ガンダムビルドダイバーズ ブレイヴガールフラグメント 作:守次 奏
ハードコアディメンション・ヴァルガ。
中級者以下、この二千万人という膨大なアクティブユーザーを抱えているGBNにおいて、大多数を占めている層から様々な蔑称で呼ばれて憚ることのないこのディメンションは、一見すると気が狂っているか正気を失っているかの二択にしか捉えられない仕様が罷り通っている。
ディメンションへとダイブした瞬間、鳴り響く遠雷の音に紛れて、閃光が飛来するのをアヤノは決して見逃さなかった。
「避けて、ユーナ!」
「……わわっ!? えっ!?」
「……この……っ、私たち、見事に嵌められたってことね……!」
スポーンキル。
GBNにおいては、各ディメンションのバトルエリアへと転送された際に数秒間の無敵時間が設定されているのだが、それが切れた直後を狙って市街地から飛来してきた閃光は、明らかにゲートが現れたことを確認してのものだったし、故意にその行為を行ったと見ていいだろう。
普通のゲームであれば、スポーンキルや、復活直後の地点に待ち構えてもう一度プレイヤーを殺すリスポーンキルといった、いわゆるPK行為はご法度とされ、実行したユーザーには重いペナルティが課せられるのだが、このGBNにおいてもそれは例外ではない。
──ただ一つの、特例を除いて。
アヤノは機体に纏わせているABCマントの隙間から、バタフライ・バスターBの銃口を、自分たちを狙っていた射線から割り出した狙撃手の潜伏地点に向けて、躊躇いなくトリガーを引く。
『う、嘘だろ、こいつ見たことない顔だから初心者じゃ』
「恥を知りなさい、そして消えなさい」
そんなスポーンキルを生業とする悪名高いダイバー、「回収屋」ピーターの操る都市迷彩を施したケルディムガンダムにアリオスのGNビームキャノンを持たせた機体は、お返しとばかりに飛来した一撃にそのコックピットを貫かれて、テクスチャの塵へと還る。
こんな時ばかりはあの幕末という名の下に全ての外道行為が合法化されたクソゲーをやった経験があって良かったとアヤノは嘆息するが、そんなことをしている場合ではない。
ハードコアディメンション・ヴァルガ。
この場所は実質的に、運営が匙を投げたのに等しい隔離場のようなものだ。
表向きは「自由にフリーバトルがしたい」という理由で設立されたとされているこのディメンションは、スポーンキルを始めとした全てのPK行為が容認されているのにも等しい。
それもそのはずである。
何故なら、「ハードコアディメンション・ヴァルガに足を踏み入れたその瞬間」から、ダイブしてきたダイバーは「無制限のフリーバトル」に同意したこととなり、初心者だろうが上級者だろうがお構いなしに、果てなき闘争の中に身を投じることとなるからだ。
通常であれば成立しないような、二桁ランカーからFランクの初心者に対するフリーバトルという滅茶苦茶な構図でさえ、野放図になったこのディメンションであれば容認される。
つまるところ、自分たちはあのミノタウロスに嵌められたのだ。
ぎり、と奥歯を噛み合わせてアヤノは怒りを露わにするが、事態がよく飲み込めていないのか、ユーナは頭上に疑問符を浮かべるばかりだった。
「えっと、あれ? その……凄いんですね、アヤノさん!」
「感心してる場合じゃないわ、私たちは嵌められたのよ!」
「えっ!? それって……」
「こういう……ことよ!」
アヤノは息つく間もなく無言でミラージュコロイドによって姿を消し、背後から襲いかかってきたブリッツガンダムをノールックで撃ち抜くと、舌打ちをしながらまだ事態が飲み込めていないユーナの機体──カミキバーニングガンダムをベースとして、桜色の塗装が施されているだけでなく、所々にトライバーニングガンダムのパーツが組み込まれた、【アリスバーニングガンダム】の手を引いて、まだまだ潜んでいる襲撃者から逃れるべく疾駆する。
曰く、チンパンたちのラスト・リゾート。
曰く、戦闘狂の展覧会。
曰く、理性を失ったダイバーの行き着く果て。
さまざまな蔑称で呼ばれて憚らないこのディメンションがいかに地獄であるかは、百聞より一見にしかずといった風情で、様々な理不尽を連れてアヤノたちへと襲いかかってくる。
建物の陰に潜んでいたダークダガーLを足裏から射出したヒートダガーの一撃で破壊したアヤノは、とりあえずユーナに状況を整理してもらうべく、ここを一時的な潜伏拠点として機体を屈ませた。
「わわ……なんか凄いことになってる……えっと、これって?」
「……私にも詳しくはわからないわ、でもこの場所ではPK……プレイヤーキルに相当する行為が常態化してるようね」
「PK……? サッカーするんですか?」
「誰がペナルティキックの話してるわけ? 要するに私たちは……ここにいる全員からターゲットにされていると思ってくれて構わないわ」
予想の斜め上を突き抜けるアホの子加減に頭を抱えながらも、アヤノは周囲の戦況を観察しながら、要点を噛み砕いて、小首を傾げているユーナへと説明してみせる。
一応わかりやすく、自分たちが全てのダイバーからターゲットにされているとは言ったものの、ヴァルガの戦況にはある種天気のような傾向があることを、アヤノはレーダーに映る赤い点の数から見抜いていた。
乱戦が発生している状況は、特におこぼれ狙いのダイバーたちにとっては非常に美味しいために、赤い点が密集している箇所に関しては近付かなければ基本的には手出しされないと思っていいだろう。
厄介なのは、自分たちがその乱戦エリアの中心となる可能性も高いことなのだが、近場のレーダーを見る限り三つに分散している乱戦エリアがすぐに瓦解する心配は少なく、まだ多少、状況把握に時間が要りそうなユーナに説明をする暇はありそうだった。
「……えっと、それって……もしかしてわたしたち、殺されちゃうんですか?」
「残念ながらその確率は非常に高いわね」
「そ、そんなー!? あの人、いい人そうだったのに……わたし、騙されちゃった……?」
「……ごめんなさい、一度眼科に行くことをお勧めするわ」
「アヤノさんまでひどいっ!?」
いや、どこからどう見ても怪しかっただろう。何せミノタウロスだし、と、声に出したくなったのを堪えて、アヤノは無言でユーナの手を引き、潜伏拠点としていた建物を離れる。
乱戦エリアの一つが瓦解したのを皮切りに、おこぼれ狙いであったり或いはシーカーとして獲物を追跡するダイバーが野に放たれたのだ。
その一瞬を見逃していれば、アヤノたちもまた彼らの養分となって散っていたことだろう。
あの武士道をとことん侮辱していたゲームには腹しか立たないものの、こういうろくでもない状況下における対応力を鍛えてくれた、という点に関しては感謝すべきなのかもしれない。
よもやあのクソゲーに感謝をする日が来るという、運命の女神様の悪戯にしてはタチが悪い巡り合わせにアヤノは嘆息しつつ、とりあえずはこの地獄を脱出するべく、北部都市残骸地帯から大分離れた場所に指定されている、ヤナギランの花がある場所へと機体を近づけていく。
「そういえばアヤノさん」
「何かしら、ユーナ」
「アヤノさんのガンプラってなんでそんなボロボロの布? 着てるんですか?」
ユーナは相変わらずどこか脳天気な色を浮かべる桜色の瞳に疑問符を浮かべて、アヤノが操る、クロスボーンガンダムX0をベースにしつつもその配色をクロスボーンガンダムX3に近づけた、【クロスボーンガンダムXP】が纏っているABC──アンチ・ビーム・コートマントを指してそう問いかけた。
恐らくユーナはガンダム作品にそう明るい方ではないのだろう。
今では各種媒体によって「機動戦士クロスボーンガンダム」シリーズの知名度も上がってきたものの、初出が昔の漫画ということもあって、触れるのには中々ハードルが高いという事情がある。
「……これは便利だからよ、その理由は多分すぐにわかるわ」
「布が便利なんですか!? 帰ったら私もこの子に着せてあげよっかなぁ……」
「……貴女のそういうところは見習いたいわね」
何かが百八十度反転して前を向いているようなユーナの姿勢に呆れ半分感心半分といった風情でアヤノは嘆息しつつ、ABCマントの隙間から覗かせたバタフライ・バスターBの銃口から、追跡してくるシーカーに向けて容赦なくビームを浴びせかけていく。
ヴァルガは確かに初心者にとっては紛れもない地獄だろう。
だが、実際のところこの蠱毒の壺を狩場にしている中堅クラスのダイバーたちから見て、初心者は鴨がネギを背負ってきてくれたような存在なのかと問われれば、そんなことはなかったりするのだ。
基本的にヴァルガを真っ当な狩場として利用しているダイバーたちは、獲得できるダイバーポイント──自身のランクを変動させるための数字を稼ぎたがる傾向にあり、格下を倒したとしても、ランクの開きが大きければ大きいほど得られるポイントが少ないという調整が施されている都合上、初心者がヴァルガに迷い込んで倒されるケースは、物のついでであることが多い。
例えばさっきのように、乱戦エリアにダインスレイヴやマルチランチャーパックから発射する核ミサイルのような範囲攻撃に巻き込まれて蒸発したりだとか、たまたま近くにいて邪魔だったからだとか、そういう理由でしか基本的に初心者は攻撃されない。
──そう、基本的には。
ヴァルガの傾向を見抜き、三分を超えてアヤノたちが生存できていたのはそういう事情やビギナーズラックに助けられていた向きもあるが、それでもシーカーやアサシンの多くを屠れたのはアヤノが淡々とその牙を研ぎ澄まして、GBNへとやってきたからだ。
一方でユーナのアリスバーニングガンダムは、一切の射撃武器を持っていないためにアヤノがあえて囮になった時に敵の背後からパンチやキックといった徒手空拳でちょっとだけキルスコアを稼いでいたものの、それにしたって片手の指で数えられるほどしかない。
とはいっても、初心者であれば十分すぎるほどの戦果であることには違いなく、そして、このヴァルガにおいて異端であるということは、更なる災厄を招くことに等しいのだと、この時アヤノは気付いていなかったのである。
「……何かの音……? 聞こえる、でも……」
「あっ、アヤノさん! あれですっ、あれ!」
『ヒャッハー!』
その後も着実に乱戦エリアを避けて、時には自分たちへのヘイトを他人に擦り付けながら、着実にアヤノたちはヤナギランが咲いている、南部・穀倉地帯跡へとその歩を進めていたはずだった。
だが、ビギナーズラックというのはいつまでも続いてくれるものではなく、そして何事にも例外というものは存在している。
彼方から耳障りな重低音と歓声を上げて大量に突撃してくる、二輪型のサポートメカに搭乗している全身からスパイクやらリベットを生やした世紀末なカスタマイズが施されたガンプラたち。
レーダーを見れば、敵が九分に味方が一分にも満たないといった惨状がそこには照らし出されている。
何事にも例外は存在する──その通りに今、アヤノとユーナを付け狙っている集団は完全に初心者である二人をターゲットとした、初心者狩りの集団にして、ヴァルガにおける嫌な名物ランキングがあればそこそこ上位に食い込んでいることは間違いないであろう集団、ダイバーネーム「モヒー・カーン」が率いる一団だった。
フォースとしてつるんでいる訳ではないために彼らを指す名前はないものの、概ね「モヒカン」といえば通じる世紀末集団は、その外見に恥じることなく弱者を数で圧殺するのが日課のようなものだ。
彼らが何故初心者狩りにここまで命をかけているのかはわからないしわかりたくもないものの、それはそれとして絶対的に自分たちが不利な状況にある、というのはさしものユーナも理解していた。
「ど、どうしよう……これ……」
「敵は……大体三十、正直なところ詰んでるわね……」
『ヒャア! つまりはそういうこった! 活きは悪りいが諦めのいいカモは嫌いじゃあねぇぜ!』
アヤノがぽつりと零した戦況分析を気に入ったのか、カーンは残っている三十の部下を一斉にけしかけるように、ジャイアントヒートホークを掲げて突撃陣形を指示する。
『恨みはねえがボスの命令なんでな!』
『ヒャッハー! 初心者は消毒だー!』
二輪型のサポートメカに搭乗しているガンプラたちは概ね原形がわからなくなるほどにスパイクやらリベットやらが生やされたカスタマイズが施されているものの、その傾向としては第一次ネオ・ジオン戦争期に使われていた機体を原型にしているものが多い。
ナックルバスターやビームライフル、メガ粒子砲といった弾幕砲火が、カーンが言った通りに、諦めてユーナの盾となるが如く一歩前に踏み出した、アヤノのクロスボーンガンダムXPに向けて一斉に降り注ぐ。
「……ご、ごめんなさい……ごめんなさい、アヤノさん……わたしの、わ、わたしが、バカなせいで……っ……!」
先ほどまでは底抜けの明るさを見せていたのが信じられないほど、絶望に打ちひしがれてぽろぽろと桜色の瞳から涙を零しながら、ユーナは嗚咽混じりの謝罪をアヤノに向けて繰り返す。
そうだ。全ては自分がバカで、無知で、どうしようもないから、こんな。
ごめんなさい、と繰り返すユーナに対して、アヤノはただ沈黙を保っていた。
きっと怒っているのだろう。だって自分はバカだから、自分がバカなばっかりに、アヤノさんを巻き込んでしまったから──
操縦桿から手を離して、ユーナが嗚咽に喘いでいたその時だった。
「言ったでしょう、ユーナ」
「ぐすっ……ふえ……っ……!?」
「……これは、便利だって!」
アヤノは吼えると同時に、機体の全身を覆っていたABCマントを脱ぎ捨てると、押し寄せてくる光の奔流を全て明後日の方向へと逸らしていく。
カーンと、ユーナにはアヤノが諦めにただ口をつぐんでいたかのように見えたかもしれない。
だが、アヤノは最初から諦めたつもりなどどこにもなかった。
ただ、その一瞬を、好機を伺っていただけのことだ。
脱ぎ捨てたABCマントは、突撃してきた集団の中心──モヒカンたちの寄り合いの中では副隊長的なポジションに収まっている男、ドライセンを駆る「モッヒー」のメインモニターへと絡みつき、その視界を奪う。
『ヒャハッ!? な、なんだこいつァー!?』
「ABCマントよ、そして、これが私の……!」
その瞬間、確かにユーナはそのガンダムが怒りに燃えるのを見た。
物静かなアヤノに代わってその怒りを、狩られるのはお前たちの側だとばかりに、剣の切っ先を突きつけるかのように、フェイスオープンによって強制排熱を行いながら姿を現したクロスボーンガンダムXPのバックパックから展開されていたのは、果たしてV2ガンダムが備えていたミノフスキー・ドライブから展開される「光の翼」だった。
クロスボーンガンダムXP──クロス・ファントム。
かつて憧れたあの剣士のように、剣だけをその武器にするのではなく、バタフライ・バスターBという剣にも銃にもなる複合兵装を二挺備え、光の翼による機動力と殲滅力を売りにしたそのガンプラは、ずっとアヤノが研ぎ澄ませ続けていた一振りの刃だった。
かつて、憧れを失って登るべき舞台をも失い、憧れの残滓と共に彷徨い続けてきた亡霊は、産声を上げるかのように咆哮を果たす。
そして、両方の銃身をぶつけ合うことで二つに折り畳んだその折り目からビーム刃を発振させたアヤノは、慣れ親しんだ構えを取って、統率を失ったモヒカンたちを、その装甲の隙間──関節部とコックピットを的確に狙った斬撃によって、瞬く間に斬り伏せていく。
『な、なんだ……何が、起こってやがるんだァ……!?』
ようやくABCマントを振り払ったモッヒーと、彼の後ろで指示を待っていた部下たちが見たものは、先行した十五のガンプラが、ザンバーモードに変形したバタフライ・バスターBによって斬り伏せられてテクスチャの塵へと還っていく姿だった。
「さあ……反撃開始といくわよ、ユーナ……!」
かつて夢見た、憧れの舞台に登ることはなかった。
今登らされているのは、望んでもいない地獄の一丁目だ。
それでも──それでも、このクロスボーンガンダムXPは、この瞬間を待ちわびていたのだ。
歓喜に震えるように、そして喜悦が解き放たれたように、放熱のために牙を剥くガンダムの顔が、ユーナの瞳の中で、獰猛な笑顔を浮かべるアヤノと重なり合う。
見えなくともわかる。
この時確かに、反撃の狼煙は打ち上げられたのだった。
アヤノ、キレた──!
【クロスボーンガンダムXP】……アヤノがGPDで使用するべく幼い頃から積み上げたきた技術の結晶として完成させたガンプラ。クロスボーンガンダムX0をベースにしていながらもアンテナはX1、背部のミノフスキードライブはV2ガンダム、そしてアンテナが黄色い以外配色はX3に近いと後期宇宙世紀をごった煮にしたようなガンプラ。