ガンダムビルドダイバーズ ブレイヴガールフラグメント 作:守次 奏
決戦の場として選ばれたバトルフィールドは、何の因果か前回と同じ、地球圏の衛星軌道上だった。
背後にデブリ帯を背負っている以外は隠れる場所もなく、事実上真っ向勝負で挑まなければならないという、以前と全く同じ条件が突きつけられた形だが、戦いに臨むアヤノの手を微かに震わせているのは、以前と全く違った理由のためだった。
彼らは、「グランヴォルカ」は、強い。
彼らの振る舞いは認めるわけにはいかないが、リーダーのヴィラノはSSランカーという格上の存在で、他のフォースメンバーも相応の実力を持っている以上、真正面から挑んでまともに戦えるかどうかについては微妙なところだ。
それでも、やらねばならない。
固唾を飲み込み、アヤノは先行しているメグのG-セルフリッパーが飛ばしたフィルムビットから転送されてくる映像を睨み付ける。
(この戦い、相手がジャマーを無力化できる以上、アタシからの支援はほとんど期待しないでね)
ブリーフィングフェイズでメグが自分たちに伝えていた言葉を思い返し、アヤノは注意深くモニターとレーダーを見詰めて、唯一可能性がありそうな勝利への道筋を頭の中で組み立てていく。
前回と同じ戦法で「グランヴォルカ」が挑んでくるのだとしたら、狙われるのはまず各個分断という形になるだろう。
とはいえ、レイドバトルと「度胸ブラザーズ」戦で、こちらもまたパワーアップを果たしているという事実は彼らの前に曝け出している以上、前回と同様に一対一を複数作るという構図で挑んでくるのではなく、何か別な作戦を用意している可能性だってある。
近接戦闘に偏重しているというフォースとしての弱点を克服すべく、遠距離や中距離での手札となるソードビットを新たな武装として追加したアヤノと、G-セルフのビームライフルを切り詰めて小型化したものを二挺手にしているメグは、戦況に対して応じることができる幅が広がっているものの、ユーナとカグヤに関しては元からの長所を伸ばす形でのパワーアップを図ったため、相手がどう出てくるかに関しては前者後者共に半々といったところだ。
そんな憶測が、アヤノに迷いを抱かせる。
ぐるぐると巡る思考はどちらが正解なのかを決めかねて、同じところを何度も走り回って疲弊していく。
一秒がどこまでも薄く、長く引き延ばされていく中でアヤノは考える。考える。
奴らは、「グランヴォルカ」はどう出てくるか。
仮に自分の想定した状況でなかった場合はどう対応すればいいのか──
考えて、考え抜いても、答えが出てくることはなかった。
──だが。
ならば、相手がどう打って出てくるかわからないのならば、こちらの手札だけを叩きつけることを考えればいい。
悩んだ末に、答えにこそ辿り着けずとも、導き出せた結論はシンプルなものだった。
強引な強行突破を図るのもある意味では自分たちの持ち味のようなものだと一人苦笑して、アヤノはいつでもユーナとカグヤへのフォローができる位置に陣取って、戦端が開かれるのを静かに待つ。
フィルムビットから転送されてくる最前線の映像が、メグのコックピットにけたたましく鳴り響くアラートを、アヤノたちの機体にも転送する。
「やっぱファンネル! だったら、リフレクターパックでぇっ!」
最前線で「グランヴォルカ」四人組をフィルムビットの視界に捉えたメグは、全方位から鳴り響くアラートへと即座に反応を示して、パーフェクトパックの機能からリフレクターモードを呼び出し、起動させた。
だが、縦横無尽に軌道を変えて襲いかかってくるのはビームの雨霰ではなく、爆発を伴った攻撃の嵐だった。
「ファンネルミサイル……!?」
損傷したG-セルフリッパーの姿勢を立て直すと、全方位レーザーで自機を包囲するファンネルミサイルの数々を撃ち落とすと、メグはオープンチャンネルでの通信を開いて、アヤノたちに警告しようと試みる。
前回と全く同じ手段で来るとは思っていなかったものの、この短期間で自分たちをメタれるだけの手段を用意していた「グランヴォルカ」の執着に呆れ半分といった調子でメグはちっ、と舌を打つ。
「気をつけて、相手はファンネルミサイルを──」
『へっ、そう簡単にやらせるかよ!』
味方への警告を送ろうとしたメグの言葉を遮って、ガラナンの言葉と共にモニターをブロックノイズが埋め尽くす。
一瞬だけフィルムビットが観測した映像の中で、F90ESは装備していたドローンガンを本来のジャミング・ライフルに戻していた。
つまりはこちらにジャミングが仕掛けられたのだとメグは理解して、通信ではなくハンドサインによってアヤノたちへの合流を促す。
ファンネルミサイルは確かに、ビームをある程度無効化できるリフレクターモードへの牽制としては最適だろう。
しかし、あえて欠点を挙げるとすればそれは、通常のファンネルにもリキャストが設定されているGBNにおいても基本的には使い切りの武装であることだ。
「ぐうううっ! 持ち堪えてよ、セルフリッパー!」
勘と経験だけでランダムな軌道を描いてG-セルフリッパーを走らせながら、メグはコックピットの中で今まで自分に直撃したファンネルミサイルの数を数える。
誰がそれを搭載していたのかはわからないが、少なくともヴィラノのタイラントプロヴィデンスガンダムが元々プロヴィデンスをベースとしているならば、ファンネルミサイルを搭載できるスペースは限られていて、それはフロントアーマーが短い、ムーンのレギルスエクリプスも同じことだ。
そして、フィルムビットが観測していた映像の中でABCローブを被っていたボーガーのものと思しき機体のシルエットは、メグが記憶している限りでは前に戦っていたのと変わらず、そうなれば消去法でファンネルミサイルを搭載できそうなのは自然とヴィラノに絞り込まれる。
尚且つ、ドラグーンを搭載しているというアドバンテージを全て放棄したのでなければ、仕込めそうなスペースはフロントアーマーぐらいだ。
降り注ぐ爆撃の雨霰の中を、舞い踊るように回避するメグの姿を見たアヤノは、「光の翼」を展開してそのフォローへと入るために機体を加速させる。
ジャミングがかけられている以上、通信が不可能である今、自分たちが立たされているのは、「ビルドフラグメンツ」が常套手段としてきた戦術の前ということだ。
メグのG-セルフリッパーを付け狙う小型のファンネルミサイルをバタフライ・バスターBで叩き落とすと、アヤノは先陣を切って、ABCローブを纏う三機の中でも上に突き出たシルエットをしている機体に向けて、果敢に切り掛かっていく。
「ヴィラノ・ディヴィッドぉッ!!!」
『おっと、正解だ。おめでとう、アヤノちゃん。景品はないけどな?』
「ふざけた口を!」
裂帛の気合を込めて振り抜いたバタフライ・バスターBによる斬撃は、「光の翼」による加速度が乗っていたことも手伝って、ヴィラノのABCローブを剥ぎ取り、その機体の全貌を戦場へと露わにする。
果たして、メグの予想通りにフロントアーマーの形状が前回戦った時と大きく変わっていたタイラントプロヴィデンスは、一度距離を取るためにドラグーンを展開し、牽制射撃をアヤノのクロスボーンガンダムXQへと放つ。
味方への通信ができなくとも、こいつは自分が引き受けたという意図ぐらいは伝わってくれたはずだろう。
アヤノもまたドラグーンを振り切るように機体を加速させて、ランダムなマニューバで熱線の包囲網を振り切ろうと試みるが、一枚上手なのはやはりというべきか相手の方だった。
予測を超えた位置へと的確に配置されたドラグーンは、クロスボーンガンダムXQの装甲を削り取り、じわじわと、真綿で首を絞めるように、しかし確実に機体を蝕んでいく。
『姿隠してる意味ないわね、ボーガーはあのカグヤってのをやるんでしょ?』
『無論だ、ムーン。邪魔立てすれば貴様とて容赦はせん』
『はいはい。あたしはまた残飯処理ね……ま、多少は変わってるみたいだから、楽しませてもらいましょ!』
ビーム兵器を持つアヤノの狙いがヴィラノへと向いたことを認めると、ボーガーとムーンは纏っていたABCローブを脱ぎ捨てて、再び各々が持つ因縁の相手へと向けてブーストを噴かす。
ボーガーのガンダムAGE-1パワードタイタスは装備していたCファンネルを全て撤去していて、その代わりとばかりに機体に組み込んだAGE-FXの機能であるFXバーストを発動させると、異形の鉄腕を戦線に合流してきたカグヤへと容赦なく叩きつけた。
『憤ッ……!』
「くっ、やはり一撃が重い……!」
フルスクラッチによって作られた「無銘朧月」であったとしても、FXバーストのパワーを乗せたその鉄腕は容易に受け切れるものではなく、ロードアストレイオルタの関節が軋みを上げる。
それでもなんとか衝撃を受け流し、姿勢を立て直すと、カグヤは同じく重撃の型を取り、鉄腕を振るうボーガーに小細工抜きで、真っ正面からの戦いを挑む。
「拙は……拙は、復讐のために戦うのではない! これは!」
『言葉は……無用ぞ!』
剛剣と鉄腕がぶつかり合い、鉄の軋みと呻きを上げて、漆黒の宇宙にその雷鳴の如き力と、疾風の如き速度を轟かせる。
残飯処理、と煽るようにその言葉を口にしたムーンは、そんな戦いに夢中になっているボーガーを嘲るように鼻で小さく笑うと、相変わらず武器も持たずに突撃してくるユーナのアリスバーニングブルームを一瞥して、両腕のレギルスシールドから、ありったけのビットを展開した。
『前みたいに、これで終わってくれるんじゃないわよ!』
「言われなくたって! お願い、アリスバーニングブルーム! わたしに……力を貸して!」
ユーナは侮蔑を含んだムーンの煽りに動じることなく機体を加速させ、自身を取り囲むレギルスビットの包囲網を潜り抜けようと試みるが、全てを出し切ったというだけあって、その挙動は複雑怪奇で、あらゆる方向から、異なるタイミングでアリスバーニングブルームへと襲いかかってくる。
以前のアリスバーニングであらば、否、以前のユーナであれば、その圧倒的な物量とバラバラに襲いかかってくる「間」のズレに困惑して、ムーンが言った通りに何もできないまま大破していたことだろう。
だが、今は違う。
脳裏にタイガーウルフとの修行を思い起こしながら、ユーナはバーニングバースト・フルブルームに頼ることなく、冷静に自機を狙うビットとそうでないものを見極めて、一つ一つを丁寧に回避していく。
──いいか、戦いってのは先に心が折れた方が負けるもんだ。
頭で師範からの言葉を思い返せば、あの砕いた岩の破片を全て避ける修行の記憶が身体の底から反射となって蘇ってくる。
ユーナはレギルスビットによる包囲網をすり抜けるかのように、最低限のマニューバで巧みにその攻撃から逃れていた。
『ちっ……! ああもう鬱陶しい! 消えなさいよ!』
業を煮やしたムーンは、牽制を織り交ぜるのをやめて、全てのレギルスビットにオートでの攻撃を指示すると、延長したギラーガテイルをその手に、アリスバーニングブルームへと襲いかかる。
あのユーナというダイバーは、確かに少しはできるようになったのかもしれない。
だが、武装を持たないあの機体では全てのレギルスビットから逃れることなどできないと、ムーンがほくそ笑んだその時だった。
「バーニングバースト……フルブルーム!」
ユーナのアリスバーニングブルームは、全身から炎を噴き上げると、背面に移植していたウイングガンダムゼロ炎のバックパックに備え付けられていたグリップを二本引き抜いて、超級覇王電影弾の如く機体をぐるぐると回転させる。
『ビームサーベル!? 違う……あの炎を剣にしてるってわけ!?』
「技を借りるよ、アヤノさん!」
少なくとも一条二刀流にこんな技はなくとも、二本の剣を使うというその発想をアヤノから借り受ける形で、「炎の剣」とでも呼ぶべきものを掲載したアリスバーニングブルームは、襲いくるレギルスビットの全てを薙ぎ払いながら、ムーンの元へと止まることなく進撃していく。
元々、ウイングガンダムゼロ炎はそのウイングバインダーを実体剣「ハイパーカレトヴルッフ」として使えるだけでなく、レプリカではオミットされているものの、そのグリップとなる部分からビームサーベルを発振する機能が備え付けられている。
ユーナが組み込んだのは製品化されたレプリカの方であるため、ビームサーベルを発振する機能は備わっていないものの、必殺技であるバーニングバースト・フルブルームの熱量を逃す形の一つとして、「炎の剣」は編み出され、そして組み込まれたのだ。
うねりを伴って燃え盛る炎の剣は光すらも焼き尽くし、そして今、黄金のレギルスの前に、全身を焔に包み込んだアリスバーニングブルームがその姿を現す。
「これでええええっ!」
『にわか仕込みの素人剣術が……ビットを落としたぐらいで、いい気になってんじゃないわよ!』
そのまま勢いを乗せて、レギルスエクリプスへと振るわれた「炎の剣」を、ムーンは脚部のハンターエッジを展開してアリスバーニングブルームの右手から弾き飛ばすと、弧を描くような動きでそのまま、握りしめていたギラーガテイルを叩きつける。
体勢を崩されながらも、細かなマニューバでそれを立て直したユーナは左手に持っていた「炎の剣」でギラーガテイルを受け止めていた。
だが、レギルスエクリプスのパワーは、バーニングバースト・フルブルームをもってしても尚、容易に押し切れるものではない。
鍔迫り合いを強引に解いて、ムーンは「炎の剣」ごとアリスバーニングブルームを吹き飛ばすと、脚部のハンターエッジを展開したまま、華麗な脚技でユーナのアリスバーニングブルームを蹴り付け、刻んでゆく。
『ちょっと機体を変えたからって、舐められちゃたまんないのよ!』
わかっている。機体をパワーアップさせたからといって、容易に押し切れる相手ではないことぐらい、ユーナもまた理解している。
「戦いは、先に諦めた方が負ける……だから!」
ムーンの憤怒を乗せて放たれる脚技に、ユーナはタイガーウルフが放ってきた技を重ねて紙一重で回避すると、そのままカウンターとして、バーニングバースト・フルブルームの炎を纏った蹴りを放った。
がきぃん、と、金属同士がぶつかり合う鈍い音を立てながら、カウンターを想定していなかったムーンは、レギルスエクリプスはその体勢を大きく崩してしまう。
『クソっ、こいつ! 生意気なのよ!』
「生意気でもなんでも……わたしは勝ちます! 押し通ります!」
『ふざけんなッ! お前なんかに……負けちゃたまんないって言ってんのよ!』
歯を食いしばり、視線に闘志を滾らせて、ユーナとムーンの格闘戦は流麗という言葉とは程遠く、ノーガードでの殴り合いに等しかった。
負けたくない、負けていられない。
形は違っても、ぶつかり合うプライドが火花を散らし、装甲を砕き、関節を軋ませ、機体に傷を刻み合う。
怒りに駆られても尚冷静に、関節部だけを狙って的確に放たれたムーンの脚技によって、アリスバーニングブルームの左手は脱落していた。
だが、ユーナの味によって、ギラーガテイルを保持していたレギルスエクリプスの右手もまた引きちぎられて、互いに満身創痍となりながらも、目の前の相手を殴りつける手を止めることはなかった。
最初に諦めた者が負ける。
タイガーウルフから受け取ったその言葉に、愚直なまでに従って、ユーナはボロボロになっていくアリスバーニングブルームの姿に涙を滲ませながら、レッドアラートが鳴り響くコックピットの中で、恐れを踏み倒す咆哮と共に操縦桿のトリガーを引く。
「おおおおっ! 全力、炎、パァァァァンチっ!!!」
『ふざけんなふざけんなふざけんなぁッ! 殺せ、レギルスエクリプス!』
バーニングバースト・フルブルームの炎を全て纏わせたユーナの拳と、全出力を集中させたことで黄金の煌めきを放つハンターエッジを展開するムーンの脚がぶつかり合い、漆黒の宇宙を裂くように、一筋の閃光が走る。
ぴしり、と、何かがひび割れる音を立てて、ぶつかり合う光と炎が一つに収束していくのを、ムーンはレッドアラートのコックピットから見届けていた。
『そんな、負け、た……?』
「押して、アリスバーニングブルームっ!!!」
勝負を分けたのは、一瞬のことだった。
ハンターエッジにヒビが入ったのを見たその瞬間に、ムーンはレギルスエクリプスが出力での競り合いに負けたのだと諦めて、操縦桿を手離してしまっていた。
もしも、ムーンが操縦桿を手放さなければ、この競り合いの結果は変わっていたのかもしれない。
だが、それだけの話だ。
勝負に、もしもとたらればは存在しない。
だからこそ──勝利を掴み取ったのは、最後まで可能性を手放さずに、歯を食いしばりながらも諦めることのなかった、ユーナだったという、それだけの話なのだ。
「……やった……わたし、やったよ、アヤノさん……」
ユーナは茫洋とモニターを眺めて、星々の煌めく宇宙に手を伸ばしながら、小さくそう呟く。
全ての出力を右腕に集中させたことでレギルスエクリプスを貫いたその拳は砕けて、エネルギーも底をついていたものの、アリスバーニングブルームは確かに宿敵を打ち倒していた。
機体は大破状態で、もうこれ以上の継戦は望めない。
それでも、勝ち取った勝利をかみしめるように、傷だらけの栄光を手にしたユーナは、はらはらと、静かに涙を零すのだった。
あえて行く者が勝つ