ガンダムビルドダイバーズ ブレイヴガールフラグメント 作:守次 奏
武舞台を降りたメグとカグヤに向けられたものは、惜しみない歓声と万雷の拍手だった。
勝者には祝福を、敗者には栄光を。
例え綺麗事だと詰られたとしても、その心を忘れない者が集うからこそ、ガンプラバトルは、GBNは今も続いているといってもいい。
観客席から拍手を送っている芦毛のオコジョ──フォース「第七機甲師団」を率いる推定男、ロンメルはカグヤたちに惜しみのない拍手を送りながら、隣に腰掛けている青年、サービス開始以来不動のチャンピオンである男、クジョウ・キョウヤへと言葉を送る。
「いやはや、素晴らしい戦いだったとも。彼女たち『ビルドフラグメンツ』とは奇妙な因縁ができたものだが、こうして見ているといつかの我々を思い出すね」
「大佐、お互い前線を退いたわけではないでしょう。ならばあそこにいたのは今の僕たちでもある。違いますか?」
「これは失敬。君の言う通りだよ」
純粋にガンプラバトルが好きだから、このGBNが好きだから。
そして相手に対するリスペクトを持っているからこそ、戦いは血で血を洗う憎しみの連鎖ではなく、そこに情熱のキラめきを宿した一つの舞台となる。
GBNでは、その前身となったGPDと違ってガンプラが壊れることはない。
それでも人の心というのはどうにもヒビが入りやすく脆いもので、ガンプラが壊れないからといっても、数多の敗北や屈辱に塗れて立ち上がることができるかどうかについては、別な話なのだ。
そういう意味では、「ビルドフラグメンツ」はよく立ち上がったものだと、彼女たちの来歴を調べていたロンメルは感嘆する。
そして、その苦悩に塗れながらも、泥の中でもがき苦しみながらも立ち上がった姿にかつて、GBNのサービスが始まったばかりの頃の自らを重ね合わせて、ロンメルは静かに腕を組む。
キョウヤも昔を懐かしむ気持ちこそ抱いていたものの、それ以上にカグヤとメグの戦いを見て、彼の胸中に灯っていたものは、次なる戦いに向けての闘志だった。
「悔しいね、大佐」
「何がだね? と聞くのも野暮というものか」
「ええ、あの舞台に立っていない……観客の一人であることが、龍虎祭ではいつも悔しくなる」
キョウヤは、彼にしては珍しく憂いを帯びた表情でそう零す。
龍虎祭におけるメンバーの選出基準は全てタイガーウルフの都合次第であり、彼が相応しいと思った、或いは招きたいと思ったメンバーしかあの武舞台に立つことができないというのは、キョウヤも重々承知している。
恐らく、タイガーウルフは自分と龍虎祭というある種の興行的な側面も持つエキシビジョンマッチではなく、横槍の入らない本気の戦いで決着を望んでいるからこそ、いつも招かれることはないのだろうとキョウヤは静かに苦笑した。
チャンピオンという立場も、決して楽なものではない。
だが、追われるプレッシャーよりも追いかけて、追いかけて、それでも届かなかった時の悔しさや苦しみを知っているからこそ、多くのダイバーの心が折れてしまうことのないように、キョウヤは攻略指南や製作講座を配信するG-Tuberとしての顔も持ち合わせているのだ。
「次の戦いは……アヤノ君とユーナ君だったか、奇しくも親友同士での戦いになるとはね、アセムとゼハートを思い出すよ」
「ふむ、私としてはシロー・アマダとアイナ・サハリンといった風情に感じるがね……彼女たちの戦い、存分に見届けさせてもらおうじゃないか、キョウヤ」
「ええ、大佐」
軽いジョークにジョークで返すと、観客席の中央に陣取る最強の二人は、GBNにおける紛れもない頂点に数えられる二人は、そっと目を細めて、武舞台へと登っていくアヤノとユーナに視線を送るのだった。
◇◆◇
歩ければ、それでいいと思っていた。
武舞台へと上がるまでの僅かな時間、それがどこまでも引き延ばされていくような感覚の中で、ユーナは自らの半生を、そしてこれまで歩んできた時間のことを思い返す。
GBNを始めた理由は、とても単純なものだった。
現実世界で両脚を失って、歩くことができなくなったから──かつて最速のスプリンターであり、最強のステイヤーだったプライドも失って燃え尽きかけていたユーナに、母が教えてくれたのが、この電子の海の存在だ。
曰く、この世界ならば自由に歩くことができるし、走ることができる。
それまでは陸上一筋で、ゲームを嗜むこともなかったユーナは半信半疑だったものの、慌ててガンプラを買って組み立て、インターネットで検索したらすぐ頭に出てくる攻略サイトの情報を鵜呑みにして、複数のキットを四苦八苦しながら組み合わせて色を塗り替えて──とにかく慌ただしく、新しく自分が歩くことのできる世界へと入門するための準備を進めていたことは、今も記憶に新しい。
だからこそ、勝ったり負けたりだとか、そういうことは意識の外にあって、最初は純粋にこの世界で歩いて走って、そしてガンプラに乗って、目一杯楽しめればそれでいいと、ユーナはそう思っていた。
──それでも。
武舞台の中心で対峙するアヤノのクロスボーンガンダムXQは、味方としてその背中を預けていたときとは正反対に、気を抜けば吹き飛ばされてしまいそうなほど、凄まじい威圧感を放っていた。
十八メートル級のアリスバーニングと比較して、十五、六メートルのクロスボーンガンダムXQは小柄だが、その大きさが何倍にも膨れ上がって見えるほどに、アヤノの放つ闘志は研ぎ澄まされている。
『言っておくけれど、手加減はしないわよ、ユーナ』
「うん、ありがとう。アヤノさん」
同情を寄せるのは、この場においては侮辱に等しい。
だからこそ、相手が恋人だとわかっていても今は一人の敵として、アヤノは厳しい視線を通信ウィンドウ越しにユーナへと向けているのだ。
それは、きっと彼女が最大限の敬意を払ってくれているからだと、ユーナにはわかっていた。
本気で戦う。その言葉の重みはまだ十全に実感できているわけではない。
開戦を告げるゴングが鳴り響くまでの時間が、ディレイをかけられたようにどこまでも薄く、長く引き延ばされていくような錯覚の中で、ユーナは跳ねる心臓と小刻みに弾む呼吸を整えて、アリスバーニングブルームの拳を構え直す。
それでも、易々とアヤノは勝ちを譲ってはくれないだろう。
戦いの始まりを告げる鐘が鳴り響くのと同時に、ユーナは即座にバーニングバースト・フルブルームを発動して、短期決戦を図るべくアヤノとの距離を一気に詰める。
「負けられない……負けたくない、そうだよね、アリスバーニングブルーム!」
『やっぱりそう来るのね、ユーナ……なら、私も全力で応える! トランザムライト!』
GNフィールドをIフィールドの代用として、出力を全開にした「光の翼」に揺らぎを与える──あらゆるビーム兵器を弾き返すバリアとしての性質と、トランザムの爆発力を複合させた必殺技をアヤノもまた惜しみなく発動させて、バインダーに備えられていた全てのソードビットを攻撃のために射出する。
四方八方から、雨霰のように斬撃が降り注ぐが、ユーナはタイガーウルフとの修行を脳裏に浮かべ、あくまでも自分のコックピットを狙うソードビットだけを炎の拳で叩き壊して、バタフライ・バスターBと「クジャク」の二刀流を最初から解禁しているアヤノへと、地面を蹴って、ひたすら詰め寄っていく。
「おおおおおっ! 炎、パーンチっ!」
『ソードビットが落とされている……だけどそれも想定内! 来なさい、ユーナ!』
私は、真正面から貴女を迎え撃つ。
アヤノは宣言した言葉通りに、振るい抜かれた炎の拳を、光の刃で受け止めると、その僅かな隙にアリスバーニングブルームの膝関節を狙って、残っていたソードビットに奇襲をかけさせる。
「……来る!? 後ろ!」
『読まれていた……!? でも!』
ユーナは鍔迫り合いを強引に振り解くと、空中に跳躍することでソードビットからの奇襲を免れるが、飛ぶというのは、相応に隙を晒すということだ。
『これで……ッ……!』
その好機を見逃すまいとアヤノが放った、ブラスターモードからスマッシャーモードへの変形を済ませた「クジャク」による一撃が、炎の鎧をその身に纏っているアリスバーニングブルームへと容赦なく襲い掛かる。
この戦いを長引かせようとは、アヤノもユーナも考えてはいなかった。
最初から持てる力の全てを引き出した短期決戦。ある意味では「ビルドフラグメンツ」らしい戦いを展開する中で、どちらがより早く相手のコックピットを貫くかという意地と意地のぶつかり合いこそが、今、アヤノとユーナが立っている武舞台における戦いの本質だ。
ここまで歩んでくるのに、どれほどの時間が経ったのだろう。
指折り数えてみればそれは些細なことで、きっと両手で足りてしまうようなものなのかもしれない。
直撃するビームの嵐を、全身に纏わせた粒子によって形成される炎を正面に集めることで防ぎながら、ユーナは迷うことなくその中を突っ切って、アヤノをターゲットサイトの中心に捉え、突き進む。
きっと自分はアヤノと違って、ガンプラバトルの才能はそこまでないのかもしれない。
それは、ユーナにもわかっていた。
直接乗り込んで白兵戦で相手のコックピットに拳を叩きつけるスタイルが今まで上手くいっていたのも、それはアヤノやカグヤ、そしてメグのフォローがあったからで、こうして一人で戦場に放り出されてしまえば自分はあまりにも頼りなくて、心細くなってしまう。
だが、そんな怯えを踏み倒せるかどうか、例えどれほど絶望的な戦力差であったとしても、最後まで諦めなかった者が、例え戦いには負けたとしても、勝負には勝つことができる。
短い間とはいえ、師事していたタイガーウルフが口癖のように呟いていた言葉を思い返して、ユーナはぎり、と、イエローコーションが明滅するコックピットの中で、滲む涙を堪えて歯を食いしばった。
「そうだよ……わたしは負けない、諦めない! だって、師範が──カグヤさんが、メグさんが、アヤノさんが! そう教えて、くれたから!」
『ビームを引き裂いた……!? できるようになったわね、ユーナ!』
炎の鎧を集中させた拳で、扉を開け放つように照射されていたスマッシャーモードによるビームを文字通りに引き裂くと、アリスバーニングブルームは咆哮をあげるかのように天を仰いで、「炎の翼」をその背から生やす。
ビームを引き裂かれても尚、ソードビットを全て徒手空拳で叩き落とされても、アヤノもまた諦めることはなく、得意の二刀流を構えてユーナの攻撃に備えるべく、「クジャク」を投げ捨てて、もう一挺のバタフライ・バスターBを腰から抜き放つ。
ガンプラバトルが下手くそで、唯一得意だった陸上もできなくなった、何もないはずの自分がこうして、「龍虎祭」の舞台に立っている。
きっとそれだけで、十分奇跡のようなものなのかもしれない。
荒れ狂う斬撃の嵐を、炎を纏った拳で受け止めながら、ユーナはここまで歩いてきた道のことをただ思い返す。
でこぼこで、泥だらけで、お世辞にも綺麗とはいえない自分の旅路。
ガンプラバトルの才能を持ち合わせていて、苦難にあっても心を折ることがなかったアヤノと比べればきっと自分は醜くて、みっともなくて。
それでも、一つだけ誇れることがある。
アヤノが振るう斬撃の軌道を一つ一つ見極めて、受け流し、時にはクロスカウンターを放ちながら、拳と剣、得物は違えどノーガードでアリスバーニングブルームとクロスボーンガンダムXQは切り結ぶ。
そう、一つだけ。たった一つ、誰かが聞けば笑ってしまうような、そんなことだ。
歯を食いしばり、眦に涙を浮かべながらも、ユーナの口元は微かな弧を描いていた。
ここまで歩いてきたことで刻まれた足跡は、きっと自分の方が多い。
それは歪で、醜くて、人から見れば目を背けたくなるようなことであったとしても、アヤノと共に歩んできたこの日々の中で、「ビルドフラグメンツ」の旅路の中で、唯一、ユーナが胸を張って誇れることだった。
「アヤノさん!」
『何、ユーナ!』
「ガンプラバトル……楽しいね!」
『……ええ、そうね!』
きっとそこに、言葉はいらなかった。
もつれて、転んで、泥だらけになって、時には手を貸してもらったけれど、アヤノはいつだって隣で、一番近くで自分のことを信じてくれていた。
何の才能もないと、あったはずの才能も失ってしまったと涙を流した日々はもう終わっている。掴みかけていた才能を踏みにじられ、砕かれかけたあの日も、もはや過ぎ去った時間の中だ。
そうして開け放たれた光の中に映し出されるものは、眩しいほどに青すぎる空。
このGBNという、どこまでも果てがなく、限りない世界のきざはしに立って、ようやくわかってきた、その厳しさと隣り合わせの楽しさ。
全部、全部。「ビルドフラグメンツ」が、最愛の人が、アヤノが自分に教えてくれたことだ。
ユーナはそれを噛みしめるように、バタフライ・バスターBを構えたクロスボーンガンダムXQの右手首をとって、強引に引きちぎる。
カウンターとして放たれた斬撃が、肩とバインダーごと、アリスバーニングブルームの左腕を切り落とす。
「おおおおおっ!」
『はああああっ!』
──ユーナ。
──アヤノさん。
二つの言葉は声にはならず、視線の中で火花を散らして交錯する。
鳴らない言葉を叫びに変えて、一瞬がどこまでも遠のいていくような閃光の中で、ユーナとアヤノは、お互いに機体を守ることなど考えずに、あくまでもノーガードでの殴り合いを続けていた。
それは華麗なガンプラバトルを望むダイバーたちからすれば目を背けたくなるような、痛々しく醜い光景だったのかもしれない。
だとしても、今この瞬間、ユーナとアヤノは、血が沸き立ち、肉が躍るような感覚を全力で楽しんで、互いの全てをぶつけ合っていた。
それは裸で相手の前に立つようなもので、羞恥や外聞も関係なく、この武舞台を二人だけのものにして、アヤノとユーナは舞い踊るかのように鮮やかに、そしてどそまでも泥臭く、互いの機体が限界を迎えるまで、斬撃と打撃の応酬を繰り広げる。
それでも、楽しい時間というのはいつだって終わりが来るのが世の定めだ。
ボロボロになって、レッドアラートが絶え間なく鳴り響くコックピットの中で、ユーナとアヤノは互いにバーニングバースト・フルブルームと、トランザムライトの持続時間を一瞥し、次の打ち合いが限界だと悟った。
よしんば時限強化がもう少し持ち堪えていたとしても、打ち合いに耐えうるだけの余力が、お互いの機体には残されていない。
本音をいってしまうのであれば、いつまでもこの時間が続けばいいと、アヤノは、そしてユーナは願っていた。
泥に塗れて血反吐を吐いて、愛機をボロボロにしても尚、互いが互いを信じて、そこに敬意をもって刃を交わしているからこそ、ガンプラバトルは楽しいのだ。
そんな時間に別れを告げるかのように、夕暮れ時の鐘がなって、約束を交わしながら家路へと戻るように、アヤノはブランド・マーカーを展開し、ユーナは最後の力を振り絞って発生させた粒子の炎を纏わせた拳を構えて、互いの機体へと殴りかかる。
『ユーナぁぁぁぁっ!!!』
「アヤノ……さん!!!」
最後に勝敗を分かつものは何か。それは、最後まで己を、ガンプラを信じ抜く心と意地だとタイガーウルフは語っていた。
では、互いがそれを持っていた場合は、お互いに負けないぐらいの情熱と大きな信念を持ち合わせてぶつかり合って、それでも尚勝敗を分かつ条件があるとしたら、それは何か。
答えはきっと、人によって異なるのかもしれない。
だが。
トランザムライトは、当たり前だがツインドライヴによるトランザムと「光の翼」を最大出力で展開するという都合上、機体に大きな負荷がかかる。
だからこそ、この結果は必然であり、同時に運が悪かったといえるのだろう。
最後の最後で機体の損傷が積み重なっていたことでオーバーロードを起こし、前につんのめる形になってバランスを崩したクロスボーンガンダムXQのコックピットを、ユーナが振り抜いた炎の拳が撃ち貫く。
運も実力の内だと誰かが語った。事実、ユーナが幸運の女神様の後ろ髪を掴んで振り向かせてみせたのは紛れもなく、結果ありきだとはいえ実力だといえるだろう。
さながら、泥濘の中から一粒の金を探り当てるように、砂漠に紛れたダイヤモンドを掴み取るように。
はっ、と見上げた通信ウィンドウに映るアヤノは、ふっ、と柔らかな笑みを浮かべていた。
そんなアヤノの瞳に映る自分は、どんな顔をしているのだろう。
泣いている。そんな反省と共にじわり、と目元に滲む熱をごしごしと拭って、ユーナとアヤノは視線と、互いの健闘を、努力を、そこまでの道筋を称え合う、たった一つの言葉を口にするのだった。
──ただ一言、グッドゲーム、と。
グッドゲーム、ユーナ。グッドゲーム、アヤノ。