ガンダムビルドダイバーズ ブレイヴガールフラグメント 作:守次 奏
どうにもこのGBNというのは、操縦桿型のコントローラを採用していながらもある程度の思考アシストによって動きを補助してくれるタイプのゲームらしい。
モヒー・カーンが率いる世紀末なガンプラ軍団のうち、瞬く間に十五という数を蹴散らしたアヤノは油断することなく、ザンバーモードに変形させたバタフライ・バスターBを、実家の道場でそうしていたように幼い頃から手解きを受けてきた剣術の型を体現するように構え直す。
アヤノは武道とクソゲーの経験こそあっても、GBNにおいては後ろでさっきまで元気を振りまいていたのが別人のように怯えているユーナと同様の素人であることに違いはない。
それでも、十五という決して少なくない数を屠ることができたのは、奇襲の優位性と、そして相手の慢心を何よりもアヤノが理解していたからだ。
まずサブリーダーを務めているモッヒーの視界を奪って後続への命令を絶って、我先にと連携をとることもなく先行してきた血気盛んな連中をなます斬りにする。
そこまではアヤノの想定通りであり、何も問題はないのだが、問題があるとすればここから先になるだろう。
『てめェ、このアマ……よくもやってくれやがったなァ!』
「……」
『リーダー! こいつを殺っちまいてェんですが、構いませんね!』
『おうともよ、元GPD勢ってとこか? とはいえ所詮はお嬢ちゃんだ、油断すんじゃねェぞ!』
モッヒーはまだ屈辱から怒りが治らない様子だが、背後に控えているカーンは戦況を俯瞰していたこともあって流石に冷静だ。
やっている行為は初心者狩りと最低なことずくめだとしても、このハードコアディメンション・ヴァルガにおいて一日の長があるのは、このディメンションが無法地帯である所以とそのメリットとデメリットを知り尽くしているのはカーンたちだということに間違いはない。
カーンたちのビルド構築は、基本的に火力と生存性に特化したもので、全身から生えているスパイクは趣味だとしても、リベットの類は増加装甲を固定した設定のために打ち込まれたものだ。
ベース機に第一次ネオ・ジオン戦争期のアクシズ側勢力の機体を選んでいることも含め、それはこのハードコアディメンション・ヴァルガという場所を生き抜くにあたっての一つの回答例だといえる。
本人はカーンたちと混同されたことを知れば怒り狂うのだろうが、かつて「リビルドガールズ」のアキノがこのヴァルガにおいて「初心者狩り狩り」を行っていた時から使用している【ミネルヴァガンダム】も、基本的には装甲やフィールドの類で攻撃を耐えて相手の隙を誘い出すタンク構築であるように、この場所での長時間活動を見据えるのならば、よほどの上級者でなければその構築は回避盾か正統派盾かの違いはあれどタンクに収斂されるといってもいい。
つまり、アヤノが十五の重装甲機を屠れたのは奇襲が極めて優位に働いたからであって、真正面から打ち合うとなれば分が悪いということでもある。
「あ、ああ……っ、アヤノさん、わたし……っ……」
「大丈夫よ、ユーナ。私が……なんとか切り抜けてみせる」
正直なところ、アヤノからすればそこまでユーナに加担してやる義理はないし、このGBNにおいてのデスペナルティは基本的に、損傷度合いに応じて機体の再出撃まで時間を必要とするぐらいであり、それはアイテムロストなどを含めた各種VRMMOと比べれば極めて緩いものだ。
だが──どういうわけか、ぽろぽろと涙をこぼしているこの桜色娘を見ていると、何がなんでもこのモヒカン共を蹴散らして、あのミノタウロスを焼肉の刑に処さねばならないという気概が湧いてくる。
それがどういう感情であるのか、アヤノはまだその名前を知らない。
だが、名前は知らなくとも情動は身体を突き動かすエネルギーとなって、アヤノを疾駆させていた。
『速いぞォ!?』
『バッキャロー、光の翼ってのは……』
「遅い……っ!」
そして奇襲の優位性という手札をアヤノが切ってしまった今、残されているアドバンテージは、クロスボーンガンダムXPが有する「光の翼」による機動力だけだといってもいいだろう。
音を置き去りにするかのような勢いで振り抜かれたザンバーモードのバタフライ・バスターBは的確に、重装甲を売りにしているモヒカンカスタムの関節部という、唯一補強が行き届いていない部分を切り刻み、そのバランスを失った側からアヤノはコックピットへとそのビーム刃を突き立てていく。
一条二刀流。幼い頃はひたすらあの異国のサムライと渡り合うために磨いてきた技術であったが、こんな場所で役立つことになるとは、人生何があるかわかったものではない。
クロスボーンガンダムXPの近接火力を警戒してじりじりと、モヒカンたちが距離を取り始めたのを見るなり、アヤノは腰部に仕込まれているギミック──シザー・アンカーの先端にザンバーモードのバタフライ・バスターBを固定すると、今度は一転してそれを鞭のように振るい、薙ぎ払った。
『こ、こいつ……本当に初心者なのかよォ!?』
『GPD勢かもしれないって言ったんだろ! クソ、サ終と一緒に埋もれておけばよかったものを……!』
「……ええ、そのつもりだったわ。なんの因果か墓から引き摺り出されて、こんな場所で戦わされているけれど」
元々アヤノは、憧れを失ったこととGPDの衰退というダブルパンチを受けて、幽鬼のように放課後の時間を持て余していてかつ、未練が邪魔して部活にも身が入らないという不健全極まりない状態だったのだ。
それを、自分の中で眠れる牙を再び呼び起こしてくれたのが機械音痴に定評のある兄の与一と、そして研ぎ澄ませてくれたのがこのハードコアディメンション・ヴァルガという極限環境であったというだけの話である。
強いていうなら、アヤノの運が悪かったように、カーンたちもまた運が悪かった。
長年燻っていた闘志の薪に配られた火は炎となって消えることなく、奇襲の優位性を失って尚、ブランド・マーカーを利用して光の翼をビームマントのように利用するなど、徹底的に後期宇宙世紀における戦い方をリスペクトしたアヤノの戦術の前に、カーンたちは、そしてモッヒーたちはただただ圧倒されている。
だが、ここで黙って初心者に狩られていたのでは、初心者狩りの名が廃るといったところなのだろう。
外道であったとしても、やっていることは極めて悪辣で下らないものだとしても、信念や矜持といった類のものはカーンたちもまた持ち合わせている。
『いけねェ……いけねェなあ、お嬢ちゃんたち……大の大人をキレさせたらよォ、どうなるかぐらい、わかってんだよなァ?』
「大の大人は初心者を囲んで殴るような真似はしないと思う」
『うるせェ! とにかくいいか、いつも通りにやりゃいいんだ! クロスボーンの女は厄介だが、そこで泣いてるピンク色は絶好のカモに違いねェだろ、お前らァ!』
カーンの鶴の一声によって、残存していた十二機のモヒカンカスタムは鬨の声を上げると、ぐるりとアヤノたちを取り囲んで、その輪の中に押し込めて圧殺しようと、じわり、じわりと近づいてくる。
残存している部下をまとめ上げ、カーンは全方位からアヤノたちを囲むことによっての圧殺を試みたようだった。
その機転が効く辺りは流石に場数を踏んでいるということなのだろう。
小さく舌打ちをして、アヤノはなんとかユーナを守ったまま前線を突破できる手段がないかと模索するが──正直なところ、それは絶望的だった。
よく見れば、モヒカンカスタムたちはここに来る前もなんらかの戦闘に巻き込まれたのか、所々が破損しているために、一体一体であればそこを突くことで対処すること自体はなんとか可能かもしれなかったが、それが十二となって、一気に連携を取って襲いかかってこられたのではどうしようもない。
はっきりいって、この状況は詰みだ。
そうでないとしても、限りなくチェック・メイトに近いものだ。
アヤノはこめかみにじわり、と嫌な汗が滲むのを感じながらも、操縦桿を手放すことはせずに、なんとかこの状況を打破する方法がないかと、今も暗中を模索し続けている。
それだというのに、自分は蹲って泣いていてばかりで。
ユーナはごしごしと目を擦ると、すー、はー、と深く呼吸を整えて、きりっと唇を真一文字に引き結んだ。
自分にできることがあるとすれば、それはなんだ。
このアリスバーニングガンダムは、一切の射撃武器を持っていない。
それには様々な事情が絡んでいるのだが、とにかくその恩恵もあって、単純な機動力だけでいえばアヤノのクロスボーンガンダムXPに迫るものがあるといってもいい。
そして、特段武道の心得があるわけではないにしろ、格闘戦特化として調整されているアリスバーニングガンダムの拳には絶大な破壊力が秘められていて、ともすればあのモヒカンカスタムの装甲を、真正面から打ち破れる可能性だって存在している。
ぎぎ、と関節を軋ませながら立ち上がると、ユーナは浮かんでくる涙を拭いながら、アヤノへと通信回線を開いて問いかける。
「アヤノさん!」
「ユーナ?」
「わたし、バカだから……何すればいいか、わかんないんです! で、でも……でも! アヤノさんはわかるんですよね!? わ、わたしに……わたしにすべきことって、わたしがしなきゃいけないことってなんですか!? 教えてください……っ!」
所々に嗚咽が混じりながらも、はっきりと問いを投げかけたユーナの瞳は真剣そのもので、アヤノはその剣幕に少しだけ気圧されながらも、蹲って泣いているだけでは終わらなかった彼女に少し感心する。
本当なら、泣いているだけで終わったとしても責められないような状況だ。
いきなり縁もゆかりもないダイバーたちから狙いの的にされるようなディメンションに放り込まれて、ガラの悪いダイバーたちに囲まれたとあっては、怖くて仕方がないと震えるのも無理はない。
それでも、ユーナは今でも操縦桿を握る手をがたがたと震わせながらも、確かにその勇気でもって、機体を立ち上がらせていた。
「ユーナ」
「ぐすっ……は、はいっ!」
「……私は囮よ。相手の攻撃は引き受ける。その間に……貴女の拳をあのモッヒーという男に叩き込んで。きっと、貴女と貴女のガンプラなら、それができる」
アヤノの舌先から滑り出した言葉は、お世辞でもなんでもない。
ヴァルガでの逃避行をしている間に、ただの徒手空拳でアリスバーニングガンダムが敵のシーカーやアサシンのコックピットをぶち抜いている光景を見届けていたからこそ、一縷の望みに賭けた、いうなればユーナの勇気に勝利への希望を託した決断を下したのだ。
とにかく、今チャンスがあるとするなら、サブリーダーというポジションにありながらも、モッヒーが頭に血を昇らせていることだろう。
その分カーンの方は幾分か冷静だったものの、部下を片付けることができたのであれば、まだ勝ち目はあるかもしれない、というのがアヤノの見立てであった。
武士道をとことんまで侮辱した、あの幕末という名のクソゲーに恨みがないとはいわないが、それでも使えるものは使え、と、相手を殺すためであれば手段を厭っていては三流未満だと教えてくれたのは得難い経験だったといってもいいだろう。
アヤノは腰部のマウントラッチから、本来はアタッチメントとしてバタフライ・バスターBの銃口に接続するための特殊弾を手に取ると、それをカーンの機体に向けて投げつける。
『ヒャア! 何かと思えば破れかぶれか! 活きが悪りい獲物かと思いきや、そんなことは──ッ!?』
「私は珍しく頭に来ている」
士道を掲げてゲームに臨むということそのものが馬鹿馬鹿しい、という考えは多少であってもアヤノにも理解できるところはあった。
幕末の地獄に荒れ狂っていた頃は中学時代だったからその線引きが出来ずに怒りに打ち震えていたものの、高校生ともなれば熱も冷めて、次第に「ああ、そういうものなのか」という諦めが顔を出し始めてくる。
だからこそ、あの焼肉みたいなダイバーネームのミノタウロスに嵌められたことそのものも、そしてそれを疑いもせずに嬉々として死地に乗り込んでいったユーナに思うところがあったとしても、それらは全て忘却の彼方に押し流されていったのだが。
──ユーナは、自分よりもきっと勇気がある。
諦めたくない、という思いが芽生えていたのは、ここから反撃開始だ、なんて柄にもない言葉が舌先から滑り出していたのはきっと、隣に彼女がいてくれたからなのかもしれない──モヒカンカスタムが施されたズサが放つ無数のミサイルを回避して、その上半身と下半身を泣き別れさせると、部下を失って尚悠然と佇むカーンを一瞥し、アヤノは再びその黒曜石の瞳に闘志を滾らせる。
自分が今戦えているのは、GPDへの憧れとそのために積み重ねてきた研鑽があったからだ。
GBNに対する想いなんて、兄への義理以外はないに等しい。
それでも、ユーナは全力で、そして全身全霊でこの世界を楽しもうとしていたからこそ、あのミノタウロスが落ち込んでいるところを見かねてこのミッションを受注したのだろう。
アヤノは、放り投げたアタッチメント弾をカーンの機体にぶつけるのではなく、空中で射抜いていた。
その正体はなんということもない。
ただの目眩し──フラッシュ・グレネードだ。
単純な猫騙し。だからこそ、いつだって誰だって引っかかりやすいそれは、頭に血が上っているモヒカンたちには極めて効果的に作用した。
「今よ、ユーナ!」
「おおおおおっ! 炎……パーンチっ!!!」
カミキバーニングガンダムをベースとしたユーナの愛機は恐れを踏み倒すかのように勇壮な叫びを上げると共に、その拳へと炎を灯して、フラッシュ・グレネードの起爆によって視界を奪われていたモッヒーのドライセン、そのコックピットを正確にぶち抜いていた。
『な、なんだと……なん……だとォ……!?』
「はあ、っ、はあっ……は、あっ……」
「よくやったわ、ユーナ……これで、終わりにする!」
『クソ、目眩しとはこすい真似してくれてんじゃ──』
「初心者狩りに言われたくない!」
そして、視界を奪われていたのはカーンもまた同様だった。
足を止めていたその一瞬を見逃さず、手にしていたバタフライ・バスターBを放り投げると、アヤノは腕部に備えられたビームシールド発生器を展開し、ブランド・マーカーの刃に光の翼を纏わせる。
いうなれば、偽炎パンチといったところだろうか。
ユーナが見せた勇気に応えるように、ミノフスキー・ドライブの余剰出力が織りなす翼を刃として纏ったその拳撃は、確かにカーンのザクⅢ──を原型としたモヒカンカスタムのコックピットを穿ち、貫き通していた。
例え偽物であったとしても、どんなに邪道であったとしても、奴より早く、何より速く敵を貫き通せばそれが勝利への王道となる。
「……天誅!」
要するに天がやれって言ったんだ、だから私は悪くない──そんな、天に座す神様が聞いたら怒り狂うようなジャーゴンでありスラングとしての宣言をアヤノが叫ぶと同時に、カーンの機体は解けて、テクスチャの塵へと帰っていく。
『リーダー!』
『お、お頭ァ!?』
案の定、頭を潰してしまえば残されたモヒカンたちは狼狽するばかりで、行動を起こそうとしない。
それは恐らく、カーンとモッヒーの指示による包囲殲滅以外の戦術を実行してこなかったツケだといってもいい。
光の翼を展開したアヤノのクロスボーンガンダムXPは、ユーナのアリスバーニングガンダムの手を引いて、モヒカンたちが狼狽えている間に乱戦エリアを颯爽と離脱して、一応ミッションの目標地点となっている南部穀倉地帯跡地の一角へと、機体を全力でブーストさせた。
「何も、敵の全滅は勝利条件に入っていないわね」
「……す、すごい……凄いです、アヤノさん! わたしなんか、足引っ張ってばかりで……」
そして、そこに一輪だけ咲いていたヤナギランを採取すると、勝利の余韻に浸るかのように呟いたアヤノに、ユーナはどこか申し訳なさげにもじもじと俯き、指先を合わせながらそんな言葉を口にする。
きっと怒っているかもしれない。
そんな、テストの成績が悪かった時の子供のように不安を抱くユーナに対して、アヤノは怒るでもなく、ただ静かに微笑みかけていた。
「いいえ、ユーナ。貴女がいてくれたからよ」
「えっと、わたし……ですか?」
「ええ、貴女のあの力がなければ、勇気がなければここには辿り着けなかった。なんていうと、ちょっと大げさに聞こえるかもしれないけど……それは本当よ」
諦めることには慣れきっていた。
そしてデスペナルティも軽いのであれば、わざわざ躍起になる必要性だってない。
それでも、アヤノがこのミッションを最後までやり通そうとしたのは傍にユーナという、全力でこのゲームを楽しもうとしているお人好しでアホの子で──だけど、周りに元気を振りまいてくれる存在がいたからに他ならない。
元気のGはなんとやら、と誰かが歌っていたように。
視点を変えれば見えてくるものが違ってくるように、ユーナの姿勢は、良くも悪くもアヤノという一人のダイバーに、影響を及ぼしていたのだ。
「えへへ……ありがとうございますっ! もしそうなら、わたし、嬉しいですっ!」
すっかり消沈していたユーナは眦に滲んだ涙を指先で拭いながら、花蕾が綻ぶような満面の笑みを通信ウィンドウ越しに浮かべてみせる。
それでこそだ、というのには会った時間も喋った時間も足りないけれど、きっとそっちの方が彼女らしい。
【Mission Success!】
無機質な機械音声がクリエイトミッションのクリアを告げて、仮想の躯体が解けてロビーへと再構築していく間、アヤノは声にこそ出さなかったものの、そんなことを考えていたのであった。
小さな勇気は、世界を変えるうねりとなって
【モヒー・カーン】……総勢八十にも及ぶ初心者狩りの軍団を束ねる親玉にして、ダイバーランクはDと冴えない位置にこそいるが、ヴァルガを長く根城にしていることもあってその悪評が止まることを知らない、一応は実力派のダイバー。本人は初心者狩りとモヒカンロールを楽しんでいるため気にしていないのがタチが悪い人物。