お久しぶりです(震え声)
『
───物珍しさから、氾濫の後神通力を得た少女は話題の中心となり、新聞記者まで詰めかけ、一躍時の人となった。
だが、村人の死相を言い当てたり、他人の心の中まで見透かすような言動から少女は次第に気味悪がられ、村人から距離を置かれるようになっていった。
少女の両親は先の桑食川の氾濫の際に亡くなったため身寄りがなく、村人は少女の扱いに困ってしまった。そこで、古くは山岳信仰の地であったこの村では、「少女の力は山神から貰ったものなので、少女を山神の御使いとして大切に崇める」という名目で少女を山奥の廃れた社へ住まわせた。
しかし村の山神信仰はとうに廃れていた。
実際は少女を体よく山奥に厄介払いしたのである………。
』
私は深淵のある部屋の一角で、古いノートの切れ端を片手に休憩をしていた。この、2枚のノートの切れ端───どちらも、この深淵に落ちていたのを私が拾った物だ。
これには、ある事件で「神通力」と呼ばれる超常的な力を得た少女にまつわる一連の話が書き留められている。どうやら、誰かの取材のメモ書きであるようだが、なぜこんな物がここにあるのだろうか?
おそらくは、私よりも前にこの回廊に迷い込んだ人物の物だ。取材のメモ書き…ということは記者だろうか。しかし字体を見るにこの人物、かなり古い人物であるようだ。そうとうの昔に迷い込んだのだろう。そして、それはこの回廊がそれ以前から存在している事を意味している。
一体、この回廊は何時からあったのだろうか?
一体、幾人の人々が回廊の影に飲み込まれたのだろうか?
この古びたノートの切れ端から、様々な疑問が湧いて出る。
しかし、私はこの切れ端に疑問の湧出源とは別の、何かを感じていた。この古くさいこの字────なんだか、見覚えがあるのだ。遠い遠い昔に見たような、そんな既視感のある字。どこからか親近感が香り立つ。
古い文字達が、ライターの火が揺らめくのに合わせて紙上で踊る。ふとノートの切れ端から目を右に向けると、茶白の子犬が私の方を見てちょこんと座っていた。後ろから生えた尻尾がフルフルと忙しない。
「アンっ」
……ああ、いい子だからもう少し待っていてくれ…
「アンッ!」
隣で待つ子犬が、私を急かすように可愛らしく鳴く。せめてもの謝罪として、私が子犬の顎の裏を軽く撫でてやると彼はうっとりとした声を出した。あんまり可愛いので、今度は両手を使って頭全体を撫でてやる。
可愛い奴め。
「くぅ〜ん」
子犬はさらにあどけない声を出し、うっとりと目を細めた。それが燃料となって私の手も止まらなくなる。
希望の見えない深淵の中、この子犬の存在は私にとって大きな精神の拠り所になっていた。正直、得体の知れない者達が徘徊する場所を、一人で探索するのはかなり心が削れる。彼がいなかったら、どうなっていたことか。
「くぅ〜ん…」
…うん?ここがいいのか?
「アンッ!」
よし、よし。
うっとりとした表情で私の手を受ける子犬。ふわふわの毛皮の上でライターの橙色が揺らめき、茶白の毛がふわふわ舞った。
しかしその細められた黒い
───瞬間、ライターの火が消失した。
いや、ライターの火だけではない。まるで闇の津波に呑まれたように、燭台を含むすべての光源が消え去った。後に残るのは闇の海のみ。回廊のすべてに暗闇が満ちる。
しかし、その暗闇は一秒もたたぬ間に終焉を迎えた。
手元のライターと燭台がぽつぽつと明かりを灯し始め、部屋が照らされていく。
しかし私は須臾の暗黒の中、ある気配を感じていた。
骸降る渓谷で遭遇した、あの赤いヒトガタ。
あの身の毛もよだつ恐ろしい気配が、闇の中ではっきりと感じられたのだ。
───まさか、また
………気のせいだろうか?
そう考え、ふと黄茶げた紙面に目を移すとその上で、影と光の満ち引きが激しく繰り返しているのが見えた。その満ち引きを起こしている元、光源のライターへ視線をずらすと私は愕然とする。
ライターを持つ右手がどうしようもなく震えていた。
まるで体が何かに怯えているように。止めようとしたが、どうしてもその震えを収めることができない。
───頭では理解できないものを、体は理解しているようだった。
ライターを握る右手をゆっくりとほどくと、大量の汗がそこに滲んでいるのが見える。普通の汗ではないことはわかりきっていた。
………気のせいだろう。
頬に冷たい汗が伝う。
……………きっと。
===========
「うぅ………きもちわるいよぉ………」
ハルは泥だらけで立っていた。
震えが止まらなくなって倒れこんでしまったあのあと、ハルは道端にほうられたイモムシみたいに地面で身をよじっていた。
立ちあがろうとしては、倒れて…。
立ちあがろうとしては、転がって…。
ずっとそれの繰り返しだった。ぬかるんだ地面の上で幾度となくそれを繰り返したハルは、全身という言葉ではあらわせないくらい泥まみれだった。服はもう吸い取れないくらいの量の泥を吸って、みんな茶色。
まるでハルにまで泥水がしみついてしまったみたいだった。トレードマークの青いリボンも、茶色をたっぷり吸ってしまってすっかり色が変わってしまっている。
泥水がリボンから滝のようにぼたぼた垂れてくるのを見て、ハルは泣きたくなった。ユイとおそろいの宝物が、これではだいなしだ。
───これじゃあ、青いリボンじゃなくて茶色のリボンみたいだよ………
ハルはとても悲しくなった。だって、このリボンが汚れてしまったら、ユイとの思い出も汚れてしまうような気がしたから。ハルはせめてリボンだけでもしぼってきれいにしたいと思った。
でも、ハルはそれどころじゃなかった。ひざがケタケタ笑っていて、からだ中から尋常ではない汗が流れ出てくる。そして、ちょっとでも気を抜くと目から涙があふれてくるのだ。ケガはしてないけど、ぼろぼろ。ハルは立ってるだけでもせいいっぱいの状態だった。
リボンをしぼる。そんな、ちょっとしたこともできないくらい、ハルのからだは異常を訴えていた。押さえても抑えても、どうしても震えが止まらない。
首元から垂れた懐中電灯の明かりもハルに合わせてがくがく震える。それはハルのこころを、そのまま表してるみたいだった。そしてそんな心の揺らぎに、この回廊に溜まった影たちはつけ込み、そして食べにくるのだ。
ハルは回廊に入ってからもう何回もそれを経験していた。だから、弱ったハルを見てすぐに影たちはじぶんを食べにくるんだ、とハルは思っていた。
───でも、いつまでたっても影たちはハルをおそいに来なかった。
あれっ?とハルは思ってまわりを見渡してみる。そして影たちの様子をしって、ハルはおどろく。
───影たちが震えていた。
まるでなにかに怖がっているように。がくがく、がくがく。いっしょになって、ハルとそっくりに震えている。迫りくるナニカは、影たちにも害をなすのだろうか。そうハルが思えるくらい、影たちは怖がっている。
もはや影たちですら、怯えていた。
その事実がハルをいっそう不安にさせる。
「…えっ?………え、っ??………なに?こわいよぉ…………」
もはやかすれた声すら出せなくなってくる。
そんな瀕死のハルに、さらに、おそいかかるものがあった。
それは、危機感。焦燥。
そうやって、よばれる感覚たち。
あの夜に何回も感じた感覚たちだ。
「はやくにげなくちゃ」、───そんな衝動が心の底からあふれてくる。
でも、ハルは逃げられなかった。だってここはハルの見知らぬ回廊だ。あの夜、ハルはおばけに追われて夜の街を逃げまどった。でも、ハルがそれをできたのはそこがハルの町だったからだ。
夜におばけが出てきても町の道はかわらない。だからハルはおばけから逃げることができたのだ。どこに隠れられそうな草むらがあるとか、行き止まりの道はないかとか───そういうことを知っていたから。
でも、ここはハルの知らない場所だ。道も隠れられる場所もハルにはわからない。
ハルはどこへ逃げていいのかわからなかった。だから動けない。
───どうしよう、どうしよう………?
焦る気持ちばかりがつもっていく。逃げたい、逃げたいのに、からだもこころも、ハルのいうことを聞いてくれなかった。
そうやってハルがなにもできないまま、少したって、
───
渡った橋のかける渓谷のさらにその向こう、遠くに燭台に照らされた通路が闇の中に浮かび上がっている。
見覚えがある。ハルがこの部屋に来るまでに通った場所だ。だいぶ前に通った道だけど、入り組んでいてわからなかっただけで意外と近い所にあったらしい。
──そこに、いる。
「赤いひと」。
ハルは
とても、とても大きな人だ。ハルが上に二人並んでも足りないくらいの身長をもっている。そんな大きな人が、十字架にはりつけられたみたいに両腕を横へ大きく開いて、足をそろえたまま地面の上をすべるようにして移動している。
足を動かしていないのに、浮いているように横に滑るのだ。その顔は長い髪の毛に隠れたままでよく見えない。長い髪の毛を見るに、どうやら赤い人は女のひとみたいだった。
そしてその女のひとは、深く、おぞましい赤色の光を発していた。血のさらに深いところから取ってきたような赤色。その赤色は燭台の柔らかい光を飲み込んで、通路のすべてを染め上げている。
廊下のどこをみても、赤、赤、赤、────赤色ばかり。ほかの色を飲み込むどころか、通路そのものを赤色で削り取っているようにも思える。見るだけで気がまいってしまいそうな、グロテスクな赤色の光。
ひとが持つ、狂気そのもの。
そんな、感じがする。
ハルは本能的に、
でも、ハルはその場から動けなかった。
「………」
からだの震えのせいじゃない。顔を背けるくらいは、尋常ではない震えのなかでも十分できる。でも、ハルは吐き気のするような赤色から目が離せなくなっていた。
どうしてもあの焼き付くような赤色から。血の色のような、深い、黒い、赤い、紅い、朱い、緋い、赫い、───この世にあるすべての赤色を混ぜたみたいな赤色がハルの目を焼き付けて離さない。いや、本当に焼き付いてしまったからかもしれなかった。
───視線が「赤いひと」にしがみつく。
なんで、他のものをみれないんだろう?
ハルは赤に浸食される頭のなかでそう思う。
見つめていると、だんだん視界がにじんで来た。
こわいよ
焦点があわなくなっていってすべてが赤と黒色で染まっていく。
いや………
耳なりがひどい。
なに?これ…?
あたまが、いたい。
いたいよ
目の奥が、痛みを訴える。
いたい、いたいよぉ…
視界に焼き付く、「赤いひと」が少し止まって、
………………?な、なに?
何百メートルも離れた、ハルのほうを振り向いて、
笑った。
───ぶちんっ!!
ハルのあたまのなかで、何かがちぎれた音がする。
「いたい!!!!」
ハルは突然、目の奥から放たれた激痛にハルは倒れこんでのたうち回る。でもそのおかげで視界を「赤いひと」から引きはがすことはできた。
けれど目が、目が、火で焼かれたみたいに熱い!痛みが目の奥から湧いてきて、いたくていたくてたまらない。ハルは頭を地面につけてうずくまった。髪の毛の顔が泥水でべちょべちょになるけれど、気にはしていられない。
「いたいよぉ………」
前髪から水が落ちていくのを見ながら、ハルはどうにか起き上がり始める。頭にはまだ痛みは残ってはいるけど、かなりましになっていた。
どうやったかわからないが、この酷い頭痛はあの「赤いひと」のせいだとハルは察する。そして「赤いひと」は、これもどうやってかわからないがあの距離からハルのことを認識したらしい。
目がいいおばけなのだろうか。それとも他の探知能力があったのかはわからないが、ハルを見つけた以上「赤いひと」はこの部屋へやってくるだろう。
──と、とにかくはやく逃げないと………
一層強くなった焦燥感に背中を押されてハルは立ちあがる。あれほどひどかった頭痛もすっかりなくなってしまっていた。しかしハルが懐中電灯の向きを調整しているとき、鼻のおくからなにかが流れ出てくるのをハルは感じた。
鼻水だ。
ハルはそう思った。どうやら、あのおばけを見たからか止まったばかりの鼻水がまた出てきてしまったらしい。すすって飲み込んでしまおうともかんがえたけど、やっぱりそれは気持ちわるい。
そう考えている間にも、どんどん鼻水は落ちてくる。──気のせいか、なんだかふつうのものよりも落ちるのが速い気がする。すっかり泥まみれだしもうどうでもいいや、と半ばやけになったハルは、つたり落ちる鼻水を右の袖でぬぐった。
赤色
それがハルの袖に染みついた色だった。
「えっ?」
ハルは袖に染みついたそれがなんなのか、わからなかった。だってそれはぜったいにそこにあるはずのない色だったから。ありえない色だから。
目を、疑う。
「えっ………えっ………??」
ハルはその赤から目が離せなくなる。さっきの、「赤いひと」を見た時みたいに。ハルのなかで時間の流れが極端に遅くなって思考が停止していく。
いやだ。いやだよ、こんなの、ありえない。強い嫌悪のなか、ハルの思考はどんどん麻痺していく。そんな、とろついた頭のなかハルはこう思った。
──ああ、そっか、さっき目がおかしいことになったから、きっとそのせいで鼻水の色が赤色にみえるんだ。たぶん、そうだ。
そう考えるハルは、どこかうわついた表情のまま。そんな結論で納得しようと無意識のまま試みた。だってそうしないとおかしくなってしまうから。
これ以上、考えて正しい結論をだしてしまってはいけないから。だから、はやくいかないと。そうしようとしたのに今度は目から涙が溢れ出てきた。鼻ものども熱くなっていないのに、出てくる涙はどうしても止められない。
せっかく、さっき止まったばかりなのに……なんで?なんで?
さび付いた頭の中で、考えがむりやりまわり巡る。考えが音を立ててハルのあたまを削っていくみたいだった。たまらなくなった涙が頬をつたって、袖に落ちる。
赤。
赤。
赤。
───赤ばっかりだ。そこでようやく
じぶんの涙は、
どうしようもなく赤くて、鉄の味がした。
「───っ!!」
ハルは反射的にうずくまって、激しくせき込んだ。喉の奥から吐き出された液体が、反射的に口を覆った右手にびしゃびしゃとかかる。
のどからでてきたものも普通じゃない。手のひらについたものはなんだか、いやに熱く感じる。
「………」
みるべき、ものじゃない。でも、みなければいけない気がした。
ハルは震える右手を、ゆっくりと顔へ向けてその液体を見る。
血だ。真っ赤な。血。
鼻水も涙も、みんな同じ色をしていた。
「ひっ………!!」
ハルは引きつった悲鳴をあげて、しりもちをついた。鼻水と涙がいっそう勢いを増して出てくるのを感じる。胸で息をするたびにあごから落ちた血滴が、手のひらに赤の水たまりをつくっていく。
ハルはわかった。わかってしまった。
───あのおばけは、
それを理解した瞬間、ハルはとてつもない恐怖におそわれた。
「あ、ああ………」
震えるのどから、しぼられたみたいな悲鳴がもれていく。手と足は、もう震えることすらなかった。立てる気がしない。
赤、赤、あか。そればっかりだ。
ユイとの約束も、チャコを探すための勇気も、ぜんぶ赤色に混じって、あたまの中から消えてしまった。手のひらからこぼれて地面の泥水に溶けていく血は、ハルの末路の暗示にもみえる。
赤が暗い茶色にとけて、きえていく。
きえる。
きえる。
暗闇にきえる。
───そんなの、いやだ。
そう、ハルが思った時だった。
『 ………────』
「………なに?」
声が聞こえてきた。
この世のおぞましいものをすべて集めて組み合わせたみたいな、おそろしい声。地の底のものたちが呻きだしたような。それをまともに聞いてしまったらたぶん、幼いハルには耐えられないだろう。本能的にハルは耳をふさいだ。そして、わかった。
「赤い人」は、すぐそこにいる。
「………っ」
───にげなくちゃ…
そう思っても、もうハルの手と足はうごかない。起き上がれないし、走って逃げる事なんてもってのほか。ハルは絶望した。廊下の向こう側から赤い光が迫ってきている。
でも、そんなとき。
「あっ………」
ハルは目の前に置かれている、あるものに気づいた。四角くて、竹で編まれた、網目がある箱────行李だ。
部屋に入ってきたときは机の陰になっていて見えなかったらしい。偶然か、地面で身をよじっている間に手の届く位置まで転がって来ていたようだ。ただの古びた収納具。でもそれはハルにとって、差し伸べられた救いの手だった。
「…そう、だ。これってKさんがいっていたものだよね………」
ハルが思い出したのは、回廊のせんぱい、Kさんからの手紙にかかれていたこと。Kさんによると、この回廊をさまようおばけ───「徘徊者」たちは音と明かりに反応してこちらの位置をさぐってくること、そして一度見つかると姿を見失うまでこちらを追いかけてくること───これはハルの町のおばけたちといっしょだ。そして、その次に書いてあったことも。
Kさんいわく徘徊者は行李の中に隠れれば、見つかっていても徘徊者は行李に手をだせなくて───しばらくすると諦めてどこかへいってしまうらしい。
見つかっていいても、隠れてしまえば助かる。町のおばけといっしょだ。
そしてハルはこのかくれんぼの達人だった。
命をかけたかくれんぼを何回も切り抜けた経験は伊達じゃない。
『
ハルがとった行動はひとつだった。
「………っ!」
ハルは行李の蓋をあけて一目散にその内へ隠れた。目にも止まらない、一瞬の行動。動かないはずの手と足もばねがはじけたように動いたのだ。まるで、手足が勝手にうごいたみたいだった。ハルはそっと懐中電灯の明かりを消して息をひそめる。
「………」
ハルは行李のなかでうずくまり、耳をふさぎ、目を閉じた。
なにも聞かないように。
なにも見ないように。
「赤い人」のなにを
「行李のなかに隠れれば、徘徊者から逃げることができる。」
Kさんがいっていたことだ。わたしよりもずっとこの場所にくわしいひとがいっていたことだ。だからきっと、正しい。きっとこのおばけも諦めてどこかへ行ってくれるだろう。
ハルは信じて、その時を待った。
───衝撃。
「うわあ───っ!!」
ハルは吹き飛ばされて地面を転がる。地面に落ちていたなにかにひっかかって、髪の毛を結んでいた青色のリボンがほどけて宙をまった。勢いよく転がったハルはなんとか壁にぶつかって止まる。
痛む背中を壁に預けながらかすむ目で見渡すと、行李だった破片がそこらじゅうに散らばっているのがみえた。
現実を、信じられなかった。
なにが起きたのかは、ハルにもすぐにわかる。
行李が壊されたのだ。
でもハルはそれを認めたくなかった。だって、それを認めてしまったら、おわりってことだから。だから認めない。目と耳も空いているけど、そこから入ってくるものを拒絶した。こんなこと、信じたくなかったから。
『───… … ─── ─…──! ──…─ ──』
───なにかが聞こえる。
でも、ハルはそれを
ハルの左足がつかまれた。握ったのはたぶん手だ。でもその手はひどくしわくちゃな表面をしているようだ。干物みたいな手。ハルをつかんだ手はハルを持ち上げ、逆さづりにした。そして、
───間際。
吐息がかかる。
「………………?」
まだ、夢から覚めきっていないハルは寝ぼけたような表情で
でも、夢が明けはじめる。
「………えっ?」
閉ざした目の感覚が戻ってきた。
目の前にあったのは顔。女のひとの────干からびたミイラみたいな顔。それが、景色いっぱいを映している。その口は大きく顔を切りさいて、首にまで達していた。歯ブラシみたいな歯並びで、顔を覆い隠すような長い黒髪は針金みたいにとがっている。動物の毛みたいにあらっぽい、ぎざぎざとした髪の毛だ。
それを見て、ハルはそっと黒髪に包まれた顔の上半分へ目を合わせる。その長い髪の毛の裏からは、赤いふたつの光が覗いていた。たぶん、あれが目だ。なんで目がひかってるんだろう?とハルはどこか、他人事のように思う。
あたまが、痛い。
「………………」
『───── ッ!─── …─ ──! ─……─── 』
女のひとが口を動かすたびに肌がピリつく。なにかをいっているみたいだ。でも不思議と音がぼやけて、なにをいっているかはわからない。水のなかにいるみたいにすべての音がぼやけて聞こえる。
───なにを、いっているんだろう?
ハルはまだ夢のなかだった。
まだ覚めきっていない、まどろみのなか。
───でも、明けない夜はない。
どんなに長い夜でもかならずおわりは来る。おわりのないような、あの長い夜もそうだった。
ハルが廻った、あの長い夜。たくさんのおばけにあった。たくさんのおばけにおそわれた。
いっぱい、危ないことがあった。しんでしまいそうなくらい危ないことが。
でもそれと同じくらいたくさんの大切なことを知った。
たすけられた。そして、失った。
そして夜が明けた。
明けない夜がないのなら、覚めない夢もない。
ハルの夢は唐突に明ける。
「えっ」
『 』
ハルが目を覚ますと、最初に目に飛び込んできたのは顔だった。バスケットボールが裂けたみたいな、あの廊下のおくからやってきた「赤いひと」の顔だ。
ハルはどうなっているのかわからずに固まってしまうが、じぶんが宙づりにされているのだと気がつくと、はっと顔を青くする。
───わ、わたしつかまっちゃったの…?
ようやく事態を知ったハルが暴れだそうと力を入れた瞬間─────そこで、耳の感覚がもどってきた。
『あ"あ”ァ"アあ"aあ""あ“アァ"あ"啊"ァ“あ“アア"あ“aあ“あ"アア"あ"“"あ“アア""a““唖"唖ァあ“ア"ァ“"ア"“"あ“あ“』
ハルの目の前で放出されたのは、生者を喰らい尽くす極絶の絶叫。耳から侵入した絶叫が、ハルの脳みそを焼き尽くす。あたまのなかに塩酸を流し込まれたような激痛がハルをおそった。
目から侵入した赤い光が視界をミキサーみたいにかき回して、ハルの顔から血が、ぼとぼととあふれおちて血の海をつくっていく。
「 ……あ、あ…」
ハルはずっと死から逃げ続けてきた。あの夜の中、ずっと。死が伸ばす手はハルを捕まえようと、暗闇の中追いかけてきた。でもそんな夜も明けた。だから逃げ切ったと思っていた。しかしハルは影の回廊に迷い込んだ。それで、今度は影の中から死が手を伸ばしてきて───
そして今、ついに、掴まれた。
───逃げ続けてきた死が、すぐそこにいる。
ハルは叫んだ。
「いやあああああああああああああああああっ!!!」
刹那。
「─────にゃあっ!」
黒猫が天井から現れ、「赤いひと」の背後に着地する。
───コトンっ。
遅れて落下した古いカメラがひとりでにシャッターを切り、ストロボから放たれた閃光が影の回廊を焼いた。
大人でも見ただけで殺されるので、幼女が見たらこうなるんじゃないかな・・・と思ってこうしました。かなり残酷な描写なので正直、かなり迷いました。夜廻二次創作界でも死ぬ描写はあっても、グロい描写はほとんどありませんでしたから・・・。と、いうかホラーな雰囲気のなかにどこかかわいい雰囲気のある夜廻で、こういう展開って似合うのかなー、と。さすがに幼女にこれはやりすぎなんじゃ、と思い、単純に残酷な描写なくハルがぎりぎりで憎悪から逃げるシナリオも考えましたが、、、
よく考えたら原作で、幼女の左目えぐって左手切断してるじゃん。と思い出したので日本一の意志を受け継ぎ、幼女を徹底的にいじめようと思います。
(夜廻でこういう描写が嫌いな読者さんがいたらごめんなさい)
読者アンケート
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夜廻シリーズだけ知っている
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影廊だけ知っている
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どっちも知ってる