ガンダムビルドダイバーズ ブレイヴガールフラグメント 作:守次 奏
「ちょっと、どういうつもり? 負けたらGBNから消えるって──!」
ヴィラノがアヤノたち「ビルドフラグメンツ」との別れを果たしてから、自身らの本拠地である廃工場のようなフォースネストへと帰還するなり、ムーンはすっかりお冠といった様子だった。
だが、無理もない話だと、あくまでも傍観に徹しているガラナンは両肩を竦めながら皮肉げにへっ、と小さく笑い飛ばす。
基本的に「グランヴォルカ」のルールはヴィラノが決めるものだ。
フォースに勧誘された時もその旨は説明されていたし、彼が一方的な思い付きで事を決めるような人間であることは、ボーガーも、ガラナンも、そして怒り心頭といった様子のムーンもよく理解している。
しかし、それにしたって決めるのが唐突すぎるし、何よりもあのビルドフラグメンツとかいうフォースにそこまで執着する理由がわからない、というのがムーンの本音だった。
確かにあのカグヤとアヤノというダイバーには見るところがあったかもしれない。
だが、洞察力こそ優れていても機体性能と味方の火力に頼っているだけのメグや、そもそも全てにおいて足りていない、論外レベルのユーナというダイバーに関して、そこまでヴィラノが執着する理由とはなんなのか。
せめてそれを聞かせてもらうまでは引き下がらないとばかりに気丈な意志を瞳に爛々と滾らせて、ムーンはヴィラノへと詰め寄ると、彼の瞳を真っ直ぐに覗き込みながら問いかける。
「おいおい、ムーン。ここのルールには納得してもらったはずだろ? それとも、らしくないな。負けるのでも心配してるのか? ハハッ」
「そういうことじゃないわよ! ただ単に、あんたがあの『ビルドフラグメンツ』とかいう連中にそこまでこだわってる理由がわかんないだけよ!」
フォースの方針は全てヴィラノが決める、というルールになっていたとしても、納得のいかないまま納得のいかない勝負をやらされたのでは堪ったものではないと、ムーンはすっかり激昂した様子で吐き捨てるが、別に彼女たちがフォースの解散を天秤の片側に乗せた戦いをするのが初めてだ、というわけではない。
フォース「グランヴォルカ」は「潰し屋」としてその悪名を轟かせている通り、数多の有望なフォースにフリーバトルを仕掛けてはその口車へと巧みに乗せて、多くの新星たちを潰してきた。
その中でも、どれだけ心をへし折ろうが「潰し」きれなかったフォースはいくつかあるし、実際今も活動を続けている連中は、その「ビルドフラグメンツ」を筆頭に、片手で数えられる程度とはいえ存在している。
だが、ムーンにとって、「ビルドフラグメンツ」という存在は、自分たちの解散と追放を天秤に乗せた、ハイリスクな戦いをするに値しない相手でしかなかった。
或いはあのカグヤとかアヤノと戦えば少しは評価も変わるのかもしれないが、ユーナというダイバーを見ている限り、そこまで必死になって潰しにかかるような連中ではないことは明白だ。
納得がいかないとばかりににじり寄ってくるムーンに対しても、ヴィラノの表情は冷ややかなものだった。
「んー……確かに、お前にとっちゃ取るに足らないのかもしれないな?」
「なら、どうしてよ?」
「お前にとっちゃそうでも、俺にとっては違うからさ。正直なところ、俺はあいつらを『潰し』きれなかったことが大分頭にきててね、それで復帰戦でも鮮やかに活躍されたとあっちゃ、『潰し屋』としての面目も丸潰れだろ?」
心配をかけたかもしれないけど復帰した、というメグの報告動画をポップしたウィンドウへと表示させると、ヴィラノは忌々しげに片眉を吊り上げて、溜息混じりにムーンへと語ってみせる。
何故彼女たちに、ビルドフラグメンツに執着するのかと訊かれたことに対しては答えになっていないことはわかっていても、正直なところそこに筋道が立った理由など存在しないのだから当然だろう。
気に食わない。
とにかく気に食わないからこそ、徹底的に、二度とその顔をこの世界で拝むことがないまでに潰す。
それが「グランヴォルカ」でありヴィラノ個人の活動方針であり、そこに異論を挟むことは、例えフォースメンバーであったとしても許されていない。
「メグねえ……冴えないG-Tuberだったのが随分とまあ人気になってくれちゃったもんだ、そしてアヤノ。あの目……諦めた人間だってのに、天から何かチャンスが降ってくることを期待しているような、ああいう目だ。最高に気に入らないね」
諦めたくても諦めきれない、そんな感情ほど醜く、見ていられないようなものはないといってもいいだろう。
少なくとも、ヴィラノにとってはそうだった。
この世界で夢を掲げて頂点を目指す人間は、文字通りに掃いて捨てるほど存在している。
サービス開始以来不動の「チャンピオン」の座を狙って今日も血反吐を吐きながら険しい道を、道とも呼べないような断崖を登っているダイバーたちは枚挙にいとまがないだろう。
だが、その多くが途中で滑落する。
バトルの才能という壁に、ガンプラの製作技術という壁に、その他様々な理由から王道を歩むことを諦めて、それでもこの世界への未練が断ち切れずにダラダラと、惰性でログインを続けているようなダイバーを、ヴィラノは何人も見てきた。
ならば、王道なんてものを歩む必要や価値がどこにあるのか。
四年間、チャンピオンというその名を不動のものとしているクジョウ・キョウヤに挑みかかったところで意味がなく、それ以前に、そもそも彼の下にも続々とその名を連ねている化物たちに真正面から挑んだところで、得られたものが骨折り損のくたびれ儲けでは、何の意味もない。
だったら、楽しめばいい。
それこそが、ヴィラノにとってのシンプルな結論だった。
自分が楽しいと思う方法で、それこそお題文句のように多くのダイバーたちが唱えているように、「自由」に楽しんで、楽しみ尽くせばいいだけの話だ。
それが自分にとっては有望なフォースを潰すことだったというだけで、やっていることの本質としては他のダイバーたちと何一つ変わらないだろう、というのがヴィラノの主張だった。
だが、あのアヤノという少女は、「ビルドフラグメンツ」というフォースは、自分たちに潰されたはずなのに蘇って、その瞳を未だ鮮やかに輝かせているのだから、それを気に食わないといわずして、何というのだろうか。
「潰したいのさ、鮮やかな夢を。潰したいのさ、溢れる希望を。お前だってそうだろ、ムーン?」
「……そうね、あんたほどじゃないけど、気に食わないといえば気に食わないわね」
己の内に滾る激情を、冷笑の仮面に押し込めてへらへらと嘲りながら、ヴィラノはムーンへとそう問いかける。
あのユーナとかいう才能の欠片も感じなかったダイバーは、少なくとも完全に「潰せた」という手応えはあった。
だが、それがどういうわけか復活を遂げているのだから、理屈どうこうよりもシンプルに目障りだと思う心が、ムーンの中にもないわけではない。
「話は終わったか」
木箱に腰掛けていたボーガーが、どこまでもどうでも良さそうに二人へとそう問いかけた。
戦いに負けた方がGBNから消えるならば、今度こそ徹底的に潰してあの「ビルドフラグメンツ」とやらがこの世界から消え失せれば、ヴィラノの腹の虫も治って、また新しい戦いに赴ける。
戦った相手が潰れようが潰れまいが、ボーガーには最初から関係なかった。
ただ戦えればいい。それが猛者であればあるほど良いし、以前に戦った時は及ばなかったものの、あのカグヤというダイバーにはそれなりの素質を感じるのだから、また戦えるのなら僥倖だという以上の感覚はない。
「ワシから言うことは何もありゃせんよ、お前と同じだ、ヴィラノ」
「いいねぇ、こういう仲間意識ってのは。それじゃあ仲良く、奴らを潰しにいこうじゃないか、ムーン、ボーガー、ガラナン」
ガラナンとしてはあの固い絆で結ばれた「ビルドフラグメンツ」が瓦解したところは是非とも見たい光景だったし、前の戦いで潰れなかったというのも屈辱だった。
だからこそ、ガラナンはヴィラノの意見に同意を示したのだ。
すっかり上機嫌な様子で、あるいはそれを装って、ヴィラノは三人へと呼びかけるが、そこに意気の合った返事はなかった。
だが、それこそが「グランヴォルカ」の在り方だった。
個々人が個々人の目的を果たすためだけに、納得できないこともあろうが、基本的にはヴィラノという男の欲望に付き従う。
そんな歪な在り方をこそ本質として、「潰し屋」たる彼らはGBNへと君臨しているのだった。
◇◆◇
シーズンレイドバトルで同じチームに所属していた、ということは、恐らく相手は前回と同じように、自分たちの戦術を研究した上でメタを張ってくるだろう、というのが、多かれ少なかれアヤノたちにとっての共通認識だった。
猶予として与えられたのは一日という短い時間だったが、アヤノたちもまた相手を研究するという形で、シーズンレイドバトルのアーカイブ映像や、前回の戦いの動画を見直して、「グランヴォルカ」の戦術を研究していたのだ。
ログインを終えて、セントラル・ロビーへと降り立ったアヤノは、昨日メグたちと話し合って方針を思い返しながら、因縁の相手がやってくるのを静かに待ち続ける。
オールレンジ攻撃によって自分たちの弱点を突く、という彼らの戦術は恐らくガラリと変わることはないだろう、というのが、アヤノとメグの予想であったし、事実、レイドバトルを見てみても、ガラナンの赤いF90が偵察用装備のE装備ではなく、支援用のS装備に切り替わっていたり、ボーガーがその機体からCファンネルをオミットしていた以外は、前に戦った時と、ヴィラノたちの機体は概ね変わっていない。
特にヴィラノのガンプラがプロヴィデンスガンダムをベースとしている以上、そこからドラグーンをオミットして何か新しい装備を搭載してくる、という可能性は低いはずだ。
アヤノに続いてログインしてきたユーナも、どこか緊張した面持ちで、指定された場所に立って、仇敵の来訪を待ち続ける。
「……アヤノさん、わたしたち……」
「気持ちはわかるわ、ユーナ。でも、落ち着いて。今の貴女は今までの貴女じゃないでしょう?」
敗れた方がGBNから消える、という条件で引き受けた戦いであることも手伝って、ユーナも緊張を隠しきれないようだった。
ぷるぷると震えるその細い身体を抱きしめながら、アヤノはそっと、その桜色の髪の毛を撫でながら耳元で囁きかける。
実際のところ、勝算がどれだけあるのかと問われれば、わからない、というのがアヤノとメグが導き出した結論だったし、性格は最悪だとしても、ヴィラノたちがダイバーとして高い実力を誇っていることもまた事実だ。
それでも、ここで自分たちが負けるわけにはいかない。
GBNをもう二度と遊べなくなるということもさながら、彼らに背を向けて逃げ出せば、第二第三の自分たちが、暴力で心を折られてこの世界を去っていくダイバーたちが現れてしまうなら、自分たちが勝つしか道は残されていないのだ。
「……あまり、気持ちのいい戦いではありませんね」
「気持ちはわかるわ、カグヤ。でも……あいつらとの因縁もあれば、野放しにできないことも確かよ。なら、私たちがやるしかない」
メグと共に集合場所にやってきたカグヤは、物憂げに目を伏せながらそう呟く。
だが、その気持ちはアヤノも痛いほどによくわかっている。
本来であれば、ガンプラバトルの勝敗でフォースの進退を決めること自体が間違っていて、そういう意味ではヴィラノたちからの再戦要求を自分たちは何があっても突っぱねるべきだったのかもしれない。
青臭い正義感に駆られたと笑われてしまえば、返す言葉はそこになく、本来、責任感など、アヤノたちが負う必要は全くないのだ。
誰かがこれをやらなければいけない。
だけど、その誰かは自分じゃない。
そう言って目を背け続けることもできるだろうし、そうする方が自分たちにとってもリスクを選ばなくていい分得だったのだろう。
だとしても、自分は。
ぐっ、と拳を固めて、次の犠牲者を生むまいとその責任を小さな背中に負ったユーナを一瞥して、アヤノは己の中に燻っていた炎の残滓をそっと手繰り寄せる。
元は、誰かに憧れて、誰かに言われて始めたGBNだった。
それでも今は、この世界にこだわるだけの理由がある。このGBNを続けていたいという願いがある。
きっとそれは自分たちだけではなく、多くのダイバーたちがそれぞれの事情を、努力をしたり、憧れたり、楽しんだりする理由を抱えてこの電子の海に潜っているのなら、その感情は尊重こそすれども、決して踏みにじって、嘲笑っていいものでは断じてない。
「とりあえずは来てくれたようで歓迎するよ、アヤノちゃん、『ビルドフラグメンツ』……」
刹那、心の中で密かに滾らせていた義侠心を、怒りを嘲笑うかのような声がアヤノの耳朶に触れる。
「……ヴィラノ・ディヴィッド」
「名前まで覚えていてくれたとは光栄だね、それじゃあ早速……始めるかい? それとも俺たちと他愛もないことを喋りながら楽しむかい?」
俺はどっちでも構わないけどな、と皮肉な笑みを浮かべたまま、声の主──ヴィラノはムーンたち三人を引き連れて、アヤノたちを取り囲むように陣取っていた。
逃げるつもりは毛頭ないが、相手にとっては逃すつもりも毛頭ないらしい。
アヤノは無言で、ヴィラノから投げつけられたフリーバトルの申請を受諾すると、その瞳を睨みつけて格納庫エリアへと解けていく。
「おいおい、つれないねぇ……ファンサービス足りてないんじゃないのかい、メグ?」
「ファンやめたんっしょ? なら別にサービスする必要もないよね」
「ハハッ、こいつは一本取られたな……まあいい、俺としちゃあさっさと始めてくれた方が手間も省けるんでね、行くぞ、ムーン、ボーガー、ガラナン」
メグの皮肉にも動じることなくヴィラノはそう言い放つと、三人を連れて、一足先に向かったアヤノに続いて格納庫エリアに転送されていく。
この戦いに正義はない。
メグもまた格納庫エリアへの転移を選びながらも、普段はバトル中でもONにしているハロカメラの電源をそっと切る。
例えどれだけ「グランヴォルカ」が悪事を働いていたとしても、どれだけマナーが悪かったとしても、フォースの進退を賭けたただの私闘を配信するのは何か見せしめにしているようで、気が引けるのだ。
キャプテン・ジオンのように、マナー違反を犯したダイバーを修正するという趣旨の動画はG-Tubeにいくつもアップロードされているが、少なくともメグは、「グランヴォルカ」との戦いをアップするつもりはなかった。
自分が予想外に有名になってしまった以上、もしこの戦いに影響されて、綱紀粛正の名の下に彼らと、グランヴォルカと同じような暴挙に出るダイバーが生まれないとは言い切れない。
そういう意味では、この戦いはどこまでも「ビルドフラグメンツ」にとって得になる要素は何一つないといえるだろう。
「……でも、アヤノの言う通りだよね」
最後の一人となって格納庫へと解ける瞬間、メグはぽつりとそう呟く。
誰から期待されているわけでもないにしても、誰から頼まれたわけでもないにしても。
それでもこれは、自分たちが精算をつけるための戦いだ。
気合を入れるかのようにぴしゃりと自らの頬を叩くと、メグもまた因縁を終わらせるために、転送された愛機のコックピットで、操縦桿をきつく握り締めるのだった。
これは、私たちの戦い