「ゾエさんのお腹には無限の可能性が秘められてると思うんだけどどう思う?」
〈2014年3月9日 PM 12:00、ボーダー本部 〉
待ちに待ったフェスの当日。
「ボーダースペシャルフェス」という捻りも何も無いボーダー職員様の堂々たるネーミングセンスに脱帽せざるを得ない状況の中、
街の平和を守るべく防衛任務に赴く隊員もいれば、自己研鑽のためにランク戦に勤しむ隊員もおり、はたまた休日だからといって彼氏や彼女とイチャイチャとデートする隊員もいた。
さて、そんな平常運転なボーダー本部の中にも、今日もいう決戦のためにボーダー本部に泊まり込んでまで個人ポイントを欲する狂気的な隊員がいた。ここ、ボーダー本部のラウンジでも1人———
「宿題が驚きの白さッ!!」
そうラウンジのテーブルに広げられたノートに文字列はおろかペンを走らせた跡すら無い。テーブルに散乱したペンと消しゴムは何のためにあるのか。
緑川は、目の前に座る同級生?の
「この問題わかんない〜!難しすぎるって!」
ボーダーから支給されている端末を器用に指先で操作する絵馬は、緑川を一瞥する事なく、無慈悲な一言で突き放す。
「ほら、がんばれば?そこは1年生に習った知識使えば解けるから」
「そうは言ってもさ!難しすぎるんだって!てかそっちも出てんじゃないの!?
そうなのだ。
彼……緑川駿は今、冬休みの戦いに身を投じている。学生なら誰もが避けては通れない冬休みの宿題または課題。
ボーダー本部では空前のスプラブームだというにも関わらず、そのブームに乗っかる事なく、緑川は自身に課せられた「冬休みの友」に必死のテイコウを試みる。
曰く、「貴様のような友達がいるかッ!」と。
そんな熱く冬休みの課題にテイコウする緑川に対し、絵馬は酷く気怠げに返す。
「
そこで絵馬は気付く。
「てか、それ
「冬休みの!」
ラウンジに響き渡るくらいの大声で答える緑川に絵馬は「恥ずかしいから座りなよ」と促しながら思考する。
今は3月の上旬である。冬休みの課題というからには本来なら冬休み終了の1月に終わらせていなければならないものである。
それをB級ランク戦を挟んで3月を迎えたある日に手をつけてるということは……。
「何ヶ月前のだと思ってんの?2ヶ月近くは過ぎてると思うんだけど?」
「だから
彼の言う〝
A級4位
学年は緑川と絵馬よりも一つ上で、絵馬も以前に遠目から見たところ、鋭い目つきのいかにもキツそうな性格が想像できる女性であると絵馬は記憶している。
あの目つきで詰め寄られたら多分、大抵の歳下なら泣くんじゃないだろうか。
とは言え、元はと言えば緑川が課題さえ忘れなければ、たまたまボーダーの仮眠室に行こうとした絵馬が
昨日の夜10時から約14時間ノンストップによる怒涛の課題ラッシュ。トリオン体なら多少の無理も大丈夫!そういう点ではトリオン体には感謝しつつも、やはりこの状況を作り出した元凶でえる緑川に絵馬は現在若干の殺意が湧いていた。
するとそこへ、
3人分のドリンクをお盆に乗せて運ぶ柿色のジャージを着た少年
「ちなみにおれは
そう言って2人の前にドリンクを置きながらさも当然のように巴自身も絵馬の隣の席に腰掛ける。
「そう、それはよかったじゃん」
唐突に話に滑り込んできた巴を最低限の返しで抜けた後、遂に緑川が言い放った。
「でもさ、ぶっちゃけここにいるメンツ全員成績は良くないじゃん?」
カチン、と。
緑川のあまりに不躾な言葉に絵馬は額に青筋を浮かべるくらいの怒りを滲ませながらもそれをなるべく表に出さなよう食い気味に言い返す。
「そっちにだけは絶対に言われたくないんだけどまだ俺は平均くらいだから」
そもそもボーダーに所属する隊員達は頭の良い人間が多過ぎるのである。
生徒会長やってる先輩もいれば、副会長やってる先輩やらボーダー最強の棋士なんてのもいる。
「お、ユズルに駿くんに虎太郎くんまで3人ともこんなところでどしたの?」
絵馬と同じく黒いミリタリージャケットに身を包んだ膨よかな男性隊員 ボーダーの太れる獅子こと
そりゃ中学男子3人組も揃えば青春してんじゃんになるでしょうよ、と。
「ゾエさん!課題が終わんないんだよ!助けて!」
ここまで課題に対して全くの塩対応を貫く絵馬、時折課題の解き方を一緒に考えながらも結局答えはわからない巴の2人に半ば、絶望しかけていた緑川には歳上の隊員がどれだけありがたい存在か。
「およ?それは一大事……けど、ゾエさんでいいの?成績真ん中くらいだけど」
「この2人よりはマシだよ!このままじゃ早紀ちゃんにゴミ溜めでも見るかのような目をされちゃうんだもん!」
さりげなく北添をディスったような不穏な発言が聞こえた気がしたが、当の北添は
(うわぁ……草壁ちゃんも真木ちゃん並みに怖いもんね)
など自身のかつての苦い記憶を想起させつつ、
今現在、草壁からのプレッシャーに押し潰されてしまいそうな緑川に深く同情する。
そんな中、かれこれ14時間近くもノンストップで課題に向き合う緑川達を心配する巴がラウンジの壁に掛けてある時計を指差して言う。
「ところで2人とも、休憩はしなくていいの?」
「する!」
「する…」
即答である。
というよりも絵馬に至っては元々、仮眠室で眠るためにボーダーに残っていたのに気が付けば数時間も残業している。というか最早早出と言っても差し支えはないと思う。トリオン体のせいかまだ眠気は無いみたいだが、これはあとで草壁から手当は出るのだろうか。
「スプラしたい!今フェスやってるじゃん!」
「やだ面倒くさい」
瞬間、緑川と絵馬の視線が合った。
火花がバチバチと走るのを見て、北添は絵馬の肩にそっと手を乗せて呟いた。
「犬飼くんにこの間貰ったじゃん?折角だし、やろうよ」
「嫌だオレ
「その二宮隊に一泡吹かせられるチャンスだとしても?」
「………ッ!」
顎に手を当て、これほど悩む少年が絵になるとは。
絵馬は嫌な態度を前面に押し出しつつも遂に折れた様子で「やる……」とだけ呟いたのだった。
というわけで、やっと、やってまいりました!
「ボーダースペシャルフェス(以下、ボスフェス)」第1回戦、その映えある戦いに乗り込んだ北添、絵馬、緑川、巴の4人———チーム名「ゾエとゆかいな仲間たち」というこれまた絵本の題名のような名前に絵馬は不満を垂れる。
「チーム名なんだけど、さすがに変えない?」
「えぇ!なんでさ!チーム名なんてなんでもいいじゃん!」
と、擁護するのは緑川。
確かにボスフェスにおける規定によると、チーム名に大きな決まりはない。ただし、普段とは違う隊員同士でのガチの塗り合いということで「◯◯隊」ということだとゲームの遊び感が足りず、ボスフェスを知らない人からすれば「馬鹿な……っ!新チームが増えてる!?」などの混乱を招くことが想定されるのでこのネーミングはボスフェスにおいては推奨はされていない。
まぁ、要するに「面白ければいいじゃん!」というやつである。
しかし、絵馬が気にしてるのはそこではないらしく、なにやら怪訝な顔で緑川を睨みつける。
「身バレしたくないんだけど……特に雨取さんには絶対に」
「あー、確かに……」
絵馬が惚れに惚れ尽くしてる玉狛支部のマスコットアイドルこと
ゲームとはほぼ無縁と言っても過言ではない彼女を前にゲームで盛り上がる自身の姿を見せるのは思春期真っ盛りの絵馬にはハードルが高すぎるよう。
「じゃあ、ユズルの名前だけ変えれば?」
そう提言するのは北添。
すると、絵馬は何やら思い立った様子でSwitchのユーザーネーム変更画面に文字を入力していく。
「うん、じゃあこれでいく」
◆◆◆◆◆
彼らは知らなかったのだ。
まさか本当に彼らがガチで塗り合いに来ていることに。
マッチングした相手チームの名前を見て、4人は戦慄する。
「ねぇ、このニノミヤってまさかだけど」
絵馬の顔が不快の絶頂に到達する。
師匠を精神的に追い込んだ仇敵。その男の名がこの眼に映る不幸。絵馬はすぐにでも自らのSwitchの画面を叩き壊してやろうかと思った。
てか、既に拳を握りしめてる。
「ちょっ!待ってユズル!落ち着いてって!まだニノミヤがニノさんだと決まったわけじゃ……」
「じゃあ、あの人の他にニノミヤって名前の人いる?」
いい質問だ。感動的だな。だが……。
北添は言葉を詰まらせるが、すぐにこの窮地を脱する回答を浮かび上がらせる。
「ほ、ほら……ニノさんの名前を騙ったりとか……」
「たとえば?」
「ほ、ほら……草壁隊の里見くんとか」
すると、ここで余計な助っ人が……。
「一馬先輩のユーザーネームは〝ニノきょうしんじゃ〟って名前だから違うね!」
緑川というまさかの助っ人によりあっさり回答を詰まされた北添。
ここで絵馬への回答をしくじれば、絵馬はさらに思春期を拗らせ、作戦室の外に出てこない可能性まである。たぶん、大丈夫だとは思うけど。
「……うん、多分この人ニノさんだよ」
「……そう」
「けどね!ユズル!ニノさんだって何か深いワケが……」
「これで心置きなく……」
「へ?」
絵馬ユズルは大いに笑った。
かつて師匠である鳩原未来を追い詰め、干した二宮匡貴に対する絶好の復讐の機会。ランク戦では散々王者扱いされている雪だるまの王様の面をインク塗れにする好機。この機会を逃せば、おそらく次はランク戦で正面からぶつかるしかない。ROUND4では囮に徹したことで二宮に落とされた絵馬だが、ここではそうはイカない。そう、ことスプラトゥーンにおいて上下関係などあってないようなもの。
「鳩原先輩の敵討ちができる……」
絵馬の背後から黒い瘴気が見え隠れる。
なんてドス黒い気配なのか。北添はもちろん、緑川や巴すらも絵馬が見せる狂気に慄くしかない。
まさに戦争の始まりである。
そしてそんな絵馬のイカした仲間たちがこちら。
ゾエとゆかいな仲間たち
北添(ユーザーネーム:ゾエさん)
絵馬(ユーザーネーム:Yuzuru)
緑川(ユーザーネーム:おれがじんゆういちだ)
巴(ユーザーネーム:ザキさんかっこいい)
敵チーム全員の名前はまだ確認できないが、
選ばれたフィールドは「トジトジ」。
見たことがないという人もいるのではないだろうか?
それもそのはず。こちらはフェス限定で出現する特殊ステージの1つであり、その最たる特徴はステージの試合開始から一定時間が経過すると、ステージ一部が特殊なドーム状のもので次々に隔離されていくというものである。
そのため、隔離されるタイミングと位置によっては大幅な有利も得ることが可能となっており、イカにして敵を撃破しながらトジトジで隔離されるフィールドに
「二宮さんはオレが殺す……」
「ゆ、ユズルが怖い……!」
試合開始直後、案の定絵馬がステージ中央まっしぐら。
二宮のみに狙いを定めた戦法?を取る模様。
しかし、ユズルのみに気を取られている場合ではない。
北添と緑川はひとまず絵馬を先行させ、自陣の塗りを固めていく模様。
忘れられかけているが、この勝負は三すくみのトリプルマッチ。二宮チーム以外にも警戒を怠ってはいけない。
「およ?あれ名前がちょっと変わってるけどカゲじゃない?」
「関係ない、やれ」
「ゆ、ユズル……!?本当にニノさんに挑むつもり?」
「相手が何人だろうと勝つのはうちだ」
なんとカッコいいセリフだろうか。
言いながら、リッター4Kで二宮らしきイカを捕捉する。一方、絵馬からのリッター4Kを前に二宮らしきイカはチャージャー相手では分が悪いと判断したのか周囲の壁に身を隠してしまう。
「ランク戦のステージとは違う……あの程度じゃ意味が……」
瞬間。絵馬の背後から2匹のイカが……。
「はっ!挟み撃ち…!?」
絵馬の背後を取ったイカ2匹はブキであるスプラシューター(×2)で絵馬に集中砲火を浴びせる。
呆気なく、キルを取られてしまった絵馬が自身を撃破したイカのユーザーネームを見て困惑した。
「す、すとーむまうんてん?それに、とりまるです、ってもしかして嵐山さんと玉狛の……」
「ユズルどんまい!切り替え切り替え!」
北添からの励ましで一気に現実に引き戻された絵馬はスタート地点に戻ってから今一度現在の戦況を確認する。
「結構、押されてるね」
ステージ中央はほぼ二宮チームが押さえたと言っても過言ではないだろう。もう一つのチームも善戦はしているが、二宮チームを前には手も足も出ないのか次々と倒されていく。
「……あのイカ、全く動いてないけどなんでだろ?」
緑川は二宮チームとは別のチームの動きが鈍いことを察知する。目を凝らしてそのチームのスタート地点を見ると、パブロを持ったイカが1匹だけ先ほどから動いていないのが見えた。
「回線落ち……?とは違うよね?なんで動かないんだろ?」
「ナメられてるんだよ。いいからさっさと中央押さえに行くよ」
今、厄介なのは二宮チームである。
ほぼ確定したが、クラッシュブラスターを持った二宮は、そのあまりの手応えの無さに痺れを切らして遂に敵チームの陣地にまで侵入してくる。
「ユズル!どう?戻って来れそう?」
「大丈夫だけど、二宮さんよりも嵐山さんと烏丸さんの十字砲火の方が厄介だから先にそっちを潰すよ」
その時だった。
「おわ!?なんか凄い勢いでパブロの子に倒されたんだけど!?」
なんと。先程から全く動く気配のなかったパブロを携えたイカが突如、北添の前まで急激な速度で接近したと思えば、そのまま撃破してしまったのだ。
「うはぁ〜!誰かと思えば、このイカは鋼くんだったか!」
キル画面を見た北添が妙に納得したように頷いていると、巴が意を決したように頷く。
「じゃあ、おれが村上先輩を止めます!ついでにヘイトも集めておきますからその間に塗りをお願いします!」
「虎太郎……君の死は無駄にはしないよ!」
そして、ここに来てようやく
ステージギミックである隔離が始まる。
ステージ中央辺りに巨大なドームが降ってくる。
どうやら既に二宮チームが取ったせいもあり、塗りの比率的にも隔離された部分を取るのは最適解ではないと断じた全員が中央から離れていく。
———が、絵馬のみは違った。
ドームが閉じ切るギリギリのところで中央に向かって突進していくではないか。
「ユズル!」
「ゾエさん、これで中央は取れるから……残りは任せた」
そう、イカに中央といえどその場所を取れば大きなアドバンテージにはなる。
隔離される特殊ステージなのだ。普通なら既に塗り尽くされた地点は放棄しがちである。
だが、絵馬はそこに勝機を見出した。
しかし、絵馬が動き出すのとほぼ同時。
洗練されたギアの並びに卓越した射撃技術。
クラッシュブラスターネオを携えたイカ。
世界ランク2位こと『ニノミヤ』は絵馬がドーム内に入るのと同時に自身も中へ侵入した。
これにてドーム内の状況は
絵馬とニノミヤの2人のみである。
「鳩原先輩の仇だ……ここでアンタを倒す」
to be continued…