ガンダムビルドダイバーズ ブレイヴガールフラグメント 作:守次 奏
「アタシらの所属は……連邦側かぁ」
シーズンレイドバトルに際して、そのチーム振り分けが決定した旨の通知を受け取ったメグは、肩を竦めながらその情報が映し出されたウィンドウをアヤノたちへと提示した。
連邦とジオンに分かれて、それぞれが防衛目標を守りながらレイドボスを倒すという、通常のレイドバトルからは少し外れた作戦目標が設けられているこのシーズンレイドバトルが何を意味しているかといえば、それは恐らく防衛側と侵攻側を兼任させることによって、防衛側が不利にならないようにするための配慮に尽きるだろう。
アヤノは自軍である地球連邦陣営のスタート地点と、攻撃目標となる宇宙要塞「ア・バオア・クー」と、ジオン軍側が誇るレイドボスにして巨大空母である「ドロス」と「ドロワ」の配置を確認する。
原作における星一号作戦と同様に、グレート・デギンとレビル将軍の座乗艦が、コロニーレーザー「ソーラ・レイ」によって焼き払われたところから始まるこの戦いにおいての有利不利を決めるのは、原作における物量ではなくダイバーたちが持つ個々の実力にかかっているといってもいい。
メグが少しだけ渋い顔をしていたのは、その条件を加味した上で考えた場合、連邦側の方が若干の不利を背負うから、ということになるだろう。
ジオン軍の場合はレイドボスが「ドロス」と「ドロワ」の二枚看板だとして、連邦軍のレイドボスにして防衛目標は「地球連邦軍基幹艦隊」であるために、それぞれの体力が低めに設定されているのだ。
一応、総旗艦であるマゼラン級の体力は多めに設定されているものの、それでもジオン側の空母二隻と比べれば雲泥の差だといっていい。
その代わりにジオン側が背負うハンデとしてはNPDとして用意されたアムロ・レイが駆る初代ガンダムの相手をしなければならないことと、用意されたNPDの兵力で劣ることなのだが、それも決定打になるとは言い難い。
「えっと……連邦軍だと、何かまずいんですか?」
「んー、マズいってか、ムズい?」
事態があまり飲み込めていないユーナからの質問にそう答えながら、メグはコンソールにおけるマップ表示を拡大し、連邦軍の初期配置地点とジオン軍の防衛拠点である「ア・バオア・クー」への侵入経路となる四つのフィールドを指し示した。
連邦軍の初期配置地点と近しい、地球を臨むSフィールドには空母「ドロワ」が、そして激戦が予想される大本命の価格である、サイド3を臨むNフィールドには「ドロス」が配置されており、原作と作戦の大筋が変わらないのであれば、Sフィールドを経由してからNフィールドに向かうのが王道の攻略ルートになるのだろう。
だが、ここはGBNだ。
例え原作のシチュエーションが用意されていたとしても、その通りになるとは限らない。
最も兵力が手薄になっているWフィールドをメグは人差し指で指し示すと、もう片方の指先で各勢力へのフォースの振り分けリストを表示したウィンドウを、アヤノたちの方へと滑り込ませる。
「……なるほど、一筋縄ではいかなさそうね」
「どういうこと? アヤノさん?」
「連邦側……つまり私たちの方はチャンピオンが率いる『AVALON』が参加してくれてるけど、ジオン側には戦略家……まあ簡単にいえば頭がいい、『ロンメル』が率いる『第七機甲師団』がいるということよ」
第七機甲師団。アヤノが武者震いと共に舌先へと乗せたその名前を知らないダイバーは、始めたての初心者を除けばGBNでは少数派どころか、いないといっても差し支えない。
智将の二つ名で呼ばれる通り、もふもふしたオコジョのダイバールックに獰猛な闘争本能を包み込んだロンメルというダイバーは、頭脳戦こそをその本領としており、今回の作戦でも恐らく、原作では手薄になっていたWフィールド……つまり、ダイバーたちが「抜け道」として使用してくるであろう地点に伏兵を忍ばせている可能性が高いのだ。
「一見Wフィールドは手薄に見えるわ、でもダイバーたちがこぞってここからNフィールドに侵入しようとすることは相手も予測しているはず。そうなると、恐らくはNフィールドへの唯一の突入経路になるEフィールドが鉄火場になる……恐らくはそんな感じね」
ロンメルがWフィールドに何か仕掛けをしてくるというのはあくまでも推測だが、最悪の可能性は常に考慮しておくべきであり、それを鑑みたのなら、Nフィールドの「ドロス」を落とし、要塞を無力化するのであれば侵入経路は自ずと一つに絞られてしまう。
その時点で恐らく、自分たちはロンメルの掌の上で踊らされているのだろう。
アヤノは予想される展開を舌先に乗せて言葉を紡ぐと、どうしたものかとばかりに頭を抱えて、唯一の侵入経路であるEフィールドの戦力配置を拡大する。
Eフィールドも、本丸であるSフィールドとNフィールドに比べれば兵力の配置は手薄な方だ。
それでも、原作においてはキシリア・ザビ直轄の特殊部隊、「キマイラ隊」が配置されていたフィールドであると考えれば、ここにも何かギミックが仕込まれているという可能性は否定できない。
「なるほど……よくわかんないけど、一個しか行ける道がないってことだよね、アヤノさん!」
「ええ、そうなるわね。もっとも、Wフィールドを強行突破するという選択肢もあるだろうけど……」
連邦軍側が基幹艦隊というアキレス腱を抱えている以上、この戦いにかけられる時間はそうそう長いものではない。
ジオン側が大挙してSフィールドに押し寄せることを考えたなら、Sフィールドの防衛役兼、「ドロワ」を倒すためのアタッカーを本陣に残し、Eフィールドへと戦力を投入、そこを強行突破してからNフィールドの「ドロス」を倒してチェックメイトとする短期決戦こそが、連邦側に許された唯一のシナリオといってもいいだろう。
「強行突破、ですか……」
アヤノはあくまでもそう考えていたのだが、難色を示したのは意外なことに、普段は戦略や戦術に口を挟まないカグヤだった。
ふむ、と小さく唸ると、カグヤはあえて、ロンメルの罠が仕掛けられているのであろうWフィールドを指し示す。
「何かあったの、カグヤ?」
「いえ、アヤノさんの見方は正しいと感じますし、拙としても概ね異論はないのですが……それでも、裏の裏は表、だとは思いませんか?」
カグヤは口元に小さく笑みを浮かべると、戦力配置が最も手薄なWフィールドを指先で拡大しながらそう言った。
「裏の裏は表……?」
「……なるほど、そういう考えもあるのね」
「どういうこと? わたし、バカだからよくわかんないや、えへへ」
「そんなに謙遜しなくていいってユーナちゃん。んー、例えばさ、ユーナちゃんはここに『押すと爆発します』って書かれてるボタンがあったら、押す?」
カグヤが言っていることは極めて単純だ。
誰もがその戦力配置を見た時に、「Wフィールドには罠が仕掛けられているだろう」と判断してEフィールドに押し寄せれば、結果としてWフィールドは手薄なまま放置されるため、そこが穴となる可能性がある、ということに過ぎない。
無論、ロンメルはそれを見越した上で罠を仕掛けている可能性もあるといえばあるのだが、その罠を踏み倒して進むことが正解になるケースも、往々にして存在する。
ボタンの例え話に、小首を傾げながらも「押しません」と答えたユーナは、その瞳と同じ桜色の髪をわしゃわしゃとメグから撫でられながら、少しくすぐったそうに小さく笑った。
「ひゃあっ!? もう、くすぐったいですよ、メグさん」
「ごめんて、まあ何が言いたいかっていうと、そんな危ないもの仕掛けてある場所なんて誰も通らないけど……誰も通らないってことは、最短の近道になる可能性がある、ってことかな」
屁理屈ではあるし、尚且つロンメルが、「第七機甲師団」が本気で仕掛けたトラップを全て踏み倒して進まなければならないという難題を突きつけられることは確かだが、Eフィールドの乱戦を避けて、最短ルートでNフィールドに到達したいのであればカグヤが提案した強行突破策もそうそう悪いものではない。
「なら……どちらにする? 安全をとってEフィールドからの突入を選ぶか、危険を承知でWフィールドからの強行突破を選ぶか」
私としてはどちらでも異存はないわ、と付け加えて、アヤノは三人にそう問いかける。
相手がフォースランキング第二位、という、最早英傑を踏み越え、魔物が恐れ慄く神々の領域に足を踏み入れているどころか、その頂に近い存在であることを考えれば、強行突破作戦は極めてリスクが高く、普通であるならば避けて通るべきものであることは明白だ。
だが──ここはGBNで、そして、今回のシーズンレイドバトルに参加するフォースは、何も自分たち「ビルドフラグメンツ」だけではない。
「んー、そだね、誰かがやりたいって思ったなら……それと同じ考えの人は少しでもいるんじゃない?」
「拙もメグの意見に賛成です。確かに危険を冒すことは承知ですが、あまり時間の猶予が残されていないのならば、最短での攻略を目指すのは決して間違ってはいないはずです」
前提として、自分たちだけではなく他の誰かも便乗してくれる、という構図ではあるものの、どのみち博打を打つとならば、堅実に行くよりもロマンに走りたがるダイバーというのも珍しくはない。
誰かがやりたいと思ったことであれば、追従してくれる存在もまた現れる、というのは希望的観測に過ぎないのかもしれないし、それでいざWフィールドからの侵入を選んだのが自分たちだけであれば、間違いなく爆散するのは「ビルドフラグメンツ」の方だ。
これは極めて分の悪い賭けであることに違いはない。
それでも、メグとカグヤはリスクとリターンを天秤にかけた上で、強行突破作戦に今回のシーズンレイドバトルにおける命運を託そうとしているのだ。
アヤノはどちらかといえば分の悪い賭けは好まない方だ。
それどころか賭け事の類をやったことなど生まれて一度もないし、本音をいってしまうのであれば、「第七機甲師団」の名前と「智将」ロンメルの存在に恐れ慄いていることもあって、強行突破作戦は避けたかった。
だが、もし──ユーナが首を縦に振ったのなら、自分もすぐさま掌を返すだろう。
そういう確信が、アヤノの中には存在していた。
ユーナのためなら世界だって敵に回せる。
それは思春期の懐かせる全能感がもたらす幻想に過ぎないのかもしれない。
だとしても、その青臭く未熟な衝動にして情動が、今のアヤノを突き動かしていることもまた確かだった。
そう考えれば、自分の世界というのも案外狭いのかもしれない。
幼い頃に抱いて、失った憧れを捨てることもできずに追いかけ続けていたことや、今こうして、そんな自分のことを「大好き」だと言ってくれたユーナのために精一杯虚勢を張ろうとしているのだって、その証拠だろう。
是非はさておくとしても、一つのことに対して執着して情熱を燃やすというのがアヤノという人間の在り方であるなら、ユーナのためというのが貫き通したい目標であるのなら、それを誰かに止められる筋合いもなければ、止める理由がないのもまた確かだった。
「私は……ユーナが選んだ意見に従うわ。このフォースのリーダーは貴女だもの」
そんな言い訳じみたことがすぐ口をついて出る辺り、ずるい女だとアヤノは一人静かに自嘲する。
リーダーだから、の裏に隠した恋人だから、貴女だから、という言葉を空気と共に飲み下して、答えを求めるように目配せをすれば、気にした様子もなく目を輝かせて、ユーナはその問いに答えてみせる。
「じゃあ……強行突破で行きましょう!」
「ふむふむ……アタシらが賛成しといてなんだけど、その心は?」
「えっと、難しいことはよくわかんないですけど……メグさん、『裏の裏は表』って言ってくれたじゃないですか、それに、わたしたちが考えつくんだから、おんなじことしようとする人は必ず出てくるっていうのも、確かなはずです」
小首を傾げ、ユーナは精一杯に考えた言葉を口に出す。
多数決でただ決めた、というだけであれば、メグはプランに賛成した意見を取り下げて、乱戦が予想されるEフィールドからの突入を提案するつもりだった。
だがユーナは、他でもないメグ自身の意見を噛み砕いて納得したらしく、わたわたと身振り手振りを交えてこそいるものの、自分なりの結論もまた導き出せている。
ならば心配も杞憂だったか、と苦笑するメグの心を知ってか知らずか、太陽のような笑顔を浮かべながら、しかし強い意志をそこに宿して、ユーナは真っ直ぐにその桜色の瞳を向けていた。
「一応言っとくけど、Wフィールドは多分地獄だかんね? 言い出しっぺのアタシとカグヤがいうことじゃないかもしれないけど……それでも、本当にいい系? ユーナちゃん」
「はい! えっと……他の人が来てくれなかったら、その時はその時っていうか……わたしたちだけでも突破しましょう!」
それがどんなに難しくたって。
それがどんなに不可能であるといわれたって。
他人の目から見れば、無理、無茶、無謀の三拍子が揃ったその作戦を実行すると、そして実行のみならず完遂してみせると、ユーナは確固たる意志をもって、そう宣言する。
「そうです、ユーナさん。戦う前から弱気になっていては、戦うものも戦えない……これは、拙たちにとっての試練と見ました。なればこそ、乗り越えてみせる気概も湧くというもの」
ユーナの言葉に同意を示すカグヤの瞳は、そこにある戦いを前に燦然と輝いていて、やはり彼女は「武」の道を追求するサムライたちのデータから生まれてきたのだと、アヤノはそんな確信を抱く。
試練。フォースランキング二位という頂に近い場所に座する神々の一柱が仕掛けた絡繰は、言い得て妙なのかもしれない。
神は乗り越えられない試練は与えないとどこかの誰かが言っていたが、GBNに座するトップランカーたちは勝利を譲るつもりなど断じてなく、乗り越えられないような試練を平気で課してくるような存在だ。
それでも、今の自分たちの実力がどこまで及ぶのかを試すのであれば、頂の景色を一目見るという意味では、この作戦は決して悪くないものだといえる。
「ユーナがそう言うのなら、私から言うことは何もないわ。ただ勝利のために全力を尽くす……それだけよ」
「ありがとう、アヤノさん。それじゃあ……『ビルドフラグメンツ』、ファイト……おーっ!」
『応!』
ユーナが号令をかけると同時に差し出した右の掌に、アヤノたちは己のそれを重ね合わせて、力強い答えを返す。
気合だけでどうにかなる話ではないのかもしれない。
根性なんて意味を持たない話なのかもしれない。
だとしても、戦う前からそうやって言い訳を重ねて逃げ続けていれば、いつしか本当に戦えなくなってしまう。
何より、言ってしまえば元も子もないかもしれないが、これはレイドバトルだ。
例え「ビルドフラグメンツ」が倒れたとしても、参加するフォースが全滅するか、防衛対象である連邦軍基幹艦隊が壊滅させられるかしない限り、負けではない。
ならば、躊躇う理由なんてどこにもないはずだ。
勿論、犬死をしていたずらに味方の戦力を減らすつもりもないが、メグが言っていたように「裏の裏は表」という言葉を噛みしめるように、アヤノは「智将」ロンメルが仕掛けてくる手管を想像し、背筋を震わせながらも、上等、とばかりに小さく口角を吊り上げて、闘志を露わにするのだった。
待ち受けるは智将の手管