 

この回廊にいる以上、逃げ場なんてありはしないだろう。私はライターを振りかざし、見えた適当な通路に当たりをつけ足を向けた。どうせどれを選んでも変わりはしない。

 

 

───コツ。コツ。

 

 

靴が床を叩く音すら重く聞こえる。まるで音ですら、この回廊に溜まる暗闇を吸ってしまったようだった。

 

それほど、ここの闇は()()

気のせいだろうか?もはや吸う息すら重く感じる。踏み出す足も、まるで水の中を歩いているように進まない。

 

もはやこの回廊の闇の密度は、最初のヒグラシの回廊と比較にならないほど大きい。まったく燭台の光さえないのは、この密度に呑まれて消えてしまうからだろう。この闇の深さは私に深海を想起させた。

 

 

まさに、深淵。

 

 

そんな言葉がこの回廊には良く似合う。

闇の密度に窒息してしまいそうだった。もはや手元のライターだけが、私の息を継がせている。

 

ヒグラシの声、流水音、空洞音───今までの回廊にあった何かの音は、この回廊には存在しなかった。

 

ただ、()()()()()()()()

 

流れ込む無い音に、もはや脳がおかしくなりそうだった。

 

この回廊の恐ろしさは、ヒグラシの回廊の比ではない。

 

 

 

しかし、私は初めて迷い込んだヒグラシの回廊以上に深淵の探索を順調に進めていた。

そしてそれは、

 

 

「アンっ!」

 

 

…この子犬のおかげであった。

Kから預かった、茶色と白色の子犬。この子犬が私の先頭に立ち回廊を先達してくれている。その本能的な感覚で徘徊者達の気配にも敏感なのか、鈴の音や走り回る音は聞こえたことはあったが、徘徊者達に遭遇したことはなかった。

 

まさか、徘徊者達の位置がわかっているのだろうか?

いや、そうでないにしろそれほどの能力で私を支えてくれている。

 

「アンっ!」

 

ふと私が廊下を進むと、子犬が何かを注意するように鳴いた。先を見ると格子越しに、ロウソクの明かりの満ちる部屋があった。その中にある机の上に、緑色に輝く勾玉がある。

 

 

深淵の中、その魅力的な光は、

 

 

───深海の底、獲物を惑わすチョウチンアンコウの疑似餌のように見えた。

 

あれは餌だろう。

希望に釣られてやってきた、獲物を狩るための罠。そしてこの子犬は、私にそのことを伝えてくれようとしているのだろう。まったく、かしこいやつだ。子犬がいなければ、私は光に釣られて取りに行ってしまったと思う。

 

 

私はその部屋を避け、その脇の通路を歩く。

が、その時異変が起こった。

 

 

……………?

 

 

手に持っていたライターの火が不自然に揺れ始めた。

この不自然な揺れ方は見たことがある。徘徊者が近くにいる時には、私のライターや回廊のロウソクの火が不気味に揺れ動くのだ。それである程度徘徊者との距離がわかる。私はそれをある種の目印として活用していた。

 

しかし今、徘徊者達の気配は感じられない。

暗闇に響く鈴の音も、慌ただしい足音も何も耳には入ってこないのだ。

 

しかし、火は揺れる。もしや、故障だろうか…?そう思い私は通路にあった棚の後ろに隠れ、ライターの点検を始めた。が、…おかしい。火を切って一通り見てみるが、何の故障も見つからない。もう一度、見てみようか────

 

 

そう私が思い、火をつけようとした瞬間、

 

 

()()は部屋の格子越しに現れた。

 

 

────『蜘蛛』。私はそれを見、一番にその言葉が思い浮かぶ。しかしそれは全く蜘蛛とは呼べない形だった。大きさは大人三人を並べた程の真っ白な巨体、さらにそれが回廊の天井に触れる寸前までの体高を持っている。その体躯からは蜘蛛らしく八本の脚が生えているが、その形がおかしい。前一対のあし、後ろ三対のあしは、それぞれ─────人間の手と足の形をしていた。

 

そんな巨体が、人が四つん這いになって歩くように此方へ近づいてきている。

恐ろしいのはその怪物が一切の音を立てていないことだ。八本のあしを使い、まるで浮遊するように通路を移動している。

 

ライターはこの徘徊者に反応していたのか、と一寸遅れてから私は理解した。しかし同時に差し迫る危機も私は理解する。あの徘徊者は確かに私へ向かって進んで来ていた。

 

恐らく点検をしていた時に出した光が、奴の目に止まったのだろう。しかし、私が隠れている場所にはあの巨体を回避する術は存在しない。爆竹はもう数がない。

 

どうするべきか────私が思案する間にも、徘徊者は忍び寄ってきている。そして徘徊者が曲がり角を曲がった時、その顔が見えた。

 

その複眼が両脇についた、蟷螂(かまきり)のような頭の中心にはやはり他の徘徊者達と同じく、不気味な能面が貼り付いている。僅かに赤く光る能面と、体中に芽を出す得体のしれない発光体が廊下を赤く染め、言いようのない不快感が近づいて来る。

 

これ以上近づかれたら逃げ場がない。取り返しがつかなくなる前に、見つかるのも覚悟して逃げるべきか?

 

そう私が決意し、足に力を入れた瞬間───

 

 

「アンッ!!」

 

 

───茶白の子犬が徘徊者の前に出た。

 

 

!?何を────

 

「アンアンッアンっ!!」

 

子犬は忍び寄る徘徊者へ向けて、気を引くように吠え始める。

 

初めは徘徊者の方もただそこに立っているだけで、困惑するような仕草を見せていた。徘徊者の獲物は人間であり、他の動物ではないのだろう。しかし、数秒の間それが続くと────

 

 

──豹変。

 

 

ウヒヒヒッアハハハッアハハハっヒャハッハハハっ!!

 

 

徘徊者は突如、悍ましい笑い声を上げながら子犬へ向けて走り始めた。八本のあしを床にたたきつけながら跳ねるようにして走る。それなのに、全く足音がしないのが恐ろしい。徘徊者の体から生えた赤い複眼の燐光が、煌々と光っている。

 

 

「アンッ!アンッ!」

アハハハッヒャハッハハハっアハハハっウヒヒヒッ!!

 

 

追うものと追われるもの、二者は二様の声を上げながら回廊の奥へと向かっていく。姿は闇に呑まれ、声だけが聞こえていたがやがてその声も消えた。

 

 

深淵に沈黙が戻る。

 

私は今すぐにでも子犬を助けに行きたかったが、そこまで私は子どものような考えなしではない。何の対処法も持たずに突っ込んでもただ死ぬだけだ。結果は見えている。

 

 

しかし、何としてでも助けなければ───

 

 

私は頭の中から記憶をひっくり返し、総ざらいする。何か、何かなかったか───?

目まぐるしく記憶が検査される中、頭の中で一つの情報が思い当たった。そうだ、あれはKからのメモに書かれていた。

 

Kが記すには、この回廊を闊歩する徘徊者達は強烈な光を苦手とするらしく、それを受ければ暫くの間怯ませることが可能だという。それを可能にする道具───「古いカメラ」があれば、子犬を助けられるかもしれない。K曰くカメラが落ちていることは少ないらしいし、現に私も持っていない。だが、それを手に入れ何としてでも彼を助けなければ───

 

 

「アンっ!」

 

手始めに私は近くにあったタンスをあさ…

 

 

「アンっ!」

 

………ん?

 

「アンっ!」

 

 

ふと横を見ると暗闇の向こうに消えていったはずの、茶白の子犬がちょこんと座っていた。私に向かってふさった尻尾を可愛らしく振っている。

 

 

……どうやって戻ってきたんだ?

 

 

そう思い、子犬の近くを見渡すと壁に小さな穴が空いていた。ちょうど子犬が通れるほどの小さな穴。その穴の向こうに────あの忍び寄る徘徊者の、真っ白な足が見えた。

 

息が止まる。

 

その足は暫く穴の向こうで足踏みしていたが────その内諦めたようで、無音のまま歩き去り、闇の向こうへ消えた。

 

暫くたった後、私はライターの火をつけてみる。

 

………………

 

オレンジ色の火はゆっくりと、正常に揺らめいた。

もうあの徘徊者は近くにいないようだ。深淵に平穏が戻る。

 

 

───危機は去った。

 

 

ほっとしたところで、改めて子犬を見てみる。

茶白でふさふさした、可愛い子犬だ。

 

まさか、これを計算に入れたうえで囮役をかってでたのだろうか?

子犬がしゃべらない以上真偽は永久にわからないが、この子犬は、彼は非常に賢い。

 

 

いや、それ以上に────

 

 

「おまえは……」

 

 

子犬が私をじっと見る。

 

 

「………“勇敢(ゆうかん)”な、やつだな」

 

「アンっ!!」

 

子犬が鳴いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

===========

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハルは渓谷を歩いていた。

 

「うぅ………」

 

 

ぬかるんだ地面に踏み出した足がめり込む。それに力を入れると、ぐにゃりと地面のかたちが変わる。熱したバターみたいに立つ足場がとけていく。

 

沈んだ足を持ち上げると、地面が飛び散ってハルの顔についた。

 

 

「うえぇ………」

 

 

顔についた泥を袖でふきとりながらハルは歩く。チャコを救うという決心は変わらずハルのなかで燃えているが、いやなことが変わることはない。いやなことはいやだ。

 

そして、この場所はその「いやなこと」を集めたような場所だった。

 

 

どろどろの足場、ハルの腰くらいまで水が溜まった通路に、音を立てたらとびかかってくる能面の虫。きわめつけには、地面からはい出る巨大なミミズ。

それを見てしまったときには、ハルは大きな悲鳴をあげてしまった。

 

 

ぬめぬめしてて、ぐちゅぐちゅと揺れうごく────その姿を思い出しただけで、気分が悪くなってくる。ハルは軽くトラウマになっていた。

 

 

───み、み、ミミズ………きらいなんだから………

 

 

脳内にからみつくミミズの姿に苦しみながら、ハルは懐中電灯を振り回す。

しかしどれだけ振り回しても、まんまるな明かりのなかに映るのは地面と岩ばかり。ハルは回廊の探検というよりは、なんだか洞窟探検をしているような気分になってきた。

 

 

「…あれっ?」

 

 

でも、その闇ののぞき穴のなかにそれ以外のなにかが映った。ハルが見てみると、そこに古いタンスが転がっている。そのタンスはぼろぼろで、飛び出た引き出しがひしゃげていて─────腐ってて、なんだか死体みたいに見えた。

 

 

それを見て、ハルはあの夜に見たいろいろなものを思い出した。林のゴミ捨て場に廃工場、寂れた商店街やあのダムに沈んだ町────古くなって、人間に捨てられてしまったものたちを。特に目の前のタンスはダムに沈んだ町にそっくりに思えた。どろどろの地面に横たわっているところが、特に似ている。

 

 

ハルはときどき大人がわからなくなる。

 

 

おとなは古いものをどんどん捨ててしまう。ちょっとした汚れとかほつれがあるだけで、まだ使えるものでも新しいものに替えられる。そうして取り換えられた古いものたちは捨てられて、どんどん()()のほうへ寄せられていく。

 

その()()がゴミ処理場とか、街はずれの林とかだったのだろう。

 

でも大人が捨てるのはものだけじゃない。古くなると、大人は場所まで捨て始める。廃工場に、ダムに沈んだ町を記憶の()()に寄せ始めるのだ。

────記憶からなくなったから、ないのと同じだっていうみたいに。

 

 

でもハルはそんなのいやだと思った。

 

 

古いのはたしかに危ない。でも、それ以上にあったものを捨てたり忘れてしまうのは、さびしいと思った。

 

あの古い商店街みたいに、ものを新しくしようとするのに人の心は廃れさせようとしているみたいだ。古いものだからって捨てなくていいのにな、とハルは思っていた。

 

 

 

────でもこの場所にきて、このひしゃげたタンスの死体を見て、ハルはなにかがわかったような気がした。

 

 

 

人は古くなるから、ものと場所を捨てるんじゃない。

 

 

人は古くなって使わなくなるから忘れて、ものと場所は()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 

人は古いものより新しいものが好きだ。だから古いほうを置いて、新しいほうを使い始める。そして新しいほうを使っているうちに、古いほうを忘れていく。

 

 

忘れられてしまったら、ゴミ箱の中にあっても、家にあっても同じだ。

忘れるから、捨てられるんだ。

 

 

人は古い当たり前に冷たくなっていく。

 

 

ハルは身近にあるもののことを思い出してみる。学校で使う教科書、ノート、そして休み時間に友だちといっしょに落書きをして遊ぶ自由帳。きれいな花がたくさん載ってる理科の資料集。みんなハルが好きなものだ。

 

でも、その一年後はどうだろう?

その1年後は?

その5年後は?

わたしがお姉さんになったら?

おばあちゃんになったら?

 

──遠い遠い未来には、きっと忘れてしまうだろう。

 

でも、()()()の出来事みたいに忘れられないものもある。

 

───でもそれはわたしが生きている間だけだ。

 

わたしがしんでしまったら、だれからの記憶からも消えて、忘れられてしまう。

 

 

 

そうして忘れられて捨てられたものたちは────

 

 

 

────人間に恨みを持つようになるのだろう。

 

そして人を襲うようになるのだ。あの林に捨てられたゴミたちみたいに。

 

 

きっとこの場所もそうだ。

忘れられて、()()()()()()()()()()()の、人間に対する仕返しの場所。

 

なんだか、そう思った。

 

 

 

 

 

「………いか、なくちゃ」

 

 

ハルはそこで思考を打ち切り、また前を向いた。こんなことを考えていてもチャコは見つからない。はやく、はやくチャコを探しに行かなくちゃ。

 

 

()()、手遅れになる前に。

 

はやく。

 

 

ハルは懐中電灯を前に向け、また足を踏み出した。

でも、地面になにかの穴があいているのを明かりが照らした。その穴はとても小さいけれどたくさんあって、通路の向こうへ続いている。

 

───また、ミミズ、かなぁ………

 

未だ脳に巻きつく記憶に苦しみながらその穴をハルは観察する。正直、前に見たミミズの穴とは格段に小さいが、もしそうだったらハルはこの道をあきらめて迂回する気でいた。ハルは注意深くその穴へ近づいていく。

 

 

 

しかし、それがなんなのかわかったとき、

 

 

「あっ!」

 

 

ハルは思わず声を上げてしまった。

 

 

──チャコのあしあとだ!

 

 

地面にあったのはかわいらしい、よっつの肉球だった。見間違えるはずもない、何十、何百回も見た友だちの足あと。ハルはそれを見て、飛びあがるくらいにうれしくなった。

 

 

この回廊に迷い込んでから、ずっとずっと探してきた友だち。

その痕跡を、やっと見つけることができた!

 

 

「チャコ!」

 

 

ハルは名前を呼びながら、疲れも忘れて足跡が続くほうへと駆け出す。

 

ロウソクの明かりもない洞穴を駆け抜けて、水路横の通路を抜け、渓谷がとなりあう崖際を走り抜ける。

 

 

それでも、まだまだ止まらない。

 

足あとはまだまだ続いてる。

 

「チャコ!」

 

続く足あとが右へ曲がった。そちらを見ると、広大な渓谷にわたる大きな橋が架かっている。

 

その橋の上に、かわいらしい足あとがぽつぽつと押されていた。ハルはそれがなぜか面白くて、笑ってしまう。足あとのスタンプを押して歩く、チャコの姿が簡単に想像できたからだ。その光景がとっても愛らしい。

 

 

橋下の闇も忘れてハルは、また駆け出した。

 

あと、もうすぐだ。

 

 

 

走って、走って。

 

橋を渡ったその先に─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

チャコはいなかった。

 

 

「ぇ………?」

 

ハルの声が細いのどから漏れた。

 

橋の先にあった小さな部屋。その中をいくら探してもチャコは見当たらない。

いくら見渡しても見渡しても、同じだった。この場所にチャコはいない。

 

 

「チャコ………?」

 

 

不安になって友だちの名前を呼んでみる。

しかしそれに答えるものはいない。前を見ても慣れた暗闇がこちらを見つめてくるだけ。耐え難い暗黒が渓谷を満たしている。

それを嫌ってまた下に視線を向けると、ハルはあることに気づいた。

 

───まだ、足あとが続いてる。

 

小さな子犬の足あとは部屋の中を進み、中央の奥にあった机の前にまで続いている。そして、そこから続くはずの足あとがない。まるで、そこで突然チャコが消えてしまったみたいだった。

 

 

───そこにいるの?

 

 

ハルはそこを調べるために机のそばまで近寄る。

通った横の燭台の火が、ゆらゆら踊ってハルを見送っていった。横顔に当たるたくさんの酸漿色が、ハルの肌を代わる代わる照らして、複数のハルの影を生み出していく。

 

 

そして、その机の上に何かがあるのにハルは気づいた。ハルを照らすロウソクの明かりとは別の明かり。それがその机の上から放たれている。

 

 

「…なんだろう、これ?」

 

 

どこか懐かしさを感じるきつね色の光だった。まったく違うけど、ヒグラシの回廊で見つけた勾玉の緑色に通じる色。ハルはなんとなく、導かれるようにそのきつね色に手をふれてみる。

 

 

────それは勾玉だった。

 

でもあの緑色の勾玉とは違う。緑色の勾玉と比べるととても大きくて、とても手のひらに収まるサイズじゃない。ハルの両手を足して、ようやく手に取れるほどの大きさだ。それが眩しいくらいのきつね色を放っている。

 

手に触れてみると、とっても温かい。太陽のひかりをそのまま閉じ込めてあるみたいだった。触れていると、心の中の影が晴れていく。それくらい大きな力をこの勾玉は持っているみたいだった。

 

これは緑色の勾玉よりも、ずっと大切なものかもしれない────そう、感じる。

 

 

そしてハルは思った。

 

 

───チャコはわたしにこれを渡したかったのかな?

 

 

たぶん、そうだ。チャコはなにか理由があって、今わたしに会えない。だからわたしに、足あとを残して案内したんだ。────この勾玉のところまで。

 

 

ハルはチャコの意図を読み取り、ここにいない友だちへ思いをはせる。

 

ハルとユイの友だち。あの夜、ハルをユイのもとへ導いた案内役。いや、案内だけじゃなくてハルが危ないとき、何度も助けてくれたほんとうの親友。

 

チャコはこの影の回廊でも、ハルを導いてくれている。それを思うと、なんだか勇気が湧いてきた。青いリボンがぴんと張る。

 

 

ハルは大きな勾玉をナップサックの奥へ、しっかりとしまい込んだ。どっしりとした重みが背中にかかるけど、ふんばる。───チャコだって頑張ってるんだ、わたしも頑張らないと。

 

ハルはナップサックを背負いおわると、また回廊へ向けて向き合った。闇と骸の溜まる、影の渓谷へ。

 

 

────チャコをはやく、迎えに行ってあげないと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『            』

 

 

 

 

 

 

 

 

───それは突然聞こえてきた。

 

 

 

 

甲高い、鳥の鳴き声のような音。でもそれは、絶対に鳥の鳴き声なんかじゃなかった。

 

 

 

もっと悍ましいなにかの声だ。あの世の底から溢れてきたような、この世のものとは思えない、心の底から震え上がる声。

 

 

 

 

生者に恐怖を振り撒く、怨嗟(えんさ)そのもの。

 

 

 

 

ハルはその声を聞いて、すぐにその声のしたほうへ振り向こうと思った。

 

 

───でも、出来なかった。

 

 

「………えっ?」

 

 

混乱するハルが下を見てみると、じぶんがその場に座り込んでいることがわかった。

 

 

はやく、はやくたたないと───

 

 

そう思っているのに、なぜか足に力が入らない。まるで足からたましいがぬけてしまったみたいだった。

 

 

はやく、はやく────

 

 

そうやって、四苦八苦していると、

 

 

 

 

 

 

 

───べちょっ。

 

 

「…………………………あれ?」

 

 

ハルはぬかるんだ地面に倒れこんでしまった。薄藤色のシャツに、小麦色の髪に、青色のリボンに、べっとりと泥が塗りたくられる。

 

 

そんなこと、もちろんいやだ。すぐに起き上がらないと。

 

 

ハルは再びもがく。

 

 

 

───でも、出来なかった。足だけじゃなく、ハルのからだ中からたましいがぬけてしまったみたいだ。

 

どれだけ力を込めてもじぶんのからだは、うんともすんともいわない。

 

 

ただ、力を込めただけ、尋常ではない震えとなって返ってくるのだ。

 

ことばにできないほどの、得体の知れない恐怖といっしょに。

 

 

横たわったからだから、大量の汗がにじみ始める。

 

 

心臓は経験したことがないくらい激しく動いているのに、どんどんハルの顔は青くなっていく。

 

 

力を入れても、力を入れても、からだは震えしか返してこない。

 

 

───突然、涙が目から溢れてきた。

 

鼻水も、それに続いて鼻から垂れ始める。

 

感情の蛇口が壊れてしまったみたいだった。悲しくなんてないのに、大量の悲しさがハルの顔に溢れ出す。ハルの顔面は一瞬でぐちゃぐちゃになった。

 

 

───い、いやだよ。きたないのは、いやだよ………

 

 

そう思って顔をふこうと手に命令しても、やっぱり返ってくるのは震えだけ。

 

からだが、なにかに乗っ取られてしまったみたいだ。

 

たましいを奪われたことに対して、困惑することしかできない。

 

ハルにできるのは横たわって、かすれた声を出すことだけだった。

 

 

 

 

 

 

殷々とした鐘の音が響く────

 

 

 

 

 

 

「………えっ?………え?」

 

 

「………………えっ??」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………えっ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

回廊の、奥。

 

 

深い深い渓谷の奥底で───

 

 

 

────憎悪の主が、産声を上げた。

 

 

 

 




幼女vsすみこ─────ファイッ!!

2/22 誤字報告ありがとうございました。

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