ガンダムビルドダイバーズ ブレイヴガールフラグメント 作:守次 奏
レイドバトルの実入りは確かにいいものだったが、何回も張り付いて周回を重ねられるようなものではない、というのがアヤノの意見だったし、へとへとだったユーナもそれには同意していた。
ダイバーランクがFからEへ。
それは数をこなしていなくてもレイドバトルで得られたダイバーポイントで即座に昇格できるクラス帯だからできたことであり、当たり前ではあるが、肝心のDランクまでのポイントは今までより少しだけ遠いものになっている。
「……フリーバトルでも仕掛けるしかないのかしら」
翌日、学校の中庭で綾乃はぽつりとそんな言葉を呟いた。
実際のところ、効率よくダイバーポイントを稼げるミッション、というものは検証班の努力によって判明しているし、攻略wikiにも事細かに記されてはいる。
だが、当たり前のようにそこには周回が伴ってきて、一足飛びにEからDへのパスが開けるほどの報酬がもらえるといったミッションは存在しない──というよりは、綾乃たちのランクでは受けられない、というのが正しい。
そして、ダイバーポイントを稼ぐ手段としてのフリーバトルは、上級者や手練れであるのならば悪くはないと、今、ジャムが間に挟まれたコッペパンをもそもそと齧る傍で操作したスマートフォンの画面にはそう表示されている。
実際のところ、自分たちより格上のランクにいるカグヤも「月下の辻斬り」なんて大層な二つ名が知れ渡るぐらいにはフリーバトルをこなしてきたのだろうし、相応に勝利を収めてきたのだろう。
ふぅ、と綾乃は溜息を小さく吐き出して、ジャムが挟まったコッペパンをまた一口啄む。
「うーん……こういうのって確かあれだよね、急ぐときはぐるぐるーって……?」
「……急がば回れ、ね。優奈。貴女の言う通りよ」
そして、綾乃の隣に車椅子を着けておにぎりを頬張っていた優奈もどうやら同じことを調べていたらしく、実入りがいいとはいえ何回も何回も同じミッションを延々と繰り返すのは退屈だ、というその結論までもどうやら同じようだった。
確かにGBNは神ゲーと呼ばれて憚らないし、無数のミッションがあるからこそダイバーたちは思い思いのシチュエーションに身を投じて、原作における状況に介入してみたりだとか、数多の敵を蹴散らしてみたりだとかして、あの電子の海をエンジョイしている。
とはいえ、最短や時短を目指すのであれば、GBNに限らずどのゲームも効率化と重周回という選択肢から逃れることは難しい。
急がば回れ。
先人はかくも心に響く言葉を残してくれたものだと嘆息する。
そして、綾乃は自分がそんな最短や時短を求めるほどにはGBNにのめり込んでいる、という事実を再確認するように、優奈をちらりと一瞥した。
「もふ?」
「……なんでもないわ、というか、食べてからでいいわ」
そんな綾乃の思いを知ってか知らずか、優奈は重周回だろうとなんだろうと頑張るぞとばかりに、拳ほどもある大きさのおにぎりを頬張っている。
思えば、EランクからDランクに上がりたいと思っているのだって、ユーナがフォースを組もうと言い出したからだ。
もそもそと、頬袋に餌を詰め込むハムスターのように大きなおにぎりを頬張っている優奈を見つめる綾乃の視線は無意識に、その爛漫の春を宿したような瞳に移っていた。
元気だけが取り柄だと、優奈は初めて会った時にそういっていたけれど、何事も楽しそうに、それこそGBNでも全力で遊び尽くそうとするその姿勢は、何事も諦めを隠れ蓑にして、興味がないふりをする自分よりもよっぽど潔い。
コッペパンの全てを食べ終えると、綾乃はどこか恥じ入るように懐から取り出した扇子で口元を覆って、胸元をそっと仰いだ。
──取り柄。
ふと、自分が考えていた言葉がぽつりと綾乃の脳裏に一筋の滴となって零れ落ち、波紋を広げていく。
今のところ、名前も決まってなければ組める段階にもないフォースカッコカリにおいて、特定の役割を持っていない──と、いうより、どの距離でも戦える代わりに特定の役割に特化した優奈と、そしてカグヤに及ばないのが今の自分だ。
綾乃は今日もGBNにログインすべく持ってきた、愛機が厳重に梱包されたタッパーを取り出してその中身をそっと見遣った。
クロスボーンガンダムXP。
その出来栄えは自分自身でも悪くないと思えるものだが、今抱えている問題はガンプラの出来がどうこうというより、XPの武装にあるのではないかと、そう考える。
バタフライ・バスターBは決して悪くない武装だ。
ビームライフル──正確にはバスター・ガンである──とビーム・ザンバーの両方を兼ね備えていて、出力もそこそこあって、尚且つ相手の出来栄え次第では原作の設定通り、ビーム・シールドをその護りの上から叩き斬ることができると書けば、確かに強く見えるだろう。
だが、近接にフォースメンバーが偏っている都合上、綾乃は射撃戦を早々に切り上げて格闘戦に移行することが多く、そうなると優奈やカグヤのような専門家と比較しなければならない。
万能機が特化型と同じ土俵で試合をすること自体が間違ってはいるのだが、今後フォースを組むに当たって、そこもまた一つの課題になるであろうことは、綾乃にも想像がつく。
翻って、射撃ができないと割り切って格闘に特化した優奈の選択はかなりクレバーなものだったのかもしれない。
おにぎりを食べ終えて、膝掛けの上に置いていたほうじ茶に舌鼓を打つ優奈に向けた視線を逸らして、綾乃は再び嘆息した。
「どうしたの、綾乃さん? 元気ないけど……」
「……いえ、なんでもないわ。ただ現状、私の火力……というか格闘戦で与えられるダメージが貴女たちと比べて少ないと思っただけよ」
相手の不意を突く形でバタフライ・バスターBを運用してみたり、ヒート・ダガーによるブラフをかけたりと、クロスボーンガンダムができることは極めて多い。
それでも単純な「火力」に直結する問題となれば、バタフライ・バスターBがどれほど優れた武装であったとしても、それを上回るものはいくらでも転がっているのだ。
「ほぇ? そうかなぁ、アヤノさんはばっちり活躍してると思うけど……」
「……なんといえばいいのかしらね、貴女がそう言ってくれるのは嬉しいのだけれど」
優奈から見れば、多彩な武装を的確に使い分けて戦える綾乃の器用さは驚嘆に値するものだったし、実際のところアリスバーニングガンダムがろくな武器を持ってない理由は自分がまともに扱えないからだ。
だからこそ、そんなオールマイティな綾乃が火力で悩んでいる、というのは優奈にとって不思議なことだった。
「フォースを組むとなると、個人で戦うわけにはいかないわ」
三人の中で、単身でできることが一番多いのは自分であるというのは綾乃も理解している。
それは元々、クロスボーンガンダムXPがGBNでフォースを組むことを想定せずに構築されたからだ。
単身で多数を相手にできて、かつ、得意なレンジに飛び込むための布石が多い。
そういった意味でクロスボーンガンダムという機体の特性は自分に合っていると綾乃は感じているし、何より原作での活躍が凄まじく、その格好良さが脳裏に焼き付いて離れないからこそ、X0を素体として選んだのだ。
「だから、貴女たちをなんとか支援できればいいのだけれど」
「支援……うーん、難しいなぁ、綾乃さんはすっごくいっぱい考えてゲームしてるんだね」
わたしなんて、パンチとキックを当てることしか考えてないよ。
優奈は自嘲するようにそうはにかんで、ああでもないこうでもないと悩み続ける綾乃にフォローを入れる。
とはいえそれは優奈の本心でもあった。
──自分がGBNにログインしているのは、頂点を目指しているからではない。
そんな言葉を笑顔の下に押し込めて、「上」を目指そうと今も悩み、もがき続けている綾乃に、優奈は少しだけ羨望と、それより仄暗い感情が混じった視線を向ける。
「わたしも武器とか持った方がいいのかなあ、でも射撃は当たらないし、剣とか振り回してると危ないって怒られちゃいそうだし」
「……ごめんなさい、それは否定できないわ」
「がーんっ! あっ、でも……」
「でも?」
わざわざショックなことを擬音と共に口に出す優奈の子供っぽさに、胸の奥の辺りをくすぐられたような感触を覚えながら、何かを閃いたらしい彼女へと綾乃は開いていた扇子を閉じながら問いかける。
「綾乃さんなら、新しい武器とか作れちゃうのかなって! それで、ちゃんと使いこなせるんだろうなーって、そう思ったの、えへへ」
新しい武器。
それは読んで字の如く、クロスボーンガンダムXPに新たな武装を追加する、という意味であり、そして綾乃がああでもないこうでもないと悩んでいたもやもやする感覚を吹き飛ばすような言葉だった。
今の方向性のまま火力を強化する案はないかと綾乃は悩んでいたのだが、そもそも新しい武器を作れば、使いこなせるかは置いておくとしてもできること自体は増える。
「優奈」
「ほぇ? どうしたの、綾乃さん?」
「ありがとう、大分方向性が見えてきた気がするわ」
そもそも、フォースを組んですらいないのに組んだ後のことを心配すること自体杞憂というものだが、フレンドとして優奈と、そしてカグヤと行動している以上、善は急げといったところだろう。
そういうことならば、うってつけの材料が箱の中に眠っている。
綾乃はひし、と優奈の手を取って、きらきらと目を輝かせながらお礼の言葉ともにぺこりと小さく頭を下げた。
当の優奈は何故感謝されているのかがわからない、といった風情に小首を傾げていたものの、綾乃が目を輝かせているその光景はどこか自分のことのように嬉しいから、黙って口を噤むことを決め込む。
「うんうん、なんだかよくわからないけど、張り切ってDランク目指していこうね、綾乃さん!」
「ええ、優奈。そのために今日はちょっとだけ寄り道をするけれど……」
「大丈夫! 綾乃さんがイヤじゃなければ、わたしもついていっていいかな……」
「イヤだなんてとんでもないわ。ありがとう、優奈」
先ほどまでは明るい笑顔の花を咲かせていたのが一転、しゅん、と人差し指同士を突き合わせる優奈の手を取って、綾乃ははっきりとそう口にする。
優奈がハンディキャップを抱えていることを理由にするのは失礼を通り越して無神経に値する。それでも、そんな彼女を自分の都合に付き合わせることにどこか気が引ける部分があったことは確かだ。
膝下どころか足首近くまでを覆い隠すプリーツスカートの僅かな隙間から覗く金属の義足。
それを一目見てしまう自分に嫌悪を抱きながらも、綾乃は立ち上がると、優奈が乗っている車椅子のバックサポートへと手を伸ばして、教室へと戻っていくのだった。
◇◆◇
並列された銃口から放たれる光の矢が、左右の動きで逃げようとしていた数機のウィンダムとムラサメを捉えてテクスチャの塵へと変えていく。
ミッション「ダーダネルスの暁」。
それは映像作品「機動戦士ガンダムSEED DESTINY」の劇中で起こった、ダーダネルス海峡における戦いを再現したミッションであり、ソロで挑んだ場合は戦力比が実に三十対一に迫るという、難易度が高い代わりに報酬として得られるダイバーポイントもまたそれに比例したミッションだった。
乱入してくるアークエンジェル隊のNPDも、1ランク上の思考ルーチンが組まれており、特にフリーダムガンダムはこのミッションにおける強敵として名を馳せているのだが。
「乱舞の型……颯! はあっ!」
『くっ、どうしてこんな!』
今のところ、三人の中で最大戦力であるカグヤをフリーダムにぶつけて、連合軍のネームドはユーナが対処を行うことでアヤノたちは作戦を恙無く遂行することができていた。
と、いうのもそれは、乱戦という状況下において、アヤノがGBNへとログインする前に作りかけだったものを完成させた新たなる武装──「クジャク」ありきの結果である。
クジャク。それは「機動戦士クロスボーンガンダム ゴースト」の劇中に登場した、ピーコックスマッシャーとムラマサ・ブラスターを融合させたとでもいうべき武器であり、アヤノが購入して、XPを作り上げた後は積んでいた箱の中に眠っていた武装だった。
簡単なゲート処理とモールドの段落ち化、そして肉抜き埋めと面出しという工程をリアルタイムアタックのごとく終わらせて、塗装を施した急造品でこそあるものの、アヤノの手付きが器用であることも手伝って、その威力は素組みと比べ物にならないほどに高まっている。
「すっごい! アヤノさんの新武装!」
「貴女がアイディアを出してくれたおかげよ、ユーナ」
クジャクを解禁するという発想──というより今の今まで存在すら忘れていたため、部屋の片隅にひっそりと積まれたガンプラの箱からそれを取り出すのは、自分が二刀流を嗜んでいることも含めてなんだか気が引けたが、何も、アヤノがGBNで二刀流に拘る必然性はどこにもない。
使えるものは全て使う。
かつて憧れたファイターの信条に従うのであれば、一本の剣とそして範囲攻撃が可能な射撃兵装としての機能を持つクジャクを使うことは極めて理に適っている。
このミッションの勝利条件は一定時間の生存だが、フリーダムガンダムの撃退でも達成できる。
味方として助力してくれているミネルバ隊を再現したNPDは、残念なことに空を飛べるフォースインパルスとグフイグナイテッド以外は戦力外だが、今のアヤノたちは彼らの助けを借りずとも、この状況を打破できそうな勢いだった。
『邪魔だああああッ!』
「させないっ! おおおおっ、炎、竜巻キィィィック!」
そして、原作通りにモビルアーマー形態に変形し、フリーダムガンダムに武装を奪われたハイネ・ヴェステンフルスを再現したNPDが搭乗するグフイグナイテッドの背後から急襲をかけるガイアガンダムに、ユーナのアリスバーニングガンダムが脚部を突き出して全身を回転させる、という一見すると奇妙な動きで迎撃の一手を放つ。
炎の竜巻キック。相変わらずネーミングセンスは独特であるものの、全身を防御判定と攻撃判定に包んだそれはユーナがハシュマル戦での戦いをヒントに編み出した技であり、そんなものに真正面から突っ込んだガイアガンダムは堪らず海へと落下してしまう。
『助かったぜ、サンキュー!』
「いえ! 困ったときは助け合いだから!」
NPDに律儀な返事をする辺りもユーナらしい、とアヤノは苦笑しつつも、残るオーブ軍と地球連合軍の量産機をクジャクの一斉射によって次々とレーダー上から消失させていく。
このミッションでは、絶対にフリーダムガンダム及び随伴するストライクルージュを撃墜できないように設定されているものの、耐久値が一定以下となった場合「撃退」判定が下るようになっている。
カグヤが振るう柔の太刀に怯まされているフリーダムの虚を突くように、アヤノはクジャクを腰のシザー・アンカーにマウントすると、くるりと機体を空中で一回転させることで、それを縦に薙ぎ払う。
『しまった!? うわあああっ!』
「良い援護をありがとうございます、アヤノさん! これが拙の必殺の型……剛体の型、月下白刃!」
レンジの外から飛んできた斬撃に、右の羽をもがれたフリーダムが大きく体勢を崩したところを見計らって、カグヤは裂帛の気合いを込めて上段に構えた太刀を、そのコックピットに向けて振り下ろした。
撃墜こそできなかったし、できないようになっているものの、フリーダムの耐久値は二人の連携によって一定のラインを下回り、随伴していたストライクルージュとアークエンジェル共々作戦エリアから離脱していく。
【Secret Success!】
【Mission Success!】
それから間を置かず、無機質な機械音声が三人のコックピットに響き渡る。
完全勝利、というには少し後味が悪いものの、「フリーダムの撃退」と「ハイネ・ヴェステンフルスの生存」という条件を満たしたことで、アヤノたちに付与されるダイバーポイントには大きくボーナスが加算されていた。
それでもまだ、Dランクは遠い。
アヤノは虚空に手を伸ばして、声には出さずそう呟く。
手を伸ばせば届きそうで届かない、そんなもどかしさこそあるものの、確実に足は前に進んでいる。
ミッションを終えて、ロビーへと電脳の躯体が解けていく感覚に身を委ねながら、アヤノとユーナは、そしてカグヤは通信ウィンドウ越しに視線を合わせて、そっとはにかむのだった。
綾乃と優奈の微妙な感情
Tips:
【ダーダネルスの暁】……映像作品「機動戦士ガンダムSEED DESTINY」の劇中で起こったダーダネルス海峡での戦いを再現したミッション。Eランク推奨ミッションの中では比較的難易度が高めで、シークレット条件である「フリーダムガンダムの撃退」と「ハイネ・ヴェステンフルスの生存」を満たすとクリア時に獲得ダイバーポイントが上乗せされる。