ガンダムビルドダイバーズ ブレイヴガールフラグメント   作:守次 奏

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メインヒロインが登場するので初投稿です。


第二話「いい子、アホの子、ヴァルガの子」

 ガンプラバトル・ネクサス・オンライン──通称GBN。

 それは最早、一つのVRMMOという枠を超えて、第四世界と呼べる領域まで拡張しているとはネットで聞きかじった知識だが、実際にふわり、とアヤノがGBNの文字通りに中心である「セントラル・エリア」のロビーへと降り立ったその瞬間に、言葉ではなく心でそれが理解できたような気がした。

 右を向けば、ガンダムの原作に出てくるキャラクターを模したアバターメイクを行っているダイバーが闊歩していて、左を向けばなんだかよくわからない、埴輪にガンダムのアンテナやザクのモノアイを貼り付けたようなアバター──ピキリエンタポーレスというらしい──が隊列を作って練り歩いている光景は、中々に「濃い」。

 

「……噂には聞いていたけど、凄いのね」

 

 アヤノは筋金入りのガンダムオタクというわけではない。

 だからこそ、その辺で小規模なパレードをやっているピキリエンタポーレスのようにわからないものも多々あるが、それでもGPDプレイヤーだった両親からの影響を受けて、有名どころの作品は一通り視聴しているし、なんなら幻で終わるはずだった愛機のベースをクロスボーンガンダムX0に選んだのは、各種媒体の中で「機動戦士クロスボーンガンダム ゴースト」が一番お気に入りの作品だったからだ。

 それにしては、つまらないキャラメイクをしてしまっただろうかと、色んな意味で濃いアバターが、ダイバーたちが闊歩するロビーを一望して、アヤノは小さくため息をつく。

 

「……ベルナデットみたいになればよかったのかしら」

 

 現実と何も変わらない濡れ羽色のロングヘアー、辛うじてガンダム要素としてラクス・クラインが装着していたものを銀色に変えたヘアピンをつけて、衣装も制服風のものという、ロビーの壁面に映る、なんともガンダム的には面白味のない自分のアバターを一瞥して、アヤノは肩を落とした。

 ──ただ、キャラメイクを急いだということはそれだけ自分の中に期待が大きかったという、そういうことではないのだろうか。

 与一が言っていた、「このGBNには無数の剣豪がひしめいている」という言葉と、かつて一世を風靡しながらも、己の選んだ道のためにGPDの舞台から降りたサムライのことを脳裏に浮かべつつ、とりあえずはとばかりに、アヤノはGBNの空気に肩を慣らしていくように、ふらふらとロビーを散策する。

 しかし、こうして見ているだけでも一日が潰せそうなほどに、第四世界と呼ばれるまでに拡張されたこの電子の海は濃厚だ。

 今やガンダムのガの字も知らない女子高生が、家電量販店で買った【プチッガイ】と共にこの世界へと足を踏み入れて、ふらふらと散歩をするように放課後の時間を潰しているのも決して珍しくないとは聞くが、それはこうして壁にもたれかかりながら周囲を一望しているだけでも頷けた。

 原作のキャラクターに極力近づけたキャラメイクをするダイバーもいれば、或いは異世界の住人のように、獣の耳や尻尾を生やしてみたり、そうでなければ直立する二足歩行の獣そのものの外見に己を染め上げたりする一方で、アヤノのように現実世界の延長線上として、髪こそ銀色に染まっているものの、制服に身を包んだ女子ダイバーもいる。

 そう考えれば、自分もそんなに突飛なキャラメイクをしたわけではないのだろう。

 同じような制服姿の女子を何人も見送る中で密かに安堵を覚えると、ようやくといった具合にアヤノは立ち上がって、まずはミッションを受注すべく、受付のNPDが待機しているカウンターへと向かおうとした、その時だった。

 

「そうだったんですか! じゃあ、わたしがそのミッション受けてあげますね!」

 

 ロビーに響き渡る声量で、底抜けに明るい声がアヤノの耳朶を震わせる。

 いかにも脳天気な、といえば失礼だが、控えめにいっても何も考えてなさそうなその声の主は、ファンタジー作品に登場するミノタウロスそのものといった風情のダイバールックに身を包んだ推定男性と向き合い、なんだか事情はわからないものの、不穏な含みをもって聞こえたその言葉をはきはきと捲し立てていた。

 GBNにおけるミッションというのは、基本的にはロビーの中央にある受付にいるNPD──ノンプレイヤーダイバー、要するにNPCから受注するものだというのは、行きの電車の中でアヤノも調べていたことだ。

 ただ、何事にも例外というものはあって、プレイヤーから直接受注できるミッションというのも、このGBNには存在している。

 クリエイトミッション。

 それは、ダイバー自身が作成したミッションを、運営へと申請を通すことで正式に配信するというサービスであり、高難度で有名な「終末を喚ぶ竜」「高嶺の花嫁」だとかそういうハイエンドコンテンツの代わりになるようなものもあれば、「グランダイブ・チャレンジ」のように、程よく難しく、特定のシチュエーションにおける魅力を引き出すことに特化したものも存在している。

 ただ、この手の要素は玉石混交というのが時代の常だ。

 高難度であったとしても、プレイヤーに確かな手応えと、失敗したとしても次にまた再戦しようという気持ちを抱かせるための調整というのは非常に難しい。

 その点から見れば、実力派G-Tuberとして名を馳せるダイバー、「クオン」が作成した「終末を喚ぶ竜」はCランクというGBNのきざはしに立ったダイバーへ向けたハイエンドコンテンツの入り口であり終着点として機能しているし、ゲーム内動画アップロードコンテンツ、G-Tubeにその拠点を置いて活動している配信者──クオンと同じG-Tuberである「チェリー・ラヴ」が作成した「高嶺の花嫁」は確かに最高難易度はハイエンドコンテンツに匹敵するものの、基本的にはオールレンジ攻撃への対応練習として、程よい調整が施されている。

 だが、中には悪質なダイバーもいるもので、理不尽なギミックを詰め込むだけ詰め込んで、開発者にしかわからない裏口を使ってクリアしたものを何食わぬ顔で申請して、通してしまうという行為も罷り通っているのだ。

 そこは運営も頭を悩ませているところなのだが、一応仕様に則って申請が施されている以上、ユーザーからの通報以外でその裏口ミッションを見つける方法は少なく、どうしても後手に回らざるを得ないのである。

 要するにどういうことかといえば、「自分でいいミッションと悪いミッションの見分けがつくようになるまでは基本的にクリエイトミッションを受注するな」というのが、GBNにおける初心者の鉄則のようなものであった。

 だが、あの脳天気な声を上げている桜色の髪の毛をした少女は、明らかにゲーム慣れしていない空気を全身から醸し出しているのにも関わらず、NPD経由ではなく、あのミノタウロスから直接ミッションを受注しようとしている。

 一瞬、アヤノも思わず目を疑ったのだが、その声量と自信満々に目を輝かせている様からして、もしかしたら上級者だったりするのかもしれない──と、周囲を歩くダイバーたち同様現実逃避に走ろうとしたが、どこからどう見てもあれは初心者だ。

 かつてあの幕末で心ゆくまでリスキル天誅をご馳走された自分の勘が告げている。

 あの初心な感じは狙って醸し出せるようなものではない。

 つまりあの桜色娘は、自分と同じ本物の初心者なのだ。

 しかし、触らぬ神には祟りなしといった具合に、周囲を行き交うダイバーたちはミノタウロスに元気いっぱいの笑顔で応対しているその少女を一瞥しては、可哀想だけど明日にはお肉屋さんの店頭に並んでいる家畜を見るような目をしているし、何故か元気満々、自信満々な少女は肩を落としているミノタウロスに危険すら感じていないようにアヤノには見えた。

 だが、ダイバーたちを非難することはできない。

 面倒ごとに巻き込まれそうなら、巻き込まれる前に自衛しろというのがこの手のVRMMOにおける鉄則であり、巻き込まれた奴は不運と踊ってしまったか単純に自己責任の四文字で片づけられるのが世の常だ。

 誰も好き好んでトラブルに顔を突っ込みたがる奴はいない。

 そういう思考回路も、現代っ子なアヤノにはよく理解できていたし、クラスで浮いてこそいるものの疎まれはしない、という立ち位置を保っているのだってつまりはそういうことだ。

 ──それでも。

 かつてどこかに消えてしまった、幽霊のような憧れと、そして長年黙々と木剣を降り続けてきた中で培われた士道の欠片が、アヤノへと囁くように警告する。

 それでいいのか、アヤノ。一条綾乃。

 お前は、目の前で危機に瀕している少女を見捨てて一人でこの世界を堪能できるのか。

 内なる声に囁かれ、アヤノは微かにぎり、と歯を食いしばる。

 きっとあの桜色娘は、いい思いをしないでロビーに帰還してくる可能性の方が圧倒的に高いのだろう。

 何も知らない初心者がクリエイトミッションを受注しようとしている、その状況そのものから導き出せる結論はその一言に尽きる。

 ミノタウロスのダイバールックが怪しい、と因縁をふっかける趣味はないにしたって、あの桜色娘の言葉から察するに、誰にも受けてもらえないようなクリエイトミッションなんて、よっぽど出来が悪いか悪質かの二択に自然と絞られるはずだ。

 もちろん、ミノタウロスが本当にいいミッションを作っていて、あの桜色娘がグッドゲームの一言と共に帰還してくる可能性だって捨てきれない。

 だが、それは圧倒的に確率が低い方だ。

 状況証拠だけで有罪は成立しなくとも、嫌疑はかかる。

 そして大体が物的証拠に繋がっているというのがお約束だ。

 ならば、自分のなすべきことは何か。

 アヤノは深く呼吸を整えると、つかつかと、何事かを喋っているミノタウロスと、そして満面の笑顔を浮かべて応対している桜色娘へと、つかつかと踵を鳴らして歩み寄っていく。

 

「貴女たち、何をしているの?」

「へっ? あ、えっと、わたしですよねっ! えっと、今この人からミッション受けようとしてたんです! 最近誰もミッション受けてくれないって落ち込んでたから、なんとかわたしが力になってあげようと思って!」

 

 桜色娘は踵を返すなり、元気いっぱいに事情を説明してくれたが、その背後でミノタウロスが微かに視線を逸らしているのを、アヤノは見逃さなかった。

 

「……貴方今、目を逸らしたでしょう。何かやましいことがあるんじゃないの?」

「そ、そんなことねえよ! ただ……その子の、ユーナちゃんの言う通りだよ、最近俺の作ったクリエイトミッションを受けてくれる奴が誰もいねえんだ」

 

 どうやらこの底抜けにお人好しで脳天気な桜色娘は、ユーナという名前らしい。

 そうですそうです、と首を縦に振りながらきらきらと目を輝かせているユーナの姿にアヤノは目頭を押さえながらも、それはそれとしてミノタウロスが言っていることそのものに嘘は含まれていないと判断を下す。

 とはいえ、嘘が含まれていないことは、必ずしも真実に辿り着く鍵でないように、そして真実であったとしてもそれが道義的に、感情的に正しいとは限らないように、誰もクリエイトミッションを受けてくれないのが事実であったのなら、ろくでもない背景がそこに含まれていることは察せられるだろう。

 だとしても、このユーナという少女はその死地に赴くのだろう。

 底抜けの善意をその瞳に宿した純朴さは、様々な思惑のひしめくVRMMOにおいては致命的だ。

 謀略と無法で相手を陥れることがVRMMOの全てだとはアヤノも思っていない。

 それでも善意と悪意のどちらを基準にして行動した方が結果として得になるかを考えた時、悲しいことにそれは悪意の方に軍配が上がることになるだろう。

 こういう時に自警団だとか運営のパトロールだとかが運良く顔を出してくれる事態も期待したものの、そう簡単にはいってくれないのが世の常というものなのだからどうしようもない。

 止めても、梃子でも動かないのであろう頑迷さと紙一重の一途さと優しさを宿したユーナの瞳に絆されたのか、或いは気圧されたのか、小さく溜息をつくとアヤノは彼女へと静かに問いかける。

 

「貴女、ユーナって言ったわね」

「はい! わたし、ユーナです! 元気だけが取り柄です! えへへ」

「……それは自慢になるの……? まあいいけれど、貴女、初心者で間違いないでしょう?」

「えっ!? どうしてわかったんですか!?」

 

 ──どうしたもなにも顔にそう書いてある。

 とは、流石のアヤノでも言えなかった。

 ただ、きらきらと目を輝かせているユーナから微かに目を逸らして、溜息混じりにアヤノは同じように目を晒していたミノタウロスを見据えて、静かに言い放つ。

 

「そのミッション、私も受注していいかしら」

「えっ? あ、いや、そういうことなら別にいいんだが……」

「何かやましいことでもあるの?」

「とんでもねえ! こいつは初心者に向けたミッションだぜ、へへ」

 

 どうせ、ろくでもないことしか考えていないのだろう。

 下卑た笑いを浮かべて手揉みしているミノタウロスから視線を外してアヤノは今か今かとミッションが始まるのを待っているのであろうユーナへとその視線を移す。

 そこにあるのはきっと、純粋な善意なのだろう。

 妥協だとか打算だとか、或いは自分のような疑いを抜きにした純朴さ。

 それは自分が持ち合わせていないものだった。

 だから──その輝きに当てられてしまったのかもしれないと、アヤノは自嘲するように笑うと、少しぎこちない知識でユーナへとパーティー申請を送る。

 

「それじゃあ、二人でこのミッションを受けるってことでいいんだよな?」

「はいっ! わたしは大丈夫ですっ!」

「……ええ、良いわ」

「へへ……それじゃあ、楽しんできてくれよな」

 

 ミノタウロスの笑いには、久々に獲物を竿にかけた釣り人に喩えるのには釣り人に失礼だが、そういう捕食者のコンテクストが含まれていた。

 

【クリエイトミッション:花を納品しよう!】

【推奨ランク:F】

【勝利条件:ヤナギランの花の納品】

【敗北条件:自機の撃墜】

【ミッション開始地点:ハードコアディメンション・ヴァルガ 北部都市残骸地帯】

【このクリエイトミッションを受注しますか?】

【YES】【NO】

 

 コンソールに浮かぶ文字列の中で、正確な意味を把握できている単語はアヤノにもユーナにもほとんどないといってもいい。

 だが、アヤノはその直感から、強いていうなら、敗北条件に含まれている「自機の撃墜」という文字列に嫌な予感を覚えながらも、ユーナと共に「YES」のタッチパネルへと指を伸ばして、クリエイトミッションを承諾する。

 

「それじゃあ……一緒に楽しみましょう! えっと……」

「……アヤノよ。よろしくね、ユーナさん」

「はいっ! あ、わたしのことはユーナで大丈夫ですっ!」

「……それ、ミッション開始前に言うと死亡フラグじゃ──」

 

 初めて出会ったというのに、どこか漫才じみたやり取りを残して、アヤノとユーナの躯体と意識は千々に解けて、戦場となるミッションの舞台へ──ハードコアディメンション・ヴァルガへと再構築されていく。

 そんな二人を、養豚場の豚を見るような目で行き交うダイバーたちが見ていたことは、アヤノにもユーナにも知る由はない。

 ヴァルガ。だが、その四文字は上級者たちにはある種の楽園を意味しても、アクティブユーザーの多くを占める中堅以下のダイバーにとって、ある種絶対の死を意味する単語であることに違いはない。

 こうして、始めたての二人は、いきなり地獄行きの片道切符をユーナは嬉々として、アヤノは渋々といった風情で、購入するのであった。




この初手からー!(ヴァルガ行き)

【ユーナ】……自称「元気だけが取り柄」な少女。アヤノと同じく始めたての初心者ダイバーであり、ミノタウロス姿のダイバー「キニヤク」から詐欺ミッションを嬉々として受注しようとする程度にはお人好しでアホの子。
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