ソードアート・オンライン プログレッシブ 四人の進道   作:壊緑茶

7 / 8
十五日で投稿ですよ。目標には間に合っています。

今回は9000字と長めです。途中で切ってもよかったかな
名釣り=めいづり
それではどうぞ


六、名釣り

ギィィン!

ギィィン!

「やあぁあ!」

ナギナは雄叫びを上げ、あの毒玉を斬っている。

ヒューッ

多くの玉は金属質があり、鉄球の上に厚く毒を塗ってある。しかし十に一の確率で毒玉だけの玉が存在し、それをパリィで割ると相手に毒デバフを掛けられる。

玉を割るの意はそのままで風船が破裂した(さま)だが、なにせここはゲーム、プレイヤーの居る角度には99%当たらない。

 

ギィィンと衝撃音が響く、つまり金属玉を叩くのはあまりにも武器の耐久値が減るから、最初は避けるのが最適だとされていたけれど、弾くのに自信が在れば割った方がいい。

金属毒弾と毒弾の見分けは全くつかないので、取り敢えず割った方がいい。

 

それに特殊攻撃に扱われる(が連発してくる)この毒弾は、パリィで弾けば耐久値減少を抑えられる。

毒玉を、金属付の毒玉を破壊してまで弾く理由は九層にいた別の、似た敵の攻略から編み出されたものだが、幸いこいつにも効くようだ。

その証拠に、今俺が弾いた毒玉の飛沫(しぶき)はヘドロモンスターに当たり、二本あるHPバーの上部に毒アイコンが出た。

九層の目の前の目標にに似て異なる《ヴォーミティング・スラッジ》は毒使いにも関わらず毒デバフを与えれば、猛烈な速さでHPが減っていた。

前に居る《ザ・フェイタルスライム》にそれが当てはまるのか注意深く確認する。

「ナギナ、攻略法やっぱり九層のと同じだ」

 

パリィをまだ成功させていないナギナは、武器の耐久値を見過ごして毒玉に剣をぶつけていた。次の玉も成功しなかったナギナはそのまた次の玉を避け、こう言う。

「分かった。続けてみる」

 

システム的にパリィが成功すれば、ただのパリィより大きな音と派手なエフェクトが散る。

 

順調に弾けると武器の耐久値もそこまで減らないので大胆なことができる、がナギナはここ30回ほど叩いた玉を一つたりともできていないようだった。耳を澄まさなくても分かる。

 

これ以後も成功しないナギナの武器の耐久値は2割は減ったなと思う。

前回完了させた大型クエスト、隠しクエスト(?)で最終的に出来た《強靭なアニールブレード》は相当な性能だった。

ナギナも俺と全く同じものを持っているから、自分が失敗したパリィからの耐久値の減りようから予測できる。

このまま続けるのがよいとは思えない。

メインウエポンでもサブでも、武器はは消耗品と考えて使い捨る人も居るし、別に考え方は人それぞれなので本当にどうでもいい。だが、この三層までは使えそうになった強靭なアニールブレードを捨てるのは非常に勿体ない。

だから俺はナギナにもう少しパリィのコツというか、なんか「ピンとくるとき」の説明にピンとくる言葉を探していた。

 

「っ!」

俺が現在までに破裂させた毒玉は2つ。毒スライムは残りHP、バー一本とバー半分。

通常攻撃を入れてもまるで通用しなかった九層の毒スライムはひたすらパリィするだけだ。

しかし、念のため本体に斬撃を与え剣がどれぐらいのダメージになるのかを確かめておきたい。

 

「・・・斬撃は通らないと思うけど一応試してみたい。ナギナ、ヘドロがお前に集中するから気いつけて」

了解を得る前に走り出していた。

自分にもいくつか飛んでくるが、あのモンスターは近接戦には興味がなく、二人以上のプレイヤーがいれば遠い方を攻撃する。

そう、俺の斬撃はひゅうっと回避する。

 

βではその回避がバカ俊敏だったので、実は毒弾弾いてデバフかけるより剣で斬った方がいいのかと思われたことがある。あの時のヘドロモンスターはボス性がなく、こんな大人数もどうかということになったが結局十人募集して検証していた。

————ソロもOK!とか募集ページの第一声にあったもからそれに参加し、知っている。

 

 

結果はナギナに言ったと同じく、想像を絶する並みに効かない。だった。

一人だと通常攻撃では難しいのでソードスキル、基本単発下段突進技《レイジスパイク》を発動させる。

 

長剣に光が宿るのを感じ、この突進技を発動させるために行った予備動作を上乗せしてより深く動く。

音が限界、弾ける前に到達しているのが分かると、俺は力を解放した。

「はああー!」

毒スライムが辺りをうろついているせいか草の背丈が全体的に低くなっている地を蹴り、剣が突き出される。

キィィン、完璧とはいかないくとも八割のパワーが伝わっただろう。

敵のHPを見る、分かってはいたが数ドットのみの減りであった。俺は落胆することもなく、バックステップを繰り返し、先刻の距離に戻るとナギナはまあねーと表情を苦笑の形に変えている。

 

突如、森にはうなり声が響き渡った。

スライムのだ。

どこから垂れてくるのか物理的に説明の困難なスライムの毒、頭頂から流れるそれの勢いが増した気がした・・・というか増している。

 

九層にはなかったそのパターンに俺はもしかして剣の攻撃の方が効果があるのかと思った。

———俺のその期待は早々に裏切られ、またそれは裏切られるどころか悪化していた。

狂乱モードだ。毎度のこと悪い状況に陥っている気がするが、運は自ら変えることはできない。

何処かのネットの記事で、幸運が起きやすくなる行動も心構えもああだこうだとあったけれど、運に左右されるのは確かで、不運と表せるから幸運と表せるから運がある、と思う。

 

逆鱗に触れたように猛烈な変化を示すその攻撃に、俺は猛省した。

つい30秒前の1.5倍の速度で発射され、1.5倍の大きさの玉を受け止めるのに精いっぱいで、パリィがどうのこうのとかを意識している暇は一切存在しない。

「このままだとジリ貧だな、ナギナもパリィは考えずに当たらないようにマジで防御して。反発と音で分かると思うけどあれ、中の金属も固くなっている」

「うん、でもこれ避けるのはやっぱりダメ?昨日は避けて毒状態にったけど、このままだと武器が持ちそうにないよ」

躱すのはどうか・・・か。毒POTを飲むだけなら大丈夫そうだが、何度も繰り返しているといずれ尽きる。

 

それに、重複デバフ・・・!

 

あいつの毒はデバフが何重にも重なるものだ。アイコンが、ただの毒デバフとはデザインに違いを認められるのであれは確実に重複デバフだ。レベル1の毒デバフは最大10段まで重なる。

今のところまだ毒状態ではないので分からないが、一昨昨日(さきおととい)の毒アイコンを見たときはそれに驚いた。

九層に居たのは厄介なフィールドモンスターという名だけだったが、ここではボス。その点よく有る話だが今回は「かなり」厄介である。

 

クソ、あのモンスターに遭遇した後二つ目の汚言をそして口にした。

 

 

☆   ☆   ☆

今日、前回の「避ける」変わって「弾く」ことに専念していたのは重複デバフを危険視したからである。ナギナには無論伝えてあるから、それを理解し、そこから考えた末の案だろう。

 

こうして考えている間も毒弾は容赦なしに飛来してくるから気を緩められない。

又こういうときこそ、暖気(のんき)にSAOのまずい食事について雑談をしたいけれど、そんなほんわかした話を考えるのも命取りだ。

 

利き足を前で曲げ、反対を後ろに伸ばし、正座に近い高さの頭の上を毒玉が(かす)める。次弾もはもう俺とスライムの間に在って、その玉の浮遊先は俺の顔面だ。

前弾は後ろの木の幹で爆散し、その毒沫が俺にかかる。

 

毒状態。改めてアイコンを確認すると毒アイコンが出た。案の定それは普遍的モンスターの放つ毒とは違うもので、重複毒だった。

 

しかしそれを確認したのが失敗であったこと0.1秒後に知る。

アイコンを見定め終わると、もう視界端には次があって盛大に顔に当たり、俺はそれが10分の9の確率のつまり珍しくない上打撃ダメージのある金属毒弾であると分かる。

 

本当に、しまった。と思った。せめてナギナに救援要請を送るべくあちらを見たが、ナギナは(すで)に腰をついていて、二度目の直撃が直前に差し迫っている状況にいた。

 

俺は自らのHPを見ることもなく、ナギナの視線の約十センチメートル前に向け、最も予備動作の短い《スラント》を発動させる。

(まばゆ)く光る剣身と、そこから放たれる線香花火の大きさと色に近いエフェクトを放ち、ソードスキルを発動させるたびに聞く甲高い音を森に響かせ前例のないほどの速度で進むと、ナギナの目と鼻の先で間一髪弾けた。

 

————と思った。

 

それは弾かれ明後日の方向へ飛んでいくことなくナギナの目の前で、俺の目の前に盛大に毒は飛び散る。

 

もう一度、しまった。と思った。

金属が入っていればどこかへ飛んでいったが、まさかただの毒玉だったとは。

口をああと、目には最悪の状況のときの後悔の色と。

 

金属の入っていないただの毒玉の毒滴は、ゲームだからプレイヤーにはかからないと説明したが絶対だと言い切ってはいない。あくまで99%有り得ないと言った。

しかし、これは製作陣の作った落とし穴とも言える。

 

元々デスゲームのために作られていないこのゲームは、レベル設定こそ厳格であるものの、ごく稀にシビアな展開がある。それはプレイヤーが「ああこんなことも起きるのか」とワクワクさせるためにるもので、決して死なせに来ているのではない。

この毒玉も基本は当たらないが、それは玉の形を工夫して、物理エンジン的に斬った反対方向、つまり弾いた張本人がいる方向には飛び散らないようにしただけだ。

普通では有り得ない方向で斬れば、その99%有り得ない毒状態になり得る。

 

βで斬った張本人の真正面に丁度入ってきて毒になったという人がいて、それが原因で99%になっている。

 

けれども、その毒の効果までは流石に知らないもので、恐る恐る重複毒アイコンを確認する。

 

レベル2・・・重複毒。

 

デバフはレベル1重複毒と、レベル2毒になった。

この毒玉は毒沫と違いもろにに当たるとレベル2になる・・・と。

 

限界まで集中した世界では一秒の密度はすさまじく、俺は破裂した玉のまた次の玉の対処には十分の猶予があった。

 

体を奮い立たす。

重力で飛んでくる途中毒滴を垂らす紫の毒玉に狙いを定め、パリィを成功させるためにピンとくるときを狙って目を瞑る。

 

ギィィィン!

轟音が木々のあいだを抜け、(ほとばし)った。

 

スパークが連鎖すると、金属毒弾は斜めの方向に消えていく。

 

それを確認する途端に次の玉は近づく。これを10秒ほど続けその間にナギナの体制は戻った。

 

「離れて!近いと俺の剣があたるぞ」

「うん。別れないと二人分が来るからね」

二人の距離が離れると、俺は自分の対処する必要がある攻撃だけに脳を使用させ、極力パリィで敵に毒が当たるために努める。

 

————10分が経った。

 

もう1.5倍速に馴れた。というかこれが普通になった頃だ。

一部弾けないものも存在したが、それでもHPバーを捉えれるぐらいに成長し、現在のデバフはレベル1の毒が三重、レベル2の毒一重と上々な出来だ。

 

だがこれが10分も続いたらもうHPバーは6割以上減っている。合間に一度交互にくる玉を一人で受け止めて交代で治癒POTと解毒POTを飲め、治癒ポーションは、ナマケモノのように減少の遅いレベル1毒二つ分は受け持ってくれていた。

———お蔭で現在までの5分は実質レベル1毒とレベル2の毒で、これからも解毒POTが効いて変化無し。

 

尤も、レベル2の毒は今の俺達のレベルには過剰に強く、第一ひとランク上のPOTでないと分解できないため緊迫感は漂うばかりであるが。

 

いい加減ミスをしなくなった俺は、自身でも思う華奢な腕を振ってパリィをした。

柔らかい。金属ナシだ。

そろそろ敵の二本目のバーは半分を下回ろうとしており、俺達はパターンの変化への警戒心を無言で、目を合わせるだけで承知する。うん、と。

 

危機的状況に陥ったときに忘れてはならないことは、冷静さを保つことだ。それができているから俺とナギナはHPがレッドにならずに済んでいる。

 

———昨日のレベリングで何度か小規模なギルドかパーティーを前の街で見かけた。そこで分かった雰囲気とはHPが切る時点でもうヤバいと思った方がいいということである。

 

俺はβ時代の知識でHPが切る、イエローゾーンになったら休みを取って回復するを勿論心得ていたけれど、その重みは正式サービスでは幾分増していることは薄々気付きながらも理解はできていなかった。

しかし今回は、今回だけはその新しい考えを無視せねばいけなく、ポーチではなく剣を信じる。

 

☆   ☆   ☆

二人合わせて20は毒玉をパリィしただろう。ついに自らの放った毒で力尽きたヘドロモンスターのこと《ザ・フェイタルスライム》はその3mの巨体を輝く水色の破片に変えた。

そして、アバターの周りを円状に黄色い半透明の幕が覆い、おめでとう!を意味する英語と短い賞讃音楽が鳴る。レベルアップだ。これでLv9になった。

 

ナギナも後半は前半よりも大きな音で毒弾を弾いていて、それはパリィが少なからず成功していることを表していた。ナギナが五つの金属ナシを破壊し終えたときヘドロモンスターは死んだ。

でも最も引っ掛かるのは、あのおじさん、《釣り》を教えてくれる人のアドバイス、核心を付け、はなんだったのだろうかということだ。

レイジスパイクを当てたとき、俺は微調整をし確かに中心を突いた。

 

もしかしたら九層のヴォミーティング・スラッジからの剣が効くかどうかを脳内では優先していたため3センチほど外れていたかもしれない。

———やっぱりそれではない気がする・・・

 

勝った余韻に浸りながらも試験で解けない問題があったときのように悩んだが、埒(らち)が明かないと判断して、結局ナギナに訊いた。ナギナも同じ事を考えているだろうから。

 

「パッとしない。あのおっさん、心臓を突けって言ったのに全然関係なかった。あのとき別のことも考えていたから完璧に突いたっていう自信はないけど目で見るかぎりは中心だったと思う」

「ん、僕から見ても外した感じじゃなかったしそんな難しいことなのかな」

弾くことのみを視野に入れさせて、本当の攻略法は真ん中を狙うこと。それはないことはないというのも頭を過ったので即時伝える。

「攻略法違ったんだと思わないか?心臓だけ狙うのが正解だったんだ。・・・せっかく弱点知ってたのに九層のスライムのことを考えていたし。ほとんど」

かもねとナギナは頷く。

 

「それはそうとキリト、この毒、いつ消えるの?全然無くなる気しないけど何分続く?」

「20分。それアイコンの絵がちょっと危なそうでしょ。あと端っこにラテン数字で2ってあるだろ」

「うんある、確かムーンウォーズで映画の1とか2の話数はこういう感じだった」

「そのⅠとかⅡでも毒のレベルが分かる。まあみんな数字を見るけどね。ちなみにレベル3もあって30分続く」

 

30分!と驚くナギナに詳しい情報も教えて、もっとビビらせようと思い、こう言う。

「———ダメージはⅠがⅡに上がるとに毎秒1ドットが5ドット、Ⅲは30ドット減る。正直Ⅲともなると減りが早すぎてヤバい。十層まで出ないけどな」

 

毎秒50で30分というと・・と計算しようとする少年に、俺は地面に残る毒溜りを見つめながらとっくに暗記したその恐ろしい数字を教えた。

「Lv1は600。2は6000。3は48000」

6000・・?・・・!

治癒ポーションは1000の回復量でそれを三本飲んだ。俺が今持っている毒は1が4重と2、合計ダメージは8400。で実質的に減るのは大体5000になる。現在までに減ったのは1400ほどだと予想し、理由はそうでなければ俺は今生きていない。

 

 

毒スライムを倒した時点でLv9に上昇した俺達は基礎体力1940の防具含め殆(ほとん)ど2000だ。

レベルが上がった時点で体力は全回、基礎体力も140底上げされた。

が、今もなお毒の効果は消滅しないため、このレベル2毒をどうにかして解毒しなければいけない。

いや、解毒は今は絶対にできないから方法は——圏内に入るだ。

 

そうだ。早くレベル2毒を消さなければ、減少はまだまだ続く。これから減るのは3000近いHPで、現在体力は1700を割っている。

 

与えられた猶予は7分。

その時間が分かった瞬間、一秒も無視できない即刻ナギナに言った。

「もう7分でHPが尽きる。早く街に帰らないと死ぬ」

 

息をのんだ様子でナギナはその意味と状況を一瞬で把握し・・・ていなかった。

「ちょ、ちょっとどういうこと?君が急に言うものだから分からない」

「状態異常はレベルの上昇では治らない。だからさっきその話をしていたんだ。今すぐに街に突っ走って圏内に入らないとこの毒は消えない」

ますます分からないといった顔でナギナは首を傾げる。

「でもポーションで解毒できないの?POTまだ大量にあるよ」

「昨夜言ってなかったっけ?そのレベル2の毒はハイポーションじゃないと消滅しない」

 

 

僅(わず)かな沈黙は三秒だった。

「じゃあ治癒POT飲んだら」

 

・・・そうだった。

 

それを忘れていたことは謎。っていうか少々恥ずかしいが、その後は普通に治癒ポーションを飲み、ドロップした毒スライムの心臓を抱えおじさんの(もと)にクエスト完了、報告をしに行った。

 

☆   ☆   ☆

「これで釣りもできると・・?」

あれ、池を汚した諸悪の根源は抹殺したけれど池の汚れは取れないよね。

「・・・忘れていたけど池綺麗にしないと釣りできない。あれ、まず汚い池に魚っているんだっけ?これから掃除クエストがあって綺麗にしても魚を釣れるようになるには一年はかかるよね・・・?」

 

二人して毒スライムの抹消を依頼したおじさんをじーっと見る。

「——お前さんたち、あの悪魔の心臓は持っているかい?奴の心臓は何もかもを元の状態にすることができる。だから心臓を池に浸けてほしい」

・・・?

溜息のつく話だ。あのどす紫いモンスターの心臓を浸けろと。

とはいえ見た目で中身を決めつけるのはいけない、案外心はピュアなのかもしれないし。

はい分かりましたと返事をし、早々にウインドウを開いた。

 

SAO独特のピ——とかピッと音が数回出た後、心臓は実体化する。

空耳か、ボッと聞こえた。

アイテム名は《ザ・フェイタルスライムの心臓》で手の中で浮きながら、ゆったりとした速さで横回転している。

 

手を動かすとその心臓も遅延を起こしながらも付いてきて、腰を下げて手を下ろすとそれはまたもやボッと、あたかも光沢があるように(ほの)かに艶めいた。

 

これでクエストは一度区切りがつき、明日からは釣りの修業が始まる。ナギナの顔を伺い彼が顎を引くのを確かめてから手を開く。

 

際してあっという間に以前の姿になった池にはどこからか湧いたのか魚系モンスターがいた。

———湧いた、は言い方が適切ではない。単純にスポーンするようになったのだ。

 

「おお、有難い。これで私も釣りを楽しめる。今更にはなったが元々釣りを教えるのだったな。釣りはたいして難しい技術ではない。君達も直ぐに会得できるよ」

ナギナは俺と顔を合わせ、

「お願いします」

と言う。

 

☆   ☆   ☆

夜。

昨日は倒して後解放された俺達はいつも通りのスケジュールで攻略を進めた。何気に攻略は終盤に入りつつあり、ちらほら俺達の最前線にプレイヤーを見かける。

 

大多数と干渉していない、というより干渉しないこのコンビが知っているのはフィールドに人がいるかいないか程度で、分かるのはプレイヤーの様々な意味でのレベルと雰囲気だ。

 

経験値が目に見える形でも見えない形でも溜まり始め、加えて今日いっぱいは新しいスキル《釣り》の獲得に(はし)る。

 

順調に進んでいてもベータテストのときの進行速度には全く敵わない。一か月で十層まで進んだのに対し、二回目は一か月でやっと一層が攻略できるかできないか。だ。

 

脳を巡らせていると、今度は今日中に釣り習得クエストを終了できるか心配になってきた。とにかく悩んでいるよりはよ進まないと考えた時間こそ無駄になるので、さっさとナギナを起こし、宿を出る。

 

———そういえば今日は俺が先に起きた。久しぶりだ。

ちょっとした優越感を感じ、今日は釣りの修業が待っていることを思い出す。結局薄々、うっと気分が落ちた。

理由は、幼い頃に家族旅行で訪れた山中の釣堀で驚くほどの暇時間を過ごしたからだ。もっと魚がバンバン引っ掛かって、釣れない釣れない釣れない・・・釣れた!というもっと濃い時間だと思っていて、けれどもいざやってみると釣りは待つばっかり。

 

中学二年にもなって幼少期よりは待つことに慣れたが、何時間も経てばそわそわしそうだ。

 

「なあナギナ。お前って釣り好き?——あれは多分、将来仙人になるための修業の一環だと思うんだけど」

「仙人ねえ、そこまで嫌いならこのクエスト受けなければよかったのに。最初ルンルンだったじゃん」

「ま、まあね。まあこれは攻略の道のりだしー」

「そう」

(俺が好きかどうかは)興味の無いナギナはすたすたと早歩きで行くのを観察しているとどうやらナギナはそれなりに楽しみなのかなと感じる。マジかよとこそっと心の奥深くで吐いたのはさておいて、そういえばナギナには本来は必要のない《釣り》をわざわざクエを受けてまで取得する理由を教えていないことに気付いた。

 

☆   ☆   ☆

「よっ・・こいしょ」

年を取った爺さんのように間が空くほど、それは重かった。

《釣り》を取得するために一層で時間を割(さ)かなくても、《釣り》はボタンをポチッと押すだけで獲得できる。つまりは特別、クエストをこなさなくてもいいのだ。

βのときから重いその魚を捕ってまでもここで取得するには意味がある。

 

このクエストは《釣り》の上位版、《名釣り》が取得でき、通常版を取った後だと10層が開放されるまで挑戦できないと、条件付きだ。

 

皆基本飛ばす、いや目もくれなく釣り自体重要ではないが、俺はちょくちょく《名釣り》を持っている人を羨ましく思っていた。戦闘派の俺は娯楽(ごらく)回復(かいふく)の役割がある釣りスキルは普通に考えて要らない。

しかし、しかしだ。この『名釣り』捕った魚を食べるとHP、MPだけだはなくバフが付き、ステータスの一時的な上昇の他、超ド級魚を食べたときは名釣りだとステータスが上昇するというのもある。勿論、一時的ではなく永続的にだ。

 

攻略を有利に進められる名釣りで釣った魚、通称「名魚」は通常版よりも美味く、食べたときの効果まで上だというならゲットするしかない。

 

あの時は十層まで《釣り》のままで、十層が開放されたのもベータテストが終了する間際だった。残り数日のうち、半日を釣りに費やし、《釣り》から《名釣り》になったときは感動ものだった。魚は美味いし、バフはスゲーと。

このクエストを受ける前に《釣り》を取得したことを涙ながら後悔した俺は、正式サービスが開始されたら一層のうちに受けると決めていた。

リアルでの経験でクエは大層詰まらなく、

 

そして、今は期待と憂鬱といった心情である。




ちょっと「ソードアート・オンライン プログレッシブ」というタイトルが引っ掛かりそうなの考えておきます。

誤字脱字報告よろしくお願い致します。

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