ガンダムビルドダイバーズ ブレイヴガールフラグメント 作:守次 奏
「いやー、散々だったね!」
その調子だとアヤノもあのオーガにボコられた系っしょ。
セントラル・ロビーからフォースネストへと一足先に帰還していたメグは、同じように転送されてから戻ってきたアヤノたちに向けて、けらけらと笑いながらそんなことを言ってのけた。
「ええ、その通りね……」
「もう、だから逃げてって言ったんだよ、アヤノさん!」
「……ごめんなさい、ユーナ」
珍しくユーナの正論にアヤノが説教を受けるという形でこそあったものの、実際どうしてあの場でオーガから逃げなかったのかについては正直なところ、アヤノ自身よくわかっていないところがある。
逃げるのは恥でもなければ、ハードコアディメンション・ヴァルガでの撤退は戦歴に数えられるわけでもない。
ただ、それでも──それでも、立ち向かおうと思ったのは、きっと。
ぷんすこと頬を膨らませて怒り心頭なユーナにかける言葉こそなかったものの、自分がオーガと戦う道を選んだ理由を問われた時、どう答えるかといえばそれはきっと、GPDと向き合ってこなかったことと無関係ではないのだろう。
憧れを失ったから。それだけの理由で燃え尽きて、作り上げてから結局一度も前線に出すことがなかったクロスボーンガンダムXP。
それが、何の因果か今は電子の海で戦えている。
だから、きっとあそこでオーガに背を向けて逃げ出すのはクロスボーンガンダムXPに、きっかけをくれた与一に、そして何よりも、今GBNを続けていられる理由であるユーナに対して失礼な気がしたのだ。
何が失礼なのかはわからないが、激情に突き動かされて突っ走っているなら、理由なんて、説明できなくて当然のことである。
だからこそ、どこかしょぼんとした顔で、穴があったら入りたいとばかりに扇子で顔を覆い隠しながらアヤノは、すっかりお怒りモードなユーナから目を逸らしてしまうのだった。
「ですが、拙にとっては得るものが多い戦いでした。その……わがままに付き合わせてしまったようで、大変申し訳ないのですが」
その傍らで、アヤノたちのやり取りに苦笑しながらも、その発端となったのは自分だからと、カグヤは小さく頭を下げる。
「いいんだよ、カグヤさん! だってわたしたちフォースだもん、やりたいことがあったら皆で付き合うよ!」
「ユーナさん……ありがとうございます。拙も早く、武の頂に……今度こそかの『獄炎のオーガ』とも渡り合えるようになりたいものです」
焦っていては道を見失ってしまうのですが、と自虐的な言葉を付け加えて、カグヤは曖昧に微笑んだ。
得られるものは大きかったが、負けたことは素直に悔しくて、それを割り切れていない、といったところだろう。
それはアヤノも同じであり、いかに相手が有名ランカーであろうが、二つ名を世間に轟かせていようが勝ちは勝ち、負けは負けであり、きっとそういう感情こそが自分の長らく忘れ去っていた落とし物なのだろうと確信する。
戦いたいと嘯きながらも戦いから目を逸らし、逃げ続け。
そんな臆病な自分を振り切りたかったからこそ、ユーナの目の前だったからこそ、あの無謀な賭けに挑んだのかもしれない。
──などとは、ユーナ本人の前ではあまりにも恥ずかしくていえないのだけれど。
心の中に言葉を押しとどめて、アヤノは静かに扇子を閉じる。
「まあでもいい感じの動画になりそうだし、アタシもオッケーかな! 後付けで実況付け足す感じで、オーガに会ったのもいい感じのハプニングに仕立て上げなきゃ!」
転んでもただでは起きない辺りが、メグのG-Tuberとしての気概なのだろう。
早速とばかりにハロカメラで記録していた映像をコンテンツ内でできる機能を使って編集し始めたメグを横目に、アヤノはコンソールを確認すると、そろそろ門限──ガンダムベースシーサイドベース店の閉店時間が迫っていることを確認する。
「ごめんなさい、私たちはそろそろ時間だから」
「確かアヤノもユーナもシーサイドベース店からログインしてるんだっけ? そんじゃま、仕方ないよね! また明日!」
「拙も、お二人のこれからが良き一日であることを願っております」
「はいっ、メグさん、カグヤさん! また明日!」
元気な声で、大きく手を振りながらメグとカグヤに挨拶をすると、ユーナはログアウトボタンに指をかけて、現実へと解けていく。
アヤノもそれに続く形で小さく会釈をすると、ログアウトを選択し、ダイブするときとは真逆の、どこまでも上っていくエレベーターに揺られているような感覚と共に、リアルへと帰還していく。
GBNで使っているアバターと、リアルの容姿が大して変わらないとはいえ、「アヤノ」が解けて「綾乃」へと戻っていくこの感覚には、少しだけの寂しさと、まだ不慣れな故の違和を感じる。
ゴーグル型の端末を取り外した綾乃は、クロスボーンガンダムXPを回収して、鞄の中に入れているタッパーへと丁寧に梱包すると、先ほどまで愛機が乗っていたダイバーギアを必要最低限の教科書と筆箱だけが詰まっている学生鞄へと放り込んだ。
「ふぅ、よいしょ……っと」
優奈の方も片付けが終わったらしく、筐体に据え付けられたゲーミングチェアから車椅子に自らの体重を移動させると、学生鞄を膝の上に置いて、車輪を両手で小さく回す。
「手伝うわ、優奈」
「えへへ、いつもごめんなさい。ありがとう、一条さん」
「……これぐらいはお安い御用よ」
バックサポートから伸びるハンドルを握って、綾乃は優奈が乗っている車椅子を、「蛍の光」が流れ始めた店内から外へと移動させる。
今日はショーケースの中で接客をしているELダイバー、チィは不在らしく、入り口近くのそれは空白のまま、一人寂しくぼつんと佇んでいた。
チィ、といえば先日のナデシコスプリントにも同名のダイバーが出場していたとアヤノは記憶しているが、流石にガンダムベースで会った時とは性格が違いすぎるため、恐らく他人の空似かダイバールックを寄せているなりきりの一人なのだろうと脳内でそう結論づけて、夜の海風が吹き荒ぶ家路を、優奈と共に歩んでいく。
「そういえば一条さん」
「どうしたの、優奈?」
「……あの時、どうしてオーガさんから逃げなかったの?」
あまりにも直球の質問に、心の準備ができていなかった綾乃はむせ返りそうになってしまう。
まさかリアルでまで引きずられるようなことだったのだろうか、と一瞬考え込むが、よくよく考えれば綾乃があの時取った行動は、優奈の言葉に真っ向から反していたものだ。
だからこそ、優奈は今、少しだけ不安に目を潤ませているのだろう。
まるで浮気がバレた時のような──綾乃には付き合った経験すらないのだが──気まずさを抱きながらも、しっかりと綾乃は振り向く優奈の視線を見据えて、ぽつりと溢す。
「……あそこで逃げたら、優奈に失礼だと……ううん、ちょっとだけ、格好つけたかったのかもしれかいわね」
「格好……?」
「……そう。貴女の前では……強い一条綾乃でありたかった。だって、貴女がいてくれたから、私はGBNを続けている……自分でも上手くはいえないのだけれど、そういうことだ、って思うのよ」
無論そこに綾乃自身が抱えている事情が絡んでいないわけではない。
GPDのこと、そして与一の言葉。ただしそれは別に語らなくてもいいし、語ったところで面白くもないことだと判断して、綾乃は一番重要な理由だけを抜き出して優奈へと釈明した。
優奈も、それだけが理由ではないことを薄々察してこそいたものの、ただ自分が嫌われた訳ではない、ということにそっと胸を撫で下ろす。
「良かったぁ、わたし、一条さんに嫌われちゃったのかなって……」
「そんなこと、ないわ。私が優奈を嫌うなんて」
「……えへへ、ありがとうございます。でも、わたし、こんなだから」
明るく微笑もうとしたけれど、失敗した。
そうとでも言いたげに、街灯が照らし出す優奈の顔は微かに歪んでいて、そこにはきっと、綾乃が想像するよりも遥かに大きな断絶が横たわっている。
それでも、いつか──いつか、本当に届いてくれればいい、と、綾乃はそう願う。
多分きっと、優奈も同じことを考えていたのだろうか。
わからないし、知ろうにも易々と踏み入っていいような場所にないところに真実が身を横たえている感覚はあまりにももどかしくて、むず痒くて、心の奥底を掻き毟ってしまいたくなる。
だからといって、このまま辛気臭い調子のまま家路につくのも気が引けた。
頭をフル回転させて、何か話題はないものかと綾乃は一人静かに考え込む。
昨日のこと。今日のこと、そして、明日のこと。
少しずつ、フィルムを再生するように頭の中をよぎっていく時間の中から、どれか一つを切り取って話題に挙げようとする作業はどことなくメグがいつもやっている動画の編集によく似ていた。
きっとメグは、動画を通じて見えない相手と対話しようとしているのかもしれない。
そんなことを考えるのは、センチメンタルが過ぎるだろうか。
少し自虐的に笑うと、綾乃は一つ、決め込んだ話題を取り出して、優奈へとそっと見せつけるように薄く形の良い唇から言葉を紡ぎ出す。
「そういえば優奈、明後日は英語の小テストだけど大丈夫?」
ぴしり、と、何かヒビが入るような音が聞こえた気がした。
小テスト。それは高校生が避けては通れない恒例行事であり、内申点にも響いてくるとはわかっていても忌み嫌われるもので、それは優奈にとっても例外ではなかった。
「……あ、あはは……大丈夫、大丈夫……だいじょばない、かも……」
「……貴女、まさか……」
「うん……勉強、ほとんどしてなくて……」
綾乃が所属しているA組と、優奈が所属しているB組では担任の都合上、時間割が異なるものの、小テストに出される問題は範囲が同じなこともあって、完全とはいわずとも傾向的に被るところは多い。
普段から予習復習を徹底していれば解ける、というのが英語教師の謳い文句だったし、事実として小テストの問題はあまり厳しくないように設定されているものの、それでもノー勉で解けるほど優しくはない。
もう予習を終わらせています、という層ならば勉強しなくても解けるのだろうが、優奈の場合は締め切りギリギリまでサボるタイプなため、その見込みすらない状態だった。
「えへへ、どうしよう」
「笑ってもどうにもならないわよ」
「一条さんが冷たい!」
そんな漫才じみたやり取りを繰り広げながら、綾乃は目頭を抑えつつ解決案を考える。
優奈の家庭事情は知らないものの、赤点を取り続けていればGBNを禁止される可能性は否定できない。
ならばここから、現時点までノー勉な優奈が赤点を回避するにはどうすればいいのか。
考えた末に綾乃が導き出した結論はシンプルなものだった。
「優奈」
「は、はい……」
「貴女さえ良ければ、明日私の家に来ない?」
「家……? 一条さんの?」
「そう。いわゆる勉強会よ」
一夜漬け、までいくとかえって作業効率は落ちるし、何より優奈の家庭事情を綾乃が知らない都合上、粘れたところでガンダムベース閉店時間と同じ時間帯までだろうが、とにかくヤマを張ってそこに注力すれば、小テストぐらいなら運頼みとはいえ突破できる。
これが定期試験とかなら絶望しかなかったが、幸い単元の確認程度であれば淡々と済ませることも可能である。
そんな風情に綾乃は優奈へと提案したのだが、優奈の表情は暗く、ぱっとしないものだった。
「……え、えっと……気持ちはすっごく嬉しいんだけど、その……わたし、こんなだから……」
「……自慢みたいに聞こえたら悪いけれど、私の家はある程度大きいから、貴女も入れるわ」
「……一条さん……」
やはり、車椅子を使わなければいけないというのは優奈にとって、大きなコンプレックスだったようだ。
それについてはどうこうできる話ではないにしても、少なくとも優奈を迎え入れる準備ができるだけのスペースが綾乃の家には用意されている。
だからこそ、その心配を拭い去るかのように、そっと綾乃は微笑みかけると、優奈の手を取って、諦めるなとばかりに激励を送った。
「……えへへ、ありがとうございますっ。それじゃあ……門限までだけど、よろしくお願いします、一条さん」
「ええ、承ったわ。必ず貴女を小テストに合格させてみせる」
契約を交わすかのように差し伸べられた手を取って、優奈は綾乃の提案に乗ることを決めた。
正直なところ、気が進まないというのは事実に違いない。
綾乃の家に迷惑をかけるかもしれないし、彼女が自分について好意的に見てくれているとしても、十中八九いるのであろう綾乃の家族までがそうであるとは限らない。
世界中の人から嫌われている──そんな根拠のない妄想に囚われかかっている自分を引っ張り上げるように、優奈はぴしゃり、と自分の頬を叩いて気合を入れ直す。
そうだ。いつだって元気が取り柄なのが、元気だけが取り柄なのが自分なのだ。
そんな自分を気遣ってくれた綾乃を落ち込ませていてはしょうがない。
だからこそ、にこりと笑って、優奈は初めての勉強会と、そして難敵である小テストに臨むことを決め込むのだった。
◇◆◇
翌日。放課後を告げる鐘が鳴り響くのと同時に、綾乃はA組の教室を出て、優奈を迎えにいくためにB組の教室、その扉を開いていた。
いつもの昼休みは優奈の方から教室を出て、廊下で待ち合わせをしていたものの、今回は綾乃の方から迎えに来たということもあって、見慣れない人影の存在に、放課後の気怠い空気が漂っていたB組の教室がにわかにざわめき出す。
「誰だ、あれ……?」
「うわ、すげー美人……」
「春日の席? あいつに何か用でもあんのかな」
今日発売された雑誌を読み耽りながら雑談に花を咲かせていた男子三人組が、突然の襲来にざわざわと落ち着かない様子で綾乃へと、そして専用の机に車椅子をつけていた優奈へと視線を送り、小声で何かを語り出すが、綾乃はその一切合切を聞かなかったことにして、優奈の車椅子、そのブレーキを解除して、バックサポートから伸びるハンドルへと手をかける。
「待たせてしまったわね、優奈。ホームルームが長引いてしまって」
「ううん、こっちも今終わったばっかりだから大丈夫だよ!」
そんな他愛もない言葉を交わし、綾乃と優奈はにわかにざわめき立つB組の教室から早々におさらばを決め込んだ。
それがネガティブなものではなく、純粋な驚きや好奇心から来るものだとはわかっているとはいえ、話題の槍玉に上がるというのはあまり慣れたものではなかったためだった。
こういう時、メグであれば上手いこと躱したりできるんだろうな、と、考えながら綾乃は小さく溜息をついて、今日はガンダムベースではなく、同伴者込みでの家路に着く。
「優奈、昨日は勉強した?」
「うん! 全然わかんなかったけど……」
「ならいいわ、小テストなら範囲が決まってるから、その確認をするだけでも大丈夫よ」
正直なところ、何が何やらでちんぷんかんぷんだったのにもかかわらず、優しい言葉をかけてくれる綾乃には頭が上がらなかったが、これかもっと頭が上がらなくなるのだから申し訳がない。
──それでも。
それでも、誰かの家に遊びに行くという久しぶりの経験に、優奈の心臓はとくん、とくんとにわかに早鐘を打つ。ほんのり桃色なリップグロスはちゃんと塗った。爪も切り揃えて磨いている。
そして、優奈は手鏡で覗き込んだ自分の顔に変なところがないか、久しぶりにして、初めての勉強会を前に、しきりに確かめるのだった。
たのしいおべんきょうかいへ