ガンダムビルドダイバーズ ブレイヴガールフラグメント 作:守次 奏
「いやー、試合見てたけど惜しかったね、アヤノ、ユーナちゃん!」
灼熱ビーチフラッグに敗退したことで、観客席に移動していたメグは、あらかじめリザーブしておいた席にアヤノとユーナを呼び出すと、二人をぎゅっと包み込むように抱き締めながらそう言った。
惜しかった、というどころか、むしろ完敗に近かったのだが、それでも健闘したことには違いないと、そういう意味でメグは惜しかった、と、二人をそう評したのだろう。
「えへへ、ありがとうございますっ、メグさん!」
「ええ、そう言ってくれると嬉しいわ」
誰が呼んだのか、GBNにおける個人ランキング──ワールドランキングが三桁以上に突入したダイバーを指して、人はそれぞれ「三桁の英傑」、「二桁の魔物」、「一桁の現人神」と、そう評する。
その中でもアヤノたちが戦ったのは「英傑」に当たるアイカとエリィだったのだが、実際のバトルではないにしてもそのガンプラの完成度の高さや連携の質、操作技術共に全てが高い水準にあると感じさせるほど彼女たちの実力は凄まじく、正直に言ってしまえば戦いが終わった今でもわなわなと震えているぐらいだ。
だが同時に、アヤノはそこに一つの「高み」を、カグヤのように言い換えるのなら「武」を見たような、そんな気がしていた。
「……負けてしまったけど、得られるものは多かったわ」
自分とクロスボーンガンダムXPも、いつかはあの領域まで羽ばたくことができるのだろうか。否、羽ばたいてみたい。
そう思わせるほどにあの「妖精の女王」が渚を戦場に舞う姿は美しく、戦場全体を俯瞰して、全ての状況を己の手の内で転がす「掌握の白兎」の手管には舌を巻いた。
だからこそ、敗北であったとしてもそれは次に活きるものだと、アヤノはそう確信していたのである。
だが、ユーナの方はそんな再起に燃えるアヤノとは対照的に、一瞬だけその表情に影を落とすと、どこか彼女を羨むように、曖昧な笑みを浮かべて、観客席に腰掛けていた。
「あっはは、なんだかカグヤみたいなこと言ってるね、アヤノ」
「……そうね、カグヤにも……いえ、『ビルドフラグメンツ』の皆と会えたからこそかもしれないわ」
一人ぼっちのままならきっと、憧れを燻らせることしかできなかった自分はどこかで諦めていたのだと、心の底からそう思う。
アヤノにとってのGBNは、あくまでも与一への義理立てから始まったものでしかないからだった。
そんな理由でふらふらと、泡沫のように電子の海を漂っていればいつかのようにまた、燻っている熱の残滓さえ消え去って、今度こそガンプラにすら触らなくなってしまったのではないかと考えると、ぞくりと背筋に悪寒が伝うのを感じる。
それでも、こうしてGBNの世界でアヤノが曲がりなりにも前を向けているのは、出会いがあったからだ。
始まりは、どこまでもお人好しでアホの子なユーナを義侠心から助けたこと。
実況のカザミと、解説のチィが「灼熱ビーチフラッグ」決勝戦の開始を告げると同時にアヤノは、その舞台に立つカグヤを、ロードアストレイオルタと、仮面の下に押し込められているモビルドールカグヤを一瞥し、その姿を焼き付けるように静かにそっと目を伏せる。
そして、ユーナに導かれるままにGBNを歩き続けて、「月下の辻斬り」と呼ばれていた時代のカグヤと出会った。
目蓋を持ち上げれば、そこにはビーチを駆け出すカグヤと、「灼熱ビーチフラッグ」の決勝戦常連であるダイバー「ミスミ」が、渚を舞台にシノギを削る戦いを繰り広げる姿がある。
カグヤは確かに強い。今の段階でも十分すぎるほどに。
だが、彼女は上を目指して、飽くなき「武」の道を歩み続けている。
その姿は、きっとメグに言われた通り、自分に少なからずいい影響をもたらしているのだろう。
アヤノが想いにふける間にも、カグヤは歯を食いしばり、そして標的である、浜辺に突き立てられたフラッグを目指して駆け抜けていく。
『速い、圧倒的に速いぜカグヤ選手! ミスミ選手も負けてないが、この差を埋めるのは難しい!』
『こいつぁヤバいねぃ……カグヤのねーちゃんのフィジカルは圧倒的、トランザムも一瞬の隙をついてぶっちぎったのは伊達じゃねーってね』
『さあ、迫る! 迫るぜ、カグヤ選手とロードアストレイオルタ、今ミスミ選手に大きく差をつける形で、フラッグを勝ち取った!』
そして見事にフラッグを勝ち取り、客席の歓声に応えるように、控えめながらもカグヤは小さく手を振ってみせる。
だが、彼女が見つめているのはきっとヒートアップする観衆ではなく、万雷の拍手と喝采に応えているのでもなく、ただ一人、自分の勝利をまるで我がことのようにはしゃぎながら祝ってくれているメグだけなのだろう。
そうだ。
誰かのために全力になれるという意味では、メグもまた見習うべき存在に違いはない。
出会いの時こそ、カグヤのフォース加入を賭けてぶつかり合ったものの、それだってメグが彼女のことを純粋に思っているからで、負ければ素直に身を引くつもりだったのも、普段はどこか砕けた調子でいるものの、変なところでは生真面目なメグらしいと、アヤノは一人苦笑する。
自分はきっと、出会いに恵まれていた。
アヤノは一人、その事実を噛みしめるかのように目を伏せて、カグヤへと拍手を送りながらも、これまで歩んできた足跡を振り返る。
それは「ビルドフラグメンツ」の面々に出会えたことだけではない。
マギーやチャンピオンに出会ったことで、GBNに根差す人の善性をまだ信じることができた。
レイドバトルに参加したことで、仲間と協力することの重要さを、背中を預けられる仲間がいるという頼もしさを、「アナザーテイルズ」から教えてもらった。
そして迎えたシャフランダム・ミッションでは、ニチカという、カグヤが超えるべき壁と刃を交え、「ビルドフラグメンツ」になってからはCAAとの初陣を勝利で飾り、そして。
再び訪れたハードコアディメンション・ヴァルガで、アヤノはそこにカグヤと同じ「武」を、その極致である「獄炎のオーガ」と刃を交え、己がまだまだ未熟であると教えられた。
そして今日だって、あの妖精の女王、「リビルドガールズのアイカ」と「リビルドガールズのエリィ」というGBNでも指折りの仲良しコンビにして実力者と刃を交えたことで、己の憧れを、燻り続けていたその心を確かめることができたのだ。
優勝者に向けて賞金の10万BCと副賞の金の浮き輪が与えられる閉会式を、そこに立つカグヤの勇姿を目に焼き付けながら、アヤノは改めて、今まで歩んできた道を振り返る。
決して平坦な道ではなく、そして今もまだ道の途中であることには違いないけれど、そんなことを考えてしまうのは、きっと。
隣を見れば、メグと抱き合って、まるで自分のことのようにカグヤの勝利を祝っているユーナの姿が目に映る。
本当に、ユーナらしい。
そう苦笑するアヤノのこともきっと目に入っていないのだろう。
きらきらと瞳を輝かせながら盛大な拍手を送る親友に合わせて、そして自分の心にも沸き起こる確かな喜びに身を委ねて、アヤノもまた盛大な拍手で、慣れないインタビューに答えているカグヤを祝った。
「いやー、良かった良かった! カグヤも立派になっちゃって……」
「ダメですよ、メグさん! 嬉しい時は笑うんです、泣くんじゃなくて!」
「あっはは、ウケる。それもそだね、ユーナちゃん」
感極まって目頭を抑えるメグは、本当にカグヤのことをまるで自分の妹か、そうでなければ娘のように気遣っているのだろう。
その辺りの経緯をアヤノは全く知らないものの、二人がそれほど硬い絆で結ばれているということぐらい、見ていればわかる。
『ありがとうございます。こうして拙のような者がこの舞台に立てたのも……全てはメグと、「ビルドフラグメンツ」の皆様のおかげです。だからこそ、この勝利は彼女たちにこそ捧げるものです』
チィからのインタビューをそう締め括って、カグヤは観客席に向けて、そこにいるメグたちに向けて折り目正しく腰を折って静かに頭を下げた。
こうして、渚に一つの新星が生まれたことを祝うかのように、そしてこの熱狂が去っていくのをどこか惜しみながらも、別れの挨拶を送るかのように、観客たちはより一層大きな声を張り上げて、カグヤの勝利を称え続ける。
そして、アヤノたちもまたその一部となって、新たな渚の女王の誕生に、何よりも大事なフォースメンバーの勝利に、惜しみない拍手と喝采を送り続けるのだった。
◇◆◇
後夜祭として開催される花火大会を前に、「グラン・サマー・フェスティバル」は夏祭りとしてその装いを大きく改めたといっていい。
射的屋にくじ引き、型抜きといった夏祭り定番のそれが立ち並び、午前中は出店されていなかったチョコバナナや綿飴の屋台などもGHCの旗のもとに続々と軒を連ねて、そこかしこから美味しそうな香りが漂ってくるのは、一つの暴力といっていいほどだ。
昼間にあれだけ食べたのにもかかわらず、それでもパラメータとして設定された空腹を感じて、アヤノはたまらず焼き鳥の屋台からめぼしいものを数本見繕って注文する。
砂肝、ぼんじり。
華の女子高生が頼むにしては随分と年季が入ったように感じるメニューだが、酒豪の父がよく酒のアテとして大量に焼き鳥を持って帰ってくることが多かったため、そのまま好みが子供である与一とアヤノにも移ったという、それだけの話だ。
「アヤノさんは焼き鳥買ったんだ!」
「そういうユーナは……なんというか、重武装ね」
ぱたぱたと、目当ての買い物を終えて反対側から駆け寄ってきたユーナは左手には三つほどの水ヨーヨーをぶら下げて、そして右手には綿飴とチョコバナナを器用に指先で挟んで持ち運ぶという器用な芸当をやってのけていた。
「えへへ、だってお祭りだもん! せっかくだから楽しまないと!」
「……そうね、それは私も同意するわ」
時刻が夕方から夜へと移り変わったことで、水着姿のダイバーは少なく、代わりに浴衣へと装いを改めた彼らが、忙しなく露店エリアを歩き回っている姿が目につくが、例に漏れずアヤノたちもまた、水着から浴衣にその装いを改めていた。
アヤノは藤色を基調とした、落ち着いた印象のある浴衣に。
そしてユーナは、やはり桃色を基調とし、白とのグラデーションが可愛らしさを引き立てている浴衣姿に。
率直な感想ではあるが、背格好も合わせて、その浴衣はユーナによく似合っていると、アヤノはそう思った。
「浴衣、似合っているわよ」
「本当? えへへ、嬉しいなっ! でもでも、アヤノさんも和装美人って感じですっごく似合ってるよ!」
「……ありがとう、なんだか複雑だけど」
和服や浴衣の類は、どちらかというとボディラインが平坦な方が似合うのだという話を思い出して、アヤノは少しだけ複雑な気持ちを抱くも、ユーナからの素直な称賛に少しだけ頬を赤らめて、ばさりと懐から取り出した扇子を広げて顔を隠す。
夏祭りの部、後夜祭は、花火の時までそれぞれが好き勝手に巡ろう、というのはメグの提案だったが、アヤノ一人ではこれといって行きたいところが思い当たらなかったのもあって、結局午前中と同じように、同じような理由でカグヤはメグと、そしてアヤノはユーナと、夏祭りを回ることになったのである。
もっしゃもっしゃと音が聞こえてきそうな勢いでユーナが巨大な綿飴やチョコバナナを平らげていくのを横目に見ながら、ここが現実ではなくGBNで良かったな、と、そんなことをアヤノは思って苦笑した。
味は大雑把とはいえ現実に近く再現されてるものの、あくまでもGBNにおける食べ物はアイテムでしかない。
消費するのもモーションを取っているからで、中身まで作り込まれているものの、基本的には口元に運んだ瞬間、食感の擬似フィードバックと共に解けて消える。
要するにどういうことかというと、口元が汚れなくて済むということだ。
アヤノは現実であればきっと大惨事になっていたのであろうユーナの様子を見ながら静かに苦笑して、扇子を懐にしまうと、髪をかきあげながら焼き鳥を口元へと運んでいく。
砂肝の独特なこりこりとした食感や、塩胡椒のワイルドに風味を引き立てる味わいまでよく再現されていて、これで現実のお腹が膨れることはないとわかっていても、なんだか満足してしまいそうだとアヤノは錯覚する。
「そろそろ花火大会の時間が近いわね、フレンドワープで合流するかしら」
「もうそんな時間なんだ! あわわ、夢中になりすぎちゃったかなあ」
「大丈夫よ、まだ少しだけど余裕はあるから……ユーナは何かやりたいこと、あるの?」
メグからのメッセージを受信した旨をコンソールが短い電子音と共に告げると、アヤノはフレンドワープのボタンに指をかけようとしたが、何かやり残したことがありそうな雰囲気を察して、ユーナにそう問いかける。
「……ううん、大丈夫! 皆で花火見ることの方が楽しみだから!」
「そう、ならいいんだけれど……」
射的や型抜き、くじ引きの類はアヤノもやっていなかったため、少しだけ後ろ髪を引かれる思いを感じながらも、ユーナと自分を対象にして、一足先に会場へと向かって場所取りをしていたメグの元へと合流する。
後悔がないかと聞かれて首を縦に振れば、それは嘘になってしまうのかもしれないが、少なくとも「グラン・サマー・フェスティバル」は来年も開催されるのだ。
今年楽しみきれなかったことでも、次があると考えればいいだけの話だろう。
まあ、来年のことを今から考えていれば、それこそ鬼が笑うというものなのだろうが──脳裏に、赤鬼ではなく呵々大笑を浮かべる「獄炎のオーガ」の姿を浮かべて苦笑しながら、アヤノたちの躯体はブロックノイズ状に解けて、メグたちの元へと転送されていく。
「おっ、来た。おっつー、アヤノ、ユーナ」
「お疲れ様ですっ、メグさん、カグヤさん!」
楽しめましたか、と、ユーナが続けた言葉に、メグはもち、と答えると、その隣で控えめに佇んでいるカグヤも首を縦に振ってその問いを肯定する。
「夏祭り……拙は初めての経験ですから、少しばかりはしゃぎすぎてしまったかもしれません」
くじ引きの外れ商品である苺飴を舐め溶かしながら、カグヤは頬を赤らめて小さくはにかんだ。
あの手の屋台は当たりが設けられていないことの方が多いとは、リアルにおける噂だったが、少なくともここGBNにおいて「GHC」は身銭を切って大当たりであるパーツデータを用意している、と、検証G-Tuberの動画で判明しているようだった。
パーツデータ。
不意に脳裏からこぼれ落ちてきたその単語に、そろそろ自分も──そう、アヤノが思考の沼に沈みかけていたのを遮るように、右手を握られる感触と温度が伝わってくる。
「アヤノさん、ほら、花火だよ、花火!」
「……ごめんなさい、ユーナ。ぼーっとしていたわ」
見ないと損だよ、とばかりに促すユーナに促されるままに架空の空を見上げれば、そこには様々な形に輝く光の華が咲き乱れている。
スタンダードな打ち上げ花火から、ガンダムの顔や、果てはベアッガイⅢを象ったものまで、艶やかに打ち上げられた光の粒が、星々に負けまいと夜空を彩っては弾けて消えていく。
きっと一人なら、何も思うことはなかったのだろう。
ここが例えGBNではなく、リアルだったとしても。
隣で無意識にではあるものの、自分の手を握っていたことに気付いて顔を赤らめるユーナを一瞥し、アヤノは苦笑と共にそんなことを茫洋と考える。
「……ねえ、ユーナ」
「わわっ、ごめんなさい! わたし、アヤノさんの手、握っちゃってて……」
「ううん。いいのよ。むしろ……もっと握っていて。だって、その──」
続く言葉をかき消すように、光に遅れて打ち上がった轟音が仮想の夜空に響き渡る。
それでもアヤノは流されまいと、かき消されまいと、声を張り上げて、ずっと伝えたかったその言葉を唇から紡ぎ出す。
「ユーナがいてくれたから、私は夏祭りを、この世界を──GBNを、楽しむことができたのだから」
だから、ありがとう。
ずっと言いたくても言えなかった言葉を、浮かれた夏の空気に当てられたせいにして、少しだけの勇気と共に舌先から送り出す。
喉元で引っかかることもなく、形になったその言葉は確実にユーナの胸を捉えて、そして、交錯する視線が熱を帯びていく。
「……え、えへへ……ありがとうございますっ……なんでだろう、すっごく……すっごく嬉しいのに、わたし、泣いて……」
だが、ユーナの瞳からこぼれ落ちたものは涙だった。
その理由をアヤノが知ることはない。ただ感極まって、自然にこぼれ落ちていただけの話なのかもしれないし、何か心の奥底に根ざしているものへと、無意識に触れてしまったからかもしれない。
ごしごしと、浮かんでくる涙を拭いながら、ユーナは満面にいつもの太陽のような笑みを浮かべて、促されるままにアヤノの右手をぎゅっと握り締め、喜びと、少しの悲しみが混じった声で言い放つ。
「ありがとうございますっ、アヤノさん……わたしも、アヤノさんと一緒にGBNできて、よかったですっ!」
そんなユーナの涙に彩られた笑顔を、花火の明かりが朧に照らし出す。
熱を帯びた幻想的な美しさと、夏に包まれて、どこか壊れてしまいそうなユーナを、アヤノはもう大丈夫だとばかりにそっと抱きしめる。
涙の理由を知らなくとも──共に寄り添うことぐらいは、できるのだから。
この電子の海で、ただ小さく。小さくとも確かに、その存在を確かめ合うかのように、その熱に溺れるかのように、花火が上がっているのも忘れて、ユーナとアヤノはずっと、抱き合い続けるのだった。
ほんのりしっとり、夏祭り