ガンダムビルドダイバーズ ブレイヴガールフラグメント 作:守次 奏
「こうしてフォースネストに戻ってくると、随分と長い間ログインしてなかったみたいに思えるから不思議なものね」
フォース「度胸ブラザーズ」との戦いから数日、アヤノたちはメグの動画が完成したということもあって、フォースネストに集まっていた。
思えば、「グランヴォルカ」と戦って以来色々なことがありすぎて、実に数ヶ月ぶりぐらいの心境でいたものの、実際に経った日数を数えてみればそれほどでもないのだから、時の廻りというのは不思議なものだと、アヤノは内心でそう呟く。
「うんっ! なんだか懐かしいよね、アヤノさん!」
「『度胸ブラザーズ』の時はロビーで誘いを受けたものね」
そんなアヤノの言葉に追従しながら、感慨深げに目を輝かせ、今まではメグたち以外の誰もいなかったのであろうフォースネストを一望するユーナも、考えていることは同じようだった。
この数日間でアヤノとユーナがやっていたことといえば、ぶっつけ本番での戦いとなった「度胸ブラザーズ」戦から更に機体を手に馴染ませるべく各種ミッションを受けていたぐらいで、一応メグとカグヤから了承は貰っていたものの、フォースネストには立ち寄っていなかったのだ。
単発のPvEミッションから連戦ミッション、果てはクリエイトミッションや恒常レイドバトルまで一通りのミッションをこなしてきて、光の翼にツインドライヴを上乗せするというピーキー極まる挙動をしたクロスボーンガンダムXQも、随分と手に馴染んできた。
走馬灯のように脳裏を巡る記憶を手繰り寄せながら、アヤノは拳を握ったり開いたりを繰り返し、操縦桿の感触を思い起こすかのように感慨に耽る。
それはアリスバーニングガンダムブルームを操るユーナも同じであり、この数日間で受けてきたミッションの中で最も実りがあったものといえば、やはりG-Tuberである「チェリー・ラヴ」が配信している「高嶺の花嫁」だろう。
クリエイトミッションにしては珍しく難易度が分けられているそれは、上級者にとっても初級者から中級者にとってもオールレンジ攻撃への対策練習という意味合いが強く、アヤノたちは流石に最高難易度こそ突破できなかったものの、このミッションを繰り返し受注することで、ある程度ではあるものの、オールレンジ攻撃への対応力が身についてきたという確信を得ることができた。
今度また「グランヴォルカ」とぶつかり合うことがあったなら、彼らがどんな戦術を用いてくるかは予測できないものの、少なくともヴィラノの機体がプロヴィデンスガンダムをベースとしている以上、彼に関しては戦術を大きく変えてこないはずだ。
アヤノはそう予測しながら、開いた拳を再びきつく握りしめる。
今度会った時が百年目だ。ユーナを、優奈を泣かせた罪はたっぷり償わせてやる──アヤノがそんな、仄暗さを宿した闘志を瞳の奥に滾らせていた時だった。
「やほやほー、久しぶりだね、アヤノ、ユーナちゃん」
「メグさん!」
「ええ、久しぶり。『度胸ブラザーズ』の時以来かしら」
「そうなりますね。お久しぶりです、アヤノさん、ユーナさん」
フォースネストの机に座ってコンソールを忙しなく操作していたメグはその手を止めると、すぐ近くでその様子を見守っていたカグヤを連れて、アヤノたちの元へと駆け寄ってくる。
再開を心待ちにしていたのはどうやらメグだけではないらしく、どことなくそわそわと浮き足立った感じがするカグヤの様子に小さく笑みを浮かべながら、アヤノは久しぶり、と小さく返す。
実家のような安心感、とはいわないまでも、こうして四人が久しぶりに、フォースネストで顔を合わせたのにはなんだか心安らぐものを感じるのもまた事実であり、つい数日前に会ったばかりなのにもかかわらず、ユーナはきらきらと目を輝かせ、控えめに微笑むカグヤの手をきゅっと握りしめていた。
「む……」
「お、妬いてる?」
「……別に、大したことではないわ」
メグからの茶化すような指摘に、アヤノは唇を尖らせてそう答えるが、唇を尖らせている時点でもう全ての答えを白状しているのに等しい。
とはいえ、仕方のないことなのだ。
アヤノは自分へと言い聞かせるように内心でそう呟く。
ユーナは元々、取り繕っていた部分こそあるとはいえ、誰にでも友好的に接する女の子で、そしてカグヤは「ビルドフラグメンツ」の仲間なのだから、あんな風にスキンシップをするのも珍しいことではない。
とはいえ、そこになんだか少しだけささくれ立ったものを感じるのもまた確かなことなのだが。
手持ち無沙汰な右手を結んで開いてを繰り返す、完全に挙動不審なアヤノを、さながら拗ねる子供を見守る親のような視線で見つめつつ、メグはそこに、大きな変化があったのだろうと思いを馳せる。
変わること。変わらないこと。どちらが一概にいいだとか悪いだとかは断言できないにしろ、どことなく何かを諦めた様子があったアヤノが、一つの情熱を取り戻したことは喜ばしいことなのだろう。
そんなメグの生温かい視線に気付くことなく、拗ねて腕を組んでいたアヤノだったが、とうとうユーナもその様子に気付いたらしく、はっとした様子で目を見開き、恋人の元へと駆け寄っていく。
「ごめんね、アヤノさん」
「……ユーナ?」
「はい、アヤノさんとも握手! えへへ、なんだかちょっと照れ臭いかも」
組んでいた腕を解いて、呆然とするアヤノの手を胸元に抱き寄せながら、ユーナは蕾が綻んだかのように、温かくも艶やかな笑みを浮かべてみせた。
ユーナにも見抜かれてしまっている辺り、自分という人間は相当単純でわかりやすいのかもしれない。
擬似的にフィードバックされる柔らかな感触から、血液を送り出す鼓動は伝わってこない。
それでもそこにあの夜に重ね合わせた温もりを、心臓の拍動を思い起こしてアヤノは微かに頬を染め、空いていた手で開いた扇子で顔を覆い隠す。
「……その、ありがとう。ユーナ」
「えへへー、だってアヤノさんはわたしの恋び」
「こほん! ええ、本当にありがとう!」
危うく全てを口走りそうになったユーナの言葉を遮るように、アヤノはわざとらしい咳払いと共に声のボリュームを引き上げた。
ユーナと恋人であることが嫌なわけではない。
むしろそれが誇らしくて仕方がないのだが、流石に公衆の面前で、仲間の前で私たち付き合い始めました、と宣言するのにはいささか勇気が必要で、それには少し及び腰になっていて。
ぐるぐると頭の中を絶え間なく駆け巡る益体もない考えに、アヤノは頬を耳まで真っ赤に染めて、蒸気を噴き出しそうな頭を抱えるが、そうしている時点でもう洗いざらい全てを白状しているようなものだ。
「おめでとうございます。アヤノさんとユーナさんはお付き合いを始められたのですね」
拙はそういった色恋に関しては疎いのですが、と、遠慮がちな笑みを浮かべながら静かに舌先から滑り落ちたカグヤの言葉は、混乱する思考回路にトドメを刺すのには十分すぎた。
「うんっ! わたしとアヤノさん、付き合ってるんだ! えへへ」
「……」
「……アヤノさん、もしかして、嫌だった……?」
ぷすぷすと黒煙を噴き出す頭を抱え、顔を真っ赤にして俯いているアヤノの顔を覗き込んで、ユーナは桜色の瞳を潤ませる。
そういうことではない。嫌だなんてとんでもないし、むしろユーナから一方的に付き合うのをやめるなんて言われた日には一ヶ月ぐらい寝込む自信があったし、ただそれはそれとしてこういう色恋沙汰には慣れていないから頭を抱えたくなってしまうだけで。
あれこれと頭の中を駆け巡る考えには際限がない。このままだと言えない言葉が喉の辺りで渋滞を起こして、肯定とも取れる沈黙へと繋がってしまう。
混乱する思考の中で唯一明晰に働く部分が導き出した直感に従って、アヤノは一度全ての考えを放り捨てると、顔を真っ赤にしたままユーナの瞳を覗き込み、GBNでは倫理コードの観点から制限されているキスに代えて、優しくその頬をすり合わせ、華奢な身体を抱きしめる。
「嫌なんかじゃないわ。むしろ私が……夢を見ているくらいで、その……なんというか、こういうことに慣れてないから」
「本当? 良かった! わたしもアヤノさんとお付き合いできて嬉しいから……えへへ」
世界が透明な板で仕切られて、二人だけが隔離されていくような錯覚に陥りながらも、メグとカグヤが見ている前だということを思い出して、アヤノは更に頬を赤らめ、茹で蛸のような有様になっていた。
それでもこうしてユーナと触れ合うことが、恥ずかしさ以上に嬉しいと心の中で歓声を上げているあたり、やはり自分は単純なのだとアヤノは静かに自嘲する。
「ありゃ、思った以上にラブラブだねぇ……ところで今日の本題入っていい感じ?」
焚き付けたのが自分であることに一抹の罪悪感を抱きながらも、メグはこれ以上ユーナとアヤノが二人だけの空間に入られていては話が進まないとばかりに、苦笑を浮かべながら呼びかける。
「誰が焚き付けたのよ、誰が」
「本当ごめんて」
「そういえば、何か話があるって感じでフォースネストに集まったんだっけ、えへへ」
メグへと恨みがましい視線を向けるアヤノに対して、ユーナはあっけらかんと──とまではいかなくとも、頬を桜色に染めながら、少しだけばつが悪そうに髪の毛を掻いて小さくはにかんだ。
そんなユーナの呑気さもまた可愛い、と思考を横道に逸らしながらも、アヤノはこほん、と小さく咳払いをして調子を整えた。
「んっと……まずは動画の話かな。『度胸ブラザーズ』と戦った時のやつに編集加えてみたけど、結構好評だったっぽいかな」
「それは何よりね」
メグが指先でコンソールを叩きながら、ポップさせたウィンドウに映るその動画の中では、彼女のアバターが軽妙なトークで「度胸ブラザーズ」との戦いを実況したり、時には解説に回ったりしているが、相も変わらず衰えないその話術に、アヤノは思わず感心を寄せる。
『おかえり』
『生きがい』
『待ってた』
『相変わらずゆるキャラみたいな見た目なのにゆるくない奴ら来たな……』
『ジャマーを相殺しやがったぞ』
『オイオイオイ、死ぬわビルドフラグメンツ』
『ほう、新機体ですか、大したものですね』
『僕は最初からビルドフラグメンツが復帰することを見抜いてましたけどね』
画面の右端を流れるコメントには、純粋に戦いの趨勢を見守る声もあれば、「ビルドフラグメンツ」の帰還を祝う声もあって、様々な言葉がリアルタイムで入り乱れているものの、そのほとんどはメグが言う通り、概ね肯定的なものだった。
再生数も落ち込みを見せているわけではなく、相変わらず十万単位を維持しており、そういう意味ではメグの再起は成功したといってもいいのだろう。
「そんで、こっちが多分アヤノたちには本題になるかな」
「ふむ……それは、どういう?」
ばさり、と扇子を広げて問いかけるアヤノに対して、メグは動画を開いていたウィンドウを閉じると、瞬く間に別なウィンドウを立ち上げて、そこに表示されている内容をアヤノたちへと提示する。
「シーズンレイドバトル……メグ、これは?」
「カグヤにも説明してなかったっけ、一応公式イベントのレイドバトルなんだけど、PvP要素が入ってるんだよね」
シーズンレイドバトル「光芒のア・バオア・クー」。
メグが表示したウィンドウに表示されていた公式イベントの名前を頭の中で誦じながら、アヤノはそこに表示されている概要をつらつらと読み連ねていく。
簡単にいってしまえば、今回のシーズンレイドバトルはPvPレイドということで、「大戦争」イベントと近しい部分があった。
ダイバーたちは連邦軍とジオン軍の側に分かれて、星一号作戦を再現した戦いに臨むというのがシーズンレイドバトルの要旨であり、主に連邦軍はジオン軍側の空母「ドロス」「ドロワ」の撃墜と「ア・バオア・クー」要塞の陥落、ジオン軍側はNフィールドに配置された連邦軍基幹艦隊の殲滅をそれぞれ目指すことになる。
参加人数こそ「大戦争」イベントには及ばないものの、対人要素が含まれた防衛戦と侵攻戦を兼ねたその内容は難易度が高く、所属陣営全体での連携が求められる都合、乱戦が発生する確率も極めて大きいのだが、逆にいってしまえば、腕試しの場としては最適であるといえた。
「なるほど……つまり連邦軍とジオン軍? に分かれて戦えばいいんですよね、メグさん?」
「んー、まあ半分正解かな、ユーナちゃん。ただ連邦ならレイドボスの『ドロス』と『ドロワ』を倒すのも目標で、ジオンならおんなじレイドボスの連邦艦隊を撃破するのも目標って感じだから色々と複雑っちゃ複雑な感じ?」
メグのざっくばらんな説明に、ふんふんと感心を寄せるユーナはなんだか小動物を連想させて、そんなところとまた可愛らしいと思考回路を色恋でショートさせかけるが、与一からの言葉を思い出してアヤノは、頭を左右に振って脱線しかけた思考を元に戻す。
「あと、一番の特徴なのはレイドボス相当のNPDとしてアムロのガンダムとシャアのジオングが出てくることだね!」
「ガンダムとジオング……ガンダムについては拙も存じ上げていますが、ジオングとは一体どんな機体なのでしょう、メグ?」
少し興奮した様子でウィンドウを操作して、シーズンレイドバトルに登場する固定戦力が記されている欄を拡大したメグに、カグヤはそう問いかける。
一応メグとの付き合いでカグヤもガンダム作品はある程度見ているものの、そのほとんどはアナザーガンダムであり、年代が古い作品、取り分けファーストガンダムについてはそこまで詳しくないのが実情だった。
「んー、なんか腕飛ばしてくるやつ! オールレンジ攻撃だね」
「なるほど! わたしたちが戦ってた『高嶺の花嫁』と似たような感じなんですね、メグさん!」
「そうそう、ユーナちゃん。あっちほどオールレンジ攻撃が苛烈ってわけじゃないけどね」
ジオングの特徴は色々と挙げられる……というよりは特徴しかないような機体だが、まず真っ先に警戒すべきは、ビーム砲も兼ねている腕部を射出したオールレンジ攻撃の存在だろう。
原作においては、アムロが零距離まで接近することで封殺することに成功していたものの、メガ粒子砲があらゆる角度から飛んでくるというのはそれだけで脅威といえる。
練習として挑んできた『高嶺の花嫁』ほどではないにしても、NPDの強さがレイドボス相当に設定されているのなら、その判断力もまた大きな脅威として数えられることに違いはない。
「要するに今のアタシたちの全部が試される感じだね! 悪くないっしょ?」
メグはからからと快活に笑うと、ぐっと親指を立てながらそう言い放つ。
フォース「度胸ブラザーズ」との戦いを事実上の再起戦としてGBNに復帰を果たした「ビルドフラグメンツ」だったが、相手から挑まれたのではなく、自分から挑んでいくという意味ではまだ四人揃って何かを試したわけではない。
そういう意味では、広く機体の能力を活用することが求められるシーズンレイドバトルは、メグが言う通り今の自分たちに打ってつけだ。
アヤノは内心でそう呟いて、ふっ、と口元に獰猛な笑みを浮かべる。
「ええ、悪くないわね。私は賛成よ」
「よき戦いとなりそうですね。ならば、拙も異存ありません」
「オッケーオッケー、アタシ含めて三人が賛成って感じだけど、リーダーとしてはどう、ユーナちゃん?」
メグはアヤノたちの意見を取りまとめると、振り返ってリーダーからの答えを求めるが、そんなことは訊くまでもないとばかりに、ユーナの表情は晴れ晴れとした笑顔に染まっていた。
「もちろんですっ! えっと……それじゃあ」
「そうね、ユーナ。号令をお願い」
「わかったよ、アヤノさん! えっと……『ビルドフラグメンツ』……ファイト、おーっ!」
『応っ!』
ユーナの号令に合わせてアヤノたちは掌を重ね合わせると、新たなる戦いへの船出を祝うかのように、勇ましく言葉を紡ぎ出す。
もう一度始まるために、そしてもう一度始めるために。
フォース「ビルドフラグメンツ」は確かにGBNへの帰還を果たし、ユーナの号令の元に、再始動を果たすのだった。
いざゆけシーズンレイド