ガンダムビルドダイバーズ ブレイヴガールフラグメント 作:守次 奏
アヤノとユーナがヨイチを相手に互いの大技をぶつけている間、各個分断という選択肢を取られたメグはザンゾウのF971と一対一での対決を強いられていた。
「ジャマーは無力化、フィルムビットはこの状況だと意味がない……ちょっち厳しいね、これは!」
『応とも……そう簡単に突破されたのでは、儂らの面目が立たんから喃!』
メグのG-セルフリッパーが、機体のパワーアップを図るべく各種武装を取り入れたのならば、ザンゾウのF971は極限まで武装を削ぎ落とすことで機体を軽量化させ、敏捷性に特化した、いわば「引き算」のビルドが組まれている。
奇しくもそれはG-セルフリッパーより以前、メグの愛機であったG-フリッパーとよく似ていたのだが、武装を削ぎ落として尚相手との間合いを即座に詰める技術や、巧みなコールドクナイの扱いによってビームサーベルを跳ね除けて、ザンゾウのF971は忍者の如く、音もなくその首を掻き切ろうとメグの背後へ回っていく。
──やられる。
本能が背筋を伝う震えとなって、脊髄に走る電流がそうさせるがままに、メグは高トルクモードを起動すると、脚部の膂力を大きく強化して後方へと一気に跳躍した。
牽制として、もののついでにアサルトモードによるビームも放っているが、元より機動性に特化した構築がなされているザンゾウにその一撃が届くことはない。
速さ。そして研ぎ澄まされた攻撃のキレ。
その二つだけで状況を切り抜ける──自分が諦めてしまった道を、このザンゾウという男は技量一つで易々と渡っているのだから、伊達に「GHC」から拠点の防衛を任されているのではないのだろう。
忍者。
ザンゾウという男と、そして彼のF971を表すのに、これ以上適した言葉はない。
『どうした、お嬢ちゃん。攻撃の手が緩んでおる喃!』
「……ッ、負けない……例えアンタがアタシの届かなかった理想だとしても!」
『カカカッ! 若い、若い喃! だがその熱意……嫌いではないぞ!』
メグはG-セルフリッパーの全力を出すべく、高トルクモードを全身に適用して起動させると、同時に自身の必殺技であるフォトンアヴィラティを発動、時限強化の稼働時間を延長し、そのパワーでもってスピードに特化したザンゾウを圧倒すべく、距離を詰めてステゴロで殴りかかる。
高トルクモードの膂力に、パーフェクトパックの加速力が上乗せされた一撃は、並の機体であればそれだけでスクラップになりかねないほどの威力をもってF971へと襲いかかった。
だが、咄嗟に首を逸らしていたことによって、ザンゾウは急死に一生を得ることに成功していた。
アンテナがへし折れて、頬の装甲を掠めただけでごっそりと削り取っていくその一撃は、軽量化ビルドを組んでいるF971にとっては致命的であり、ザンゾウはコックピットの中で、思わず纏った忍び装束に冷や汗を滲ませる。
『カカカ……危なかったわい、真正面からのぶつかり合いとなれば不利なのは儂なのを思わず忘れそうになっていたとは喃』
歳はとりたくないものだ喃、と面頬の下で薄ら笑いを浮かべているザンゾウのダイバールックは極めて若々しく、ヨイチと似たような年頃に見えるが、果たしてどこまでが本気でどこまでが相手を煙に巻く冗談なのかはまるで判断がつかない。
とはいえ、少なくともメグには一つだけわかったことがあった。
それは、今の一撃がこの男を──ザンゾウを本気にさせたという確信だ。
「さっきみたいに油断しちゃ……くれないよね!」
『応とも、最初に言った通りで喃、決めるのはどちらが生きるかくたばるか……ならば儂も嬢ちゃんの本気に応えるとしようか喃!』
ザンゾウはかっ、と目を見開くと、コンソールを操作して「Finish Move01」──必殺技のスロットに手をかける。
必殺技。それは基本的にこのGBNでは、原則として一人一人に与えられるユニークスキルのようなものだが、今までの交戦傾向と、そしてヴェスバーをオミットしているというF971の特性からして、十中八九「アレ」しか選択肢は残っていないだろう。
大きく深呼吸をして、ターゲットサイトにザンゾウの姿を認めたまま、メグはその発動と、相手が仕掛けてくるタイミングを用心深く注視する。
質量を持った残像。
恐らくは彼のダイバーネームの由来となっているその機能は、最大稼働モードの熱量によって剥離した金属片がモニターに機体の誤認を促して、あたかも分身しているかのように見せかけるという必殺技だったが、厄介なのはその金属片を機体が全て「本物」と判定することだ。
だからこそ、質量を持った残像を相手にするのなら。
メグが勝利への方程式を脳裏で組み立てた、その瞬間だった。
『破ァッ!』
ザンゾウがよく響く大声と共に機体を最大稼働モードに移行させ、「質量を持った残像」を展開したところまでは、メグの予想通りだった。
だが、唯一異なっているところがあるとすれば、それは、本来ならビームシールドの予備が格納されている腰部ラッチから発煙弾を取り出して投擲したことだろう。
「ちょ、煙幕!? こんなのアリ!? って、アリか……!」
煙幕による撹乱。自身もG-フリッパーを使っていた時期は常套手段としていた戦術であり、それはミラージュコロイドや質量を持った残像といったステルス性を伴った武装と組み合わさることで、よりその凶悪さを増す。
レーダーに頼らない以上、視界のみで本体を探り当てなければいけない現状で、その視界が煙幕によって封じられたのは非常に厳しいといってもいい。
だが、それは立派な戦術であって、非難されるようなことではない。
動揺からそう口走っていたものの、メグもそれは理解していた。
『なるほど確かにお嬢ちゃんの「力」は強い……ならば儂のこの「速さ」、果たして打ち破れるか喃!?』
「破れるとか破れないとかじゃなくて、やんなきゃいけない!」
強がりを口に出したのはいいとしても、実際に仕留め切れるかどうかは微妙なところだった。
零距離では分が悪いビームサーベルを投げ捨てて、メグもまたコールドクナイに己の得物を切り替えていても、絶え間なく霧に紛れて襲いかかってくるザンゾウの速さに、目では見えていても体の反射が追いつかない。
加えてカウンターとして斬撃を置いておけば、それはデコイとしての機能を併せ持つ質量を持った残像に吸収されて役に立たず、今も少しずつ、じわりじわりとはいえ装甲値が削り取られている現状を鑑みれば、霧が晴れるまで逃げ回るのも得策だとはいえない。
あの時戦ったユーナのように、何かパワーで強引に煙幕を捻じ伏せ、更には質量を持った残像全てを巻き込めるような範囲攻撃の類があれば──
そう歯噛みするメグの脳裏に、焦りから抜け落ちていた一つの選択肢が、凪いだ湖面に波紋を立てるかのように零れて落ちる。
確かにそれはこの状況を打開するための決定打となりうるだろう。
だが、文字通りにチャンスは一瞬、勝負は一度きりだ。
一撃であっても油断することなくヒットアンドアウェイを繰り返すザンゾウを確実にキリングレンジへと巻き込んで、その一撃を叩き込むためには。
メグはコールドクナイを構え直すと、煙幕の彼方から飛来するザンゾウが何をしてくるのか、何を切り札としているのかを考えた上で、あえてぴたりと立ち止まって逃げるのをやめる。
襲いかかってきたところにカウンターを叩き込む。だが、それは先ほど通用しなかったことは、メグもわかっていた。
そう、カウンター狙いは無意味だと、相手もそれをわかっているはずなのだ。
だが、無意味であるからこそ、無力であるからこそ、メグが用意した牙はその獰猛さを隠しておける。
『カカッ! 懲りずにカウンター狙いとは喃……乾坤一擲、その姿勢は嫌いじゃあないが、そろそろ決めさせてもらうとしようか喃!』
「そう、寄ってきて……寄って、来いっ!」
ザンゾウがその必殺技と組み合わせた致命の一撃としているのは、F971がどこまでも武装を削ぎ落とした都合上、デフォルトで残されているビームシールドを、サーベル代わりにして強襲する攻撃だ。
元が盾ということもあって、射撃ガード判定がついているそれを「質量を持った残像」と煙幕の二段重ねで叩き込むその攻撃は、地味ながらも、極めて対処が難しいものであることに違いはない。
勝利条件はただ一つだ。
メグは霧の彼方にビームの刃が微かに揺らぐのを見て、機体をその真正面へと向ける。
もし彼が決着を焦っていなかったなら。或いは、コールドクナイによる攻撃をこの状況下でも優先していたのなら、自分は賭けに負けていたことだろう。
メグは質量を持った残像を放出しながら自身の機体へと急襲してくるF971を仰ぎ見て、宇宙では使わずにとっておいた、その切り札を起動することを決めた。
「忍法……フォトン撒菱ってね!」
『なんとォ!?』
フォトン・トルピード。
対消滅による機体の破壊という、物騒極まりない設定のそれは、GBNにおいて当然の如くゲーム的な都合で様々な下方修正を受けている。
例えば一出撃に一度きりしか使えなかったり、原作で備わっていた削り取った相手からエネルギーを吸収する機能が削られていたり、威力自体も装甲を突き詰めて強化しておけば被害は軽微で済む範囲に抑えられていたりするのだが、それでもメグにとっては十分だった。
フォトン・トルピードは範囲攻撃であり、尚且つビームシールドに対する貫通効果も有している。
それだけで、この状況を打開するには十分だった。
質量を持った残像を物ともせずに、降り注ぐ光の雨霰に削り取られていくF971のコックピットで、ザンゾウは己の敗北を悟りながらもどこか満足げに、面頬を外すと呵々大笑といった風情で笑ってみせる。
『カカカ……よもやこの儂が判断をミスるとは喃……! よくぞ、よくぞやってくれた、お嬢ちゃん……! 情に流され、決着を焦ったこの儂に光はなく、そして逆境においても諦めないお主の道に、それがあった……お主の勝ちよ、若きニンジャ』
「そりゃどーもねっ、でも……ザンゾウさんも強かったよ、アタシも諦めかけたぐらい」
『カカカ……グッドゲーム、メグ!』
「グッドゲーム、ザンゾウ!」
侮蔑ではなく、互いの健闘を称え合う言葉を交わし合い、メグとザンゾウの戦いには幕が下された。
本来ならきっとこうあるべきだったのだろう。
今はもういない、悪意が形を成したようなフォースを思い返してメグは微かに表情を曇らせると、そんなことに引きずられてはいけないとばかりにかぶりを振って、次なる戦いへと赴いてゆくのだった。
◇◆◇
「紅蓮の型……光華炎輪!」
凛とした叫びがキリマンジャロの雪原へと響き渡り、燃える炎を纏った刀が、眼前に立ちはだかる敵を斬り落とさんと唸りを上げる。
『あら、見たことのない型ね……カグヤは順調に成長してるようでニチカは嬉しいです、お姉ちゃんだから』
「何の因果か巡り会ったのならば……ここで姉様! 拙は貴女を超えてみせる!」
『できるかしら? ふふ……』
この二万対二万という規模で開催される「大戦争」イベントの中でニチカとカグヤが巡り会ったのは、掌で運命のサイコロを弄ぶ女神様の気紛れなのか、或いは最初からそうなるように、神様が使うメモ帳の端書きにそう書かれていたからなのかはわからない。
だが、フォース「武士道カプリッツィオ」の一員としてニチカはキリマンジャロの防衛を任されていて、カグヤは挑戦者としてこの基地へと降下してきた。
原因はこの際どこかに放り投げておくとして、大事なのは結果だ。
カグヤはまだ自分が未熟であることを自覚していても、相応に修羅場をくぐり抜けてきたという確信も抱いている。
ならば、因縁の相手に──生まれた頃からきっと、どこかコンプレックスを抱いていた姉に対して決着をつけるには、この舞台が相応しいと、きっと神様の類が思し召してくれたのだろう。
ELダイバーは、一部の例外を用いて信仰を持たない。
だが、人間たちの会話でよく登場する「カミサマ」という言葉は、自分たちのお呼びもつかないところでその運命を書き記している存在を指しているということは、カグヤもまた理解していた。
だからこそ、これは神様からの贈り物。
自身に与えられた、乗り越えるべき苦難なのだと歯を食いしばり、紅蓮を纏った「無銘朧月」をカグヤは振りかざす。
『なるほど、確かに強くなった……技のキレも精度も、前に戦った時とは比べものにならないほど上がっている。ニチカは姉として非常に誇らしいです、カグヤ』
「……余裕を崩さずに!」
『あらあら、これでもニチカは必死なのです』
ゾルヌールガンダムが引き抜いたビーム・セイバーと「無銘朧月」の刀身が激しくぶつかり合い、モニターを閃光が埋め尽くすほどに激しく火花を散らす。
カグヤの刀を一新するのに合わせて、ロードアストレイオルタもまた関節部の調整などが行われていたが、それでもゾルヌールガンダムの出力を強引に押し切るにはまだ足りない。
だが、鍛え上げた技が、磨き上げられたカグヤの「武」は、確実にニチカを押し返し、そして追い詰めていることもまた確かだった。
強引に鍔迫り合いを解いて、ニチカは後方へと跳躍すると、妹の成長に満足してか、すっ、と目を細めたものの、そこにある感情は姉としての慈愛だけでは断じてない。
ニチカがカグヤの双子であるということは、彼女もまた道を、「武」という道を果てしなく探求する心から生まれたことに他ならないからだ。
一人の武士として、押されっぱなしではいられないと、このままカグヤに押し切られて敗北する未来は認められないと、ニチカをニチカたらしめる「心」が咆哮するままに、ゾルヌールガンダムの双眸が一際強い光を宿す。
『ええ、本当に強くなった……カグヤ』
「問答無用! このまま押し通るまで!」
『ですが……忘れてますね? ニチカは、カグヤのお姉ちゃんなんですよ?』
「……ッ!?」
穏やかで柔らかな物腰からは想像できない、ドス黒い殺意を滲ませながら、カグヤのゾルヌールガンダムはふわり、と宙に舞い上がると、青空に明滅する満天の星──宇宙での戦いの跡を一瞥して、そのターゲットサイトにカグヤを見つめたまま、小さく深呼吸をする。
『それがカグヤの本気なら、お姉ちゃんも……ニチカも本気を見せましょう、全力で来なさい。そうでなければ……ニチカは貴女を叩き斬るのみ。ソルトランザム!』
ニチカの叫びに呼応するかのように全身を震わせたゾルヌールガンダムは、深紅を纏う機体が赤熱化したかのように、装甲を更に深い赫へと染め上げて、GN粒子の奔流を周囲へと放出した。
ソルトランザム。
それこそがニチカの必殺技であり、ゾルヌールガンダム……「太陽」をその名の由来とするガンダムだからこそ、根幹に組み込まれた太陽炉が実現した時限強化の名前だった。
GBNにおいて、リスクはあるものの、トランザムシステムは概ね上位ランカーも愛用する強力なブーストアップ機構だ。
慣れない内は発動もままならなかったり、造り込みが追いついてきたとしても、その速度に振り回されたりと、ダイバーたちが口を揃えていうほど「人権」というわけではないのだが、それでも使いこなせたのならば、極めて強力なシステムであることに違いはない。
紅蓮が更なる赫を纏い、太陽のように光を放つ様を、カグヤはただ仰ぎ見る。
あれは、ニチカは、ゾルヌールガンダムは自分が超えなければいけない相手。
そんなことは理解していても、美しさと同時にどこか禍々しさすら感じるその紅に、何故か目を奪われてしまうのだ。
『言ったはずです、立ち止まるなら……叩き斬るのみと!』
「くっ……!」
しかし、そんなカグヤを咎めるかのようにニチカは言い放つと、一瞬で距離を詰めて出力が強化されたビーム・セイバーを胴薙ぎに振るった。
燃え盛る太陽がそのまま彗星となったかのような速度にカグヤはただ戦慄する。
あれは禍つ凶星だ。
きっと自分の道を死の光で閉ざすべく、赤々と輝いている。
本気を出した自分の前に、わずかとはいえ恐れを見せたカグヤを叩き斬るべく、赫く煌めく星となって、ニチカは果敢に切り掛かってゆくのだった。
それは煌めく死の太陽