ガンダムビルドダイバーズ ブレイヴガールフラグメント 作:守次 奏
メグたちと過ごしたオフ会の時間はあっという間に過ぎて、ガンダムベースシーサイドベース店に「蛍の光」が流れ始めた頃、ようやく全ての工程が終わったのだった。
完成した一振りの刀──プラ板を積層させ、緻密な掘削技術で彫り上げた鍔が目を引くそれを、マテリアルボディの手に取ると、鞘から抜き放って天に掲げてみせる。
「ああ……素晴らしい出来栄えの刀です。これなら、拙も……拙も、これからの戦いを生き抜いていけるというもの。恵、綾乃さん、優奈さん。本当に感謝いたします」
本物の金属パーツを使ったかのように、何度も何度も入念な表面処理を重ねてから黒を下地に、鋼をイメージした青みがかかった銀色で塗装された刀身を眺めて、どこか恍惚とした様子で、カグヤはうっとりと、人の手で作り出された刃の輝きに魅入られながらそう語った。
「いえ、お安い御用よ。それに……言ったでしょう、困ったらお互い様だって」
「そうです、カグヤさん! わたしだって綾乃さんに手伝ってもらったから、新しいアリスバーニング……ブルームを作れたんですし!」
「ええ、全くね。私も二人に手伝ってもらったから、G-フリッパーの強化が一日で何とか間に合ったわけだし」
最後まで残っていたことをどこか申し訳なく思いながらも会計を済ませて、結構な額が財布から出ていくことに顔を顰めながらも、綾乃たちはそれも一つの体験だとばかりに顔を見合わせて、恵の掌で刀を──「無銘朧月」と名付けられたそれを掲げているカグヤへと、諭すようにそう返す。
「そういえば、恵はどんな強化を施したの?」
「ん……そうですね、今はまだ秘密、といったところです」
「秘密、ですか?」
「はい、優奈さん。綾乃さん。これから慣らし運転をしないといけませんし、手に馴染んだら……もう一度『ビルドフラグメンツ』としてGBNで集まったら、その時はちゃんとお話ししますから」
──だから、楽しみにしていてください。
相変わらず恵の言動はGBNにおける「メグ」とはかけ離れているものの、そのどこか悪戯っぽく人の心の奥底をくすぐるような笑みは、GBNでの彼女と重なって見えて、やっぱりいくらロールプレイをしていても、演技が上手くても、完全な別人になるのは難しいことなのだろうと納得する反面、綾乃はそこに言い知れない安心を感じていた。
「そう……なら、もう一つだけ訊いていいかしら」
「なんですか、綾乃さん?」
「どうして、突然のオフ会の誘いなのに受けたの?」
メグは「アヤノ」と「ユーナ」のことはよく知っていても、「一条綾乃」と「春日優奈」に関しては全く知らないといってもよかっただろうし、そんな優奈から届いたお誘いに一も二もなく即座に肯定の返事をしたのは、人柄という言葉だけでは説明できない。
だからこそ、訊いておかなければならないと思ったのだ。
綾乃の、疑うわけではないにしても少しだけ険しさを増した視線に恵は動じることなく小さく笑うと、このオフ会を承諾した理由をぽつりと零す。
「心配だったんです」
「心配?」
「ええ、優奈さん、とても落ち込んでましたから。だから、私も……何か力になれることがあればと思ってオフ会を承諾したんですけど、どうやら心配に関しては杞憂だったみたいですね」
それとも、綾乃さんがどうにかしてくれたからでしょうか。
口元にいたずらな笑みを浮かべて囁きかけてくる恵の言葉に、瞬間湯沸かし器のごとく綾乃の頬は耳まで真っ赤に染まる。
図星だった。
どうにかしてくれたというよりはどうにかなったというか、流れでどうにかなってしまったというべきなのかもしれないのだが、どっちにしても自分と優奈の関係性が一歩踏み込んだところに来たのは事実だ。
きょとんと自分たちを見つめているカグヤを手提げ鞄の中に入り込ませると、恵は高らかにハイヒールの踵を打ち鳴らしながら、綾乃たちの家路とは反対の方向に向かっていく。
「ふふっ、今日は楽しかったです。綾乃さん。優奈さん。だから……」
「ええ、そうね、ありがとう」
「はいっ! ありがとうございます、恵さん、カグヤさん! もう一度……GBN、一緒に遊びましょう!」
手を振る背中を見送りながら、綾乃たちはそこに一つの約束を取り交わす。
明日、また。
まるでそれは子供が放課後の時間を過ごした後に、明日が来ることを信じて疑わないままに交わす言葉のように幼く、ともすればなんの保証もないものだったのかもしれない。
それでも、恵の背中が見えなくなるまで見送り続けた果てに綾乃と優奈は顔を見合わせて、そこに確かなあたたかさが、人がきっと信頼と呼ぶものが、絆と呼ぶものの輪郭が残っていることを確かめるように、手を振りながらそっと微笑む。
また会いに行く。それは電子の海で、そしてもしかしたら、この現実で。
今度はGBNでも行ったように、カラオケにでも行くのも悪くはないだろう。
綾乃はそんなことを茫洋と考えながら、優奈が腰掛けている車椅子のバックサポートから伸びるハンドルを握って、駅までの家路をいつも通りに歩んでゆく。
「今日はありがとう、綾乃さん」
「こちらこそありがとう、優奈。その……私で良ければ、どんどん頼って」
──だって、恋人だもの。
続く言葉はごにょごにょと曖昧に、夜の空気の中で形を失って、曖昧な輪郭が湿度の中に溶けていきそうになったものの、優奈はそれを繋ぎ止めるかのように、少し大人びた笑顔を浮かべて恥ずかしがる綾乃へと言葉を返す。
「じゃあ……わたしがキスして、って言ったら、綾乃さんはしてくれますか?」
「……っ、それは……」
「……嫌、ですか?」
うるうると瞳を潤ませて自分ののそれを覗き込む優奈の赤みがかかった瞳は反則だ、と言いたくなってしまうほどに可愛らしく、綾乃は脳髄が電流で焼き切れそうになる感覚を覚えながらも、同じ目線までかがみ込んで、優奈の唇にそっと、壊れてしまわないように口づける。
辺りを行き交う人々が向けてくる奇異の視線が背中に突き刺さるのを感じながらも、長く口づけを交わしている内に、そしてもっと先を求めるかのように、優奈の舌がぎこちなく自分の唇を割って入ってくる感覚に全ての思考回路は機能を停止して、世界から二人だけが切り離されたかのような錯覚に、綾乃は、優奈は陥っていく。
お返しだ、とばかりに割って入ってきた舌を喰み、今度は優奈の唇を割って、情動に突き動かされるままに舌を入れれば、世界から二人は完全に切り離されて、透明なグリッド線がそこに引かれているかのように、半径数メートル以外の全てが消滅してしまったかのように、綾乃はむせ返るような湿気が肌に張り付く夜に溺れていた。
「……っぷぁ……どうしたのよ、急に……」
「っ、ぷ、ぁっ……えっと、したくなっちゃったっていうか、なんだか恵さんにちょっとだけやきもち焼いちゃってたのと……その、わたし、修行しにいくから」
顔を真っ赤にするぐらいならば求めなければいいのに、ということ自体野暮なのだろう。
だが、それはそれとして修行という言葉とフレンチ・キスにどう相関があるのかを綾乃はしばらく真面目に考え込んで、降参だとばかりに肩を竦めると、まだぼうっと熱の残る頬を夜風に当てて冷ましながら、優奈へと問いかける。
「……修行と……その、キスに、なんの関係があるの?」
「……綾乃さんから、元気をもらいたかったの」
「私から?」
「ほら、その……わたしって、本当はあんまり元気なくて……自信もなくて。でも、綾乃さんと一緒にいると、綾乃さんから大事にしてもらってるって思うと、そんな自分にちょっとだけ近づける気がしたから」
ちょっとだけの背伸びに似た爪先立ちの理由を、頬を赤らめたまま優奈はそっと、少しだけ自信なさげに綾乃へと語ってみせた。
わかっている。験担ぎに意味なんてなくて、ガンプラを組み立てる作業は楽しかったけど、綾乃と一緒に過ごす時間の大半に恵とカグヤがいて、中々二人きりになれなかったことに、言い出しっぺにもかかわらず、ちょっとした嫉妬を抱いてしまっていただけだと。
それでも、意味がなくても、意義がなくても、そこに信じるに値するものがあるからこそ、そうなれると信じさせてくれるからこそ、優奈は綾乃に恋人である証を求めたのだ。
「……おませさんね」
「顔真っ赤な綾乃さんに言われたくないですーっ!」
「なっ、それは貴女が……!」
そうやって、他愛もない言葉を投げ合うことがどれだけ幸せだろう。
両脚を失って、大地を駆け抜けることができなくなって。
ずっと──「元気でいてほしい」という願いであり呪いに縋り付くことしかできなかった優奈にとっては、今という瞬間が何よりも愛おしくて仕方なかった。
「ぷっ……あははは」
「あははははっ!」
やがて、呆れたように顔を突き合わせると、何がおかしいのかもわからないままに綾乃と優奈はこみ上げてくる感情に任せて微笑みを交わす。
高らかに夜へと響く笑い声は、ともすれば近所迷惑だったのかもしれない。
「綾乃さん」
「なに、優奈」
「その……また、明日!」
「ええ、また明日」
それでも、きっと関係ない。往来を置き去りにして、喧騒を忘れて、二人だけのランデヴー飛行をするように、綾乃と優奈は交わした約束を噛みしめながら、夜の街をゆっくりと、駅までの一歩一歩を記憶のアルバムに焼き付けるように歩いてゆくのだった。
◇◆◇
「お前がユーナって奴か。話は聞いてる。それで……俺に弟子入りしたいってのは急にまたどんな理由だ?」
翌日、家からGBNへとログインしていたユーナは、単身マギーに紹介してもらった「タイガーウルフ道場」に赴くべく、エスタニア・エリアへの門を潜ると、どこか中華風な寺院を思わせるそのフォースネストの主人にして、ワールドランカーとして名を馳せる「タイガーウルフ」と顔を突き合わせていた。
「はいっ! わたし、心を鍛えてもらいたいんです!」
「心……? ここ最近、俺んとこに来る奴は皆ガンプラバトルが上手くなりたいからとかそんな理由ばっかだったが、珍しいな」
どこまでも冷静に、訝るような声を出しながらも、狼を思わせる獣人のダイバールックに身を包んだタイガーウルフの尻尾は、上機嫌そうにゆらゆらと左右に揺れている。
あの「ビルドダイバーズのリク」や「リビルドガールズのアイカ」、果ては「アナザーテイルズのリリカ」といった錚々たる面子がこのタイガーウルフ道場ことフォース「虎武龍」の修行の世話になった、という噂は瞬く間にGBN中を駆け抜けて、一時期は行列ができるレベルでタイガーウルフの元にダイバーたちが押し寄せていた。
だが、それにすっかり辟易していたタイガーウルフとしては、もう弟子は取らないつもりだったものの、「心を鍛えたい」と言い出したユーナの存在は、並の理由でこの門を叩いたダイバーたちとは違うのだと一目で確信する。
「だから、ガンプラも持ってきてません! わたし、ファンネル? ビット? その……ガンダムには詳しくないですけど、ファイターとして、もう泣かないために強い心が欲しいんです!」
「なるほど……大方その様子だと無線兵器に苦しめられたか? まあいい、だがお嬢ちゃん。お前のその着眼点は最高にいいぜ」
「いい、ですか?」
「おうともよ。ガンプラバトルってのは心と心のぶつけ合いだ。小手先の技量を学びてぇってんなら、今はいくらでも方法がある。G-Tubeには初心者指南が載ってれば、初心者向けのクリエイトミッションも充実してきてる。それでも、『心』ばかりはそう簡単に鍛えられるもんじゃねえ」
結局どんな理屈を捏ねようが、先に折れた方がバトルに負ける。負けたところで折れたままなら、それに引きずられてどんどん諦めていく。
タイガーウルフは、ぱん、と掌に拳を打ち付けると、優奈へと諭すようにそう語った。
「だからな、俺は古臭いかもしれねぇが『心』を大事にしてるんだ。誰にも負けねぇ、この世界で一番強いのは俺だと、そう信じ続ける力……言ってみりゃ信念だな。前置きはこの辺にしとこうか、ユーナ。俺の修行は厳しいぜ、ついてこれるか?」
「はい、師範!」
「いい返事だ! それじゃあ早速……始めるぜ!」
ユーナはゆらり、と立ち上がったタイガーウルフの背中に、言葉では語り尽くせないほどの「武」を、カグヤがこの場に居合わせていれば間違いなくそう評していたであろう歴戦の気配を感じ取る。
五感のフィードバックが実装されてから、フォース「虎武龍」が普段修行としてやっているトレーニングメニューは相対的にその厳しさを増して、一時期山のように押しかけてきた弟子入り希望のダイバーもその大半が音を上げていた始末だった。
だが、ユーナの瞳はぎらぎらと闘志を滾らせていて、タイガーウルフが嫌う「諦め」はそこに微塵も感じられない。
「思い出すな……リク、アイカ、リリカ。お前らに続くかもしれない奴がここにいる。そして、俺もまた心を鍛え直して強くなる」
自分は決して楽隠居などではない。
弟子をとってこそいたものの、今も現役のファイターなのだとばかりに、懐かしいその名前を口ずさむと、タイガーウルフは早速とばかりにユーナを連れて、鍛錬の場である岩山へと、その歩を進めるのだった。
◇◆◇
「走り込みに、体幹のトレーニングに、果ては拳で砕いた無数の岩を避ける修行ね……優奈も随分頑張ってるのね」
ダイバーギアが通知音を立てると同時にポップしたメッセージに記されていた、「タイガーウルフ道場」での修行内容を一瞥して、綾乃はどこか感慨深げにそう呟いた。
しかし、その紙やすりが貼り付けられたスティックを持つ手が止まることはない。
優奈がアリスバーニングガンダムブルームに相応しい自分になるために修行を重ねて、詳細はまだわからなくともメグもG-フリッパーから更なる強化を施して、そしてカグヤも新たなる剣を手にした今、「ビルドフラグメンツ」の中で一番遅れをとっているのは自分だった。
だからこそ、フォースの近接支援として、メグを除けば唯一ある程度の遠距離戦もこなせる遊撃手としての役割を更に強固なものとすべく、綾乃もまた、愛機であるクロスボーンガンダムXPの強化を進めていたのである。
「フルクロスは定番だけど、あの装備は腕の可動域を制限する」
バタフライ・バスターBを二挺確保するために購入した「HGUCクロスボーンガンダムX0」の箱を一瞥して、綾乃は小さくそう呟く。
確かにX0フルクロスという機体は原作で八面六臂の活躍を見せた名機であることに違いはなく、単純にXPにフルクロスを組み込むだけで、シェルフ・ノズルの積層体であるそれが齎す恩恵は大きく、総合的な戦力は上昇することだろう。
だが、ガンプラバトルであることを考えたとき、近接支援役として異なるレンジを飛び回ることを考えた時、フルクロスという、防御力と機動力を同時に強化する装備を纏ったとしても、それを十全に活かすのは極めて難しいことだ。
或いはカーティス・ロスコ──トビア・アロナクスのような超人的な反応速度があればフルクロスの力を百パーセント以上に引き出せるのだろうが、綾乃はそこまで己の腕を過剰に評価していない。
それに、何よりフルクロスを組み込んだ「だけ」では、中距離からの支援という役割に寄与するところは薄いのだ。
だからこそ、優奈のためにウイングガンダムゼロ炎を購入したのと同時に、こっそり買っていた新たな素体となるガンプラの箱を一瞥して、綾乃は再びゲート跡とパーティングラインを消すためにペーパーを当てる。
『どうした! お前の心はそんなもんか!?』
『まだまだですっ! 次は全部見切ってみせます!』
『ハッ……そうじゃねえとな!』
メッセージに同封されていた動画の中には、優奈がタイガーウルフが持ち上げて拳一つで砕いた巨岩の破片を、ステップを踏むような軽快な動きで避け回る姿が映されていた。
それは恐らく、無線兵器に対する対策として考え出された修行なのだろう。
優奈は、オールレンジ攻撃を機動力で振り切るために四方八方から攻撃が降り注いでも動じないための道を選んだ。
ならば自分は、ある程度オールレンジ攻撃に慣れていることも含めて、それを逆手に取ればいいだけの話だ。
優奈とカグヤをフォローするために、そして今度また戦場で会ったならあの「グランヴォルカ」を真正面から叩き潰すために。
綾乃は表面処理を終えたパーツを仮組みして、放射状のシルエットを描き出したクロスボーンガンダムXPを一瞥する。
「……クロスボーンガンダムXQ。それが、新しい貴方よ」
そして、今はまだちぐはぐな色をしている追加パーツを装備したクロスボーンガンダムXP改め、クロスボーンガンダムXQへと魂を吹き込むように、綾乃はその名前を口にするのだった。
交わり、生まれる新たなるガンダム