裏想郷、されど理想郷に非ず。   作:青ずきん

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申し訳ございません!
申し訳ございません!(二回目

APEXしてたり色々しててサボっちゃってました。本っ当にごめんなさい!


ep.√25「天使の罪」

「うぐ……ぐうぅ、うああ…………」

 

 この『地獄』が始まってから、一体何年経ったんだろう。時計も何もない、ただ赤いだけの殺風景な空間に居続けてるから時間の感覚なんかとっくに無くなったし、考えるのもやめたけど……やっぱり、どのくらい経ってるのかは気になる。もう一年は経った? それともまだ半年? まさか一ヶ月? 一日しか経ってないなんてことはあり得ないけど……

 

 この空間に繋がってからもう数年は経った気でいるけど、実際は分からない。それに、仮に何十年も経っていたとしても流石に三桁にはなっていないはず。……まあ三桁だったとしても、私が()()()()()()()()罪の全てを償うには短すぎる時間だけれど。

 

 ……足音がする。二人。それぞれ大きな(のこぎり)を一挺ずつ持っている。熱を帯びた縄を打ち付けられて黒い跡がついた私の身体を切断するためのものだ。暴れられないように私の手足は台にキツく縛られているから、逃げ出すことなんてできない。この光景を見た数なら、迷いなく「三桁」って言える。……馬鹿なこと考えてないで、さっさと目を瞑ろう。

 

 

 

 

 …………おかしい。本来なら、もう獄卒がやってきて私の身体を切っているはず。何をしてるんだろう?

 

「……やはり、直視するのは心苦しいですね」

 

「……誰? もしかして……閻魔様?」

 

 恐る恐る振り向いてみると、閻魔様っぽい人が立っていた。いつの間にか獄卒二人は消えていて、私と閻魔様っぽい人だけしかいない。

 

 赤い帽子、赤い髪、赤い瞳、赤い服、赤いスカート、赤い靴、赤い悔悟の棒。とにかく赤ばっかりな、ほんとに赤づくめの人だ。でも、どうしてここに? 仮に閻魔様本人だとすると、いつもは死者を裁く仕事で忙しくってこっちの方に来る余裕なんてないはずなのに。もしかしてお休み?

 

「あ……ごめんなさい、独り言のつもりだったんですけど……」

 

「……獄卒さんたちは? どこかに行っちゃったの?」

 

「私が別の所へ移動させました。貴女と、お話しをする為に」

 

「……お話し? 私と?」

 

「はい。私は四方桃姫(よも とうき)・ヘルイデア。地獄(ここ)で閻魔をさせて頂いています。なかなか暇が作れないのもあってあんまり見回りとかできていないんですけど、ちょっと気になることがあったので、無理矢理作って来てみました」

 

「気になること?」

 

「ええ。ここ最近、地獄に落ちるような魂が全くないんですよ。動物も例外なく、です。それ自体は大変喜ばしいことではあるんですが、流石に何百、何千もの命を裁いて一人も地獄に落ちないっていうのはおかしいなと思いまして。前々から気になってはいたんですけど、獄卒達があんまりにも必死に『気にしなくていい』って止めてくるので、ずっと放っていたんですけど……」

 

「……耐えきれなくなって調査しに来た……ってこと?」

 

「そうです。それで、閻魔帳を確認してみたんですけど……ある日を境に、ずうっと天国行きになっていて。その『ある日』というのが…………」

 

 

「……貴女が地獄へと落ちてきた日なんです、【メラエル・クラメディ】さん」

 

 

 

「うわうわ! どんどん増援くるね……これ割としんどくない?」

 

「そうでもないと思うよ。少なくとも、刃夢が味方してくれてる間は」

 

「何それー……私は裏切ったりなんかしないよ? 自分で言うのもなんだけど、私って結構頼られたがりだからね! じゃんじゃん頼ってくれていいよ☆」

 

「……ありがと」

 

 心神と刃夢の前には、未だ数十体もの天使が立ち塞がっていた。次から次へと空から降りてきては、あらゆる方向から心神と刃夢を攻撃する。弾幕を放つ者、衝撃波で吹き飛ばそうとしてくる者、徒手空拳を仕掛けてくる者。様々な攻撃手段を使ってくるため、個別に対応していては埒が明かない。

 

「心神ちゃん、ちょっとだけ伏せてて!」

 

「分かったっ!」

 

 若干押され気味な現状を変えるため、心神を伏せさせてから刃夢は右手に握られた『白桜剣(はくおうけん)』を伸張させ、回転しながらリボンのように振り回す。周囲を取り囲んでいた天使達を斬り伏せると、白桜剣は蛇にも似た動きで元の長さへと戻った。

 

「しゅうっ、とな。一掃完了☆」

 

 白桜剣。刃夢にしか扱えない短刀で、刀身を自由自在に伸縮させる能力を持つ。刃夢自身が打った刀ではあるが、何処まで伸張させられるのかはまだ判っていないらしい。

 今回は使用されず鞘に納められている『桜観剣(おうかんけん)』も強力な能力を持ってはいるが、微妙に扱いづらいためにあまり使用されていない。

 

「相変わらず強いね、それ……」

 

「でしょー? 私もそう思う」

 

 自慢げに胸をそらし、刃夢は勝ち誇ったような笑みを見せる。あまり表情が動かないため伝わりづらいが、心神も子供を見守る母のような優しい微笑みを返していた。

 小さな談笑も束の間、すぐに天使達に援軍がやってきた。しかし、今度は数が少ない。その数およそ五体。

 

「おっと……もしかして、そろそろ終わりかな?」

 

「……ぽいね。じゃあ……」

 

「うん! あとはよろしく☆」

 

「了解! デットスペルカード発動! 剣鬼(けんき)開花剣々(かいかけんけん)』!」

 

 霊気で作られた灰色の薙刀を力任せに振るい、天使達を薙ぎ払う。その軌跡には残像のように桜の花びらが舞い、瞬く間に斬撃へと変化して天使を追い込んだ。

 残る一体を仕留め、天使を全滅させた。援軍の気配もしないため、ひとまず一件落着といった所だろう。

 

「っんー……終わった終わったぁー! バトル終了! おつかれー!」

 

「おつかれ。刃夢のお陰で助かったよ」

 

「気にしなーいの。それより、天使さん達を全員倒したことだしそろそろ心神ちゃんのこと色々聞いてもいいかな?」

 

「それは……禮と合流してからでもいいかな?」

 

「もちろんオッケーだよ☆ さあ、一緒に禮ちゃんを探しに行こー!」

 

「……元気だなあ」

 

 呆れと感心が混ざった複雑な感情を反芻させつつ、心神は静かに禮の元へと歩を進めた。てくてくとついてくる刃夢と、ガールズトークで盛り上がりながら。

 

 

 

 

「…………」

 

 地獄。そこは、非行に走った者が落ちる贖罪の場所。

 ……の筈なのだが、ここ最近は地獄へ落ちる者が一切現れない。非常に残念であるが、地獄に落とされる理由や罪を一つも持ち合わせていない聖人君子はそう多くない。皆どこかで失敗し、誰かに迷惑を掛け、命を奪いながら生きている。

 

 それなのに、近頃の死者は誰も地獄に落ちるような罪を犯していないのだ。悪意の蔓延る現世で、罪を犯していない人間が一人もいないというのはどう考えてもおかしい。

 最後に死者が地獄へと落ちてきた日、最後に落ちてきた死者。そこに地獄行きの死者がいなくなった理由があると考え、閻魔───四方桃姫・ヘルイデアは最後に地獄へやってきた少女である『メラエル・クラメディ』の元を訪れていた。

 

「……裏想郷の事はあまり詳しくありませんが、恐らく貴女は【天軍九隊】に選ばれている天使でしょう? それも、大天使(アークエンジェル)以上の階級に」

 

「……! 天軍九隊のこと、知ってるの……?」

 

「はい。といっても、知っているのは名前くらいでどんな役目を与えられているのかまでは知りません」

 

「……」

 

 天軍九隊。それは、裏想郷を統べる存在である『最高神』直属の配下であり、また天使の中でも強大な力を持つ天使達の呼び名だ。その存在が、閻魔の耳朶(じだ)に触れていた。

 想定外の事実が、メラエルの頭を混乱させた。()()()を一任されたとはいえ、まさか天使が地獄に落ちていただなんて知られるわけにはいかない。このやり方が正解と言えないのは、メラエル自身も理解していた。だが、引き返すタイミングを逃した為に惰性で地獄の懲罰を受けていたのだ。

 

 少し考えてみたものの、この状況を上手く切り抜けるビジョンは見えない。数秒黙り込んでから、メラエルは観念したように口を開いた。

 

「…………私は能天使(パワー)。順番は、六番目。私には、衆生(しゅじょう)を導く役目がある。でも……どうすれば皆を導けるのか、私には分からなかった。それで……思いついたのが、皆の罪を代わりに被るってこと。そしたら、地獄に落ちる人が居なくなって、皆救われて天国に行けて…………私が苦しむだけで済むって、そう思ってた」

 

「……しかし、それでは貴女が救われません。それに、本来罰を受けるべき方達が罰を受けていないというのは大問題です」

 

「……それは、私も思ってた。でも、私はこれしか思いつかなかった。こうでもして役目を果たさなきゃ、能天使(パワー)失格だから……」

 

「……それでも、貴女が代わりに苦しむ必要なんてありません。どうしても衆生を導く役目を果たす必要があるというのなら、私と一緒にそれを考えましょう。一人より、二人の方ができることも増えると思うんです」

 

「……でも、閻魔様としてのお仕事もあるだろうし……」

 

「問題はありません。死者を裁く事もそうですが……迷える生者を導くのも、また私の仕事なので」

 

 にこやかな笑顔で言い放ち、桃姫はメラエルへと手を差し出す。メラエルには、その姿が自身を天使に変えた『最高神』と一瞬だけ重なって見えた。でも、彼女は最高神とは違う。彼が……彼()が放っていた異質でどこか冷たい笑顔とは違う、暖かみのある笑顔。

 

 かつての記憶を掻き消すように頭を強く左右に振ってから、メラエルはその手をとった。桃姫がそれに優しく頷くと、何処からともなく鈴蘭が咲き始めて光を放った。

 目を覆うような光が消えると、そこには…………

 

 

 地獄ではなく、まるで天国のように美しい鈴蘭畑が広がっていた。

 

 

 

 

 

「お、禮ちゃんはっけーん!」

「禮!」

 

 もう叫ばなくなった天使を見つめる禮に、心神と刃夢が駆け寄る。手を大きく振りながら蛙のようにぴょんぴょんと飛び跳ねる刃夢に小さく笑みを溢すと、禮はゆったりとした足取りで二人の方へと歩み寄る。

 

「さっきの奴らは全員仕留めてきたの?」

 

「うん。私と刃夢の二人で、ね」

「ねー」

 

「そう。……で、そっちのおまけは? いつから居たの?」

 

「おまけ扱いされてて草。まあマジレスすると、心神ちゃんが天使の子たちと戦ってたあたりかな。……あーそうだ。そういえば、心神ちゃんに色々聞こうと思ってたんだった」

 

「……私も。勿論、今更話せないなんて言わないわよね? ……まあ、話さないのなら殴り殺すまでだけど」

 

「は、話す、ちゃんと話すから……」

 

 あまり表情に動きはないが、かなり焦っている心神は禮を抑えるのに必死だった。

 少しして禮が落ち着くと、三人の間で質疑応答が始まった。

 

「じゃあまず一つ目! 天使さんたちって、ホントは裏想郷を守るのが仕事なハズなんだけど……心神ちゃんが天使さんたちに襲われてたのはなんで?」

 

「……やっぱりさ、話の続きは幻想郷でやらない? できれば、向こうの博麗の巫女にも聞いて欲しいことだから……」

 

「……またそうやって逃げる」

 

 禮に睨みつけられ、心神は更に萎縮してしまう。暗雲の立ち込めそうな雰囲気を感じ取った刃夢は何とか禮を抑えて説得し、納得させたのちに幻想郷へと移動した。

 内心、うまく場をまとめきった自分に拍手を送りながら。

 

 

 

「ふーん。私にも聞いてほしい話、ねぇ……」

 

「うん。禮にも、霊夢にも……あと、刃夢にも聞いてほしい話だったから……」

 

「私のおまけ扱いまだ続いてるのほんと草」

 

「草……? まあいいわ。とりあえず、その私にも聞いて欲しいって話、聞かせてもらえる?」

 

 ほぼ毎日妖怪で溢れかえっている幻想郷の博麗神社だが、この日は珍しく来客が一人も居なかった。なるべく多くの人物に話を聞いてほしい心神としては少し残念ではあったが、この状況は寧ろ丁度良かったのかもしれない。

 

「……。禮には少し話したと思うけど、私、禁術が封印されてる本を持ってるんだ。その本から力を解放して、皆に勝手に渡してる」

 

「そうね。そこまでは聞いた」

 

「……あの時は、『66個の禁術が封印されてる』って言ってたけど……」

 

 

「……もしかしたら、もっと沢山の禁術があるかもしれないの」

 

「……は? どういうことよ、それ……」

 

 困惑の表情を見せる禮に対し、心神は自身が持つ本を開いてみせた。その本は、最初の数ページはきちんと綴じられているものの、あるページから先の部分が破れていた。

 破れずに残っている最後のページには、六十六系禁術にあたる『終末の歓声(ジ・アポカリプティックサウンド)』に関する情報が記載されている。また、裏表紙裏には何者かによって書き足されたような文章が書き殴られていた。

 

「……この情報を黙ってた理由は?」

 

「確証が取れなかったから。この先にも続いているかもしれないし、続いていないかもしれない」

 

「仮にそこにまた違う禁術があったとして……それを予想する会なの? とりあえず、警戒心は持った方が良いかもとは思うけど」

 

「私もそう思う。……でも、一番見てほしいのはそこじゃない。問題はここ」

 

 そう言い、心神は裏表紙裏の文章を指した。

 

『計画の完遂は近い。我々が手にした能力によって、限りなく幻想郷に近い世界を創造することが出来た。大変な偉業ではあるが、我々の最大の目的は幻想郷の支配だ。

そろそろ敬虔(けいけん)な駒も用意出来る。

二つの世界の衝突は近い。我々の、計画もだ。』

 

「……なに、これ……」

 

「……私の決めつけでしかないかもだけど、『限りなく幻想郷に近い世界』っていうのが裏想郷のことで、『敬虔な駒』っていうのが天使のことなんだと思う。そして、これを書いたのは……」

 

「『最高神』かも、ってことかぁ……。この文章に書かれてあることが本当だとすると……幻想郷を支配する前段階の準備として『裏想郷』っていう世界が用意されて、そこからこの人達の手足になる人材を探してた……ってことになるのかな」

 

「多分。世界を創造するだけの力があったくせに、幻想郷に直接攻め込もうとしないのもなんか怪しいし……。まあ、この文を全面的に信用するとして、の話ではあるんだけど」

 

「心神は、どうしてこれがその最高神とやらが書いたって断定したの?」

 

「……空から降ってきたんだ、この本」

 

「……降ってきた?」

 

 心神の言葉に、禮は些少の疑念が残った。理由は単純明快、『通常ではあり得ない話だから』だ。表世界である幻想郷と同じく『常識に囚われてはいけない』裏想郷ではあるが、何の理由もなく空から本が降ってくる事実も厭わずに受け入れろというのは少し無理がある。

 

 考えうる可能性は二つ。一つは、例のスキマ妖怪のお家芸『神隠し』によって外の世界から取り寄せられた説。もう一つは、『天界』の住人の誰かが偶々落としてしまった物であるという説。

 

 前者は微妙に考えにくい。折角外の世界から仕入れたというのに、紙でできた物を雨風に晒される場所に放置するだろうか?

 ……とすると、やはり後者の方が適切かもしれない。落下した際に後ろの方のページが破れた……というと違う気がするが、前者よりは考えられる。

 頃合いを見計らった霊夢が、ブレストを誘発するように発言した。

 

「作り話だとしても出来すぎって感じね……アンタらはどう思う?」

 

「論外ね。聞くだけ無駄だったわ」

 

「そうかなぁ? もし、もしもだよ? 本当に最高神さまが幻想郷を手に入れるために裏想郷を創ったんだとしたら…………その『敬虔な駒』っていうのが、天使さん達だけじゃ済まなくなるかもってことかもしれないよ?」

 

「……何が言いたいの?」

 

「つまり! 早いうちに動かなきゃ……私も、心神ちゃんも、禮ちゃんも……皆自由を奪われて、ただの奴隷になるかもってこと!」

 

「有り得ないわね。幻想郷(この世界)を潰すのなんて天使の連中だけで出来る。私や刃夢まで駆り出される理由はないし……仮にそうなったとしても、それが神の思し召しだってのなら私はそれに従うまで」

 

「……話は終わり? じゃあ私帰るから」

 

 結界をこじ開け、禮は静かに神社を後にした。それを見守る視線の中に嫌悪の感情は無かったが、行き場を失った怪訝と困惑……そして心配が、静謐な空間に取り残されていた。

 

 

 

 辺り一面に広がる鈴蘭畑。そよ風に揺られて動くその姿は、さながら現世に舞い戻ったメラエルに手振をしているようでもあった。

 充てもなくふらつく白い天使と、その三歩後ろを真っ直ぐ歩く赤い閻魔。一見対照的にも思えるが、ちゃんと心の通じ合ったふたりは同じ道を歩んでいる。今はまだ先が見えないけれど、それでも、この道が皆を照らす光となることを願って。

 

「わあ……鈴蘭が咲いてる……」

「昔は咲いていなかったのですか?」

「うん。うろ覚えだけど、お花は咲いてなかったと思う」

「……もしかしたら、貴女の帰りを歓迎するために咲いてくれたのかもしれません」

「そっか……きっと、そうだよね! その方が、私も嬉しい!」

 

 

「鈴蘭はどうだか知らないが、少なくとも私は歓迎しに来てなどいない」

 

「っ!? 貴女は……天軍九隊に属する天使……ですね……?」

 

 そこには、白い桃と葉っぱが飾られた黒い帽子を被った少女がふたりの道を阻むように立っていた。

 白い長髪、水色の瞳、白い服装に白いブーツ。メラエルに酷似した色合いもそうだが、何よりも目を引く美しい純白の翼が、彼女は天使であると強く主張しているようだった。

 

「……【天死(てんし)】……さん……」

 

「自分より上の階級の者は名前に『様』を付けて呼べ……そう言った筈だが?」

 

「……」

 

 怯えるように口元を震わせていたメラエルが、静かに少女の名を呼ぶ。一方で、『天死』と呼ばれた少女は無愛想かつ高圧的、という風な口調でメラエルを萎縮させた。

 

「話から察するに、貴女はメラエルさんよりも位の高い天使……で、合ってますよね?」

 

「貴様は何者だ。名を名乗れ」

 

「これは失礼致しました。私は四方桃姫・ヘルイデア。地獄にて、閻魔を担っております。以後、お見知り置きを」

 

 空気の悪化を改善するために口を挟んだのは桃姫だった。しかし天死の仏頂面は僅かな変化すらせず、その鋭い眼光を再びメラエルへと向ける。

 口から出たのは、憐憫と侮蔑の混じった嫌味だ。

 

「……なんだメラエル。任務が上手くいかず、こんな覇気の無い閻魔に縋りに来ていたのか?」

 

「……」

 

「彼女は助けを求めていたのではなく、役割を全うするために地獄へと来ていたのです。あまり彼女を責めないであげてください」

 

「……まあ何でもいい。要件を話す。最高神【イアグタス】様がお呼びだ。至急『楽園(パラディサス)』へ戻れ」

 

「……! 私が……?」

 

「自惚れるな、お前だけじゃない。天軍九隊全員だ」

 

「……一体、何をなさるおつもりですか?」

 

「私に聞くな。だが、少なくとも……閻魔(お前)は知らなくてもいい事だ」

 

 冷淡に言い返し、天死はメラエルの腕を掴んで半ば引き摺るようにその場を後にした。振り向いたメラエルの不安げな表情が、桃姫の脳裏に強く焼き付いた。

 

 

 

 

 

「……で、アンタ本当に誰だ?」

「さっきから答えているじゃないか。私は最高神『イアグタス』。この世界を創造した神さ」

「って言われても……信用に足る情報が無いっつーか、な……」

 

 魔法霧の森。視認性の悪さは相変わらずだが、そんな僻地にも来客が来ることはある。夕立毬華の家には、最高神を自称する謎の男が訪ねて来ていた。霧では到底隠せない怪訝な笑みが、毬華の不安をわずかに煽る。

 

「そうだな……じゃあ、私と一緒に神の世界へ行かないかい?」

 

「神の世界だと?」

 

「ああ。通称『楽園(パラディサス)』。様々な天使が居て、この世界の管理を忙しなくこなしている」

 

「随分とブラックそうな所だな。生憎だが、忙しすぎる毎日はパスだ。ほどほどに忙しいのが一番だからな」

「そうでもないよ。来てみたら分かると思うけど、とても美しい澄んだ場所だ」

「天使は空の上にいる存在だしな。そりゃあ澄んでいるだろうよ」

 

 傍から聞けば友人間で行われる他愛のない話にも聞こえるが、当の毬華の心中は穏やかではなかった。拭いきれない不安感と猜疑心が、眼前の男を自身の目が映す以上に妖しく見せる。

 

「……ていうかこれ、まさかナンパか?」

 

「そうは言わない。これは『ナンパ』ではなく『勧誘』だ」

 

「勧誘? 何のだ?」

 

「ふふふ……私直属の部下『天軍九隊』への勧誘さ。君がこの話を呑んでくれるのなら、今すぐにでも君を管理者(こちら)側の存在として認めよう」

 

「天軍九隊……?」

 

「ああ。数多くいる天使の中でも、特に強大な力を持つ実力者たちだ。君の能力は、その席に座すに値する」

 

「…………私にそんな力があるとは思えないが……まあ、そのパラなんとかってのに本当に連れていってもらえるか次第だな」

 

「……それは、『OK』という返事だと受け取っていいね?」

 

「ああ、その話が仮に本当ならな」

 

 瞬間、男の口角が上がった。

 

「……交渉成立、だね」

 

 

「……毬華? と、誰? アンタ」

 

 ひょっこりと顔を出して会話に入り込んできたのは、今しがた裏想郷へと帰ってきた魄零禮その人だ。いつもの仏頂面を引っ提げ、刺々しく男に詰め寄る。禮よりも1.2頭身ほど高いその男に見下されているような感覚が、どうも気に入らないらしい。

 

「君のお友達の上司……って所かな」

 

「上司……? 毬華、一体どういうこと?」

 

「本当かどうかはまだ分からんが、かの『最高神』サマらしいぜ。なんでも、私を天軍九隊ってのにするんだとか」

 

「最高神……様……?」

 

「ああ、紹介が遅れたね。私はイアグタス。この世界の───って、もう時間があんまり無いね。そんな訳で、彼女は貰っていくよ。これから会える機会が少なくなるとは思うけど、どうか寂しがらないでおくれ」

 

「ちょっ、ちょっと待って下さ」

 

「さあ、行こうか、毬華くん」

 

「……分かった」

 

 帽子を目深に被り、目元を隠す。それは、さながら直視したくない現実から目を背けているようだった。

 突然の事態に動揺したのか、思わず禮は背を向けて歩き出した毬華の手を取る。取られた毬華ももう片方の手で返そうとしたが、神を自称する男がそれを許しはしなかった。

 

「……時間だ。邪魔をしないでくれるかな? 巫女さん」

 

「待って下さい! そんな急な話!」

 

 

「じゃあ、そういうことだから」

 

 最後まで表情を見せなかった毬華と共に、男は眩い光に包まれて姿を消した。

 尋常でない量の汗が、全身から噴き出す。今までに感じたことのない焦りが、禮の顔を歪める。そして、どうしようもなくなった少女は、ただ───

 

 

「毬華……毬華っ!」

 

 

 最も親しかった友人の名を、虚空へ叫んでいた。

 





????? 夕立毬華
魔法を操る程度の能力
???
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