ガンダムビルドダイバーズ ブレイヴガールフラグメント   作:守次 奏

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デカールのりが残った状態でトップコートを吹いてしまったので初投稿です。


第六十三話「運命の星を違えた故に」

 ユーナがムーンとの決着をつける数刻前、激突していたのはガラナンとメグだった。

 ジャマーによってほとんどのセンサーやレーダーが機能しない状態に陥っても、モニターが映し出す像にノイズが混じっていたとしても、メグは動じることなく視界に敵を捉えて、G-セルフリッパーに持たせたショートビームライフルでガラナンのF90ESを攻撃する。

 デバフを相殺するためにジャマービットを起動させる手段も一瞬考えたが、ガラナンの「アルカナム・リバース」が装備に依存するのではなく、ダイバー個人が習得した必殺技なら、それは相手へのバフとして利用されるだけだ。

 光条が絶え間なく宇宙を切り裂き、鋭い音を立てて逃げ回るF90ESを追い詰める。

 だからこそ、メグは多少の不利を承知で、デバフを受けたまま、有視界戦闘によってガラナンを制圧しようと試みているのだ。

 

『この子娘……ッ! ジャマーが効いてねえのか!?』

「バッチリ効いてんよ! でも……今のアタシは120%なんだから!」

 

 かつて、ハイパージャマーとミラージュコロイドを併用した、ほぼ完璧なステルスによって「獄炎のオーガ」を背後から天誅しようと試みたことがメグにはある。

 だが、その目論見は彼の野性的な勘、闘争本能が引き起こす一種の超反応によってあえなく打ち砕かれた。

 あのオーガに敗れたことも、彼が超人的な技を用いることも、メグは納得していたし、ステルスに頼り切った自分の慢心を突かれた形になるのだから、敗れたのもある種納得ができると割り切ってもいる。

 それでも、メグはオーガの研究を、否、このGBNにひしめく強者たちの研究をやめなかった。

 一秒でも早く相手を倒すためには何をすればいいのか。

 デバフ役や優れた偵察と斥候に情報を握られてしまっている場合には何をすればいいのか。

 動画編集の傍で、ひたすら猛者たちの動画を見て研究し、時にはG-フリッパーをヴァルガに潜らせたこともあった。

 その結果としてわかったことはただ残酷で、圧倒的な強者は個人には真似できないその才能によって高みへと上り詰めている、ということだけだ。

 いくら追いつこうとしても、いくら手を伸ばしても、生まれ持った力量の差が埋まることはなく、努力の全ては徒労に終わる。

 ──否。本当に、ただの徒労で終わるのだろうか。

 

「誰かになんてなれなくたって! 誰かの真似ができなくたって! 昨日のアタシにできなかったことは、今日のアタシができるようになればいい!」

『青臭ぇんだよぉ!』

 

 メグは感情がそうさせるままに叫び、ガラナンの機体を宙域に漂う戦艦のデブリまで追い詰めると、ショートライフルを放棄して、移植したG-セルフの胸部からビームサーベルを取り出して、二刀流でF90ESへと斬りかかる。

 例えそれが誰かに否定されたとしても、自分の道を曲げるつもりはメグにはない。

 青臭くとも、泥に塗れても、世界の壁に爪を立てて、そこから血を流してでも這い上がる。

 きっと今までの自分に足りていなかったものは、その覚悟だ。

 ギャルと忍者という個性に甘えて、味方を陰から支援するキャラクターだからと自分をその役割に押し込めて、戦術を一本化することで可能性を閉ざしてきたからこそ、あの時自分は負けたのだ。

 ガラナンのF90ESは、基本的に電子機器との干渉を嫌って抜き放つことはないものの、ビームサーベルを自衛用の装備として備えてはいる。

 彼が咄嗟に抜き放った一撃と、メグが振るった一撃がぶつかり合い、火花を散らして閃光が爆ぜる。

 

『クソッ、ジャマーがイカれたか……!?』

「まだまだあっ!」

『ぬかせ、子娘……がッ!?』

 

 右手に高トルクパックの機能を宿して鍔迫り合いを強引に制すると、返す刀でメグはF90ESのジャミング・ライフルを切り落とし、そのまま高トルクキックでガラナンを蹴り飛ばすと、その機体を戦艦の残骸へと思い切り叩きつけた。

 擬似的なGのフィードバックと衝撃のフィードバックが、ガラナンの息を詰まらせる。

 ジャマーが無力化された以上、F90ESに残されている武装はビームサーベルぐらいであり、パーフェクトパックを装備したことで大幅に戦闘力が上昇したG-セルフリッパーとやり合うのには不利だということぐらいは、彼にもまた理解できていた。

 

『ヴィラノ、ムーン、ボーガー! クソッ、クソッ! 何故だ! 何故ワシを助けに来ない!?』

 

 通信ウィンドウを開いて呼び掛けても、そこに応答はなく、ただ沈黙か、或いは己が相対している敵に対してかける言葉だけが走るのみだった。

 フォース「グランヴォルカ」は、燻っていた自分を拾い上げてくれたのではなかったのか──ガラナンの胸中に仄暗い絶望が影を落とすが、「グランヴォルカ」のルールは最初から決まっている。

 全てはヴィラノのやりたいことに従うだけ。

 そしてそれは、ガラナンも理解していたからこそ、今までは支援役に徹して、数々のフォースがヴィラノに潰されていく様を、高みの見物と決め込んでいたのである。

 だからこそ、そこに「味方を助ける」という選択肢が含まれるかどうかは、全てはヴィラノの胸先三寸であることを、彼は見落としていたのだ。

 

『あ、ああっ……ワシは……ワシは……!』

 

 ──利用されていた。

 絶望に満ちた表情で、震える唇が辿り着いた答えを紡ぐ。

 今までは役に立たない必殺技と、人気のない斥候・偵察型ビルドを組んでいることで行く先々のフォースに煙たがられていた自分を拾い上げてくれたのは確かにヴィラノで、ガラナンはそこに一抹の恩義を感じてさえいた。

 だが、それらは、いってしまえば全て一方的なものでしかない。

 ガラナンがそう思っているだけの、たったそれだけの話だ。

 ヴィラノにとってガラナンを拾い上げた理由は、潰し屋稼業に必要だと思ったからであって、そこに仲間意識などというものは最初から存在していない。

 にも関わらず自分は、一人で勝手に仲間意識を抱き、悪行に喜んで手を貸してきたのだ。

 

『ハ、ハハッ……ハハハハハッ……!』

 

 これが笑わずにいられるだろうか。

 ただ醜い道化芝居を演じていただけだという事実が、一人で舞い上がり、踊っていただけだという現実が、笑い飛ばすこと以外に逃避を許さずに、じわりじわりとガラナンの胸を鉛の綿で締め付けていく。

 よく見れば、目の前にいるメグという少女は、仲間のためにこんなにも必死になっている。

 一度心が折れるまでの敗北を味わいながらも、そこで止まることなく、機体を強化して、味方を信じて、自分のジャミングを潰すという役割に、愚直なまでに徹している。

 今までの自分であれば、それを馬鹿なことだと笑い飛ばしていたことだろう。

 必死になっている姿を、もがいている姿を嘲り、ちっぽけな自尊心を満たそうとしていたことだろう。

 だが、今はどうだ。

 ビームサーベルによって切り裂かれた両腕が、宇宙の塵になっていくのを見送りながら、ガラナンは一人、届くことのない言葉を自嘲の笑いに変えて、怒りの炎をその双眸に灯し、コックピットを穿とうとコールドクナイに手をかけたG-セルフリッパーの姿を、メグの姿をその目に焼き付けるかのように刮目する。

 ──ああ、なんと眩しいことだろう。

 

「これで、終わり! アヤノの、ユーナちゃんの、カグヤのために! ここでアンタを……アタシが討つ!」

『……クク、ハハハハ……見事だよ、お嬢ちゃん』

「敵の話は聞かない!」

『……まあ、そう言うなよ。最後なんだ……このジジイに一つ、教えちゃくれねえか』

 

 メグが振りかぶったコールドクナイがF90ESのコックピットを穿ち、バトルフィールドに自身を構成する躯体が解けていくまでの瞬間、ガラナンは必死に言葉を振り絞って、メグへと問いを投げかける。

 

『……ワシは、どうすればお前さんたちみたいになれたんだろうな?』

 

 しかし、その問いの答えを聞くことはなく、ガラナンの躯体はブロックノイズ状に解けて、セントラル・ロビーへと強制送還される。

 そうだ。ただ自分は、ガンプラバトルがしたかっただけなのだ。

 気の合う仲間と、気心の知れた相手と、他愛もない言葉を交わしながら、上を目指さなくてもいいから、この世界で──ただ、楽しくやれればそれで良かったはずなのだ。

 そんなガラナンの後悔もまた、メグに届くことはない。

 向けられた眼差しに、一抹の哀れみが宿っていたこと、それだけをただ一つの救いとして、戦いに幕が下される。

 

「……そんなの、最初から決まってんじゃん」

 

 誰かを嘲ることなく、誰かを嗤うことなく、ただ──ただ、「ガンプラバトルが好きだ」という気持ちを持ち続けていれば、いつかは報われたのかもしれないし、或いはそうでなかったのかもしれない。

 メグは一人、コックピットの中で届くことのない言葉をぽつりと呟く。

 仮にそうでなかったとしても、あのヴィラノという男についていくべきではなかった。

 それだけが、どこまでも単純で、だからこそ残酷な、たった一つの答えだったのだろう。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

『フハハハハ……! 吾輩は今、満たされている! この闘争に! この血潮が滾る戦いに! 貴様はそう思わぬか!』

「……拙は滾りなど感じません、拙は、ただ……!」

 

 ボーガーのAGE-1パワードタイタスが振るう鉄腕を「無銘朧月」によって巧みに受け流し、捌きながら、カグヤはボーガーから投げかけられた問いに、ぎり、と歯を食いしばる。

 彼が問いかけたように、強者との戦いを求める心は、確かに自分が生まれた因子としてこの電子の命、その奥深くに刻まれている。

 だが、それはあくまでも自分を、ELダイバー「カグヤ」を構成する意識の一部でしかない。

 無道の鉄腕を受け止めて、時にその間隙を縫って、疾さを重視した型による攻撃を加えながら、カグヤは互いに疲弊していくロードアストレイオルタの悲鳴と、そしてガンダムAGE-1パワードタイタスが上げる歓喜の声に、じわりとその眦へと涙を滲ませる。

 ──もっとだ、もっと、もっと。

 どす黒く染まった闘志を剥き出しにする、ボーガーと同じパワードタイタスの声は、ロードアストレイオルタが、自分が現実で生きるための躯体でもあるモビルドールカグヤが上げる、もうやめて、という悲鳴とは対照的に、傷つけば傷つくほど、歓喜に打ち震えていた。

 確かにカグヤの心は、今でも強者との戦いを求めているところはある。

 だがそれは、互いに「道」を持っていればの話だ。

 戦う理由を捨てた時、戦いの中に見出すべき道を捨てた時、ただその闘争のみを理由としたその時に、人は獣に成り下がる。

 そうして、戦いの理由と意義は失われ、暴力だけがそこに残る。それに何の意味があるというのだろうか。

 ボーガーは確かに強い。

 彼が強者であることに、間違いはないのだ。

 なんとか「ビルドフラグメンツ」の皆が作り上げてくれた「無銘朧月」のおかげで持ち堪えられてはいるものの、今も防戦一方であることは以前と変わらず、決定的な攻撃のチャンスは見出せていない。

 疲弊しながらも疲労することなく、そして絶え間なく振るわれるボーガーの鉄腕は最早絶え間なく放たれる戦車砲と形容した方が正しいほどの威力を「無銘朧月」の刀身とロードアストレイオルタの関節部に伝え、イエローコーションがコックピットに絶え間なく瞬く。

 まともに打ち合いを続けていたとしても、ボーガーに勝てる保証はどこにもない。

 己の誕生因子に刻まれた「武士」たちの記憶からその型を次々と再現し、変幻の構えでカグヤはボーガーを撹乱していたものの、その小細工ごと踏み潰してやるとばかりに、鋼の腕を持つチャリオットは攻撃のペースを緩めずに荒れ狂う。

 いくら「無銘朧月」が優れた刀であったとしても、GBNがゲームである以上そこには耐久値が必ず存在し、それが「菊一文字」と比較して遥かに上回っていたとして、ゼロになってしまえばへし折れるという結末は変わらない。

 ならば、試すべきは何か。

 息つく間もなく振るわれる鉄腕を捌きながら、カグヤは己の思考回路をフル回転させて、結論へと辿り着くべくもがき続ける。

 ──攻撃を捌こうと思うから、防御に回らされているのではないか。

 一秒が永遠へと引き延ばされていくような緊張の中で、ぽつりと湖面に雫が落ちるかのように、ふとそんな言葉が胸の内から湧いて出る。

 それは、ともすれば求める武士道とは違う考え方かもしれない。

 ビームラリアットとの鍔迫り合いを強引に解くと、カグヤは逡巡を抱きながらも、すぐさま頭を左右に振って、その迷いを否定する。

 そしてカグヤがとった構えは、型は、いつかと同じ居合の型だった。

 ガットゥーミと戦ったあの時、自分は確かにこの技を繰り出していた。

 だがそれは無我夢中だったからで、今回も上手くいく保証があるとは限らない。

 

「──それでも!」

『言葉は……無用か!』

 

 ボーガーもまた、カグヤがやろうとしていることを察したのか、真正面からビームラリアットと磁気旋光システムを展開すると、渾身の力をその鉄腕へと込めて、目の前の敵を轢き潰さんと咆哮を上げる。

 

『アァァララララララァァァイ!!!』

「居合の型……夕凪・空蝉返し!」

 

 だが、カグヤはその攻撃に合わせて刀を振るうことはしなかった。

 全力を込めたビームラリアットが、ロードアストレイオルタのコックピットへと叩きつけられたその瞬間に、必殺技であるモビルドール形態への移行を選択して撃墜を免れると、後隙を晒す形となったAGE-1パワードタイタスの背中に、振り上げた刀を思い切り突き立てる。

 移行によって撃墜判定こそ免れたものの、フィードバックされたダメージは尋常ではなく、モビルドールカグヤの下半身と上半身は泣き別れし、撃墜を紙一重で免れた上半身が「無銘朧月」を振り上げていたからこそ、なんとかボーガーのコックピットを貫くことができている、という有様だった。

 

『……見事だ、嗚呼……良き闘いであった……』

「……ふざけないでください……」

『……何?』

「ふざけないでくださいッ!!!」

 

 コックピットを貫かれ、後はテクスチャの塵となってロビーへと強制送還されるのを、どこか満足げな表情で待っていたボーガーに、カグヤは腹の底からその叫びを投げつけていた。

 

『吾輩が戯れを……? これは笑止、吾輩は死力を尽くしたのだ、ならば敗れて悔いが残るはずがあるまい』

「……それだけの……それだけの強さを持っていながら! それだけ戦うことを望んでいたのなら! どうして貴方ほどの人が、こんな外道に堕ちたのですか!」

 

 カグヤは叫ぶ。

 本当にわからないから。或いは、「道」を踏み外していたら、己もそうなっていたかもしれないから。

 カグヤの心を満たす感情は、達成感でも怒りでも哀れみでもなく、純粋な悲しみだった。

 どうしてボーガーほどの武人になれたかもしれない人間が、道を踏み外して外道に堕ちなければならないのか。

 どうしてこれほどの強さを持っていながら、「道」を持たずに、獣へとその身を窶してしまったのか。

 そして──どうしてもう、ボーガーと戦えないのか。

 いくつもの感情が綯い交ぜになった涙が頬を伝って、白い肌を濡らしていく。

 

「……拙は! 拙は……『道』を持った貴方と戦いたかったのです! ガットゥーミさんのように! なのに、どうして……っ……!」

『道……そうか、吾輩は……』

 

 ボーガーがヴィラノの誘いに乗ったのは、憎まれ役を買って出ていれば、自然と戦う相手が集まってくるから、というシンプルな理由に過ぎない。

 だがそれは、戦い以外の全てに目を背けることと等しかった。

 強くなりたい。このGBNという果てのない闘争の世界で、その頂点を目指したい。

 いつしか戦いに明け暮れる中で忘れていたプリミティブな衝動が、その記憶がボーガーの胸中で頭をもたげて蘇る。

 いくら戦っても満たされなかった。

 潰したG-Tuberの弔い合戦。或いはフォースを潰すための戦いも、レイドバトルも、その全てがボーガーの渇きを癒すことなどなかった。

 だが、今はどうだ。

 カグヤの叫びに呼び起こされた記憶の水源から押し寄せてくるその想いに飲み込まれながら、ボーガーは静かに目を伏せる。

 そうだ。良い戦いだった。だからこそ──

 

『……ああ、そうだ。吾輩は……口惜しいのだろうな。貴様ともうこの世界で相見えることもないのが……再び、戦うこともないのが』

 

 もう一度、カグヤと戦いたい。

 頂点を目指すために。いつか憧れたあの星を、チャンピオンの座を目指すために。

 ボーガーはブロックノイズ状に解けていく手を伸ばし、もう届くことのないその想いへと、見失っている内に沈んでしまったその星へと手を伸ばしたまま、セントラル・ロビーへと消えていく。

 ──運命の星を見誤ったのは、吾輩であったか。

 自嘲の言葉も何処かに届くこともなく、ただ虚空に溶けて消えていく。

 佇むカグヤの涙だけが、祈りのように、流れ星のように零れて落ちる。

 或いは、それだけが。

 それだけが、道を踏み外し、消えていく戦士への手向けであり、ただ一つの救いだったのかも、しれなかった。




叶わぬ願いは流れ星
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