ガンダムビルドダイバーズ ブレイヴガールフラグメント 作:守次 奏
詐欺ミッションを配布していたミノタウロスことダイバーネーム「キニヤク」から受注したクリエイトミッションを達成したアヤノとユーナは、げっそりと疲れた様子でロビーへの凱旋を果たしていた。
あのミノタウロスは次に会った時は文字通り焼肉にしてやらなければならないだろう。
初めてのGBNでいきなり鉄火場に放り込まれた恨みを込めながら、だけど初めての勝利を手にしたことに少しの心地よさと安堵を込めてアヤノが小さく溜息を吐き出していた、その時だった。
「往生際が悪いな、君も。見ていたダイバーを通じた運営班に通報が行き渡っている。大人しくするんだ」
「そうよぉ、抵抗したって何もいいことなんてないんだからぁ」
「う、うおおお!? 俺は悪くねえ、俺は悪くねええええ!?」
ガタイのいい金髪の男性と、そして
運営班に通報が行った、という金髪の男性が発していた言葉から察するに、どうにも自ら初心者狩りに飛び込んでいくという奇行を果たしていたアヤノと、そしてユーナを見過ごせないという罪悪感からなのか義侠心からなのか、それとも別の何かからなのかは知らないが、とにかくそういう経緯でGMへと抗議のお手紙が届けられていたのだろう。
そうなるとあのガタイのいい二人は運営班の誰かということになるのだろうか、と、ミノタウロスを軽々と肩に担いで、やたら艶かしい所作でロビーの奥へと歩き去っていく漢女という、色んな意味で濃い絵面にアヤノはどこか現実逃避気味にそんなことを考えていた最中だった。
「ちょ、ちょっと待ってくださいっ!」
「む、君は……?」
だが、無謀にもその二人──極めて運営班に近い立ち位置にいるワールドランカーである「マギー」と、そして何年もこのGBNの頂点に君臨している男にしてチャンピオン当人である「クジョウ・キョウヤ」に向けて、その足を止めるように、ユーナが呼びかける。
相変わらず勇気があるんだか無謀なんだかよくわからないユーナの突飛な行動に、思わずアヤノは唾を気道に詰まらせ、噴き出しかけてしまうものの、ユーナの潤んだ瞳を見るにあれは冗談でもなんでもなく本気で金髪の青年こと、キョウヤを止めようとしているのだろう。
アヤノはまだ、ユーナが食ってかかった相手がチャンピオンと世界ランキング23位に位置する猛者であるということを知らないものの、それでも運営からの通報で動ける人材である、ということぐらいは流石に推察できる。
そんな彼らがあのミノタウロスを担いで去っていこうとしたのだから、運営から配布していたクリエイトミッションに対してクロの判定が下されたということは間違いないだろう。
なら、放っておけばそれでいいのにも関わらず、ユーナはどこか自分を責めるかのように、キョウヤたちへと食い下がっていく。
「そ、その人は悪くないんです! わたしが……わたしがバカだっただけで、でも、その人、ミッション受けてくれないって悩んでたみたいだから……あれ? えっと……何言おうとしてたんだっけ、わたし? と、とにかく待ってください! 報酬も受け取ってないんです!」
相変わらず前のめりも前のめり、勢いだけで全てを決めているかの如くあわあわと両手を振り回しながら、キョウヤたちを止めようとしているユーナだったが、言っていることは残念ながらイマイチ要領を得ずに、彼らを困惑させる一方だ。
やれやれ、という言葉は嫌いだし使いたくもないのだが、こうなってしまっては関係者である自分がだんまりを決め込んでいるというのもかえって心証が悪いだろう。
アヤノはどこか諦めたように、ユーナへ「落ち着きなさい」と伝えると、必死にチャンピオンとマギーを止めようとしている彼女の一歩前へと踏み出て、何があったのかといった風情で黒尾を傾げながら、二人へと問いかける。
「ええと……私たち、その人からクリエイトミッションを受注していたんですけど、何かあったんですか?」
「ああうん、そうか、君たちが……うん。残念ながらその通りだ」
「このキニヤクって子、初心者を狙ってハードコアディメンション・ヴァルガ……無制限のフリーバトルが許可されてる、とってもとっても危険なところにアナタたちを飛ばした元凶なのよぉ、そしてそれが通報されたから、一応アタシたちが運営に突き出してるってわけ」
ご丁寧に事情を説明してくれたマギーに頭を下げつつ、横目にユーナをちらりと一瞥すれば、何が何やらといった風情で頭上に疑問符を浮かべていたが、要するに自分たちが騙された、というより自分から騙されにいったのにも等しい場面を目撃されていて、それが運営班に伝わったからあのミノタウロスは連れ去られようとしているのだ。
アヤノがそんな具合に耳打ちをすると、合点が行ったかのようにユーナはぽん、と右の拳で左の掌を打ち据える。
「なるほど! そういえばわたしたち、騙されちゃったんだ!」
「……最初からそう言ってたでしょう、もう」
確かにあのモヒカン軍団との死闘で印象は薄れかけていたものの、元はといえばこのミノタウロスのせいで自分たちはマギーがいうところの超危険地帯にしてGBNの鉄火場と称されるあの地獄に飛び込まされていたのだ。
そういう意味ではお礼参りをする前に連れていかれるというのは些か腑に落ちないところはアヤノにもあったものの、そもそもいかに自分たちが詐欺クリエイトミッションの被害に遭おうが、ダイバーにはダイバーに対して私刑を行う権限など与えられていない以上、彼を裁くのはどんな悪行が他に羅列されたとしても運営だけだ。
「え、えへへ……わたし、バカだから!」
「何の自慢にもならないわよ、もう……それで、その……事情は把握しましたけど、せめて報酬くらいは受け取れないでしょうか、一応クリアはしてきたので」
「ふむ……クリアしてきた? 君たちがあのヴァルガでのミッションを?」
「一応、ですけれど」
モヒカン軍団との戦いは正直なところ相手の慢心と意表を突いた、武士道に則った戦い方をしたとは言い切れないし、内容だって敗北と紙一重のそれだったために、アヤノはあまり納得がいっていないのだが、それでもキョウヤが驚いたように首を傾げた通り、初心者がヴァルガの地獄を生き残って生還する、というのは珍しいどころの話ではない。
目の前にいるアヤノとユーナという少女が、流星の如く現れた有望株なのか、それともただの、尋常ではないビギナーズラックの持ち主なのか、はたまた在野の英雄なのか、キョウヤには判断がつかないものの、それでもあの場所が運だけで生き残れるような場所でないことはわかっている。
少し興味深げに頷くと、キョウヤは視線でマギーに合図をして、彼女が担ぎ上げていたミノタウロスを下ろしてやるようにそれとなく促した。
「た、助かった……ありがとうユーナちゃん、あんたは俺の恩人だぁ」
「何も助かってないわよ、アナタはこの子たちに報酬払ったら運営行きなんだから」
「そ、そんな殺生な……ただ俺はルールに則って初心者をカモにしてただけ……」
「その行為がGBNから人を遠ざけ、この世界を先細らせていく。それがわからないのなら、一度GMからペナルティをもらうといい。さて、彼女たちがミッションをクリアしたというのなら、規定の報酬は支払う猶予ぐらいは与えよう」
それでも後ろ手を掴まれて拘束されているミノタウロスは、じたばたと抵抗を続けるも、チャンプの一睨みによって肩を竦め、大人しくコンソールを操作すると、報酬に設定されていた100BCという文字通りの端金をアヤノたちへと支払った。
その後はマギーに担がれてロビーの奥に連れて行かれたため、彼がどうなったのかについては知りようもないし知ったところで何かがあるわけでもないからどうでもいいとしても、ペナルティが課されることには間違いがないのだろう。
GBNの初心者であったとしても、一目でわかる端金を受け取りながらアヤノは明らかに苦労と見合っていないその金額に目頭を抑えて、天を仰いだ。
おお、神よ。あなたはまだ寝ておられるのですか。
何をヨシとして七日目に休息を取って以来目覚める気配のない神や、その隙間を縫って人々を弄ぶ乱数の女神様への呪詛を脳裏でぶちまけながらも、とりあえずはゼロだったストレージに加算されたその金額を見て、アヤノは小さく嘆息する。
だが、ユーナの方はそうでもないみたいで、受け取った100BCがストレージに加算されたのを確認すると、何を買おうかな、といった具合にキラキラと目を輝かせて、初めての勝利とその報酬にすっかりご満悦といった風情だった。
「……貴女のその考え方は見習っていきたいわね」
「そうですか? えへへっ」
「褒められてはいないと思うが……まあいい、これで報酬は全額受け取ったのかな?」
「はい、一応」
「なら良かった……というわけではないね、これからは気をつけるんだ」
最近はその数を減らしたとはいえ、初心者を付け狙う不逞な輩はまだまだGBNには数多く存在しているからね、とチャンピオンは付け加えて、二人に釘を刺すなり踵を返して去っていく。
初心者狩りがいつの時代も絶えないというのは、いつも遊んでいたデジタルカードゲームが今年いっぱいでサービスを終了するという情報と合わせてキョウヤの心中に暗い影を落としていたが、それでも、あの二人が期待の新星であるかもしれないのは、彼にとっての朗報だった。
「アヤノ君とユーナ君だったか……いずれ、こちらの世界に来る日も近いのかもしれないな」
たとえ初心者であったとしても、「三分の壁」をいきなり超えてヴァルガを生き抜いたとされているのは「リビルドガールズ」以来の話だろうか。
最近では実力派フォースとして名を馳せている、ピンク色の髪の毛にアイドル風の衣装を纏った少女、「アイカ」が率いている四人組に想いを馳せて、チャンピオンは──キョウヤはふっ、と小さく笑ってみせる。
確かに世の中には暗い影が絶えなくとも、いつだって明るいニュースというものは存在しているのだから。
そんな具合に、なんだか一人で納得して去っていったキョウヤの姿にこの人も大概アレなのだろうか、と、大分失礼な考えを抱きながらも、全ては終わったことだと割り切って、今日はGBNからログアウトしようと決め込んでアヤノがコンソールを操作していたその時のことだった。
「あ、あのっ!」
「何、どうしたの? ユーナ」
「え、えっと……えへへ、その、良ければですけど、わたしとフレンドになってくれませんかっ!」
ドジだし、バカだし、今日みたいに迷惑かけちゃうかもしれませんけど。
浮かべた満開の笑顔とは正反対に、低空飛行する自己評価を高らかに叫びながら、ユーナはコンソールをぎこちない手つきで操作して、アヤノへとフレンド申請を飛ばした。
──なんだか、不思議な子だ。
どこまでも底抜けに明るくて、脳天気で、なのにどこか憎めなくて。
アヤノがログアウトのボタンにかけていた指は、自然と送りつけられてきたフレンド申請を承認するか否かというボタンへと伸ばされていた。
正直なところ、ユーナに振り回されていて疲れなかったかといえば嘘になる。
今でも両肩には鉛のような疲労感がのしかかっているし、早鐘を打つ心臓は落ち着いてくれる気配がない。
それでも──それでも、ユーナの純朴な笑顔を見ていると、それも悪くなかったのではないかと、どこかでそんなことを考えてしまう自分がいることも、また確かなのだ。
もしかしたら、一生日の目を見ることなく終わっていたかもしれない、今は最早その命脈が途絶えようとしているGPDの幽霊にして、銀の亡霊を基にした愛機──クロスボーンガンダムXPのデビュー戦を勝利で飾れたのは、ユーナがいてくれたからに他ならない。
だからこそ、これはきっと偶然ではなく必然なのだろう。
迷うことなく、ユーナからのフレンド申請を受け入れたアヤノは、同じようにコンソールをややぎこちなく操作して、ユーナへとフレンド申請を送り返す。
「わ……ありがとうございますっ、アヤノさん!」
「……いえ、私もありがとう。貴女がいなかったら、きっと生き残れなかったから」
「そうですか? えへへっ、でも、今日わたしが生き残れたのだってアヤノさんのおかげですよっ!」
あのマント、わたしも今度あの子に装備させてあげようかなあ。
そんな風に呑気なことを呟いて、にへら、と笑うユーナの表情を見ていると、なんだかこっちまで癒されてくるような気がして。
胸の奥にこみ上げてくる、まだ名前のわからない、だけど確かな充足を与えてくれる感覚に身を任せながら、アヤノは現実へと解けて、「綾乃」へと還っていく。
GBNというのは、存外に悪くないのかもしれない。
教えてくれた与一と、そして初めてこの電子の海でできた友達に感謝を捧げながら、解けた意識は、今度はログインする時とは反対に、どこまでも上昇していくエレベーターに乗せられたかのような感覚とともに、綾乃は現実──ガンダムベースシーサイドベース店のゲームブースに帰還を果たすのだった。
「ふぅ……」
ヘッドアップディスプレイを外して頭を振れば、ばさりと翻った黒髪から、微かに汗の滴が散っていく。
どうやらそれほどまでに緊張していたらしい。
綾乃は軽い目眩のような感覚を抱えながら、ダイバーギアからクロスボーンガンダムXPを回収して、梱包材が詰められたタッパーへと丁寧に梱包していく。
そして、綾乃が筐体を出た時だった。
「あっ……!」
「う、わわ……っ、ごめんなさい、私、ボーッとしてて……」
どうやら前が見えていなかったのか、何かに足を引っ掛けて綾乃は躓き、転んでしまう。
その足を引っ掛けた何か、というのは、大きな車輪が二つ側面に付いたような座椅子──車椅子だった。
ぺたーん、と、顔面を打ち据えながらもなんとかクロスボーンガンダムXPの詰まっているタッパーだけは守り通し、痛みに顔をしかめながら綾乃が身を起こしたその瞬間、自分のものではないガンプラが視界に飛び込んでくる。
カミキバーニングガンダムをベースに、トライバーニングガンダムの意匠を組み込んで桜色の塗装が施されたそれは、確かに綾乃のガンプラではない。
だが、確かに見覚えがあった。
「あっ、ごめんなさいっ! わたし、足引っ掛けちゃっただけじゃなく、ガンプラまで落としちゃって……」
そして、耳朶に触れる声にも覚えがあったのは同じだ。
そのガンプラを──アリスバーニングガンダムを手に取って、綾乃はゆっくりと立ち上がると、車椅子から床へと手を伸ばしていた、自分が着ているのと同じ制服を身に纏う少女に歩み寄って、小首を傾げながら問いかける。
「こちらこそごめんなさい。その……一つだけ聞きたいことがあるんだけど、いいかしら」
「ありがとうございますっ! はい、大丈夫ですけど、その……」
「貴女、もしかして『ユーナ』という名前でGBNにログインしたりしていないかしら?」
どうしてわかったんですか、と、ばかりに少女は目を見開いて驚愕を露わにするが、綾乃がタッパーの中から梱包材をめくり上げて見せたクロスボーンガンダムXPの姿を確認すると、これ以上ないほどの驚きに表情を白黒させ、驚愕に声を震わせながら口を開く。
「えっとえっと、もしかして……『アヤノ』さんですか?」
「……ええ、そうよ。貴女は……『ユーナ』さんで間違いなさそうね」
偶然にしたって、こんなのはあまりにできすぎている。
乱数の女神様の気紛れがこの出会いを引き起こしたのか、それとも寝ている神様が見て見ぬふりをしているからこんなことになったのかはわからない。
だが、あのアホの子にして初めてのフレンドは──ユーナの正体は、少なくとも綾乃と同じ学校に通っている生徒であることに、間違いはないようだった。
惹かれ合う現代っ子とアホの子