ISを改変して別の物語を作ってみた。   作:加藤あきら

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第一章『元凶 -Kidnapping -』《早く伝えないと》

  1

 

 時は昼時。様々なスポーツの大会が開かれるアリーナの廊下に、一人の女性と中学生くらいの男が二人いた。

 

 その女性こそ、IS世界大会に出場している日本代表選手の織斑千冬であり、彼女と話しているのが実の弟である織斑一夏。そしてその隣には一夏と兄弟の様な存在である葵春樹が居た。

 

 この三人が現在いる場所は国際アリーナという名称で、主にスポーツを行えるような設備が整っている。現にIS世界大会、モンド・グロッソが開催されており、その会場がここ、国際アリーナなのである。

 座席数は一〇万を超えるとても大型のもので、今でも会場の方から観客の歓声が聞こえてくるほどだ。

 

「どうだった、私の試合は?」

「とてもカッコよかったよ、千冬姉ちゃん。やっぱり、あの一振りには痺れるよ」

「一夏、春樹、決勝戦も私の姿をちゃんと見ていてくれよ、いいな?」

 

 千冬は一夏、春樹と肩を組みながらそう言った。

 もちろん二人は見逃すなんてことはしないだろう。突然の尿意に襲われても、突然の便意に襲われたとしても、漏らすことがあったとしても、彼ら二人は千冬が勝つその瞬間まで、瞬きをせずに目を凝らして観戦しているだろう。

 

 それほどまで彼ら二人にとって、そんな姉は憧れの存在であり、尊敬する人物だ。“あなたの尊敬する人物は?”などという質問に対して、この二人は間髪入れずに織斑千冬と答えるであろう。そこまで二人は姉の事を慕っていた。

 ちなみに春樹は千冬の事を千冬姉ちゃんと呼んでいる。どうしてこう呼ぶようにになったか理由は分からないが、幼少期に共に住むようになってから既にそう呼んでいたらしい。

 

 さて、その春樹が言ったその“一振り”とはなんだろう?

 

 それは千冬が操るIS、暮桜のワンオフ・アビリティたる所以だ。

 ワンオフ・アビリティとはISが発現する特殊能力のことである。

 

 発現方法には二通りあり、一つはコア自身で発現。もう一つは他のコアが発現したものをコピーする方法だ。その効果はISによって異なり、千冬の場合は零落白夜というワンオフ・アビリティを発現している。

 

 これはISの本体を守っているシールドバリアというものを切り裂き、本体に直接攻撃を仕掛けることが出来るというものである。

 

 すると、どうなるのか。

 

 ISの基本機能として、操縦者に危険が及ぶようなダメージが及ぶ場合、IS中のエネルギーをシールドエネルギーに換算し、パイロットを守るという機能があるからだ。つまり、零落白夜の攻撃がクリーンヒットすれば、ISのエネルギーは底をつき、戦闘を続けることが出来なくなってしまうのである。

 これで千冬は勝ってきた。ただ、その零落白夜にも弱点はある。それはISの稼働させるためのエネルギーを大量に消費してしまうということだ。一〇秒の使用で一般的なISの稼働エネルギー量の五分の一を持っていく。長時間の使用が出来ないのである。

 

 だが、千冬はそこまで時間を使うことは無かった。零落白夜を使えば、確実に敵を仕留めてくる。鋭い斬撃は、正確に相手のISの胴を切り裂く。

 春樹と一夏はそんな姿に見とれていたのだ。そのカッコいい姿に。

 

「じゃあ千冬姉、ちょっと飲み物買ってくるよ」

 

 二人は決勝戦が始まる前に、喉を潤わせておく事にした。見ているこっちまで緊張して、何かと喉が渇くからだ。

 

「ああ、私の試合までにはちゃんと戻れよ、決勝戦見逃したなんてことになったらシャレにならん。春樹、一夏についていけ、お前と一緒なら安心だ」

「分かったよ千冬姉ちゃん。じゃあ行こうか一夏」

「なんだよ千冬姉、見逃すわけねえだろ!! それに春樹、お前も千冬姉の冗談に乗るなよ……」

「ははは、すまんすまん。じゃ、行ってくるよ」

「ああ、行ってらっしゃい」

 

 彼らはアリーナの外の自動販売機の方へと向かった。何故外まで行くのかというと、アリーナ内で売られているものは何かと高いのだ。お金が少ない中学生の二人にとってはできるだけ安い方が良い。そう思った彼らはわざわざアリーナを出てきたのだ。

 しばらく歩いて、アリーナから少々遠ざかったとき、春樹の身に何かが起こった。

 

「あ……。ここまで来てなんだけど、俺トイレ行ってくるわ」

 

 そう、尿意である。

 春樹はわざわざアリーナの外までやってきたというのに、突然の尿意に襲われる。わざわざ外まで来たのに、また戻らないといけない。その自分の状況が腹立たしかった。非常にタイミングが悪いといえよう。

 

「なんだよ、せっかく外まで来たのに」

「俺もそう思ったよ。悪いけど俺の分も買っておいてくれるか? 俺コーヒーな、ブラックの」

「しょうがねぇな、分かったよ、ブラックコーヒーな。早くトイレ行ってこいよ」

「ああ、もちろん行ってくるよ。自販機の前で待っててくれ、迎えに行くからな」

 

 少し冗談を加えて笑いながら言う春樹。それに一夏は冗談混じりに軽く怒った。

 

「なんだよ、千冬姉の言いなりになりやがって!」

 

 春樹は一夏の話を最後まで聞かずにアリーナの方へ走り出した。

 一夏はしょうがねえな、と思い、そのまま歩き出し自動販売機を探す。しばらく歩いていると――自動販売機を発見した。

 

「俺はコーラ。春樹は……あれ、ブラックねえや。仕方が無い、微糖で我慢してもらうかな」

 

 一夏は自動販売機にお金を入れて微糖のコーヒーを買った。自動販売機の取り出し口に手を突っ込み缶を取りだす一夏、そして戻ろうとすると――一夏の目には黒いワンボックスカーが目に留まる。それはドラマや映画で見るような誘拐するシーンでよく見るものだった。

 

(なんだ、あれ。なんか映画のワンシーンみたいだな)

 

 そう思った一夏は春樹に言われたとおりにそこで待機している。近くのベンチに座り、コーラのペットボトルのキャップを開ける。プシュ! という炭酸が抜ける音を聞くとコーラを一口飲み、一夏はアリーナの方を見た。春樹が早く帰ってこないかと見ているのだ。

 

(さて、この後は決勝戦か。去年も凄かったけど、今年は日本での開催だからな、やっぱり生で見ると迫力が違ったな。このあとのドイツとの一騎打ち。もちろん勝つよな、千冬姉が)

 

 色々とこれからの事、千冬が勝つ姿を想像したりしてワクワクドキドキしながらしばらく待っているが、一向に春樹が来る気配がなかった。

 居てもいられなくなった一夏は立ち上がってアリーナの方へと歩こうとすると、後ろから車の音が聞こえてきた。

 一夏はその音に気付き、後ろを振り向くと、自分の後方にいた黒いワンボックスカーが目の前で停車し、中から本当に映画にありそうながたいが良い黒服の男達が現れた。

 

 するとどうだろうか。

 

 一夏の事をいきなり力づくに拘束し、声を上げないように口に布を押し付け、そのままワンボックスカーの中へと無理やり連れ込んだ。

 一夏は必死に抵抗したが、黒服の男たちの力は物凄く、一般的な中学生が勝てるようなものではなかった。彼は呆気なく捕らわれの身となってしまった。

 口元に新たな布を押し付けられたかと思うと、一夏は段々と意識が遠のいていくのを感じた。

 おそらく、何らかの薬品を使ったのだろう。

 

(な、なんだよ……これ――)

 

 そう思う前に一夏は意識を完全に失った。

 

 

  2

 

 

 春樹はトイレを済まして手を洗っていた。

 

(早く一夏の下へ行かねえとな、飲み物買わせちまったし)

 

 春樹は急いでトイレから出て、外へ出る。そして一夏が向かったであろう場所まで走る。すると、春樹の目の前には信じられない光景が広がっていた。

 一夏の近くまで黒いワンボックスカーが止まる。そしてその中から黒ずくめの男達が一夏を無理やり連れ込まれている。

 

 春樹は恐怖で身動きが取れなかった。周りには他に誰一人としていない。みんなアリーナの中で決勝戦を今か今かと待っている。

 黒ずくめの奴らは春樹の存在に気がついていない。これは奴らの状況判断のミスかなんかだろう。目撃者がいるというそれだけの事実ですぐに助けを呼ぶことができる。

 

 でも春樹は動けない。

 

 そして春樹は結局何もできずに一夏はそのままさらわれていった。そう、「何もできず」に……。

 

 春樹はここまできてようやく動きが取れるようになった。だけど足がまだ震えていた。息をする事すら難しかった。

 そんな足を無理やり動かしてある人のところへ向かおうとした。とても強い人、織斑千冬のところへ。

 春樹は恐怖のあまり震える足を無理やり動かし走り出す。早く、早くこの事を千冬に伝えないといけない。そう思った春樹はひたすら走った。

 

 ハァハァと、息を切らせながらアリーナに向かって全力疾走をする。

 そして、アリーナ目の前、関係者以外立ち入り禁止の入り口から入ろうとするが、当然警備員の人に捕まってしまう。

 

「こらっ、君! ここは入っちゃ駄目だ。関係者以外立ち入り禁止の文字が読めないのか!?」

「早く伝えないと。あの人に……千冬姉ちゃんに!」

 

 春樹は焦っていて言葉がまとまっていない。この話を聞いただけでは何を言いたいのかまったく伝わらなかった。

 しかし、その警備員の耳にはあるワードが頭に残った。「千冬姉ちゃん」である。

 その警備員は目の前のの子供に目をやった。この子はあの織斑選手の弟なのか、と。あながち間違ってはいないが、実の弟は一夏である。春樹は義理の弟、といったところか。

 

 だが、そんなことはどうでもよかった。警備員の人は目の前が顔が青ざめており、焦りに焦っている。尋常じゃないくらいの汗をかいているし、余程の緊急事態なのだろうと思った。

 

「分かった。君の名前は?」

「え……。葵……春樹です」

 

 葵春樹、織斑の姓ではなかった。しかし、その焦り方は悪ふざけとかそんなものではなかった。そのことが、警備員の心を揺らがせる。

 

「じゃあ葵君、ちょっと待っててくれるかな?」

「はい、分かりました」

 

 春樹は待っている間に息を整えようと、大きく息を吸い込んだ。

 

 

  3

 

 

 織斑千冬が選手待合室で休んでいると、部屋のドアがノックされた。いったい誰なのだろうかと思い、ドアを開ける。そこには警備員の人が立っていた。

 

「織斑選手、お休みになっている所すみません。葵春樹という子供が焦りながら織斑選手の事を呼んでいるのですが……」

「なに?」

 

 千冬の目はガラリと変わった。さっきまでのリラックスしきっていた優しい感じはもうなかった。千冬は急に目つきがきつくなる。

 

「もう顔も青ざめていて、汗なんか尋常じゃないくらいかいていますし、どうしますか?」

「よし、会いに行こう。案内してくれますか?」

「分かりました」

 

 千冬は警備員の人についていった。

 そして彼女は考える。いつも冷静沈着いつもクールで、事も落ち着いて色んなことを対処する春樹をそこまで焦らせるほどの事態。何が起こっているのか、正直、不安に駆られている。

 

(いったい、何が起こっているんだ……?)

 

 決勝戦直前だというのに、千冬は嫌な予感で不安な気持ちでいっぱいになってしまう。これから、いったい何が起ころうとしているのか、気になってしまってしょうがなくなっていた。

 アリーナの関係者の出入り口から織斑千冬が出る。

 彼女は春樹を見るなり、その焦り様からその事の重大さをようやく確認することができたのだ。

 

「おい、春樹。どうしたんだ、そんなに汗かいて……。何が起こったんだ!?」

「…………一夏が、目の前でさらわれた」

「なっ!?」

 

 千冬は驚愕する。一夏が、大事な弟である一夏が何者かにさらわれた。一瞬頭の中が真っ白になってしまったが、すぐに自分の感情を取り戻して冷静に考える。

 誘拐。

 そのキーワードが千冬の頭の中を駆け巡った。

 

(なぜ一夏を誘拐した? 私への妨害のつもりか? 私はどうすればいい? 何をすればいい?)

 

 考える千冬。

 

「春樹、そのときの状況を教えろ」

 

 春樹はそのときの状況を出せるだけ出した。

 あのときは……春樹がトイレから一夏の下へ戻ろうとしていたときの事である。一夏を見つけたと思えば黒いワンボックスカーが止まり、中から黒ずくめの男達が出てきていきなり一夏を襲って車の中につれ込んだ。そしてそのまま車は何処かへ行ってしまったのだ。

 

「ごめん、千冬姉ちゃん……。俺、何もできなかった……」

「いや、ちゃんとお前の仕事は果たしたよ。お前はすぐに助けを呼んだ。それだけで十分だ」

 

 千冬は春樹の頭を撫でる。

 しかし、千冬は考えた。一体どうすればいい? 一夏はさらわれたのだが、自分のもっている情報が少なすぎる。正直このままじゃなにもできない。

 すると黒髪の女性から声がかけられる。

 

「やっぱり。ブリュンヒルデ、こんな所に……」

 

 ブリュンヒルデ、北欧神話に登場するワルキューレの一人だ。その女性は戦死した兵士をオーディンの住むヴァルハラへと導く戦女神ワルキューレの一人として描かれている。

 それから取って、第一回IS世界大会にて織斑千冬は見事優勝したその時につけられた称号、それがブリュンヒルデである。

 

「お前は……リーゼロッテか」

「はい。で、どうしたのですか? もうすぐ決勝戦が始まるというのに出口の方へ向かうので気になって追いかけてみたんですけど……」

 

 リーゼロッテ・ミュラー、ドイツ代表のIS操縦者。次の決勝戦で当たる千冬の相手である。

 

「実はな――」

 

 千冬は今起こっていることを全て話した。

 実の弟の一夏が誘拐された事。

 そして、手がかりも何もなく、ただ棒立ち状態になってしまっている事を。

 

「それは大変ですね……それなら、このドイツが協力いたしましょうか? 軍の力を使えばどうにかなるでしょうし」

「そ、それは本当か!?」

「嘘を言うだけ無駄です」

「ありがとう、本当にありがとう」

 

 千冬は心からリーゼロッテに感謝した。そしてドイツ軍にも。

 それから千冬と春樹はドイツ軍の人たちの下へ向かう。コツコツと足音だけが聞こえる状態。気を抜けば押しつぶされるんじゃないかと思うほどの雰囲気だった。

 リーゼロッテはドイツ軍の下へ行き、その部屋のドアを開けた。

 

「ん? リーゼロッテか。どうしたんだ……っと、これはブリュンヒルデ、どうされたのですか?」

 

 今喋ったのはドイツ軍のIS部隊隊長、エルネスティーネ・アルノルトである。彼女はとてもしっかりとした姿勢をしている。流石は軍人と言ったところか……。

 

「すみませんエルネスティーネ隊長、このブリュンヒルデが今困っておりまして、お願いがございます――」

 

 リーゼロッテは今の状況を素早く、且つ丁寧に説明した。

 すると、エルネスティーネは快く協力してくれると言ってくれた。これには千冬もとてつもない感謝をする。

 これで、一夏を助けられ可能性が高くなった。これで一夏を助けられる。そう思うだけで心が落ち着く。

 エルネスティーネは春樹に問う、

 

「では、春樹君……だったかな。一夏君が誘拐した車はどんな感じだった?」

「え~と、黒いワンボックスカーでした。ホイールのカラーは銀。えっと……車の形状は……とても四角い感じだったのを覚えています。ナンバープレートの番号は……確か32という数字が見えました」

「ありがとう、これで大体の事を予測できます」

 

 なにやらドイツ軍のオペレータの人たちがとてつもない速さで何か文字をコンピューターに入力している。なにが起こっているのか全く持って分からない。

 そして数分後、一夏の現在の座標データを割り出したようだった。とてつもなくスムーズに事が進んでいる。

 

 この中、春樹は何かがおかしいと思っていた。あまりにもスムーズすぎるからである。まるで最初からこうなる事は分かっていたかのように。

 

「では早速助けに行きましょうか、車を用意してあります。どうぞご自由にお使いください。これが一夏君の場所を知る為の端末です」

「すまない、感謝します。いくぞ、春樹」

 

 千冬は薄型のタッチパネル式の端末をエルネスティーネから受け取った。

 そして春樹は現在の時刻を見た。決勝戦開始の時刻まで後二十分もない。このまま一夏を助けに行ったら千冬は不戦敗になるだろう。

 

「でも千冬姉ちゃん!このままじゃ決勝戦に間に合わないんじゃ!?」

「黙れ春樹! そんなものより大切なものはある。一夏という大切な家族がな……」

 

 春樹はその言葉に黙り込んでしまう。確かにそうだ、千冬は何よりも家族が大事、いや、誰だって家族の方が大事である。これは春樹の失言であった。

 

「ごめん、千冬姉ちゃん……。じゃあ行こう、一夏を助けに!」

「ああ、そうだな。お前もその家族の一員だよ」

 

 千冬はそう小さく呟いたが、春樹の耳にはしかっかりと届いていた。そのことが何よりも嬉しく、そして一夏を助けたいと思う気持ちが何倍にも、何十倍にも、何百倍にも膨れ上がった。

 千冬と春樹は一回アリーナの駐車場まで歩いていったが、その間、千冬と春樹は会話をする事はなかった。どちらも今の状況にいっぱいいっぱいであったからだろう。

 

 すると、一台の車がこちらにやってくる。恐らくエルネスティーネが用意した車だろう。彼女が準備した車はスポーツタイプの車であった。

 エルネスティーネは運転席のカーウインドウを開けて言った。

 

「では乗ってください、運転は私がしますので」

「分かりました。乗れ春樹」

 

 春樹は千冬の言われるまま乗り込む。

 ちなみにISは無許可で上空を飛ぶことを許可されていない。更に言うならば一般市街地でのISの使用もよっぽどの事がない限り不可、禁止されている。

 使用すれば直ちにISの部隊によって拘束・逮捕、となるだろう。ISというものは、世界大会で大人気の競技の道具であるが、使い方を間違えればとても危険な兵器へと豹変する。

 

 二人は車に乗り込んでその端末が示す場所へと向かう。その最中、春樹が見た千冬は不安に満ちた顔であった。

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