ガンダムビルドダイバーズ ブレイヴガールフラグメント 作:守次 奏
「わたし優奈です、春日優奈! 元気だけが取り柄ですっ!」
電脳世界で奇妙な出会いを果たした綾乃は「ユーナ」改め優奈と名乗った少女と、ゲームブースに隣接しているフードコート、G-Cafeに立ち寄ることになったのだが、そこでも優奈が口にした言葉は、GBNで出会った時と同じものだった。
元気だけが取り柄、というのはなんだか長所を口にしているには引っ掛かりを覚える響きだが、優奈の制服──そのプリーツスカートにかけられたブランケットの隙間から覗く無機質な金属を見れば、その理由もなんとなくだが察することができる。
しかし、そこに踏み込むだけの、踏み込むための資格を自分は持ち合わせていない。
注文した「ジオン公国軍イメージの抹茶ラテ」を啜りながら綾乃は、そこに一抹の気まずさを感じて、小さく眉を潜める。
「……私は綾乃。一条綾乃よ。確か……」
「はいっ! わたしB組なんですっ、えへへ」
自身がオーダーしていた、「エクストリームガンダム・エクセリア風ピーチネクター」なるやたらと長い商品名の桃ジュースを啜りながら、優奈は綾乃の問いにそう答える。
「……そう、私はA組だから」
だからどう、ということもないのだが、綾乃と優奈は通う学校こそ同じでこそあったものの、クラスは別々だったというだけの話だ。
綾乃の記憶力は悪い方ではないし、何より同じクラスに優奈がいたならGBNをやっている、ということもどこかから経由で聞こえてきたはずだろう。
それに──あまり身体的な特徴を話題に挙げるのも躊躇われるべきなのだろうが、優奈が自分のクラスにいたのなら、専用の机が用意されているから、入学したばかりだとはいえそれを忘れろというのも難しい。
袖擦りあうも他生の縁とはどこかの誰かが言っていた。
だから、まあ、初めてのGBNでミッションに同席した相手とお茶を酌み交わすというのは割と変な流れではないと、綾乃はそう思ってはいるのだが、いざ話してみると意外に話題がない、というよりどんな話題を振っていいのかわからない、というのは困り物だ。
無遠慮でいても、配慮をしすぎても、当人のためにならないというのは存外に難しいものだと、自分の人生においてそういう機会が巡ってこなかった、或いはそれを見て見ぬふりをしてきたことに、綾乃は一抹の罪悪感を覚える。
どうしたものかと、どうするものかと悩んでいる内に、注文していた抹茶ラテの容器はいつの間にか空になっていて、ちらりと視線を向けてみれば、優奈はそんな綾乃の様子に気付いているのか気付いていないのか、にこにこと明るい笑顔を浮かべながらピーチネクターを啜っていた。
「春日さんは」
「優奈でいいですよ! え、えっと……一条さん!」
何か適当にGBNで巻き込まれた騒動への労いでも話題にしようかと綾乃が呼びかけた瞬間に、その言葉を待っていたかの如く優奈は目を輝かせ、自分のことを下の名前で呼んでもいいと宣言する。
ただ、彼女の口から滑り出てきた自分の呼び名が名字の方だったというそんな少しだけちぐはぐなところに、綾乃はしばらく目を白黒させると、くすりと小さく唇の端に三日月を描いていた。
「ふふ、何それ……まあいいわ、貴女がそれでいいなら」
「えっと……はい! えへへ、なんだか一条さんは一条さん、って感じですから……」
「……そんなに堅物に見える? まあ、いいけれど……それならせめて敬語はやめてほしいわね、一応同級生だから……」
大人びて見える、とはよく言われることだし褒め言葉なのだろうが、それはそれとして年相応に見られない、というのは複雑なものがあるというのが乙女心というものだ。
「え、えっと! わかりました! じゃなくて、うん! 一条さん!」
「……貴女は素直なのね、ありがとう」
とりあえず言われたから、というのもあるのだとしても、即座に切り替えて要望に応えようとする辺り、やはり優奈はいい子なのだろうと、綾乃はそう感じる。
それがGBNではマイナスに働いてしまうのは悲しいことだとしても、ちゃんと明日の方向を向いて懸命に生きているというのは、きっと何でもかんでも早々に諦めを付けてしまう自分よりは健全なはずだ。
「……なんというか災難だったわね、初めてだったんでしょう? GBNは」
そんな優奈に一角の敬意を払いながら、綾乃はそう問いかける。
とはいえ初めてだったのは自分も同じだ。
それがいきなり、自ら首を突っ込んだのだとはいえモヒカンの軍団に追いかけ回されることから始まるのは、不運だったといっていいのかもしれない。
「すごい! どうしてわかったの、一条さん?」
「……いえ、なんというか……」
「わたし、ずっとGBNやってみたかったんだけど、中々ダイバーギア買ってもらえなくて、でも高校に入った記念で買ってもらったんだ! えへへ」
ごそごそと手提げのトートバッグから、綾乃と同じように、梱包材が詰められたタッパーと、その中に包まれたアリスバーニングガンダムとダイバーギアを取り出して、桜の花が綻ぶような笑顔を優奈は浮かべてみせる。
察するに、よっぽど楽しみにしていたのだろう。
それがモヒカンたちに追いかけ回される事態から始まるという辺り、他人の善意につけ込む連中は度し難いと綾乃は一抹の怒りを抱くも、優奈当人がさほど気にしてなさそうな笑顔を浮かべているのもあって、その感情は一旦引っ込めておくことを決め込む。
しかし、こうしてまじまじと見つめてみると、優奈が作ったガンプラの出来栄えも相当なものだ。
ハードコアディメンション・ヴァルガが上級者に向けて作られたディメンションであり、四方八方から弾幕砲火が飛び交う中で、綾乃に手を引かれながらも生き残っていたり、モヒカンカスタムに対して徒手空拳で対抗できていた辺り、特に装甲の堅牢さは特筆すべきところだろう。
自分のクロスボーンガンダムXPはV2ガンダム譲りの機動性と、元々のクロスボーンガンダムが持っている奇襲に向いた性質と汎用性を突き詰めたもので、こうした特化型のビルドを組んで運用できる辺り、優奈も素質はある方だといって間違いないだろう。
とはいえ、何か武術の嗜みがあるわけではなく、機体スペックに任せた我流であるというのは戦い方から察せられるが──実のところ、リアルで武道や武術の経験があるかどうかというのは、VRゲームにおいて然程重要なものではない。
綾乃の場合は上手く噛み合ってくれていたものの、基本的にVRゲームに対する適性と、武道や武術といったリアルでのフィジカル面における適性は基本的には全く別物であり、リアルでは全く運動ができない人間が電脳空間では軽々とパルクールを決めてみせたり、或いはスポーツ万能で鳴らしている人間が全くといっていいほど思い描いた動きを実現できない、という事態は両方あり得るのだ。
つまるところ我流だろうがなんだろうが、パンチとキックを相手に当てられて、相手からの攻撃を避けられるのであればこのGBNを遊ぶことに支障はない、ということである。
そういう意味では、優奈はこのゲームに「向いて」いるのだろう。
注文したピーチネクターを飲み終えて、ほっこりした表情をしている優奈を一瞥すると、綾乃はお冷に突っ込んだストローから包み紙に水滴を垂らして、蠕動のような動きをさせることで手持ち無沙汰な右手を慰める。
「それは……良かったわね、私も兄に買ってもらったのだけれど、どうすればいいのか正直迷っていたから」
綾乃がGBNを始めた理由の中に、まだ見ぬ電脳世界に存在する剣豪たちがいる、という憧れが含まれていることは確かだが、それでも理由の大部分を占めているのは、兄から貰ったダイバーギアであったり厚意だったりを無碍にしたくないという、どちらかといえば後ろ向きな理由がほとんどだ。
「そうなんだ……でも、楽しかったよね、GBN!」
「楽しかった……それは、そうかもしれないわね」
「わぁ、やっぱり! 騙されちゃったのはちょっとだけ悲しいけど、わたし、あの世界で頑張りたい、って思ったから! えへへ」
「……強いのね、優奈は」
初心者狩りが許されざる行為だとされているのは、大局的にはコンテンツの衰退を招くから、というのが定説であるが、一番の問題は狩られた側の心にトラウマを植え付けるから、というところにあるといっていい。
いかにボコボコにされようと、執拗に狙われようと、心を強く保てる者こそが這い上がれる、というのは遥か昔の論理であって、今ではいかに初心者を育てていくかが重要だとされている論調が主流になっているのは、喜ばしいことなのだろう。
だとして、世に悪党の種は尽きまじと辞世の句を遺した大泥棒がいたように、綾乃たちが遭遇した悪党たちは嬉々としてそんなことを楽しんでいるのだから全く度し難い。
それでも、優奈が心を強く保ってGBNを楽しめているというのは喜ばしいこと……と、いうほど深い間柄であるわけでもないのだが、どちらかというと早くも疲れを感じていた綾乃と違って、それでも「楽しみ」だと言ってのけた彼女に、少しばかり羨ましさを感じているのだろう。
自分の中に生まれた不可解な感情と、そして優奈と言葉を交わす度に増幅されていくその想いに綾乃は小首を傾げながらも、確かにそう呟いていた。
「そんなことないよー……わたし、一条さんがいなかったら多分心折れちゃってた! でも、ほら、その……元気だけがわたしの取り柄だから! だから一条さんと一緒に頑張りたいな、って……あれ? わたし、何言って……」
強い、という言葉を否定するようにわたわたと身振り手振りを交えて優奈はそんな弁解を捲し立てる優奈の様子に、少し切羽詰まったようなものを感じながらも、彼女が呟いていた「自分と一緒なら」という言葉に、どこか惹きつけられるような思いを抱く。
GBNをやっているクラスメイトなら、調べればすぐに当たりは付けられることだろう。
それでも、優奈と一緒にあの仮想世界を駆け巡る。
その提案は、案外悪いものじゃないのだろう。
明るく、まるで窓辺から差し込む木漏れ日のような笑顔を浮かべている優奈の笑顔は人好きのするもので、きっと自分もそれに絆されてしまったのだろう。
ドッタンバッタンと大騒ぎだった珍道中を振り返って苦笑しながらも、綾乃は確かに微笑みを浮かべて、優奈へと手を差し伸べる。
「私でいいの? 自分でいうのもなんだけれど、私、愛想ないし、なんでもかんでもすぐに諦めちゃう方だけど」
「そんなことない! 一条さんはわたしなんかより強い人だから……その、だから一緒にGBN、やってもらえますか?」
「……また敬語になってるわよ。ええ、私で良ければいつでも」
「えへへ、ごめんなさい……でも、ありがとう!」
きゅっ、と差し伸べてきた手で柔らかく綾乃のそれを包み込んで、優奈は綾乃に負けないようにと満開の笑顔をいっぱいに浮かべて、お礼の言葉と共に、そんな小さな約束を交わす。
夢はないけれど、憧れがあった。
そしてその憧れもどこか遠くに消えてしまいそうになっている今、確かに結び合った誓い、というのには稚拙で、簡単なものだけれど、明日に向けた約束が今確かにここにある。
それは綾乃の心に淡く灯った焔のようなものだった。
行く先のわからない明日を、足元だけでも、朧気にでも、確かに照らしてくれるその約束は、少なくとも明日またこの場所を訪れてGBNを遊ぶかどうか迷っていた綾乃に、一つの道を指し示してくれたのだ。
それはきっと得難いもので、またいつものように、目的もなく木剣を振り回すような日々に戻るよりは、きっと遥かに意味や、意義があるもので。
じわりと鼻先に塩辛さのようなものが込み上げてくるのを感じながらも綾乃はそれを振り切って、財布の中から会計分の代金を取り出しながら静かに立ち上がる。
窓から覗く埠頭は人工の星々に彩られていて、春を迎えたというのに夜の帳が降りきっているその光景の美しさに、一瞬目を奪われかかるものの、それは学生たちにとっては「家に帰ろう」と促すサインのようなものでもあった。
──長い、長い冬だった。
「行きましょう、優奈。良ければ途中まで送っていくけど……家の方向、どっちかしら」
「ありがとう! えっとえっと……なんだったっけ……」
自分の住所が思い出せないというありふれたトラブルに躓きながらも、優奈は制服の懐から生徒手帳を取り出して、綾乃にプロフィールが記されている欄を掲げてみせる。
奇妙な縁というのはどうにも続くものなのだろう。
綾乃と優奈の家は反対方向にあったものの、同じ駅から電車に乗って帰らなければいけない、というのは同じだった。
そんな些細な共通項に、優奈はまるで天からの贈り物を得たかのように微笑んで喜びを露わにして、綾乃もまた口元に小さく笑みを浮かべてみせる。
「ありがとうございました、またお越しください」
店員からの挨拶を背に、綾乃は優奈が座っている車椅子の背部から伸びる合成樹脂のグリップに手をかけて、ゆっくりと、来た道とは違う重さがその手に、身体にのしかかっていることを確かめるように歩き出した。
季節はすっかり春を迎えた、とは言い難く、太陽が沈んでからの外は、その隣にある冬の名残を手放してはいない。
吹き抜ける冷たい夜風に頬を撫でられながらも、綾乃は優奈の車椅子を押して、駅のある方向へと歩みを進める。
「その、一条さん」
「どうしたの、優奈?」
そんな道中で、どこか不安さを残したような声で、優奈は綾乃の名前を呼んだ。
夜の暗がりがそうさせるのか、或いは違う何かがあるのかはわからない。
だが──どこか切実さを含んでいるその声に、綾乃は少し戸惑いながらも、小首を傾げてその名前を呼び返す。
「えっと……その、また明日、一緒に帰ってくれますか?」
「……ええ、大丈夫よ、優奈」
「えへへ……ありがとうございますっ」
きっと優奈も、何かを抱えてあの電脳世界に足を踏み入れて、そしてこのままならない現実を彷徨っているのだろう。
今日という時間は何もしなくても削れて、磨耗して、いつの間にか他愛なく昨日へと変わっていく中で、明日の行先も見えない中で、どうしようもなくもがいているのはきっと誰もが変わらない。
だから、人はこんな風に約束を交わすのだろう。
そうすれば、少なくとも明日までは──たった一日であったとしても、不透明で揮発していく、いつの間にか今日へと、そしてそのまま昨日へと変わっていく時間に、自分たちの足跡を刻むことをできる。
そしてそんなネガティブな考えを、優奈が抱いているかどうかはわからないが、少なくとも明日が来てほしくないと願うまではいかないとしても、明日に何かの不安を覚えているのなら、せめてそう答えを返すことぐらいは、自分にもできるはずだから。
季節が狂って、まだ冬を手放さない風に飛ばされてしまわないように、或いは約束が確かなものだと証明するように、綾乃は巻いていたマフラーを、優奈の首元へとそっと巻きつけていく。
「えっと、一条さん?」
「……嫌なら、脱いでもいいわ。ただ、その……また明日、これを返しに来てくれるだけでも、私は構わないから」
「……一条さん……ううん、嫌じゃないですっ! それじゃ、また……明日っ!」
振り向いてはにかむ優奈の瞳には、確かに春が芽吹いていた。
首元と同じように、別れていくのはなんだか少しだけ寂しいけれど。
それでも明日、また会える。
到着した最寄りの駅で、駅員の介助を受けながら階段を上っていく優奈を見送りながら、綾乃はほぅ、と小さく息をつく。
それは小さくて、儚くて、忘れられなくて──そして、はじめての。
言葉に表しきれない、だけど少しだけ寂しさを感じる、綾乃にとっての、今日という旅の終わりだった。
おうちへかえろう