ガンダムビルドダイバーズ ブレイヴガールフラグメント 作:守次 奏
メグとの約束は、正直なところその場のノリと勢いで取り付けた部分が大きかった。
ログアウトを済ませ、優奈と駅で別れた綾乃は自宅に着くなり、椅子にもたれかかりながらそんなことを考えていた。
メグがいかに保護者であったとしてもバトルでカグヤの身柄をどうこうする、という理屈は若干無理がある。だが、保護者としてはそれこそ娘であったり妹のような存在を放っておけないという気持ちにもわかるところがあるのがまた複雑で、綾乃の頭を悩ませるのだ。
「……確か、G-Tuberと言っていたわね」
メグの心情を考えた時、何故か浮かんでくるのが底抜けに明るい優奈の笑顔であることに少し、喉に小骨が引っかかったような感じを覚えながらも、それはそれとして綾乃は手元にあるスマートフォンから、GBNへの簡易ログインを済ませて、メグが配信しているという動画を確認しようと指先を滑らせていく。
──だが。
「……フェアじゃ、ないわね」
G-Tuberというのはとにもかくにも再生数が命な訳で、一クリックであったとしてもそれが増えるのは嬉しいことなのだろう。
ただ、メグが自分たちについてほとんど知らないのに、自分だけが先回りをして彼女の操るガンプラやその特性について確認してしまうというのは、士道不覚悟、とまではいわなくとも、なんだかアンフェアな気がして、綾乃は即座にログアウトし、そのまま充電器に繋いでいたスマートフォンをベッドにぽすり、と放り投げる。
確かにメグの理屈には無理はあるかもしれない。
だけどそこには通すべき筋や道理もあって、受けた理由がその場のノリと勢いであったとしても、どうして自分がそこまでする必要があるのか、と問われた時、その理由がないのは綾乃の方だった。
ベッドに寝転んだまま、机の上に鎮座しているダイバーギアと、折り目正しく直立するクロスボーンガンダムXPを一瞥して、考える。
自分が優奈と、そしてカグヤと一緒にフォースを組んで何を目指すのかという、あやふやで不確かな未来のこと。
そしてカグヤが探し続ける「武」に対する最終解答。
どれもこれもがハテナで埋め尽くされて、そもそも自分がどうしてあの電子の海を漂う道を選んだのかという始まりさえもあやふやになっていくようで、そんな自分に軽い嫌悪を覚えながら、綾乃はただ枕に顔を埋めて、すらりと伸びた両脚をばたばたと上下させる。
そうして無為に時間を潰していて、どれくらい経っただろうか。
ノックの音が聞こえたのは、微睡の泥濘に足を取られて、意識が眠りの淵に落ちかけていた、まさにその時のことだった。
「邪魔するぞ、綾乃」
夜であることもお構いなしによく通るその声は、自分をあの電子の海へ、GBNへと誘った張本人である与一のものだ。
「すぐに開けます、与一兄様」
慌てて身嗜みを整えながら、綾乃は部屋の扉を開け放ち、その向こう側に腕を組んで直立している大柄な兄の瞳を見据える。
同じ「武」に生きる者として、与一の眼差しは優しさこそあれど、いつもどこか張り詰めた印象があった。
穏やかに凪いだ湖面を、その水鏡に移る月を思わせるカグヤとは違って、烈日のように燃え盛る情念をその奥に秘めた兄の目は、当たり前だが綾乃自身のそれとも違って、「武」とはなんなのか、それがわからなくなってしまう。
もっとも、意味もなくただ未練だけで木剣を振り続けていた自分が「武」について語るなど、おこがましいのもいいところなのだが。
そんな自虐に囚われて僅かに曇った綾乃の瞳をまっすぐに見据えたまま、腕を組んだ姿勢を崩さずに、与一は大きめな声で問いかけてくる。
「その様子だと、GBNで何かあったな? あまり詳しくはないが……おれで良ければ相談になるぞ、綾乃」
はっはっは、と豪快に笑う与一は、申し訳ないけれどそんな悩みとは無縁そうで、どこか不躾にも聞こえるほどその提案は直球なものだ。
それでも、不思議と嫌な感じがしない──と、いうのは、身内故の贔屓目なのだろうか。
しばらく逡巡していた綾乃はすぅ、と小さく息を吸い込むと、同じ「武」に生きる中でも一日の長がある、兄の胸を借りることを決意する。
「……ええ、与一兄様。私は……何故GBNをやっているのか……確かに剣豪とは巡り会えたのですが、最初の憧れとは遥かに乖離している気がして、どうにも落ち着かないのです」
戦いそのものは望むところで、上を目指す意志もあって、ならば何が足りないのだと、何が自分をここまで迷わせているのだと、綾乃はどこか縋るような目で与一を見据え、同級生たちと比べても平坦な胸に手を当てながらそう零した。
未来が見えないからなのか、過去に足元を掬われているからなのか。
それとも違う何かがあるのか──考えれば考えるほど、堂々巡りでわからなくなる、胸の内から滲む疑問に綾乃は思わず、与一に向けた視線を逸らしてしまう。
「ふむ……綾乃。お前は今、恐れているな?」
「恐れ、ですか……?」
「うむ。これはおれの勝手な推測だがな、お前は以前、友に巡り会えたと言っただろう」
剣豪とは巡り会えなかったけれど、友と巡り会えた。
それは以前に綾乃が与一の問いへと返した答えであり、実際その通り、交友関係の狭い自分にもユーナと、そしてカグヤという無二の友人を得たことに間違いはない。
「それを失うことを恐れているのではないか? 何があったかは知らぬがな、人というのは……守るべきものができた時、脆くなる」
「……」
恐らく与一の言葉は、全て正しいのだろう。
子供じみた心がそれを否定したくなっても、首を横に振ったとしても──今、カグヤの進退が、そしてフォースを組もうと提案してくれた優奈が悲しむかもしれない、という可能性と責任が、綾乃の両肩に重くのしかかっているのは事実だった。
「だがな、守るべきものができた時、人は、弱さを乗り越えて強くもなれる!」
どん、と胸を叩いて力説する与一の声は、ともすれば近所迷惑になりかねない勢いだったが、だからこそ、怯えていた綾乃の心に強く響き、染み渡っていく。
はっはっは、と豪快に笑う兄はいつも通りで、歳はそんなに離れていないはずなのに、背丈以上にその存在が大きく見えるのはきっと、自分よりも真剣にその道へと打ち込んできたからだろう。
「与一兄様……」
「案ずるな、綾乃。お前は戦いに慣れていないだけだ。まだまだ強くなれる。そして、敗れることを最初から考えていては、勝てる勝負も負けになる。古い考えだとはわかっているがな、最後に勝敗を分かつのは、心の持ち様なのだ!」
GBNについては詳しくないのだがな、と、若干台無しな一言を最後に付け加えて、与一は豪快にはっはっは、と、笑ってみせる。
それだけで、全てが理解できたとは口が裂けても言えないだろう。
だが、もしも今カグヤから「武」について問われたとしたなら、兄のそんなストイックな姿勢こそ──一つ事を貫き通すその背筋こそ、一つのヒントになるのではないかと答えるであろうほどに、与一はどこまでも真っ直ぐだった。
「ありがとうございます、兄様。綾乃は……決して敗れぬように精進いたします。仲間の……そう、私の友人であり、仲間のために」
「うむ! 励むことだ、綾乃! おれはいつでもお前のことを応援しているからな!」
──はっはっは。
部屋の扉を閉める時は音を立てないよう気を遣うのに、ドア越しでもよく聞こえる笑い声をからからと響かせながら、与一は踵を返して去っていく。
嵐のような、そうでなければ真夏の空に燦然と輝く太陽のような人だ。
近いはずなのにどこまでも遠く、そして小さい頃からずっと見てきたはずなのにずっと大きなままの背中を脳裏に浮かべて、綾乃は一人苦笑しながら、ベッドへと再び倒れ込む。
リビングの方からは、与一に向けられたのであろう母の「少し静かにしなさい」と、背筋の凍るような声が聞こえてきた。
それはある意味当然の結末で、だからこそ綾乃は、余計に口元が綻んでしまうのだった。
◇◆◇
「おっ、来た来た。アヤノ、ユーナちゃん、おっはよー」
翌日、授業を終えた放課後。綾乃と優奈はガンダムベースシーサイドベース店へと真っ直ぐに足を運んで、そのまま約束通りにGBNへとログインしていた。
「遅れてしまって申し訳ないわ、メグ」
「ごめんなさい、授業があって……」
「あっはは! いいのいいの。アタシは気にしてないし、学生ってそんなもんだから! でもねユーナちゃん、ここではなるべくリアルのことは言わない方いいよ?」
フレンド申請と共に送られてきたメッセージに指定されていた待ち合わせ場所に、メグとカグヤは一足先に来ていたようで、一足遅くなってしまったことをアヤノとユーナはぺこり、と頭を下げて詫びる。
だが、メグはそれを気にする様子もなく豪快に笑い飛ばすと、授業についてのことを口にしたユーナを宥めるかのように、薄く形のいい唇に人差し指を添えて、チャーミングに片目を瞑ってみせる。
「わかりました、メグさん! わたし、リアルで学生だってこと秘密にしますね!」
「あっはは、ダメだよ、それ秘密にできてないよ。ユーナちゃん……っと、話が逸れちゃったね。それじゃあアヤノちゃん、ユーナちゃん、バトろっか」
本来、そのためにここに来たのだから。
早速とばかりに、或いは、待ちかねていたとばかりに、メグが目にも留まらぬ速さで叩きつけてきたフリーバトルの申請をアヤノもまた間髪入れずに承諾する。
フリーバトルのステージ条件等については、二対一になる都合上メグの側が取り決めること、というのは事前に確認済みだ。
「アヤノさん、ユーナさん……メグ……」
拙は、と、カグヤが心配そうに見守る中、三人の躯体はさらさらとブロックノイズ状に解けて、セントラル・ロビーから戦いの舞台となるステージへ向かうため、格納庫エリアへと転送されていく。
あのシャフランダム・ロワイヤルから一日が経ったことで、クロスボーンガンダムXPの調子も、アリスバーニングガンダムの調子も万全に整っている。
あとはメグがいかなるタイプでどのような戦術を用いてくるかといった風情だが、クロスボーンガンダムXPはどの距離にもある程度対応できるように調整しているし、最悪自分が盾になって、近距離特化のユーナにアタッカーを担ってもらうということもできるだろう。
「怖い? ユーナ」
通信ウィンドウを開きながら、緊張からか背筋を震わせるユーナを宥めるように、そしてにわかに漂う気まずい空気を吹き飛ばす為、アヤノは自ら口火を切った。
「え、えっと……大丈夫ですっ! わたし、元気だから!」
「強がらなくても大丈夫よ。見ていればわかるわ」
「……あはは、アヤノさんは何でもわかっちゃうんだね。うん……ちょっと、ちょっとだけ、怖い、かも」
何故そんなことがわかるのか、と問われれば、その答えは簡単だ。
今のユーナは、昨日のアヤノと全く同じだった。
カグヤとフォースを組めるかどうかがこのバトルにかかっている、という、大きなプレッシャーに押し潰されそうになっている。
負けたらきっと、メグはフォースを組むことを許してくれないだろう。
だからこそ、負けられない。負けられないから、怖いと感じる。
それはきっと、アヤノがそうであったように、誰だって当たり前のことなのだ。
「大丈夫よ、ユーナ。貴女は強い。強くなれる。それに……不足かもしれないけれど、私がいるから」
そんなユーナの震えを抱きとめるように、アヤノは昨日、与一から預かっていた言葉を繋ぐ。
それが例え受け売りに近いものだとしても、誰かから貰った、勇気という襷を他の誰かに繋いでいくことの何が悪いというのだろう。
操縦桿を握りしめるユーナの両手から震えが収まっていくのを見て、アヤノは静かに口元が綻んでいくのを感じていた。
「……うんっ! そうだよね、アヤノさん! よーし、頑張るぞー!」
フォース結成のために。カグヤさんと、アヤノさんのために。
意気込みを大きな声で口にして、ユーナは操縦桿を前に倒す。
「ユーナ、アリスバーニングガンダム、行っきまーす!」
「……アヤノは、クロスボーンガンダムXPで出撃するわ」
気合いを入れ直すかのように、ガンダムシリーズでは定番である、出撃前の口上を借りて、ユーナとアヤノはゲートから、戦場の空へと雄々しく飛び立っていく。
そんな二人の背中を押すかのように、その先を照らすかのように、バトルフィールドに太陽は燦然と輝き、空は雲ひとつなく晴れ渡って──いなかった。
ゲートを抜けた二人を出迎えるのは、どんよりと鉛色に沈み込んだ空模様と、そしてもうもうと立ち込める濁った白い霧。
五メートル先の視界すら危うい悪条件に、アヤノはびりびりと、電流のように緊張が脊髄を伝っていくような感覚を抱いた。
「これは……ユーナ、私から離れないで」
「は、はい! アヤノさん!」
その言葉に応えるように、ぎゅっ、と、アリスバーニングがクロスボーンガンダムXPの左手を握りしめる。
悪天候。確かに二対一という数的不利を覆すのには十分な材料だが、果たして相手はこちらを視認できているのか──
それを確かめるように、アヤノが右手に構えたバタフライ・バスターBを構えて、立ち込める霧の彼方に向けてトリガーを引こうとしたその瞬間のことだった。
「きゃあっ!?」
「……っ、何が……!」
小さな爆発音と共に、右手に構えていたはずのバタフライ・バスターBが破裂──否、爆散するのを見届けて、アヤノは舌打ちと共に周囲を警戒するが、あまりにも濃い霧は有視界での探知を妨げ、そして。
「レーダーが機能していない……! くっ、抜かったわ!」
『あっはは……二対一だからね、まさか卑怯とは言わないっしょ?』
──レーダーが機能していない。
アヤノが呟いた通り、それは取りも直さず、敵からのジャミング攻撃を受けているという証であり、それはダメージこそなくとも濃霧という悪天候に気を取られている間に足元を掬う、不可視の、影の一撃に他ならなかった。
霧の彼方から飛んできた攻撃が何なのか、そしてどこから仕掛けてきたのかを大まかに推測しつつ、アヤノはユーナを連れたまま回避行動を取るが、それすらも読んでいるかのごとく、白い闇を切り刻むかのように、飛来する光弾が装甲を掠め、ダメージを蓄積させていく。
敵の正体が何であるかはわからないが、少なくとも、メグが真正面からぶつかってくるパワーファイターでないことは、飛んでくる攻撃の性質から推測できる。
或いはそれさえもブラフにしている可能性もあるが、そこまで考えていては戦うものも戦えない。
意を決して、アヤノはシザー・アンカーに左手のバタフライ・バスターBを接続すると、敵の位置を割り出すために範囲で攻撃することを選択する。
そうして思い切り薙ぎ払われた即席の鞭は、確かに白い闇の彼方に潜み、一瞬、確かにゆらりとうごめく影を捉えていたはずだった。
だが、どういうわけかまるで手応えがない。
『あっぶな……鞭持ってるのはちょっち聞いてなかったかな、でも!』
「きゃあっ!」
「ユーナ!」
アヤノにしがみついていたユーナへと、飛んできた何かが突き立てられて炸裂する。
クロスボーンガンダムXPにしがみ付いていた左腕が爆ぜて、アリスバーニングガンダムはそのまま大きく体勢を崩して、マニューバに振り切られる形で地面へと墜落した。
『変幻自在、避けて、逃げて、隠れてでも勝つ! 悪いけど、これがアタシの信条だから!』
「……そう、ならば真正面からそれを打ち砕いてあげる……!」
メグの戦法はれっきとした、シーカーやアサシンの常套手段だ。
アヤノにはそれに文句を言う権利もなければ、卑怯だと罵る権利もない。
だが、どういうわけか頭に血が上っていく感覚を抱きながら、アヤノは腰にマウントしていたクジャクを引き抜くと、霧の向こう側で怪しく光る翡翠色の相貌に向けて、宣戦を布告するようにその切っ先を突きつけるのだった。
それは隠された一撃