ガンダムビルドダイバーズ ブレイヴガールフラグメント   作:守次 奏

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中々いい因子が集まらないので初投稿です。


第四十四話「すれ違う瞳」

『どうした、まさか刀がなくば戦えぬなどと戯言をほざくのではあるまいな』

 

 フォース「ビルドフラグメンツ」は、誰がどう見ても死に体だった。

 しかし、そんなことなどお構いなしに、ボーガーの鉄腕は、唯一の武装である刀を失い、ロードアストレイの擬態装甲も脱ぎ捨てていたモビルドールカグヤを、身を隠していたデブリごと無慈悲に打ち据える。

 

「か、はっ……」

 

 至近距離での直撃弾を喰らったような衝撃がフィードバックされ、カグヤは思わず息を詰まらせるが、ボーガーは休む暇など与えないとばかりに、戦車砲じみた威力を誇るその鉄腕を叩きつけ続けていた。

 

『終わりか、貴様の星も沈んだと見た』

「拙、は……」

 

 一発がモビルドールカグヤを掠めれば、その右腕が肉をこそげ落とされたかのように装甲が引き剥がされて、また一発が頭部を直撃すれば、首をもぎとられたかのように、あらぬ方向に歪み、ねじ切れたカグヤの戦場における躯体はその頭を漆黒の宇宙空間に散らす。

 虐殺だった。そして鏖殺だった。

 ガラナンの必殺技を前にしてはミラージュコロイドで身を隠すことすら叶わないメグは、カグヤが一方的にその鉄腕によって砕かれていく様をただ見送ることしかできない。

 この中では、G-フリッパーの損傷はまだマシな方だ。

 半身を失って今にもトドメを刺されようとしているアヤノのクロスボーンガンダムXPや、そして今、完膚なきまでに粉砕されようとしているモビルドールカグヤと比べればの話ではあるものの、スラスターもメインモニターも機能しているだけ良い。

 だがそれは、メグが最低限の攻撃で無力化され、相手にもされていないということの証明でもあった。

 

「……アタシは……私は……」

 

 ぽつりと零した言葉と涙に、返ってくる答えはない。

 どうしても斥候・偵察型のビルドを組んでいる機体は味方の戦力に依存するところが大きいとは、頭の中ではメグもわかっている。

 だが、それにしたって今動けたとしても何の役にも立たず、そしてカグヤが惨たらしく撃墜されていくのをただ指を咥えて見ていることしかできない自分が情けなく、そして呪わしい。

 

『終わりだ、貴様の筋は悪くなかった。だが、吾輩の方がより強靭だったというだけの話だ』

「……すみません、メグ。拙は……ここまでのようです」

 

 通信ウィンドウに映っているカグヤは、どこか困ったような笑みを浮かべ、その仮面の下に涙を押し込めながらメグへと伝えたその言葉を遺言とした。

 仮想の世界に死は存在しない。

 機体が撃墜され、コックピット判定を突かれてダイバーがテクスチャの塵に還ったとしても、その躯体はセントラル・ロビーへと転送されるだけで、そこには痛みも恐怖も存在しないし、してはいけないようにGBNは作られている。

 それでも、カグヤがそこに否応なく「死」を想起したのは、ボーガーの振るう鉄腕がどこまでも淡々と、闘争に純度を求めながらも、機械的に相手を打ち砕くためだけに振るわれる、その在り方が故だった。

 以前に刀を交えた「獄炎のオーガ」が無頼ながらも武人であるとするならば、ボーガーは殺戮機械と形容するのが正しいのだろう。

 ヴィラノやムーンのように相手を愚弄し、嬲り、その上で心を踏み砕くのではなく、ただ圧倒的な恐怖と力だけでそれを成し遂げるマシーンじみた恐ろしさが、彼とその愛機であるパワードタイタスには備わっている。

 カグヤが撃墜されたことで、「ビルドフラグメンツ」の残り戦力は二機となった。

 だが、ボーガーはメグを一瞥すると、興味は失せたとばかりに腕を組んで、何もせずその場に佇む。

 舐めるな、と、怒りに任せてボーガーへと襲いかかることはできるだろう。

 メグはコンソールに映る武装の残弾と機体の損傷状態を確認するが、ステルス・ザックに収められている対戦車ダガーやビームピストルといった武装では、一矢報いるどころか、あのボーガーに、パワードタイタスに傷をつけられるかどうかさえも怪しい。

 ならばせめて、戦場を俯瞰してにやにやと底意地の悪い笑みを浮かべているガラナンを葬ることで意趣返しとするか。

 わかっている。

 そんなことは無意味なのだ。

 全ては初手での作戦を誤ったから、そして踏み外したルートから再度立て直しを図るにも、自分の能力が足りていないから。

 だから今更ガラナンを葬ったところでどうにかなるわけでもなければ、ボーガーに弔い合戦を仕掛けたところで何の意味もない。つまるところ、誰が自分を葬っても、自分が誰を葬っても、そこには何の意味も存在しないのだ。

 

「……ごめん。カグヤ……アヤノ……ユーナちゃん……」

 

 何の意味も持たないことは、何の意味も果たせないことは、力負けする以上に屈辱的であり、そして悲劇的である。

 唇を噛んでぼつりとそう零したメグの元にやってきた死神は、ボーガーでもガラナンでもなく、心からつまらなさそうに顔を歪めているムーンだった。

 

『ったく、ボーガーの奴もガラナンの奴も……あたしを残飯処理係とでも思ってるわけ? でもよかったわね、あたしは優しいから。っていうかめんどくさいから、一瞬で終わらせてあげるわ』

 

 果たしてその宣言通りに、ムーンが操るレギルスエクリプスは脚部からハンターエッジを展開すると、半壊状態で宙を漂っているメグのG-フリッパーを、そのコックピットを貫くと、そこに何の感慨もなく、吐き出した溜息と共にテクスチャの塵へと還していく。

 ブロックノイズ状に解けていくG-フリッパーを横目に、アヤノもまた振り下ろされようとしている死に、タイラントプロヴィデンスガンダムのGNバスターソードによる一撃に抗おうと、操縦桿を動かしていた。

 

「……ッ、この……ッ……!」

『んん? まだ動ける元気があったのか……まあいい、それは褒めてやるとしても、そこに何の意味がある? お前の仲間は全滅して、機体だって大破状態だ。サレンダーでもした方が有意義だと思うけどな? アヤノちゃん』

「……お前が、その呼び方で私を呼ぶな……ッ……!」

『ハハッ! いいねえ、その目。ゾクゾクするぜ。俺にやられる時は大体の奴がお仲間のメグみたいに死んだ目をしてたもんだが、ここまで活きがいい奴と戦ったのは久々だ! ハハハハハッ! ……なんてね。でもいい加減飽きたよ、サヨウナラ』

 

 最後の力を振り絞るように残存する「光の翼」を展開し、バタフライ・バスターBによってGNバスターソードと鍔迫り合いを続けていたクロスボーンガンダムXPを一頻り嘲笑うと、ヴィラノは心から飽きたとばかりに大きな溜息をついて、GNバスターソードを振り抜く。

 

「ユーナ、私は……っ……」

 

 最早アヤノにも、そしてクロスボーンガンダムXPにも、その暴威に抗う術は残されておらず、コックピットごとへし斬られたアヤノもまた、メグの後を追うように躯体が解け、テクスチャの塵へと還る。

 だが、最後に脳裏を閃いたのは負けた悔しさでも、ヴィラノの悪辣な振る舞いに対する怒りでもなく、あの時通信ウィンドウ越しに見たユーナの涙と、そして。

 ──自らの無知と、それを良しとしている臆病さに恥じ入ることだけだった。

 

【Battle Ended!】

【Winner:「グランヴォルカ」】

 

 無機質な機械音声が告げるのは「グランヴォルカ」の勝利にして、アヤノたちの敗北。だが、それを喜ぶこともせず、ただ遊び終わった玩具を箱に戻すかのように淡々と、言葉も交わさずにヴィラノたちもまたセントラル・ロビーへの凱旋を果たす。

 それも当然だ。

 何故なら──勝ったことに意味はないのだから。

 

「ああ、サヨウナラ──『ビルドフラグメンツ』。聞こえちゃいないだろうが、君たちのファンってのは嘘じゃないんだぜ? もっとも今、この瞬間までだけどな」

 

 ヴィラノはくく、と、その後の「ビルドフラグメンツ」が辿るのであろう、自分が多くの人間を陥れてきた末路を想起しながら一人小さくほくそ笑むのだった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 まだ閉店時間までは長かかったものの、これ以上GBNを続ける気力も湧かないからとばかりにログアウトした綾乃は、自分の眦に涙の雫が滲んでいることに気付いて、ごしごしと右手の袖で乱暴に目元を拭った。

 連中は、「グランヴォルカ」は強敵だった、と、いうより、戦ったことが、関わったことが間違いだったといえるような相手だったのだろう。

 敗北以上に精神を痛めつけているあの悪辣な振る舞いを思い返して、思わず綾乃は筐体に拳を叩きつけそうになったものの、それを寸前で堪えて、ダイバーギアとクロスボーンガンダムXPを回収すると、隣の筐体でログインしていた優奈を迎えに行くべく立ち上がった。

 

「散々だったわね……でも、気にする必要なんてないわ。連中の戯言なんて……優奈?」

「……」

 

 備え付けのゲーミングチェアから車椅子の上に体重を移動させた優奈の表情は、そこに何も映していない。ただ虚無があるだけで、回収したダイバーギアとアリスバーニングガンダムを淡々と緩衝剤入りのタッパーに梱包すると、そのまま自分で車輪を動かそうと手を伸ばす。

 

「優奈、大丈夫?」

「……へ? あっ、はい! 大丈夫だよ、一条さん!」

 

 どうやら肩に手を置かれるまでは綾乃がいたことにも気付いていなかったのか、優奈はびくり、と背筋を震わせると、何かを誤魔化すように愛想笑いを浮かべて、いつもの調子ではきはきと綾乃の苗字を呼ぶ。

 ぼーっとしちゃってて、ごめんね。

 優奈は照れ臭そうに頬を染めると綾乃に小さく頭を下げるが、いくら鈍感な、そして無関心を装い続けてきた綾乃にだって、今の優奈が大丈夫ではないことぐらい、すぐにわかった。

 瞳を泣き腫らして、肩に手を置かれるまで自分の存在にすら気付かなかった優奈が、「大丈夫」であるはずがない。

 だが、そこにかける言葉が、今の綾乃には見当たらなかった。

 負けたって、次に挑戦するときに勝てばいい。

 何万回の挑戦に挫けても、何度だって「もう一回」に賭けることができるのがGBNという世界だし、あの不動のチャンピオンであるクジョウ・キョウヤだって黎明期は何度もほろ苦い敗北を味わってきたと語っている。

 だが、問題の本質はそこにはないのだ。

 そんな一般論や正論で解決できるのであれば、今まで通りにそうしてきただけの話だし、綾乃も、そして優奈もそれはわかっている。

 フォース「グランヴォルカ」に敗れたことが悔しいのであれば、もう一度彼らに挑戦状を叩きつければいい。

 あのヴィラノという男が吐いていた言葉が全て戯言だとわかっていれば、気に留めることなく、そして耳を塞いででも再戦時には相手にしなければいい。

 だが、それでも心に重い影を引きずっている理由はいうまでもない。

 綾乃はヴィラノの言葉に、そして──優奈はムーンの言葉に、それぞれ核心をつかれたような思い当たりがあったからだ。

 今日は接客担当として、ガンダムベースシーサイド店を出る客を笑顔で見送っているショーケースの中の小さな店員──チィは、見るからに消沈して肩を落としている綾乃と優奈にも営業スマイルを浮かべて手を振りながらも、そこに漂うただならぬ雰囲気に、マテリアルボディを震わせていた。

 

「ありゃあ、なんかあったのか……?」

 

 綾乃と優奈の顔はチィもよく覚えていた。

 いつだって楽しそうにGBNをプレイして、そして帰り道は仲睦まじく微笑みを交わして店を後にしていたはずだったが、今の二人の間には言葉どころか笑顔もなく、ただ気まずい沈黙が漂っているだけだ。

 GBNの先輩として、そういう顔をしている誰かの相談に乗ってやりたいという気持ちはチィの中には確かにあった。

 以前の自分のように、ただ損得と金勘定のためだけにGBNを彷徨っていた時の、あの荒寥たる砂漠を歩くのにも似た感覚を味わって欲しくはないからだ。

 だが、今のチィはショーケースを出られなければ、そもそも勤務時間として定められている以上「職場」を離れることはできない。

 

「……なんとかなりゃいいんだけどな」

 

 それがなんの慰めにもならないことをわかっていながらも、チィは笑顔で来客たちに手を振って、彼らには聞こえないようにぽつりとそう呟くのだった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 夏も盛りを迎え、吹き抜ける海風は潮の香りを運びながらも、春の名残を手放して、肌に張り付くような不快感だけを乗せて彼方へと吹き抜けていく。

 優奈が腰掛ける車椅子のバックサポートから伸びるハンドルを握る綾乃に、言葉はない。

 昨日までなら、すっかり夏になったとか、暑くなってきたとか、そんな他愛もない言葉を交わしていたはずの、楽しかったはずの帰り道が、今はただ気まずく、重苦しい。

 何か無理やりにでも話題を切り出そうかと思ったが、こういうときに限って何も浮かんでこないのだから、綾乃は自分の頭の固さを呪う。

 

「一条さん」

 

 だが、そんな、永遠にも似た長い沈黙を破って口火を切ったのは、優奈の方だった。

 ごそごそと学生鞄を漁ると、優奈はアリスバーニングガンダムが梱包されているタッパーを取り出して、唇の端を引きつらせた作り笑いと共に綾乃へとそれを差し出す。

 

「……これは、何?」

「アリスバーニングだよ、一条さん。その……わたし、もうGBN、やらないから。だから、せめて大事にしてもらえる人に、一条さんに、受け取ってほしかったんだ」

 

 作り笑いも破綻を迎えて、眉を八の字に歪めて、眦に滲んだ涙を滴らせながらも、優奈はびくびくと震える手を必死に伸ばして、綾乃へと自らの分身を、愛機だったガンプラを託そうとしていた。

 GBNを、やらない。

 綾乃は、優奈の口から飛び出てきた言葉にぽかんと口を開けて、呆然とその様子を見詰めることしかできなかった。

 何故、どうして。

 なんで、優奈がGBN辞める必要があるの。

 いつもだったら出てくるはずの言葉が、喉でつかえて渋滞を起こし、息苦しさへと変わっていく。

 駅に向かう足を止めて、綾乃は何か返すべき言葉を考えるが、その度にヴィラノなどのやり取りが頭をよぎって、それが形になることを阻害する。

 ──私は、優奈の何を知っているの?

 優奈のために怒りを燃やして立ち向かった敵から突きつけられた現実は、己の臆病さであり、そしてそれは今も、アリスバーニングを受け取るという選択も、それを断るという選択もできずにいる自分がどんな言葉よりも雄弁に物語っていた。

 

「優奈、私は」

「……あのね、一条さん」

 

 ようやく乾いた舌先が運んだ言葉を拒むように、優奈ははらはらと涙をこぼしながら、アリスバーニングが詰まったタッパーを差し出した姿勢のまま、言葉を続ける。

 

「……ごめんなさい、ずっと足引っ張ってて。ごめんなさい、ずっと役に立たなくて。だってわたし──フォースの中で一番弱いから。一番才能ないから、えへへ」

「……っ、ふざけないで!」

 

 懺悔をするように、まるで自らの罪を悔い改めるようにそう零した優奈の言葉を遮って、綾乃もまた鼻先に赤い熱を帯びたまま、感情のままに言葉を投げ返した。

 受け取れるはずがない。納得できるはずがない。

 どうして、優奈がGBNを辞めなければいけないのか。

 だが、先立つ「グランヴォルカ」への憤りも、途中で水を差されたように、突きつけられた己の無知に、そして臆病さの前に静まり返って、続く言葉を、続けるべき言葉を紡ぐ前に喉の奥へと押し込んでしまう。

 

「……ふざけて、ないよ……だって……」

「負けたらまた……勝てばいいだけでしょう!? 優奈が……優奈が、GBNを辞める必要なんて……っ!」

 

 辛うじて舌先で探り当てた言葉は、毒にも薬にもならないような一般論でしかなかった。

 わかっている。優奈が抱えている問題の本質はきっとそこにはないことなど。

 わかっている。そしてそれは、「グランヴォルカ」と戦ったから急に降って湧いてきたものではないことなど。

 それでも、今の綾乃にかけられる言葉など、そんな人を傷つけるだけの正論だけで、優奈の気持ちに寄り添おうとしても、そこに横たわっている──違う。最初からずっと横たわっていた断絶に阻まれて、不可能に終わってしまう。

 

「……一条さんには、わからないよ!!!」

 

 そして、その不理解は、とうとう怒りとなって、悲しみとなって、優奈の中で撃発し、溢れ続ける涙と共に、綾乃へと真っ直ぐに打ち据えられるのだった。




毒は回る
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