ガンダムビルドダイバーズ ブレイヴガールフラグメント 作:守次 奏
綾乃が話を聞くなり、一も二もなく駆け出して確保した「ウイングガンダムゼロ炎」のレプリカモデルは、奇跡的にも在庫が残り一つという状態だった。
巡り合わせと僥倖に感謝しながら会計を済ませた綾乃は、優奈たちが待つ制作ブースへと帰還して、ゼロ炎が、そのプラスチックの機体を構成するパーツが収められている箱を開封する。
「この箱を開ける瞬間、ワクワクするよね!」
開け放たれた箱に収まったランナーを一瞥すると、優奈はきらきらと目を輝かせながら綾乃へとそう言った。
「そしてパーツを見て少しだけげんなりする、と」
「あはは……」
「ふふ、よくあることですね」
ガンプラを買って家に持ち帰ったまではいいけれど、いざ帰ってニッパーを手に取り、箱を開けた瞬間にみっちりと詰まっているランナーを見て少しだけ気勢が削がれ、そのまま積みプラの一部に入れてしまうということは、別に珍しいことではない。
とはいえ、優奈の後継機ができるかどうかの瀬戸際で、四の五の言っている場合ではない以上、組まないという選択肢はないのだが。
綾乃はランナーが梱包されている袋を一つずつ破いていくと、広げた説明書に従って、丁寧にパーツを一つ一つ切り出していく。
パーツを切り離すときは一度にゲートから切り出すのではなく、少しだけゲートを残した上で切ってから、残ったゲートを根元からぱちん、と切断する。
いわゆる「二度切り」といわれるこの技法は、ガンプラを組むのには必須のテクニックだとされているが、あまり刃を深く当てがいすぎてもパーツが抉れてしまったり、単純に切り離す工程が二度手間になることから、最後の方には集中力が切れてしまったりといったことも珍しくない。
だからこそ、少しずつ休憩を入れたり、焦らずに組み上げていくことが肝要なのだ。
綾乃は半ば自分に言い聞かせるように、少しずつ丁寧に、二度切りでも残るゲート跡には紙やすりスティックを当てがって、ウイングガンダムゼロ炎を組み上げていく。
一方の優奈は、メグから貰った設計図をもとに、カグヤの新たなる刀を作るべく、引かれた線に定規を当てて、Pカッターと呼ばれる工具で一枚一枚、刀の原型となるパーツの中でも、比較的簡単な持ち手部分を作り上げていた。
「ふぅ……パーツを切り出すのって、難しいなぁ」
「そうですね、積層は慣れていても難しく感じるものですし……ごめんなさい、優奈さん。貴女に一部とはいえそんな作業を任せてしまって」
「ううん、大丈夫です、恵さん! どっちみち、ウイングガンダム? ゼロ炎が出来上がるまでわたし、何もやることなかったですから!」
綾乃と同様にG-セルフ、パーフェクトパック装備のパーツを切り出していた手を止めて、恵は優奈へ、ぺこりと丁寧に頭を下げる。
G-フリッパーの全面改修も、カグヤのための新たな刀を作るのも全ては自分がやらなければいけないことだったのだが、優奈が手伝ってくれるおかげでその手間が少しでも軽減されたのは、恵にとってはありがたかった。
ELダイバーであるカグヤは当たり前ではあるが、現実では1/144のガンプラと似たようなサイズのマテリアルボディで稼働している都合上、あまり複雑な作業ができない。
ニッパーを小脇に抱えて、ランナーからを切り離すことぐらいはできるのだが、それだって一苦労な上に、万が一のことがあってからでは遅いと、メグから止められているために、こうして待っていることしかできないのが、カグヤは少しだけもどかしかった。
「拙も、何かできることがあればよかったのですが……」
「気にしなくていいわ、カグヤ。こういうのはお互い様よ」
「お互い様、ですか?」
「ええ、GBNでバトルする時は貴女の剣術がフォースの要になっているのだから、それを万全にするため、リアルで私たちがサポートする。適材適所というやつよ」
少ししょぼくれた様子のカグヤを見かねて、綾乃は少しだけゼロ炎を組み上げる手を止めて、諭すように言葉を紡ぐ。
ELダイバーと人間、という括りを抜きにしても、人間には向き不向きやできることとできないことがあって、それを補い合って社会というものは成立しているのだから、あまりできないことを気に病むのも精神衛生上いいことではない。
一般論や正論が誰かを助けることは少なく、むしろ深く傷つけることもあるとわかっていても、綾乃の舌が探り当てたその言葉は、カグヤを信頼してのものだった。
きっと、理知的なカグヤなら受け止めてくれるはずだという期待。
仲間として、不器用ながらも最大限の信頼を置いたその言葉に、カグヤははっとした様子で目を見開くと、ぺこりと腰を折って綾乃へと頭を下げる。
「ありがとうございます、綾乃さん。心が軽くなったような気がいたします……ならば拙は、新たなる刀が完成したその時こそ、バトルで『ビルドフラグメンツ』に貢献する所存です」
「ええ、信頼しているわ、カグヤ」
そうこうしているうちに胴体と頭、そして足が完成したウイングガンダムゼロ炎を机の上に直立させると、綾乃は肩の荷が降りたかのように笑顔を浮かべるカグヤにそう返して、ニッパーを一度机の上に置く。
「……ん、くぁ……」
「お疲れ様、綾乃さん! 大丈夫? その……わたし、代わろっか?」
大きく伸びをして、尽きかけた集中力を取り戻そうとする綾乃に、優奈もまたPカッターを走らせる手を止めてそう呼びかける。
だが、今は大丈夫、とばかりに首を小さく振って、綾乃はやんわりと、優奈からの申し出を断った。
「ありがとう、優奈。少なくとも組み上げるところまでは私の仕事だし、そこからどうミキシングしていくか考えるのが貴女の仕事だから」
「ミキシング……アリスバーニングに、この子を足し算するんだよね」
「ええ、場合によっては引き算になることもあるけれど」
飽きが来てしまわないようにあえて足から組み立てたことで、机に直立しているウイングガンダムゼロ炎は、この時点で既にプロポーションバランスが良い、逆三角形の体型であることが窺えるものの、懸念するところとしては同じように、カグヤの隣で佇むアリスバーニングと比べると少しだけ身長が低いことだろうか。
優奈は綾乃からの言葉に小首を傾げて、どうアリスバーニングにゼロ炎のテイストを組み込んだものかと考え込むが、まだ全身が完成したわけではないのだから、すぐには浮かんでくるはずもない。
一応、パッケージアートで全体図や組み立て見本は見られるものの、ガンプラというのは組んでみるまで実物がどんなものか把握しづらいところがある。
それに、何より手に取ってみることで初めて愛着が湧き、そこからインスピレーションが湧いてくるというパターンもよくあることだ。
アヤノのクロスボーンガンダムXPだって、それを示すかのようにV2ガンダムのミノフスキー・ドライブユニットを組み込んだのは「ファントム」をイメージしたというのもあるが、V2を組んでいるうちにインスピレーションが湧いたから、という側面もまた持ち合わせている。
「あとはバックパックを作ればとりあえずは完成といったところね」
そう呟くと、綾乃はゲート処理を終えた関節パーツを組み付けて完成させた両腕を、直立しているゼロ炎へと取り付けた。
最大の特徴である、バックパックはまだ完成していないものの、この時点で既に、「炎」を思わせるクリアパーツの配置やカラーリングからは、ウイングガンダムゼロをベースにしつつも、独自の改良を施したビルダーの創意工夫が伝わってくる。
「おお……格好いい! この子とアリスバーニングを組み合わせるのかぁ……なら、この子に負けないように格好よくて可愛い感じにしなきゃ!」
「ええ、そうね」
「えへへ……ありがとう、綾乃さん」
「どういたしまして。貴女の力になれたなら幸いよ、優奈」
恋人同士なんだから、と、続く言葉こそ飲み込んだものの、綾乃がウイングガンダムゼロ炎を組み立てているのはある種プレゼント的な意味合いも持っていることは確かだった。
公衆の面前で私たち、付き合い始めましたと宣言する勇気は持っていないが、自分と優奈は一歩踏み出した関係になったのだから、と自負しているような綾乃はやっぱり生真面目で、そんな真剣な眼差しをしているからこそ、優奈もまたそれが嬉しくて、口元がつい綻んでしまうのだ。
「良かったです」
「……何が、恵?」
「いえ、優奈さん、GBNだとひどく落ち込んでたみたいですから……それに、綾乃さんとも一段と仲良くなったみたいですし」
「なっ……」
そんなに自分はわかりやすいのだろうかと、綾乃は不意に恵から囁きかけられた言葉に頬を赤く染める。
かあっとこみ上げてくる熱は耳まで桜色に染め上げて、GBNとは正反対でありながらもその観察眼は決して衰えていない、本物の「メグ」であることを綾乃は改めて確信した。
「応援していますよ、綾乃さん」
「……貴女、意外と強かなのね」
「よく言われます」
皮肉も意に介さず、ふふ、と、妖艶に笑う恵に少しだけ恨みがましい視線を向けながらも、綾乃は手元を狂わせることなくバックパックも完成させて、最後の工程として机の上のゼロ炎に装備させる。
等間隔に設けられた三ミリ軸を受けるための三ミリ穴にそれは吸い付くようにぴたり、と嵌って、まさしく燃え盛る炎を思わせるそのガンプラは、ようやく机という名の大地に立つ。
「完成したわよ、優奈」
「本当? わーい! ありがとう、綾乃さん! あ、わたしの方も持ち手の切り出し、全部終わりました!」
「ありがとうございます、優奈さん」
「拙からも、感謝申し上げます」
何はともあれ、第一のミッションはクリアした。
カグヤの刀の持ち手となるパーツを切り出し終えた優奈は、綾乃が完成させたゼロ炎の姿にきらきらと目を輝かせながらそれを手に取ると、各部関節やバックパックを動かしてそのギミックを確かめる。
恵は感謝の言葉を述べると共に、優奈が切り出したパーツとなるプラ板を回収しながら、まるで新しい玩具を買ってもらった子供のように喚起する優奈と、それを穏やかな表情で見守る綾乃の姿に、そっと微笑みを浮かべるのだった。
◇◆◇
アリスバーニングとゼロ炎のミキシングを優奈に任せた綾乃は、恵から渡された設計図を基に、カグヤの新たなる刀──その刃となる部分を黙々と切り出していた。
プラ板から素材を切り出し、一つのものを完成させるスクラッチと呼ばれる工程を経験したのは初めてだったが、持ち前の器用さで順調に刃となる部分を切り出し、そして貼り合わせていく。
分厚すぎず薄すぎず、何種類かのプラ板がミックスされたことで生み出された絶妙な塩梅の厚みを持つ刃は、手作業で切り出している以上、当たり前だが一発でぴたりと綺麗に収まってくれるわけではない。
その細かな段差を埋めるためにペーパーを当てて慎重に削り出しながら、綾乃は防塵のために装着したマスク越しにふぅ、と小さく息をつく。
塗装がしやすいように、刃の部分と持ち手の部分でパーツ分けされているまだ名前のない刀は、ガーベラストレート──カグヤが菊一文字と呼んでいたそれを参考にしながらも、より細かく、そして美麗に鍔には装飾が施されていて、綺麗に塗装したのなら、間違いなく高いパフォーマンスを発揮することは確信できる。
ただ、それをPカッターとデザインナイフを使い分けて切り出すのはなかなか骨が折れる作業だった。
「お疲れ様です、綾乃さん」
「ありがとう、カグヤ。あとは表面処理して塗装するだけね」
綾乃は一度グリッド線が引かれた灰色の下地が剥き出しになっているそれを組み付けて、刀の形状となっていることを確認すると、カグヤへと手渡しながら、凝り固まった体をほぐすように大きく伸びをする。
優奈の方は、アリスバーニングの新しいイメージが固まったのか、簡単な加工を済ませるなり、必要なパーツをゼロ炎から回収して塗装ブースへと向かっていた。
サーフェイサーを吹き付けたパーツを乾燥機に入れて、乾いたら少しずつアリスバーニングに使ったのと同じピンク色や白を吹き付ける。
その単純な工程は、どちらかといえば忍耐強い優奈であっても飽きが来そうなものだったが、サーフェイサーの下地を覆い隠して、イメージした通りの色が乗ってくると、次第に気分が高揚するのを感じるのだから不思議なものだ。
どきどきわくわくと胸を高鳴らせながら、優奈は頭の中にイメージした新たなアリスバーニングの姿を一秒でも早く現実に起こそうと逸る気持ちを抑えながら、あくまでも丁寧に、少しずつ色を重ねていく。
「ふぅ……やっと会えるね、アリスバーニング……ううん」
アリスバーニングガンダム・ブルーム。
優奈は脳裏に浮かべたその名前を誦じて、最後の工程を終えて乾燥機に入ったパーツへとそう囁きかける。
カグヤがいなければ、「ビルドフラグメンツ」は生まれなかった。
メグがいなければ、アリスバーニングガンダムブルームという新しい翼は完成を迎えることなく終わっていた。
そして、何より──綾乃がいてくれなければ、自分はもう一度立ち上がることさえもできなかった。
優奈は、それぞれの作業が終わったのか、自分と同じように塗装ブースに入っている恵と、カグヤの見張りと話し相手を兼ねて作業ブースに腰掛けている綾乃に視線を送ると、なんだか鼻の頭に塩辛いものが込み上げてくるのを感じる。
わかっている。ガンプラの完成はまだゴールではない。
どんなに使っているガンプラの性能が良くたって、それを扱うダイバーの腕が追いついていなければ、また元の木阿弥となるだけだ。
だからこそ、優奈は頭の中で一つの「作戦」を描いていた。
それはとてもシンプルで、いってしまえば「修行」の一言に尽きる。
もっとも、それが上手くいくかどうかは密かにダイバーギアを起動して送りつけていた仲介者──「マギー」との交渉が上手くいくかに全てがかかっているのだが。
久しく連絡を取っていなかった恩人にいきなり用事を頼むことを申し訳なく思いながらも、優奈なりに調べたその手段、「タイガーウルフ道場」への入門を果たすために、手段は選んでいられない。
「……わたしのために皆が、綾乃さんが頑張ってくれたなら……今度はわたしが頑張らないとね、アリスバーニング」
元々は、ただ歩いて走って、現実ではもう叶わない、当たり前のように道ゆく人々がやっていることをするためだけに始めたGBNだった。
それでも、綾乃たちと出会う内にガンプラバトルを始めて、段々とそれが楽しくなって、楽しいからこそ辛くなって。
そして、もう一度立ち上がって、あの仮想の空を飛ぶための翼が今、この手に、心に宿ろうとしている。
ならばもう、迷うことはない。
ぴこん、と、メッセージを受信した音が小さく鳴り響いたのを確認すると、優奈はダイバーギアからポップしたウィンドウに、マギーから送られてきたメッセージを開く。
そこには、頼んでいた案件を承ったということと、タイガーウルフの方にも許可を取り付けておいたという旨が記されていた。
「良かったぁ……ごめんなさい、ありがとうございます、と……」
「どうかしたの、優奈?」
「わひゃあっ!?」
手短ながらも丁寧にメッセージを打ち込んでダイバーギアを閉じると、背後から聞こえた声に、優奈は背筋をびくりと震わせる。
振り返れば、そこにはカグヤをその掌に乗せた綾乃の姿があった。
「綾乃さんかぁ、もう、突然だとびっくりしちゃうよ……」
「ご、ごめんなさい。ダイバーギアを見てたみたいだから。何かあったの?」
もしもあの「グランヴォルカ」の連中が懲りもせずに優奈に何か嫌がらせを仕掛けていようものなら、絶対に許しはしないとばかりに怒りの炎を静かに、しかし激しくその瞳へと滾らせながら綾乃は優奈へとそう問いかけた。
「んっと……修行の申し込み、かなぁ?」
秘密、と答えようかと一瞬悩んだものの、そうしておく理由もないということで優奈は素直にダイバーギアを操作していた理由を白状すると、綾乃へと端的な結論を答える。
「修行?」
「うん! もっともっと強くなるために、アリスバーニングブルームを乗りこなせる自分になるために、って感じで!」
優奈の言葉は力強く、そこに迷いや躊躇いは感じられない。
綾乃は何かされたわけではないことに、そして修行、と答えた優奈が、もう完全に立ち直ることができたのだと、ほっとこみ上げてきた安堵に胸を撫で下ろす。
「そう……強くなったのね、優奈」
「うん、綾乃さんがいてくれたから!」
「……ありがとう。なら、私も……もっと強くならないとね」
もう一度翔ぶために。あの仮想の海に浮かぶ空をどこまでも、優奈と一緒に駆け抜けていくために。
綾乃は真っ直ぐに優奈の瞳を覗き込むと、そう答えを返して二人は互いに微笑みを交わす。
そして、このひとがいてくれてよかったと、このひとが、自分の隣にいることを選んでくれて、本当によかったと──これ以上の幸せなんて、きっとこの世のどこにもないのだと、心の底から感じるのだった。
はじまるリライズ