ガンダムビルドダイバーズ ブレイヴガールフラグメント 作:守次 奏
「それでね一条さん」
「ええ、優奈」
「その……射撃って、どうやったら当たるの!?」
GBNデビューを果たした翌日、綾乃が学食で同席した優奈と連絡先を交換した矢先にぶつけられたのは、そんな疑問だった。
射撃。多かれ少なかれ、GBNを嗜むダイバーは汎用機を好む傾向が強く、ビームライフルにしろマシンガンにしろ、とりあえずはロックオンマーカーの指示に従ってトリガーを引けば一発ぐらいは当たるものだとばかり綾乃は思っていたのだが、恐らくそれが優奈に「欠けて」いる部分だったのだろう。
「……貴女のアリスバーニングガンダムは格闘戦に特化したビルドだと思うのだけれど、何か問題があるの?」
そう分析したものの、初心者であるにもかかわらず優奈が愛機としているアリスバーニングガンダムには射撃武装の一切が積み込まれていない、格闘戦特化型のビルドだ。
チュートリアルを受けたかどうかも怪しい中でいきなりそんなことを聞かれるのはどうにも性急だというか、割り切っているならそれを気にする必要もないのではないかと、綾乃はそう思う。
だが、優奈にとっては大分話が違うのかもしれない。
とりあえずとばかりに問いかけてみた言葉に、優奈は相変わらずきらきらと目を輝かせながら、ぶんぶんと首を縦に振り回す。
「えっと、一条さんが銃持ってるから、わたしも持った方がいいのかなあって」
「……そういう理由?」
「だって、わたしあのケルディム……? ガンダムにわたし、何もできなかったから……えへへ」
特段深い理由でもないといえばそうなのだが、ヴァルガを生き残ることができたのは綾乃の技量があってだということは優奈もわかっていた。
だからこそ、隠れ潜むアサシンやシーカーに対して対抗するための武器を持った方がいいような気がした、というよりは遠距離戦で綾乃の足を引っ張りたくなかった、というのが優奈の本音でもある。
優奈が格闘戦特化のビルドを構築したのは、単なる偶然のようなものだった。
パッケージアートに描かれた、炎をその背中や肩から噴き出しているガンダムが格好良かったから、という理由でカミキバーニングガンダムやトライバーニングガンダムをベースに選んだ、というのがアリスバーニングガンダム誕生の経緯であり、乱数の女神様が天上で高笑いを上げていそうな偶然が、初心者でありながら優奈に格闘戦特化型のビルドを組ませる、という結果を導き出していたのだ。
とはいえ、優奈が持ち合わせている格闘のセンスは悪いものではないどころか、磨けば光る相当なものなのには違いない。
だからこそ、付け焼き刃で無理にビームライフルの類を持たせるのも無粋なのではないかと、綾乃は菓子パンをもそもそと齧りながら小首を傾げる。
「……そういえば優奈、チュートリアルは受けた?」
「チュートリアル……?」
「その様子だと、受けていないようね……」
いきなりヴァルガに飛ばされたのだから仕方ないとはいえ、一応GBNにおいては初心者に向けた導線として、射撃、格闘、機動、そしてその三つを統合した総合チュートリアルの、四つのミッションが配置されている。
一応スキップすることも可能で、チュートリアルを受けずにFランクミッションを受けるというダイバーも今では珍しくないのだが、優奈のように、右も左もわからないという状態のダイバーであれば、やっておくに越したことはないだろう。
確か、調べた限りでは、ガンプラが武器を持っていなくても、射撃チュートリアルでは武装を貸し出してくれたはずだし、最悪自分のバタフライ・バスターBを貸し出せばいい。
綾乃はスマートフォンでGBNまとめwikiを開いて、チュートリアルのページを優奈へと提示しながら、受けてみるかどうかと提案する。
「そっかぁ、こんな機能があったんだね! なら、わたしちょっと受けてみたいかも!」
「それをお勧めするわ」
そんなやり取りを経て、綾乃と優奈は放課後にガンダムベースシーサイドベース店へ向かう約束を交わしたのだが、この時綾乃は予想もしていなかった。
優奈の才能──その方向性は確かに突き抜けてこそいるけれど、斜め上の方向へと猛進するものであったことに。
◇◆◇
いつも通り、入り口近くで愛想を振りまいているチィからの歓待を受けた綾乃と優奈は、少しだけ足早にゲームブースへと足を運ぶと、ダイバーギアに自身のガンプラを乗せて、ゴーグル型のヘッドアップディスプレイを装着することで、電子の海へと飛び込んでいく。
どこまでも下降していくエレベーターに乗せられているような感覚と共に綾乃を構成している意識は電子の世界へと解け、「アヤノ」へとその姿を変えていく。
──そういえば、リアルで出会った優奈は赤みがかかった茶髪だったけれど、その髪型はGBNと大きく変わっていなかった。
そういう意味では自分のキャラメイクも、地味なだけでそこまで変なものではなかったのかもしれない。
そんな他愛もないことを想いながら、今頃、優奈から「ユーナ」へと変わっているのであろう友人の姿に想いを馳せて、ログインが完了したアヤノはその爪先を、セントラル・ロビーの床にとん、と片足をつける。
「いち……アヤノさん、よろしくお願いしますねっ!」
同時にログインしたユーナが何処にいるのかを探す手間は、一際軽やかに、そして大きく響き渡る元気な声がアヤノの耳朶を震わせたことで、すぐに解決した。
パーティー申請を組んでいなくとも、近い場所から同時にログインを行えば、それ相応の距離にスポーンするのかもしれないと、そんな妙に律儀なGBNの仕様に感心しつつ、アヤノはユーナに「敬語はいいから」と返して、今度は脇目も振らず、その手を引いてミッションカウンターへと向かっていく。
「アヤノでいいわ、それと、私の手を離さないで」
「ほえ? なんでですか?」
「この前のミノタウロスみたいなのがいないとも限らないからよ」
失礼なのはわかっているものの、率直にいってユーナの所作は初心者そのものであり、詐欺クリエイトミッションに限らず、シャークトレードだとか、そういう悪質な行為をする連中にとってはカモにしやすい。
そしてユーナ自身がお人好しだということも手伝って、またトラブルに巻き込まれた時にそれを断れないのもまた目に見えている。
だからこそ、どこかナンパ男を避けるかのようにアヤノは周囲を睨みながら、ユーナの手を引いて真っ直ぐにミッションカウンターへと歩いていく。
「やあ、お嬢ちゃんたち、いいプラグインがあるんだけど──」
「先を急いでいるんで失礼します」
「あ、えっと……わわ、置いてかないで、アヤノさん!」
などと心配していたら早速得体の知れない話を持ちかけてくる輩がいるのだから、油断がならない。
一応、GBNの治安は「第二次有志連合戦」と呼ばれる四年前の出来事以来、劇的な改善を見せていたらしいが、世に悪党に種が尽きないせいなのか、それとも自分かユーナのどちらかがそういう体質だからなのか、またトラブルに巻き込まれるのは御免被る。
そんな風情ですたすたと歩き去るアヤノに手を引かれて、ユーナも、少しだけ申し訳なさを覚えながら、一目散にミッションカウンターへと向かっていく。
第二次有志連合戦とやらがなんだったのか、Wikiに書かれていることぐらいしかアヤノは知らないものの、なんだかそれ以前のGBNは今以上に治安が悪かったのかそれとも自分たちの運が悪かったのか、どっちについても考えたくないといったところだ。
そんなモヤモヤとした気持ちを抱えながらも、アヤノとユーナは、ミッションカウンターの前に伸びている列へと到着する。
「GBNへようこそ。何かミッションをお探しでしょうか?」
カウンターの前に並ぶ行列が自分たちの番まで回ってくると、前のダイバーたちに問いかけていたのと一字一句違わない言葉と、そしてぺこりと腰を折って頭を下げる所作をもって、NPDの女性はアヤノたちへとそう問いかけた。
並んでいる内にパーティー申請を済ませていたこともあって、NPDは二人の間で視線を往復させ、無機質さを感じさせない営業スマイルを浮かべている。
聞いた話によれば二年前のアップデートで、AIの精度が格段に上昇したことからNPDの所作も人間に近いものが取り入れられるようになったらしいが、いわゆる「不気味の谷」を感じさせない辺り、それは相当大規模なものだったのだろう。
興味を持ったことについてはとことん調べ尽くしたがるアヤノはNPDの所作に感心しつつ、そして純粋にユーナはNPDがプレイヤーと変わらない振る舞いをしていることに目を輝かせながら、提示されたウィンドウに並ぶミッションへと視線を移す。
チュートリアルミッションは、当たり前だがリストの中でも最上位に表示されていた。
チュートリアル・射撃訓練、チュートリアル・格闘訓練、チュートリアル・操作訓練、チュートリアル・慣熟訓練。
その四つの中で、慣熟訓練だけが難易度を示す星が一つだけ灯されているものの、チュートリアルと銘打たれている以上、他の三つとそう大差はないはずだ。
「ユーナは、どっちを受けたい?」
「えっと……じゃあこの慣熟? って方で!」
「射撃はいいの?」
「うーん……どうせなら全部まとめて一緒にできた方がお得かなって!」
前向きなんだかズボラなんだかよくわからない動機を自信満々に口走るユーナだったが、その表情は明るい笑顔に彩られていて、ああ、本気なのだろうな、ということを綾乃に伺わせる。
とはいえ、そういう欲張りなところも嫌いではない。
パーティーを組んで受けるとなれば、自分もチュートリアルには付き合わされるのだし、クロスボーンガンダムXPはどちらかといえば原作に出てくる台詞通り、「接近戦に強く」調整された機体だ。
ユーナのセンスだって悪いものではない以上、そしてあのヴァルガの地獄を生き抜いた以上、チュートリアルミッションで全滅するような事態は流石にないだろうし、そうなったとしても自分がフォローに入れるという意味でも、悪いチョイスではない。
「それもそうね、なら……慣熟訓練を受けましょう」
「はいっ、アヤノさん!」
「慣熟訓練ですね? 受付を完了しました。十秒後に格納庫エリアに転送されますので、それまでしばらくお待ちください。お客様のご武運を祈っております」
ぺこり、と腰を折って丁寧に紡がれた祈りに見送られて、アヤノとユーナの躯体はその言葉通りにブリーフィングフェイズを兼ねている、格納庫エリアへと転送されていく。
意識が解けていく感覚に身を委ねながら、アヤノは待ち受ける戦いに備えて静かに目を伏せて、ユーナは沸き起こる期待に、きらきらと目を輝かせるのだった。
◇◆◇
「これは……なんというか、思ったより重症ね……」
「うわーん! なんで当たらないの!?」
慣熟訓練のウェーブは概ね四つに分けられていて、一つ目は操作のチュートリアルということで「機動戦士ガンダム00」に登場する「ユニオン」の空軍基地をイメージして作られたステージに配置されたコンテナを指定の場所へと運ぶ、という退屈なものであった。
そのためアヤノもユーナも最初のウェーブは問題なく突破できたものの、問題は次のウェーブ……射撃訓練に相当する場所で発生していた。
一人当たり五つ並んだ大きな的の中心を撃ち抜く、というこれまた単純な内容のものなのだが、とにかくユーナの射撃が当たらないのだ。
総合チュートリアルということで持ち込んだ機体以外に武装が支給されることはないため、自身のバタフライ・バスターBをアヤノはユーナへと貸し出していたのだが、よもや自分が作った武装の方に問題があるんじゃないかと疑いたくなる程度には当たらない。
一応的そのものには当たっているものの、次のウェーブに移行する条件は的の中心を射抜くことであり、アヤノは問題なく五つそれをこなしていたのだが、ユーナはご覧の有様だ。
「ぐぬぬ……ロックオンマーカーもちゃんと見てるのに、どうして……」
「……バタフライ・バスターBの反動? いえ、これはそんなに大層な武器でもないはず」
これがもしもビーム・マグナムとかであったなら、その反動によって銃口が大きくブレるために的の中心を外すということも考えられるが、そもそもビーム・マグナムであれば的の中心を外していようがその余波で中心にもダメージ判定を与えられるために、アヤノはいっそ、そっちの方がユーナには合っているような気さえしてきた。
「えーいっ! このーっ!」
「ちょ……」
やけを起こしたのか、ユーナが思い切り投擲したバタフライ・バスターBは何の皮肉か的の中心を真っ直ぐに射抜いて、残り四つです、と無機質に機械音声が条件のクリアを告げる。
「あ……ごめんなさい、アヤノさん、せっかく貸してもらった銃なのに、投げちゃって……」
「……いえ、それは大丈夫。私も割と雑に放り捨てたりするし……じゃなくて、貴女もしかして、拳でやってみた方が上手くいくんじゃないかしら?」
「拳……?」
一応、GBNというゲームの仕様について詳しく全てを調べ上げた訳ではないものの、映像作品「機動武闘伝Gガンダム」を出典とするモビルファイターや一部格闘機には、拳圧を射撃のように飛ばす攻撃が武装として設定されているという。
アヤノは投げ捨てられたバタフライ・バスターBを回収するためにスラスターを噴かすと、ユーナのそれを観測すべく的の背後に陣取って待機する。
「ええ、その場で拳を思い切り振り抜くと、詳しい原理はわからないけれどパンチが気弾になって飛んでいくとか」
「ほぇー……何だか凄いんだね、ガンダムって何でもできちゃうんだ」
「いえ、それは……いや、あながち間違いではないかもしれないけど」
サイコ・フレーム周りの奇跡だとか月光蝶だとかターンタイプだとかELSクアンタだとか、ほとんど超常の存在に両足を突っ込んでいる例がある以上、変な方向に感心する友人に対してそんな曖昧な言葉しか返せなかったものの、ユーナは素直に腰溜めに拳を構えると、脳裏で思い描いた動きのアシストを受けて、操縦桿に備え付けられたトリガーを引く。
「せいやっ!」
そして、アリスバーニングガンダムの拳からエネルギーとして放出された気弾は、ロックオンマーカーに従って真っ直ぐ進み、設えられていた的の中心を問題なく撃ち抜いていた。
「おお……当たった、当たったよ! アヤノさん!」
「……ええ、おめでとう」
世の中、人間には向き不向きというものがあるとはいったものの、どうやらそれは本当のことらしい。
流石にユーナのような例は極端だとしても、銃器を扱うよりも拳を飛ばして撃ち抜いた方が早くて、システムにも認められているならそれで問題はないはずだろう。
「よーし、銃は使えないけど、頑張ってクリアしよう! えへへ」
それに何より、本人が満足そうに笑っているのだから、これ以上突っ込むのも野暮な話だろう。
パーティーを組むに当たって、とりあえずユーナがアタッカーなら、さしずめ自分は近接支援役といったところだろうか。
アヤノは、奇しくも「鋼鉄の7人」でクロスボーンガンダムX1フルクロスが担った役割と同じものを担うことになった運命に苦笑しながら、目を輝かせて拳圧を飛ばすことで的を破壊するユーナを、そっと見守るのだった。
銃が当たらないなら拳を飛ばせばいいじゃない