ガンダムビルドダイバーズ ブレイヴガールフラグメント   作:守次 奏

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ピンクサフの希釈率を間違えたので初投稿です。


第二十四話「ナデシコスプリント」

 ナデシコアスロン、という競技がある。

 それは四年前に初開催された、女性ダイバー限定に参加資格を限定したトライアスロンのようなもので、風変わりなギミックをチェックポイントごとに用意することでただのレースとは違った特色を見せている、というのが、メグの話だった。

 アヤノとユーナは放課後にガンダムベースシーサイドベース店からGBNへとログインして、デフォルトで支給されたちょっと狭いフォースネストで一塊になりながらメグの話を聞いていたのだが、バトル以外にも楽しみ方が用意されているGBNらしいイベントだと、二人は概ね同じことを考える。

 

「……ってなわけで、まあ色々あったんだけど、それから人気になっちゃって、トライアスロン部分を除いたスプリントレースも今は開催されてるって感じ」

「つまりメグ、それに出ようということですか?」

「そうそう、あんまりバトってばっかでも疲れるっしょ? だからたまには息抜きついでにゆるーい動画も撮っときたいなって」

 

 カグヤの疑問を肯定すると、メグはコンソールを素早く操作して、ナデシコアスロンからトライアスロンの遠泳を除いたレース、「ナデシコスプリント」へのエントリー、その可否を問う画面を表示してみせた。

 ナデシコスプリントは特に、優勝商品として目新しいものがあるわけではない。

 第一回ナデシコアスロンではGBNのイメージガールになる権利と、コラボした有名ブランド「SAZAMETH」のイヤリングが貰えると、豪華な特典が用意されていたのだが、ナデシコアスロン本戦ならともかく、傍流ともいえるスプリントの方に、そんな大層なものは用意されていないのだ。

 だが、アヤノたちにとって、参加するメリットがないというわけではない。

 優勝賞金である300万BC、という数字を眺めて、ふむ、とアヤノは小さく息をつく。

 正直にいってしまうと、初期に支給されるフォースネストは、機能面で不自由こそしなくとも、女子四人の集まりであっても狭苦しく感じるほどに小さい。

 かといって、フォースネストを新調しようにも多額のビルドコインを必要とするわけで、その相場を見てみれば、始めたばかりのアヤノとユーナはいうまでもなく、メグとカグヤの財産を合わせてすら届かないような物件ばかりなのだ。

 

「そう考えると、300万BCは悪くないわね」

 

 金勘定は趣味でこそないものの、それはそれとして戦いばかりだったここ最近の息抜きにはちょうどいいし、スパンこそ長いものの、定期的に開催されているイベントにしては破格の値段に、アヤノは思わず小さく唸る。

 

「さんびゃくまん……わわ、すごい! わたし何人分くらいのお金なんだろう!」

「……数えないほうがいいわよ、悲しくなるから」

 

 アヤノは一瞥したストレージに表示されている己の全財産を一瞥すると、ユーナには同じ気持ちになってほしくはないとばかりに、溜息を交えてそう諭した。

 

「あはは、ウケる。それはともかく、アタシも狭っ苦しいフォースネストとはおさらばしたかったし、それならナデシコスプリント以外にいいミッションがあったんだけど、もう先にクリアされちゃってたしね」

 

 先日、フレンドになったばかりの少女にしてギャルのご同輩から送られてきたミッションクリアの通知と、そして彼女たちのフォースネストが写っていた写真に、密かにクリアを狙っていたこともあってメグは思わず歯噛みしたものの、フォースネストの入手手段は何もそのミッションに限ったものではない。

 だからこそこのレースに挑もう、と提案を持ちかけているのである。

 ナデシコスプリントで試されるのは、基本的に体力と気力、そして簡略化されて一つだけになったチェックポイントにおける機転だ。

 エントリーウィンドウに記されているルールをつらつらと読みながら、アヤノはその第一ウェーブと、チェックポイントを挟んで第二ウェーブで構成される競技のルールを頭の中復唱する。

 第一ウェーブはマラソン部分だ。

 バージョン1.78以前は疲労がフィードバックされなかったため、事実上ただ全力で走り抜けるだけでよかったものの、五感のフィードバックが適用されている現バージョンでは、体力の温存なども考えて走らなければならないだろう。

 チェックポイントのユニークギミックは秘匿されているために何があるかはわからないが、それはレースが始まってから考えればいいとして、最終ウェーブとなる第二ウェーブでは、それぞれが持ち寄ったガンプラによって短距離レースを行うというルールが定められている。

 無論、「ディメンション・シュバルツバルト」で定期開催されている「バンデット・レース」とは違って、相手への直接攻撃やコースの意図的な破壊行為などは全面禁止だ。

 レースで相手を攻撃する、というシチュエーションが浮かばなければ、そもそもそんなバーリ・トゥード、なんでもありなレギュレーションのレースが定期開催されていることにアヤノは驚きと、どこかげっそりするような感覚を抱く。

 ただ、そんな無法地帯じみたルールのレースはさておいても、ビルドコイン以外のところでもつまらなそうだ、というよりは面白そうだ、と感じる心の方が勝っているのは確かで、隣で目を輝かせているユーナもそれは同じだった。

 

「よーし、出るからには優勝目指して頑張らないと! ね、アヤノさん!」

「……ええ、そうね」

 

 基本的に、VRゲームにおけるフィジカルは現実のそれと無関係とまではいかなくとも、ある程度切り離して考えることができる。

 と、いうのも、フルダイブVRには適性というものがあって、脳がそれに適応していれば、現実でいくら運動神経が悪かろうと、電脳空間では華麗にパルクールを決めることもできる、ということだった。

 逆をいえば、現実においては運動神経抜群であらゆる競技で負け知らず、という猛者がいたとしても、その人間のVR適性が致命的に低ければ、電脳空間では足をもつれさせてスタートダッシュと同時に転倒、ということもありえる。

 GBNではそうした、脳の認識におけるズレをある程度補正し、アシストてくれるプログラムが組まれているものの、それだって現実と乖離した容姿のアバターを選択しても違和感なく立ったり座ったりできたりする、ぐらいが限界で、そこから先については本人の適性と技能がものをいうのだ。

 ユーナは全身で喜びを表現するほど嬉しそうで、その顔には満面の笑みが浮かんでいる。

 現実における彼女の事情──歩けないし走らないことを鑑みれば、確かにこのGBNで、ユーナは何よりも自由だ。

 ただ、この喜びようはそれだけで説明できるほどではない。

 それにしたって、軽率に深入りしていいものでないことぐらいは容易に想像がつく。

 ユーナが嬉しそうにしている姿はアヤノにとっても何故だか見ていて癒される、というと小動物か何かを見ているようだが、懸命に目の前の壁に挑んでいく彼女の勇気は、臆病な自分の背中を押してくれる気がして──それも、恥ずかしくて口にはできないけれど、アヤノはふっ、と柔和な笑みを浮かべてユーナをしばらく見つめているのだった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

『さあ始まりました今回のナデシコスプリント、挑戦者は依然数多く、優勝賞金の300万BCを誰が掴み取るのか、予想もできませんね。その辺りはどうでしょうか、解説のミスターMSさん』

『んー、そうでんなあ、いつもは実況で呼ばれることの多いワイがこうして解説の席に座ってる辺り、出場選手の中でもチィはんは特別気合が入ってると思いまっせ』

『なるほど、解説ありがとうございます。確かにお金については目がない「銭ゲバロリ」の二つ名で呼ばれるリビルドガールズのチィさん、スタート前だというのに気合十分な様子です。さあ、他にも立ち並ぶ新鋭たちが今、続々とスタートラインに集まっております』

 

 かっちりとしたスーツに身を包んだ実況の男性が、雷を思わせる形のサングラスをかけた男性──本人も言った通り、珍しく解説席に座っているミスターMSへと話題を持ちかけて、観客たちを煽るかのようにその弁舌で会場を盛り立てる。

 アヤノたち四人もフォースメンバー全員での参加という形にはしたものの、基本的にナデシコスプリントは個人競技であるため、メンバーであっても敵同士、ということになる。

 額に鉢巻を巻いて気合十分、といった様子のユーナと、たとえそれが剣と関係ないとしても勝負事では負けるつもりなどないとばかりに闘志の炎を静かに燃やすカグヤを一瞥し、アヤノもまたぴしゃり、と自分の頬を叩いて気合を入れ直す。

 

『さて、簡易「ナデシコアスロン」とでもいうべき「ナデシコスプリント」ですが、今回はどのようなギミックが用意されているのでしょうか。解説のミスターMSさん、よろしくお願いします』

『そうでんな、今回のチェックポイントに配置されたギミックは王道のガンプラ早組みでっせ、ただし! 第一回ナデシコアスロンの反省を鑑みて、ワイが直々に選んだ一筋縄ではいかないキットが待ち受けてますわ、そこをどう攻略するかが、ビルダーとしての腕の見せ所でっせ!』

『ありがとうございます。さあ、パーツ数が多くなると予想されるチェックポイントの特殊ギミック、それまでに遅れていた選手の追い風になるのか、それとも先行して逃げ切る選手に味方するのか。それではナデシコスプリント、出走でございます!』

 

 ゲートインを果たしたアヤノたちは、実況のアナウンサーが宣言したことで競技場の中央に浮かんでいる電光掲示板へと数字が浮かんだことを視認する。

 五、四、三、二、一──ぱぁん、と、火薬が爆ぜる音と共に、走者たちが一斉に開かれたゲートから地面を蹴って飛び出していく。

 

『これは……速い! 速いぞ、先行して抜け出したのは新進気鋭のフォース、「ビルドフラグメンツ」のユーナ選手です! しかし序盤からかかり気味とも取れるポジション、どうでしょうか』

『んー、難しい話でんなあ、でも彼女の顔を見ればわかりますわ、この作戦の性質はユーナ選手にバッチリ合ってまっせ!』

『ありがとうございます、さあ続いて抜け出したのは優勝候補筆頭、「リビルドガールズのチィ」、少し遅れてその後ろを同じく「ビルドフラグメンツ」のカグヤ選手とアヤノ選手が固めております!』

 

 ヒートアップする実況と解説のテンションに反して、アヤノの内心は驚愕のクエスチョンマークに埋め尽くされていた。

 確かに一番槍として抜け出していったユーナだが、かかり気味だと評された割にそのスタミナが切れる様子はなく、既に二着まで走り抜けたカグヤとも余裕を持った差を開いて、綺麗なフォームで先頭を走り続けている。

 それが彼女のVR適性がそうさせているのか、それとも違う何かがあるのか。

 ユーナに触発されたことでスタミナ管理を間違え、スピードが落ちてしまった「銭ゲバロリ」、「リビルドガールズのチィ」と紹介されていた、黄色いレオタードにシースルーのパレオを纏わせた衣装のダイバーを追い抜いて、アヤノも懸命に一着を取ろうと駆け抜ける。

 

「畜生っ、完全にしてやられちまった……!」

 

 よっぽど優勝賞金が欲しいのか、並走した後に抜き去られるチィの表情は極めて険しい。銭ゲバロリと彼女が呼ばれている所以をアヤノは知らないものの、そんな身も蓋もないあだ名をつけられている都合、よっぽど賞金が欲しくて仕方ないのだろう。

 だが、賞金を獲得したいのは、そして一位を取りたいのはこちらも同じことだ。

 遠慮なくチィを抜き去って、ユーナ、カグヤと共に先頭集団を形成すると、アヤノはミスターMSが用意した「ギミック」が待ち受けるチェックポイントをその視界の端に捉える。

 

『速い、速いぞ! 新進気鋭の「ビルドフラグメンツ」! 三人の選手が揃って今、チェックポイントに到達しようとしています!』

『ふっふっふ……しかしここで待ってるのはビルダーとしての腕が試されるガンプラ早組み! 出遅れた選手にもまだ十分チャンスは残ってまっせ!』

『その通りです! さあ、チェックポイントにゲートインしたユーナ選手、遅れて続いたカグヤ選手、そしてアヤノ選手共々コーナーに置かれた無数のキットの中から、どれを組み立てるか迷っている様子です!』

 

 ミスターMSが用意したギミックは実に周到であり、第一回ナデシコアスロンでは圧倒的にパーツ数が少なく、完成までの時間が短い「ハロプラ」や「プチッガイ」が人気を博していたものの、今回はそれが排除されて、軒並みMG──マスターグレード、1/100スケールを中心にしたキットが並べられている。

 

「わわ、どうしよう……これ全部おっきくて難しいやつだよね、アヤノさん?」

「ええ、そうね……でも!」

「アヤノさん、何か心当たりが……?」

「箱の大きさに騙されてはいけないということよ、カグヤ」

 

 困惑するユーナとカグヤを見据えて、アヤノが選び取ったキットは「MG RX-78-2 ガンダム ver.1.5」だった。

 そして、待っている猶予はないとばかりに用意された席へと腰かけると、アヤノはニッパーで丁寧に、しかし素早くパーツを切り出しながら、目にも留まらぬ速さで初代ガンダムを組み上げていく。

 

『取ったぁ! アヤノ選手、ここでMGガンダム1.5を選んだのは素晴らしい慧眼といえるでしょう!』

『あっちゃー……ワイの用意したギミック、見破られてもうてますな……ただ初期のMGとはいえMGはMG! ここで出遅れている選手の皆様にもぜひ奮起してもらいたいですわな!』

 

 ミスターMSが用意した抜け道は、MGの中でも初期のロット──パーツ数が比較的少ないそれを組み立てるというものであり、中でもアヤノが選んだMGガンダム、Ver.1.5は脚部の組み立てにあらかじめ整形されたフレームを用いることから、早組みの候補としてはこれ以上ないチョイスだった。

 少し出遅れたカグヤも「MG ボール ver.ka」、そしてユーナもアヤノと同じ「MG RX-78-2 ガンダム ver.1.5」を選び取ると、アヤノに負けず劣らずの速度で説明書とパーツを交互に睨みながら組み立てを進めていく。

 

「落ち着いて、説明書を見ればちゃんと書いてある……!」

「これは……どこにこのパーツを用いるのでしょう……?」

 

 ここで大きく出遅れたのはカグヤだった。

 ELダイバーであるという都合、ガンプラを組んだ経験に乏しいカグヤは初心者そのものな手付きで丁寧にゲートからパーツを切り出し、一つ一つをゆっくり、ゆっくりと組み立てていく。

 だが、ユーナはチョイスでの遅れを取り戻すように、綾乃に負けず劣らずの速度で初代ガンダムを組み上げて、チェックポイントを抜け出していく。

 元々、アリスバーニングを単独で組み上げた以上、ユーナのビルダーとしての力は決して低いものではない。

 同じように続々とチェックポイントに集まってきた選手たちが機体チョイスや組み立てで詰まっているのを尻目に、アヤノとユーナは第二ウェーブである、「自分のガンプラでの直線レース」、そのスタート地点に立つ。

 

『早い! そして圧倒的に速い! 見事な手際でギミックを突破したアヤノ、ユーナ両選手、今互いの愛機に乗って、最後の直線を駆け抜けようとしています! しかし状況としてはアヤノ選手が一歩リード、この競技場の直線は短いぞ! ここから巻き返せるか、ユーナ選手!』

 

 ヒートアップする実況が鬱陶しい。

 解説の声も置き去りにして、最後の直線に立ったユーナは歯を食いしばりながら、バーニングバーストシステムを起動して、光の翼を展開したクロスボーンガンダムXPの、アヤノの背中を追いかけていく。

 

「負けられない……負けたくない、そうだよね、アリスバーニング!」

 

 この世界でなら、自分たちは自由になれる。

 机の上を離れて、車椅子を降りて──だからこそ、ユーナは歯を食いしばって真剣に、そして本気でアヤノを抜かすべく機体を加速させるが、「光の翼」が生み出す推進力は膨大だ。

 このまま並走していても、勝ち目はない。

 早々に悟ったユーナは、ここで一つの賭けに出ることを決め込む。

 

「おおおおっ! 炎、キーック!!!」

『なんとぉ! ユーナ選手、ここで攻撃行動に出たぞ!?』

『ロックオンマーカーはどこにも向いてまへんな、つまりギリギリルールの範疇ってとこですわ』

 

 ここでアヤノをロックオンしていれば失格だったが、ユーナが炎キックを放ったのはあくまで虚空に向けて、そして空中で爆発を起こした粒子を追風に、「炎の帆」とでも呼ぶべきもので受けながら、アヤノを抜き去るためだった。

 

「っ、まさか、ユーナ……!」

「これでぇぇぇぇぇ!」

 

 そして、振り返ってしまったことがアヤノにとっては仇となった。

 一瞬だけ──しかし、一瞬でも動きを鈍らせてしまったクロスボーンガンダムXPの背中を抜き去って、燃え盛る流星となったアリスバーニングが、自壊しながらも今、ゴールテープを切る。

 

『っ、ゴォォォォル! 今ゴールしたのは、「ビルドフラグメンツ」のユーナ選手! まさかの逆転劇で、見事に差し切りました!』

「やった、わたし……!」

「……不覚ね」

 

 実況が、解説が、そして観客のボルテージがそれを合図に爆発したかのように高まって、勝者を称え、ある者は地面にハズレのチケットを叩きつける。

 だが、そんな事情などアヤノとユーナには関係ない。

 感覚はどこまでも遠く、そして二人だけが世界に取り残されたように澄み切っていく。

 アヤノは、己の敗北を素直に認めて静かに目を伏せる。

 そして、その代償として、思い切り地面に叩きつけられて機体の全身にヒビが入りながらも、ユーナはこの「ナデシコスプリント」を確かに制して、見事に優勝を飾ったのであった。




きっとわたしは、誰よりも自由になりたくて

Tips:

「ナデシコスプリント」……不定期に開催される簡易版ナデシコアスロンといった風情の競技であり、第一ウェーブと第二ウェーブの流れは微妙に違えど、毎回チェックポイントにおける特殊ギミックは異なっている。また、簡易的なトトカルチョも開かれているため、大荒れの展開ではバンデット・レース同様に全財産を溶かす者も珍しくないとか。
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