ガンダムビルドダイバーズ ブレイヴガールフラグメント   作:守次 奏

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思い立ったので初投稿です。


第一話「放課後のゴーストガール」

 夢はないけど、憧れがあった。

 かつて目眩く新星たちが鎬を飾ったGPD──ガンプラを実際に操作して戦う競技の中で、幼い頃の一条綾乃は、颯爽と煌めくその剣士の姿をその目に焼きつけていた。

 かつて、綾乃の両親もまたGPDのファイターとして戦って夢破れた末に訪れた世界大会で見届けたその戦いは、時を経た今でも尚、歴史に数多刻まれたベストバウトの一つとして数えられているほど有名なものだ。

 ストライクガンダムの改造機と、ガンダムアストレイレッドフレームの改造機、奇しくも同じ作品の本編と外伝を出典とするカスタマイズガンプラ同士がぶつかり合い、最後の最後まで勝敗がわからない戦いは幼い綾乃の心をときめかせ、そして子守唄や童話の代わりに毎夜語ってもらったほどに燦然と煌めく「憧れ」を童心に刻んだのである。

 確かにその試合はどこをどう切り取っても驚嘆に値するほど、最高峰のファイターとビルダーが持てる技量を全て費やしたものであり、決着もまたファイター同士のぶつかり合いもさながら、そこにビルダーならではの知恵を加えた、常道と奇策が手を取り合ったその結末も、多くの人々からの称賛を今も尚受けてやまない。

 瞬間接着剤による関節の補強どころか固定化という、通常であれば大失敗とされるような工作を勝利の切り札とした、ストライクの改造機を作り上げたビルダーの発想は正しくコロンブスの卵、コペルニクス的転回といった風情であり、彼らがそのアストレイを、戦国の世を駆け抜けた武者をイメージしてカスタマイズされた機体を破ったのは、紙一重とはいえ必然であったのだろう。

 だが、幼き日の綾乃が憧れに身を焦がしていたのは、勝利したストライクのビルダーとファイターの戦いではなく、惜しくも敗北を喫した二刀流のアストレイ──それを操るファイターの剣閃にこそだった。

 刀を失えば無手の発勁を切り札に戦う姿勢も確かに格好いい。

 だが、あの異国の侍は、彼によって振るわれるその刃は、実家に二刀流の古武術、その道場を持つ綾乃にとって一つの「完成形」に見えてならなかったのだ。

 ──サムライ・エッジ。

 誰ともなく、新星として現れ、GPD世界大会、アメリカ代表の座を勝ち取った彼を称してそう讃えていたが、まさしく、闇を切り裂くように突如として現れ、正面からかつての王者を打ち破った彼は「侍」の名にふさわしい存在だったのだろう。

 その美しき刃は、遠く日の本を離れた異国の地により花開き、そして世界に見せつけられて、小さな綾乃の「世界」を変える力となった。

 ──わたしも、あんなけんしになってみたい。

 それからというもの、幼い日の綾乃は、両親からの影響もあってGPDでのデビューを果たすべく、毎日、それこそ寝食を忘れる勢いでガンプラ作りと、兄である一条与一との稽古に励んでいた。

 全ては、あの異国のサムライと戦うために。

 そして、GPDという輝く舞台に自分も立つために。

 無我夢中で憧れを追いかけて、がむしゃらに走り続けた日々は、綾乃の中で確かにガンプラへの知識とそして戦いへの心得を身につけさせるに足るものであった。

 だが──時の流れというものは、往々にして残酷なものだ。

 盛者必衰、驕れる者は久しからず、ただ春の夜の夢の如し。

 先人がそう書き記したように、GPDという競技は、時代の波に、そのうねりに飲み込まれて、次第にその人気を失っていった。

 と、いうのも無理はない。

 確かに自分だけのガンプラを動かして戦うことは魅力的だが、勝者がいるのであればその影には必ず敗者たちの屍が積み上がっているように、「負ければガンプラが壊れてしまう」というその特性は、一時期社会問題となるほどに取り沙汰されたことがある。

 曰く、金銭面におけるビルダーでありファイターへの負担。

 曰く、参加者に小さな子供が混ざっているような大会で大人が全塗装を施したパーフェクトグレード──六十分の一スケールの巨大なガンプラを使っての初心者狩り。

 そうした細々とした不満や不平、負担は積み重なって、綾乃が中学生になる頃には、GPDという競技はほとんど世間から忘れ去られて、今では一部の大きなホビーショップであったり、好事家たちが個人所有している僅かに残された筐体を通じてしか、遊ぶことができないものとなってしまっている。

 そんな中で果たして燦然と輝く憧れに手を伸ばそうとしていた綾乃が、GPDに触れたのかといえば、それもまた否であった。

 突如として発表された新星の引退──「サムライ・エッジ」と呼ばれた男は、研究者としての道を選び、GPDの最前線から身を引くことを決意したと、そのことは今でもはっきりと思い出せる。

 いつかあの煌めく舞台で剣を交えることを夢見ていた相手が、舞台を降りる。

 それ自体を責めることはお門違いなのは、綾乃にもわかっていた。

 人生の決定権を持つのは自分だけだ。

 だからこそ、彼が引退を決めたことだって、きっと悩んだり、周りから止められたりしても尚、研究者という道に進みたいという強い意志がそこにあったからなのだろう。

 それでも──それでも、この憧れは、この想いは、どこに行けばいい?

 ようやく納得の行くレベルまで作り込むことができた自分だけのガンプラが完成したその日、綾乃は呆然とテレビを通じてその引退会見を見届けたことを覚えている。

 こうして、幼い少女の夢とも呼べない憧れは、一人の男の幕引きと、そして時代の波に攫われて、遥か彼方へと消えていった。

 大太刀と小太刀──二刀流の基本となるそれを無心で振り続けながら、綾乃は道場で幼い日のことを思い返し、燻っていた。

 ──なんのために剣を振るうのだろう。

 求道者として、抱いてはいけないはずの疑問を抱えたままの剣閃は当然の如く鈍く、誰にも届かないものであり、中学時代に所属していた剣道部でも綾乃は思うような戦績を残さず、気付けば剣道とも縁遠い、ただの、普通の高校生に成り果てている。

 いや、普通ですらないのかもしれない。

 手拭いで額に浮かんだ汗を拭いながら、腰まで伸ばした黒髪を靡かせて、綾乃は深い溜息を吐き出す。

 

「……私は、何のために……」

 

 幾度となく自分に問いかけ続けてきて、そして今も見えずにいる答え。

 一条二刀流の後継者は、兄の与一が務めると決まっている。

 憧れていたあのサムライはGPDの舞台から去って、そしてGPDも廃れた今、自分がこうして木剣を振り続けていることに一体何の意味があるというのだろうか。

 違う。本当は、わかっているのだ。

 何も意味なんてない。

 ただ、かつての憧れに縋り続けるだけの、それを失ったら自分は虚無の、空っぽの人間になってしまうという恐れから、逃げ続けているだけなのだ。

 それを自覚して、じわり、と、鼻の辺りに塩辛いものが滲み、綾乃の眦に微かな雫が浮かび上がった、その時だった。

 

「邪魔をするぞ、綾乃」

「与一兄様」

 

 黒髪を散切りにして、時代と逆行するような白の胴着と青の袴に大小の木剣を二振り提げた青年──兄の与一が、道場の戸を開けて、綾乃の元へと歩み寄ってくる。

 ごしごしと浮かんだ涙を拭って姿勢を正せば、綾乃のそんな真剣さに応えるかのように、或いは頑迷さにどこか困ったかのように向き合って正座をすると、与一は和服の懐からごそごそとなにかを取り出して、目の前に置いてみせた。

 

「与一兄様、これは?」

「うむ、ダイバーギア、というらしい」

「ダイバーギア……」

 

 らしい、というのは、与一はGPDだとかガンプラだとか、そういうものに全く興味を持つことなく、武術一辺倒で育ってきたから、妹のために買ってきたこれが正確には何なのか、よくわかっていないのだ。

 それでも、こうして道場で燻っては、喪った憧れを偲ぶかのように剣を払い続けている綾乃のために何かをしてやりたい、というのが兄心とでもいうべきものであり、与一がそれを購入したのは、ある噂を耳にしたからだった。

 

「GBNなるものを知っているか、綾乃」

「GBN……ですか、兄様?」

「うむ。おれは父や母と違ってよく知らんでな、なんでも最近流行っているらしいが……こほん、本題から逸れたな」

「……いえ、私もそれが流行っていることは知っています」

 

 GBN。

 それはVRMMOにして次世代体験型ガンプラバトルシミュレーションこと、ガンプラバトル・ネクサス・オンラインをアルファベット三文字に略したものであることぐらいは、何となく綾乃も知識としては知っている。

 クラスの中でもそれをやっている男子グループは、放課後よくガンダムベースシーサイドベース店に屯しているらしいし、電脳世界という現実を飛び越えた場所での放課後を過ごすために、自宅からログインしている女子もいるらしい。

 らしい、というのは実際にそれを観測したことがないからだ。

 端的にいってしまえば、綾乃はぼっちだった。

 とはいえ一人が苦になる性格でもなければ、クラスメイトとのコミュニケーションにもさして問題があるわけでもないため、浮いてこそいるが遠巻きにもされていない、いわば「透明」な存在とでもいうべきものが、綾乃のクラスにおける立ち位置のようなものだ。

 だからこそ、放課後にカラオケに行くでもなく、部活をするでもなく、ただ家に帰って黙々と木剣を振るっていても何も言われないし、気にもされない。

 そんな女子高生としての生活を流石に与一も不憫に思ったのだろうか、と、兄に心配をかけてしまったことを心中で詫びながら、綾乃はその問いかけに淡々と答える。

 

「そうか、ならば話は早い。実はな、おれもよく知らないのだが……GBNなるげーむ? の中には数多の剣豪がひしめいていると聞く」

「ゲーム、ですか」

 

 与一が首を傾げながら呟いたのは、彼が生来のサブカル音痴で、GPDにうつつを抜かしていた父と折り合いが悪かった、兄と同じく武道一辺倒な人生を過ごしてきた祖父からの影響が強いのだろう。

 そして綾乃はその反対で、両親からの影響が強く、サブカル方面にも多少明るかったのだが、その手のゲームに関しては全くといっていいほど興味が湧かなかった。

 湧かなかった、というのは過去形の話だからである。

 以前に綾乃は「幕末の世に侍となって討幕派と新撰組に分かれて斬り合うバトルロワイヤル」なるゲームを期待に胸を躍らせながらプレイした経験があるのだが、それはもう筆舌に尽くしがたいほどの幕末(クソゲー)で、ログイン天誅ログボ天誅リスキル天誅と、とにかく「天誅」のジャーゴンを叫べばいかなる外道行為も容認される、誉れなど犬にでも食わせておけといわんばかりの地獄であり、武士道への冒涜、その具現だった。

 だからこそ、綾乃はゲームの世界にも期待を馳せることなく、黙々と想い出を偲んで剣を振るう日々を過ごしていたのだ。

 与一から差し出されたダイバーギアなる物体と兄の顔を交互に見ながら、綾乃はその柳眉を困惑に歪ませる。

 

「そう邪険にしたものではないぞ、綾乃」

「……いえ、ですが」

「なに、このGBNなるもの、実はお前が作っていたがんぷらを読み込ませて戦う遊戯であるらしい」

「……ガンプラを……」

 

 かつてGPDの舞台に上がることを夢見て作ったはいいが、そのまま日の目を見ることなく終わってしまった幻の愛機を想って、綾乃は静かに瞑目した。

 確かにガンプラを読み込ませて戦うのであれば、それはGPDと通じる部分があり、あの誉を浜にダンクシュートしたようなクソゲーの民度と比較して、幾分かマシなものがあるのかもしれない。

 

 

「わかりました、兄様。ありがたくいただきます」

「うむ、よくわからぬが電子の世界でも精進するのだぞ、綾乃」

 

 綾乃の返事を聞いて、与一はからからと気風の良い笑みを満面に浮かべてみせる。

 結局のところ、綾乃にはよくわからないまま、よくわからないものを自分のために買ってきてくれたという厚意を断ることができなかった。

 他人の厚意ほど断るのが難しいものはない。

 その六角形の物体を受け取った綾乃は引きつった笑みを浮かべながら、しかし、かつて憧れと共に消えていったはずの幽霊のような想いを、その尾を手繰り寄せるかのように、道場を後にするのだった。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 餅を買うなら餅屋に行くのは大分昔の話で、今はスーパーマーケットに行けば大概のものは揃っているとしても、それはそれとして諺に残っているように、餅は餅屋といったものだ。

 お台場近郊の東京湾沿い、等身大のエールストライクガンダムをそのシンボルとしたガンダムベースシーサイドベース店。

 綾乃が、かつて作ったまま棚に飾っていた愛機と共に訪れたのは、通っている高校の生徒たちからは放課後の聖地のようなものとなっている、ガンプラの版元である企業が運営する直営店のようなものだった。

 思えば、ここに飾られているのがエールストライクガンダムというのも何か奇妙な縁なのだろう。

 与一が買ってきてくれたダイバーギアは、それそのものだけではGBNへとログインすることはできない。

 ダイバーギアはあくまでも自分のガンプラをスキャンする装置であり、コントローラーとヘッドアップディスプレイを別途購入しなければ、自宅から電子の世界へとログインすることは適わないのだ。

 そこら辺は古風を拗らせて機械音痴な与一だから仕方ないものの、それはそれとしてクラスメイトたちがそうしていたように、放課後に特定の目的を持って他愛もない時間を過ごすというのには、実のところ綾乃も結構な憧れを抱いていたのだ。

 道場を離れれば、中々どうして綾乃も結構な現代っ子なのである。

 微かな期待と綯い交ぜになった不安を胸に抱きながら自動ドアをくぐれば、そこにはショーケースの中で道行く人に笑顔を振りまく、文字通りに小さな少女の姿があった。

 

「いらっしゃいませ、ガンダムベースシーサイド店へようこそ!」

「プラモデルが喋った……?」

「はい、チィはプラモデル……マテリアルボディのELダイバーですから」

 

 えるだいばー。

 また知らない単語が出てきたと綾乃は小首を傾げるが、確か特定電子生命体がどうのこうのとテレビの中で言っていたから、そういうものなのだろう。

 プラモデル扱いしたことをチィと名乗った少女に詫びつつ、綾乃は早速GBNの世界に飛び込むべく、ゲームブースを目指してそそくさと早足で歩いていく。

 

「……確か、ダイバーギアの上にガンプラを置いて、このゴーグルを被ればいいのよね」

 

 ゲームブースは盛況といった風情であったが、それでも空席がちゃんと存在する程度にはGBNの筐体はその数を揃えている。

 又聞きしたのと、スマートフォンで事前に調べていた知識を元に、綾乃はその手順に従って、電脳世界へとログインするべくシステムを起動させる。

 

『GPEX SYSTEM START UP──』

 

 起動音声が耳朶に触れると同時に、綾乃の意識はどこまでも降っていくエレベーターに乗せられたかのように、仮想の世界へと引っ張られていく。

 仮登録時はスキップされて、「機動戦士ガンダム」に出てくる「ハロ」のアバターに統一されるキャラメイクフェイズを、とりあえずはリアルにおける自分の容姿をベースに、銀色のヘアピンを追加した以外はリアルで着ているのと似たような制服を衣装に選んで、綾乃は、GBNのプレイヤー……「ダイバー」である「アヤノ」へとその姿を変えていく。

 

「……さて、何が待っているのかしら」

 

 夢はなくても、憧れはあった。

 だけどその憧れも、幽霊のようにどこかへと消えてしまった。

 そんな自分が、「ゴースト」の異名を戴く、クロスボーンガンダムX0をベースとした機体とともに、そして、数多の剣豪がひしめくという兄の言葉に対する期待とともに電子の海へと飛び込むのには、どこか皮肉めいたものを感じずにはいられない。

 それでも。

 それでも確かに、少女の──かつてGPDと共に遠くに消えてしまった憧れは息を吹き返し、この電子の海へと、GBNへと、確かに蘇ったのであった。




現代っ子は電脳世界に憧れた夢を見るか
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