裏想郷、されど理想郷に非ず。   作:青ずきん

3 / 6
地の文とセリフの比率が4:6くらい(主観)になってる台本回です。
説明もめっちゃあって、酷い回です。


ep.3/2「夜の魔女」

「よう禮、体調はどうよ?」

「……また来たの? くだらない用なら帰って」

 

 ほぼ真上まで太陽が昇った、裏想郷の昼下がり。裏想郷の最西端に位置する『魄零神社』に、夕立毬華は暇を潰しにやって来ていた。

 幻想郷の『博麗神社』とは違い、ここには妖怪が一切近寄らない。何故かと問われれば、多くの人間は「巫女である魄零禮が『人間(よわき)を助け妖怪(つよき)をくじく』をモットーとしているから」と答えるだろう。過剰とも思えるような禮の『妖怪退治』は、批判こそあれど大半の人間からは支持を得ている。

 

 ただし、ここで言う『近寄らない妖怪』というのはあくまでも弱小妖怪に限った話だ。何事にも例外というのは存在する。この場合の例外というのは、間違いなく()()のことだろう。

 突如禮達の眼前に広がった魔法陣から、一人の少女が現れて禮の元へとゆっくりと歩いてくる。

 

「おっはろはろ~禮ちゃぁ~ん、元気してるぅ~?」

「黙れッ!」

 

 怒号とともに、禮は桃色の魔法陣から現れた黒服の少女へと飛び掛かる。

 首や腰に巻かれている薄汚れたピンク色のリボンを除き、全身の殆どを黒一色で染めた比較的長身で人形のような容姿の少女。白いカチューシャと左目のすぐ横の白髪が特徴的で、光のあまりない桃色の瞳は禮の姿を強く捉えている。

 三系禁術『堕鬼刃』を発動し、心臓目掛けて黒い炎を振るう禮だったが、黒服の少女は意にも介していない様子だった。

 

「んもぅ~、乱暴なんだから……もうちょっと女の子らしく、淑やかにいきましょう?」

 

「……アンタにあるのは淑やかさじゃなくて性欲でしょ? 神社(うち)は変態の出入りを禁止してるの。解ったら今すぐにここから立ち去りなさい」

 

「ん~、罵倒としては35点ってところかな。もうちょっと鋭く言った方が良いんじゃない?」

 

「アンタの気色悪い趣味に付き合う気はないわ。殺されたくなかったら今すぐ消えなさい」

 

「んふふ、殺せるの?」

 

「……」

 

「その辺にしとけ【ハンプ】、今は昼なんだし禮と()るのはお前にとってもあまり分がいいとは言えないぞ」

 

「そうねぇ、毬華ちゃんがそこまで言うのならこの辺にしてあげる。『淑やかに』いくのが女の子だもの」

 

 静かに禮から離れ、黒服の少女───ハンプ・フラワーラビットは縁側に腰掛ける。禮の睨みも気にすることなくくつろぐ様は、余計に禮の怒りを誘った。

 

「……んで、結局ハンプ(お前)は何しに来たんだ? そもそもとして夜以外に外に出ること自体珍しいのに」

 

「そりゃあもう、幻想郷から来た子たちのことを聞かせてもらいに来ただけよ。()()()の禮ちゃんとか絶っっっ対可愛いだろうしねー♪」

 

 ハンプは子供のように足をバタバタさせながら、満面の笑みでそう言う。暫くバタつかせていると、思い出したかのようにハンプが禮達の方を向いた。

 

「そうだ、そういえば私さ、今度幻想郷の子たちが来た時に、その子たちを襲ってみようかな〜って思ってたんだけど……二人もどう? 絶対楽しいと思うわよ?」

 

「アンタ一人でやってなさい。でも、もしそいつらが人間だったら……その時は、達磨になる覚悟をすることね」

 

「あらあら、達磨で済ませてくれるなんて優しいのね。私キュンときちゃう」

 

「キモい」

 

「あん辛辣ぅ〜……毬華ちゃんは?」

 

「悪いが私もパスだ。勝手にやっててくれ」

 

「もー、二人ともつれないんだからぁ……」

 

 やれやれとでも言うように両手をひらひらと振り、鳥居に向かって歩いていくハンプの瞳は輝きに満ち溢れていたが、それを見守る禮と毬華の瞳はこれ以上冷めようのないほどに冷めていた。

 

 

 

「さて、啖呵切って『解決する〜』とかって言っちゃったけど…………まずは何から始めるのが正解なのかしら」

 

 ほぼ時を同じくして、博麗神社の巫女・博麗霊夢は、『裏想郷異変』の解決の糸口を探していた。

 だが、そもそもとしてなぜ彼女がこの異変解決に乗ったのか。その一番の理由は、彼女が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことにある。

 

 のちに確認して分かったことなのだが、裏想郷は幻想郷と線対称になるような形で存在していたらしい。幻想郷の地底で地面を掘りまくっていればいつか裏想郷の地底へと繋がる、つまりはそういうことなのだ。別次元にあるわけではなく、幻想郷の地面と裏想郷の地面は繋がっている。それほどまで幻想郷の近くに存在していた世界であるにも関わらず、その存在を些少でも感知できないというのは明らかにおかしい。

 この謎が、博麗霊夢を動かすトリガーとなった。始めはただ不思議な世界とだけ映っていたのが、世界の根幹に関わるかもしれない謎に変わったのだ。なんとなくで請け負っていた霊夢に火をつけたこの謎の答えは、果たして何処にあるのだろうか。

 

「霊夢さーん! おはようございまーす!」

 

「うん? あれは……早苗?」

 

 などと考えていると、両手を左右に大きく振りながら早苗が空からやってきた。音もなく地面に着地すると、急いで霊夢の元へと駆けて行く。

 

「聞いてくださいよ霊夢さん! なんとですね、ギッハさん達が私達をまた裏想郷に連れていってくれるそうなんです!」

 

「えっ、それ本当?」

 

「はい! 向こうの魔理沙さんにああは言ったものの、やっぱり情報がないと何もできませんし……」

 

「……あはは、私と一緒じゃない。まあいいわ。それで、ギッハは何処に居るの?」

 

「ここに居るよー!」

 

「うわぁっ!? ……びっくりした、そういうのやめなさいよほんと……」

 

「えへへー、ごめんごめん」

 

 霊夢の真横にスキマを開いて、ギッハが顔を覗かせた。そのまま耳元で叫ばれ一瞬動転する霊夢だったが、対するギッハは霊夢のお叱りに反省の色を全く見せていなかった。代わりに、眩しいほどの笑みを見せるばかりである。

 

「いやーほんとは幻想郷の観光でもしたいとこなんだけどね。でも、せっかく『裏想郷を救う』〜って言ってもらったんだから、それに全力で協力しよう! ってことで」

 

「それは助かるわ。向こうの私に襲われたのを助けてもらった手前、あんな辛そうな顔されたら断るわけにもいかないし……。だからといって何か案があるわけじゃないしで、ね。ほんと助かるわ」

 

「助けてもらう側だしね、当然だよ! えっへん!」

 

 鼻高々というようなギッハのドヤ顔はさておき、霊夢と早苗は今回の『幻想入り』ならぬ『裏想入り』についての話を進めた。今回の目的地は、珍しくギッハが場所を覚えている所らしい。前回のギッハ(先導者)すら何処に繋がるか分からない渡航よりかはまだ安心感を覚えられる。

 ギッハはスキマを開いてからほっと胸を撫で下ろした霊夢と早苗の方を見やると、目的地の軽い説明を始めた。

 

 その場所というのは、裏想郷に於ける『紅魔館』らしい。目の前に広がるのは『霧の湖』ではなく『晴天の湖』。どんな豪雨が襲ってきても、この湖にだけは雨が降らないんだとか。

 門番や図書館が存在するとも話していたため内部構造にはそれほど違いはないと思われるが、問題は向こうの紅魔館連中だ。魄零禮のように、気性の激しい住人が居ては困る。

 

 しかし、ギッハ曰くそんな荒々しい人物はいないらしい。寧ろ消極的な性格をしている住人しかいないとも。

 覚悟を決め、霊夢と早苗は二人同時にスキマへと飛び込んで再び裏想郷へと足を踏み入れた。

 

 ……悪魔の館、【蒼魔館(そうまかん)】へと。

 

 

 

 スキマが繋がっていたのは、ちょうど蒼魔館の目と鼻の先にある晴天の湖だった。二、三分も歩けば門へとたどり着けるような距離だ。霊夢達は話に聞いていた通りの場所であることに安堵したのも束の間、眼前に広がる暖かみをまるで感じられない色をした邸宅に対し言いようのない不安感を覚えてしまう。

 

「ここが……裏想郷の紅魔館……」

 

「めっちゃ……青い、ですね……」

 

「ええ……まさかとは思うけど、館の色が青だから住人も落ち着いてるというか……静かというか、そんな感じなの?」

 

「流石にそんなことはないよー。まあ強いて言うならー……この館の持ち主さんの趣味……かな?」

 

「……まともな趣味だと良いんだけど……」

 

 ぶつくさと呟きながらも、霊夢達は門の方へと一歩、また一歩と歩を進めていった。

 数分歩き続けることで、特に何事もなく館の門の前に到着した。……のだが。

 

「……寝てるわね」

 

「……寝てますね」

 

「いつものことだよー」

 

 肝心の門番が門の前で堂々と居眠りをしているのだ。それも、横になった状態で。見るからに酷い寝相をしており、殺気も緊張感も何もない。

 この世界で、こんなのが本当に何年も門番を務めてきたのだろうか? 霊夢と早苗の心の内には、既にそんな心配が生まれていた。幻想郷でも【美鈴】はよく居眠りをしていたが、流石に横になったりはしていなかった。

 

 狼狽える霊夢達を尻目に、ギッハはどんどん門に向かって進んでいく。背徳感のようなものを感じながらも霊夢達はギッハの後をついていくが、それを阻止する者が一人居た。右手を僅かに動かし、霊夢達の眼前の地面を少しだけ抉る。

 

「うわっ!? ……(あっぶ)な、誰がこんなこと……」

 

「さっき、一瞬だけこっちの美鈴さんの右手が動いたのが見えました。多分、あの人かと……」

 

「寝たまま地面を削ったって? ……冗談でしょ」

 

 再び、だらんとした格好で寝ている門番の方を見る。

 美鈴と比べて全体的に帽子や服装は薄ピンクに変わっており、サラッサラな金髪がふんわりとした印象を与える。……はずなのだが、だらしない寝相がそれを邪魔する。おまけに、軽く右手を捻っただけで地面に小さな穴を開けるような奴だ。

 

 どうせ通るのなら、早めに行くのが得策だろう。霊夢と早苗は飛翔し、空から門をくぐろうとした。しかし、蒼魔館の門番───睡美麗(シュイ メイリー)がそれを許さなかった。またもや右手を動かし、弾幕を放つ。

 

「…………こっわ。今の、本気で殺そうとしてたでしょ……」

 

 その弾幕は霊夢の頬を掠め、遥か上空へと飛んでいく。なんとか避けられたから良いものの、正直ギリギリだった。あともう少し反応が遅れていれば、天からのお迎えが来たことだろう。

 

 霊夢達が猛獣でも見るかのような目で美麗を見つめていると、突然二人に挟まれるようにしてスキマが現れた。スキマからは女性らしいきめ細やかな手が現れ、上下に動いて霊夢達を誘う。

 それが誰のものか察した瞬間、霊夢はため息を吐きながら早苗の腕を掴み、スキマに飛び込んだ。

 

 

「アンタね、美麗(あんなの)が居るって知ってたんなら最初からこうしなさいよ……」

 

「えへへ、私は普通に通れるからさ……二人のことちゃんと考えてなかったや」

 

「……はあ」

 

 スキマを開いたのはギッハだった。いつまで経っても霊夢達が館内に入ってこないのを憂いてのことだ。

 館内はかなり薄暗かった。照明らしい照明が無い上に、床も壁も天井も青い。一定間隔で備え付けられた窓から射す日光のおかげで、辛うじて前が見える程度だ。

 

「……! みんな下がってっ!」

 

 ギッハ達一行が正面に見える横幅のかなり広い階段に足をかけようとしたその時、霊夢は殺気のようなものを感じ取った。ギッハ以外が飛び退いた瞬間、霊夢達が居た場所に太いレーザーのようなものが一瞬だけ放たれる。

 

 轟音がやむと同時に衝撃で発生した煙が晴れると、ギッハの後ろには巨大な穴が空いていた。突然レーザーが降ってきたこと以上に至近距離で喰らっても平然としているギッハに対する驚きの方が若干勝っていた霊夢達だが、空から聞こえる声にまたもや驚破されてしまう。

 

「すごーい! よく今の避けたね……。まあギッハちゃんは避けてないけど」

 

「まあ避けるまでもないからね!」

 

「うーん、ちょっとショック」

 

「あれって……こっちのフラン?」

「そうっぽい……ですよね」

 

 現れたのは、黒いリボンが巻かれた同色のドアノブカバーのような帽子を被った灰色の短髪の少女。楽しげにこちらを見つめる灰色の瞳に黒い服、白いリボン。前面が白、側面と背面が黒いスカートを静かに揺らしている。

 背中からは黒い棒のような物が生えており、白い宝石のような結晶が垂れ下がっている。

 

「よっと。そっちの巫女さん二人、すごいね! 殺すつもりはなかったんだけど、まさか避けられるなんて思ってなかったよ〜」

 

「嘘おっしゃい、あんな殺気出しといて」

 

「あれ? 殺気とか出てた? だったらごめん」

 

「うん……それはいいから、取り敢えず自己紹介してもらえる?」

 

「あ、そうだったね。私は『ヴィシュカ・スカーレッド』。ここ蒼魔館の主の、【ヴィリア】お姉様の妹だよー。ところで、そっちの巫女さん二人は?」

 

「私は博麗霊夢。こっちのピーマンが東風谷早苗」

 

「ピーマンじゃないです!」

 

「ギッハに紹介してもらっててね、出来ればここの主……あんたのお姉様とお話しがしたいんだけど……できる? まあ、あんたでも良いけど」

 

「んー、まあ出来るんじゃない? 【裂飢(さき)】ー? 起きてるー?」

 

「なんスかこのクッソ眠い時に……ふわぁ」

 

 欠伸(あくび)を手で隠しながらどこからともなく現れたのは、気怠げな雰囲気のメイドだった。

 フリルのようなものがついた淡い黄色のカチューシャ、淡い水色のリボンに結ばれた淡い黄色の三つ編み。淡い水色のエプロンワンピースに付いた淡い黄色のフリルや前掛け。全体的に淡い色合いが目立っている。

 

 パステルカラーと言えば聞こえは良いが、本人の眠たげな様子と重ねるとどうしてもやる気のないように見えてしまう。実際、傍から見ても彼女の足取りはかなり重く、重病患者が病床から無理矢理抜け出してきたかのようであった。

 

「『お姉様とお話しがしたい』ーって言ってる人たちが居るんだけど、案内頼める?」

 

「えー…………嫌です。眠いです。お好きにやっててください」

 

「……あんた、それでもメイド……?」

 

「とりあえずメイド服着ときゃメイドなんですよ。じゃ私寝るんで。あ、お嬢様の部屋は、とりま階段登りまくって最上階に行って、そっから左に進んでけばありますよ」

 

 霊夢の投げ掛けを面倒臭そうに返してから、蒼魔館のメイド長『望夜裂飢(もちや さき)』は一瞬で姿を消した。

 ……本当に、こんなのがこれまでメイドを務めてこれたのだろうか? 門番に対して抱いたものと似たような感情が、霊夢の頭の中を駆け巡った。

 

「うーん、ダメか。まあでも、最上階の左端ってのは本当だし……」

 

「……あの、こう言うのもなんですけど……あの人、ホントにメイドとしての仕事ちゃんとやってるんですか……?」

 

「うん、料理とか洗濯とかはちゃんとやってくれるよ。まあ4割くらいはお姉様がやってるけど」

 

「……家庭的(?)ねぇ……」

 

「……さて。お姉様のお部屋も教えたし、私遊んでくるね〜」

 

「えっマジ?」

 

「マジマジ〜。ギッハちゃん遊ぼ〜」

 

「いいよー!」

 

「えっちょっと!? ギッハ(あんた)が居ないと私達幻想郷に帰れな───」

 

「……速いですね。もう館から出てっちゃいましたよ」

 

「……はあ。ギッハはあとで呼ぶとして…………最上階の左端、だっけ? そこにいる『こっち』のお姉様(レミリア)に、情報を貰いに行きましょう」

 

「……そうですね」

 

 諦めたような声を出し、二人はゆっくりと階段を登っていく。その足取りは、まるで裏想郷(この世界)のメイド長のように重苦しかった。

 

 

「……ここよ、ね?」

 

「はい。最上階まで上がってきて左に曲がってまっすぐ来たのがここですから……。まあ、違ってたらその時はその時で」

 

 蒼魔館の最上階左端の部屋には、何事もなくたどり着くことができた。意を決して木製のドアを軽くノックし、返事を待つ。

 数秒し、部屋の中から「どうぞ」という声が返ってきた。気品のある、穏やかな声だ。

 

 静かにドアを開く。が───

 

「誰も……いない……?」

 

 木でできた長方形の机と四脚の椅子、赤と黒の市松模様が目を引く大きめのベッド以外は何もない簡素な部屋。だが、よく見ると奥の方にガラスドアがあり、小さいながらもベランダが広がっていた。恐らく、ここから返答をしたのだろう。

 恐る恐る部屋に入り、霊夢達はガラスドアの方へと向かう。縁に手をかけて引くと、これでもかという程フリルがあしらわれた真っ赤なドレスを着た少女がハーブティーを啜っていた。

 

「いらっしゃい。……貴女(あなた)達が、『幻想郷』とかいう世界の子達ね?」

 

 爽やかな笑顔と風に揺られる青いショートボブが、荘厳な雰囲気を醸し出していた。

 

 

 

幻想郷───魔法の森付近

 

「クッソ、霊夢が居ないからって好き勝手しやがって……!」

「こんな時に限って居ないんだから……!」

 

 魔法の森の入り口にて、魔理沙とアリスは名も知れぬ異形の妖怪と対峙していた。普段は博麗の巫女(霊夢)の絶対的な力に委縮しているが、その“目”がなくなった瞬間これだ。

 愚痴を溢しながらも二人は懸命に圧倒的多数を相手取る。互いに背中を預け合い、弾幕や人形で妖怪の軍勢を退けていく。しかし相手をしている間にいつの間にか二人の距離は離れてしまい、背中を晒してしまっていた。この隙に付け入り、一匹の妖怪が魔理沙の背中目掛けて突撃する。

 

「魔理沙っ! 後ろっ!」

「んなっ!?」

「貰ったぁッ!」

 

 アリスの声で近付いてくる妖怪に気付いたのも束の間、その鉤爪は魔理沙の背中へと振り下ろされた。

 

「…………あれ? 痛く、ない……」

 

 確かに攻撃は行われたが、魔理沙が痛がる素振りを見せることは無かった。それもそのはず。何故なら、その攻撃は魔理沙には届いていないからだ。

 ……いや、正確には、届かないように防がれた、というべきだろう。

 

「……!? こころ!? なんでここに……」

「違うっ! こころじゃ……ない……」

 

 銀鼠色の薙刀で攻撃を防いだのは、【(はた の)こころ】らしき人物だった。『らしき』というのは、能面を被っていないことを始めとして本人とは異なる点が散見されるからだ。

 肩甲骨を越す鉛色の長髪と服は見る者に軽度の不安を与えており、更に濡れ羽色のスカートがそれを助長している。訝しげなオーラを放っているが、その姿を一番歪に見せているのはその右眼だ。

 位置の関係上アリスにしか見えないが、そのこころのような人物の右眼は何かに叩き割られたように砕けている。奥には黒い異空間が広がっており、異形の妖怪達と同等の恐怖感を感じさせていた。

 

「……ちょっとだけ、下がってて。大丈夫、すぐに終わらせるから」

 

 物哀しい微笑を浮かべ、魔理沙とアリスを遠ざける。何かを悟ったようにアリスが魔理沙の手を引いて少し離れると、こころらしき少女は静かに口を開いた。

 

「『一系禁術』…………

 

 

 

……『夢現想々(むげんそうそう)』」

 

 その瞬間、妖怪達は一瞬にして地面に叩きつけられ、そしてピクリとも動かなくなってしまった。

 一瞬。文字通り『瞬く間』に十数体の妖怪を捩じ伏せて見せた。軽く息をつき、少女は森の奥へと歩き出す。それを呼び止めたのはアリスだった。

 

「ねぇ……貴女、何者? こころ……じゃ、ないんでしょう?」

 

「うん、『秦こころ』ではないね」

 

「……? どういうこと?」

 

「その話は……また今度ね。まあ、『今度』があったらだけど」

 

 それだけ言い終えると、少女は歩みを止めていた足を動かして森の中へと消えてく。

 何か根拠があるわけではないが、背筋を伝う悪寒と体中を駆け巡る不安を、アリスは隠せずにいた。

 

 

 

「ちょっとした噂しか聞いたことがなかったから、実際に会えて嬉しいわ。……あ、そこそこ置いてたから、もしかしたらお茶不味くなってるかも……。何か不都合があれば言ってね? できる限りなんとかするから」

 

「いや、別にそこまでしてくれなくてもいいわ。出してもらえるだけでも十分ありがたいし」

 

 小鳥の(さえず)りが響く蒼魔館の中庭。【レミリア】に似たその少女の部屋のベランダからは、中庭に咲く幾つもの花々を眺めることができる。

 そんな少し広いベランダで、脚の長い白い円卓を囲んだ鼎談(ていだん)が始まった。

 

「さて、まずは自己紹介からかしら。もしかしたら誰かから聞いてるかもしれないけど、一応ね。私は『ヴィリア・スカーレッド』。ここ蒼魔館の主よ。よろしくね」

 

「ええ、よろしく。私は……」

 

「ああ、貴女達は裏想郷でもほんのちょっとずつだけど有名になってきてるから自己紹介とかしなくても大丈夫よ」

 

「あ、そう?」

 

「ええ。それで、ここには何をしに来たのかしら?」

 

「……私達は、裏想郷(この世界)を救いたい。もちろん幻想郷(私達の世界)に何かしら影響が出てくるかもしれないからっていうのもあるけど、魄零禮(この世界の私)を見て少し考えが変わった。あのギッハに向けてた憎悪の表情……普通じゃない」

 

「うんうん」

 

「だから……話が聞きたいの。この世界について、知ってること全部」

 

「うーん、私が知ってることなんて高が知れてるのだけれど……まあ、知ってる限りのことは話そうかしら」

 

「おおおー! それじゃあ、私からズバリ聞きます!」

 

 急に席を立ち上がり、早苗が目を輝かせる。ヴィリアに指を指し、高らかに告げた。

 

「ズバリ、この世界の一番の問題点はどこだと思いますか!?」

 

「……あんた、せめてもうちょっと言い方考えなさいよ……」

 

「そうねぇ……やっぱり、私達が持ってる『禁術』、かしらね」

 

「……『私達』? ヴィリアも持ってるの?」

 

「ええ。私が持ってるのは、八系禁術『怪血斬(かいちざん)』。血の形を変化させたりできる禁術ね」

 

「八……。ギッハが『二』でメイが『九』、こっちの私が『三』……毬華も持ってるって言ってたけど……」

 

「毬華のは『五系禁術』ね。本人が隠したがってるから、詳しくは言わないでおくけど」

 

「メイのが『九』だから、少なくとも九種類はあるってことでしょ? あと分からないのが、一と四と六、あと七か」

 

「『六』は私の妹のヴィシュカが、『七』はうちのメイドの裂飢(さき)が持ってるわ」

 

「一箇所に三人も集まるなんて……」

 

「『四』は確か【白色楼(はくしょくろう)】の庭師の子が持ってたはず。で、『一』の持ち主は……」

 

「……裏想郷に禁術をばら撒いて、不和と無秩序と混乱を(もたら)したとされる妖怪…………【常世狩心神(とこよのがり しんか)】、よ」

 

「毬華のとこでも聞いたわね、その名前」

 

「……。本当は力を独り占めにする気だったとか、最初からこうして裏想郷を荒らすのが目的だったとか。色々言われてるけど、その目的は何も分かってない」

 

「……じゃあ、ひとまずその『常世狩心神』とかいうのを探すことから始めましょうか」

 

「そうですね、その人が重要人物っぽいですし」

 

「もし何かあったら、いつでも私を呼んでちょうだいね? 絶対助けに行くから」

 

「ありがと。そういえば、あんたの妹とかメイドも禁術を持ってるって言ってたわよね……」

 

「そうそう、ヴィシュカのはね……」

 

 ヴィシュカ・スカーレッドが持っていたのは、六系禁術『牙血掌(がけつしょう)』。蒼魔館に入ってきた時にかまされた技がそうだ。攻撃を受けると同時に血を吸われ、回復や強化をされたりする。

 メイド長の望夜裂飢(もちや さき)の禁術は、七系禁術『(とき)死針(ししん)』。残存体力に応じたカウントダウンを聞かせることで、相手を即死させる技だ。

 

 ギッハと言い蒼魔館の連中と言い、裏想郷にはとんでもない能力持ちしか居ない。さすが、『禁術』と言われるだけのことはある。

 だが、たった今追いかけようと決めた『常世狩心神』はその禁術を広めた妖怪である。相当な実力者のはずだ、もっと情報がいる。

 ヴィリアから情報を集めようとしたが、彼女についてはこれ以上知らないらしい。しかし、裏想郷異変の解決に一歩近付いたのは確かだ。ヴィリア達も『常世狩心神』を追っているらしいし、色々と聞いて回れば尻尾くらいは掴めるかもしれない。

 

 一応他のことも聞いてみたが、大体は地理的な情報で異変解決に繋がりそうなものはなかった。それからは暫く雑談が続き、気付けば陽は完全に落ちて夜になってしまっていた。

 

「……うわあ、めっちゃ暗くなってる……。そんなに話しこんでたのね……」

 

「……そういえば私達って、ギッハさんが居ないと幻想郷に帰れませんよね? 今から探すっていうのは……」

 

「あ、良かったら泊まっていく? 部屋ならいくらでもあるし」

 

「いや、それは遠慮しとくわ。ヴィリアに悪いし、私も博麗の巫女としてあんまり長く幻想郷を離れるわけにはいかないし……」

 

「……そうよね、ごめんなさい」

 

「気にしなさんな。……さて、じゃあ探しに行きますか……」

 

「……あっ、そうだ。もし今後もこっちに来るっていうのなら、『あの子』に気をつけなさい」

 

「……あの子?」

 

「……『ハンプ・フラワーラビット』。『夜の魔女』って呼ばれてる、貴女達みたいなのを『食べる』のが大好きな……いわゆる“変態”よ」

 

 

 

「やばい……どこにも居ない……」

 

 現代で表すのなら午後8時を過ぎた頃。空を飛び回りながらギッハを探す霊夢と早苗だったが、全く見つからない。そもそもとして、霊夢達にはギッハの行くあてに見当がついていない。

 ……だが、博麗の巫女というのはつくづく勘がいい。

 

「……見つけた!」

 

「えっ!? どこですか!?」

 

「ほら、あそこ! 急いで向か───」

 

「そぉーんなに急がなくてもいーんじゃなぁーい?」

 

「っ!? 誰!?」

 

 突然、後ろから声が聞こえた。振り向くと、そこには人形のような容姿をした黒い少女が浮遊していた。怪しげな笑みを浮かべ、こちらを見つめている。

 

「こんばんは、霊夢ちゃんにー……早苗ちゃん? だっけ。初めましてー、私は『ハンプ・フラワーラビット』。貴女達みたいな可愛い子が大大だぁ〜い好きな、極めて普通の人形師よ」

 

「そう……アンタが、ヴィリアが言ってた『変態』ね?」

 

「あら、随分な紹介のされ方ね。まあ否定はしないけど」

 

「それ否定しないのって大分ヤバくないですか……?」

 

「そんな瑣末(さまつ)な事はどうでも良いの」

 

「どうでもよくないですよね……?」

 

「一番大事なのは…………二人が私の遊び相手をちゃあんと務めてくれるかどうか、よ」

 

 言い終えるよりも速く、二体の人形が霊夢達の頭上から降ってきた。重そうなチェーンソーを両手で抱えながら、紅く光る瞳を霊夢達に向けている。

 

「さあ、人形劇の開演と逝きましょう?」

 

 薄ピンクの魔法陣を幾つも出現させると、ハンプはそこから人形を召喚した。その数、ざっと数えておよそ10。もれなく全員チェーンソー持ちで、死んだような瞳だけが夜闇に煌めいていた。

 

 ハンプが両手を前に突き出すと、それに合わせて人形達が霊夢と早苗の元へ突撃する。通常の弾幕では対処が難しいと瞬時に判断した二人は【スペルカード】を取り出し、人形と距離を取りながら発動させた。

 

「スペルカード発動! 夢符「封魔陣」!」

「スペルカード発動っ! 秘術「グレイソーマタージ」!」

 

 星を象った弾幕と無数の札が人形達を襲う。動きを止めこそしたものの、撃墜にまでは至っていない。だが、霊夢にとっては動きが止まるだけでも十分だ。弾幕の隙間を縫うように駆け抜け、お祓い棒を人形の頭目掛けて振り下ろす。

 

 攻撃は人形にクリーンヒットし、機能を停止させることに成功した。その隙を狙った人形二体も続け様にお祓い棒で薙ぎ払って吹き飛ばす。残り七体。

 一方で、早苗のスペルも人形に絶大なダメージを与えていた。弾幕が命中したものは“奇跡的に”壊れ、地面へと落ちていった。三体が敗れ去り、残りは四体。

 

 しかし、ここで予想外の事態が起こった。術者として人形を操っているはずのハンプの姿が何処にもないのだ。かなり手先が器用な【アリス】でさえ人形を操る時は『本体』の管理が疎かになる。

 姿はないが、人形はまだ動いている。即ち、彼女はどこかへ移動しながら人形を操っているということだ。

 

「んー、凄く綺麗な肌……。妬いちゃうわねぇ」

「……!? いつの間にっ……!」

 

 人形を制御しつつ、ハンプは霊夢の背後を取っていた。適当にばら撒いた弾幕を浴びせ、戦闘不能に近いダメージを負わせる。

 

「あぐっ……!?」

「霊夢さんっ!」

 

 早苗は慌てて霊夢のいる方に飛ぶが、ハンプがその隙を逃さなかった。威力を高めた弾丸のような弾を心臓に向かって狙い撃つ。

 

「……!」

 

 早苗が気付いた時にはもう数センチで弾が当たるという距離であり、死さえ覚悟した。だが、突如現れた早苗と弾を隔てる紅い固形物がそれを邪魔した。

 

「……えっ?」

 

「ふぅ……ギリギリセーフ、ね」

 

「あらぁ、ヴィリアちゃんじゃない。私今この二人と遊んでるんだから、入りたいなら「入ーれーて」って言わなきゃダメよ?」

 

「分かったわ、入ーれーて」

 

「いーいーよ。さ、これで三対一になっちゃったわね」

 

 早苗を助けたのは、右腕から真っ赤な刃のようなものを生やしたヴィリア・スカーレッドだった。吸い込まれるようにヴィリアの腕に戻ると、今度は左腕から紅い刃を生やし、ハンプ目掛けて振るう。

 

 人差し指一本で軽く受け止めるハンプだったが、それは既に予測済みなのかヴィリアは瞬間移動のような速さでハンプに近付き、勢いよく両肩を掴んだ。そのまま首から紅い棘を生やしてハンプの首を狙うが、それは異常なまでに硬い彼女の皮膚に拒まれてしまった。

 

「うーん、駄目か」

 

「そうねー。まあ次があるわよ」

 

 衝撃波でヴィリアを人形達の元へと吹き飛ばして一斉に襲わせるが、ヴィリアは掌から生成した槍のような武器で全てはたき落として見せる。その勢いのまま武器を真下に投げ、左手の先で鞭を模した武器を作り出してハンプに叩きつける。投擲された槍は途中で進行方向を横に変え、ハンプを越したあたりで蜻蛉返りの要領で鞭と合わせてハンプを挟んだ。

 

 しかしハンプはこれを防御体勢も取らずに受け切る。尚も余裕の笑みを見せるその様に、霊夢と早苗はギッハと似た恐怖感のようなものを感じた。

 自身の攻撃にまともなリアクションを返されなかったヴィリアは、一瞬困ったような顔を見せてから一枚の紙切れを取り出す。

 

「……はあ。やっぱり、貴女が相手じゃあ手加減なんて出来っこないわね」

 

「……『デットスペルカード』、発動」

槍星(そうせい)『the gungnir super star』」

 

「……やっば」

 

 ここでハンプは始めて焦ったような表情を見せた。どこからともなく銀色の糸を呼び寄せ、頭上を覆うように何重にも重ねる。

 

 そんなハンプを無視し、ヴィリアは右手に白い球体を出現させる。それは一瞬にして光の槍へと変化し、遥か上空へと飛んで行った。

 数秒後、空から無数の白い槍が現れ、流星群のようにハンプへ降り注いだ。必死で組んだ糸の傘を破壊し尽くし、ハンプにも痛手を負わせることに成功。

 すぐに再生しない傷口を押さえながら、ハンプは口を開いた。

 

「ほーんと皆容赦ないわよねぇ……。ちょっとでも負けそうになったらすぐデットスペルカード(それ)だもの。やんなっちゃうわ」

 

「そりゃあ、これぐらいじゃないと貴女には対応できないからね」

 

「でも、流石にずる過ぎない? それめ〜っちゃ痛いんだけど」

 

「まあ、このぐらいの威力は許してちょうだい。そうじゃないと……」

 

「……『一日に一回しか使えない』だなんてデメリット、とてもじゃないけど割に合わないわ」

 

 ヴィリアが人差し指と中指で挟んでいたカードが、下の方から粒子となって静かに消えていく。それを見届けると、ハンプは「また今度遊びましょうねー」とだけ言い残して姿を消した。

 周囲の空気が、少しだけ穏やかになった気がした。

 

「一件落着、かしらね? ……早苗、霊夢息してる……?」

 

「あ、はい……意識はありませんが、息はしてます」

 

「そう、それは良かった」

 

「……さっきの、『一日に一回しか使えない』ってスペルカード……あれは、何なんですか?」

 

「ああ、『デットスペルカード』のこと? ……正確には、『一日に一回』じゃなくて『二十四時間に一回』なんだけどね。さっきのを見てもらったら分かる通り、制約こそあれどすんごく強いの」

 

「……そのデットスペルカードっていうのは、禁術と違って皆持っているものなんですか?」

 

「んー、まあ一人一つまでなら誰でも作れるわね。一日一回って制約が嫌いで、作ってない子も結構いるけど」

 

「……なるほど。ありがとうございます」

 

「別に大したことはしてな───あ、ギッハ」

 

「やっほー! ごめんね、ヴィシュカちゃんといっぱい遊んでたらこんな時間になっちゃった!」

 

「いえ、大丈夫です。とりあえず、隙間で幻想郷に帰してもらえれば……」

 

「あ、そうだったね! 今開けるー!」

 

 

 その後何とかそれぞれ帰りつくことはできたのだが、片や有角の仙人の説教、片や神社の神二柱の説教と、二人は散々な夜を過ごすことになってしまいましたとさ。

 

 

 

〜数十分前〜

 

「ねぇねぇヴィシュカちゃん、明日か明後日かぐらいにでも『九の目』までの皆を集めて、久々に会議ごっこでもしない?」

 

「面白そ〜! ……でも、何か議論することはあるの?」

 

「もちろん! あんまりないよ!」

 

「だと思った〜」

 

「でもでも、幻想郷の禮ちゃんとか、協力してくれる人は増えたわけじゃん? だから、皆で色々情報交換でもして『心神』ちゃんを探そう! って会議にしようかな〜とは思ってるよ」

 

「ふぅ〜ん、良さそうじゃん。ま、声かけられるだけかけとくよ」

 

「お願いねー! さ〜て、どんな会議になるかなぁ……?」




夜の魔女 ハンプ・フラワーラビット
人形を操る程度の能力
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