「私は、ゾイドが好きなんですよ」
俗に、地球由来の『リムジン』という名で呼ばれる高級な車の中で、質素だが高級そうなスーツ姿の中年男性はカメラマンと女性リポーターの前で答えた。
「ゾイドが好き、ですって?」
「ええ……最初に見てときめいたのは、レブラプターです。もう30年も前でしょうか?」
まるで、大型の猛禽類を思わせる雰囲気の姿かたちの、鍛えられた肉体。
毎日家では筋力トレーニングをしていると話す彼は、しかし意外なほど穏やかな笑顔で答えた。
「レブラプターは、後になって知ったことですが、格闘武器しかない、通に言わせれば「イロモノ小型ゾイド」だそうですが、私はその攻撃的でわかりやすいフォルムに見とれてしまいましてね……おぉっと、これでは質問に答えられないほど長く語ってしまいますな。
まぁ、ともかく、前提として、私はゾイドが好きなのですよ」
長くなりそうだった話しをあえて切り上げた彼に、女性リポーターはこう質問を返す。
「しかし、ディーン・ガルドさん?
ならばなぜ、著しくゾイドの寿命を短くするバイオゾイドを開発したのです?」
その質問に、男性―――『D‐ガルド・ユニオンカンパニー』の社長であるディーンは、ばつが悪そうな笑みを見せた。
「……確かに、彼らには悪いことをしているのが現状です。
バイオゾイドは、その生まれる過程から自然な部分を抜き、コアも遺伝子レベルで調整・選別したものを使う……いわば、完全人工ゾイド。
禁忌と言われれば否定はできません。
なにせ、命を作り出すなど、神をまねた所業だ」
「そうなると、あなたは神という事になりますね」
「はは、これは手厳しい。
しかし、そこをまず反論させてもらえるのなら、人は神の領域にいようと人間のままだと言わせてもらいますよ?
エゴの塊のような、一人の紛れもない人間である私の言葉ですが」
そして、とディーンは真剣なまなざしで話を続ける。
「エゴの塊であるからこそ、私はある理念を持ってバイオゾイドを作り出したのです」
「理念?」
「はい。
ゾイドは、戦闘機獣であり人間のパートナーだ。
人間の生み出した戦場でこそ、それがどんなイデオロギー、理由でできた物であろうと、
ゾイドは、そこで輝き、本当の生命の美しさを見せることができる」
いやいや、とそこで大きく手を振る。
「でも勘違いしないでくださいよ? 私は本物の戦争は嫌いです。
しかし、こう、少年のようなことをこの年で言うのもおかしいですが…………
ゾイドバトルが大好きなんですよ、私は。
ゾイドたちが、己の爪を、牙をぶつけ合い、ビームや砲弾、荷電粒子砲もいい!
とにかく、己のすべてをかけて戦いあう。
そんなゾイドバトルが好きで好きで仕方がないのです」
まるで、少年の頃の無邪気さのままに語るディーン。
「バイオゾイドは、確かに寿命も短く、パイロットも厳選します。
スリーパー化技術がなければ、数をそろえての運用も難しい。
だが、私はこの点だけは自信をもって言える。
わが社のバイオゾイドこそ、今この惑星上で最も強く、素晴らしいゾイドだと!
バイオゾイドは私の考えた最強のゾイドを、我が社独自の技術と製法で生み出したものです!
そう……いうなれば、私の中の少年の夢を、大人げなくこの年でかなえた物なのです。
だからこそ、自信をもって、先の言葉を言えるのですよ」
彼は、いかつい顔に無邪気なまでの笑みを浮かべて、そう言い切る。
自身に満ち溢れているのは、誰が聞いても分かるだろう。
「……なるほど……意地悪な質問をして申し訳ありません」
「いえいえ、ゾイドを大切にするなら、もちろん寿命も考えなければいけないでしょう!
私も開発の段階でそこだけが悔しい限りでして……
あのオーガノイドシステムですら、リミッターにより機能限定で延命ができるというのに……
そこが今後のバイオゾイドの課題でしょう。重々心に刻みますとも」
「個人的に応援しますよ。私もゾイドバトルが好きですから。
ですが、」
と、前置きの上で、女性リポーターはこう続ける。
「……そちらの、パイロットの方は大丈夫なのですか?」
ふと、手で示された先、
「………すぅ……ん、ん………すぅ……」
そこには、ところどころ謎の機械が体に取り付けられたよくあるパイロット保護スーツを身にまとい、横になって完全に寝息を立てている小柄な少女がいた。
「ぷっ……くく、まったく、この子は…!」
思わず吹き出すディーンは、おっと、と表情を引き締め、カメラの前で向き直る。
「いえいえ、お見苦しいところを。
何分、ここにいる私の娘は…………一日16時間は寝ているようなものでしてね」
起きている時間が少なすぎる、と一瞬誰もが思った。
「その分、これで贔屓目なしでの実力者なのですよ。
まぁ、想像しにくいでしょうが」
少しため息混じりに言う物の、寝ている自分の娘を撫でる顔は、とても優しいものだった。
「……余裕ですね、お二方とも」
「ええ、まぁ。何か、まずかったですかな?」
「……そうですね、しいて言うのなら……今日の試合、ディガルド学園が勝利するかが不安ですね」
ストレートな言葉に、しかしディーンの目は輝く。
「この密着番組を見ている視聴者のみなさんも問いたいはずです。
謎に包まれた不気味で攻撃的な印象を持つ銀色のゾイド、
バイオゾイドの実力はいかほどなのかと。
ガルドさんの言う最強、それはどれほど通用するのか、と」
そして投げかけられた質問に、待ってました、と言わんばかりの笑みを浮かべるディーン。
「……私はですね、こういうテレビに出て、いつかこういう質問をされるかをずっと待っていたのですよ。
無論、そのための答えは用意してあります」
す、と右のひとさし指を上げ、カメラへ向かって指を向ける。
「聞けば、アレキサンドロス高校は、素行の悪さとゾイドの腕でこの北エウロペ一だとか聞くね。
ならば、今頃この番組を何かの端末でこっそり覗いているだろう。うむ、授業も退屈だ折るし、試合も私の都合で待たせているからね。
さて、アレキサンドロスの諸君、先ほどまでのやり取りを見ているかどうかは関係なく、傲慢にこの言葉を君たちに言おう。
今日勝つのは、我が『私立ディガルド学園』の、私の生み出したバイオゾイド、私の生み出した学校の育てたゾイド乗りたちだ!
君たちには………いい練習台になってもらおうか」
それは、間違いのない宣戦布告だった。
「おっと、でもこれから観戦に行く私に場外乱闘だけはやめてくれたまえよ?
私に勝っても、バイオゾイドには勝てんよ」
にぃ、と不敵な笑みを向け、高らかに宣戦布告をカメラに向かい言い放った。
***
同時刻、
公立アレキサンドロス高校、校庭の一か―――――――
「ざっっっっっっけんなよ、このクソオヤジがァァァァッッッッ!?!?!?!」
ズド、と音を立て、旧式の液晶型テレビがその画面に穴をあけながら宙を舞い、餌だー、と言わんばかりに口を開けたアロサウルス型の小型ゾイド『ドスゴドス』に食われる。
「あ? あぁ!? てめぇ、俺を舐めてんのか、舐めてんのか俺の監督してやったこの学校がなぁ!? 生まれて1年にも満たねぇてめぇらの銀ピカ骨クソゾイドに負けるってのカオラァ!?!」
なおもドスゴドスごと蹴りを入れに行こうとするガラの悪そうな男を、数人の同じぐらいガラの悪そうな男子生徒達が止めに入る。
「落ち着けよ、先公!!」
「あれ学校の備品だろ!?」
「うるせぇ!! もとはと言やぁ、おめぇらクズどものせいだろうが!!」
と、先公と呼ばれた男が止めに入った男子生徒二人を殴り飛ばす。
「いでぇ!? ひでぇ!?!」
「オヤジだってグーパンはしねぇのに!!」
「ガチ殴りくらったこともねぇ癖してクズだからてめぇらはクズなんだよ、クズが!!」
ペッ、と痰まで飛ばすこの男、
ここまでの会話で分かったであろう、彼はこの学校の教師だ。
名を、イッカク・オーガスト。
「この腐ったミカン共が!!」
無論の事、この学校のOB。
「えぇ!? 先公の癖してそんなこと言うのかよ!?」
「何だよ、イッカク!! 普通逆だろ!」
「どこが逆だよ、この腐りきったミカン共が!!
てえぇらはしょせんなぁ、腐ったミカンでしかねぇんだ!!
どんなに見た目を取り繕っても、隅にはアオカビが生えてるし、道行く一般のクソどもからは鼻をつままれる、そんな腐ったミカンなんだよ!!!」
おおよそ、一般の教員ならば言う事のない言葉を連呼する彼は、その経歴もアレで、高校卒業後暴力事件で書類送検、罰として徴兵され軍に入隊後、数多くの問題と何故か戦果を挙げて最後は不名誉除隊という無駄に波乱万丈な物だった。
「いいか!?
てめぇらはどうやろうとこのままじゃ明るい未来はねぇ!!
なんせもう腐っちまってんだからな、ゴミ箱行きか良くて畑の肥やしか、最悪は豚の餌で終わりだ!」
「「「「「「「えぇ!? そこまで!?」」」」」」」
「そこまでだろうが!!
おいそこにいる不動産でもやってそうな老け顔!! お前今月何度喧嘩した!?」
う、とその指さされた老け顔の生徒がよろめく。
「そこの金髪ピアス!! カツアゲ何件目だ!?
そこのガリ!! さすがにヤクはやめとけ!!
そこのスポーツ刈り!! 親父に紋々入れられたってな……痛かっただろ、まぁ銭湯は諦めろ。
オイ、番長気取り!! 喧嘩もいいがお前赤点やばいからな!!
あ、そこの一年3人娘はまぁ、まともだけど………こいつらとつるむのやめとけよ?
つーかそこの頭も下も軽そうな女子!! ……8万でいいや、後で」
いくつかとんでもない事を言い放ち、「で、だ」と言葉を続ける。
「ここまでやっておいて、まさかこのまま無事に爺になるまで生きられると思ってんのか?
お前らはこのままじゃ碌な死に方はしねぇ。
地獄にただ行くだけだ。ただ行くだけなんだよ、地獄にな!!!
ならばお前ら!!
お前らは、どう地獄に行きたい!? えぇ!?!どうだ!?」
その質問に、全員は思案するような顔を見せ始める。
「……地獄に行くとか、わかんねぇよ先公」
そして、誰かがそう言葉を紡ぎ、それにそうだそうだ、と賛同するように叫び始める。
「死ぬ時なんてわっかんねーよ!」
「昼飯何くうかも決めてねぇのに!!」
「そうだよ、わっかんねぇよ!!」
「わかんねぇか?
…………
だよな、わかるわけがねぇ!! だからお前らは腐ったミカンなんだ!!」
ええ、と聞いておいてのその言い方に反応を示す生徒たちに、イッカクはしかしこう続ける。
「だがな、本気の腐ったミカンは、誰であろうと腹痛と吐き気を与えられる。
腐ったミカンだからこそ、何であろうと腹痛と下痢を与えられる。
汚い話だな。
そうさ、腐ったミカン共、
お前らは汚い手段でこそ輝くんだ!!
腐ってるなら、腐り切ればいい!!
半端なことしてたら、舐められて馬鹿にされてそこで終わりだ!!!」
一度、全員居眠りせず聞いているか見まわし、全員が聞き耳を立てていると確信した顔で言葉を続ける。
「お前ら腐ったミカンが舐められないにはどうすればいい??
簡単だ、お前らの武器を使え!!
腐ってようが何だろうが、こいつに手を出せばやばいと思われればいい!!
やばいやつが、堂々と生きてるように見えれば、
それは普通の奴かりゃ見れば輝いて見える!!
じゃあ聞く?
お前らの武器はなんだ!? えぇ!?!」
『ゾイドだ!!』
即答。
一角の言葉に、生徒たちは全員その単語を迷いなく言い放つ。
「わかってんじゃねぇか……
ゾイド!! 今じゃ、乗れない人間の人口も増えてやがる!!
乗れるだけですげぇと言われ、それで戦えば一瞬でアイドル扱いだ!!
そして、その世界で強けりゃ完璧だ!!」
にぃ、と口の端を曲げて言い放つ。
まるで、世界の真理を語るように。
「お前ら、3年、2年は分かってるだろ?
去年、俺の下でゾイド戦闘技術を履修した中で、就職が決まらなかった奴はいなかった。
プロに進んでいまだ夢追っかける馬鹿ができるまでになった奴もいる、この底辺校出にもかかわらず、だ。
いいか? 無い頭を振り絞って聞け。
ゾイドと共に生きてきたこの星は、何処でだろうとゾイドの知識はいる。
知識っつーのはな、頭でも体でも覚えるものだ。
知識がある奴は、どんな仕事でも重宝される。
そして重要なのは、知識を扱う技術―――知恵が今生きる上で必要なものだ。
そいつさえあれば、底辺校出ようと何だろうと、まともな職に就ける。
いいか、ゾイド戦はそのすべてを出し絞らなけりゃ、必ず負ける。
それどころか、すべて出し切っても勝てないこともある。
だが今のお前らに必要なのは、そのすべてを出し切るっつー『行程』だ。
この行程があって初めて、腐ったミカン同然のお前らが、
普通の状態になれる権利がもらえるわけだ」
「じゃあ、この試合すべて出し切れば勝たなくてもいいってことかよ、イッカク!?」
はっ、と一人の生徒のヤジを笑い飛ばす。
「そうだな、そう思うんならそれでもいいさ。お前が良けりゃな。
なんにせよ、全力で戦ってくれ。そうすりゃお前らも俺も内申点が上がる。
だが、それだけでいいのか?
さっきも言っただろ?
要するに、勝てばビックになれるんだよ!!」
その一言を待ってましたと言わんばかりに、全員が沸き立つ。
「落ち着け野郎ども。おっとそれとお嬢ちゃん共。
いいか、さっき言った行程だけはくれぐれもきちんと守れ。
わざわざ座学の時に居眠りしてる奴をしばいてたたき起こしてやり、ミミズが這うみたいな字でもなんでもノート書かせた、俺の特別手当が一銭も出ない努力を無駄にすんな」
さて、とイッカクは校庭の方向を見る。
「じゃあ、まず何やるかっつーと、」
と、その時、すさまじい爆音と共に赤いティラノサウルスがドリフトするように止まり、その腹のコックピットが開き、一人の女生徒が出てくる。
「悪い!! 寝坊した上に道路をデモカスが塞いでて、」
「てめぇあれほど遅れんなっつったろうがよぉ!?! この乳でかメスガキ単細胞がオラァ!?」
げふぅ、と、遅れてきたレドーナの体が、拳を叩き込まれた顔からトリプルアクセルを描いて宙を舞った。
***
同時刻、校庭の端、
私立ディガルド学園の集合地点。
「……うーん……」
「う“あ“あ”あ“あ”あ“あ”あ“あ”あ“あ”あ“あ”」
ディーンの目の前、自分の愛娘である『ジーナ・ガルド』が、金属とポリカーボネートでできたアームに両肩を掴まれてすさまじい勢いで振動させられていた。
「起きろ――ッ!!
貴様が起きねば誰が指揮をすると思っているのだぁ――――――――――ッッ!!!」
そう言うのは、まさに、ロボットそのもののような体の、しかし顔の部分にわずかに生身の人間が見える人物だった。
「ジーナ・ガルド生徒大隊長―――――ッ!!
貴様、このままコネ入学のみのダメ人間と思われたいか――――――――――――ッッ!!」
堅物そうな顔を真っ赤にし、文字通り蒸気を出して揺らし続ける。
「……いやー、中々耳が痛いね、ゲラルト君……」
と、そのディーンの一言に、クイ、と明らかに機械的な動きで首を向けるサイボーグ人間―――ディガルド学園教員、ゲラルト・ゲオルザーク。
「失言を失礼しました!!
しかし、ご息女はこう言っても絶対に目覚めないであります!!」
「いや、それは間違いではないね。きっと、私が強盗に襲われていても寝ている」
「……ぶぶぶ、ふ、二人とも、言い過ぎ、だ、あ~……!」
と、声を上げた瞬間、ぴたりと機械通りの正確さで振動を止めるゲラルト。
「起きたか! よし、他の皆はゾイドに搭乗済みだ!!
あとはお前の『デウス』のみだ!!」
「ありがとう、先生……うー、よく寝た……」
まだ覚束ない足取りで、ちょこちょこゾイドのいる方向へ向かっていく。
「気を付けろ!!
……ふぅ……ありがとう、か。
暴言まがいのことを言ってまで起こした身としては、複雑な言葉だ」
「そういう事を思えるから、君はいい教員なのさ」
ぽん、と硬い肩をたたき、ディーンは彼に言う。
「よしてください、理事長閣下。私など、しょせん死にぞこないの傷痍軍人です。
こんな醜い体で生き恥をさらすような状態で、いい教員だとはとても」
「生き恥は確かに恥だがほかの人間には役に立つさ。
君のような人間だからこそ、安全で安心してゾイドに乗れるよう指導できる」
「買いかぶりですよ」
「そう思った時には、退職金を出すさ。
ま、今日もこれからよろしく頼むよ」
そんな言葉と共に、懐から白い中折れ帽を取り出してかぶり、上着のボタンを外し始める。
「理事長、何処へ?」
「取材の続きも試合後だからね。
それまでは、私も試合を楽しむのさ」
さっと脱いだ上着を片手で片に担ぎ、に、と笑う。
「……成程、ではあとはこちらで好きにします」
「そういうさりげなく察してくれるところも、私は買っているよ?」
と、言いながらディーンは立ち去る。
その背後で、ふぅと人工肺からため息を漏らすゲラルト。
「……理事長は有能だが、なんというか………ジーナの親だな」
***
ディーン・ガルドは、この治安の悪い学校の治安の悪い生徒たちがたまる方向へ歩いていく。
いや、しかし、今の彼の恰好はどうだ。
暑さもあるが、赤いシャツと白のズボンの上、着ていた上着は肩で担ぐ。
その鋭い眼光もあり、一瞬白い粉か何かを売る人にも見える。
高級そうな服がかえってそういう印象を持たせていた。
「……さて、何処かな……?」
と、その視界に、彼の目的の場所が見えた。
「俺は、もちろん俺の学校に5000賭けるぜ!?」
「俺も!」
「俺は大穴狙い、ディガルドだ!」
「さー、皆さま張った張ったー!!
去年優勝の怒涛の勢いの俺たちアレキサンドル高校か!?
はたまた不気味なゾイド群のディガルドか!?
勝つのはどっちだ!?
どっちにしろ、賭けは盛り上げなあかんでー!?」
奇妙な訛りの言葉と共に、やたら老け顔な男子生徒がノミ屋同然な賭博を開いていた。
もちろん違法でゾイドバトル連盟非公認であるが、そんな細かい事を気にする人間は、ここにはいなかった。
「いいねぇ……かつてのバックドラフト団じみた試合はしたくはないが……賭けはあった方がいい…!」
そしてここにいるディーンも、むしろ推奨する派だった。
「君君、」
「んあ? なんやおっさん?」
その主催らしき生徒に近づき、話しかける。
「今のオッズはどのくらいだね?」
「え? おお、そりゃまぁ、ワイらの学校優勢やで!
しかし意外にも7:3の割合で、圧倒的大穴ってわけやないのがすごいで、ディガルド学園!
どや、奇跡の大穴狙う? おっさん」
「無論大穴狙いだ。8万賭けよう」
おぉ、と普通はこんな額は出せない皆がどよめく。
「太っ腹やな~、おっさん!?
ええんかい、こんな場末のノミ屋やで?」
「楽しいじゃないか。こういうスリルも。
それとも誰も何ももらえないかね?」
「一部だけでもワイにとっちゃええ額や。それ以上はいらん。
それにちゃんと勝ちに配当せな、午後にはワイ、校舎裏で埋められとるで?」
「はは、信じよう! だが、負けた方が暴動を起こさないとも限らないかもしれんが」
「そん時は、頑張って逃げなはれや!!」
おおきに、とディガルドと書かれた券をもらい、内心楽しみにしながら離れる。
「ふっふっふ……ふいにするか、戻ってくるか……たまらない!
ギャンブル中毒だな、まったく私は…!」
しかし、と内心笑う。
自分の作った自慢の逸品(バイオゾイド)が負けるはずはない!
その思いだけは変わらなかった。
(去年の優勝校、決して弱いとは思ってはいないよ?
だがね、アレキサンドル校の諸君。
私のゾイドは、多少危険だが、確実に強い。
無論ゾイドだけではないがね……フッフッフッフ……!)
まるで誰か殺す事でも考えているような顔で、そんなことを考えて歩く。
そんな時、ふと近くでこんな言葉が耳に入ってきた。
「―――こ、ここで劣勢そうな方に賭ければ、大穴っていうシステムできっと帰りの費用も宿泊費もリターン!! できるかも?」
「ダメです!!! 絶対、絶対にそんなこと許しません!!」
おや、とついつい聞き耳を立て、近づいてしまう。
見れば、見慣れないどこか一昔前の軍隊的な印象を受ける、青いベレー帽にクロークが特徴的な制服に身を包んだ人間たちがいた。
「でも、もう帰りようのレッゲル代もないよ、先生」
「そうです!! もうこうなりゃやけくそなんです!! やっちゃいましょう!!」
「ダメです!! 許しません!! たとえどんなにお金が少なくなっても、学生の内からギャンブルだなんて!!」
見れば、そんな装いの赤毛の少女と、彼女より小さな背丈の男子生徒が、身なりの良いどこか上品な出自を醸し出す美人の、おそらく教師であろう人物に何かを意見していた。
「ふむ? む!?!」
そして、驚いたのはその背後。
数メートル先に、似たような装いの男女混合の人間たちがいたが、それよりもディーンはその先にいたゾイドに目を奪われていた。
そこには、共和国共通の視認性の高いクリアキャノピーを持ち、猫に似たゾイドがいた。
いや、形こそ猫に近いが、丸みを帯びつつも太っているというよりは、強靭な肉体の野生体だったであろう力強さを持つ、別の生き物だ。
大きさは中型、カラーは茶色。
やはり、とその名前をつぶやく。
「ベアファイターか……!」
実物を始めてみたディーンは、思わず凝視して声を上げた。
「ん?」
そう、ベアファイターの驚きはそこで終わらなかった。
通常のベアファイターの横には、あえてキャノピーに増加装甲を施し、突撃の為に両肩にメイスに似た装甲兼打撃武器を付けた改造機体もいた。
おそらくは、あれはベアファイターの特徴「巡航形態」から「格闘形態」に移行した際には腕にスライドする機構があると一目見てわかった。
「確かあの改造型の愛称は、『ベアデビル』か。珍しい、非常に珍しい……むむ!?」
さらにその隣には、背後に巨大なミサイルが6連立ち並び、さらに両肩には巨大なミサイルポッドの鎮座するタイプもいる。
「バンブリアン……いや、雪原及び森林に対応した『グリズリアン』か!
なるほど、肩と色以外は変わらないと思ったが、よく見れば露出部分もかなりの差が、」
「おっさん、さっきからうるさいけど、誰あんた?」
と、ひとしきりレアゾイドに興奮しているうちに、気が付けば背の低い少年が近くにいた。
「……おっと」
ようやく、自分の周りをその生徒たちに囲まれていることに、ディーンは気づいた。
***
「毎度おおきにー!!」
とりあえず、有り金全部をディガルド側にかけて置いた一行だった。
「グルカ高等学校?
聞いたことのない名前だな」
「うん。西方大陸でも地味なところにあってさ。
緑と山以外何もない感じの場所」
「ほー、聞くだけだといいところだが、実際不便そうだ。いや失礼」
気が付けば、その小さい少年―――名をアーガスという彼とディーンは打ち解けていた。
「まぁなんていうか、ウチは長い事共和国と同盟組んでた小国でさ。
グルカは国の名前。
俺としてはいいところだけど、問題は最近まで紛争地域みたいなもんでさ、貧乏で学校も旅費少ないみたいで」
「ちょっとアー君、初対面の方に失礼じゃない?」
と、アーガスに向かい赤毛の少女が注意する。
「いやいやお嬢さん、これでも私も同じ注意を家族に受けるぐらいずかずか話してくる身だからね、気にしたら罰が当たるよ。なぁ、アー君?」
「ほら、ディーっちも言ってるし」
「すでにあだ名で呼びあう関係!?」
「ロゼ姉もそんなに気を使わなくてもいいんじゃない?」
「ほう、ロゼさんというのかね。可愛い名前だ」
「え、あ、ありがとうございます♪」
とりあえず女性は褒めて置くという礼儀をしただけだったが、ここまで喜ばれるととしながらディーンは悪い気はしなかった。
よく見れば、制服の下からでもわかるぐらい、年齢のわりにいい胸のふくらみだった。
もちろん、邪なオヤジの下心は、なるべく見せないが。さすがに犯罪であるゆえに。
「……あの、皆さん……?」
ふと、背後から、どこか怒りを押し殺した声が聞こえる。
「おや、先生……ええと、そういえばお名前をお伺いしてませんでしたな。
失礼ながら、伺って」
「グルカ高等学校言語学教師!!
兼!! ゾイド育成コース担当の!! コーネリア・イルクです!!」
それはそれと、とその教師は、人差し指を指してずいとディーンに近づく。
「あなた!! 仮にも大人でしょう!?
なぜ、なぜ子供に!! 重大な局面を迎えながらも!!!
それをギャンブルなどという方法で解決するなんてことを!!
教えるのですか!?! 正気ですか!?!」
蒸気でも出そうな剣幕で、彼女はそう詰め寄る。
なるほど言いたいことは分かる。まさしく真面目そのものな彼女のいでたちなら、間違いなく言うだろう。
「む?
もちろん!! 正気で、何より確信をもって、この方法を押したまでですとも!!」
しかし、ディーンはそう逆に言い放つ。
「えぇ!?」
「いいですか、コーネリア先生?
あなた方は、今不幸のどん底にいる。
聞けば、新興の学校として、今!!
今期のバトルの間に、短期部隊転校制度、いわゆる『傭兵』を行うことで名を上げたい!!
そのために少々離れたこの場所までやってきた物の、今日の宿代もない!!
そう、まさに不幸のどん底だ、
だがつまりは、チャンスだ!!」
ずい、と押し畳みかけるよう、そう言葉を撃ち放つ。
「え、あ、えと?」
「航空機事故の確率と宝くじの一等の確率は、理論上は同じです。
要するにあなた方は今、運の総量で言えば宝くじ一等と同じ!!
このチャンスをふいにし地味に何か手をこまねているのみですと?
それはもったいない!! 実に!!」
「で、でも、運に任せるだなんて、」
「あなた方は、ここに来るまで努力してきたはずだね?
人は常に努力の上で最後の瞬間にほんの少しの運を天にゆだねる。
なら今がその時だ。
というわけで、すでに賽は投げられた。
丁か半か、我々はすでに丁と言っているのだよ。
ならやることは一つ!」
畳みかけるような超理論の後に、ディーンはくるりと背を向け、顔のみを後ろに向けて口の端を曲げる。
「このゾイドバトルを観戦者として楽しむことだ。
そうでしょう?」
決まった、と内心思うディーン。
だが、そこにはもはや置いてけぼりを喰らい思考を停止した顔のコーネリアがいるだけだった。
「……そ、その理屈は……おかしいです?」
「……ふむ。
まぁいいじゃないですか、たまには。こういう事もある物ということで」
「我々損しかないような気がしますよ…!?!」
「もういいじゃん先生。試合始まっちゃうよ?
俺見たいな、噂のバイオゾイド」
「私も気になります!!」
「おう!では全員でいい場所を取ろう!!
ささ、善は急げ! 行きましょうか!!」
はっはっは、と笑うディーンに連れられ、意気揚々としているロゼとアーガスが続き、コーネリアは他の生徒に哀れみの目で見られながら連れられて行く。
「さてさて、良い場所は……お、あそこに見えるのは!」
と、少し開けた場所に、ディーンにとっては少年のように目を輝かせられるものが見えた。
「あそこ! 見えるかな、あの黒いティラノサウルス型の!!」
「ジェノザウラー? うわ、なんだろうあの剣かっこいい…!!」
「アー君、あれはジェノリッターだよ!」
「そうそう、お!! 隣のはセイバータイガーSS!!
む、あれはシールドライガー! それにグライドラーも!! 私好きなんだよ、あれ!」
ちょうどいい、とばかりに皆と共にその場所へと近づく。
なにせ、なぜかそこは他に数台ゾイドが置けるほど開けている。
「すみませーん!! ゾイドを数台おいて観戦したいのだが、いいですかなー!?」
と、数人の女子たちが、各々持ってきたであろう折りたたみ椅子に座り見ているところに声をかける。
「「――――ええ、どうぞ?」」
瞬間、ほぼ同時に、
軍帽に似た帽子をかぶる金髪の少女と、
やや短めの髪の銀色のブレザーの少女が、
振り向き答えた。
***