……どれだけ時が経っても一向に成長しないのはマジで罪。
「てれてれれれてれてれてーれーれーれー、てれてれてれてれてーれーてー」
「ねぇ『ギッハ』ちゃん、それ何の曲〜?」
「知らな〜い」
「そっかー」
数えるまでもない程の数しかない星が照らす
「それよりさあメイちゃん、そろそろ
「わかるー。最初の頃は新鮮な感じがしたけどさー、毎日来てると新鮮味無くなるよねー」
『メイ』と呼ばれた少女は、目を瞑ったまま気怠げに答えた。ナイトキャップにも似た紺碧の帽子と肩に届く程の青いウェーブセミロングが、風に吹かれて静かに靡く。
その後も暫く二人で仲良く風に当たっていると、何かを思いついたように突然にかっと笑い、『メイ』に『ギッハ』と呼ばれた少女が信号機を軽く揺らしながら立ち上がった。ただでさえ面積の少ない信号機の上なので、大半の人間は少しの揺れでも
尤も、飛行能力を持つ彼女達にとっては恐怖も何もないのだが。
「ギッハちゃん、どうかしたの?」
「私考えつきました! この飽きを何とかする方法!」
「おっ、何々〜?」
「私達が
「わーぱちぱちー」
「だからもう今日は早く帰るよー」
「今日っていっても、もう0時過ぎちゃったけどね」
「え! 嘘!?」
「嘘だよ〜」
「なあ〜んだびっくりしたぁ〜……」
「あ、今ちょうど0時になったね」
「え! 嘘!?」
「ほんとだよ〜」
「そこは嘘だよ〜って言って欲しかったなぁ……」
ポリポリと頭を掻きながら、ギッハは右手を虚空に翳す。信号機が青に変わったのと同時に、ギッハの目の前の空間が大きく裂けた。両端がリボンで結ばれたそれは、幾つもの目と濃い紫色が広がる空間を見せていた。現代の人間からすればこの上なく奇妙な見た目だが、少女達は意に介さず空間の裂け目へと足を踏み入れる。
二人が完全に裂け目の中に消えると、それはゆっくりと閉じてまるで最初から何も無かったかのように
「あ、『さとり様』! おはようございます!」
「おはよう『お燐』。昨日はよく眠れた?」
「はい! それはもうばっちり!」
「そう、それは良かった」
幻想郷。現世で忘れ去られた者が最後に辿り着く、忘れ去られた者の為の楽園。
……と言えば聞こえは良いが、実際は人間に存在を忘れられかけた『妖怪』が生き永らえる為の場所を誂えただけに過ぎない。人間、妖怪、神……。様々な種族が共存する
だが、妖怪達も無闇に取って喰うような阿呆ではない。何せ、幻想郷は『日本』から隔絶されたその時から、『外』と比べて文明の発展が致命的に遅れている。幻想郷の誕生から数百年を経た今でも江戸時代末期ほどの生活を続けているほどだ。幻想郷の外に出れば、進みに進んだ現代科学の尖兵が牙を剥くことだろう。
しかし、幻想郷を創造したのは『妖怪の賢者』……即ち、人間とは相容れない存在だ。そんな存在が、漸く誕生した自分達の世界の自由をそう易々と捨てる筈はない。だからといって、餌であり幻想郷を存続させるキーとなる人間を無秩序に蹂躙することもできない。勘案した妖怪の賢者は、ある提案を持ち掛けた。
これからは『外』から定期的に攫ってくる人間のみを食料とし、幻想郷に住まう人間には一切手出しをしない、というものだった。人間たちはそれを飲み、賢者達が用意した『人里』で現在も平穏な日々を過ごしている。
「そういえば、『お
「お空なら物凄い速さで仕事を終わらせてから、ついさっき『地霊殿』を飛び出して行きましたよ。なんでも、『チルノ』たちと遊ぶー、とかって」
「何か一言でも言ってくれれば良かったのに……」
「そうですよねー……あ、じゃあ、あたい仕事があるんで、これで」
「うん、気をつけてね」
それでも、皆が皆幸せに暮らせているかといえばそうではないのかもしれない。例えば、先程から会話をしている『
他者の心を読む妖怪『
最初の内は傷付いていた彼女だが、次第に迫害されることに慣れていった。慣れてしまったのだ。今では、どれだけ毒を吐かれても微塵も気に留めなくなった。
そんなさとりであるが、彼女には一人、世話の焼ける妹が居た。
『古明地こいし』だ。こいしもさとりと同じく覚妖怪として数えられるが、さとりと決定的に違う点が一つあった。古明地こいしは、覚妖怪でありながら心を読むことが出来ないのだ。
……いや、『出来ない』という表現には少し語弊がある。『出来なくなった』の方が正しい。かつては姉と同じで心を読むことが出来ていたが、何らかの理由でこいしは覚妖怪であることを辞めてしまった。
そしてこいしは、誰にも意識されない、何も意識しない無意識の存在へと変貌してしまった。以後の彼女はフラフラと幻想郷中を彷徨い、いつの間にか地霊殿に帰ってきてはまた出かけてを繰り返している。
『無意識』になった妹の心を読めなくなったさとりは、常に妹の安否を気にかけるようになった。
「こいしも、この前帰ってきてからもう───」
「わふっ!?」
「ひゃあっ!?」
「きゃあっ!? ……びっくりした、一体何なの……?」
「痛ったぁー……はれ? ここって……
さとりが数日前に妹と食べた晩餐を想起していたその時、突如として目の前に二人の少女が
一人は先端に真っ黒な太陽の飾りが付いた紺碧のナイトキャップのような帽子を被り、群青色のベストのような服とインナー、ギリギリ膝に届く程度の丈のスカートを身に纏った青いウェーブセミロングの少女。
もう一人は、リボンが巻かれた白一色の帽子に同じく真っ白なセミロング、
こちらは、古明地こいし本人ではないかと思えるほどこいしに酷似していた。……服装やら、色合い以外は。
「こいしが……もう一人……?」
あまりの似ように、思わずさとりが声を漏らす。それに反応したのか、こいしに酷似している少女は徐に立ち上がり、軽く砂埃を払いながら口を開いた。
「んーと……まあ、私は『裏想郷に於ける古明地こいし』なわけだし、そう思うのも無理はないよね」
「えっ? それってどういう……」
「もーギッハちゃん、「ほんとに大丈夫?」って、あれほど聞いたよね? なのにこんなとこに出ちゃって……」
「あはは、ごめんって。でもさ、ほら、そのお陰で
「もー、しょーがないなー……」
もう一人のナイトキャップの少女が、眉を顰めてこいしに似た少女とさとりの会話に入り込んできた。手を合わせて姑息な謝罪をするこいし似の少女に、やれやれといった表情で腕を組みながら近づいてくる。さとり達の近くまで来ると足を止め、そのままさとりの方を向いてゆっくりと頭を下げた。
「えっと、まずはごめんなさい。急に来ても驚かれるのは当然だし……」
「え、いやその、ちょっとびっくりしただけだからそんな丁寧に謝ってもらわなくても良いっていうか、その……」
「うーん、これは
ナイトキャップの少女に習ってこいし似の少女も頭を下げる。良心の
「えっと、じゃあ……まずは、自己紹介からしてもらえるかな? あと、なんでここに来たのかとかも教えてくれると嬉しいな……」
出来る限り優しく、赤子をあやすような声音で二人に話しかける。するとこいしに似た少女が小さく頷き、もう一人の少女に目配せをしてから自己紹介を始めた。
「うん、じゃあ私から。私は『
「……あ、次私か。私は『メイユール・ラルカンシエル』。ギッハちゃんに連れられて来たただの騒霊だよ。よろしく〜」
「裏想郷……? ……まあ、話はあとでゆっくり聞くとして。とりあえず、よろしくね。もしかしたら知ってるかも知れないけれど、私は『古明地さとり』。よかったら、憶えて帰ってね」
「大丈夫、もう知ってるよ〜」
ピンク色の髪を軽く揺らしながら自己紹介をするさとりに、ギッハはにっこりとした表情で返す。こいしと同じく心が読めない存在であるギッハの絶えない笑顔が、少しだけ怖く見えてしまった。
それを知って知らでか、ギッハは唐突にさとりの手を取って眩しいほどの笑顔を更に輝かせ、はしゃぐような声で自身の望みを吐露する。
「さて! 私たちが
「あ、それ私も知りたーい! 教えて教えてー!」
ついさっきまでのしおらしい様子とは打って変わって、メイも混ざって子どものように騒ぎだす。同じようにはしゃいでいるわけではないが、その
せっかくこの地底に来てくれたのだし、何かでもてなしてあげたい。そう考えたさとりは、困ったような顔を見せながらも必死に計画を脳内で立て始めた。
「うーんと……じゃあまず、この地底の案内から始めようかな。『勇儀』さんや『パルスィ』さんにも会わせてあげたいし……」
「じゃあそれでけってー!」
「れっつらごー!」
えらく張り切った二人の様子に、さとりは思わず微笑を浮かべた。
地底に構えられた、そこそこの規模の居酒屋。地底には人間が居ないためか、店内は様々な見た目の妖怪たちで賑わっていた。
その『妖怪』の中には、カウンターの席に座って飲んだくれている二人の『鬼』も勿論含まれている。
「ほら『勇儀』、イッキして! イッキ! イッキ!」
「ったくしょうがないねぇ、あとで『萃香』もやりなよ? んじゃあ、せーのっ!」
「うおおお! すごいぞ勇儀ー!」
「こんにちは」
「たのもー!」
「たのもー!」
鬼の一気飲みで盛り上がっていたカウンター席の視線が一斉に店の入り口に向く。入ってきたのはさとり、そして鬼二人や他の来客たちにとってはじめましてなギッハとメイだ。
メイの方は兎も角、ギッハはさとりの妹にあたるこいしに
「こいしっ……!? どうしたその姿! イメチェンでもしたのか!?」
「あはは、こっちの【カレッジ】は積極的だねぇ。お姉ちゃんに見せたらびっくりしそう」
「【カレッジ】……? 何のことだ?」
勢いよく肩に掴みかかって質問を投げかけてくる勇儀に、ギッハは張り付いたような笑みを返す。しかし聞き覚えのない言葉に困惑し、勇儀は掴んでいたギッハの肩を離してしまう。
それを掴み返し、ギッハは手を振り回しながら名を名乗った。
「まあ【カレッジ】のことはとりあえず置いとこう! 私は新暗天ギッハ! あっちに居るのは友達のメイちゃんだよ。よろしくね!」
「お、おお……なんか、こいしの見た目で違う名前ってのは慣れそうにないが……まあよろしく。あたしは
「
「まあなんだ、せっかくここに来たんだし、三人も一緒に飲みなよ。勘定はあたしがするからさ」
「よーし、じゃあ皆で飲もう飲もう!」
「……元気だなあ」
「ま、ギッハちゃんはいつもあんな感じだけどね〜」
ギッハはカウンター席に飛び込み、三種類ほどの酒を注文する。それから慌ててカウンター席に座るメイにおしぼりを投げ渡し、酒が運ばれるまでの間に足をパタパタさせながら勇儀たちと談笑を交わしていた。
「んー……良い感じに酒が回ってきたなあ、こんなに気分が良くなるとひと暴れでもしたくなるな。そうだろ萃香?」
「そうだねぇ、やりたくなっちゃうねぇ。……そうだ! 折角だしさ、ギッハとメイのどっちか、私か勇儀と
「お、良いじゃん! 面白そう! 私やるー!」
凡人ならとっくに酔い潰れている量の酒を飲み干して尚余裕が有り余る萃香の誘いに、ギッハが意気揚々と乗った。にししと笑いながら店を出る萃香に、てくてくと着いていく。
「どう? メイはあたしと戦らない?」
「いいよー」
「そうかい。じゃあ勘定を済ませてくるから、先に店を出て裏の露地に居てくれ。多分萃香達もそっちに行ったと思うし」
「おかのしたー♪」
軽く浮遊し、メイは店を出る。その様子を心配そうな眼で見つめるさとりの肩をポンポンと叩いてから、勘定を済ませた勇儀がメイを追いかけて店を後にした。
「この辺まで来れば大丈夫っしょ! さあやるぞー!」
「おー!」
居酒屋の裏に広がる暗色の道。幅が広い割には人気が全くなく、閑散とした雰囲気がどこか哀愁感を感じさせる。数メートルほど距離を取り、萃香とギッハは対峙した。それぞれの真っ直ぐな瞳が、互いを捉える。
「じゃあ勇儀、審判頼んだよ?」
「あいよ。まあ、そんな審判とかするほどでもないとは思うけどね」
「さあやろう! 初めて幻想郷の人と遊ぶから楽しみ!」
「よしよし、じゃあいくぞ。よーい…………」
歓喜に身体を疼かせるギッハと萃香が、勇儀の声で戦闘体勢に入る。どちらからも、今にも走り出しそうな気迫が感じられる。
「始めっ!!」
「先手は貰ったっ!」
「わわっ!?」
勇儀の掛け声とほぼ同時に萃香が駆け出す。一秒も掛からずギッハの目の前まで距離を詰め、胸目掛けて拳が振り下ろされる。
あまりの速度に反応出来なかったのか、ギッハはその拳をモロに喰らってしまった。衝撃波が強風として周囲に広がり、その威力を知らしめる。
「ちょっ、ちょっと萃香さん! そんなに本気でやったら……!」
「んー、でも見た感じ大丈夫そうだよ?」
「えっ……?」
ギッハの安全を危惧したさとりを、メイが落ち着いた様子で諫める。心を落ち着かせながらよく見てみると、そこには萃香の拳を胸で受け止めたまま固まっているギッハが居た。
「……あれ、思ってたより痛くない……」
「……冗談きついぞ」
萃香としては、6、70%ほどの力で殴ったためにもしかするとギッハを殺してしまったのではないかという心配すらあった。だが、実際はそうではなかった。蓋を開けてみれば、傷付くどころか痛がっている様子すら見られない。
それを理解した瞬間、萃香は自身の顔がどんどん青ざめていくのを感じた。鬼の一撃を喰らって尚平然としている相手に近接攻撃を仕掛けるのはかなり分が悪い。一旦後ろに下がるのが賢明なのだろうが、ギッハがどんな攻撃を仕掛けてくるか分からない以上下手な動きは出来ない。
だが、とりあえず距離は取るべきだ。手を離し、萃香は空を飛びつつ後ろに下がって体勢を整えた。だが、ギッハの攻撃準備はそれよりも速かった。
「……じゃあ、次は私の番だね。本気でやるから……」
「そっちも、頑張って耐えてね」
『サードアイ』と呼ばれる左胸部の球体に、包み込むように両手を翳す。すると、ギッハの正面に両端がリボンで結ばれた空間の裂け目が現れた。幻想郷では、『スキマ』と呼ばれるものだ。
目を見開く萃香達を尻目にギッハはスキマから横向きの信号機を引っ張り出す。赤く光っていた信号機の光はすぐに青へと変わり、そして……
「うああああっ!?」
地底中に響くような轟音と共に、直線上に横断歩道にも似た長方形の窪みを断続的に作り出した。同時に、攻撃にやられて満身創痍になった萃香が重力に従って地面へと墜ちる。鳩の鳴き声の電子音声が、無機質に鳴り響く。
「うーん、やっぱり慣れない。鳴き声がするやつは歩行者用の信号機からなのに……ギッハちゃん、ちゃんと分かってるのかなぁ……」
「あの萃香さんが……たった一撃で……」
「……こりゃ驚いたね。メイも、あいつと同じくらいに強いのか?」
「正直よく分かんないけど、あの二人の戦闘を見るに……仮に勇儀と萃香が一緒ぐらいの強さだったとしたら、言い方悪くなっちゃうけど勝負にもならないと思う」
「……そうかい」
メイの言葉に説得力を感じたのか、勇儀は哀しげに声を漏らす。萃香とギッハの戦闘を目の当たりにしてメイとの戦闘を諦めかけていた勇儀だが、地面へと落とした視線は轟音を聞きつけてやってきた少女達に向くことになった。
「何の音……?」
「『こいし』ちゃん、あんまり近づかない方が……!?」
そこに現れたのは、二人の少女だった。ギッハに非常に良く似た格好でこちらを見つめる少女と、細枝に宝石がぶら下がったような羽根を持つ金髪灼眼の少女。『古明地こいし』と、その友人『フランドール・スカーレット』だ。
「私が……もう一人……!?」
姉と同じ反応をしながら、こいしは駆け足気味にギッハへと近づいていく。ギッハが気付いて振り返る頃には、こいし達は既に残り1メートルほどの距離まで近づいていた。
「あ、あなたが幻想郷の『私』? 漸く会えて嬉しいよー」
「幻想郷の……私……? 一体どういうこと……?」
状況をまるで理解できていないこいしを置き去りにして、ギッハだけが楽しそうに満面の笑みを浮かべていた。
裏想郷──夕方
「よーっす、この時間に
「……『神社は遊び場じゃない』って、何度も言ってるわよね。何回言えば解るの?」
「多分一生分かんないと思うぜ。何せ、私は遊びに来てるわけじゃないからな」
「……暇潰しの場でもないんだけど」
「でもちゃんと応対してくれるだろ? だからつい来ちゃうんだよなぁ」
「……じゃあこれからはしないようにする」
「それは困るな、居心地の良い場所が一つ減っちまう」
「あっそ」
「冷たいなぁ……。そういや【
「……あんの結界荒らし常習犯共が……」
「幻想郷の私……一度でいいから会ってみたいな。向こうのギッハやメイがどんな奴かも気になるし。【禮】も気になるだろ?」
「……別に」
「またまたぁ〜。それに、向こうの私達もそうだけど向こうの世界そのものがどうなってるのかも気になってるんだよな。もしかしたら、ここと違って人間と妖怪が仲良く───」
「【
「……それ以上
「死ぬほど妖怪が嫌いだってこと」
二の目 新暗天ギッハ
無意識を操る程度の能力