6
第二回IS世界大会モンド・グロッソは幕を閉じた。結果はドイツの不戦勝、日本の不戦敗という結果に終わった。この結果には客の方もブーイングの嵐で、納得のいくものではなかったことは確かである。
織斑千冬は日本政府の方から決勝戦を無断で放棄したことについてで、日本代表の権利を永遠に剥奪された。つまり、日本代表を決めるISの選手権に出場することは出来なくなった、ということだ。
そのことについて、一夏は非常に悩んでいた。自分のせいでこんなことになってしまった、自分の姉に多大な迷惑をかけてしまった、と自分の存在が許せなくなっている。無力で人に迷惑をかけてしまう自分が腹立たしかった。
現在一夏は医務室のベッドで横になっている。特に怪我もないのだが、一応念の為、ということで横になって休んでいるのだ。
そのつきそいで横には春樹がいる。千冬はドイツ軍との話でここにはいない。
「春樹、俺、どうしたらいいんだろうな。千冬姉に迷惑をかけて、それでこんなことになっちまって……」
「一夏、それはお前のせいではないと何度言ったら……。今回の事件はなんらかの組織が起こしたことであって、一夏自身に責任はないんだぞ」
「それは分かってるけど、でもそれを認めれない自分がいるんだよ、俺さえいなければってな」
春樹は今の発言に対して怒りを込めて話そうとしたとき、一夏は少し大きめの声で春樹の言葉を遮った。
「春樹の言いたいことは分かってるよ。そんなことを言ってはいけない、だろ? そんなことは分かってるさ、言ってはいけないことは分かってる。でも、そう思わなくちゃなんだか自分が崩れてしまいそうで……」
一夏はベッドのシーツを握りしめながら言った。
彼は自分に責任を負わせないと、何を思ってこれからやっていけばいいのかと悩んでいる。自分に責任を負わせることで、自分の姉に対して償っている様なものだった。自分が不甲斐無いばっかりにこんなことになってしまってごめんなさい、と自分の中で思っているのだ。
それは自己満足でしかない。だが、今はそうしないと自分が崩れてしまいそうなのだ。
春樹は彼の気持ちを理解してあげた。今は、自分のその気持ちを整理しなくてはいけないときである。自分で考え、自分で悩み、そして答えを出す。その時間だ。
「一夏、俺は行くよ。良く考えなよ、自分の事を」
「ああ……。悪いな、春樹」
春樹は一夏に笑みを見せると、医務室から出ていく。
これから彼が向かうのは織斑千冬が居るところだ。今、彼の中ではとある計画を企てていた。自分に今必要なものを用意するために。それが千冬の下へと向かう理由だった。
7
春樹は千冬たちが話をしている部屋の前までやってきた。
現在、千冬はドイツ軍の人と話をしている。そう、ドイツ軍のIS部隊の教官をすることについて話を付けているのだ。
春樹はそれを承知で、千冬とドイツの軍人の話に割り込むために部屋の中へと入っていく。
千冬とエルネスティーネ、ドイツ代表リーゼロッテが一斉に入口の方を見る。そこには当然春樹が立っていた。彼は一礼すると、中へと入っていく。
そんな春樹を見た千冬は春樹に凄い剣幕で見ながら、
「おい春樹、何の用だ? 今は重要な話をしているんだ。出て行け」
しかし、春樹は千冬の言葉を無視して、真剣な眼差しでエルネスティーネの事を見つめる。そして春樹はエルネスティーネの目の前に立ち、
「エルネスティーネ・アルノルトさん、お願いがあって参りました」
「何かな、春樹君」
「俺を――いえ、自分を千冬姉ちゃんと一緒にドイツ軍へと連れて行ってくれませんか」
それは急すぎるお願いであった。春樹の表情は非常に真剣なものであり、エルネスティーネは春樹にちょっと興味を惹かれた。だからこそ、彼女は春樹に質問を返す。
「春樹君、どういうことかな?」
エルネスティーネは優しく微笑みながら春樹に問う。そして春樹はとても真剣な表情でその問いに答えた。
「自分は、やるべき事ができたんです。それには自身を鍛える必要がある。だから、千冬姉ちゃんが教官をやるっていうドイツ軍の方に行きたいと、そう思ったのです」
その春樹の顔は軍人に引きを取らないキリッとした顔だった。その春樹の顔にエルネスティーネは感心させられた。いまどきの若者でもこのような表情をする子がいるのだと、それもISの登場で男が立場上弱くなってしまっているこの社会で、とそう思った。
彼女は少し考えた。この子をドイツ軍基地に連れて行って良い物なのかと。彼はまだ中学生だ。たとえ強くなりたいという気持ちがあったとしても、軍人のトレーニングについていくことなんてことは難しいし、それに耐えれるとはとてもじゃないが思えない。
だからここはさらに質問する。彼の覚悟を試すために。
「……分かりました。では春樹君、泣き言は言わないって約束できるかな? もし泣き言を言ったときには、君はタダで日本に帰れると思わないことね……」
エルネスティーネはさっきまでの優しい表情は無くなり、ちょっと怖い感じもする真面目な顔になる。そして、ちょっとした脅しも加えた。あくまで脅しなのだが、雰囲気がそれを本当の事かのように演出される。だが、それにびびることもなく春樹は、
「泣き言? そんなものを言うはずありません。なぜなら……、自分が持ったこの気持ち、信念は揺ぎ無いものだから。だから、自分はエルネスティーネさんにこうやって面を向って頼みに来たんです」
と言った。その表情は希望・信念・勇気・覚悟……それらが詰まったような顔だった。
(この子……不思議な子ね……気に入ったわ)
エルネスティーネはこの揺ぎ無い意思を示した春樹を気に入ってしまった。もしかしたらとんでもない人になるんじゃないか、という期待もしていた。だからこそ、春樹との話を受け止めた。
「では織斑千冬さん、これからよろしくお願いします。そして葵春樹君、君には期待しているよ。では、準備が整ったら連絡をしますので、それまではゆっくりしていてください」
「分かりました、では……」
千冬は礼をしてその場から立ち去る。
そして春樹はエルネスティーネの「期待している」という言葉を思い出していてちょっとした考え事をしていた。軍人の目から見て、自分はそんなに期待できるような人なのだろうか、と。
「春樹、お前……本気なのか。何を思って急にそんなことを言い出した?」
千冬が質問をしてきたが、春樹にとってそれは愚問に近いものがあった。彼にはもう明確な目的があり、そのために自分を強くする必要があった。そしてそれは、何があっても挫けることの許されないものであった。
「千冬姉ちゃん、そんな事をわざわざ聞くの? そんなの決まってるじゃないか。一夏とか、千冬姉ちゃんとか、皆の為だよ……」
「そうか。春樹、お前にはお前なりの考えがあるんだよな……。悪かったな、無駄な質問をしてしまって」
「そんな……、俺の方こそ話の邪魔をしてごめんなさい。急な押しかけになってしまったことを謝ります……」
春樹は丁寧にお辞儀をして謝った。だが、千冬はそんな春樹の姿を見て、笑いながら話す。
「なにをそんなに畏まっているんだ春樹? お前はお前の選択をした。そしてそれは正しい事なのかもしれない。もしかしたら間違っていることなのかもしれない。だが、そんなことは今の私には判断しようがないんだ。だから見せてくれ、お前の選択は間違いではなかったことをな」
「千冬姉ちゃん……」
そして千冬はそれ以上は何も言わずにその場を歩き出した。これ以上は話す意味がない、いや、話さなくても分かる事だろう。千冬が何を言っているのか、それは自分で判断して、決断して、行動しろ、ということだろう。
春樹はしっかりと、千冬の意図を掴んでいた。だから、春樹はそのまま何も言わずに千冬の後を追った。これから向かう場所、それは一夏が寝ている医務室だ。
8
千冬と春樹は一夏の医務室に入る。すると、一夏がベッドで横になりながら小説を読んでいた。
二人に気が付いた一夏は、その小説にしおりを挟むと、身を起こして二人に話しかけようとしたが、一夏に話す暇なども与えないうちに話を進めた千冬が先に話す形になった。
「一夏、話がある。春樹はこれからドイツに向うことになる。だから、お前は家で大人しくしていろ、いいな?」
「は? でも千冬姉――」
千冬は一夏に話す間も与えないまま話を続ける。
「大丈夫だ、監視はつけるし、私たちが帰って来るまで安心して生活していろ。それからプライベートな部分までは監視しないから安心しろ」
「そうじゃない! いったいどんな話になっているのか、それを聞きたいんだよ」
「それは春樹自身から聞け、いいな?」
千冬は春樹に目線で同意を求めると、春樹は肯定の意味で頷いた。
「一夏、俺は自分の目的の為にドイツへ飛ぶよ。その目的はまだ話せないけど、でも、いつかにはちゃんと伝えるから。悪いな、しっかりと話せなくて……」
一夏は春樹の言葉をしっかりと受け止めてあげた。言葉は確かに足りなくて、すべてを話してくれてはいない。だが、それでよかった。何か“目的”があってドイツへ向かうことだけはしっかりと知ることが出来たのだし、いづれこのことは話してくれると言った。それで十分なのだ。
「分かったよ、もう十分だ。行ってこい。そして、その目的とやらを達成しろよ?」
「ああ、任せておけよ。ありがとうな、一夏」
二人はそれ以上の会話は無かった。彼らはただお互いの目を見て、目で語り合っている。その言葉に偽りはないか、確かめるために。
五秒程でその視線での会話は終了し、春樹は一夏に背を向けながら言った。
「じゃあ、俺は家に帰って荷作りでもしてくるわ。じゃあな、一夏。しばらくの間お別れだ。またな……」
「ああ。またな」
二人は軽い別れの挨拶をして、春樹は部屋を出て行った。
一夏は完全に近くからいなくなったのを確認すると、千冬に確認を取る。
「千冬姉は知らないんだよな、春樹がドイツに向う理由ってのを」
「ああ、詳しくは教えてもらってないな。だが、アイツの“目的”ってやつは大体分かるよ。アイツはこう言っていた。一夏や千冬姉ちゃん、みんなの為に、ってな」
それを聞いた一夏は確信を持てた。アイツは、今回の事件について何かしらの不満を持っていることを。小さいころから一緒に暮していれば良く分かる。春樹は何よりも自分の友人、仲間を大切にしている。それは自分の事を棚に上げてでもだ。
一夏はそんな彼をすぐ隣で見ながら生きてきた。一夏はそんな彼の生き方には憧れ、というか若干嫉妬じみた感情まで抱いたことがある。人間として、そんな生き方が出来たら良いな、と思ったことがある。だから、一夏はこう呟いた。
「くそっ……。一人でやりやがって……」
その呟きは千冬の耳にまで届かない程小さく、千冬は何か言ったか、という反応しかしなかった。一夏も別に……、と適当に誤魔化した。
「そうだ一夏、体の方はもう大丈夫なのか?」
千冬は思い立ったように一夏に確認を取るが、元々体の方は対して問題はなかった。あるとすれば、体がちょっと疲れていることだろうか。
「何言ってんだよ千冬姉。元々俺は何ともないんだぜ?」
「そうか、分かった。じゃあ、私と一緒に家に帰るか?」
「ああ、分かったよ」
千冬は後始末の仕事があるから、もう少し時間がかかることを一夏に伝えた。仕事が終わればここに来る、それまでに帰る準備をしているように、ということを言われ、千冬はこの医務室を後にした。
医務室に再び一人になった一夏。
彼はこれからの事を考える。
千冬はこれからドイツ軍のIS部隊の教官になるわけだ。これから自分は人にものを教えなくてはいけない立場になる。もし、上手くできなかったら……。
第一回IS世界大会の優勝者、ヴァルキリーと呼ばれた『ブリュンヒルデ』に期待する軍人は沢山いるだろう。ここで下手な事をすれば、日本のイメージはガタ落ちになるだろうし、日本を実質背負っている自分はそのような失敗は許されない。
だが、千冬姉なら大丈夫だろう、と一夏は考えている。何故なら、彼女は小学生の時に一夏や春樹、箒に剣道や剣術を教えた人である。箒はその教えで剣道の全国大会に出場、個人の部門で優勝する程の腕前になった。これは箒に元々剣道のセンスを持ち合わせていたこともあるが、それでも千冬に教えられたことは大きかった。
一夏と春樹もそうだ。そういった部分で共に競ってきた仲で、この二人の腕は相当なものであるが、部活等に入ってはいなかったので大会だとか、そういう話は全くなかった。
それほどまで千冬は人を育てる力はあるのだろう。だからこそ、一夏は千冬の事は全く心配していなかった。
だが、問題は春樹の方である。
彼の事についてはこれからどうなるのかもよくわからない。確かに、一夏と春樹はともに様々なことで競い合ってきた仲である。
しかし軍の訓練に参加するなんてことは、当然だがそんな経験はなかった。
(春樹。お前は、それ以上何を望んでいるんだ? もう十分だろうよ。お前のその強さは本物なんだぜ……?)
一夏は疲れを癒すために、千冬が来るまでそのまま一眠りすることにした。