ガンダムビルドダイバーズ ブレイヴガールフラグメント   作:守次 奏

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再販されたアルスアースリィを買い逃したので初投稿です。


第十七話「私"たち"にできること」

「EL、ダイバー……」

 

 思わず口ずさんでいた言葉を確かめるように、アヤノは操縦桿から離れていた掌を見下ろす。

 ELダイバー。特定電子生命体と呼ばれる彼女たちは、文字通りにこの電子の海を、GBNを産土として生まれてきた新しい命だといってもいい。

 あの、ガンダムベースシーサイドベース店でショーケースの中から懸命に接客を行なっている小さな少女のように、現実に向かうには「ビルドデカール」という専用プログラムが組まれたマイクロチップに近いデカールを貼り付けて、定期的にプラネットコーティングと呼ばれる、現実においてガンプラを動かすための技術──GPDに使われていたそれが必須であるものの、それ以外は人間と変わらない心や感情を持つ存在。

 アヤノは攻略wikiを読み耽っていた中で得た知識を頭の中で誦じて、ゾルヌールガンダムの右手をカウンターによって斬り落としたカグヤへと、モビルドールカグヤへとその視線を移す。

 曰く、ELダイバーというのは、このGBNへとログインする際、ガンプラをスキャンする時に生じた余剰データ群から生まれてきたとされているが、その真相は不明である、というのが実情だった。

 運営班も日々誕生因子の解明に全力を注いでいるものの、今もビルドデカールの再現も含めてその結果は芳しいものではない。

 

「EL、ダイバー……?」

 

 ユーナが、何を言っているのか理解できないといった具合に小首を傾げてそう呟く。

 

「……簡単にいえば、このGBNで生まれた電子生命体よ」

「電子……? よくわからないけど、カグヤさんって凄い人なんだね、アヤノさん!」

「……ええ、そうね」

 

 いつもの調子でわかっているのかそうでないのかといった具合に、ユーナはどこか自分のことであるかのように、モニターに映るカグヤを一瞥して目を輝かせる。

 そんな彼女の言動は話題にこそついていけてなかったものの、混乱していたアヤノの頭の中をクールダウンさせるのには十分だった。

 そうだ。今問題なのはELダイバーがどうこうという話ではない。

 右腕を失いながらも、左手でカグヤの斬撃を巧みに捌き続けるニチカと、使えるものは全て使うとばかりに、増加装甲の枷が外れたことで広がった可動域を駆使して、目にも留まらない速さで斬撃を繰り出すカグヤ。

 二人の戦いはほとんど互角に見えたものの、右腕を失っても尚カグヤの攻撃を捌き続けられる辺り、あのニチカというダイバー……恐らくカグヤと同じELダイバーだ──は、相当な実力者に違いない。

 アヤノは思わず、固唾を呑み込む。

 できればこの姿を晒したくなかった。

 カグヤがそう呟いたのは、未だにELダイバーに対する偏見のようなものがGBNの中には残っているからだ。

 ニチカと全く同じ時間に同じ場所で、同じ「武」への想いを誕生因子として生まれてきたカグヤは、ELダイバーとして奇異の目を向けられたことがあった。

 だからこそなのかもしれない。

 柔の型に切り替えた、速度を重視した斬撃を浴びせかけながらも余裕を崩すことのない姉の躯体、電子の世界と現実の世界を繋ぐ自らの分身ともいえる真紅のコアガンダムを見つめて、カグヤは小さく息をつく。

 穏やかでありながらも、その温かさの裏には苛烈なまでの激情が滾っているニチカは、その名前の通りに太陽のような存在だった。

 ニチカが太陽であるなら、自分は月だ。

 

『そうそう、その型も前に見たけど……精度が上がってる。頑張ったのね』

「……拙はっ……!」

 

 月。太陽の光なくしては決して自力では輝かない朧な光。

 それを示すかのように、同じ感情を、同じ誕生因子を共有して生まれてきた双子の姉妹であるというのに、自分とニチカの間には埋めることのできない溝が横たわっている。

 ニチカのことが憎い訳ではない。

 頭の中ではそれをカグヤはよくわかっている。

 いくらELダイバーが人間とは別な生き物、電子生命体であるとはいえ、大きく参照した余剰データ以外にも人間の感情を糧として生まれてきたのだから、多数の人間が抱く感情についてはカグヤもまた理解はしていた。

 だが、だからこそ──「姉」の存在を思えばこそ、それが愛おしくもあり、そして自分という朧な光とは違って、激しく、燃えるように輝きを放つ姉の「武」は、自身が何よりも欲しがっていたものだからこそ。

 

「……姉様は、そうやって拙が欲しいものを全て持っていく……! だから余裕なのでしょう、全て見切っているのでしょう!?」

 

 モビルドール形態への移行で不意をつくこと自体は上手くいったものの、それだって猫騙しのようなものであり、ツヴァイヘンダーに近いビーム・セイバーは、右手を失ったところで運用に支障はあまりない。

 つまるところ、ニチカへの反攻へと打って出たはいいが、手札は全て使い切ってしまった、というのがカグヤの実情だった。

 

『余裕……そうね、ニチカは貴女より強いわ、カグヤ』

「……ッ……!」

『だけどカグヤ、それは貴女も同じよ。いつか貴女にも──』

「減らず口をッ!!!」

 

 激昂するカグヤが大上段から振り下ろした一太刀は、最早型と呼べるようなものではなく、ただひたすらがむしゃらに、プリミティブな感情に従って振るわれたものだった。

 わかっている。

 あの時アリムに指摘されたように、自分の剣は全て参考にして生まれてきたダイバーたちの模倣にしか過ぎず、型にぴたりと嵌ったものでしかない。

 だからこそ、カグヤは自分だけの「武」を見つけようと、いつかニチカを超えようと、ひたすらにフリーバトルを申し込む辻斬り行為を繰り返していたのだ。

 ぶつける激情も、太刀筋も、全てを見切ったかのように受け止め続けていたニチカだったが、実際のところ、そこまで余裕があるわけではない。

 カグヤは怒りのあまり周りが見えなくなっているが、先ほどと比較してニチカの太刀筋もまた大振りになってきているし、右手を失ったことで繰り出せる技の幅も狭まっている以上、事実だけを見るならカグヤが悲観するほど差は開いていない。

 それに、何より。

 ニチカも、そしてそれを見つめているアヤノも口にこそ出さなかったものの、激昂から振るわれるカグヤの太刀筋は荒々しく、技と呼べるような域にこそ達していないものの、普段彼女が用いている「型」とはまた違ったものであることは確かだった。

 微細な、それこそ切っ先が掠め続けたようなダメージであっても、それはちゃんと蓄積されて、ゾルヌールガンダムは確実に弱っている。

 手出しできない現状を歯痒く思いながらもアヤノは、何か決定的な一瞬が訪れることを見計らって、ユーナを支え続けていた。

 

「はあああああッ!!!」

『……っ、ふふ……強くなったのね、カグヤ。ニチカは本当に嬉しいわ、だけど……』

 

 そして、とうとうがむしゃらに振るわれた獣の牙にも似た太刀はゾルヌールガンダムの左肩アーマーを斬り飛ばすことに成功していたが、恐らくそれが引き金を引いてしまったのだろう。

 笑顔を浮かべていたニチカの目がすっ、と細められたかと思えば、次の瞬間には底冷えするような殺気が、爆発したような闘志が、モニターの通信ウィンドウ越しにもアヤノへと伝わってくる。

 

『ニチカは勝ちを譲りません。だって、お姉ちゃんですから……!』

 

 言動も極めて穏やかでありながらも、剥き出しにされた殺意はその対極にあるといっていいほど冷たく、恐ろしい。

 カグヤもそれは感じ取っていたのか、両眼に光を灯して斬りかかってくるニチカの太刀へカウンターを見舞わんと、腰だめに菊一文字を構えたものの、間合いに入る寸前でゾルヌールガンダムは急速に踵を返して、その一撃を回避してみせた。

 

「しまった……!?」

『居合の型は一撃必殺……後隙を晒すことを考えなかったのは落ち度ね、カグヤ』

「くっ……それでも、拙がここで倒れるわけには……!」

『何のために? それがカグヤの目的であるならいいけれど……ニチカには伝わらない。ニチカには届かない。貴女自身の剣、見つかるのには遠そうね』

 

 考えよりも先に言葉が走る。

 何故、自分はここで倒れるわけにはいかないのか。

 激昂に支配されていたカグヤの思考回路が急速にクールダウンされ、上段から振り下ろされるビーム・セイバーの動きがコマ送りのようにスローモーションで再生されていくのを錯覚する。

 そうだ。元々この戦いは、自分が始めたものであっても、自分には。

 カグヤの脳裏に閃いた一つの思いは、振り抜かれる剣よりも早く、そして言葉が走るよりも早くその躯体を動かしていた。

 ──肉を斬らせて、骨を断つ。

 この世界にはそんな諺があるように、カグヤの選択肢は、「あえてニチカの太刀を受けることでもう一度カウンターの一撃を見舞う」というものだった。

 深々と突き刺さり、モビルドールカグヤの装甲を融解させていくビーム・セイバーによる一撃を、なんとかコックピット判定を免れた位置で受け止めながら、カグヤは菊一文字による一閃を繰り出す。

 しかし、それもニチカは予見していたのか、振るわれた一撃は同じようにコックピットを外れて、お互いに首の皮一枚繋がった状態で戦況は膠着する。

 だが、装甲に引っかかった菊一文字と異なって、ニチカが突き立てているのは装甲を融解させるビーム・セイバーだ。

 この膠着状態もすぐに崩れて、膝を突くのが自分の方であることはカグヤにもわかっていた。

 ──それでも。

 

「アヤノさん、ユーナさん!」

 

 カグヤはプライドに縋ることなく、決して諦めずにこの戦況を観察していた二人の名前を叫ぶ。

 機会があるとするならば、この瞬間しか存在しない。

 それは今の今まで戦いを見ていることしかできなかった──否、見ている中で虎視眈々と、その機会を伺っていたアヤノたちにカグヤが決死の思いで託してくれたバトンのようなものだ。

 

「ええ、確かに受け取ったわ、カグヤさん! ユーナ!」

「ほ、本当に大丈夫なんだよね、アヤノさん!?」

 

 不安げに叫ぶユーナの言葉を首肯して、クロスボーンガンダムXPが、アリスバーニングガンダムを雁字搦めに縛った状態で立ち上がる。

 遡ること数刻前、ニチカとカグヤが剣戟を交わしている間にアヤノたちが進めていた「準備」は極めて単純なものだった。

 関節、特に脚部に深刻なダメージを受けて動かなくなってしまったユーナのアリスバーニングガンダムと、ヴェスバーに匹敵する一撃を無理やり受け止めたことで両腕が使い物にならなくなったアヤノのクロスボーンガンダムXP。

 それぞれであれば、全く戦力になったものではない。

 だが、幸いなことにアリスバーニングガンダムの両手は動いて、クロスボーンガンダムXPの両足は動く。

 ならば、二人で一つになればいい。

 それこそがアヤノの考案した奥の手であり、射出したシザー・アンカーで縛ってもらうことで二機のガンプラを固定して、足をアヤノが、そして両手と「決め手」を担当してもらうのがユーナ、といった具合に役割分担をしていたのだ。

 今はユーナが手にしているその武装は、彼女が特別苦手としている射撃兵装であることに違いはない。

 スマッシャーモードに変形させたクジャクを構えて、覗き込む照星の中心にゾルヌールガンダムを捉えながら、どこか不安げにユーナはアヤノへと問いかけていた。

 もしここで自分が射撃を外してしまえば、大失態どころの騒ぎではない。

 ぷるぷると震える両手が、操縦桿にじわり、と嫌な汗を滲ませる。

 外したらどうしよう、と、いつもの元気も忘れてそればかり考えてしまうユーナの眦から、涙の雫が滴り落ちていく。

 

「大丈夫よ、ユーナ。これは精密な狙いはそんなに必要ない……範囲で当てる武装だから」

「で、でも……アヤノさん……」

「それに、大丈夫……その……私がついてる、から」

 

 何かあったら、私のせいだと思っていいわ。

 優しく諭すように囁くアヤノの言葉に、ユーナははっ、と目を見開いて、ごしごしと滲んでいた涙を拭い去る。

 流石に失敗したらその責任をアヤノに全て転嫁するつもりはないにしても、彼女がそっと囁いてくれた「私がついてる」という言葉が、春風のように優しく背中を押してくれたからだ。

 トリガーにかける指が力を取り戻していく。

 全身を包んでいた怯えが剥がれ落ちたかのように、震えが止まっていく。

 ニチカを食い止められるまでの時間にはもう、余裕がないことはユーナにもわかっていた。

 

「いっけえええええ!!!!」

 

 だからこそ、意を決して照準を定め──今度は迷うことなく、ユーナはクジャクのトリガーを引く。

 スマッシャーモードに備えられた、十三と一つの銃口から最大出力で放たれるビームは、確かに照準をつける必要もないほどに強大なものだった。

 押し寄せる光の波濤が並列に十四。例え離脱が間に合っていたとしても完全に逃れることができないその範囲攻撃は、果たしてカグヤの狙い通り、自身を巻き込んででもニチカのゾルヌールガンダムを仕留める、という狙いを確かに果たしていた。

 

『なるほど……それが貴女の武者修行の成果、というわけですね、カグヤ……そしてニチカは戦いの中で戦いを忘れた。すっかりしてやられた形ですが、ニチカは嬉しいです』

「……ですが、拙は……」

『ふふ……次は負けませんよ、カグヤ』

 

 先ほどまで剥き出しにしていた苛烈な闘志が嘘のように、陽だまりのような笑みを浮かべながらニチカはカグヤと共に光の奔流に呑みこまれて、ばきばきと機体が歪む音を立てながら、テクスチャの塵へと還っていく。

 

【Battle Ended!】

【Winner:Team A!】

 

 そして、無機質な機械音声が、アヤノたちが配属されたチームの勝利を告げることで、シャフランダム・ロワイヤルは、恐るべき闇鍋の底での戦いは終結を迎えることとなった。

 戦場に佇む、満身創痍のクロスボーンガンダムXPとアリスバーニングもとうとう限界を迎えたのか、シザー・アンカーで繋がったままもつれあって、地面へと倒れ伏していく。

 

「やった……わたし、頑張れたかな、アヤノさん……?」

「ええ、ユーナ。貴女はよく頑張ったわ」

「そっかぁ……えへへ、良かったぁ……わたし、頑張れてたんだ……!」

 

 すっかり気が抜けたといった具合にコックピットの中でぺたり、と冷たい床にへたり込んで、ユーナは零れ落ちた涙をそっと拭う。

 結果的にはフレンドリー・ファイアでのおこぼれ狙い、という大金星というには少しばかり見窄らしく、戦績として見ても傷が付いたものであったが、まだ組んでいないとはいえ、これが実質的に三人が集まったフォースの対人戦における初勝利であることに違いはない。

 それに、勝利の栄光というのはいつだって輝かしく、傷一つなく勝者の頭上に輝くものではない。

 汗に塗れながら、泥に塗れながら、血を吐くような思いで勝ち取った傷だらけの勲章もまた、勝利の形であることには違いないのだ。

 躯体が解けてセントラル・ロビーへと転送されていく感覚に身を委ねながらも、アヤノは嬉し涙を流すユーナを見つめて一人、じわりと目蓋に滲む熱を隠すように、そうでなければ同じように涙をこぼしていることを悟られないように、扇子を開いて口元を覆う。

 たかがゲームだと、そう思っていたところはあった。

 だが、今はどうだろうか。

 ──GBNには、無数の剣豪がいる。

 

【Congratulations!】

【ダイバーネーム:アヤノのランクがEからDへ昇格しました】

 

 そんな、何度も脳裏に浮かぶ兄の言葉と、この身で味わった経験を反芻するように、アヤノは昇格を告げる通知と共に、初めてこの手に収めた、「フォースとしての」勝利を噛み締めるのだった。




一人ではできないこと、皆とならできること。

Tips:

【ニチカ】……カグヤと同じ場所、同じ時間に生まれた双子の姉のELダイバーであり、理由はわからないものの、カグヤとは異なり、「リゼ」と同じく真紅のコアガンダムをモビルドールとしている。普段は穏やかであるが戦いの時はその限りでなく、笑顔の裏に苛烈な闘志を潜めて剣を振るうその姿は、時に彼女の仲間からも恐ろしく見られている。
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