裏想郷、されど理想郷に非ず。   作:青ずきん

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割と日を跨いで書いたので、会話文がくっついてたり離れてたりしてます。
また、今回もいつものように台本回です(厨二病要素もオマケでついてくる!)。
それでもよければどうぞ。


ep.(100)₂「九つの目」

「つい昨日蒼魔館(ここ)に来たばっかだし、久々って感じがしないなぁ」

 

「そう? 私はギッハちゃんやメイちゃん達と違ってあんま外に出ないし、割と久々〜って感じするよ?」

 

「……zzz」

 

「いや裂飢(さき)さん寝てるじゃんww ……クラッカーで起こしたら面白そう」

 

「……ちゃんとこの部屋に来てくれただけでも良い方よ。裂飢ったら、ついさっき欠伸しながら「おざ〜す」って言って起きてきたのよ? ついさっきよ?」

 

「まあいつものことだよ☆ それより、今日は何の話するの? またいつもの?」

 

「さあな、何も聞いてねぇ。……でも、そろそろ教えてくれてもいいんじゃないか? ギッハ」

 

 蒼魔館の二階に造られている広々とした会議室。照明を僅かに反射するダークブラウンの机を取り囲むように、計七人の妖怪と人間が集まっている。そして、全員が『系数禁術』を所持している。

 

 ここに集められたのは、最初に禁術を手に入れた者達だ。……と言っても、『三系禁術』を持つ魄零禮は「あんな伏魔殿みたいな所には死んでも入りたくない」という理由で参加していないが。

 六十六種類ある禁術の中で、その能力が判明しているのは『一』から『九』、『十一』、そして『十六』の十一種。うち、『一』から『九』までの禁術を持つ九人は『九つの目』と呼ばれている。

 

 ……とは言ったものの、裏想郷でその呼び名を使用しているのはギッハとメイ、ヴィシュカとヴィリア、四系禁術を持つ少女【鬼魂刃夢(きこん ばむ)】と毬華の六人だけだ。そもそもとして、最初にこの呼び名を付けたのはギッハだ。遊び感覚で付けられたこの呼び名は、正直なところ内輪ネタに近い。

 

「今日は皆さんよくぞ集まってくれました。一人居ないのは置いといて、今回の議題を発表します。……てっても、いつものと一緒だけどね」

 

「……っつーことは……」

 

「そう! 第九回『一の目はどこだ!? 会議』〜!!」

 

「ぱちぱちぱち〜」

「どんどんぱふぱふ〜」

 

「さて、今回の会議ですけども! わたくし、一つすごい情報を手に入れて参りました!」

 

「……凄い情報? 何かしら」

 

「ふっふっふ……なんと……」

「……割と前から話題になりつつあるもう一つの世界『幻想郷』に、それらしき人物が現れたという情報を頂いちゃいました!」

 

 

 

幻想郷 アリス邸(一日前)

 

「うぃーっす、邪魔するぜ」

「邪魔するぜー!」

 

「邪魔するんなら帰って」

「おいおいおい、それは流石に酷くないか?」

「冗談よ」

「そうか……ならよかった」

「それはそうと……後ろの子は?」

「へ?」

 

 朝食時に使用した食器を洗い終わった頃、アリス邸に来客が訪れた。一人は霧雨魔理沙。いつもと同じく暇潰しに訪れているわけだが、今日は一人ではないらしい。

 

「うおっ、こいっ……し……? いつの間に?」

「『こいし』じゃないよー。私は新暗天ギッハ。幻想郷(ここ)とは違う、裏想郷ってとこから来たんだー」

 

 もう一人は新暗天ギッハ。一人で幻想郷までやって来て、たまたま見かけた魔理沙についてきたようだ。困惑する魔理沙とアリスをよそに、ギッハは飾られている人形達を物珍しそうに眺めだす。

 

「つまり……どういうこと?」

「私は『こいし』じゃないけど、『もう一人のこいし』ではあるってことだね」

「もう一人の……あっ、お茶だすから、適当な所に座っててくれる?」

「ありがとー」

「んじゃ私も」

 

 あまり汚れていないテーブルクロスが敷かれた机に、二つのダージリンが用意された。横並びに座る魔理沙とギッハに向かい合わせになるように座ったアリスが、沈黙を破る。

 

「自己紹介からしておこうかしら。私はアリス・マーガトロイド。で、そっちにいるのが霧雨魔理沙。盗人だから気をつけてね」

「盗人って何だよ、人聞き悪い」

「事実でしょう?」

「いーや違うね、私は『死ぬまで借りてる』だけだ!」

「それを世間では『盗んでる』って言うの」

 

「……ところで貴女」

「何だ?」

「違う魔理沙じゃない」

「私ー?」

「そうそう。ギッハって言ったっけ? いくつか聞きたいことがあるんだけど、答えてもらえる?」

「私が分かるやつなら良いよー!」

 

「そう、じゃあ一つ目。裏想郷ってとこから来たって言ってたけど、その裏想郷には貴女みたいな感じで、その……色違い? の、私や魔理沙っていたりするの?」

「うん、するね。アリスはー……『ハンプ・フラワーラビット』って人がそうかな。色んな人を揶揄(からか)って遊んでる黒っぽい人」

「……なんだろう、なんかちょっとショック」

「で、魔理沙は『夕立毬華』って人がそうだね。人間にも妖怪にも優しいんだよ」

「私自身が優しいからな、異世界の私が優しくってもなんら不思議じゃない」

「それ本気で言ってる?」

「私はいつでも本気だぜ」

 

「……そう。じゃあ、二つ目の質問をするわね。…………ついこの前、幻想郷に『灰色っぽい【こころ】』が現れたんだけど……知り合いとかじゃない?」

「こころって言ったって、名前とか違うらしいし分からなくないか?」

「あっそうか。えーっと……髪が長くって、チェック柄の服で、バルーンスカートを履いてる子。全体的に灰色っぽくて、右目がこう、何というか……何かに叩き割られた感じになっていて、その周りが少しひび割れてる感じの」

「……それ、本当?」

 

 突如、アリスを見つめるギッハの目の色が変わった。思ってもみない反応に一瞬狼狽えるアリス達だったが、同時にギッハが灰色のこころと無関係ではないと知れたため、自分達が知る限りの灰色のこころの情報を話した。

 

 妖怪と戦っている最中に現れ、自分達を助けてくれたこと。『一系禁術』とやらを使用し、一瞬で妖怪を倒したこと。自身を「『秦こころ』()()ない」と言っていたこと。

 

 話が終わる頃には、ギッハの驚きの表情は何か確信めいたものに変わっていた。

 

「……間違いないね。その『灰色っぽいこころ』って子……多分だけど、『常世狩心神(とこよのがり しんか)』ちゃんだと思う。……裏想郷(私達の世界)出身の、面霊気の子」

「……! そうそう、こころも面霊気なんだよ! ってことは……ギッハがその裏想郷ってとこでのこいしだから、その心神って奴が裏想郷ってとこでのこころにあたるわけだな」

「うーん……仮にそうだとして、何が目的で幻想郷にやってきたのかしら……。幻想郷を支配するってことなら、私や魔理沙を助ける意味はないはずだし」

 

 思案するアリスに、ギッハは心神についてのことを言い出せずにいた。出来れば話を聞いてもらい、アリス達にも協力を仰ぎたい。しかし、これは世界を超えた話だ。本来は『博麗の巫女』の仕事でも、『魄零の巫女』の仕事でもない。そんなものに、『博麗の巫女』でも『魄零の巫女』でもない彼女らを巻き込むのは果たしてどうなのか。

 

 悩んだ末に、ギッハは心神について話すことを選んだ。どの道にしろ、幻想郷と裏想郷(二つの世界)が全く関わり合わないなんてことはあり得ない。いつかは交わる運命(さだめ)なのだ。それが早いか遅いかだけのこと。

 意を決し、ギッハは口を開いた。

 

「……さっき、『心神ちゃんが一系禁術を使った』って話してくれたでしょ? ……少し違うけど、私も使えるんだ、その『禁術』っていうの」

「え、貴女も……?」

「うん。私のは、二系禁術『曲空(きょっくう)』。空間を自由に操れる技で、()()()に来るのもこれを使ったんだ」

「……『一系』っつーから、二とか三とかあるんだろうなとは思ってたけど……まさかこんな近くにいるなんてな」

 

「……でね。私が……私達が、その『禁術』を手に入れたのは、心神ちゃんが原因なんだ」

「……あいつが?」

「……私、見ちゃったんだ。心神ちゃんが古びた本を開いて、何か封印みたいなのを解いて、それで……封印されてたっぽい力が、裏想郷に散らばっていくのを」

「どうして封印を解いたのかとか……本人から聞いたことってある?」

「……ううん。追いかけようとしたんだけど……ちょっと本のページをめくったらすぐにどっか行っちゃって。それからずっと探してるんだけど、何処にも居なくって」

「……余計分からなくなってきたわね。封印を解いたのは自分のためだけじゃないってこと? ただ自分が強くなるだけじゃない、何か別の意図……」

「んなの、私らが考えたって仕方ないだろ? 一番手っ取り早いのは本人に直接聞くことだと思うんだが」

 

「……そうだね。頑張って探して、直接聞いてみるよ。二人とも、話を聞いてくれたのと、心神ちゃんのこと教えてくれてありがとね」

「別にいいさ。ていうか、感謝されるようなこととかしてないしな」

「それでもありがと。じゃあ、私行くね!」

 

 満面の笑みで手を大きく振り、ギッハはアリス邸を後にする。

 慌ただしい突然の来客ではあったが、お陰でアリス達は幻想郷に忍び寄る不穏な影のようなものを感じることができた。知ってしまった以上、これがとんでもない異変になる前に解決しなければいけない。もしかすると、もう『とんでもない』の領域に入っているのかもしれない。それでも、幻想郷のために常世狩心神について知る必要がある。

 そうして、魔理沙とアリスの『異変解決』が始まった。

 

 

 

「幻想郷に……? もしかして、ずっとそっちの世界に居たとか?」

 

 首を傾げるメイに「分かんな〜い」と返してから、ギッハは話を続ける。珍しくまともな会議になりそうだからと、参加者達は姿勢を少し正してからギッハの話に臨んだ。

 

「聞いた情報からして、幻想郷に現れてるってのはほぼ間違いないと思う。で、肝心の目的についてなんだけど……」

「その情報も貰ったの? それとも本人が(ゲロ)ってたとか?」

「流石にそこまではいってないね。あとヴィシュカちゃん、もうちょっと女の子っぽい言葉遣いにしよっか?」

「はーい」

 

「……で。目的についてだけど、私はやっぱり『裏想郷を支配しようとしてる説』には反対だね。支配が目的なら私達とかに能力を配ること自体おかしいし、向こうの毬華とハンプ……魔理沙とアリスっていうんだけど、その二人を助ける理由もないだろうし」

「今のところ私もその説には反対ね。第一、あの子が裏想郷の支配だなんて馬鹿げたことを考えるとは思えないし」

「私もさんせー。やっぱり、疑うよりも信じる方が気が楽だしね。もうちょっとあの子のことを信じてみても良いと思うな☆」

 

 ギッハの意見にヴィリアと刃夢が乗っかる。心配するような表情のヴィリアとは対照的に、刃夢は金色のショートボブを指でくるくると巻きながらばちこんとウインクを決めていた。眩く輝く星空のような赤と青のオッドアイが、けばけばしいほどのオーラを放っている。

 

「……私も、心神が裏想郷になんかしようとしてるとは思えねえ。そう思わせといて……って展開もあるかもしれないが、やっぱり情報が少なすぎる。こうして話し合っても、結局ホントのところは本人しか知らねぇんだ。変な考察をし合うよりか、心神に関わる情報の共有とかした方がよっぽど建設的だと思うんだが」

 

「だねぇ。いきなり集めた私が聞くのもなんだけど、心神ちゃんの新しい情報を手に入れたよ〜って人居ない?」

「……だって。裂飢、何か知らないかしら?」

「……んぇ? ふぁあ……クソ長い会議は終わりました?」

「まだ終わってないわ。それより、常世狩心神について、何か知ってることとかない?」

「えぇ? いや、知ってることって言われても……」

 

()()()()()()()ってことぐらいしかないっスよ……ふああ」

 

「「「えっ?」」」 「「へっ?」」 「は?」

 

 

 

 

「これで……『十九』が解放できるはず……」

「止まりなさい」

「……!」

 

 ほぼ同時刻の魔法霧の森に、一人の少女の声が響いた。その声の主は魄零禮。とっくの昔に日課となった見回りの途中で、『ある人物』を見つけたために一時中断して森へ降りたって来ていた。

 その『ある人物』は声の主が禮であることを即座に理解しており、振り向くと同時に禮の名を呼んだ。

 

「禮! どうして、此処に居るの? 今日の巡回ルートなら、此処は通らないはずなのに……」

「私の身体に刻み込まれたアンタの気配が私を導いた……ってところかしら。……本当は今すぐにでも殺したいんだけど、アンタの為に必死で我慢してやってんの。だから、アンタの真の目的、禁術を解放してばら撒いた理由……全部吐いてもらうわよ。拒否権は無いわ。まずはアンタの目的から話しなさい…………

 

 

 

……常世狩心神(とこよのがり しんか)

 

 広げられた本を右手に持ったまま、心神は禮を見つめる。その瞳は禮を心配しているようにも、怯えているようにも見えた。

 大きく深呼吸をして、心神は俯き加減で口を開く。

 

「……ごめんなさい。黙ってようとは思ってなかったんだけど……中々話すことも出来なくて」

「御託はいい。目的を話しなさい」

「……うん、ごめんね。私が禁術の封印を解いて、この世界に散らばらせた理由だよね。えっと、それはね……」

 

「……信じてもらえないかもだけど……『最高神』から、裏想郷を守るためなんだ」

「……!? 最高神から……?」

 

 最高神。裏想郷の全てを創造し、司っているという神の頂点のような存在。各地に『天使』を派遣することで裏想郷を陰で護っている者達だ。裏想郷に住まうどんな種族よりも位が高く、最高神に刃向かえる存在は居ないに等しい。というより、現れたことがない。

 

 詰まる所裏想郷を守護する絶対的な存在であるわけだが、心神の言い方だとその最高神が裏想郷に危害を及ぼそうとしているように聞こえる。

 心神の『神』を侮蔑するような言葉に、そして『神』を言い逃れの材料として使用したことに堪忍袋の緒が切れたのか、禮は『堕鬼刃』を取り出した。悪鬼のような形相で、徐に心神へと近付いて行く。

 

「ま、待って! お願いだから最後まで話を聞いて! 『最高神』は本当の意味で裏想郷(この世界)の創造主なの! それは私だけじゃなくって、人間達も、昔の平和も、私達の思考も、()()()()()()()()()の!」

「……煩い。私は巫女……神に仕える女なの。そんな私に向かって、『神が悪者で私はそれを何とかしようとしてる』だ? ……巫山戯(ふざけ)るのも大概にしなさいよ」

「お願い、話を聞いて! アイツらは……」

「煩いって言ってるでしょうがッ!」

 

 禮は心神の言葉を遮るように『堕鬼刃』を振るう。心臓を狙った一振りだったが、その刃が心神を傷付けることは無かった。怒りに任せて心神に剣を振るが、何度斬りつけても心神は斃れない。憐れむような視線を禮に向けるが、それは禮を逆上させるものにしかならなかった。

 

「ハアッ……ハアッ……なんでッ……なんでよッ! あんなに特訓したのに……アンタを殺すために、死ぬほど努力したのにッ……!」

 

「……きっと、何回やっても禮は私は殺せないよ」

 

「……ッ! 黙れッ! 黙れ黙れ黙れッッ!!」

 

 最後の力を振り絞り、禮は堕鬼刃を構えて心神の元へと疾駆する。柄を両手で握りしめ、心神を脳天から裂くように振り下ろした。

 しかし、心神はそれよりも速く禮へ駆け寄り、禮を強く抱きしめた。憎悪の対象からのハグであるにも関わらず、禮の目からは薄らと涙のようなものが滴っている。

 

「……神様を馬鹿にされたから、怒ってるんだよね? 人間が安心して毎日を送れるように、寝る時間を惜しんで見回りに行ったりもしてるよね。……自分じゃ気付いてないかもしれないけど、禮はとっても優しい子だよ。優しすぎるから、きっと私みたいなのも殺せない」

 

「ふざ……け……」

 

「強がらなくたっていいんだよ。無理にヒーローでいようとする必要なんてないんだよ。自分をなくす必要も、我慢ばっかりする必要もない。あなたには、あなただけの強さがある。だから…………

 

 

……そんなに、泣かなくていいんだよ」

 

「うぐっ、うぅ……うあぁ……!」

 

 大粒の涙を流し、禮は嗚咽を零した。周囲を彷徨う薄ら寒い霧が、とめどなく溢れる涙と共に禮の頬を濡らす。

 憎悪、憤怒、悲哀。様々な感情が「正解」を求めて身体中を駆け巡り、そして乱暴にぶつかり合う。

 

 自身を思いやる、仇の優しい声音。久しぶりに触れる優しさが、禮の決意を鈍らせる。

 

 目の前に居るのは、今自分が戦っているのは、この世界の平和を間接的に奪った悪魔だ。それは分かっている。分かっているが、この暖かい抱擁を受け入れつつある自分も居る。憎むべき相手なのに。殺すべき敵なのに。

 

 ……それなのに、どうしようもなく気分がいい。心が、落ち着きを取り戻す。

 

「…………離して。私は、アンタを殺さなきゃいけない」

「……恨まれるようなことをしてるのは分かってる。……でも、聞いてほしいんだ。ここまでする必要があるくらい、今の裏想郷に魔の手が迫ってるっていう私の話」

 

 心神は徐に禮を解放し、禮の方へ向き直る。その真剣な眼差しに禮は一瞬たじろいだもののすぐに持ち直し、再び堕鬼刃を握り締めた。若干冷えた手汗が、静かに堕鬼刃を伝う。

 

「……私が『禁術』を手に入れたのは、本を拾ったからなんだ」

 

「……本?」

 

「そう。これなんだけど……」

 

 そう言い、心神は右手に持っていた本を禮に見せた。目立った模様の無い無地の本。タイトルすら書かれていないそれは、明らかに本が放つものではない邪悪なオーラを放っていた。

 

「……この本には、66個の禁術が封印されている。何個かは解いて、皆に送ったよね。……勝手に、だけど」

 

「ええ。アンタのくだらないお遊びのせいで、何人が犠牲になったか……」

 

「違う! 遊び感覚で封印を解いたりしてたわけじゃない!」

 

「じゃあ何のわけがあるっていうの?」

 

「……この本には、66個の禁術が封印されていると同時に、裏想郷(この世界)の真実についても記されていたんだ。この世界が創られたのは───」

 

 

「常世狩心神、ハッケン」

 

「……っ!」

 

 まるで真実を語ろうとする心神の口を塞ぐかのように、幼い天使が数体空から舞い降りた。

 肩にギリギリ届かない白い短髪と透き通るような碧眼、白のワンピースと小さな翼の姿はまさしく聖書に書かれている天使と瓜二つだった。全員が鋭利な視線で心神を捉え、逃すまいと詰め寄る。

 

「……ごめんね、話の続きはまた後で。禮は今すぐここから逃げて」

 

「…………。生きてたら、また明日此処に来なさい。その話、聞いてあげるから」

 

「うん、約束」

 

 顔色一つ変えずに飛び立つ禮を見送ると、心神は戦闘体勢を取り天使達と対峙した。睨み合いとでもいうような空気の中、心神が戦いの火蓋を切って落とした。

 

「……一系禁術『夢現想々』」

 

「デットスペルカード発動……解禁『レーヴァテイン フラシア』っ!」

 

 右手にぐにゃりと曲がった水色の棒のような物を出現させ、横一直線に振り抜く。斬撃の軌道に合わせて空気が凍り、数体の動きを止めることに成功した。

 しかし天使のうちの何体かはそれを躱し、鬼気迫る勢いで心神に突撃する。だが避けられることは想定内であった心神は微塵も動揺を見せず、もう一枚カードを生成して宣言した。

 

「デットスペルカード発動! 秋赫(しゅうかく)『オータムブラッドスカイ』!」

 

 血のように濃い臙脂色の雨が降り注ぎ、次々と天使達の細胞を殺していく。やがて雨は天使達の肢体を侵し、その色を赤黒く染め上げた。まるで(かじか)んでいるかのように小さく手足を震わせる天使達の姿は、先程までの無機質な様子とは比べ物にならないほど弱々しかった。

 

「ア……グ…………」

 

「……誰の差し金なのかな。主天使(ドミニオン)? それとも、『最高神』本人?」

 

「答エル……義理ハ、ナイ……」

 

「そう。じゃあ……」

 

 

「はい心神ちゃんはっけーん! 裂飢ちゃんの言ってた通りだったね☆ でも……もしかして、今はお取り込み中かな?」

 

「……刃夢(ばむ)

 

 刃夢と呼ばれた隣に半霊を浮かべる少女は、音すら置き去りにするような勢いで心神の少し後ろに着地を決めた。ギリギリ肩に届かない金髪のショートボブと黄色を基調としたスカートを揺らしながら、赤と青のオッドアイで心神と天使を見つめている。

 

「逃げた方が良いよ、天使に洗脳されたくなければ」

 

「洗脳? なんで? 神様の使いのはずなんだから、天使さんがそんなことするわけないじゃん」

 

「そんなことをしてくるの! だから……」

 

「隙アリ」

 

「まずっ……!」

 

 良くも悪くも純粋な刃夢は、心神の発言を理解することができていないようであった。あまり表情が変わらない心神が声を荒げても、その真意はかなり伝わりづらい。

 何とかして刃夢にも話を聞いてもらおうと、天使に背を向けたのがマズかった。辛うじて腕が動いた一体の天使が、心神に弾幕のようなものを仕掛けてきた。

 

 裏想郷の住人は、幻想郷の住人と比べて非常に強い。弾幕を始めとした戦闘力や耐久力、運動能力に至るまでその全てが幻想郷の住人の大半を上回っている。もちろん心神も例外ではない。が、相手が天使となれば話は別だ。裏想郷を管理する立場にある『最高神』の部下にあたるため、全員漏れなく規格外の実力を誇っている。裏想郷最強と謳われる心神ですら、全くの無傷とはいかない。

 

 弾幕を避けようとする心神だったが、避けるには些か遅かった。しかし心神の脛を貫くかと思われたその弾幕は、遠くから伸びてきた一本の刀剣に阻まれた。刃夢が使用する二本の剣の一つ『白桜剣(はくおうけん)』だ。

 

「……!」

 

「よく分かんないけど、なんかほんとに天使さんたち襲ってきたね……。仲良くできないのかなあ」

 

「……諦めた方が良いと思う。()()()の『天使』でこれなんだから、『大天使(アークエンジェル)』以上との和解は夢のまた夢だね」

 

「うーん……まあいいや。心神ちゃんにも聞きたいことは色々あるけど、まずはこの状況を何とかしてからだね☆」

 

「……一緒に戦ってくれるの?」

 

「当然! 私と楽しくお喋りしてくれる子はみんな友達だからね! ……『友達は助け合い』、でしょ?」

 

「……ありがとう」

 

「お礼は全部終わってから。もう大体復活してきてるし、早いとこ仕留めよ?」

 

「……それもそっか。……いくよ」

 

「がってん承知の助☆ 私が鍛えたこの『白桜剣(はくおうけん)』と『桜観剣(おうかんけん)』に、切れぬものなど…………多分無い!」

 

 

 

 

 

「……『逃げて』とは言われたものの……どこまで行けばいいのやら」

 

 心神に逃がされた禮は、暫く空を飛び続けていた。その間の禮の心中は、心神と天使のことで埋め尽くされていた。

 『天使』や『最高神』は、スキマ妖怪とも呼ばれる『夜光菫(やこう すみれ)』と共に裏想郷を創造したと云われている。以来、裏想郷の管理を行っているのも『天使』や『最高神』達だ。だが、よくよく考えてみればおかしな点が散見される。

 

 まず、心神が『禁術』の封印を解いてばら撒いた事件に何も干渉してこなかったことだ。たまたま目を離していただとか、あんな惨状になるとまでは予想していなかっただとか、理由は考えられなくもない。しかし前者の方は『管理者』としてあり得ない失態であるが故に考えにくいし、後者も可能性は低い。

 

 そもそもとして、『禁術』の存在に気付いた時点で何かしらの対策をとるのが普通だ。それをここまで放置していることが、禮にはどうしても訝しげに思えた。

 

 そしてもう一つ。九つの階位に分けられている『天使』だが、八位である『大天使(アークエンジェル)』以上の階級は裏想郷の住人から選ばれている。そこら辺で自由気ままに遊んでいる妖精でも、世界の管理者の元で働くことができるのだ。これまで意に介さなかったことだが、これは一体どういうことなのだろうか? 特に何の力を持っていなくても、選ばれさえすれば自分が()()()()()()()()のだ。

 

 何を基準に選んでいるのか、何故一大勢力の長たちではなく一般人からも選んでいるのか。この疑問が、形容し難い『不安感』として禮の中を駆け巡っていた。

 

「アアアアアアアアアアアッッッ!!」

 

「っ!? 何の声……?」

 

 突然、耳を(つんざ)くような声が聞こえてきた。喉から絞り出しているかのようなその声は、極めて苦しげな声音をしている。方向は…………『無銘(むめい)の丘』だ。

 

 

「アグッ、アア、ウアアアアアッッ!」

 

 白い花弁の落花繽紛(らっかひんぷん)する鈴蘭畑に、少女が囚われていた。どこからともなく空から降りてきている赤いリボンと、鈴蘭畑から伸びる同色のリボンが、未成熟な四肢に絡み付いて離れようとしない。

 

「ハア、ハア……ウウ、ウアア……!」

 

 子供らしく短い白髪と水色のリボンを振り乱し、必死に拘束から逃れようともがいている。目元を隠す赤いリボンからも、溢れ出る涙が零れていた。背中の翼も乱暴に暴れており、耐えられなくなった羽根が重力に従って落ちていくのも見て取れる。

 

 駆けつけた禮の瞳には、この上なく()()()()に映っていた。

 

「アッ、アアアッ……グウッ、ウアアアアアアアアアアアアアアアアア




贖罪の天使 ???・????
毒を操る程度の能力
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