ガンダムビルドダイバーズ ブレイヴガールフラグメント 作:守次 奏
百鬼夜行が慄き止まる。
悪鬼羅刹が裸足で逃げ出す。
ハードコアディメンション・ヴァルガ、北東部都市残骸地帯。
かつて栄華を極めた都市が絶えない争いと年月によって風化した、というフレーバーが設定されている戦いの鉄火場に、巨大なクレーターを穿ちながら降り立ったその男の名前を知らない者はGBNで少数派だ。
「獄炎の、オーガ……」
メグが呟いた言葉からは、普段ロールプレイしている時の軽い調子はどこにもなく、ただ羅刹天の威容に恐れ慄き、そして何よりカグヤのことが心配なあまり、わかりやすいほどに震えていた。
獄炎のオーガ。
フォース「百鬼」を従える男にして、ひたすら「旨い」相手を探し求めて日々バトルに明け暮れている戦闘狂というのが大方の認識であり、それは概ね間違っていないのだが、オーガはがむしゃらに剣を振るい、ただ戦いを求めるだけのウォーモンガーなどでは断じてない。
それを示すが如く、GP-羅刹天のバインダー基部にあるクローアームが展開し、呆然としている暇はないとばかりにカグヤのロードアストレイオルタを狙って襲いかかる。
「くっ……連撃の型、飛天燕輪!」
『よそ見は……してねェようだなァ!』
羅刹天。その名に相応しい暴威を持って、二振りのヒートソード──GNオーガソード弐式を構えたオーガはカグヤを両断すべく、一気に跳躍して得物を振るった。
あれは、受け流せるような攻撃ではない。
一発一発が必殺技に近い威力をもって襲いかかってくるオーガの太刀筋は愚直なほどに真っ直ぐであり、あくまでも力でもって立ち塞がる者を捻じ伏せ、そして「旨い」相手を喰らうという気概に満ち溢れている。
できることならば、傍観しているメグも、アヤノも、ユーナも、カグヤの支援に向かいたかったが、あの戦いに割って入れば必然の死が待っているという漠然とした予感と、そして「俺の獲物には手を出すな」といわんばかりの迸る殺意が、足を竦ませていた。
もしもそんなことなど関係ない、お構いなしだとばかりにオーガへと襲いかかる蛮勇を持っていたとしたならどうなるか。
それは虎の尾を踏み、龍の逆鱗に触れることに等しい。
オーガという男は、とにかく自分の狙った獲物との戦いを楽しみたがる傾向にある。
だからこそ、それを邪魔されれば怒り狂って手がつけられなくなるどころか、気が晴れるまで鏖殺の限りを尽くすだろう。
それを知っているから、修羅の巷であるヴァルガの民も彼には手を出さず、その戦いを蛇に睨まれた蛙の如く見守ることしかできないのだ。
「重撃の型、雲雀剛刃!」
『戦う間に構えを変えるか……少し食い出がねェな』
オーガがカグヤを狙った理由はシンプルだった。
ガットゥーミとの戦いによって「ビルドフラグメンツ」が台風の目となった中で偶然現れて、たまたま目についたのが、その中心となっていたカグヤだったからであり、それ以上でも以下でもない。
戦い方を見るに、食い出がある相手だと思っていたのだが、打ち合いを続ける間に抱く妙な感覚に、オーガは少し首を傾げる。
確かにこのカグヤという女は、強い部類に入るのだろう。
GNオーガソード弐式による攻勢をかけている時は防御の構えによってそれをなんとか受け流し、攻撃の隙を見計らって仕掛けてくる時にはスピードとパワー、二つに特化した構えを使い分けて斬りかかる。
それは理に適った戦術で、技の引き出しが多いということはそれなりに場数を踏んできたという証明にもなる。
だが、どうしてもオーガはそこに一抹の雑味を、旨さを阻害する「何か」が潜んでいることが気に障って仕方がなかったのだ。
旨い相手を喰らうことこそ、そして上等な勝負をすることこそが彼にとっては至上の喜びであり、それを邪魔するような要因は、戦場という食卓の上にあってはならない。
例えば、ずらりと並べられた上等な料理にハチミツをぶち撒ける愚か者がこの世のどこにいるというのか。
いるはずもない。だからこそ、オーガは今囲んでいる食卓の上に乗せられた雑味──カグヤというダイバーが持っている本来の「旨味」と干渉しているそれに、少しばかり興を削がれていた。
だからといって、手を抜いてやるつもりも彼にはない。
『足りねェ……足りねェな! もっとお前の旨さを引き出せ! そして全力でそれをぶつけてみせろ!』
「……ッ、ならば、拙は……!」
GNオーガソード弐式による攻撃を中断したかと思えば、オーガは二振りの得物をバインダー先端に設けられているクローアーム兼サブアームに接続すると、バックパックにマウントされていたGNリボルバーバズーカによって、距離を取ったカグヤを狙い撃つ。
もしもオーガがただの脳筋であったとしたなら、こんな戦法をとるはずがあるだろうか。
依然として一発一発が即死級の威力を持った攻撃を、カグヤは「ビームを斬る」ことでなんとか凌ぎ切ったが、GP-羅刹天が両手を射撃兵装で埋めたのは何も、GNリボルバーバズーカによる一撃での決着を目論んでいたからではない。
ワイヤー接続されたクローアームが保持するGNオーガソード弐式が、居合の型によってビームを斬り払ったカグヤの後隙を狙うが如く、その背後から襲いかかる。
「しまった……ッ!?」
『……喰い足りねェ、俺の見立てが鈍っていたというわけじゃあねェだろうな!』
オーガの心の内を秘める感情は、次第に期待から怒りへと変じていく。
そして単純なブラフに引っかかってしまったカグヤを一秒でも早く処断して、次の旨い獲物との戦いに向かおうと気分が傾きかけていた、その時だった。
「はあああああッ!」
『ははッ……やりやがった、やりやがったなァ!』
だが、ロードアストレイオルタに撃墜判定が下る直前、カグヤは意を決して必殺技であるモビルドール形態への移行を選択しており、なんとかそれを免れて、重撃の型による反攻に転じていたのだ。
油断をしていたのはどっちの方だったのか。
目が曇っていたなどということは断じてない。この女は「旨味」を確かに持っていたのだ!
怒りに支配されたオーガの心の中に、再び喜びが芽生えてくる。
クローアームを呼び戻すまでの一瞬、カグヤはその僅かな隙を突く形でGNリボルバーバズーカを斬り捨てると、そのままコックピットを貫こうと刀を構え直す。
だが、ここでやられるようでは「獄炎のオーガ」という名前は恐れられていない。
今も、ヴァルガという特異な地でありながらもダイバーたちがその動きを止めて、オーガの動向を注視している理由はシンプルだ。
オーガは、何をしでかしてくるかわからない。つまりはその一言に尽きた。
それを示すかのように、展開したバインダーに備えられていたビーム砲を放つと、手元に呼び寄せたGNオーガソード弐式を再び構え直して、今度は純然たる喜びと共にカグヤへとそれを振り下ろす。
『いいぞ、もっとだ! もっと俺に……お前の強さを喰らわせろ!』
「言われずとも! 拙はまだ武の道の半ばなれど、ここで易々と倒れるつもりはありません!」
ヒートアップする剣戟により吹き荒ぶ飄風が、容赦なく周囲のダイバーを巻き込んで尚も過熱していく。
アヤノも密かにカグヤの救援に向かうべく「クジャク」をブラスターモードに戻して構えていたのだが、あの戦いに割って入るタイミングがまるで見えてこない。
現状のオーガと打ち合えているだけでも、カグヤの剣技は相当なものだ。
それでもまだ、オーガのボルテージは最高潮に達していない。
アヤノが戦いを観察していてわかったのは、オーガという男はとにかく戦いの中でギアを上げていくタイプのファイターであるということだった。
無論それは、開始時点でのオーガが弱い、ということではない。
恐るべきは、頂点に近いポジションにいても尚「戦いの中で喰らうごとに強くなっていく」その成長性であり、例え今相手をしているのがカグヤではなくチャンピオン、クジョウ・キョウヤであったとしても、オーガは勝利するつもりでその強さを喰らい、戦いの中で成長していたことだろう。
ギアが入り切ったその時、トップギアに達したその時、どうなるのか、考えはできても想像がつかない、底無しの強さと強さへの渇望。
それこそがオーガをオーガたらしめている要因であり、今カグヤが追い込まれている理由でもあった。
GNリボルバーバズーカを切り裂いたことまではいい。
だが、それによって一段ギアが上がったオーガの太刀筋は、見えていても受け流せるようなものではなく、鍔迫り合いをするごとにモビルドールカグヤの関節がギシギシと悲鳴を上げる。
「ミラージュコロイド、ハイパージャマー起動! カグヤ、これで──」
『食事の邪魔を……するんじゃねェ!!!!!』
カグヤが追い込まれていたことでとうとう痺れを切らしたのか、メグが焦った様子でミラージュコロイドを展開、機体を透明化させた上でハイパージャマーを起動することでオーガの妨害と、そこからの不意打ちを狙って襲い掛かったのだが、それを読んでいたが如く大振りに薙ぎ払われたGNオーガソード弐式の一撃によって、G-フリッパーの胴体は透明化していたにも関わらず真っ二つに斬られ──否、斬られた、などという上等なものではない。
破壊だ。その傷口は荒々しく、切り刻まれたというよりは噛み砕かれたといった方がまだ信じられるような惨状を呈して、メグとG-フリッパーはテクスチャの塵へと還っていく。
「そんな、ミラージュコロイドは展開してたはずなのに……っ!」
『下らねェ……目でばかり追ってるから騙されんだよ』
「くっ……」
それは、メグと戦った時にアヤノがやろうとしていたことの上位互換だといってもよかった。
今は霧がないために条件は大分違うものの、透明化した相手に対する対抗策として、殺気や気配を読んで攻撃を先に置いておく、というのは極めて難しいものの有効な対抗策だ。
そして、メグはミラージュコロイドによる透明化を活用した戦い方を主にしている以上、自力でステルスを見破れるようなアヤノやオーガのような武人は、ある種天敵のような存在とも言えた。
『さあ、興が覚めちまう前に始めようぜ! お前と俺の一騎打ち……その続きをなァ!』
「よくもメグを……拙は今、怒りに打ち震えています……!」
そして、学ばせてもらった全てを活用させてもらう。
言葉こそなくとも、オーガへと宣戦布告を叩きつけるかのように、カグヤは新たな構えを取ると、振るわれようとする必殺の一撃に対抗するべく、地面を菊一文字の先端で擦りながら疾駆する。
『鬼トランザム!』
「紅蓮の型……紅華炎輪!」
『ははッ! まだ食い出が足りねェが……お前は一手間かければより旨くなる! だからなァ……その強さを俺に全て! 喰わせてみせろ!』
火花を散らし、炎を纏った菊一文字を構えたカグヤの構えはオーガのそれとよく似た大上段、剣術の型とは思えないほどに荒々しいそれであった。
そして、赤熱化したGP-羅刹天を迎え討つべく、全出力を集中させ、カグヤは炎を纏った菊一文字を躊躇うことなく大上段から全力で振り下ろす。
「はあああああッ!!!」
──だが。
だが、それでもオーガの「疾さ」には届かない。
そして、オーガの「力」にも届かない。
紅華炎輪という新たな型による一撃を全身で全て受け止めながらも、鬼トランザムによって赤熱化したGP-羅刹天は決して止まることなく、お返しだとばかりに、これこそが本物だとばかりに、二振りの得物を大上段から振り下ろし、とうとう全ての力を使い果たしたモビルドールカグヤの両腕を引き裂き、コックピットを斬り裂き、そして天へと咆哮を上げるかの如く、込めた力を余すことなく叩きつけて、カグヤをテクスチャの塵へと還していく。
「……見事な太刀筋でした、拙は……」
『言葉はいらねェ、もっとだ、もっと食い出があるようになってから俺に挑め! 小腹を満たすには丁度良かったが、喰い足りねえ!』
「……グッドゲームです、オーガさん」
そこに返ってくる言葉はなくても、カグヤは先ほどガットゥーミから教わった挨拶をして、その瞳から一筋の涙を零すと、そのままブロックノイズ状に解けて、セントラル・ロビーへと転送される。
悪逆無道、悪鬼羅刹。そんな言葉ですら足りないヴァルガの民を恐れ慄かせる鬼神は、カグヤという相手を喰らっても尚飢えが満たされないらしく、無秩序に──しかしながら見込みがありそうな相手だけを狙って、鬼トランザムを維持したまま辻斬りの如く暴れ出す。
『さぁ、俺にお前らの強さを喰わせろ! 足りねェ……このままじゃあ腹が満たされねえんだよ!!!』
『に、逃げろ! オーガになんて勝てるはずあるか!』
『も、もうダメだぁ、おしまいだぁ……!』
『逃げるんだよォ! どけ野次馬ども!』
しかし、カグヤとの壮烈な戦いを見て、戦意をすっかり挫かれていたヴァルガ民は彼の乾きに、飢えに付き合うことなどごめんだとばかりに、蜘蛛の子を散らしたかのように戦場から逃げ出していく。
アヤノも、正直なところさっさと逃げるならロビーへの帰還を選ぶならした方が健全だということは、頭の中で理解していた。
ユーナもそれは同じであり、一秒でも早く帰還することがクレバーな選択肢であると、本能の警告に従ってセントラル・ロビーへと逃げ出そうとする。
だが。
だが、本当にそれでいいのか。
「アヤノさん、何してるの!? 逃げようよ!」
ユーナは素直にウィンドウを呼び出して帰還を選ぼうとしていたが、アヤノは逡巡し、操縦桿を握りしめたままコックピットに佇んでいた。
そんな彼女に対して必死でユーナは警告を送るものの、アヤノの頭の中に浮かんでいたのはオーガの暴威でもなく、友人の計画でもなく、兄がこの電子の海へと自分を誘ってくれた言葉と、そして──GPDから逃げ出した自分の姿だった。
逃げることは別に恥じるべきことではない。
勝ち目もないのに立ち向かうことが美徳ではないのとも同じだ。
それに何より、ユーナまでああ言っているのだから、逃げるのが正解であることは頭の中では理解しているが、本当にそれでいいのかと、心が納得してくれない。
「ごめんなさい、ユーナ」
「アヤノさん!?」
「せめて、一太刀……!」
帰還を選択したことでセントラル・ロビーへと解けていくユーナを見送りながら、アヤノは長らく忘れていた闘争本能の赴くままに、撃発した感情のままに「光の翼」を展開すると、その禍威に挑むべく、バタフライ・バスターBを両手に携えて跳躍する。
悲壮の覚悟がそこにあったとしても、底知れない激情に突き動かされていようと、そんな事情は喰らう側であるオーガには関係ない。
誰も彼もが逃げ惑う中で、旨そうではないにしろ、その蛮勇と紙一重の勇気を持って襲い掛かってくるアヤノへと、少しばかりの関心を払いながらも振るわれた「一条二刀流」による太刀筋をGNオーガソード弐式によって受け止めると、荒々しい蹴りでクロスボーンガンダムXPを突き飛ばした。
『俺に挑んでくるか……けどな、旨さが足りねえ!』
「か……はっ……!」
廃ビルに背中から叩きつけられた衝撃のフィードバックに、アヤノは息を詰まらせて、コックピットのコンソールに頭を打ちつける。
あの鬼トランザムと呼ばれる特殊機構は、自分のような一介のダイバーでは手をつけられない──否、オーガという存在に挑みかかることそのものがそうだ。
わかっている。わかっていたはずなのに、身体はまだ諦めを選ぶことなく、一撃で装甲値が大幅に削れたクロスボーンガンダムXPを立ち上がらせて、アヤノは視界の中心にGP-羅刹天を見据え、再び果敢に切り掛かっていく。
「……そう、せめて一太刀! 胸を借りさせてもらうわ、『獄炎のオーガ』!」
『借りたきゃ勝手に借りていけ! 今じゃ酒のつまみにもなりゃしねェが……お前も磨けば旨くなる!』
とはいえ、研ぎ澄まされた一条二刀流の太刀筋には思うところがあったのだろう。
カグヤの時と同じく、そこに少しの期待を込めながら、オーガは全てアヤノの太刀筋を技術ではなくその圧倒的なパワーとフィジカルによって受けきると、慈悲をかけることなくGNオーガソード弐式を振り下ろして、クロスボーンガンダムXPの両腕を、そして頭部の半分を切り裂いていく。
さながら原作における【ミダス】の一撃を食らったがごとく、バラバラになっていくクロスボーンガンダムXPの脱出機構は作動しない。
そして、レッドアラートが鳴り響き、モニターがブロックノイズで埋め尽くされて撃墜判定が降りる前にアヤノが見たものは、このGBNにおける頂点に近い真紅の修羅と、その戦いに呼応するかのように現れた、純白のダブルオークアンタ、その改造機だった。
『よう……待ってたぜ、FOE!』
『……僕もだ。存分に死合おうか、「獄炎のオーガ」……!』
──ああ、遠い。
限界を迎えた機体がブロックノイズに還元されていくのに合わせて、アヤノの躯体もまた解け、セントラル・ロビーへと転送されていく。
それまでの一瞬、一秒の内に見た武を、そしてこのGBNにおける「剣豪」たちの姿を目蓋の裏に焼き付けるかのように、アヤノは静かに瞑目するのだった。
厄災同士は惹かれ合う
Tips:
【獄炎のオーガ(出典:ガンダムビルドダイバーズ)】……フォース「百鬼」を率いるリーダーにして、常に強者との戦いを「食事」と称して求めてやまない戦闘狂。しかし攻撃一辺倒というわけではなく、奇策を弄したり射撃性能も考慮して機体をビルドしているなど、ファイターとしてもビルダーとしてもその腕は一流といっても過言ではない。
【FOE】……フィールズ・オン・エネミーの略称にして、ハードコアディメンション・ヴァルガを根白にしている個人ランキング14位のダイバーである「キョウスケ」を指す言葉。普段は「FOEさん」と呼ばれることが多いが、オーガなのでさんは付けない。