ガンダムビルドダイバーズ ブレイヴガールフラグメント 作:守次 奏
大戦争イベント。
それはGBNの中でも異常といえる規模、具体的には二万の軍勢を持つフォースアライアンス「GHC」が主導して行われるイベントであり、具体的には先日のシーズンレイドバトルの規模を極限まで巨大化させたものである、というのが、アヤノが調べた限りの概要だった。
(まあ要するに二万対二万で制圧戦やるイベントだよね、アタシらチャレンジャー側は「GHC」の拠点を半分以上制圧して本拠地のヨコスカを落とすか、七割の拠点を落とすかすれば勝ち、防衛側の「GHC」はその真逆で制限時間内にヨコスカ基地と半分以上の拠点を守り切るか、七割の拠点を守りきるかって、そんな感じのイベント?)
参加したことないけどね、と付け足して、やや照れ気味にメグが語っていたことを思い返しながら、アヤノは出撃フェイズに移行したことで転送されたコックピットの中で、その勝利条件を反芻する。
二万対二万という異例の規模で開催される「大戦争」イベントは、開催期間中、セントラル・エリア以外の全てのサーバーをレイドバトルモードに設定されるほどであり、挑戦者側も基本的には先着順でのエントリーになるが、今回のように「GHC」を率いる総帥にして「提督」の二つ名を戴く男、「アトミラール」から直々に誘いがかかる場合もあるらしい。
特に将来、フォースアライアンスの一翼を担ってほしいと思えるような実力を発揮したフォースへの事実上のスカウトと試験も兼ねているらしいが、そっちに関してはユーナがよくわかっていなかったのと、アヤノも、失礼なのは承知だが、アライアンスには興味がないということで、イベント終了後にお誘いがあったとしてもお断りすることに決まっている。
それはともかくとして、アトミラールがわざわざニチカを使者として「ビルドフラグメンツ」に派遣した意味については、よく考える必要があるだろう。
点ったカウントシグナルが刻まれていく間がどこまでも遠くなっていくような感覚の中で、アヤノはポップした通信ウィンドウに映る、一際険しい顔をしたカグヤを横目に見て、考える。
それは推測でしかないものの、恐らく、アトミラールが使者としてニチカを寄越したというよりは、その役目をニチカが買って出た、といった方が、あるいは正しいのかもしれない。
世にも珍しい双子のELダイバーとして生まれてきたニチカとカグヤだが、姉妹である以上に、カグヤにとってニチカという人物は越えるべき壁のようなものであり、そして同時に、彼女が「武」の道を求めているその理由に深く関わった存在だ。
大丈夫、と気遣いの声をかけることはできたのかもしれない。
闘志の炎を静かに滾らせながらも、そこに僅かな逡巡や躊躇いのようなものを見せるカグヤに対して、かける言葉は浮かんだとしても、それは彼女の根本に届くことはないのであろうことは、アヤノにもわかっていた。
あの「グランヴォルカ」との戦いが、ヴィラノとの戦いがアヤノ個人にとっての戦いでもあったのなら、今回の「大戦争」は、カグヤという個人にとっての戦いなのかもしれない。
二万対二万という、超がつくほどの大規模戦闘の中でも、何故かアヤノには──否、「ビルドフラグメンツ」には、あのニチカと巡り会うだろうという確信があった。
根拠こそなくとも、それこそが恐らく彼女が「GHC」の使者として自分たちの元に現れた理由なのだろうと、アヤノは声には出さずそう呟き、格納庫のカウンターに青いシグナルが点ったのに従って、愛機であるクロスボーンガンダムXQが足を乗せたカタパルトの勢いに身を任せる。
「アヤノは、クロスボーンガンダムXQで行くわ……!」
最早お決まりとなった出撃前の口上と共に、アヤノを乗せた愛機はカタパルトの速度に従って格納庫から射出され、戦いの舞台へと通じるゲートの中へと放り出されていく。
視界を白く染め上げる光が晴れた時、そこにあった光景はまさに鉄風雷火、屍山血河を思わせる、大規模戦闘が作り上げる地獄の光景だった。
『今回も衛星軌道上からかよ、ツイてねえ!』
『愚痴る暇があったら手ぇ動かせ馬鹿野郎! 相手は「GHC」なんだから、そう簡単にいくわきゃねえんだからよ!』
『畜生、艦隊砲撃の密度が高すぎて近寄れねえ!』
アヤノたちが初期エリアとして配属されたのは、何の因果か挑戦者であるダイバーたちの怒号と悲鳴が絶え間なく轟く、そして先日の「グランヴォルカ」戦でその舞台となった、地球圏衛星軌道上だった。
宇宙から地球への降下を阻止すべく、昨年に続いて大規模な戦力が配置された衛星軌道は、名もなきダイバーが嘆きと共に爆散していったように、ずらりと並んだ大艦隊による高密度の砲撃だけではなく、「GHC」のパーソナルカラーである、軍用機風のカラーリングに染められたウィンダムやダガーLといった地球連合軍系のガンプラが宇宙を埋め尽くさんばかりに配備されている。
冗談ではない、とどこかの赤い服に仮面を被った、シャア・アズナブルを思わせるダイバールックの男が呟いたかと思えば、彼が搭乗していたシャア専用ザクはウィンダム一機にダガーL二機というスリーマンセルに挟撃されて、宇宙の藻屑と化していく。
「ユーナ、カグヤ、メグ! 生きてる!?」
アヤノはその様子を認めると、慌てて通信チャンネルを開いて、恐らくは同時に出撃したのであろう味方へと呼びかける。
頼むから、生きていてほしい。
そう願う間にも次々と、挑戦者側の戦力は「GHC」が誇る強固な連携戦術の前に撃破されていく。
「大丈夫です、アヤノさん!」
「拙も問題ありません!」
「もち! 噂には聞いてたけどこりゃ一筋縄じゃいかないっぽいね……!」
よく考えてみればレーダーを確認すれば済む話だったが、三人から返事が届いたことにほっと込み上げてきた安堵から胸を撫で下ろしつつ、アヤノは強固に組まれた「GHC」艦隊の布陣を一瞥し、頭を抱える。
『いいか、スリーマンセルを徹底しろ! 我々は艦に近づく高機動型や火力型を叩く! それ以外は艦隊に任せて、目もくれなくていい!』
『サー、イエッサー!』
シーズンレイドバトルで矛を交えた「第七機甲師団」のように徹底した、軍隊じみた連携を取りながら的確に突出した高機動型や、隙を狙って威力の高い一撃を放とうと足を止めた機体を、ダガーLの装備したドッペルホルン無反動砲が、ウィンダムの正確無比なコックピットへのピンポイントショットが貫いて、彼らの牙城は崩れる気配がない。
この状況を雑に解決してしまうのであれば、範囲攻撃によって盤面をひっくり返そうという狙いは理に適っているといえる。
だからこそ、挑戦者側も隙あらばサテライトキャノンやダインスレイヴといった戦略兵器を「GHC」艦隊へと叩き込もうとしているのだが、高密度の艦砲射撃とウィンダム隊による高度な連携という二枚看板の前には、その一撃が届くことはない。
『あれは……「ビルドフラグメンツ」です、隊長!』
『こちらも接敵を確認しました!』
『よし、各員に通達! モビルスーツ隊は「メグ」と「G-セルフリッパー」を集中的に狙うんだ! あのロンメルに一泡吹かせた相手だぞ、決して侮るんじゃない!』
『サー、イエッサー!』
「ちょ、アタシ!? なんで!? ……ってアレか、フォトン撒菱か」
こちらの姿を偵察機と思しき、レドームを背負ったダークダガーLが観測すると「GHC」のダイバーはそれを的確にウィンダム隊へと通達し、受け取った隊長と呼ばれた男は、シーズンレイドから分析したデータを元に、メグへと集中砲火をかけるように指示を下す。
その理由について一瞬メグは困惑したものの、フォトン撒菱ことフォトン・トルピードがその理由だと納得すると、雨霰のように降り注ぐドッペルホルン無反動砲からの砲弾をランダム機動で回避しつつ、アヤノたちへと通信で呼びかけた。
「ごめん、アヤノ、カグヤ、ユーナちゃん! アタシ一人じゃ抑えきれない!」
メグは艦砲射撃も警戒してリフレクターモードも起動していたが、パーフェクトパックというのは、機体の総エネルギーを増加させるパッシブスキルである「フォトン・バッテリー」を有していても尚大喰らいな装備であり、このままの状況が続けば、G-セルフリッパーは遠からずエネルギー不足に陥って撃墜されるだろう。
それはアヤノたちも理解していた。
だからこそ、メグを庇うように、ウィンダム隊と同じようなスリーマンセルの陣形を組むと、まず真正面に躍り出たのはユーナだった。
「メグさんはやらせない! いっくよー! 炎、パァァァァンチ!」
『なんてネーミングセンスだ……がっ!?』
『隊長!?』
粒子が生成する炎をその拳に纏った、文字通りの炎パンチを受け止めようと、隊長と呼ばれた男はビームサーベルを抜き放ったが、その刀身すら貫いて、ユーナの拳はウィンダムのコックピットへと到達する。
「邪魔よ」
『こ、こいつ……うわああああ! パワーが違いすぎる!』
淡々とそう吐き捨てると、アヤノは隊長を失って一瞬の当惑を見せたダガーLのコックピットを、それぞれ二挺のバタフライ・バスターBで貫いて、テクスチャの塵へと還していく。
確かに「GHC」が誇るモビルスーツ隊の練度は、「第七機甲師団」にも匹敵するほどだが、あくまでも防衛拠点の中でも最重要なのは本拠地たるヨコスカ基地であり、練度が極めて優れた部隊はそこに集中配備されている。
無論、それを補うために彼らも熟練のダイバーをウィンダムに搭乗させて、比較的経験が浅いダイバーに指示を下させることでその弱点を補おうとしていたのだろうが、こういった場合、隊というのは頭を潰してしまえば少なからず動揺を見せるものなのだ。
だからこそ、切り込み隊長として真っ先にユーナがウィンダムを潰し、残されたダガーLをアヤノが間髪入れずに撃ち抜いて、そして。
「破ッ!」
ドッペルホルン無反動砲からメグを狙って放たれた砲弾を、踏み込みが浅いとばかりにカグヤが切り捨てる。
チームワークは何も、「GHC」の専売特許ではない。
焦って突出したところを狙い撃ちにされるのならば、こちらも焦らずに連携で対処していけば、自ずと相手に隙を作り出すことは可能なのだ。
それを証明するかのように、メグが事実上の回避タンク役として敵機からの狙いを受けている間に、アヤノとユーナ、そしてカグヤが斬り込んでスリーマンセルの組まれたウィンダム隊を撃破していく。
『なんだ、何が起きている……!?』
『敵の性能が一枚上手か……しかし、艦隊に向かわせるわけには……ッ!?』
『今だよ、放ちたまえ』
アヤノたちが戦場を引っ掻き回したことで、「GHC」側に属するモビルスーツ隊の多くがメグへとターゲットを集中させたことで、果たして「ビルドフラグメンツ」は狙い通りに、「GHC」からその隙を引き出すことに成功していた。
一瞬、一秒。それは時間にしてみれば片手の指で数えられるような些細なものであったとしても、戦略家がそれを見逃すはずがない。
交戦空域となっている衛星軌道を大きく離れたデブリ帯、そこでステルスを徹底して息を潜めていた彼らのことを見逃していたのは、結果的に「GHC」にとっては大きなミスだったとしかいいようがない。
無慈悲な号令と共に放たれたビッグガンの一撃が、「GHC」艦隊の一翼を担っていた改クラップ級「愛宕」のエンジンを射抜き、密集陣形を組んでいたことも手伝って、周囲の艦をも巻き込んで、「愛宕」はテクスチャの塵へと還っていく。
『「愛宕」轟沈しました! 「高雄」「鳥海」「摩耶」も損傷甚大! 第三艦隊の防衛網に穴が──!』
『ええい、落ち着け! 第四艦隊と第二艦隊から戦力を回させろ、何としても敵に衛星軌道を突破されるわけにはいかんのだ!』
第三艦隊を率いていた改ラー・カイラム級戦艦「長門」のブリッジに座す女性はオペレーターからの報告にそう答えるが、その鏑矢が放たれた時点で、最早戦局というチェス盤は大きくひっくり返ったといってもいい。
密度の高い艦砲射撃を支えていたモビルスーツ隊の陣形に穴が空いたことで、剥き出しになった箇所から綻びに爪を立てるかのように、デブリ帯で息を潜めていた彼ら──「第七機甲師団」は、反撃の狼煙を上げるかのようにビッグガンへと接続されたGNドライヴからエネルギーをチャージして、崩れかけた第三艦隊へとトドメの一撃をきっかりと見舞う。
『さて……戦局はこちらに傾いた。あとはこのまま押し通るのみ、食い破るぞ、クルト!』
『はっ、大佐!』
ビッグガンの発射を指示した男──ロンメルはデブリ帯に潜めていた愛機であるグリモアレッドベレーの姿を戦場に表すと、群青色のギラ・ドーガを従えて、鉄の嵐に、ビームの雷が迸る戦場へと機体を急行させていく。
第七機甲師団。シーズンレイドバトルでは「ビルドフラグメンツ」と「AVALON」に一杯食わされた形となった彼らだが、その本領は用兵だけに留まらず、機動戦術もまた得意とするところなのだ。
「ロンメルさん! えっと……ありがとうございますっ!」
『何、気にすることはない。我々とあのアトミラールは宿敵のようなものでね……私も少々、ヨコスカへの道を急がねばならんのだ!』
ユーナからの通信にふっ、と小さく口元に笑みを浮かべながらそう答えると、葦毛のオコジョはその愛らしい外見に似合わない、凶暴な殺意を機体のマニューバに乗せて、「ビルドフラグメンツ」が穴を空けた陣形から「GHC」を食い破るべく、立ちはだかったウィンダムをライフルの三点射で撃墜すると、少数精鋭の部下を従えて第三艦隊の旗艦である「長門」へと突撃していく。
衛星軌道は戦局において重要な地点であることに違いはないが、ロンメルが口にしていた通り、ここはあくまでも地上に存在する「GHC」各拠点に対する通過点でしかない。
アヤノたち「ビルドフラグメンツ」が穴を穿ち、「第七機甲師団」がその傷口を食い破ったことで、「GHC」側の連携にも綻びが生じ始めたことも手伝って、各々大気圏へと突入していくダイバーたちの姿も、戦場には散見されるようになった。
『クク……キンケドゥにできてこの私にできないはずがあるまい、行くぞ!』
『いつもその調子だね、まあいいさ、私も続こう』
ビームシールドを展開した機体が、バリュートを広げた機体が、リスクを承知で大気圏に突入していく中で、自分たちが取れる選択肢は二つに一つだ。
アヤノはその二択を頭に浮かべ、襲いくるダガーLをなます切りにしながら、どうすべきかを考える。
一つはここに留まって、大気圏に降下していく部隊の支援をすること。
もう一つは、先に飛び込んでいった者たちに続いて地上への降下ルートを選ぶこと。
どちらの選択肢を取るにしても、ロンメルたち「第七機甲師団」や、火力支援を選んだフォースが検討してくれているとはいえ、未だある程度以上の勢いを保っている「GHC」の艦砲射撃や迎撃を掻い潜らなければいけないのは確かなことだ。
ならば、どうする。
アヤノが通信ウィンドウを開いて、ユーナに指示を仰ごうとした、その時だった。
『行きたまえよ、「ビルドフラグメンツ」の諸君』
「ロンメル大佐……?」
それに割って入るかのように、落ち着き払った渋い声で通信を寄越したのは、前線でチェーンソーを振るいながらスリーマンセルを組んで襲いかかるウィンダム隊を、クルトのギラ・ドーガとのツーマンセルで圧倒していたロンメルに他ならない。
『先日の戦いでは君たちに辛酸を舐めさせられたが……今は共に戦う同志だ。それに、君たちは短期決戦型のフォースだろう。ここに留まることは得策ではないと思うが?』
確かにロンメルが指摘する通り、射撃武装を保持しているアヤノやメグはともかくとして、格闘戦一辺倒のユーナとカグヤが本領を発揮するのは強敵との疑似的な一対一といった状況であり、一対多数を強いられる衛星軌道上での戦いは本来不得手とするところだった。
アヤノは小さく息を吸い込むと、ユーナたちに向けて通信を送る。
「ロンメル大佐の言葉は聞いたわね? 私たちは降下した方が得策だそうよ」
「ま、GBNでも指折りな戦略家が言うなら間違いないっしょ! いいよね、ユーナちゃん!?」
「はい! メグさん、アヤノさん! 私たちは地球に降ります!」
元気よく響いたユーナからの最終確認を得ると、アヤノとメグ、そしてカグヤは全員で小さく頷いて、弾幕砲火を掻い潜りながら進む、ルートの中で、降下できそうな地点をシステムへと検索させる。
「キリマンジャロ、ここね……!」
今のところ、無理なく突入後の安全が確保できそうなのはキリマンジャロ基地である、というシステムからの返答を基に、アヤノはビームシールドを展開し、そしてユーナは炎の衣を全身に纏い、メグはリフレクターモードを展開した上で、単独での大気圏降下能力を持たないカグヤをその背中に乗せて、重力の井戸の底へと飛び込んでいくのだった。
いざ、拠点へ