ガンダムビルドダイバーズ ブレイヴガールフラグメント   作:守次 奏

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この物語も完結するので、読んでいただいた皆様への感謝を込めて初投稿です。


最終話「ブレイヴガールフラグメント」

 夢はないけれど、憧れがあった。

 机の上に飾られたガンプラを、クロスボーンガンダムXQを見て、綾乃はかつて潜ってもがいていた、電子の海での出来事を思い返す。

 それはきっと些細な感傷で、人から見ればなんということもない出来事のリフレインだったが、脳裏を走馬灯のように駆け抜けていく数々の思い出に、綾乃はどこかじわり、とこみ上げてきた熱が溢れそうになるのを感じていた。

 別に、GBNをやめてしまっただとか、そんなことはない。

 事実、三年前の「龍虎祭」以降も「ビルドフラグメンツ」は武闘派のフォースとして名を馳せていて、かつて憧れていた剣豪たちにはまだまだ届かなくとも、綾乃たちは一角のランカーと呼ばれるまでに至っている。

 それでもどこか懐かしい思い出を感じてしまうのは、今がきっと門出の時だからだろう。

 高校生だった頃、そうしていたように綾乃はクロスボーンガンダムXQを緩衝材が詰まっているタッパーにそっと梱包して、よし、と額に浮かんだ汗をそっと拭った。

 この春から大学生になって一人暮らしを始めたことに、これといった理由はない。

 綾乃が入学したキャンパスは通おうと思えば実家からでも通えるぐらいの距離にあるし、定期券の代金は嵩むものの、そっちの方がいいんじゃないかとは、父も、母も、そして与一もそう言っていたことを思い出す。

 それでも一人暮らしがいい、とわがままを通してしまったことには申し訳なさを感じてはいたのだが、綾乃にとってはそうするだけの理由があるということだ。

 部屋の片隅に置いていたスポーツドリンクを煽って水分を補給すると、ふぅ、と小さく息をつく。

 引っ越しの用意、とりわけ自分の部屋から持っていく必要なものは自分だけで用意しろ、というのが一人暮らしを始めるための交換条件で、だからこそこうして綾乃は日頃からこつこつと必要な荷物の仕分けと不要な物の処分をやっているわけだったが、こうして部屋から物が消えていく光景を見ると、自分がいなくなってしまうようで、どこか寂しさと、おかしさのようなものを感じてしまう。

 小休憩の為にベッドへと身を横たえて、綾乃はそっと静かに目を伏せる。

 そして今も拍動を続ける心臓の音に耳を傾ければ、消えるどころか自分はこうして生きているのだと実感が湧いてきて、それなのに空っぽに変わっていく部屋を見て、「消えてしまいそうだ」と不安や悲しみを抱いてしまう自分に、ちぐはぐなところがあるところを認めたくない心が、羞恥に顔を赤く染め上げていく。

 若さ故に、多感であるが故に、感じる心はまだ錆びつくことなく鋭利に尖っている。

 だからこそ、綾乃がそんなセンチメンタルを抱くのも不思議ではない。

 ベッドに身を横たえて目を伏せていれば、自然と麗らかな春の陽気が包み込むように自分を捕まえに来るわけで、綾乃はいつしか、まんまとそのあたたかく柔らかな手に囚われて、眠りの淵に落ちてしまうのだった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「いやー、歌った歌った! アタシたち、すっかりここが定番になっちゃったね!」

 

 龍虎祭における全てのエキシビジョンマッチが終わったその直後、アヤノたちは打ち上げも兼ねていつものカラオケ店に集まっていた。

 自分たちの出番が終わった後も続いたエキシビジョンマッチは、タイガーウルフの選りすぐりで出場を果たした猛者たちだということで、観客席から見ているだけで手に汗握る攻防が展開されていたのは記憶に新しい。

 今も目蓋を閉じればその光景が目に浮かんでくるようで、アヤノにとっては打ち上げというよりは次の目標を決める為の小休止、といった風情だった。

 

「ええ、そうね。いい息抜きになったわ」

「拙はあまり歌というものを存じ上げないので、食べてばかりでしたが……それでも皆さんの歌を聴いていた時は、心安らぐものを感じました」

「本当? わーい! えへへ、カグヤさんに褒められちゃった」

 

 本人の言葉通り、カグヤは時折タンバリンを叩いたり、注文したフード類を黙々と頬張っていたが、恐らくその言葉は嘘ではないのだろう。

 しずしずとメグの隣を歩くカグヤの表情は穏やかな春の梢によく似ていて、食べていたばかりではないということを物語っている。

 そんな彼女に褒められて、気を良くしたユーナはくるりとその場で一回転して喜びをあらわにするが、事実、彼女の少し舌足らずな歌声にはアヤノも癒されていたことは確かだったし、今も思い返せば頬だけでなく、心まで綻んでしまいそうなほどだ。

 

「ええ、私も素敵だったと思うわ。ユーナの歌」

「本当? えへへ、アヤノさんにもそう言ってもらえるって、わたしは幸せ者だなあ……なんて」

「大袈裟よ」

「そんなことないよ、だって大好きなアヤノさんに褒めてもらえたんだもん!」

 

 時刻はいわゆるゴールデンタイムだったということもあり、セントラル・エリアの往来にはそれなりのひとが集まっていたのにも関わらず、ユーナは何の臆面もなくそう言ってのける。

 確かに自分はユーナと恋人の関係にまで至っているし、キスだって、唇だけを触れ合わせるキスより先のキスだって済ませているのに、今更こんなことで照れるのも生娘がすぎると、アヤノは頭の中でそう思っていても、見る見る内に頬は桜色に染まってゆく。

 ばさり、と開いた扇子で顔を覆い隠し、ぱたぱたと胸元を仰ぎつつアヤノは周囲を窺うが、誰かがこれといって何かを気にしている様子もなく、そして絶え間なく人の流れは激しく動いている。

 気にしすぎなのかもしれない、と、そう思う一方で、なんだか周りから恋人同士として見られていないのも癪だと、自分でも矛盾していることは理解しつつも、頭はどこかでそんな考えを抱く。

 そうして脳神経から脊髄を伝った衝動がアヤノに選ばせた行動は、さり気なくユーナに向けて手を伸ばすという行為であり、恋人繋ぎを期待してのことだった。

 

「……その、ユーナ。手、繋がない?」

「手? あっ……えへへ、そっか」

 

 頬を真っ赤に染めたまま、ぶっきらぼうに言い放った言葉だったが、真っ直ぐに飛んでいったそれは、確かにユーナの元へと届いていた。

 さながら、思いをしたためた手紙を紙飛行機にして投げ渡すように、届いてほしいと願いながらも、想いを寄せる誰か以外には見つかってほしくないと願う、矛盾を抱いた心が、心へと投げ渡される。

 

「はい、これでいいよね、アヤノさん?」

「……ええ。ありがとう、ユーナ」

 

 絡めあった指先からは擬似的にフィードバックされた体温と柔らかさが伝わってきて、自分から願ったことなのにもかかわらず、快く引き受けたことなのにもかかわらず、アヤノも、そしてユーナも頬を桜色に染め上げていた。

 

「あっはは、本当、二人ってば改めてそういう関係だったんだね。ちょっと妬いちゃうかな」

「そういう関係……?」

 

 そんな二人を間近で見ていたメグは関心を寄せながらも、それを茶化すようなことはせず、むしろ近くで見ていたからこそ、どこか羨ましそうに苦笑する。

 一体全体どういうことなのだと困惑していたのはカグヤだけだったが、そんなカグヤでもなんとなく、二人は特別に仲が良いんだろうな、ということぐらいは朧気に察してはいた。

 ただ、その関係を人間たちがどう呼んでいるかはわからないという、それだけの話だ。

 

「つまり、恋人ってこと」

 

 困惑して小首を傾げているカグヤにメグはそっと耳打ちをすると、先ほどの言葉通りに、指と指を絡め合う恋人繋ぎで頬をすり寄せながらセントラル・エリアの大通りを歩いているユーナとアヤノを、少しの羨望が混じった瞳でそっと見つめる。

 恋人、という言葉にもカグヤは生憎疎かったため、よくわからなかったものの、それは人間が大事にしていることだというのは知識として持っていた。

 そして、つまりあれが恋人なんだな、と、他人同士だとどうしても生じてしまう僅かな距離をじりじりと詰めて、最後にはぴたりと一つ重ね合わせてしまうような、二人で一つの蝶々結びを作るような関係をそう呼ぶのだろうな、と理解する。

 

「なるほど。拙にはまだ全てを把握しきれたわけではありませんが……人はあのような在り方を、恋と、恋人と呼ぶのですね、メグ」

「まーそんな感じかな? 女の子同士だけど、今じゃ珍しくもないしね」

「ふむ……その辺りの事情は、拙にはわかりかねます。ですが、お二人がとても素敵な契りを結んだということはわかります」

「それだけわかってれば十分だよ、それじゃあアタシたちは行こっか」

「ええ、メグ」

 

 二人の世界を邪魔するまいとログアウトボタンに指をかけて、メグとカグヤはそのまま現実へと解けて戻っていく。

 ユーナとの関係は、隠すようなことでもなければ、恥じるようなことでもない。

 恋人繋ぎで当てもなく、ただ他愛もない言葉を交わしながらセントラル・エリアを歩いていたアヤノは、そんな二人の気遣いに感謝しつつ、どこか道ゆく人々に見せつけるかのようにユーナの細い肩を抱き寄せて、現実世界の時計とリンクしていることで夜が訪れた電子の街を、ただ歩いていた。

 

「……ねえ、アヤノさん」

 

 不意に立ち止まったユーナが、自分よりも僅かに高い位置にあるアヤノの瞳を覗き込みながら、何かを企んでいる子供のように綻ぶ口元を押さえて、その名前を呼ぶ。

 

「何、ユーナ?」

「わたし、アヤノさんに出会えてよかったって、GBNやってて……やめなくてよかったって、心からそう思うんだ」

 

 ずっと、言葉にはしてこなかったけれど、あの初心者を騙すようなクリエイトミッションの受注から始まって今日に至るまで、ユーナはずっとアヤノに対して想いを寄せていたのだ。

 それでも、言葉にしなければわからないから、伝わらないから、嬉し涙を浮かべながらはにかんで、ユーナは胸の内側で抱え込んでいた玩具箱を広げるかのように、全ての想いをアヤノへと曝け出す。

 

「そうね、私も……貴女がいなければ、きっとここにはいなかった」

 

 かつての憧れを思い返しながら、叶うことなく潰えてしまった夢を思い返しながら、アヤノはユーナへと言葉を返す。

 ユーナがいたから頑張ってこられた。大好きだからこそ意地を張って、格好をつけて。

 そんな青臭くて、見るひとが見れば笑ってしまうような、或いは羞恥に目を背けてしまうような七転八倒を繰り返して、アヤノはようやく、今この場所で、ユーナと結ばれて立っている。

 それはきっと、何物にも替えがたい幸せなのだろう。

 キスはできないからと、抱き合って頬をすり寄せながら、お互いの胸の内から滲み出てきた熱を交わし合うように、涙が伝う感触を、そのあたたかくも冷たい肌触りを、互いに寄せた頬で感じながら、アヤノとユーナはそっと目を伏せる。

 

「ねえ、アヤノさん」

「どうしたの、ユーナ」

「また明日、一緒にGBNで遊んでくれますか」

「……当たり前よ。だってユーナ、貴女は私の」

 

 ──誰より大切な友達で、恋人だから。

 誓いを確かめ合うように言葉と笑みを交わして、アヤノとユーナもまた、現実世界へと解けていく。

 そこに曖昧な、だけどきっと強固な約束を結んで、それを叶えるために、電子の海から日常へと帰っていく、

 また、明日。それはきっと、さよならじゃないおまじない。

 小さくても、些細なものでも、きっと誰かと誰かを繋ぎ止める、魔法の言葉に他ならなかった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 五分ほどの微睡みから覚めた綾乃は、大慌てで段ボールに残りの荷物を詰めて、一階へと運び出していく。

 綾乃の一人暮らし先として用意してもらったのはバリアフリーのマンションで、優奈との関係性は両親にも与一にも、そして祖父にも説明をつけているからこそだった。

 古風な家だから反対されるかと思いきや、家族は綾乃と優奈の関係をかなりあっさりと祝福してくれて、どうせなら二人一緒に暮らすと良い、と、優奈の母親とも話をつけてくれた結果、その物件を用意してもらったのだ。

 そういう意味ではまだまだ、自分は子供にすぎない。

 自分で持っていく分の荷物を登山用のリュックサックに詰めた綾乃は、そう静かに自嘲すると、引越し業者がトラックを寄せて待ち構えていた玄関先へと向かって歩いていく。

 その他の荷造りは与一が手伝ってくれたのもあって、順調に一人暮らしのための荷物は業者の青年たちと協力してトラックへと運ばれていて、鍵はもうすでに不動産屋から受け取っているために、あとは引っ越し先へと向かうだけだった。

 住み慣れたこの家と今生の別れを果たすわけではないにしろ、こうして門出の場に立つと、一抹の寂しさのようなものを感じずにはいられない。

 それでも、自分で決めたなら、前に進んでゆくしかないのだ。

 すぅ、と大きく息を吸い込んで呼吸を整えると、綾乃は玄関先で自分を待っていた引越し業者──ではなく、正門の前でじっと待ち続けていた優奈の元へと駆け寄っていく。

 

「ごめんなさい、待たせてしまったかしら」

「ううん、わたしも今来たとこだから」

 

 車椅子に腰掛けている優奈ははにかみながらそう語ったものの、それが自分に気を使っているだけだというのはすぐにわかった。

 綾乃はそこに一抹の罪悪感を覚えながらも、いつも通りに車椅子のバックサポートから伸びるハンドルを握ると、二人の新居となるマンションへと向かうため、まずは通い慣れた駅への道を辿っていく。

 早咲きの桜が散らした花弁が、風を受けてひとひら宙に舞う。

 思い返せば、GBNでの出来事も、そして人生というのも、宙を舞う花弁と同じようなもので、吹き抜ける時間というかぜのなかでは儚く、脆く、呆気ないものなのかもしれない。

 だとしても、こうして自分たちは生きている。

 明日のことは考えられても、明後日になると途端に難しくなるようなのが人生なのだとしても、例えこの世界に誰かが予見したような終末が訪れなくても、誰かが言っていたように、文明などというものは十万年も経てば塵に還るのだとしても、それでも心臓は動いていて、脳は何かを考えている。

 意味のあること、意味のないこと。

 それだって結局は、自分が決めることに過ぎない。だから。

 優奈は綾乃の存在を、そのあたたかさを確かに背後に感じながら振り向くと、一欠片の勇気を抱きしめるように小さく息を吸い込んで、その話を切り出す。

 

「ねえ、綾乃さん」

「なに、優奈?」

「えっと……私たち、もう付き合って三年だし、その……そろそろ、名前で呼んでもいいかな、なんて、えへへ」

 

 ずっと気になっていたといえば気になっていたのだが、中々言い出せずにいたその言葉を口にすると、優奈はこみ上げてくる熱に頬を赤らめる。

 それでも、優奈は綾乃から目を逸らさなかった。

 どんな答えが待っていても、その全てを受け止めるように、優奈はとくん、と跳ねる心臓を抑えて、続く言葉を静かに待つ。

 

「……ありがとう。私も、その……名前で呼んでほしかったけど、言い出せなかったから」

 

 振り返って仰ぎ見る綾乃の頬は自分と同じ桜色に染まっていて、お揃いだ、とばかりに優奈はぱあっと満面の笑みを浮かべ、その唇から言葉を紡ぎ出す。

 

「ありがとう! その……大好きだよ、綾乃!」

「……ええ、私も。大好きよ、優奈」

 

 身をかがめて視線を合わせ、二人は磁石が引かれ合うように、雨粒が溢れて落ちるように、自然と唇を交わし、舌を絡めあっていた。

 何度も何度も繰り返してきて、すっかりこなれてしまったけれど、いつだってキスを交わすときは心臓がどきどきと高鳴って、いつしか破裂してしまうのではないかと思えるぐらいに緊張して仕方がない。

 恋とか、愛とか。

 或いはもっとその先にある、形も名前もわからない何かに想いを馳せて、綾乃と優奈は甘い電流が脊髄を駆け抜けていく中で、ちょっとだけ、ほんの少しだけ未来にあるもののことを、人が夢と呼ぶものを垣間見る。

 だけどそれは、また明日。遠い明日に交わした、約束のことだ。

 言葉はいらないとばかりに、つぅ、と二人を結び合わせていた銀の糸が重力に引かれて落ちて、優奈のスカートへと僅かに滲む。

 なら、そんな明日に向かうために、今日は少しだけ勇気を出して進んでみようか。

 交錯した視線の中で行き交う思いと思いが絡まり合って、綾乃と優奈は微かに頬を染めるが、確かに二人で頷き合って、新居への道を歩む。

 それは、他人から見ればほんの少しで、小さく、他愛もないことに過ぎないのかもしれない。

 それでも、自分たちをここまで繋ぎ止めてきた勇気の欠片を抱いて、明日への道を、二人はどこまでも一緒に、歩いてゆくのだった。




これは小さな、勇気の欠片のお伽話。
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