ガンダムビルドダイバーズ ブレイヴガールフラグメント 作:守次 奏
──力こそが全てだと知った。
クロスボーンガンダムXQの展開したブランド・マーカーがタイラントプロヴィデンスガンダムのコックピットを貫くまでの刹那の時間、ヴィラノの脳裏をよぎったのはとっくに過ぎ去ったはずの幻影だった。
GBNを始めたことに、しいて理由があるわけではない。
インターネットの片隅を漂っていれば、伝説と謳われた「第二次有志連合戦」と、今も尚真偽が不明で様々な憶測を呼んでいる一度きりのレイドバトル、「アルス」戦まで、この電脳世界には様々な逸話が欠片となって形を成していることがわかる。
ヴィラノにとって、そこに感動はない。
あの「ビルドダイバーズのリク」が心の底から叫んだ言葉も、何かのために謎のミッションを戦い続けた「もう一つのビルドダイバーズ」が辿り着いた最終解答にも心は揺れ動くことはなかった。
ただ唯一惹かれたことがあるとするのなら、それは不動のチャンピオン、クジョウ・キョウヤの存在ぐらいだろう。
過去に嫌気が差して辞めてしまったVRMMOにもそこで起きていた「伝説」や、様々な「事件」があった。
だが、そんなことはどうでもいい。
ヴィラノにとって、そこから学び得たものはゲームに対する熱量であるとか、遊びだからこそ真剣に向き合うだとか、自由を満喫するだとか、多くのプレイヤーたちが口を揃えて唱えるおためごかしではないからだ。
ヴィラノがクジョウ・キョウヤから学んだことは、結局、神ゲーと、それすら通り越して「第四世界」とまで謳われるGBNも、結局は巷に数多転がっているVRMMOと変わらないということだった。
──力こそが、全て。
あの「ビルドダイバーズのリク」が己のわがままとでもいうべき願いを押し通せたのも、「もう一つのビルドダイバーズ」が「エルドラ」という謎のミッションを制することができたのも、全ては彼らにそれだけの「力」があったからであって、力がなければあの電子生命体──ELダイバー「サラ」は今頃消滅していただろうし、「カザミ」も電子の海の中で藻屑となって呑まれ、消えていたことだろう。
それでもGBNを始めたことに、何か理由があるのか。
歯を食いしばり、涙を眦に滲ませながらもいつかの雪辱を、数多の侮蔑を受けて折れた心を立て直して、友のために自らを今踏み越えようとしているアヤノの、どこまでも真剣な瞳を通信ウィンドウごしにヴィラノは垣間見る。
彼女たちは、「ビルドフラグメンツ」は力のない存在だった。
たまたまG-Tuberをやっていたメグが注目を浴びたことでちやほやされていたところにちょっと現実を教えてやっただけで、それはいつも通りの潰し屋稼業に過ぎなかったというのに、何故。
──何故、お前らはそこまで「誰かのため」であれるのか。
ヴィラノの唇はその言葉を紡ぐことなく、機体が限界を迎え、コックピットを貫かれたことで、ブロックノイズとなってセントラル・ロビーへと強制送還されていく。
そんなものはただの綺麗事だ。ただのおためごかしだ。
結局のところ、力がある者しか「特別」になることなどできない。
ならばそんな、選ばれし勇者様なんて存在が出てくる前に、あまりにも目障りで、眩しくて──目を焼かれてしまいそうな存在が出てくる前に、そしてゆくゆくはあのクジョウ・キョウヤも潰してしまえば、全ては。
【Battle Ended!】
【Winner:ビルドフラグメンツ】
そんなヴィラノの空想を切除するように、幻想を破却するように、無機質な機械音声が告げるのは、無力であるはずの、とっくに現実を叩き込んでへし折ったはずの「ビルドフラグメンツ」が、アヤノが、メグが、カグヤが、そしてユーナが、再び立ち上がり、自分たちを乗り越えたという事実に他ならなかった。
全ては、なんだというのか。
ヴィラノがセントラル・ロビーへと転送されるまでの瞬間に脳裏へと閃くのは、数多のゲームで「特別」を手にしてきた存在の記憶。
力があるからこそ、勇者様と称えられるような存在の、忌まわしい幻影。
そして──何の力もなかったのに、今、眼前で輝いている「ビルドフラグメンツ」の見せた、勝ったというのにどこか釈然としないような、悲しげに憂いを帯びている、その愚かなほどに真っ直ぐすぎる瞳だった。
◇◆◇
セントラル・ロビーに帰還したアヤノたちは、同じく戻ってきたヴィラノたちと睨み合う形で立ち会っていた。
この戦いに定められたルールとして、負けた方はGBNから出て行く──それを彼らが守るだろうかという疑問もあれば、そんな条件を天秤に乗せた勝負をしてしまったこと自体が間違いではなかったのかという後悔に駆られながらも、長い沈黙を破って、アヤノは「グランヴォルカ」へと、ヴィラノへと向けて言葉を紡ぎ出す。
「……私たちの勝ちよ」
「ああ、知ってるさ。負けたのは俺たちだ」
「……それがどういう意味か、わかっているわけ?」
「そうだともさ、負けた方はGBNから出て行く──そういう約束で取り付けた勝負だったもんなぁ?」
ヴィラノは飄々と肩を竦めてそう語るが、果たしてそこに真剣さがあるのかどうか、約束を守るつもりがあるのかどうかは、相変わらず嘲笑と道化の仮面に覆い隠されていて、アヤノにはわからない。
それでも、敗者としての誇りが彼らにあるのなら、その約束は守られなければならないことだ。
それがどれほど愚かなものであったとしても、約束を交わしたこと自体が間違いであったとしても、天秤に乗せてしまった以上は、一つの賭けとして成立するのだから。
気まずさを覆い隠せず、俯き、拳を震わせるアヤノに対して、ヴィラノの反応は冷淡──否、その仮面を自ら脱ぎ捨てて、心の底から不思議そうに首を傾げ、そしてどこか悲しげに言葉を紡ぎ出す。
「おいおい、勝った奴がなんて顔してやがるんだ? 勝者は笑うもんだぜ?」
「……この条件で、この戦いで、どうして笑えるというの?」
「勝った奴が全てだからに決まってるだろ? 力こそが全てなら、正しかったのはお前たちの方だったってことだよ、ああ──オメデトウ」
再び嘲笑の仮面を被ると、ヴィラノは嘲るようにそう口にしたが、その言葉によって神経を逆撫でされたのは、アヤノたちだけではなかったようだった。
「ふざっけんじゃないわよ! こんな試合、こんな口約束、無効に決まってるでしょ!?」
嘲笑の仮面を被りながらも、諦めとしか思えない言葉を口にしたヴィラノへと詰め寄ったのは、アヤノたちではなく、額に青筋を浮かべたムーンだった。
ユーナにしてやられたことが余程堪えたのか、胸倉を掴んでそう怒鳴りつけるその姿は誰が見ても冷静には程遠く、ガラナンやボーガーへと視線で同意を求めても、ムーンの意見に頷く者など一人もいない。
何故こんな格下相手に負けて、何故自分たちがGBNから出ていかなければいけないのか。
それは全てヴィラノが勝手に決めたことだと、ムーンは好意を寄せている相手に対してそう口にしているのと同じであるとも気付かずに、眦に涙を浮かべながら、掴みかかった襟首を締め上げる。
元々ムーンが「グランヴォルカ」に入った理由は、ヴィラノに好意を寄せた理由は、彼がどこまでも孤高に、そして孤独に強さだけを追求して、「弱くてもいい、楽しめればいい」などとほざいて回る連中をその暴力によって文字通りに「潰してきた」姿に憧れてのことだった。
その時、ムーンは無力な一人のダイバーでしかなかった。
ユーナの未熟さに苛立ちを覚えたのは、そんな弱かった過去の自分を否定したかったのと、「ビルドフラグメンツ」の在り方が、ぬるい馴れ合いの中で満足していた連中とよく似ていたからだ。
だが、いってしまえばその「ぬるい馴れ合いに浸っている連中」に自分たちは敗北を喫して、ヴィラノもそれを認めようとしている。
その現実が受け入れられず、ムーンは幼子のように憤りを撒き散らしていた。
「……やめろよ、ムーン」
「ヴィラノ!」
「……言っただろ? 正しいのは勝った奴だ。それがどんな手を使おうが、どんな連中だろうが……俺たちは負けたんだ、負けたことを認めないのはお前の勝手だとしても、このフォースのルールは忘れてないよな?」
「……ッ……!」
フォース「グランヴォルカ」を縛る掟はただ一つだ。
全て、ヴィラノのやりたいことに従う。
だからこそ、何故ヴィラノが「ビルドフラグメンツ」にここまで執着していたのかを問うことも、そして敗北の結果を認めないという主張も、全てがその掟の前に許されないことを承諾した上で、ムーンたちはこのフォースに加入しているのだ。
「……貴方に敗者としての誇りがあることには、驚かされるわね」
「ハハッ、こいつは手厳しいな……でもな、本音を言えば俺だって認めたくないんだぜ? なあ、アヤノちゃん……お前たちはなんでそんなに青臭いのに、なんでそんなに無力だったはずなのに、鬱陶しいぐらいに眩しいんだ?」
ヴィラノもまた、「ビルドフラグメンツ」にここまで執心していることに自分でも驚いていた。
何故そこまで、愚直なまでに「誰かのため」であれるのか。
ノイズの中へと消えて行く途中で、言葉にならなかったその問いを投げかけることにきっと意味はない。
無力であったとしても、どれだけ暴力で心をへし折っても、立ち上がってくる存在というのは少なからずいて、ヴィラノはそういう「潰しきれなかった」相手に対して今回と同じようにフォースの解散とGBNの引退を天秤に乗せた戦いを挑み、無理やりに「潰して」きたのだが、ビルドフラグメンツは、アヤノたちはそれを真正面から覆して、「潰し屋」を潰すということを成し遂げた。
つまり、それだけの話なのだ。
そう、特に理由などなくとも、特別でなくとも、仲間のために、
誰かのためにへし折れたとしても立ち上がる信念をその胸に宿していたからこそ、紛れもなく「強くなった」からこそ、「ビルドフラグメンツ」は自分たちを潰し返すことができた。
その結果にヴィラノは決して満足していない。
むしろ気に入らないという憤りで心は煮え滾っていて、ムーンのように喚き散らしたい気分でさえあった。
だとしても、自分たちが掲げてきた信念を、「力こそが正義だ」という理由をねじ曲げてしまうことほど、ダサいことはない。
どうせ敗北者としての汚名を被るなら、みっともなく喚くのではなく、最後まで自分たちの信念に従って消えていく。
それだけが残された中で最善の選択肢ということなのだ。
真っ直ぐな怒りと、そして悲しみと哀れみが同居したアヤノの感情にヴィラノは最後まで理解を示せず、綯い交ぜになった感情の雲が浮かぶ青空を思わせるその瞳を一瞥すると、踵を返して歩き出す。
「……ああ、どうして空は青いのか、ってね……クソッ、クソが……っ……認められるかよ、畜生ッ……!」
だが、ヴィラノがアカウントの削除のボタンへと手をかけたその瞬間、仮面の下に押し込めたはずの感情が噴き出してきて、伸ばした指を躊躇わせるが、既にガラナンとボーガーはアカウントを消して、このGBNから消えた以上、自分がムーンにあれだけ言った以上、ここでその条件を取り消すわけにはいかない。
息を思い切り吐き出すと、無理やり震える指を動かして、ヴィラノは、悪逆の限りを尽くした男は己を慕う女と共に、この電子の海から、ただ小さく、みっともなく、惨めに消えていく。
それを見届けたところで、例え誰かに讃えられたところで、アヤノは、ユーナは、カグヤは、メグは、それを喜ぶことなどできそうになかった。
どうして空は青いのか。
投げかけられた問いに答えは示せない。
それでも、空の青さを綺麗だと思うのではなく、ペンキをぶちまけて穢してやりたいと思うようなヴィラノたちには、きっとその美しさは、時に目を奪われる輝きの正体は、一生理解できないのだろう。
「……終わりましたね」
「うん、終わったよ。カグヤ」
「拙は……拙は……っ……!」
「気持ちはわかるよ、カグヤ。でもね、もうどうにもならないんだ。もしもがあっても、そうはならなかったんだ。だから……アタシたちはこれを背負って、やってくしかないっしょ」
例えどんなに悪辣なことをやってきたフォースであったとしても、例えどんなに彼らの所業が許せないものであったとしても、どんなに誰かのためだと大義名分を掲げたとしても──自分たちが、GBNから誰かを追い出すという蛮行に手を染めてしまったことに変わりはない。
それはきっと、歯噛みするカグヤにも、一言も喋ることなく俯いていたユーナにも、よくわかっていた。
それでも、両肩にのしかかる気まずい沈黙が晴れることはない。
一秒がどこまでも薄く、長く引き延ばされていくような感覚の中を揺蕩っていたカグヤたちを現実へと引き戻したのは、その沈黙を破ったのは、陽光のように優しく囁きかけるような声だった。
「泣かないで、カグヤ。ニチカは……お姉ちゃんは、貴女が頑張るのをずっと見てました」
「……姉様……?」
声のした方に振り返れば、そこにはカグヤとよく似た巫女装束に身を包みながらも、髪の毛をショートボブにまとめあげ、左の前髪に桜のヘアピンを飾った女性──以前、シャフランダム・ロワイヤルで戦ったカグヤの双子の姉である、ニチカが佇んでいる姿がある。
「ええ。カグヤのお姉ちゃんのニチカよ。そしてフォース『ビルドフラグメンツ』の皆さん、お久しぶりですね。当時は名前もなかったのと、後見人さんもいなかったけれど、ニチカはまた会えて嬉しいです」
楚々とした笑みを浮かべて小首を傾げるニチカは、急な再会に呆然としているアヤノたちを一望しながらコンソールを操作して、一枚のウィンドウをポップさせる。
「姉様。その、これは……?」
突然の出来事に放心しながらも、「『GHC』 is WANTING YOU!」という見出しと共に長身の男性が画面の外に向けて指をさしているポスターのようなものを受け取ったカグヤは、それとニチカへと交互に視線を向けて、小首を傾げながらそう問いかけた。
その電子ポスターに記されている「GHC」がなんなのかは、アヤノもまた漠然とではあるが、知っているところはあった。
確かリアルでも指折りの世界的コングロマリットであり、同名のフォースとしてGBNでも大量のフォースとアライアンスを結んでいる、夏祭りことグラン・サマー・フェスティバルでは裏方や屋台の経営などを担当していたフォースだったはずだ。
「ええ。ニチカは『GHC』とアライアンスを結んでいるフォースに身を寄せている。なのでこうして、お姉ちゃんとして、カグヤたちを『大戦争』に誘いにきたの」
困惑するアヤノたちをよそに、ニチカは楚々とした笑みを崩さずにそんな話を持ちかける。
総帥は、「アトミラール」は、今回とシーズンレイドの件で貴女たちを高く買っているから。
そう理由を付け加えると、「大戦争」イベントの告知ポスターが表示されていたウィンドウを閉じて、ニチカはくるりと踵を返した。
「大戦争……? えっと、ニチカさん、その……」
「ふふ、ニチカの仕事はここまでです。総帥から頼まれたのと、カグヤの様子を見にきただけなので。だから参加するかどうかを決めるのは、フォースリーダーの貴女ですよ? ユーナさん」
ユーナの当惑や逡巡を置き去りにして、ニチカはあくまでメッセンジャーとして頼まれただけだからと、そんな言葉を残して雑踏へと溶け込んでいく。
──大戦争。
まだ感情の整理がついていないままに誘われた、新たなるイベントにユーナたちは目を白黒させていた。
だがそれは、過去ではなく未来を向いてほしいという、きっとニチカなりの激励だったのかもしれない。
アヤノたちはそんなエールを抱きとめるように、顔を突き合わせると、一頻り苦笑を零すのだった。
そして舞台は、新たなる戦いへ