ガンダムビルドダイバーズ ブレイヴガールフラグメント 作:守次 奏
無味乾燥とした、窓こそあるもののデフォルトのフォースネストを人数相応に広くしたような空間──先日改めてユーナたち「ビルドフラグメンツ」が購入したフォースネストには、例によって放課後の時間を過ごすアヤノたちが集まっていた。
「今回の動画は……っと、うん、割と好評みたいで嬉しいかな」
「ナデシコスプリントの様子……ですか? メグ」
「まあそんな感じ。出遅れちゃったからユーナとアヤノを自動撮影してもらってたんだけど、それで大正解だったっぽい感じ?」
G-Tubeへと自らがアップロードした「ナデシコスプリント」の様子をカグヤに見せながら、メグは以前と比べて圧倒的に跳ね上がった再生数や、そこにつらつらと書かれたコメントの数々に目を通す。
有名税、という考え方は好きではないものの、毒にも薬にもならないような以前と比べて、明らかに注目の度合いが上がってきたことで心ないコメントが記されることもたまにあったものの、大体の視聴者は肯定的で、メグとしてはそれが何より安心できた。
最初のチェックポイントまで走り抜けていくユーナの表情を大写しにした自動追尾ハロカメラには、普段はどちらかといえばぽやぽやとしていてどこか抜けた印象のある彼女とはまるで様子が違う、歯を食いしばって懸命にスプリントを走り続けている姿が記録されている。
『ここすき』
『ユーナちゃんの食いしばり顔たすかる』
『ちょうど切らしてた』
『にしても無名にしちゃ速すぎないか、ユーナとかいう奴』
『加速ツールとか使ってるんじゃなかろうな』
『↑加速ツールなんてしょっぱいもの使ってたら今じゃ半日経たずに永BANだぞ』
『四年前からチート対策に関してはレベル跳ね上がったからな』
あまりにも圧倒的な、アヤノとカグヤ以外の参加者を寄せ付けないユーナの走りに、心ないコメントも寄せられていたものの、歯を食いしばってでも、瞳孔を剥き出しにしてでもゴールを目指すその姿には心打たれたダイバーも多いらしく、Gチャットがついたコメントもいくつか寄せられていた。
ツールの使用を疑う声に対しても、コメントで反論がなされていた通り、実際に加速ツールと呼ばれる全モーションの永続的な高速化を行う単純なプログラムで構成されたチートであれば、今やGBNのセキュリティ担当にしてELバースセンターの守り手である「アンシュ」の手によって半日もかからず処されるのが関の山だ。
メグたちは詳しく情報を知らないものの、そのアンシュ自身がかつては運営にも検知することのできなかった大規模な改竄プログラムの集積体──「ブレイクデカール」を設計し、実装し、そして広めた張本人であることも手伝って、チート対策に関しては最早右に出るものはいないとばかりに今のGBNは徹底している。
何故そんなチートを設計した人間が運営側にいるのかといえば、それはひとえに彼がELバースセンターの責任者であること──つまり、カグヤのようなELダイバーが現実でも活動できて、かつGBNの内部プログラムに「バグ」として認識されないように当てるパッチである「ビルドデカール」の生みの親でもあるからに他ならない。
そんな事情はさておくとしても、ユーナの走りが純粋な技術によるものだとその一言で証明されてからは批判の声も少なくなり、概ね好意的なコメントによってメグの動画は覆い尽くされ、終幕を迎えていた。
「アンシュさんの力は偉大なのですね。拙が生を受けることができたのも……彼とコーイチさんの御助力があったからこそ。ですが、自分に理解できないからといって抜け穴を疑うとは……」
「人間ってそういうものだったりするのよ、カグヤ」
「アヤノさん……」
「もちろん、全員が全員そうとは限らないけれど」
ナデシコスプリントで最後に差し切って一着を取ったのも、最初のスプリント部分で頭抜けて足が速かったのも、全てはユーナの努力であり、才能がそうさせたことだ。
「なになに? わたしに何かあったの、アヤノさん?」
「なんでもないわ。貴女が一等賞になったことを皆褒めてるわよ」
「本当? やったぁ! えへへ、わたし、元気にがんばったから!」
元気だからだとかは関係ない気がするが、それが彼女の信条というものなのだろう。とにかく画面を流れていくコメントをつらつらと目で追い続けたあとに、振り返って見ればそこには満面の笑みを浮かべて上機嫌なユーナがいる。
そんなユーナに心ないコメントをぶつけていた連中を残さずバタフライ・バスターBによってなます切りにしたい衝動を抑え込みながら、アヤノもまた小さく微笑んで、メグが動画を閉じるのを見送った。
「それで……今日は何をすればいいのかしら」
「わたしもわたしも! 気になります、カグヤさん、メグさん!」
フォース「ビルドフラグメンツ」の方針は、定まっているようで定まっていないふわふわとしたものだ。
基本的に誰かが何かやりたいことがあればそれを優先して、メグがその様子を撮影することにも同意するものとみなす。
それ以外にフォースの中で明文化されたルールはなく、また、このルールも正式には記録されたものではないのだが、ある種の暗黙の了解として四人の間に横たわっていることに変わりはない。
「んー……何したい、って訳じゃないかな」
「と、いうと?」
「ほら、アタシの動画のために皆付き合わせてばっかじゃ悪いし」
最初のデビュー戦だった「CAA」との戦いや、フォースネストの更新のためでもあったとはいえ挑んだ「ナデシコスプリント」、そのどちらもメグは動画として記録し、編集を加えてG-Tubeへと投稿している。
無論、G-Tuberとしては定期的に視聴者へと動画を供給することで飽きさせないという工夫が求められるのだが、そのためだけにアヤノとユーナというリアル学生組の貴重な放課後の時間を割いてもらってばかりでは、気が引けるという気持ちというか、良心の呵責も、メグの中には確かに存在しているのだ。
最近人気が急上昇してきたところは認めているが、それでもまだメグが配信者として「キャプテン・ジオン」や「クオン」、「ちの」といった有名どころと並んだわけではないことも理解している。
だから雑談枠といった、よく言えば配信者の人気とカリスマが試される、悪くいえば中身の薄い動画を設けるのは悪手、というより設けてもあまり見てもらえないだろう、というのが見通しだ。
何故自分が今人気急上昇中なのか、その要因もメグはちゃんと自分なりに分析して、頭の中で結論を出している。
それは、ひとえに自分がギャル系忍者という珍しい属性を持っているのと、フォースメンバーのアヤノとユーナ、そしてカグヤも負けず劣らず個性的だからだ。
つまるところ、まだ「物珍しさ」で興味を持ってもらっている。
それが、メグの分析だった。
だからこそ、飽きられるよりも早く面白くて物珍しい動画を供給する必要がある。
クリエイターとしての目線ではそれが正しいとしても、フォースとして「ビルドフラグメンツ」の中心となったのはあくまでもユーナで、そして意思決定の発言権はその傍にいるアヤノにあることも理解していた。
何より、学生時代における放課後の時間はとても貴重なものだ。
自分のためにそれを割いてくれているだけでもありがたいのに、これ以上わがままをいうわけにはいかない、というのもまた、メグの本音であることに間違いはない。
「ふむ……私としては別に構わないけれど、メグ」
「アタシとしては構わなくないんだなぁこれが」
「そう、貴女が言うのであれば……何をすればいいのかしら」
とはいえ、アヤノとユーナも何か明確な目的を持ってGBNへとログインしているわけではない。
一応与一の手前、剣豪と戦うことを目標として掲げているものの、実際のところアヤノが今、この電子の海へとダイブしているのは隣にユーナがいてくれるからだし、ユーナもユーナで、直近では「フォースを組む」という目的があったからこそ戦ってこそいたものの、今具体的な目的があるかといわれれば、そんなことはないのが現状だった。
「うーん、わたしもすぐには思いつかないなぁ……そうだ!」
そんな風情に、ユーナは黒煙を噴き出しかねないほど、しばらく頭を抱えていたが、突然ぴこーん、と、そんな音が聞こえてきそうな勢いで飛び起きると、目を輝かせて、一人静かに瞑目していたその人物へと視線を向ける。
「カグヤさん! カグヤさんのやりたいことを今日はやりましょう!」
「……拙、ですか?」
「うん! だってわたしもアヤノさんもやりたいことあんまりなくて、メグさんも遠慮するっていうなら、カグヤさんの意見も聞いてみるのが一番いいかなって!」
リーダーらしく周囲を見渡した末にその結論を導き出したユーナは、目を輝かせたまま、きょとんとしているカグヤへとそう言い放った。
カグヤもカグヤで遠慮している、というのがユーナの見立てだし、実際それは間違っていなかった。
フォースを組んだこと自体初めてだから周りに合わせる、という姿勢は確かに美徳に見えるかもしれないが、たまにはわがままを言い合ってこそのフォースでもある。
そういう意味では、ユーナの目的は「フォースの皆ともっと仲良くなること」にあったといってもいいし、それでカグヤが胸の内に秘めている目的が達成されるなら、WIN-WINの関係といってもいい。
一石二鳥、一挙両得。突然思い浮かんだ妙案にユーナは興奮し、アヤノはそこに関心を寄せながらも、リーダーというよりはどこか小動物のように、見えない尻尾をぶんぶんと振り回している親友の姿に思わず苦笑していた。
「ありがとうございます、ユーナさん。拙を……慮ってくれたのですね」
「おもん……?」
「思いやってくれたということよ」
「ありがとうございます、アヤノさん。つまりはそういうことなのですが……拙は、その。武者修行をしたいと、密かに思っていたのです」
「武者修行?」
なんだか剣呑な雰囲気を放つその言葉に、ユーナは小首を傾げる。
一方でアヤノは、カグヤらしい意見だな、と、素直にそう感じていた。
カグヤは「武」を探求する剣士たちの心から生まれてきたELダイバーだ。そんな彼女が戦いを望むのは至極当然なことで、そのために武者修行をしたいと申し出るのもまた然りだ。
「武者修行といっても、何をするの?」
GBNは元々PvPを中心としていたこともあって、戦う手段には困らない。
アヤノたちが最初にやっていたようにシャフランダム・ロワイヤルからバトランダム・ミッションを始めとした対人コンテンツは充実しているし、フォース戦希望なら掲示板を使って募集をかけるのもいい。
逆にPvEがやりたいのであれば、常設レイドバトルから各種ミッションまで、遊んでも遊び尽くせないほどのコンテンツがGBNには用意されている。
その中で、何を選ぶのか。
アヤノの問いかけにカグヤはしばらく目を伏せて考え込む仕草をみせると、ゆっくりと目を開きながら、少しだけ遠慮がちに「その」名前を口にする。
「拙は……拙は百鬼夜行がひしめく地といわれる『ハードコアディメンション・ヴァルガ』に挑んでみたいと、そう思っているのです」
「ヴァルガ!? ちょ、カグヤ。それ、本気なの?」
「はい、メグ。この剣を試すのであれば、あの場所以上に適したところなどありません」
「あっちゃー……カグヤがいいならいいんだけどさ、そっか、ヴァルガかぁ……」
ハードコアディメンション・ヴァルガ。
カグヤが意を決して口にしたその名前には、アヤノとユーナにも少なからず因縁があった。
通常は認められていない無制限のフリーバトルが解禁されたそのディメンションは、実質的には戦闘狂の隔離場であり、不意打ちからリスキル、数の有利を活かしたリンチまで、ありとあらゆるダーティな戦い方が容認されているその場所は、「チンパンたちのラスト・リゾート」、「運営が匙を投げた場所」「地獄」「蠱毒の壺」など、様々な忌み名で呼ばれて憚らない、超がつくほどの危険地帯だ。
まずは三分生き残れれば上等、十分生き残れれば一流だと称されるほどディメンション全体を包み込む攻撃の密度は尋常ではなく、たとえ強者であったとしても、切った張ったを繰り返している内にヘイトを買って、数で囲まれて圧殺されることも珍しくない。
そんな危険地帯での戦いこそ、否、危険地帯であるからこそ、その戦いにも緊張感が生まれるという理由でカグヤはその場所を武者修行の地点と定めたのである。
「ヴァルガ……って、最初にわたしたちが騙されて飛ばされちゃった?」
「ええ、そうね。無制限のフリーバトルが解禁されている区域よ」
「ま、一言でいうなら蠱毒の壺ってかこの世の地獄みたいなもんだけど……カグヤが行きたいっていうなら地獄の果てまで付き合わなきゃね」
後見人として、保護者としてカグヤの意思を最大限に尊重してあげたいと考えている以上、腹は早めに括っておくに越したことはない。
メグはユーナの疑問に答えたアヤノの言葉に補足すると、早速といわんばかりにウィンドウを操作してハロカメラを取り出す。
かの「春夏秋冬」も、デビューとほぼ同時にあのハードコアディメンション・ヴァルガをモビルワーカーで横断するという、狂気が極まった企画を配信したことで一躍注目されたという経緯がある。
そういう意味では後追い、二番煎じにこそなってしまうものの、結成したてのフォースでヴァルガに挑んでみた、というのは企画としては中々見所があるし、物珍しさも同時に兼ね備えている。
言い換えればそれはそんなことをする者などほとんどいない、ということに等しいのだが──そんなのは瑣末事だと断定して、メグたちは、カグヤのために地獄への、百鬼夜行と修羅がひしめく巷行きの片道切符を購入するのだった。
◇◆◇
「いい? ヴァルガに潜ったら初手は必ず回避行動を取ること。そうしないと命の保証はないかんね」
メグがそう警告した通り、鉛色の雲が立ち込め、紫雷が鳴り響くハードコアディメンション・ヴァルガの大地には弾幕の鉄風雷火が絶え間なく鳴り響いていて、ゲートが開いた直後の無敵時間が切れたのを見計らって、いきなりスポーンキルを狙うためのビームが四人に向けて飛来してくる。
都市迷彩を施し、GNスナイパーライフルⅡの代わりにアリオスガンダムのGNビームキャノンをそのメインウェポンとしたケルディムガンダム、「回収屋」の二つ名で呼ばれて忌み嫌われるダイバー、「ピーター」の一撃を回避したビルドフラグメンツの四人は、アヤノの迎撃によってピーターをテクスチャの塵へと還すと、改めて百鬼夜行が横行するハードコアディメンション・ヴァルガの地へと降り立つ。
『くたばれぇぇぇ!』
『お前が養分になるんだよォ!』
『漁夫の利天誅! 死ねぇ!』
通信ウィンドウを開かずともオープンチャンネルで飛び込んでくる通信は憎悪と殺意で塗れていて、互いに罵詈雑言を吐き散らしながらビームサーベルを交えていたG-セルフとマックナイフが、虎視眈々とその隙を窺っていた、マルチランチャーパックを装備したウィンダムの核ミサイルによって、周囲の機体を巻き込みながら一撃で蒸発する。
──なんだこれ、地獄か?
アヤノの脳裏に閃くのは、改めて訪れても尚そんな言葉だった。
核ミサイルを放って気持ち良くなっていたウィンダムは建物の上に陣取っていたジム・スナイパーカスタムによってコックピットを撃ち抜かれるし、そのジム・スナイパーカスタムもまた建物の上に陣取っていたことが原因で、地上を爆走するヒルドルブからの攻撃を受けて爆散する。
まさしくこれは百鬼夜行、悪鬼羅刹が跳梁跋扈する地獄に違いない。
だが、だからこそ。
「ああ……初めてです。拙の胸は、こんなにも愛おしく締め付けられ、高鳴っている……」
だからこそ、そんな戦いの気配にカグヤは恍惚とした表情を浮かべ、愛刀「菊一文字」を腰の鞘から抜き放つと、煌めく舞台に飛び入り参戦とばかりに、「ビルドフラグメンツ」の一番槍として、飽くなき戦いの舞台へと出撃してゆくのだった。
いざ気炎万丈、参るは悪逆無道が跋扈する、百鬼夜行が王道楽土