ガンダムビルドダイバーズ ブレイヴガールフラグメント 作:守次 奏
メグの事前調査と、ブリーフィングの際に提示された情報を鑑みると、「ヴァイスウルブズ」の戦力は五機、その内全機がドーベン・ウルフではなく派生形のシルヴァ・バレトをベースにしているということはわかっていた。
月面へと降り立ったアヤノたちは、半球上のドームに包まれたフォン・ブラウン市を背に、敵側の侵攻ルートを真正面からと決め打ちした上でそれぞれの配置へと陣取っていく。
いつもの作戦といえばそれまでではあるが、今回のバトルフィールドが遮蔽物に乏しく、地形の起伏も少ないことから運営が想定しているのはフォース同士の総力戦である、という推測の元にメグを先行させて敵機を撹乱、連携が乱れた隙をついてカグヤとユーナが各個撃破、後詰として最後衛に控えているアヤノが強行突破する機体や、撃ち漏らした機体を撃破するという算段だ。
とはいえ、メグの配信が人気を博した以上、自分たちの戦術や戦略は全て研究し尽くされたものと考えて行動したほうがいい。
スマッシャーモードに変形させた「クジャク」を構えて、ミラージュコロイドを展開しながら先行するメグからのデータリンクを受けながら、アヤノは背筋を走る緊張感にごくり、と生唾を呑み込む。
防衛戦というのは、環境にもよるとはいえ得てして防衛側が不利になるのがある種の定石のようなものだ。
守る方はウィークポイントを庇いながら戦わなければいけない、つまりは動きがある程度制限されるのに対して、攻める側はルートの構築や変更を能動的に行えるというのが大きい。
その上、数のアドバンテージも相手にあるとなれば、これがもし南極基地のシャトル防衛戦なら、間違いなくアヤノは匙を投げていただろう。
だが、つまるところドッグファイトをしろと、それが運営からのお達しとあらば、望みが絶たれたわけではない。
クロスボーンガンダムXPが範囲と射程の長い「クジャク」を持っているからとアヤノはディフェンダーに選抜されたのだが、正直なところ、放射状にビームが広がっていく性質上、「クジャク」が機能するのはクロスレンジであり、本当に仕方なくといった具合だった。
近接偏重というフォースの傾向それ自体が悪いわけではない。
ただ、防衛戦と致命的に噛み合わなかった──つまり、侵攻側に回れなかった、乱数の女神様の気紛れを恨めという、そういう話だ。
「よし、敵機射程圏に入ったよ! いつものジャマー起動して──!?」
「メグ、どうしたの!? 応答しなさい、メグ!」
突如として、データリンクを行っているG-フリッパーから転送されてくる映像がノイズで途切れて、ハイパージャマーを起動しようとしたメグの声を届けていた通信ウィンドウもまた同じように沈黙する。
予想通りに敵機は正面突破を選んだことまではまだよかった。
最前線に突入したメグはデータリンクにより敵機の情報を転送し、ハイパージャマーを起動することで、真正面から突っ込んできた四機のシルヴァ・バレト──そのバリエーション機たちの撹乱を目論んでいたのだが、突如として飛来した閃光が、ガンダムデスサイズから移植したハイパー・ジャマーの発生器を射抜いて、起動前にその機能を停止させたのである。
『重畳重畳! これで敵のジャミングは無力化したわよ、リョースケ!』
『了解した、セレン! このまま算段通りに押し切る、ヴァイスウルブズ……全機、喰い破れ!』
一体何事が起こったのかと、破損を免れたセンサーを起動してモニターを拡大してみれば、クレーターに潜む、白く染め上げられたシルヴァ・バレト・サプレッサーが銃口を延長したビーム・マグナムを構えて、こちらを睨み付けている姿がある。
オクスタン・マグナム。
ビーム・マグナムの出力を細く絞り込むことで、威力を保ったまま狙撃銃としたそれこそが、リョースケたちが「ビルドフラグメンツ」を分析した結果用意したものであり、ジャマーを起動するまでに、有効射程まで接近しなければならないというG-フリッパーの弱点を突くならば、それよりも遠くからハイパージャマーの発生器を破壊してしまえばいいという単純極まる解答だった。
欲をいうならばG-フリッパーのコックピットを射抜けていれば尚良かったのだが、まずは不足の事態に備えて味方の安全を確保することを、あのセレンというらしい狙撃手は優先したのだろう。
出力に耐えきれなくなった右腕をパージして、セレンは背部のラッチから予備の右腕を装着すると、再びオクスタン・マグナムで今度こそメグのコックピットを射抜かんと照星を覗き込み、引き金を引く。
「ごめん、しくった! カグヤ、ユーナ、アヤノ! そっちに四機行ったのとこっちにスナイパーがいる! アタシは……砂の処理を優先するから、一番機動力が高そうなのをアヤノは迎撃して!」
幸い、出力が絞り込まれていたことで他の電子機器への影響は最小限で済んだのか、メグは通信ウィンドウに向けてそう叫ぶと、ミラージュコロイドを展開して「ヴァイスウルブズ」からの牽制射撃を回避しつつ、セレンのシルヴァ・バレト・サプレッサーへと接近戦を仕掛けようと試みる。
だがそれは、全てリョースケの計算通りだった。
彼自身、それが初手でハイパージャマーを無力化できなければ破綻する、作戦というより博打であるとはわかっていたものの、分の悪い賭けほど燃えるというものだし、何よりも「セレンならやってくれる」という信頼があったからこそ、彼女にその大任を負ってもらったのだ。
『さて、ここまでは計画通りだ……ヴォルフ2、そちらはあのカグヤという少女の足止めを頼む。ヴォルフ3とヴォルフ4はユーナという少女をツーマンセルで包囲しろ。俺は……フォン・ブラウンまで一気に詰める!』
『サー、イエッサー!』
四機が扇状に展開していた陣形を崩して、ヴォルフ2のコールサインで呼ばれたダイバーの機体──ガエル・チャン専用シルヴァ・バレトが、腰からビームサーベルを二本引き抜いて、第二防衛ラインに陣取っていたカグヤへと斬りかかる。
「重い一撃……称賛に値します、ですが!」
『わかっているとも、悔しいが、俺じゃあんたには敵わない……だが、シルヴァ・バレトにはこういう武装もあるんだなぁ、これが!』
ヴォルフ2は勇ましく啖呵を切ると、バックパックから二基のインコムを展開し、カグヤを前後から一人で挟撃する形を取る。
近接戦に比重が偏っている「ビルドフラグメンツ」は、オールレンジ攻撃に弱い。
だからこそ、「CAA」とのデビュー戦においてはメグがハイパージャマーを撒き散らすことによってそれを事実上無力化することでの力押しで勝利をもぎ取ってこそいたものの、ここにきて逆に彼女が無力化されたことで、根本的な弱点が明るみに出た形となる。
カグヤは自分を包囲するビームを斬り裂きながら、更に同時攻撃を仕掛けてくる二刀流のシルヴァ・バレトと斬り結ぶという離れ業を見せているからいいものの、より悲惨なのはユーナだった。
「わわ……っ、ど、どうすれば!?」
『諦めろ! お前はここで終わりだ!』
『無駄口を叩くな、ヴォルフ3! オールレンジ攻撃と引き撃ちを徹底して、とにかく目の前の敵を無力化させることだけに集中しろ!』
ユーナを取り囲んでいたシルヴァ・バレトはファンネル試験型と呼ばれるバリエーションであり、バックパックに装備されているインコムに代えて、プロト・フィン・ファンネルが有線接続されているのだが、「ヴァイスウルブズ」の二人はそれを無線式に改良した上で四方から射撃武装を持たないユーナを包囲し、じわじわと追い詰めている。
これがもし一対一であるなら、ユーナは持ち前の反射神経でなんとかオールレンジ攻撃を掻い潜って格闘戦に移ることができたのだろうが、二対一でかつ自分を狙う銃口はその倍以上あるとなれば、流石の彼女といえども旗色が悪い。
なんとかプロト・フィン・ファンネルから放たれる散弾ビームを回避しつつ、反撃の機会がないかと考えたその隙を突くかのように、ヴォルフ3とヴォルフ4は徹底してビームライフルによる引き撃ちを繰り返す。
「きゃああああっ!」
「ユーナ!」
『よそ見をしている暇は……ないぞ!』
そうすることでユーナの集中力は見る見る内に削がれていって、一発一発の威力は低くとも、確実に累積している散弾によるダメージが、アリスバーニングガンダムの装甲値を削り取っていく。
それは最早戦いではない。一つの「狩り」といってもいい。
アヤノの意識が、弄ばれ続けて悲鳴を上げるユーナに向いたその一瞬を待っていたかのように、先行していたシルヴァ・バレトを青く塗り替え、肩部をミサイルランチャーと思しきものと、巨大なブースターの複合ユニットに置き換えたその機体──リョースケが操る【ツークンフト・ヴォルフ】はスラスターを展開し、第二防衛ラインをすり抜けてアヤノの元へと迫ってくる。
メグがあのシルヴァ・バレト・サプレッサーを抑えてくれているから狙撃が飛んでくる心配はないものの、ツークンフト・ヴォルフの直線加速力は凄まじく、推進剤の暴力ともいえる巨大なスラスターを展開しながら迫ってくる様は、さながら巨人が足跡を残すかのようだった。
一人最終防衛ラインに残されたアヤノは戦慄する。
リョースケたちのことを侮っていたわけでは断じてない。
だが、ここまで自分たちのことを研究して今回の戦いに臨んでくる辺り、彼もまたロンメルとタイプを同じくする司令官型のプレイヤーなのだろう。
ツークンフト・ヴォルフが右腕に装備した対ビームコーティングブレードを展開したのを見るなり、アヤノはスマッシャーモードに変形させていた「クジャク」をブラスターモードに戻して、加速力を乗せたツークンフト・ヴォルフを真っ向から迎え撃つ。
『押せよ……ツークンフト!』
「押されるわけには……いかないのよ!」
推進力をその膂力に乗せた大柄な機体との鍔迫り合いは、完成度がものをいうGBNにおいて、小型なアヤノのクロスボーンガンダムXPを不利な状況へと追い込んでいく。
だが、それを覆すだけの手段はアヤノもまた持っていた。
惜しむことなく光の翼を展開し、アヤノとリョースケは火花を散らして鍔迫り合う。
相手がいかに大型のブースターを積んでいようとも、アヤノの手によって作り込まれたミノフスキー・ドライヴの出力もまた並大抵のものではない。
リョースケは自身が押し負けていることを自覚しながらも機体を踏みとどまらせて、そのまま時間を稼ぐかのように鍔迫り合いを続ける。
「貴方、まさか……!」
「そうだ、そのまさかだ……! おれたちは狼だ、狩りには全力を尽くし、手段は選ばない!」
リョースケが一人でフォン・ブラウン市へと到達できるならそれでもよし、できなければ二の矢を用意しておく。
それが「ヴァイスウルブズ」のやり方であり、そして今、引き絞られた弦からその矢は「ビルドフラグメンツ」の心臓を目掛けて放たれようとしていた。
「あ、ああ……っ……」
二対一での包囲射撃によって、ユーナのアリスバーニングガンダムは大きく損傷し、コックピットにはイエローコーションが灯っている。
そして尚、シルヴァ・バレト隊による攻撃は止むことなく、敵からの反撃を一ミリたりとも許しはしないとばかりに、ビームライフルで、或いはシールドと一体化しているメガランチャーで、じわじわと嬲り殺すかのようにユーナを追い詰めていた。
「ユーナさん! くっ……」
『悪いな、のんべんだらりとやらせてもらうのが俺の役目だからなぁ!』
見かねたカグヤがフォローに入ろうとバックブーストを噴かしても、それを眺めるかのようにガエル・チャン専用シルヴァ・バレトはその両腕をインコムと共に射出して、変幻自在のリーチからの攻撃で、カグヤを自分との戦いに押し留める。
この時点で、勝利の機運は「ヴァイスウルブズ」に傾き始めていた。
誰かがわざわざ口に出さずとも、劣勢であるということは見ればわかる。
スナイパーを抑えるためにステルスを活用した近接戦闘を仕掛けているメグも、唯一フリーにこそ見えるものの、敵機の元々が重装甲故に火力不足で決め手に欠けていることから、苦戦を強いられていた。
このサプレッサーを放置してユーナの救援に向かう、という選択肢も考えられるが、そうなればロングバレル化し、出力を収束させたビームマグナムによる狙撃が飛んでくると八方塞がりだ。
『それにおれは……侵攻を諦めたわけではない!』
「何を……ッ!?」
突然、ツークンフト・ヴォルフの肩部ユニットに備えられているハッチが展開したかと思えば、そこから目にも留まらぬ速度で無数の「何か」がばら撒かれる。
咄嗟のことで反応が遅れたために、クロスボーンガンダムXPは射出されたその「何か」、超高密度に圧縮されたガンダリウム合金弾の直撃をもろに受けるという形となってしまった。
炸薬によって射出されたガンダリウム合金弾──実際に金属のベアリング球をミサイルランチャーだった部分に仕込んだそれの威力は尋常ではなく、見る見るうちにクロスボーンガンダムXPの装甲は削り取られ、蜂の巣という形容が相応しい惨状を呈する。
コックピットにはレッドアラートが鳴り響き、跳弾による被害を受けながらもその重装甲故に軽微で済んだツークンフト・ヴォルフが、今度こそ、その牙でアヤノを喰らい尽くそうと、獰猛な殺意を双眸へと灯した、その瞬間だった。
「っ、ああああああッ!!! 応えて、アリスバーニングっ!!!」
半ば狂乱したかのように、ユーナが声を張り上げる。
そして、咆哮を轟かせるかのように、アリスバーニングガンダムがツインアイに鋭い光を灯すと、装甲の一部が排除され、全身のクリアパーツが青からオレンジ色に染まると同時に粒子で形成された炎を噴き出す。
バーニングバーストシステム。
恐らくユーナはここで切り札を切ることを決めたのだろうが、それにしては様子があまりにもおかしく、アヤノも、そして攻め手を強めていたはずのリョースケも、一瞬呆然と、炎を纏うガンダムが月に吼えるのを見詰めていた。
「っ、ああああああッ!!! うああああああッ!!!」
言葉の体を成していない、ユーナの叫びに応えるかのように噴き出した炎が、プロト・フィン・ファンネルから放たれる散弾ビームを弾き返し、そして保っていたはずの距離を一瞬で詰めて、アリスバーニングガンダムの炎を纏う拳はヴォルフ3のコックピットを貫いていた。
『な、バカな……っ、こんな……隊長ぉぉぉぉ!』
「ああああああッ!!!」
黙れ、とばかりに咆哮すると、狂乱するユーナは断末魔さえも残させないと、シルヴァ・バレトのコックピットをえぐり取り、呆然とそれを見つめることしかできなかったヴォルフ4へと蹴りかかっていく。
『なんだ……? 何が起きている……?』
リョースケは愕然と呟いていたが、それはアヤノも聞きたいぐらいだった。
ユーナの中で何が撃発を起こすトリガーになったのかはわからない。
だが、あれは暴走といって差し支えなく、明らかに損傷が激しいアリスバーニングに取らせるような動きではない。
それを証明するかのようにアリスバーニングガンダムの関節部からは絶え間なく火花が迸り、組み敷いたシルヴァ・バレトファンネル装備試験型の重装甲を殴り砕く度に、その拳も自壊するかのように破片を撒き散らす。
「わたしは……わたしはぁぁぁッ!!!」
「ユーナ……泣いて、いるの……?」
レッドアラートが絶え間なく響き渡るコックピットで、アヤノは思わず通信ウィンドウに映るユーナへと手を伸ばしていたが、その手が涙に、その理由に届くことはなく、アリスバーニングガンダムもまた、バーニングバーストシステムとダメージの負荷が限界に達したことで自壊していく。
彼女に何が起きているのかは、きっと本人以外の誰もが知ることはないだろう。
それでも、ユーナは──まるで矛盾を体現するかのように、機体を壊しながらも、機体が壊れるごとにその瞳から伝う涙の雫は勢いを増し、半狂乱になりながら、最終的にはレッドアラートを迎えたアリスバーニングガンダムは、とっくに沈黙していたヴォルフ4の残骸を殴りつけようとする姿勢のまま、ブロックノイズ状に解けて、テクスチャの塵へと還ってゆくのだった。
ユーナ、キレた──!