ガンダムビルドダイバーズ ブレイヴガールフラグメント 作:守次 奏
地獄のような衛星軌道を抜けた先に広がっていたのは、開け放たれた空などではない。
襲いかかる暴威を逃れた先にあるのはまた地獄だったと誰かが嘯いたように、キリマンジャロ基地は無数のトーチカや砲台による迎撃射で、運が悪かったのか、或いは直接の奇襲を狙ったのかは知らないが、直上に降下してきたバリュート・パック装備の機体を無情にも撃ち落としていく。
各大陸に設けられた拠点の中でも、キリマンジャロは比較的迎撃の手が緩い部類に入る基地だったが、それでも二万という規格外の兵力を誇る「GHC」が相手であれば、いかに手薄だろうがなんだろうが、一定以上の戦力が配置されているのは確かなことだ。
ジェットストライカーを装備した、御丁寧にも宇宙で見かけたのとは色違いのウィンダムやダガーL、105ダガーだけでなく、ユニオンフラッグやAEUイナクトといった機体もまた「GHC」地上戦力特有のロービジリティカラーに塗り替えられて、大気圏外からの直接エントリーを試みたダイバーたち、とりわけバリュートでの突入を選んだ機体を叩き落としていく。
『バリュートのパージを早めるんだ!』
『あの金満集団、これで楽な方ってマジかよ……うわああああっ!』
『エリックー!』
どうやら小規模なフォース単位での大気圏突入に成功したらしい部隊の一翼を担っていた、バリュート装備の百式が、同じ高度まで急行してきたアンクシャの一撃によってブロックノイズへと還される。
エリックと呼ばれていたダイバーは運がなかったと割り切る他にないが、それにしても攻略が比較的楽だとされているとはいえ、易々と突破されてやるつもりがなさそうなのは確かだった。
アヤノはビームシールドの展開を停止すると、取り敢えずは応射が届かない位置まで機体を引き離すべく、ユーナたちを手招いて自らが攻略ルートを先導する。
「アヤノさん、どうするの?」
ユーナは絶え間なく放たれる弾幕砲火の嵐と、アヤノの視線へと交互に目をやってそう問いかけた。
行くも地獄、戻るも地獄といった風情だが、敵の本拠地であるヨコスカ基地や、主要拠点となるニューヨーク、北京、ベルリンといった各種都市に比べればまだマシな方らしい、と自分に言い聞かせながら進む他に道はない。
「……そうね、このペースだと地上から攻略した方が良さそうね」
アヤノは、ユーナからの問いかけに戦況を俯瞰してそう返した。
自分たちはなんとか隙を見て降下できたものの、依然として衛星軌道上での戦闘は続いていて、敵の航空戦力と渡り合うためのTMS──可変機といった戦力が、自軍側に不足しているのは誰の目にも明らかだ。
ならば遠回りだとしても、地上から、真正面からこの難攻不落の拠点を攻略することが結果として正解なのだろう。
「ま、アタシも同意かな! とりあえずいつものは任せといて!」
「真正面から……不謹慎ではありますが、拙にはないはずの血が滾るのを感じます……!」
メグとカグヤからも承認の返事が飛んできたのを確認すると、モビルアーマー形態に変形したアンクシャに搭乗しているウィンダムを撃ち落としつつ、アヤノはスクリーンに向けて小さく頷いて、機体を急降下させる。
『逃すな! 一人たりとも基地に近づかせるんじゃないぞ!』
『地上戦力に連絡を送れ!例の「ビルドフラグメンツ」が狙ってると──』
「あっはは、アタシたちも有名人だね……でも、喋りすぎだ、よっ!」
同じように、背中にしがみついていたカグヤを撃ち落とそうとしたジェスタをメグは二挺拳銃で撃ち落として、飛び上がったカグヤが主を失ったアンクシャへと「無銘朧月」を突き立てる。
フルスクラッチで作られた刀は易々とアンクシャの装甲を貫いて、そのコックピットにも致命の一撃を与え、立ちはだかる敵を食い破っていく。
『うわああああっ!』
「申し訳ありません、拙は先を急いでいる故……!」
炎の翼を広げて、アヤノに続いたユーナを追いかけるようにそのまま刀を引き抜いてアンクシャを蹴り飛ばすと、カグヤのロードアストレイオルタもまたバーニアで細かな制動をかけながら、真っ白な銀嶺へとその機体を降下させた。
とはいえ、手荒い歓迎によってもてなされるのは、空中だけではない。
ぞろぞろと轡を並べた、ジェットストライカーを装備しているウィンダムの部隊が基地から飛び出してきたかと思えば、ドッペルホルン無反動砲を背負ったダガーLが、宇宙と同じように砲台に混ざってその砲弾を放つ。
一体一体の実力はそれほど高いものではないにしても、厄介なのは彼らがそれを自覚して、常に数のアドバンテージを保った上でこちらを切り崩そうとしてくることだ。
アヤノは射撃武装を持たないユーナを守るように立ちはだかると、バタフライ・バスターBによるガン=カタを披露するかのように立ちはだかるウィンダム隊を撃ち落としていく。
確かに、常にスリーマンセルを維持できた衛星軌道上での戦いと比べれば、空中にも防衛戦力を割いていることで、地上には僅かな綻びが生まれているといえるのかもしれない。
ドッペルホルンから放たれた砲弾をカグヤが切り落とし、そしてフィルムビットを射出したメグから基地付近の戦況が転送されてくるのを確認すると、アヤノたちは比較的防衛戦力が少ないルートを選んで、キリマンジャロ基地へと侵攻する。
『くっ、止められないのか!?』
『相手はあの「グランヴォルカ」をやった奴だぞ──!?』
「おっとそこまで、お喋りは終わりにして、一気に制圧すっかんね!」
敵の戦力とその内訳を確認したメグは、ジャマービットを飛ばしてハイパージャマーによる妨害電波をばら撒いた。
敵の戦力を支えている秘密が強固な連携であるなら、それを分断すればいい──極めてシンプルな結論に従って多くの部隊を撹乱し、破竹の勢いで「ビルドフラグメンツ」はキリマンジャロ基地への一番槍を担うべく突撃する。
ロンメルが評した通りに、「ビルドフラグメンツ」は短期決戦型のフォースであり、基本的には電撃戦を主軸とした戦術を主体にしていた。
無論、それだけでは限界があったためにこうしてメグがサポートだけでなくアタッカーにも回れるようにとG-セルフリッパーを作り上げていたわけなのだが、基本的にハイパージャマーをかけての奇襲という戦術が依然主力であることには変わりない。
敵側が連携を乱されている隙を突く形で「光の翼」を展開したアヤノと、「炎の翼」を展開したユーナがキリマンジャロ基地へと吶喊していくその瞬間、ノイズがかかっているにも関わらず、明晰な殺意が牙となって二人へと襲いかかった。
「くっ!」
「きゃあっ!?」
『ほう、今のを避けるか……流石だな、「ビルドフラグメンツ」……いや、アヤノ! そしてユーナちゃん!』
飛んできたものの正体がなんであるかを、アヤノは背後を一瞥したことで知ることとなる。銀嶺を裂くかのように放たれた一閃の正体は単なる斬撃であり、それが飛んできた、というだけの話だ。
前提が何もかも異常なことを除けば、何も間違ってはいない──頭の中ではそう唱えながらも、異常なそのパワーに戦慄するアヤノは、思わず通信ウィンドウを仰ぎ見る。
オープンチャンネルで発信されたそのメッセージから伝わってくる声量と熱量は極めて大きく、音量調整を間違えていれば鼓膜が破れる──かどうかはともかく、しばらく耳鳴りを残していたことに間違いはないだろう。
訪れた驚愕に口を半開きにしたアヤノを狙って、再び斬撃が地を裂き、疾る。
「アヤノさん! おおおおっ! 炎、パーンチ!」
『はっはっは! 今の一撃を止めるとは中々だ、ユーナちゃん! だがこちらも基地の防衛という任を任されているのでな、おれたちも本気でやらせてもらう! ザンゾウ!』
斬撃を飛ばした機体──ゴッドガンダムの肩や一部パーツをシャイニングガンダムのものに置き換えた、【シャイニングゴッドガンダム】を操る男は、ザンゾウと呼ばれたダイバーへ大声で指示を下すと、今まで雪の中に隠れ潜んでいたガンダムF91の改造機が前線に躍り出る。
そのF91の改造機は、本来であればヴェスバーを背負っていたところに大型のレドームのようなものを備えていた。
ザンゾウは基地に近づこうとしているメグのハイパージャマーに逆位相のジャミングを重ねることで無力化してみせると、そのまま機体を──【ガンダムF971】を疾駆させ、サイドアーマーから取り出したコールドクナイでメグを襲撃する。
「ジャマーの無力化……やっぱやられる、か!」
『応ともよ、儂らも本気だから喃! 果てさて決めようか、同じ忍者と忍者、どちらが生きるかくたばるか!』
ザンゾウは口火を切るなり、肩の放熱フィンを展開した。
さながら分身の術だとばかりに、質量を持った残像を展開するF971が放つ変幻の一撃を、メグは引き抜いたビームサーベルで防いでこそいたものの、高い機動力を活かしたヒットアンドアウェイで翻弄され、攻撃に転じることができないでいる。
分断しての各個撃破。
対「ビルドフラグメンツ」としては有効だということが皮肉にも「グランヴォルカ」の手によって証明されている戦術を真っ向からぶつけながらも、単純にその力によって基地を防衛しようと試みている二刀流の剣士、その熱量を、息遣いを、アヤノは誰よりもよく知っていた。
「その言葉は……与一兄様、何故GBNに……!?」
『はっはっは! 早速見抜いたか、アヤノ! うむ、だが今のおれはダイバー「ヨイチ」であって、お前の兄ではなく立ちはだかる敵ぞ!』
──それに、人には言えない秘密の一つや二つはあるものでな!
相変わらずよく響く大声でそう宣言すると、与一改めヨイチは二刀流を振りかざすと、何が何やらと混乱しているアヤノの目を覚まさせるかのように、豪胆な太刀筋でクロスボーンガンダムXQを圧倒する。
ヨイチがGBNをやっていたこと自体、アヤノにとっては晴天の霹靂であったし、何より「GHC」のアライアンスとして認められる程度に実力をつけているということは、この兄は、ゲーム嫌いな祖父とのあれこれもあるとはいえ、何食わぬ顔をして「よくわからない」と言っておきながら、実際のところ、かなりのめり込んでいたということだ。
「……諸々はあとできっちりお聞きします……! トランザムライト!」
それをずるいだとか意地悪だとか非難するつもりはなくとも、どこか釈然としない感情を抱きながら、アヤノは初手から必殺技を起動した。
自分のもやもやとした気持ちは置いておくとして、事実だけに目を向けるなら、ヨイチの剣士としての実力は、アヤノを大きく上回っている。
ここがいかにGBNであるとはいっても、「GHC」のアライアンスに認められる程度に実力があって、先程の「斬撃を飛ばす」ような芸当を披露されれば、彼がこの電子の海においてもまた、極めて高い実力を誇っていることは火を見るよりも明らかだ。
『それは困るな! だがお前の挑戦は受けて立つぞ、アヤノ! フォース「武士道カプリッツィオ」が頭領がヨイチ、推して参る!』
「フォース『ビルドフラグメンツ』のアヤノ、ここを意地でも押し通る!」
バタフライ・バスターBをザンバーモードに変形させて、アヤノはヨイチの名乗った口上に合わせて言葉を返すと、さながらいつも道場でそうしていたかのように、「一条二刀流」の構えを取ってヨイチのシャイニングゴッドガンダムへと斬りかかった。
トランザムライトが生み出す爆発的な加速力を乗せたその斬撃は、容易に受け止められるような代物では断じてない。
だが、ヨイチは涼しい顔をしてそれを受け流すと、豪胆な笑みを崩さずにアヤノの懐へと飛び込んで、左手に持った小太刀と、右手に持った大太刀を交互に振るう。
『どうした、アヤノ! まさかこのおれを前に遠慮をしているのではあるまいな!!!』
「遠慮など……そうして勝てる相手ではないことぐらい、兄様がご存知でしょう!」
必殺技もなしにトランザムライトからの攻撃に対処できる辺り、この世界でも化け物じみていると戦慄するアヤノを他所に、ヨイチは体幹を削り取ろうと、荒々しくも流麗に、己の身に刻み込まれた一条二刀流の技を次々と繰り出して、アヤノを追い込んでいく。
現実であれば、間違いなくアヤノがヨイチに勝つことは不可能だといってもいいだろう。
歳が離れている分、積んでいた経験の量が違う。
まずこればかりは容易に覆せるものではなく、それはGBNでも変わらないが、現実とこの電脳世界に違いがあるとすれば、それは多数の武装を使い分けて戦うことができるということだ。
大きくバックステップを踏んで、アヤノはヨイチの大振りな一撃を回避すると、バタフライ・バスターBをバスターモードに変形させて、二挺拳銃によるガン=カタを披露する。
ビームの銃弾を、嵐のように絶え間なく。
トランザムライトによって強化されたその弾丸は牽制と本命が織り交ぜられたことで、容易には抜けられないはずだった。
『はっはっは! なるほど、銃か! 悪くないな! だが、ぬるい!!! ぬるいぞ、アヤノ!!!』
「トランザムライトで、出力は強化されてるのに……!」
だが、乱射された光の弾丸の内、己を狙ったものだけを的確に斬り捨てながら、ヨイチはアヤノの懐へと今再び飛び込むために、機体を加速させる。
『お前が必殺技を見せたというのなら、おれも見せねば無作法というものだな! 覚悟を決めろ、アヤノ!!!』
「ッ、兄様……!」
『見よ、明鏡止水が我が境地! 天を斬り、地を引き裂いて轟き疾れ! 一条二刀流・改備え! 「天地鳴動」!!!』
ヨイチの叫びに応えるかのようにシャイニングゴッドガンダムの肩アーマーや脚部のスラスターが展開すると、全身が金色に染め上げられ、銀嶺を激しく揺らがせた。
明鏡止水。機動武闘伝Gガンダムに登場する「武」の境地ともいえるその必殺技を発動したヨイチは、最早一つの災害といっていいほどに強烈な殺気と闘志を滾らせて、両手に持つ二本の刀へと全ての出力を集中させた一撃を放つ。
山を砕き、揺らがせるその斬撃は、トランザムライトで受け止め切れるものではない。
真正面から迫り来る必殺技に備えて、アヤノはバタフライ・バスターBの内一挺を投棄すると、腰にマウントしていた「クジャク」を引き抜いて、自分が持つ二本の剣に、「光の翼」を纏わせる。
果たして、あの天地を揺らがせる一撃を自分は防ぎ切れるのか。
アヤノの青い瞳が不安に揺らぐ。
だが、それを見透かしていたように、或いはその瞬間を待っていたかのように、揺らぐ炎を纏った機体が、アヤノの隣に陣取ってその拳を前へと突き出す。
「大丈夫! わたしも一緒だよ、アヤノさん!」
──わかっている。
その機体の正体も、ダイバーの名前も、声も。忘れろと言われたって忘れられるはずがなく、例え神様に無理やりそれを命じられたとしたら、謹んで神へと中指を立てるだろう、最愛の相手。
バーニングバーストシステム・フルブルームを起動させたユーナはその炎を右手の拳に集中させて、アヤノの「光の翼」を剣に纏わせた一撃に重ね合わせて、「天地鳴動」へと思い切り振り抜いた。
必殺技同士がぶつかり合う衝撃波が、波濤となってキリマンジャロを揺るがせる。
その名の通りに天へと轟き、地を揺らがせるその一撃は、理すらも超越するようにアヤノとユーナを飲み込まんと荒れ狂うが、重ね合わせた、炎と光が一つとなった必殺の技がそれを許さない。
『……はっはっは! やはり戦いというのは良きものだな、アヤノ、ユーナちゃん!』
「……冗談じゃありません、兄様……!」
「わわ、これ一発で全身にダメージが……!」
駆け抜けた閃光が爆ぜたその時、果たしてアヤノとユーナは膝をつくことなくなんとか生き残っていたものの、そのコックピットには絶え間なくレッドアラートが鳴り響き、機体の全身には技と技がぶつかり合った衝撃によってフィードバックされたダメージが蓄積されている。
それはヨイチも同じことで、明鏡止水の金色はいつしか元の機体色に戻って、シャイニングゴッドガンダムが背負っていた日輪も消失していた。
それでも、彼は豪胆に笑っていた。
目の前の戦いを、全力と全力がぶつかり合うことを心の底から楽しんでいるからこそ、全力で遊んでいるからこそ、望まぬ形でユーナが乱入してきたのだとしても、ヨイチはそうあれるのだろう。
電子の世界でも変わらない兄に苦笑を浮かべながらも、アヤノは今、敵として立ちはだかるヨイチを打ち倒すべく、ザンゾウが零した通り、この瞬間にどちらが生きるかくたばるかを決めるべく、機体を加速させるのだった。
決めようか、兄が勝つのか妹か