序 章『事の始まりはすべての元凶 -Trigger-』
それはとても寒い日だった。
目の前には尊敬すべき男の姿。
右手には人ひとりなど簡単に貫いてしまえるような長刀が握られている。
「クソッタレ……。俺の手でやらなくちゃいけないっていうのかよ」
彼は目の前の残酷な現実に立ち尽くしていた。本当は彼がやらなくてはいけない使命。やり遂げなければ、これまでの犠牲がすべて無駄なものになってしまう。
それまでの出来事と、目の前の男。天秤にかけてたとしたら、いったいどちらに傾くのだろうか。
「ああ、そうだよ。これは俺が決めたこと。だけど……俺には出来っこねえよそんなことは!! これまでの思い出がすべてなくなるってことだろ!? 笑い合ったことも、悲しんだことも、すべての思い出が……」
それは誰かに問いかけた訳ではない。自問自答だ。
責任という重圧に押しつぶされそうになっている中、自分のわがままも押し通したいその気持ち。この状況で自分のわがままを言っている場合ではないのは彼自身も分かっているが、それだけこの男との決別が彼にとって何よりも重かった。
「待てよ……俺は今……」
自分でも、その選択が最悪だというのは分かっている。
だが、その可能性にかけてみたいと思った。
今の自分には強さが沢山ある。仲間から授かった覚悟もある。知識だってある。
ならば始めようじゃないか。この世界の残酷な選択に抗う行為を。
反撃の時だ。
今度こそ、彼は救世主になると誓う。
彼は少しばかり穏やかそうな雰囲気を持っている男だ。
その名は
両親が亡くなり、身寄りが居なくなった春樹を一夏たちは家に招いた。それからは兄弟のように二人は仲良くしてきた。
一緒に住むようになってからか、一夏はいつも彼の背中を追いかけていた。
追いつこうとしても、その場所に立ったときにはすでに先へと歩み進んでしまっている春樹。だから必死にくらいつこうとする。その姿は傍から見てどう映っていたのだろう。
いつまでも一緒にいたくて、隣に立ちたくて、対等な存在でありたかった。
そして、今日はついに高校受験の日。
これから一緒に高校へ入って、一緒にバカやったりして、一緒に楽しい学園生活を送るつもりでいた。
そんな一夏は今、高校受験の会場に来ていたが迷ってしまった。
自分達の受験場所が分からなくなったのだ。
いつも頭がきれる春樹も今日に限ってなぜか頼りない。
やはり高校受験ということで緊張しているのか、それとも迷った事で気が動転してしまったのか。それは定かではないが、人に場所を聞いてもよく分からず二人揃って迷ってしまったのは確かだった。
「おい、春樹……こっちでいいんだよな?」
「…………分からないな。すまない一夏、本当に分からん」
「本気と書いてマジかよ? どうすんだよ俺ら。戻る道もよく分からなくなったしよぉ」
「おちつけ一夏。ここは冷静にだな……」
そう言いながら、春樹はどことなくそわそわしていた。
そんな彼を見て一夏はいつもの春樹じゃないと内心焦っていた。
こういうときに役に立つのが春樹だというのに、今回に限って調子が悪い。
(――本当に春樹らしくないぞ。どうしたんだよ今日に限って)
春樹はいつも冷静で、頭のきれる奴だった。いつも頼りにしてた。
なのに、こんな大事な時になんだか頼りない事に違和感を覚えた一夏であったが、それを深く考えている余裕はなかった。
試験開始時間までにどうにかして試験を行う教室まで行かなくてはならない。
果てしなく彷徨っている中、関係者以外立ち入り禁止と書いているドアを見つけた。
「なぁ一夏、関係者以外立ち入り禁止ってことはさ……この中に関係者がいるってことだよな?」
「おいまさか……! 中に入るわけじゃ!?」
「そのまさかだよ。大丈夫、教室の場所聞くだけだし問題ないはずさ」
「おいおい。なんだよそれ、無茶苦茶だな!」
春樹の傍若無人っぷりに翻弄される一夏だったが、このままでは迷子で試験が受けれなかったというマヌケな理由で入試試験を落とすことになる。
だから一夏は春樹の背中についていくしかなかった。
誰かがいることを願ってそのドアを開けたのだが……二人の願いは叶わなかった。
人が誰一人としていなかったのだ。
ただそこには、中世の鎧のようなものが忠誠を誓うようにひざまずいているだけ。
それが何なのか、二人はよく知っている。
インフィニット・ストラトス、通称ISと呼ばれるパワード・スーツ。
最初は宇宙活動を目的として作られたものだが、それを軍事目的で使うことが始まり、後にアラスカ条約により軍事利用は禁止された。
そして
それに伴い、世界のISはビジュアル面も重視し、実用的ではないデザインのものも存在しており、表面上ではエンターテイメントの一つでもある。
しかし、このISには不可思議な部分が多いのも事実で、ISのコアと呼ばれる動力部の情報は一部を除いて開示されていないし、なにしろこのISはなぜか女性しか動かせないとされている。事実、今の今まで男性がISを動かした事例は存在しない。
春樹はそのISに近づいてこう言った。
「おい、一夏、これ……」
一夏もISを確認して頷く。
「ああ、ISだな……」
「おい一夏、ちょっと見てみようか?」
「っておい春樹! それは不味いんじゃないのか? 一応ここ関係者以外立ち入り禁止だし」
「大丈夫だろちょっとぐらい。もし人が来ても迷ったって言えば誤魔化せるだろうし」
「…………春樹、お前そんな奴だっけか?」
「さあね」
春樹はそのISに手で触れた。その瞬間、手で触れた部分が光りだす。
「お、動くぞ」
その時、春樹は呟いた。何か意味ありげに。
「え!? 春樹、どういうことだ?」
その時、関係者であろう女性が数人部屋に入ってきた。
「君達、ここで何してるの!? ここは――」
その女性達は無断でこの部屋に入った受験生を怒ろうとしたものの、それはやがて驚きに変わった。
なぜなら、ISは女性しか使えない――という常識が、根底から覆す出来事が目の前で起こっているのだから。
何が起こっているのかここにいる人は誰もが理解する事が出来なかった。
「まさか……反応してるの!?」
「そんなバカな、ISを男が動かすだなんて!」
そこにいた関係者らしき女性たちは驚きの声をあげていた。
勿論一夏も例外ではなく、驚きの声をあげていた。
「春樹……。おまえ女だったのか!?」
「んなわけあるかい」
と、春樹は言ってISから離れる。
「えっと、あの、ちょっといいかな君たち?」
その女性は一夏と春樹のことを呼びかけた。それに一夏が答える。
「えっと、なんでしょう?」
「あのね、ちょっとお話聞かせてもらってもいいかな? あと、一応、君もISに触れてみてくれる?」
「え、は、はい。分かりました」
その女性は一夏にもISに触れるよう要求した。目の前にISに触れて反応させた人物が一人いるのだ。一緒にいたその男の子も試してもらった方がいいだろう。
もしかすると、このもう一人の彼もISを起動させてしまうのではないかと、と期待せざるを得ないからだ。
そしてその女性達の期待は裏切られる事はなかった。
一夏が触れるとISが反応した。してしまった。まぎれもなく男性がISを起動させている。
これは一大事であった。
「嘘だ……。本当に、俺がISを……!?」
一夏はまさかの出来事に驚愕を隠し切れない。
とりあえず、ISから離れた一夏はこの出来事をなかった事にしようと、本来の目的である
「あの、すみません……俺達、この教室で試験受けなくちゃいけないんですけど、どこにありますか?」
一夏は言うが、その女性達は真剣な顔でこう言った。
「えっとね、君たちはISを動かすことが出来た。そんな事を知ってタダで済むと思う?」
そんな質問を投げかけられて一夏は言葉を失ってしまうしかなかった。
「まぁ、少々お時間を頂くことになります。とりあえずその教室の場所を教えるから、受験を受けてきなさい」
何か嫌な予感がしながらも、一夏と春樹の二人はこの部屋から出て、教室を案内してもらった。
とりあえず、本来の目的である愛越学園という学校の受験会場に目出度く着くことが出来た二人は筆記試験を受けるのだが、先ほどの出来事があまりにも大事過ぎて試験に集中できなかった。
そして春樹はその時、一夏が嫌な顔をしていたのを見逃さなかった。
そして数日後。
一夏と春樹の下に送られてきたのはIS学園の試験通知だった。