ガンダムビルドダイバーズ ブレイヴガールフラグメント 作:守次 奏
ユーナの狂乱とも取れる変貌に、一瞬、戦場は水を打ったように静まり返っていた。
瞬く間に二機のシルヴァ・バレトをテクスチャの塵に還して、そのままバーニングバーストシステムの負荷に耐えきれなくなって自壊したアリスバーニングがいた場所には文字通り何も残っていない。
それがかえって不気味で、先ほどまでは夢を見ていたのではないかと、そんな懸念を居合わせたダイバーたちに抱かせる。
だが、これが夢でもなんでもないことは、戦いがまだ終わっていない──ちょうど三対三の形となって、コンソールに浮かぶタイマーがミッション終了までのカウントダウンを刻んでいることからも明白だ。
だからこそ、その間隙を突くように、或いは本能に突き動かされるように、先に動いていたのはアヤノの方だった。
ガンダリウム合金弾を至近距離から撃ち込まれたことで、クロスボーンガンダムXPは頭部が脱落、全身の装甲も蜂の巣のように穴だらけになっている始末だったが、それでもまだ「クジャク」を持つ右腕や、いくつかの武装類は死んでいない。
弾かれたようにアヤノは操縦桿のトリガーを押し込むと、すぐさまコンソールに浮かぶメニューをスライドさせて、そのコマンドを実行する。
『……何があったかは知らないが、ゼロ距離だ。これで獲ったぞ!』
一瞬だけ呆けていたものの、アヤノに対して僅かに遅れて動き出したリョースケは、瀕死の敵機に、クロスボーンガンダムXPにトドメを刺すべく、スラスターを展開してそのまま鍔迫り合いを押し切ろうとした、まさにその時だった。
ぎち、と軋む音を立てて、展開しようとしたスラスターが悲鳴を上げる。
そして、空気が抜けるような音と共に、クロスボーンガンダムXPの背中から、仕込まれていたコア・ファイターがベイルアウトを果たして、そのまま垂直に急上昇していく様を、リョースケの瞳は捉えていた。
──何を、された。
一瞬、刹那の間に出遅れがあったことはリョースケも認めている。
だが、瀕死のアヤノとその愛機にできることなど限られているだけでなく、与えられた猶予も極めて短い。
そういう意味では、機体を捨ててベイルアウトを選ぶというのは悪い選択肢ではない。
フォースメンバーに後を託し、ただ生き残ることだけを、タイムリミットまでの時間稼ぎを優先するのであれば──そして、情勢が自分たちに有利に働いていれば、という前提が付くが。
基本的にガンダム作品におけるコア・ファイターという戦闘機は、モビルスーツに比べて戦闘力の面で大きく劣り、ちょうど今のように緊急時の脱出手段として使われることが多いものだ。
ならば、アヤノの取った行動は、劣勢下においてはセオリーを大きく逸脱したものでしかない。
誰がどう見ても、ツークンフト・ヴォルフとクロスボーンガンダムXPの競り合いで有利なのは前者であることは明白であり、ユーナが自己犠牲を伴いながらも二機を道連れにしたとしても、この盤面で依然有利なのは「ヴァイスウルブズ」の方だ。
だとすれば、アヤノは今何を仕掛けたのか。
リョースケの脳裏を無数の疑問符が埋め尽くし、一秒がどこまでも薄く、長く引き延ばされていくような緊張が戦場を走る。
天高く飛び上がったコア・ファイターと、加速時に発生するGのフィードバックに歯を食いしばるアヤノは黙して語らない。
拘束し、追い詰めたのは自分だと思っていたら、いつの間にか立場が逆転していた──まるで狐につままれたかのように、さながら死体が動き出したかのような驚愕にリョースケは目を見開き、モニターに映るコア・ファイターを眺めることしかできなかった。
実際のところ、アヤノが仕掛けた罠は、極めて単純なものだ。
その答えは恐らく、虚を突かれて動揺しているだけで、リョースケもすぐに気付くことだろう。
ぎし、と軋む音と何かが擦れる音。
摩擦を立てる金属音に、とうとうリョースケはその答えに至る。
『鎖……まさか、アンカーか!』
「正解よ……!」
彼の意識がユーナの暴走と狂乱に持っていかれていたその隙をついて、アヤノが仕掛けた戦術は、両腰のシザー・アンカーを射出することでツークンフト・ヴォルフを拘束し、機体に残された出力が「クジャク」の刃を維持できる限界である一瞬だけその動きを止める、というただそれだけのことだ。
だが、シザー・アンカーに巻き付かれたとしても、ツークンフト・ヴォルフの膂力を抑える一手には至らない。
故にこそ、アヤノが選んだベイルアウトは、逃げるためではなく、守りに回るためではなく、この一瞬に逆転の機運を賭した大博打だった。
ツークンフト・ヴォルフが拘束を破るまでの一瞬、全力でミノフスキー・ドライブを起動させて急上昇したアヤノのコア・ファイターは、遙か高空で一度動きを停止すると、今度はその機首を下に向けて、再び「光の翼」を展開しながら、ツークンフト・ヴォルフへと突撃する。
『まさか……特攻か!?』
「死なば諸共よ……!」
狂乱し、暴走していたあの瞬間、ユーナの表情は確かに目を見開き、殺意を剥き出しにこそしていたものの、それは能動的なものではなく、追い詰められたが故に無理やり引きずり出されたものだった。
そして、あの瞬間にユーナは間違いなく泣いていた。
窮鼠猫を噛む、ということわざがある通り、それはユーナが本来持ち合わせていた気性というよりは怯えから来た防衛反応であるように思えて──つまるところアヤノは、ユーナが泣かされたという事実に対し、シンプルにブチ切れていた、というだけの話だ。
しかし、怒りに突き動かされていながらも頭の中はどこまでも冷静で、アヤノはただ、勝算もなく無謀な賭けを仕掛けにいったわけではない。
あのセレンというスナイパーをメグが抑え、そしてもう一機のシルヴァ・バレトはカグヤを足止めするので精一杯である以上、この状況下で脅威になるのは、リョースケとツークンフト・ヴォルフだけだ。
そして、いかにツークンフト・ヴォルフの装甲が堅牢であろうとも、ゼロ距離で叩き込んだガンダリウム合金弾の内、装甲を貫くまでにいくらか弾き返されたものの跳弾を食らって完全な無傷でいられるわけではない。
だからこそアヤノは博打に打って出た。
コア・ファイターのビームガンを連射しながら、急降下する機体はそのまま、ツークンフト・ヴォルフの、リョースケの反応速度を超えて正面衝突を起こす。
現実であれば死んでいるような衝撃がそのままフィードバックされることはないものの、ある程度まで再現された衝撃が、レッドアラートを振り切って、アヤノにきつく歯を食いしばらせる。
分の悪い賭けだった。
勝算は低く、薄氷を踏んで渡るかのようなその細い糸を手繰り寄せた先で、アヤノが賭けに打ち勝った理由は極めてシンプルなものだ。
コア・ファイターとツークンフト・ヴォルフがテクスチャの塵へと還っていく間にリョースケは目を伏せて、ふっ、と自嘲するように小さく笑う。
『慢心、油断……例え一瞬であっても、そうしてしまった時点で負けていたのはおれの方だったな』
「……いいえ、それは私も同じよ」
『過度な謙遜は勝利の価値を貶めるだけだ。グッドゲーム、アヤノ。そして後は託したぞ、セレン、ヴォルフ2……』
『リョースケぇっ!』
コア・ファイターの爆発にツークンフト・ヴォルフが巻き込まれたことで相討ちとなったアヤノとリョースケの躯体は、ブロックノイズ状に解け、セントラル・ロビーへと転送されていく。
セレンはたまらず叫んでいたものの、リョースケがこの戦場に戻ってくることはない。
そして、一点突破の作戦が崩れて、「ビルドフラグメンツ」の火力担当である二枚看板の内、その一枚であるカグヤが健在な時点で、「ヴァイスウルブズ」の命運はもはや決まったようなものだった。
言い方こそ悪いものの、ユーナのカバーに入る必要がなくなったことで、目の前の敵を相手にする余裕が生まれた、その機を武人であるカグヤがみすみす逃すようなことはしない。
「これで終わりです! 紅蓮の型、紅華炎輪!」
『ぬかったか……!』
ワイヤーで射出していたガエル・チャン専用シルヴァ・バレトの両腕を、炎を纏った「菊一文字」が断ち切ると、ヴォルフ2は悪あがきのように背部のミサイルランチャーやインコムを一斉射してカグヤとロードアストレイオルタを止めようとしたものの、素早い身のこなしでそれを掻い潜り、カグヤは新たに習得した炎を纏う刀を敵機のコックピットへと叩きつけて、その重装甲ごと胴薙ぎに両断する。
ヴォルフ2が撃墜されたことで一人取り残されたセレンも、メグとの接近戦は互角にこなしていたものの、これで二対一となり、自慢のオクスタン・マグナムを放つ隙もなくなったといっていい。
「アタシの近接格闘はいまいちかもしんないけど……カグヤ!」
「承知しました、メグ! 二対一とは気が引けますが……これも全てはミッションのため! 『ビルドフラグメンツ』のため!」
そして、止まることなく跳躍したカグヤは空中で機体を一回転させると、その姿勢のまま刀を構えて、セレンが操る純白のシルヴァ・バレト・サプレッサーへと切り掛かっていく。
「紅蓮の型……焔ノ火車!」
『……っ、ここまでみたいね……ごめん、リョースケ!』
メグがフォトン・バッテリーが生み出す残光をぶつけることで強引に鍔迫り合いを中断し、退いたのと入れ替わる形で襲いかかった炎の刃の前に、セレンが操るシルヴァ・バレト・サプレッサーはなすすべもなく縦に両断されて、テクスチャの塵へと還る。
【Battle Ended!】
【Winner:「ビルドフラグメンツ」!】
流れる無機質な機械音声が、無慈悲に告げるものは白狼の敗北にして、「ビルドフラグメンツ」の勝利。
それは確かにカグヤとメグへと届いていた。
ユーナの狂乱と、アヤノの特攻というあまりにも危うい橋を渡った末のことではあったものの、それが「バトランダム・ミッション」において「ビルドフラグメンツ」の勝利であることに違いはない。
だが、どこか──ほんの僅かに釈然としないものを抱えながら、勝者であるメグとカグヤは顔を見合わせ、ロビーへと転送されてゆくのだった。
◇◆◇
「敗けはしたが、いい試合だった。グッドゲーム、『ビルドフラグメンツ』。おれも……おれたちも、まだまだだということだな」
セントラル・ロビーへと帰還していたリョースケは、勝敗がついたことで全員が帰還したのを確認し、同じく一足先に帰還を果たしていたユーナへと歩み寄ると、目線を合わせるように片膝をついてそっと手を差し伸べた。
ユーナの方も時間を経たことで落ち着いたのかそうでないのか、試合中に見せた狂乱の片鱗も見せることなく、いつも通りに明るい、大輪の花にも似た笑顔を浮かべて、差し伸べられたその手を取る。
「えっと……グッドゲームです、リョースケさん!」
「……ああ、ありがとう」
アヤノは訝るように腕を組んでその様子を見つめていたが、ユーナの様子に何か変わったところは見られない。
口調もいつも通りなら、底抜けに明るい笑顔だっていつも通りで、それこそ試合中に泣き叫びながらヴォルフ3とヴォルフ4を殴り付けていたこと自体が夢だったんじゃないかと疑いたくなるぐらいだ。
メグとカグヤもそれは同じようで、「ヴァイスウルブズ」のメンバーが踵を返して去っていくまでの間、ずっとその心配そうな視線はユーナへと注がれていた。
次は負けない、と物語るリョースケの背中を見送るユーナは、大きく手を振りながら笑っていたが、それでも涙が伝っていた面影が、その横顔には残っている。
「……その、大丈夫? ユーナちゃん」
真っ先に声をかけたのは、バトランダム・ミッションを受けようと提案したメグだった。
事の発端は、元々自分が言い出しっぺなことにあるとでも言いたそうに、どこか気まずそうに曖昧な笑みを浮かべるメグに対して、ユーナはあっけらかんと小首を傾げて疑問を返す。
「えっ? 何がですか?」
「その……戦ってた時、ブチ切れてたみたいだからさ。元はといえばミッション受けようって言ったのアタシだし……ね?」
何故そこまで狂乱していたのかを直接問うことはせず、メグの言葉はあくまでユーナを気遣った、遠回りなものだった。
あんな尋常ではない取り乱し方をしていたのだから、何かがあったことを疑うのは自然なことで、むしろ何もなかったといわれて、素直にはいそうですかと受け入れられるほど、アヤノたちも楽観的ではない。
だが、ユーナは小首を傾げてしばらく考え込むような仕草を見せると、あっけらかんと笑って、メグの言葉に答えを返す。
「えっと、それなら大丈夫ですっ! むしろ心配させちゃってごめんなさい、えへへ」
「……本当に」
「アヤノ?」
「……本当に大丈夫なの、ユーナ」
この話はこれでおしまいなんだ、とでも言いたげなユーナと、そして当惑しているメグとの間に割り込んで、アヤノはどこまでも冷静に、その桜色の瞳の奥に隠されたものを見定めるかのように問い詰めていた。
「……うんっ! 大丈夫だよ、アヤノさん! だってわたし、元気だけが取り柄なんだもん!」
心配させてしまったことを詫びながら、ユーナはくるりとその場で一回転して、春の日差しにも似た笑顔を満面に浮かべてみせる。
その仕草に、その笑顔に無理をしているだとか、何かを抑えこめているだとか、そういったものはメグにもアヤノにも、そしてやりとりを眺めていたカグヤにも感じられず、いつも通りにどこか抜けていて、それでいながら誰よりも心優しいユーナがそこにいるだけだった。
いっそ清々しいまでに「いつも通り」な光景がそこにある。
それ自体は喜ぶべきことであるはずなのに、アヤノはそこに一抹の不安と、そして不気味さのようなものを感じずにはいられなかった。
だが──ユーナは本当に、何かを隠しているのだろうか。
疑えば疑うほどに、考えれば考えるほどに、霧の中へと迷い込んでいくような感覚が拭えず、何が真実で何が虚実であるのかが曖昧なまま、アヤノは扇子を広げて口元を覆い、微かに小首を傾げることしかできなかった。
むしろ、こうして笑っているユーナを、親友を疑っている自分の性格がねじくれているのではないかと、心配になるほどに。
「これでバトランダム・ミッション初勝利だねっ! それじゃあ……えっと、どこかで打ち上げか何かしますか、メグさん、カグヤさん、アヤノさん?」
「打ち上げかー、いいね、とりあえずカラオケでも行って、パーッとやっちゃおっか!」
「ええ、緊張してばかりでは息が詰まるというものです。肩の力を抜く、という提案は悪くありません」
メグとカグヤは顔を見合わせると、ストレス発散も兼ねて、セントラル・エリア内のカラオケにでも行こうかとコンソールを操作してマップをウィンドウにポップさせると、ユーナを先導するように歩き出す。
「アヤノさんも一緒に行こっ! わたしのことなら本当に大丈夫だから!」
「……ええ、そうね。ごめんなさい、疑ったりして」
仮にもし、ユーナが何かを隠しているのだとしても、メグが機転をきかせてストレス発散をしやすいカラオケを打ち上げに選んでくれたのは幸いだった。
歌っている内に気も紛れるだろうし、このどことなく気まずい雰囲気もいつしか霧散していることだろう。
それに何より、友人とカラオケに行く、という学生定番のイベントではあるものの、アヤノにとってそれは初めてのことで、心惹かれている部分がないかといえば嘘になる。
笑顔のユーナに手を引かれて、アヤノもまた、考えるのをやめて、今は勝利の栄冠がもたらす余韻に浸るように、或いはそこに逃げ込むように、カラオケブースへと向かっていくのだった。
何はともあれまずは勝ち