ガンダムビルドダイバーズ ブレイヴガールフラグメント   作:守次 奏

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感覚が鈍ってるので初投稿です。


第十話「感情表現伝言迷路」

 優奈を駅まで送り届けた後、綾乃が家電量販店で購入した自宅用ダイバーギア対応型コントローラーは、女子高生の財布からすればかなりの痛手だった。

 それだけ精密に作られている電化製品だから仕方ないといえば仕方ないのだが、今まで使うこともなくこつこつと貯め込んでいたお年玉貯金が崩れてしまうプロレタリアート的な喪失感は、中々納得できるものではない。

 とはいえ、優奈と遊ぶための必要経費だと考えればこれも仕方がないことだと、自分に言い聞かせるようにして綾乃は、帰るなりコントローラーの詰まっている箱を自室へと輸送した。

 

「ふむ……基本的にはガンダムベースの筐体と変わらないのね」

 

 設備の豪華さでいえばゲーミングチェアであるとかその他補助器具が付いているガンダムベース据え付けの筐体と比べるべくもないが、操作に関して、ゴーグルを被って二本の操縦桿を使う、という点に関しては家庭用コントローラーもゲームブースの専用筐体も大して変わらない。

 早速物は試しとばかりに付いてきたゴーグルを被って、綾乃はコントローラーにダイバーギアをセットすると、勉強机に向かい合う。

 ゲーミングチェアのあの包み込むような感覚と比べれば窮屈もいいところだが、それでもプレイ中に支障はないはずだ。

 というか、あってもらったらそれはそれで困る。

 綾乃は早速、ダイバーギアの中心にクロスボーンガンダムXPをセットして、起動の準備を整えていく。

 あの後調べた情報によれば、「月下の辻斬り」はその異名通り夜を中心に、ジャパン・エリアの巨大な橋に現れるということらしい。

 昼でも見かけたという目撃情報もスレッドの中には書き込まれていたが、単純に見かけた関数の多寡でいえば夜の方に軍配が上がるのだから、会いに行くのならばなるべく遅い時間帯の方が確率は高いはずだ。

 

「……今日が金曜日でよかったわね」

 

 一応、綾乃たちの本業は学生であってGBNのプレイヤーではない。

 それも深夜まで潜り続ける廃人たちと同じ時間帯にダイブしたとあっては翌日に支障が出ることなど目に見えて明らかだ。

 そんな小さな神の気まぐれに感謝しつつ、綾乃は一旦ゴーグルを外して夕食の場に向かうために立ち上がる。

 優奈との待ち合わせ時間は夜の十時だ。

 だから、実際のところまだまだ余裕があるのだが──それでも、専用コントローラーを開封して環境を整えている辺り、自分もなんだかんだであの「月下の辻斬り」とやらに出会うことを、そして優奈に出会うことを楽しみにしているのかもしれない。

 理路整然と導き出された答えに対して、綾乃は頬を赤らめつつ、少しだけ困惑をその表情ににじませていた。

 なんと言えばいいのだろう。

 綾乃は思案する。

 例えるなら、それは遠足の前日に眠れなくなるような感覚とよく似ていて、或いはショートケーキの苺を最後に食べるために皿の脇へと退けた時とも似た、甘酸っぱい綿で心臓を締め付けられるような、そういう感覚。

 与一から預かった言葉の通り、あのGBNという世界には数多の剣豪が存在していて、そこに綾乃がかつて憧れたあの剣士はいなくとも、その中の一人と出会えることへの高揚感と、そして夜更かしをしてまで友達と遊ぶという背徳感に対する愉悦がぐちゃぐちゃになってマーブル模様を描いているような感情と感覚はショート寸前だ。

 

「……そうね、とりあえずは、ご飯を食べないと」

 

 そんな甘酸っぱい考えに足を捕われていた綾乃を正気に立ち返らせたのは、呼んでもこないことに業を煮やした母親からのメッセージをスマートフォンが知らせる音とバイブレーションだった。

 ディナーの後に待っている、デザートを迎えに行くかのように、綾乃はごめんなさい、とメッセージを打ち込むと、早足で部屋を後にするのだった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 結論からいってしまえば、自宅からのログインであっても仮想世界で身体を動かすのに、ほとんど支障らしい支障は存在しなかった。

 少しばかりラグが発生しているような感じを覚えることはあるが、それだって軽微なもので、流石に店が整えているような環境をそのまま持ってこれるほど綾乃の懐は豊かではないのだから、これで十分だろう。

 食事と風呂と歯磨きと、その他諸々を済ませて綾乃が「アヤノ」としてセントラル・ロビーに降り立った時刻は午後の九時三十分、約束の時間からは大分早い。

 壁にもたれかかって周囲を一望すれば、金曜日だということも相まって、この時間帯にも関わらず接続している人数は相変わらず凄まじい。

 沈黙に体を預けて聞き耳を立てれば、ロビーを飛び交う噂もまた多種多様であり、どこそこの誰それがあんな偉業を達成しただとか、新しいクリエイトミッションの攻略法が見つからないだとかいうこの仮想世界の中での話から、或いは放課後に交わすような他愛もない言葉のやり取りが聞こえてくる。

 

「リビルドガールズのアイカちゃんもとうとう三桁ランカーかぁ」

「エリィちゃんも一緒にランクインしたらしいぜ、二人はズッ友ってやつだな」

「しかし三桁なあ……そこまで行ってもまだ上があるって時点で恐ろしいぜ」

「俺らには縁のない話だからいいけどな、それよりお前聞いたか? 辻斬りの噂」

「聞いた聞いた、ロールプレイなのかどうか知らんけど物好きもいるもんだなー」

 

 ちょうど、前を通りがかった男性二人組がそんなやり取りと共に雑踏へと溶け込んでいくのを見送りつつ、壁にもたれていたアヤノは、「リビルドガールズ」とやらの話はともかく、辻斬りの話題が彼らの口から出てきたことに関心を寄せていた。

 ジャパン・ディメンションへの接続人数がどんなものになっているのかは知らないが、少なくともこの往来で話題に出る程度には「月下の辻斬り」とやらは有名な存在であることは確からしい。

 そして、大層なあだ名が付けられる人間は実力もまたそこに伴っている、というのは古今東西、昔からのお約束みたいなものだ。

 

「……どうやら、一筋縄では行かなさそうね」

「あ、いたいた! おーい! アヤノさーんっ!」

 

 ぼそり、とアヤノが溜息と共にそんなことを呟いた刹那、自身を呼び止める底抜けに明るい声音が耳朶を震わせる。

 声のした方に振り返れば、ぶんぶんと右手を振りながら元気いっぱいに自身の元に駆け寄ってくるユーナの姿があり、そんな一筋縄ではいかなさそうな相手に挑むというのにもかかわらず、底抜けに明るい笑顔を浮かべているのにはどこか、一周回ってアヤノは安心さえ覚えていた。

 

「いつも貴女は元気ね、ユーナ」

「そうかなっ? えへへ、元気だけが取り柄だからね!」

 

 えっへん、と胸を張ってみせるユーナだったが、それが自慢なのか自虐なのかよくわからないアヤノはただ曖昧な笑みでお茶を濁しながら、そうね、と答えるのが精一杯だ。

 それでも、彼女が「元気であること」を誇りにしているのは確かなことなのだろう。

 

「それじゃあ……例の橋まで向かえばいいのね?」

「はいっ! えっと、辻斬りさんに会えるかどうかはわからないけど……」

「多分いると思うわ、そうでなければ噂になんかならないもの」

 

 確証はどこにもなかったが、夜を活動時間のメインにしていなければわざわざ「月下の」なんて二つ名で呼ばれないだろうし、仮にいなかったとしても、雑談でもして待てばいいだけの話だ。

 ユーナからの同意を確認してアヤノはセントラル・ロビーの受付に並ぶと、窓口のNPDにジャパン・エリアへの転移を申し出る。

 

「承りました。十秒後に転送されますので、お気をつけていってらっしゃいませ」

 

 相変わらず愛想良く、しかし貼り付けたような印象のしない笑顔を浮かべて、受付のNPDはアヤノたちからの申し出を受け入れ、その躯体を転送すべく青色の光で包み込んでいく。

 GBNはAIの再現にも力を入れるようになったというが、流石の技術力だと舌を巻きつつもアヤノは遭遇するであろう「月下の辻斬り」の姿を脳裏に浮かべながら、ぴしゃりと己の頬を叩いて気合を入れ直す。

 どんな相手が待っているのかはわからない。

 だが、大層な二つ名を持って──そして、「辻斬り」と呼ばれるくらいなのだから一角の剣士であるのなら、相手にとって不足はないはずだ。

 武者震いと期待が半分になったような感覚に、ぞくり、と脊髄から電流のようなものが伝ってくるのを感じながら、「アヤノ」を形作る仮想の躯体とユーナのそれは、セントラル・エリアからジャパン・エリアへと転送されていくのだった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 月が綺麗ですね、というのがアイラブユーの和訳であって、偉大な作家が指図したからそうなったというのは実は間違いで後世の逸話と混ざり合ったからだ、といっていたのは今日の授業での国語教師だったかと、ジャパン・エリアへと転送されてきたアヤノは凝り固まった身体をほぐすように伸びをしながらそんなことを望洋と考える。

 現実における日本を再現した、というよりは「和」のテイストが多く盛り込まれたモニュメントやオブジェクトが並んでいるこのエリアは初心者や、ガンプラバトルを嗜まないダイバーにも人気の場所であり、それを示すように、アヤノたちが転送されてきた中心地帯には立派な神社が建てられていた。

 

「わー、凄い! 綺麗だね、アヤノさん!」

「ええ、そうね。ただ、見とれている場合じゃないわ」

 

 正直なところ、このエリアを観光目的でもう一度訪れるのもそう悪くないかと思える程度には風光明媚で、アヤノの心にも根付いている和の心を刺激してやまないのだが、今探すべきは観光名所ではなく辻斬りだ。

 我ながら物騒なものを探している、とアヤノは探索しつつも掲示板をコンソールから呼び出して、「月下の辻斬り」が目撃されている大橋へと歩を進めていく。

 武とは何か。

 そんな問いに答えられるのは、それこそその道に己の全てを捧げて何年も、何十年も厳しい鍛錬の中に身を置いてきた達人か、それすらも凌駕する神がかった存在ぐらいなのだろう。

 それでも、その辻斬りが「武」を探し続けていることに、アヤノはどこかシンパシーのようなものを抱いていた。

 

(懐かしいわね、あの日が)

 

 思い返すのは、失った憧れのこと。

 そして今も代わりが、答えが見つけられずに、胸の内側に穿たれている空白のこと。

 中学時代、がむしゃらに剣を振り続けてきてもその答えが見えることもなければ、かといって燻っている夢が完全にその熱を失うこともないという中途半端な状態でいたからこそ、憧れ故に、夢見る故に出口の見えない迷路に迷い込んでしまうその感覚は誰よりも理解できるのだ。

 そんなことを考えながら、ユーナと他愛もない言葉を交わしつつしばらく歩いて辿り着いた、MSサイズに拡大されたその巨大な橋の麓には月明かりを映して輝く水鏡と、そして豊かな自然が広がっていた。

 思わず目を奪われる絶景だったが、見とれている場合ではないと言ったのは他でもない自分なのだ。

 アヤノは妄念を振り払うように頭を振ると、他に誰かいないかどうかを念入りに観察する。

 観光地としてはこれ以上ないほど美しい場所なのに、自分たち以外の人影が見えないのは、きっとその「月下の辻斬り」がいるからなのだろう。

 フリーバトルの申請を断ればいいとはいえ、物騒な相手が陣取っているとなれば及び腰になるのも理解できる。

 そんなことを頭の片隅に描きながらしばらく歩くと、アヤノの視界に橋桁の前に静かに佇む、胴着と袴に身を包んだ女性がすっと映り込んでくる。

 

「アヤノさん、あの人って……」

「その可能性は高いわね」

 

 どこか憂いを帯びたような黒曜石の瞳に、夜を梳かしてそのまま糸に紡いだような濡れ羽色の髪の毛をした出で立ちの女性へと慎重に歩み寄りながら、問いを投げかけたのは果たしてアヤノではなく、ユーナの方だった。

 

「こんばんはっ! えっと、あなたが……『月下の辻斬り』さんですかっ?」

「なっ、もうちょっとオブラートに……」

 

 あまりにもド直球、火の玉ストレートなユーナの言い草に面食らいながら、アヤノは彼女を引き止めようと手を伸ばしたが、どこか物憂げな女性は気にした様子もなく、被っていた三度笠をそっと上げると、二人を視界に捉えて小首を傾げる。

 

「拙のこと……ですか? ええ、そうですね。確かにそう呼ばれているとは聞き及んでおります」

「ほら、やっぱり!」

「そういう問題じゃなくて……はぁ、それで、その……気を悪くしたら申し訳ないのですけれど、私たちは貴女に用がありまして」

「フリーバトル、ですか?」

「単刀直入に言えばそうなりますね」

 

 ユーナはあくまでこの三度笠の女性が探している「武」の探究に協力してあげたい、と言っていたが、それを手っ取り早く実行するのならば刀を交える他にない。

 どことなく剣呑な空気が漂い始めてきたことに困惑するユーナを他所に、「月下の辻斬り」とアヤノが交わした視線の間には、冷たく研ぎ澄まされた刃がぶつかり合うように火花が散りはじめる。

 

「そうですか……本来であれば拙からお願いすべきでしたが……ありがとうございます。拙の名はカグヤ。どうぞお見知り置きを」

「私はアヤノ、こちらこそ」

「え、えっと! わたし、ユーナです!」

「では……存分に死合うといたしましょう!」

 

 アヤノがカグヤと名乗った女性に差し出したフリーバトル申請が受諾されると同時に、青白いフィールドが周囲に展開されて、バトルエリアを形成していく。

 そして、アヤノたちは愛機のコックピットへと転送されて、戦いの火蓋が切って落とされる。

 闇から溶け出してくるように現れたその機体は、ロードアストレイをベースとしていながらも、関節部やフレームなどには独自の丸みを帯びた加工が施されており、華奢な印象をアヤノへと与えていた。

 噂通りに、装備しているのはガーベラ・ストレートただ一本。

 腰に提げた鞘から、カグヤがすらりとそれを抜き放ったのを確認してアヤノは、ABCマントに隠していた両手から、バタフライ・バスターBを牽制射撃として斉射する。

 

『飛び道具とは……しかし、拙にその攻撃は届きません!』

「ビームを、斬ってる!?」

「くっ……」

 

 ユーナが驚愕に目を見開いたのも無理はなかった。

 確かにカグヤはその刀で放たれたビームの銃弾を切り裂くと、飛び道具など邪道だとばかりに疾駆する。

 その間にアヤノが放った牽制射撃は全て避けられるか斬り捨てられるかの二択であり、それはこのカグヤという女性との戦いにおいて、ビームライフルは無用の長物だということを示していた。

 だが、バタフライ・バスターBの用途は射撃だけに限らない。

 ABCマントを脱ぎ捨てると、アヤノは二挺の銃口同士をぶつけ合って二つ折りにすると、その間から発振されたビームの刃を構え、カグヤへと切り掛かっていく。

 

「バタフライ・バスターはこうも使える!」

『っ……素晴らしい、素晴らしい太刀筋です、アヤノさん。拙も……拙もその武を学ばせていただきます!』

「あわわ……」

 

 激しく打ち合う実体刃とビーム刃の剣戟は、ユーナがそこに挟まることを許さないとばかりに空気を鋭く切り裂き、激しく火花を散らしてぶつかり合う。

 だが、それでも──不利なのは自分の方だ。

 アヤノは鍔迫り合いの手応えに、じわりと冷や汗を滲ませる。

 きっとあの刀身には対ビームコーティングが施されているのだろう。

 ──このままわじりじりと鍔迫り合いを続けるだけでは、強引に押し切られる。

 

『なんとまた、複雑怪奇な……』

「クロスボーンガンダムの特性よ……!」

 

 それを悟ったアヤノはカグヤの意表を突くように、ザンバーモードに展開したバタフライ・バスターBによる鍔迫り合いを打ち切って、機体を宙返りさせながら足の裏からヒート・ダガーを飛ばす。

 かくして月下の戦い、その始まりを告げる嚆矢のように、射出されたヒート・ダガーはカグヤのロードアストレイをベースとしたガンプラの肌を掠めて、微かな傷をそこに刻むのだった。




邂逅、サムライガール
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