西方大陸エウロペ北、ロブ平野内都市『ニューリバプール』
新生月7日目、午前7時、町の一角の共同駐ゾイドスペース
「……」
そこにいた少女、ことリナソレーネ・アシュワースは、困惑していた。
彼女の目の前、昨日は学校へ愛機のライガーゼロのクロムウェルはおいてきていた。
理由はいろいろあるが、今日の『イベント』のためだ。
さて、つまり何が言いたいかと言えば、、
ここには何もない、何もいないはずである。その前提である。
―――グルル……
しかし、その大型ゾイド駐車スペースには、当然のようにある大型ゾイドが鎮座していた。
青い装甲、肩のインタークーラーなどの廃熱機構。
わかりやすいオレンジの全面クリアキャノピーは、へリック共和国製の証だ。
パイプやフレームがむき出しな姿は、どこか古臭さを感じる。
しかし、その『獅子』は、両脇には格納型ミサイルポッドを、背後には20ミリビームガンを持つ、コンパクトに収納しつつも、意外と充実した火器を持つ。
その名を、『RZ‐007 シールドライガー』。
共和国初の大型高速戦ゾイドであり、かつては惑星Zi最速だったゾイドだ。
「……クルセイダー?」
リナの問いかけに、そのシールドライガーは機嫌のいい唸り声を出し、自らのコックピットを開いた。
***
「お父さん、クルセイダーは保護区行きじゃなかったんです?」
数分後、リナは自分の家である喫茶店兼バー「ライオン亭」にて、自身の父親であるエリックに尋ねていた。
「そうだったと思ったんだが、どうにも保護区では扱いきれないぐらい元気だったらしい。
ここ最近は、普通のゾイドの生命力が戻りつつあるっていうのも間違いじゃないな。
昨日乗ってみたが、前より元気なほどだ」
ぽん、と特性サンドのお昼ご飯を渡され、受け取りつつリナは口を開く。
「でも、体の修理は? ただでさえあのドラ猫クロムウェルの維持費だって……」
「なぁに、心配ない! そこまで貧乏じゃないだろう? 割と店も儲かっているからな。
ああ、だが心苦しいっていうなら今週末は頼むぞ?」
「私はいいですけど、それでいいんですか?」
「なぁ、リナ?
お前も、クルセイダーも、昔と変わらない良い相棒同士じゃないか」
と、意味ありげな表情でそう問いかける父、エリック。
「……私が保護区送りにしたのに、なんででしょう?」
「そりゃ俺と、あいつの娘がお前だ。
お前なら、レオマスターを名乗れると俺は思ってる。
何せ、俺は昔はそうだったからな」
店の端に立てかけられた、古い写真。
獅子の紋章を持つ若き日のエリックと、隣に映る母の写真だ。
「で、お母さんはネオゼネバスのライガー乗りで、今二人は別居中?」
「仕事の都合でだ! 俺だって、俺だってあいつと毎日イチャイチャしたい!!」
「それ子供に向かって言う言葉です?」
「3人目は欲しくないか?」
最低、と小さくリナはつぶやく。
「まぁ、ともかくだ!
恵まれている環境は最大限生かせ!
そうすれば、お前が一流のゾイド乗りになるまでがぐっと早くできる!」
「……それもそうですけど、知りませんよ?
この世には、導入コストより恐ろしい、ランニングコストという物が存在するんですから」
リナは、弁当を受け取り、そのまま店の入り口へ向かう。
「いってらっしゃい!
アドバイスだが、足回りのパーツ代は惜しむなよ!!」
「行ってきます!!
2機に増えて、費用が余計に掛かりそうですけど!!」
***
慣れた手つきで乗り込むコックピット。
ゼロもシールドも、ゼネバス系の高速機の流れをくむために、座席も操縦桿もコンソールも、あまり変わらない。
しいて言えば――――全周囲モニターではない、半透明なオレンジ色のキャノピーは、思った以上に広さを感じる。
「クルセイダー?
私なんかに今も従って本当にいいんですか?」
ただ、そう言葉を紡ぎながらも、コンバットシステムを立ち上げる。
「昔の事とはいえ、あんなしっちゃかめっちゃかにぶっ壊して保護区へ送ったのに、
そんな奴になんで従うんです?」
本当に、ただ疑問を問いかけるように、リナは自分の乗るシールドライガーのわりにおとなしい個体に問う。
グルルルル、
それは、リナには分からない、ゾイドの、獣の言葉だ。
大変心苦しいが、リナは生まれてから一度もゾイドの声を聴いたことがない。
そう。ゾイドの声を聴ける人間など、ごく少数なのだ。
「何言ってんだか。
あーあ、感情表現豊かなドラ猫、今の相棒クロムウェルの方がやりやすいです」
素直に、ただそう言う。
よく嫌われないものだ………そう思いながら、操縦桿を握る。
「……でもね、クルセイダー」
そして、ゆっくりとスロットルを上げる。
「私は、帰ってきてうれしいです」
走り始めた『青い弾丸(ブルーブリッツ)』が、一つ吠えた。
***
ニューリバプール西、『ウェストリバプール駅』北口、多目的ターミナルにて、
「「お、」」
ばったりと出会った、褐色の肌と長身痩躯な少女―――ヒルダと、金髪でロールのかかったストレートに軍帽の少女―――オティーリエ。
「……時間通りでありますな、一分たがわず!」
「……そちらもだな? うむ、地球人の時計は正確だとは聞くが?」
はは、と笑いながら、二人はそのまま人込みをかき分け、バス停などと違い人の少ない『ゾイド専用ターミナル』の方向へ歩く。
「………で、決めましたか?」
と、オティーリエは少々声音を落とし、そうヒルダに尋ねる。
「………いや、まだな……貴殿にも心配させる、な」
「……いや、これは失敬。自分も、もしもフェルディがああなってしまえば……」
それは、朝の時間にはふさわしくない、重い話題だった。
***
それは、先日の練習試合の後から始まる。
「ライジャーがもう戦えないだとッ!?!」
共同大型整備場兼D組作業室の一角で、声を荒げるヒルダ。
彼女の目の前には、土下座する5人組がいた。
「ごめんッ!!
手は尽くしたけど、でも!!
ゾイドコアの、生命力が、もう……!!」
その先頭にいて土下座した女生徒―――D組、副委員長の『バリ子』ことヒバリ・ウェリントンだ。
「!?」
「……もともと、高齢だったんだ……
生命力も落ちてきて、あの突撃の衝撃で………」
最後まで聞けず、膝から崩れ落ちる。
「……そんな……そんな、まさか……ライジャー……!!」
そして、その頬を涙が伝う。
――――その日、ヒルダはずっと、ずっと泣いていた。
***
「……保護区か、いいところだと聞くがな……」
「……元々、個体数が激減し、いること自体伝説だった、ゼネバス帝国の遺産、歴史を変えたかもしれない小型高速戦ゾイドの幻の名機……
出会えて、動いている姿を見ているだけでも幸運だったかもしれないでありますな」
ああ、とヒルダはうつむき答える。
「……保護区では、繁殖も推進していると聞く。
……市場にライジャーが出るのはいつ頃だろうな………
まぁ、出たとしても、私は……」
その拳を握り締め、静かに語る姿が、見ていていたたまれない。
この星、最強兵器にして、金属生命体「ゾイド」。
それは、ただ生活の一部や、兵器として存在しているわけではない。
ゾイドとそれに乗る人とは、
ある種『絆』で結ばれている。
相性、意気投合、性格、打算、ライバル、家族愛………
それは、ただ一言では表せない。
たとえ、どれほどひどく扱ったとしても、
ゾイドと人との間には、絆が生まれる。
「………こんな、事、言うべきではないでしょうが、」
そんな、絆が一方的に斬られてしまう事態になった相手へ、オティーリエはしかし、言いにくいことを言う義務があった。
「今日、新しく乗るゾイドを決めなければいけないんであります。
……簡単に割り切れないとはいえ、専用機を持てるというのであれば……
学校の備品だけで、自分の実力が出し切れないのであれば……」
「……ああ、それも頭ではわかってるんだ」
言いにくいことを、それでもこんな泣き出しそうな顔をしていってくれる友人に、ヒルダは感謝しつつも、そう重く言葉を紡ぐ。
「心配をかけるな。
だが、まだどうしても……心の整理が、追いつかないんだ………」
「………ヒルダ殿………」
悲痛な笑みだった。
……何も、言えない。
「……遅いで、ありますな。リナ殿」
つい、情けなく話題を変えてしまう。オティーリエは自分を恥じた。
「……そうだな」
そして、それに乗っかるように言葉を出すヒルダも……
と、ガシャン、ガシャンと、大型の駆動系が駆け回る音が聞こえる。
「「ん?」」
疑問に思った瞬間、車で言えば4車線分ある道路を大きく跳躍し、ギリギリだが華麗に止まっているバスをよけ、驚く人込みを飛び越え、こちらの目の前に大型ゾイドが着地する。
ずざーとストライククローを突き立てドリフトし、二人の前に止まるは、『シールドライガー』。
「この鮮やかなドリフトは、」
「やはり、」
頭を下げ、共和国式のキャノピーを開く。
「よっと!」
しゅたっと飛び下りたのは、二人のよく知る顔。
―――当然というべきか、C組唯一のライガー乗り、リナがいた。
「二人共、おはようございますですよー!」
「おはようでありますよ、リナ殿ー」
「うむ、おはようだ。
ところで、そのゾイドは?」
と、早速隣にいるシールドライガーについて尋ねるヒルダ。
「ああ、この子はクルセイダー。
昔、やらかして保護区に送っちゃったのが………どうも戻ってきたみたいで」
その説明に驚く二人から視線を外し、そこにいるクルセイダーを見る。
「そりゃあ、まぁ酷いことしちゃったんですよ」
リナは語る。
―――中学校2年、その時期に起こったゾイドバトルでの事件。
森での偵察を終えて、いざ本体をぶつけるというセオリー通りの展開だった。
問題は、押された戦線を押し返すため、予備兵力となったリナの乗るクルセイダーを向かわせる判断をしたこと。
こういう場合、押されてる場所は切り捨て、押している場所をもっと押し込むのが正しいのに、
上の指揮官は、心情に負けた。
それはいい。まだ押し返せると思った。
そこがだめだった……
気を取られた隙に、アンブッシュしてきたレブラプターのパイルバンカーに、前足の隙間からコアを―――
「死ななかっただけ、マシな状態で、その日のうちに保護区送りです。
クロムウェルに乗る時も………まぁ、なかなか割り切れなくって……」
今まで、リナという人間を見てきたのなら、そんな表情を誰も見たことがないだろう。
哀愁漂う笑みで、今ここにいるクルセイダーを撫でる。
「……恨んでくれりゃよかったんですけどね、私の下手で壊したようなものですし。
……この子、全然噛みつきもしないですよ? クロムウェルだったら、叩いてくるだろうに……」
「………」
思わず、ヒルダは一人と一匹を見る。
――――重ねてしまったのだ。
自分と、ライジャーに。
「………戻って、来るものなのか?」
つい、だからそんな疑問をぶつけてしまう。
「……さぁ?
偶然かもしれませんし、断言はしません」
ただ、とリナは言う。
「ゾイドは、乗り手を選ぶ。
乗り手に選ばれたのならば、コアが壊れるまで付き合うし、
壊されても無茶したのは分かったから、次はうまく扱え、と思ってまた乗せる。
そのぐらいしてくれるんじゃないでしょうかね?」
あっけんからんと言うリナに、少々面食らう。
「……そうか」
だが、不思議とヒルダは笑っていた。
―――なぜか、胸の奥につかえていたものが、取れたような気がしたのだ。
「……私は今日、新しいゾイドを見つけねばいかんのだが、」
そして、そう言葉が出てくる。
「だが?」
「……ライジャーにまた会えたら、嫉妬されるぐらいの機体にするべきだろうか?」
冗談混じりな言葉に、聞いた二人は笑う。
「そりゃあもう!! 保護区で寝てられないな! というぐらいでなければいかんでしょう!?」
「そうですよー!! ねークルセイダー? 後でクロムウェルを見ても喧嘩しちゃだめですよー!?」
冗談混じりな言葉に、ヒルダの心が軽くなる。
今まで、失ったことに執着しすぎたかもしれない、と反省しながらも、うれしい気持ちだった。
「さてと、
クロムウェルよりは遅いとはいえ、『ブルーブリッツ』です。
3人ですよね?
懲罰席だーれだ!?!」
「げぇ、複座でもそういえば!!」
「う……ふ、二人で座席にすし詰めの方がマシだから、ダメか?」
そして、3人はいつもの中のいい学生に戻る。
後は、このライガーで学校へ行くだけだ。最高速度250km/hと言えど、そろそろ間に合わない。
「では出発しますかー。いやードライバーは一人で楽ですー」
「……確か、私の方が、体重が軽かったな?」
「嘘つけでありますぅ、筋肉多い方が重いに決まってるでありますぅ!!」
ワイのワイの、と顔を下げたシールドライガーへよじ登り、狭い座席がもっと狭く動いて現れた複座に二人を押し込む。
自分も座席に座り、シートベルトを締めようとして、
その時、リナのゾイドギアに、誰かからの通信が入った。
「あれ? あ、イオナさんからのお電話!」
「イオナ様より?」「会長殿!?」
とりあえず、すぐにゾイドギアをコンソールにセットし、スピーカーにつなげて通話ボタンを押す。
「はーい、おはようございますですよー」
『おはようございますリナちゃん!!
よかった間に合って!』
え、とその短いやり取りで、リナは察する。
「近くにいるんですか?」
『はいそうですよ~♪
さて、私はどこにいるでしょう~?』
ど、の辺りで後ろで座るオティーリエが、乗せたヒルダの間からレーダーのコンソールを操作し、『友軍信号を探す』という設定で、機影を探す。
「ヒルダ殿、3次元位置特定器を見れるであります?」
「今見た、成程そこか」
回されたデータを正面座席で見たリナも、皆で上を見る。
パタパタと羽ばたく、妙に羽の短い『鳥』。
そのくせ足がまるでフロートか何かのように大きく、重しにしか見えないとは初見ならば誰もが思うだろう。
共和国共通キャノピーの光るそのゾイド、名前を『グライドラー』と言う。
水鳥型、共和国初にして、おおよそ今の兵器ゾイド群の始祖に当たる時期において唯一の、飛行ゾイドだ。
「グライドラー……共和国海軍仕様の現行ティルトロータータイプ!」
「対潜攻撃可能で、折りたたんでウルトラザウルス内に搭載して、弾道観測も行えるタイプの?」
「元は古いが、中身は最新……に近い代物か」
パタパタとマグネッサーウィングを羽ばたかせ、クルセイダーの隣に上手に着陸するグライドラー。
微笑ましいようなその様子を終え、こちらのコックピットの隣で、向こうのキャノピーが開閉する。
「リナちゃんおはようございまーす!
あら? 今日は大人数ですね?」
挨拶まじりに出てくる柔和な笑みの少女は、そこからは想像もつかないだろうが、ミューズ学園N組委員長兼学園生徒会長にして、
かの、ヘリック・ムーロア2世の直系の子孫にあたる人物である、イオナフェルト・ムーロアその人だった。
「おはようございます。わざわざご足労いただくとは」
「あーもう、ヒルダさんすぐ固くするんだから~」
「おはようございますであります。
初めまして、生徒会長殿。会うのは初めてでありますな?」
「ですねー、オティーリエ・カリウスさん♪
試合とか練習はちらちら見てますが~」
「あはは、まさか名前を知っているとは……」
さらりと情報を掌握しているこのニコニコ笑う少女の底知れなさに、オティーリエは冷や汗交じりにそう返すしかできなかった。
「会長だけあって、9割の生徒の名前と顔は覚えてるんですよねー、イオナさん」
「「うえぇ!?」」
「それほど難しいことじゃないですよ~」
「「否定しない!?」」
やはりこの生徒会長はとてつもない、と全員が思ったところで、「それはさておき」と本人がその話を打ち切る。
「みなさん、ちょっとお付き合いお願いできますか?」
「はい?」
「学校に許可は取りますし、今日の『お買い物』はお昼前からです。
それまでに済ましたいことがあるので、お付き合いお願いします」
そのイオナの提案は、意外な物だった。
「何が、あるんであります?」
オティーリエの問いに、にこ、と笑うイオナ。
「今から1時間後ぐらいに、
公立アレキサンドル高校
対
私立ディガルド学院
の練習試合が始まります。
偵察に行きましょう!」