ガンダムビルドダイバーズ ブレイヴガールフラグメント 作:守次 奏
タイガーウルフからの招待を受けたことで訪れた「龍虎祭」の舞台は
、割れんばかりの歓声と万雷の拍手で埋め尽くされていた。
それもそのはずだ、とアヤノは昨日手渡された参加者リストと、試合の組み合わせが記された資料のことを思い返しながら、ばさりと広げた扇子で口元を覆い隠す。
シーズンレイドバトルや「大戦争」でもその勇姿を認めた「BUILD DIVERS」や「アナザーテイルズ」の存在であったり、或いは夏フェスで、舞台こそ違えど矛を交えた「リビルドガールズ」であったりといった強豪フォースから選抜された面々が鎬を削るとあっては、お祭り騒ぎが大好きなダイバーたちは黙っていられないのだろう。
「私たちは……一回戦と二回戦だったわね」
「うん、まあぶっちゃけ前座って感じ?」
「……言うのね、メグ」
「でも、前座だろうとなんだろうと関係ないっしょ?」
そんな中でアヤノたち「ビルドフラグメンツ」が組み込まれた対戦スケジュールは一回戦と二回戦という開幕を飾るカードだった。
その采配について、アヤノは文句があるわけではない。
むしろメグと同じく、前座であろうがなんであろうがこの舞台に立っていること自体がある種光栄なことなのだから、死力を尽くして臨むつもりだ。
だからこそ、問題があるとするのなら、それは対戦の順番ではない。
「アタシたち、仲間同士で戦うんだよねー、タイガーウルフさんも大概っていうかなんていうか」
「その方が興行的にも盛り上がるとはいえ、ね。でも」
「うん、わかってる。相手がカグヤだからって手ぇ抜いたりしないって」
──むしろ、手を抜いたらアタシが一瞬でやられるから。
肩を竦め、冗談めかして語るメグの口調は軽妙なものだったが、瞳の奥に映る闘志の炎は煌々と輝き、揺らぎ続けている。
問題があるとするのならそれは、対戦カードということだ。
メグの言葉を噛みしめるように、アヤノは小さく頷くと、事前に手渡されていた対戦カードに記されたマッチングのことを思い返す。
一回戦、「ビルドフラグメンツ」よりカグヤ対メグ。
二回戦、同じく「ビルドフラグメンツ」よりアヤノ対ユーナ。
なんの因果か、仲間同士、真っ二つに割れて戦わなければいけないという采配にどこまでタイガーウルフの思惑が絡んでいるかは定かではないものの、仲間同士で戦ってくれと言われればそれとなく抵抗感があるのも確かなことだった。
だが。
「そうね……私たちがもし晴れ舞台で戦うなら、きっとこの組み合わせ以外なかったでしょうから」
ユーナから「ビルドフラグメンツ」の話はタイガーウルフも聞き及んでいただろうが、ここ最近の話については推測でしかない。
ただ、「グランヴォルカ」との因縁も終わり、カグヤとニチカも果たし合いの中で己の本分を見つけ出すことができたのなら、次に誰と戦うか、となれば、それは恐らく上を目指す己自身であり、つまるところ共に、同じ目標を抱いて切磋琢磨する仲間たちと全力でぶつかり合うことで、更なる研鑚を詰め、という、タイガーウルフなりの激励なのだろう。
あくまで推測でしかないものの、アヤノはそんなことを脳裏に浮かべながら、第一回戦という花々しい舞台を飾るべく戦いのステージに向かっていくメグとハイタッチを交わし、振り返ったその背中が光の中に溶けていくのを静かに見送っていた。
恐らくは向こうのコーナーにいるユーナとカグヤも似たようなやり取りを交わしているのだろうか、と考えて込み上げてくる苦笑と、少しのジェラシーを覆い隠すように再び扇子を広げ、アヤノはコンソールを開くと、リザーブされている選手用の観戦席への転送を選ぶのだった。
◇◆◇
あの時カグヤと出会わなければ、どんな人生を歩んでいただろうか。
武舞台の中心で向かい合い、握手を交わして愛機に乗り込んだ黒髪の巫女を、その姿を見つめてメグは、茫洋とそんなことを考える。
底辺G-Tuberのまま終わっていただろうか。
それとも何か別なきっかけがあって、今と似たような立場になったのだろうか。
考えを巡らせれば巡らせるほどいくつもの「if」が頭の中で走馬灯のように浮かんだら消えてを繰り返す。
きっと、その「もしも」の数だけ世界があって、自分が今引き当てられたこの世界は、いいことばかりじゃなかったとしても、それなりに──いや、とても幸運な方だったのではないだろうかと、メグはそんなことを考える。
それもきっと、カグヤと出会うことができたから。
違う。カグヤと──アヤノ、そしてユーナ。
合縁奇縁といった風情で今フォースを組んでいる面々の姿を脳裏に浮かべながら、決戦のゴングが鳴り響いたのを合図にして、メグのG-セルフリッパーはいの一番にジャマービットからハイパージャマーを、そして両肩からミラージュコロイドを展開して、徹底的なステルスを展開する。
「今更卑怯とは言わないっしょ、カグヤ!」
『ええ、メグの手の内は……何より拙がよく知っています故!』
正直なところ、遮蔽物やデブリの類が全くない武舞台において、メグが得意としているフルステルスはそこまで戦術として効果的なわけではない。
リングアウトも敗北条件に含まれる都合上、一撃当てて逃げ切りを狙うというアウトロースレスレの戦い方も難しく、見る者からすれば、メグが切った札はただ手癖でそうしたようにしか見えない、というのが正直なところだった。
ならば何故、そんな手段を選んだのか。
そう問われれば答えは一つだった。
腰部のマウントラッチに接続していた物体を指に挟むと、メグはワンテンポ遅れて自分がいた箇所を正確に薙ぎ払った、カグヤの「飛ぶ斬撃」を回避して、手にしたそれを武舞台の中心へと投擲する。
弾頭が炸裂した瞬間、もうもうと立ち込めるその煙に特殊な効果は備わっていない。
ただ、半休状のバリアで覆われた武舞台をオーバーコートするように、単なるスモークを撒き散らすだけ──要するに、煙幕弾の投擲によって無理やりステルスが有利な状況を作り出す、というのがメグの作戦だった。
「カグヤ、射撃持ってないっしょ? だったらこれしかないわけだから……恨まないでね!」
『とんでもない、メグ……この逆境を跳ね除けてこそ、真のもののふというもの! 真正面から迎え撃ってみせましょう!』
カグヤは確かに遠距離へと斬撃を飛ばすことができるかもしれない。
だがそれは、通常のビームライフルと比較して──トリガーを引くという動作と比較して、鞘に収めた刀を抜き放ち、振るい抜くという予備動作を必要とすることから、その発生には無視できないタイムラグが生じる。
故にこそ、メグは煙幕を展開するだけの余裕があると見てスモークグレネードを投擲したのだ。
だが──わかっている。
カグヤはきっと、そんな自分の、小手先の戦術を跳ね除けてくることだろう。
煙の中に身を潜め、一撃必殺を狙うべく、ビームサーベルではなくコールドクナイを逆手に構え、メグはじりじりと、全方位を警戒しているカグヤへと詰め寄っていく。
通信を開いているわけでもないというのに、肌がびりびりと焼けるような感覚が伝わってくるのはきっと、一流の剣士として花開いたカグヤの闘志がそうさせるのだろう。
そしてメグは確信する。
もうカグヤは、道に迷うことなどないと。
戦いを求める者は、一つ道を踏み外せば容易く外道に堕ちる。
辻斬りをやっていた頃のカグヤは、ニチカを超えたいという目標のために、己の「武」を見つけ出したいという気持ちが先行するあまり、そういう危うさを持っていたことは否定できない。
そんなカグヤを見ていることしかできなかった自分がいた。
そんな苦しみの中でもがき続けていたカグヤがいた。
だがそれはもう、全て過ぎ去った時間の中に融けていくことだ。
そして、この戦いで何かが劇的に変わるわけではない。
意を決して、煙幕の中から姿を現したメグは、その死角からカグヤのロードアストレイオルタのコックピットへとクナイを突き立てるべく急襲をかけるが、それすら読んでいたかのように、カグヤは鞘に収めていた「無銘朧月」を抜き放って、迎撃を試みる。
その一撃には、闘士としての熱こそあっても、情けの温度が感じられないほど怜悧に研ぎ澄まされいた。
奇襲をかけたG-セルフリッパーの左手を、展開していた煙幕ごと斬り飛ばして、晴天の下にその姿を曝け出させる。
「居合の型、『晴天転晴』……! ユーナさん、技をお借りしました」
いつかアヤノとユーナと戦った時のように、斬撃によって無理やり煙幕を断ち切るという荒技を披露したカグヤは、少しだけ茶目っ気を出して、ちろりと赤い舌先を唇の間から覗かせていた。
元より、対戦カードの時点で──いかにG-セルフリッパーが単体での戦闘力を重視してカスタマイズされたとはいえ、アタッカーとして特化しているカグヤと真正面からぶつかった時点で勝ち目がないことぐらいは、メグにもわかっている。
それでも、ガンプラバトルというのは、いってしまえば意地の張り合いに帰結する。
自分が一番強いんだと、自分のガンプラが世界で一番強くて格好いいんだと、その拳を天高く突き上げるために、血涙を流しながら、血反吐を吐きながらも前に進んでいるダイバーたちの辞書に、「諦め」という文字は存在しない。
わかっている。
唇だけでそう呟くと、左手を斬り飛ばされて尚、メグは諦めることなく武舞台に膝をついた機体を立ち上がらせた。
「アタシだって……負けらんないかんね!」
勝ち目がないことぐらい、最初から詰んでいることぐらい、そんなことは最初からわかっているのだ。
それでも、メグは立ち上がり、高トルクモードを全身に適用すると、強化された膂力を利用して、カグヤの「飛ぶ斬撃」を回避し、再びその懐へと潜り込んでいく。
そうだ、わかっている。勝ち目があろうがなかろうが、カグヤが本気で立ちはだかってくるのなら、カグヤが自分に敬意をもって、本気で挑んでくれるのなら、勝てる勝てないの話ではなく、自分もまた、矢尽き刀折れるまで、本気で立ち向かわなければならないのだ。
しかし、同時に──後見人として、カグヤの背中を見守ってきた者として、メグの中に一つの感慨が芽生えていたこともまた確かだった。
蹲って悩み続けていた、自分の存在、その定義すらも朧であやふやだったカグヤが今や、剣士として迷うことなくこの場に立っていることが、学んできた「型」も己の一部として受け入れていることが、ただ誇らしくて仕方ない。
振り下ろされる「無銘朧月」を高トルクモードのパワーで強引に受け止めると、メグは強引に鍔迫り合いを解いて足払いをかける。
だが、それすら読んでいたかのようにカグヤは跳躍して距離を取ると、再び刀を鞘に収めた上で疾駆する。
ミラージュコロイドと煙幕は無効化されても、ハイパージャマー自体は発動しているのにこれなのだから、全くもって恐ろしい。
ぞくり、と脊髄を這う恐怖と興奮に、メグもまた自分の闘志がこの逆境において尚奮い立っているのだと知った。
自分は、戦士としては一流になれないのかもしれない。
カグヤが距離を取ったのを見計らってコールドクナイを投擲すると、メグはビームサーベルを引き抜いて、あえて真正面からカグヤへと突撃していく。
だが、一流になれないからなんだというのか。
二流でもいい、三流でもいい。目の前の戦いを捨てて逃げ出すような人間にだけはなりたくないと、何よりカグヤの全力を、彼女がぶつけてくれたありったけを受け止められないようでは、後見人失格だ。
『来ますか……メグ!』
「行くよ、カグヤ!」
G-セルフリッパーの高トルクモードを稼働させていることを差し引いても、「無銘朧月」を手にしたカグヤとの力比べは尚こちらが有利なのはわかっている。
だからこそ、メグはそこに一つの布石を打つことを決めていた。
「……必殺、フォトン撒菱!」
『トルピード……!? くっ、抜かりましたか……!』
「悪いけど、アタシだって最初から負けるつもりでここに立ってるわけじゃないんだかんね! カグヤ! 勝ちは……アタシがもらう!」
メグが選んだ「奥の手」は、フォトン・トルピードという一撃必殺の武器を使うことでカグヤに回避を強要させ、その一瞬に生まれた後隙を突くという、ザンゾウと戦った時と形は違えど似たような、「後の先」を取る戦術だ。
いかに空蝉を必殺技に持つロードアストレイオルタといえども、フォトン・トルピードの凶悪極まりない威力を受けた後でモビルドール形態へと移行しても後の祭りでしかない。
それをわかっているからこそ、メグは空蝉を使われるよりも早くコックピットを貫くことで幕引きを図ろうとしていたのだが、そこには一つの誤算があった。
「これでえええええッ!」
『まだです、まだ……拙は!』
果たして狙い通りに、メグが放ったビームサーベルの一撃はロードアストレイオルタのコックピットを貫き通していたが、カグヤの必殺技である空蝉は、「撃墜判定を一度だけ無効化してモビルドール形態に移行する」ことであり、間に合わないと悟っていたカグヤはあらかじめ先行入力でそれを発動させることで、「あえてメグの一撃を受けて」いたのだ。
ガンダムに偽装していた外装が剥がれ落ち、己の躯体を晒すことになったカグヤは、アーマーパージの衝撃でメグを吹き飛ばすと、手にした「無銘朧月」を手にして、今度こそ勝負に決着をつけるべく、武舞台を蹴って疾駆する。
わかっていた。
きっと自分はアヤノとユーナ、そしてメグに出会わなければ、「ビルドフラグメンツ」にいなければ、間違いなくどこかで道を踏み外して、無明に、外道に堕ちていたことだろう。
だからこそ、自分に居場所をくれたアヤノとユーナには、存在の定義すら朧だった自分に名前をくれたメグにはいくら感謝してもしきれない。
「おおおおおッ! これが、拙の……全力です、メグ!!!」
それ故に、その始まりに最大限の感謝と敬意を払うためにカグヤは今この瞬間、持てる全てを出し尽くすかのように咆哮し、正眼に構えた刀を大上段から振り下ろす。
闘士としてできることは、剣士としてできることはきっとこれぐらいだ。
子供がいつしか親の背中を超えて歩いていくように、メグは目の前に仮想の死が振りかざされようとも、どこか誇らしげに唇へと三日月を描き、それでもと、易々と抜かれては堪らないとばかりに、悪あがきとしてビームサーベルでのカウンターを試みる。
だが、特殊塗料によって対ビームコーティングが施され、そして戦いの中で成長していたカグヤの前に、そんな抵抗は児戯に等しく、ビームサーベルの刃をへし切って、G-セルフリッパーのコックピットへと「無銘朧月」の刀身は無慈悲にも突き立てられていく。
一秒一秒がどこまでも引き延ばされて、コマ送りになっていくような感覚の中で、メグは眦に涙を滲ませながら、これまでの日々を思い返す。
最初は心を閉ざしきって、後見人になってもあまり話しかけてくれなかったカグヤのこと。姉へのコンプレックスから「武」への道を探求するあまり、「月下の辻斬り」と呼ばれるようになっていたカグヤのこと。
思い出はいつだって綺麗で、手に取ったその瞬間にプリズムを放つものだ。
だが、それを塗り替えるかのように、今、一人の剣士として──誇りを抱いて目の前に立っているカグヤの、僅かに涙の滲んだ笑顔が過去を鮮やかに塗り替えて、メグが見開く瞳の奥に深く、深く刻まれていく。
ああ、そうだ。
「……強くなったね、カグヤ」
『メグこそ、強くなりました』
ああ、そうだ。
撃墜判定が降るまでの一瞬、交わした言葉は短いものだったが、きっとそれで十分だった。
自分の歩んできた足跡のことなんて、きっと人が見なければわからないものなのだ。
カグヤの一歩は、自分が歩んできたそれよりも大きい。それでも。
それでも、メグもまた、諦めずに歩き続けた分だけ、前に進んでいる。
「……そうだね。アタシも、進んでる」
──アタシも、歩いてる。
その事実を噛みしめるように、そこにあるいくつもの想いを抱きとめるようにメグはすっ、と目を伏せると、敗北という結果を突きつけられながらもどこか清々しく、その結末を、歩んできた道のりの全てを受け入れるかのように、小さく笑うのだった。
間違いなく、君の