5
一夏と箒が
一夏たちを束の組織に招き入れる為にブリーフィングを始める少し前、束の持っているセンサーが探知したその反応はISであった。
法律上、ISを指定された場所以外で展開して使用することは禁じられており、それが見つかった瞬間に軍で特別に配置されているIS部隊、ISに関しての事件を担当する警察みたいなものだが、それがそのIS使用者を取り囲んで拘束してしまうだろう。
しかしそのISは準備が良く、ステルス機能と光学迷彩を装備しており、そう簡単には発見されにくいようにしていた。つまり……あまり人に見つかってはならないような事をしている可能性が高いといえる。
だから春樹はそのISをセンサーの微弱な反応を頼りにその正体と目的を探ることと、もし世界を脅かすような裏組織の人間だった場合は戦って拘束をすることが今回春樹に課せられた任務だ。
春樹はセンサーの微弱な反応を頼りに空中を彷徨っている。もうかれこれ一〇分程度飛んでいるが、ISの姿は見えてこない。確かにセンサーにはここら辺に微弱な反応があるのだが……。
春樹はもっと高度を上げて見ようと思い春樹は上昇した。雲により視界が遮られるが、春樹はそんなことには構わずそのまま雲を突っ切る。
雲を抜けると青い空が見え、周りを見回すとそこには――ISがいた。
「やっと見つけた……。おい、お前!」
ISを身につけた人物は春樹に気付いてこちらを向くと、黒いボディが太陽の光に反射して眩しく輝いている。
黒いIS。
春樹にとっては黒いISには何かと縁があるようだ。IS学園を襲った黒い無人機のISに、シュヴァルツェア・ハーゼのイメージカラーとその部隊のISの黒色。そしてあのとき、ドイツ軍基地を襲撃した奴らも黒色のISを身に纏っていた。
「そこのお前! いったいこんなところで何をしている?」
目の前のISの操縦者は、なんの躊躇いも驚きもなく、淡々と話し出す。
「おやおや……こんなにも早く見つかってしまうとはね。待っていたよ、葵春樹君」
その目の前のISの主の声は間違いなく男のものだった。ということは、例の『因子』を同じく持っているものなのかもしれない。
そして、何故か春樹の名前を知っていたので、春樹は警戒を強めて戦闘態勢に入る。
「ははは、何もそんなに強張らなくても。君と少し話がしたい」
と目の前の人物がそう言うが、春樹は警戒を緩めたりはしない。いつ襲われるかわからないし、一撃でも攻撃を喰らった瞬間、それは負けに繋がるからだ。
「話だって……? ならお前の名前を教えろ、それが条件だ」
「了解した。なら、レイブリック・アキュラ……とでも言っておこうかな」
レイブリック・アキュラというのは恐らく偽名だろう。こういう仕事をしている奴らは普通はコードネームで仕事をしている。この名前はコードネームかなんかだろう。
「偽名か?」
「さあね、どう取ろうがお前の勝手だ。さて、話というのはだな……お前は篠ノ之束をどう思っているのか。まずはそれを聞きたい」
春樹はその話の内容が予想もしていなかった事なので少しばかり戸惑ったが、篠ノ之束の命を狙う者ならばそういった話題を振ってもおかしくはない。
「どうして束さんの事を……何が狙いだ?」
「それは教えられないな」
春樹は正直なところ、束のことが好きになっている。自分ではその「好きだ」という結論までたどり着けていないが、そういった感情にはなりつつある。いや、彼の中で束の事を好きになってはいけないと思って心のどこかに枷をつけているのかもしれない。好きになる事で、束に執着してしまい、周りが見えなくなってしまうことを恐れている。だけど、どこかほっとけないあの感じは、春樹自身の“束を守る”という事のエネルギー源になっているともいえる。
「束さんは、守ってあげたいと思えるようなそんな人です。頭は良いし、色んな事を知っている、そんなところに憧れるけど、時々アホの子になってしまう。そんな彼女を俺は守ってあげたいと思うんです。これが……俺の想いです」
するとレイブリックは薄気味悪い笑い声を上げて、
「そうか……。それがお前の想いか。でも、もし篠ノ之束の事を殺したいぐらい恨んでいる人がいて、そいつらが集まった組織があったとしたら……どうする?」
春樹は今までに起こったことが脳裏に蘇ってくる。特に、ドイツ軍基地の事は忘れたくても忘れられないほど印象に残っている。あのときの事は一寸狂わず思い出す自信が春樹にはあった。
いま思えば、全ての始まりはあの時始まったのかもしれない。もし、あの時自分がドイツ軍基地に出向く事がなかったら……こんな事にはならなかったのだろうか、と思う春樹。
「そんな奴らがいたなら……俺は俺が信じる正義を貫くだけだ」
「ふふ……。良い答えだな……ッ!!」
レイブリックはいきなり春樹に斬りかかった。だが、そのいきなりの攻撃にもしっかりと反応して避けると、風を切り裂く音だけがそこだけに残る。
「何をッ!?」
「アンタが束を守る奴だというなら、まずは……お前を切り裂いてやる!」
レイブリックはビームブレードを再び春樹に向かって斬りかかる。
春樹はそれを避け、こちらも武器を構えた。その武器は剣のシャープネス・ブレードであり、相手の剣に対抗するかのように同じく剣を振るうことにした。
「IS学園を襲ったあの黒い謎の無人ISはお前達の仕業か!?」
「それは俺たちじゃねえな、俺たちのターゲットは唯一つ……篠ノ之束だけだッ!!」
お互いの剣が交差し火花を散らすが、レイブリックは一度距離をおくと、ビームブレードの先端からビームを発射し、春樹の事を狙撃した。
春樹はそれを避けると、敵に射撃武器があると判明した彼はブレイドガンを展開し、牽制の射撃を行いながら距離を詰めていく。
その牽制射撃を避けながらまたレイブリックも距離を詰めていく……。段々と距離が縮まっていき、お互いの距離が零になると、またお互いの剣がぶつかり合う。
すると春樹は小さく笑い出して、
「準備運動はこの辺にするか?」
「そうだなぁ、そうすることにするよ」
その瞬間、お互いの動きは激変した。戦闘スピードは格段に上がり、気が緩めばそのまま攻撃を一方的にくらってしままい、落されてしまうだろう。
春樹はこのとき確信した、奴が『因子』の力を発動したのだと……。だから、春樹も『因子』の力を行使する。
すると、春樹と
これより、戦いは普通では体験できないような領域に達する事になる。
レイブリックと春樹の正確な射撃、それをお互いに間一髪で避けるともう一発発射する。レイブリックはそれを避け、春樹は翼でそのビームを防ぐ。すると目の前にはレイブリックが春樹の首を斬り付けようとしていた。
春樹はそれをギリギリのタイミングでブレイドガンの剣の部分で防ぐと、身体をひねってレイブリックの攻撃を受け流し、後ろからビームを撃ち込んだ。
しかし、ビームはレイブリックを貫通した。当たった形跡もなく、ただそこにはレイブリックの黒いISがあるだけだった。
(センサーではお前はそこにいるのに……なんで当たらないんだよっ!?)
そう思った時にセンサーにはもう一つISがいることに気付いた。春樹は後ろから斬りかかろうとしているレイブリックの攻撃を見ずに身体を屈ませてかわした。
「質量を持った……残像!?」
「そう、これが俺のワンオフ・アビリティーだ」
思わず春樹は舌打ちをしてしまった。
質量を持った残像……ということはセンサーにはあたかもそこにISが居るかのように表示されるし、肉眼でもそこにいるかのようにしか映らない。とてもやっかいなワンオフ・アビリティーだ。これを連続で発動されてしまうとセンサーには無数のISを探知してしまい、センサーを当てにできなくなる。後は肉眼で本物を見極めるしかない。
「くそっ……厄介なもん使いやがって……」
春樹はそう吐き捨てるが、レイブリックは手加減なんてものはするはずもなく、ワンオフ・アビリティーを使っていく。
「お前に見極められるか? 葵春樹……!」
無数に現れる残像。春樹のセンサーにはものの数十秒で五○体以上ものISを探知してしまい、どこに本物がいるのか、センサーはもはや当てにできない。だから、じっと目を凝らすがどれが本物かは分からないし、いつ攻撃を仕掛けてくるのかも分からない。一撃受けたら終わりな仕様の
だが、センサーも駄目、肉眼も駄目なら一体どうすればいいのか……。残る方法は、“心の目”という、いわゆる“心眼”というものを使わざるを得ない。春樹は元々相手の殺気を感じ取る能力を持っていた。それはこの『因子』の副作用的なものなのかは分からないが、今はこれに頼るしかなかった。
春樹はゆっくりと目を瞑り、神経を研ぎ澄ます。周りの光景をイメージして、どこに誰がいるのかを感じ取る。チャンスは一瞬。
目の前の残像が全て春樹に襲い掛かるが、この中に本物は一つで攻撃が当たるのも一つだ。その本物の攻撃だけを防ぐ事ができれば良い。
春樹は全神経を研ぎ澄ませて本物を見極め、そして春樹は目を瞑ったまま右上のレイブリック目掛けてビームを放った。
その攻撃は見事ヒットし、本体だけを残し、周りの五〇体もの質量を持った残像は消滅した。
レイブリックは当たり所が悪かったらしく、今の攻撃で大量のシールドエネルギーを奪われてしまった。
「お前……なんで……?」
レイブリックは悔しそうに春樹に聞く。
「なんでって……心眼ってやつかな」
「ふん……非科学的だな……」
レイブリックは春樹のオカルトチックな話には興味がなかったらしく、そこまでの詮索はしなかったが、レイブリックのワンオフ・アビリティーを攻略されたのはとても大きなアドバンテージで、これでレイブリックはワンオフ・アビリティーを使って優位に立つことは難しくなってしまったと言える。
「そんなこと言ってられる場合か? 俺にお前のワンオフ・アビリティーは通用しない」
「そうかな……。ワンオフ・アビリティーは通用しなくても、それ以外で勝てばいいことだ。違うか?」
「……その通りだな。ふははは。さて、ヤろうか……どっちかが砕け散るまで!」
春樹は大きな鎌を構えてレイブリックに対して振ると、風が切れる音だけが鳴る。彼の姿はそこにはいなかった。春樹はレイブリックが後ろにいる事を感じ取り、身体を回してその場で一回転すると、まさに切りかかろうとしているレイブリックに攻撃が当たりそうになる。だが、その攻撃がキチンと見えているかのようにその攻撃を避けると、残像を残して春樹の視界から本体がいなくなる。
(いいぞこの感じ。スリル。人間はこんなにも残忍な行為をいともたやすくやるんだな。分かってきた。分かってきたぞ!!)
この時、春樹の気持ちはとてもハイになっていた。気持ちがこの究極の戦いの中で物凄く昂ぶっており、いつもの春樹はそこにはいなかった。麻薬を与えられた人間のように頭の中はとてもクリアになって何処かがおかしくなってしまっているが、気持ちが昂ぶっている状態でも何処かしら戦闘については冷静な判断を下している。
どこからともなく斬りかかってくるレイブリックを最小限の動きで避ける春樹。その顔は何処かしら笑っていた。頭がどうかしてしまったのではないのか、という印象を受けるその表情はどこかしら狂気を感じさせる。
レイブリックはそんな春樹の顔を見て顔を引きつらせた。その時、ちょっとした隙が生まれ、春樹はそのチャンスを見逃すことなく鎌で攻撃をする。
ギリギリでレイブリックはその攻撃を避けると、春樹に向かって言った。
「おい、お前……。頭大丈夫か……? なんだよ、その微笑みは? 何だよその余裕の表情は!?」
本当にどうにかしてしまったのではないのかと思ってしまう程、今の春樹はどこかおかしくなっていた。そこにはいつもの優しい表情の彼はおらず、狂気に満ちた顔をする男がそこにいた。この戦闘を楽しんでしまっているような男が……。
「おい、それで終わりかよ? まだまだこれからだろ? なあ!?」
すると、一通の連絡が春樹の下に入った。春樹はその通話に出ると、束がとても必死に春樹に訴えかけた。
『春樹!! いっくんが、箒ちゃんが……失敗して……箒ちゃんが、意識不明に……!!』
その言葉でようやく我に返る春樹。
そして、さっきまでの自分を思い出して、自分のその行動と言動に吐き気がしてくる。まるで違う人が乗り移ったかのような感覚だった。
すると、気が付けば目の前にはレイブリックがいた。
「……っ!?」
春樹は言葉が出なかった。何も出来ないままレイブリックに攻撃をくらってそのまま遥か下の海へと一直線に落下していく。
そして、攻撃を受けた直前に春樹の耳に飛んできた言葉。
「お前は……危険だ」
というレイブリックのささやくような声だった。
春樹の機体である
しかし、攻撃をくらってしまった春樹は、そのたった一撃でシールドエネルギーがなくなり、戦闘続行不可能な状態に陥った。
海まで物凄いスピードで落下していく春樹は水面ギリギリでホバリングし、元の海岸まで一直線に逃げていく。とりあえず、レイブリックから出来る限り今は離れなくてはいけない。こんな状態では確実に死んでしまうからだ。
「一夏……箒……」
春樹は二人の顔を思い浮かべ、海岸へと戻っていった。
6
春樹はみんなの居る旅館へと戻ってきた。春樹のISはたった一回の攻撃で致命的なダメージを負ってしまい、完全に修復するには少しばかり時間がかかりそうだった。
一先ず春樹は一夏と箒の下へと急ぐ。
春樹は作戦が失敗し、箒が負傷したと聞いたときには何故だか分からないが気持ちがハイになっていた状態が一気に冷めていくのを感じていた。まるで、お酒に酔っている状態が身の回りにヤバイ事が起こった瞬間に酔いが醒めるような感じのようだった。
旅館の中へと入り、ブリーフィングルームとして使っていた場所へと行くと、そこには山田先生と織斑千冬、そして篠ノ之束が居た。
「織斑先生、一夏と箒はどこです?」
そう聞くと千冬はビックリした後、春樹の方を見るとゆっくりと口をあけて、
「春樹か……。箒は元々私たちの部屋だったところで点滴を受けているよ。診に行くんだったら静かにな」
「分かりました。あと……何があったんです?」
千冬は息を吐き、大きく息を吸い込んで深呼吸をしてから小さな声で話し出した。
「一夏が……判断ミスをしたらしい。それで福音に箒は撃墜されてしまい、挙句の果てに作戦は失敗してしまったそうだ」
「そうですか……分かりました、ありがとうございます。それから束さん、ちょっと……」
春樹は千冬に一礼してから束を手招きすると、一旦この部屋から出て行く。
ロビーまで行き、お互いに向き合うと春樹はゆっくりと口をあけて、
「束さん。暗部組織らしき人物と交戦してきました」
「そう……。大丈夫……だった?」
束はとても心配そうな顔で春樹を見る。彼女の内心は春樹にはあまり戦って欲しくないというのが正直な気持ちだ。
本当は自分の我が侭にここまで付き合ってもらう事はない。ただ、自分の愛する人には死んで欲しくないし、ずっと側にいて欲しい。ずっと自分を愛してもらいたい。そんな我が侭な気持ちが彼女の中にある。
彼はそんな我が侭な自分の為に命を懸けて戦ってくれている。この気持ちを無下にするのも失礼なことだが、彼女からすればそんな事をやめてでも自分の側にいて欲しかった。いっそのこと、春樹にはISを使える能力なんてものが無かった方がよかったとも思えてくる。
だが、春樹がISに乗れたからこそ彼女は春樹に対してこのような感情を抱くことになったし、いまこの状況がある。とてもやるせない気持になる。
「はい、大丈夫でしたよ。この俺を誰だと思ってるんですか? 俺は束さんを助ける為なら死ぬなんてことは絶対にしませんよ」
春樹は笑顔でそう返す。それは彼の強がりであり、彼女の前では誰にも負けない“強い”男でならなくてはいけない、という想いの表れだ。
正直なところ、春樹をここまで動かす原動力というものは“篠ノ之束”そのものにある。
ドイツ軍基地にて、束を守る事を決意してからというものそれだけを考えて生きてきた。
何を利用すれば良いのか、どういった努力をすれば良いのか、そういったことを考えて生きてきたのだ。
正直、春樹の中学校生活は一般の生徒が送るようなものではなかった。
本来ならば遊び惚けて楽しく暮らしていくのが極一般の中学生というものだが、春樹はそんな余裕など無かった。やっている事は中学生の枠をはみ出していた。
「頼もしいね……えへへ」
束は恥かしそうにして、笑って誤魔化すと、春樹は微笑んで言葉を続ける。
「じゃあ、続けますね。先ほど交戦したのはレイブリックという男でした。そして、その男も『因子の力』を行使し、通常ではありえない動きをしてきました。あれは間違いありません」
「奴らの狙いは?」
「それは……篠ノ之束の殺害。恐らく、ドイツ軍基地を襲撃した組織と同一だと思われます」
「そう……動機は分かる?」
「はい。奴らは篠ノ之束に恨みを持っているらしいですね。心当たりはありますか?」
右手を顎にそえて、彼女は色々と思い出してみるが、何も出てこなかった。自分が今までしてきた事といえば、学生時代等の事を除くと“ISの開発”だけである。
「とても失礼な話だけど……私個人が人にやって来たことでは心当たりはないね。でも、もし、ISの開発が関係していたのなら……」
ISという超ハイスペックなテクノロジーを開発した事は世界を大きく揺るがした。
元々は宇宙開発を目的として作られたのだが、兵器として運用が可能で、更にそれが様々な兵器を陵駕する存在と認識されたときは、世界中がISというテクノロジーを巡って篠ノ之束本人とその研究所の下へと駆けつけた。そして、彼女の下には莫大な金がつぎ込まれたのだが、軍事目的としての使用を頑なに拒否した彼女は一部の国から追われる身となり、この日本という国自体に保護された。
だが、このテクノロジーを日本だけ所持する事は国際問題になりかねない。そこで、日本という国家は篠ノ之束を説得。「軍事利用の禁止」、「核となる『コア』の製造方法を篠ノ之束本人のみが所持する」という条件で世界にISの詳細情報を流した。
もし、それによって誰かが不幸になったのだとしたら、篠ノ之束が恨まれるのも分からなくはない。――篠ノ之束があんなものを開発なんかしなければ、こんな事にはならなかった! と思う人も大勢いるだろう。
「なるほど……やはり全てはISですか……」
「うん……もしかしたら、ISなんてものは生み出さない方が良かったのかもね。ろくな事が起きていないし……」
「後悔しても仕方がないですよ、束さん。時間は決して戻せない。タイムマシンなんてものが出来てしまったらそれこそ世界が大変な事になる。だから、今のこの状況をどうするのか、それだけを考えましょうよ」
「うん……」
「では、俺はこれで。とりあえず箒と一夏の様子を見てきます。これからの事はそれから決めましょう。今は一夏の様態を見ておく必要がある。だって、零落白夜が今回のキーアイテムですからね」
束は真剣な表情になり、
「そうだね。いっくんの零落白夜は今回の作戦ではとても重要だからね。じゃあ、春樹、箒ちゃんと一夏の様子、見てきて」
「はい」
春樹は一礼してロビーを後にすると、事前に配られた部屋割りが書かれているプリントを頼りに先生方々の部屋を探す。
周りは物凄く静かで、聞こえてくるのは春樹の足音だけ。束の方は近くの椅子に座って静かに何かを考えているし、他の生徒はまた離れた大部屋で一年生の生徒が拘束されている。だから、こっちの方まで生徒は来る事はないし、来たとしてもこの事件に関係のある一部の人間だけだ。
その静寂は目的の部屋の前まで来ても続いている。それは不気味なほどで、徐々に日が落ちてきている現在はその不気味さも増している。
ドアを開けると布団が見え、点滴を受けている箒が横たわっていた。その傍らには一夏が正座で座っており、ただじっと黙っている。このとき、ドアは開いたままになっている。
「一夏……どうしたんだ?」
春樹は一夏に尋ねるが反応は返ってこない。ただじっと箒を見続けるだけだった。そんな一夏に春樹はもう一度尋ねた。
「一夏、お前はこれからどうするんだ?」
だが、一夏は一向に話そうとしてくれなかった。そこから動こうともしない。
春樹はそんな一夏が許せなかった。
「おい、一夏ァ!!」
春樹は一夏の胸ぐらを掴み、力ずくでこの部屋から追い出して壁まで追い込んだ。ドアがガチャンと音を立てて閉じると、春樹はおもいっきり一夏の顔面を拳で殴る。
静かな廊下に顔面を殴った鈍い音が響き渡る。一夏は殴られてもなお死んだような顔をしている。そして弱々しい声で一夏は言う。
「何すんだよ……」
反抗はするもものの、覇気というものは感じられなかった。おそらく、箒がこんな風になってしまったのは自分のせいなのだと思い込んでいる。そんな彼に春樹は追い討ちをかける。
「お前、箒がこうなったのは自分のせいだんだと思っているだろ? 確かにそうさ、箒がこうなっちまったのはお前が力不足だったからだ。お前が正しい選択をしなかったからだよ。だがな、お前はそこからどうするんだ? もしかして、お前は箒の目の前でメソメソ泣いているしかないヘタレなのかよ!?」
そこまで言われて黙っていられない。一夏はできるだけの力を振り絞って春樹に言い返した。
「じゃあ、どうすればいいんだよ? 俺は何をすりゃいいんだよ?」
「黙っていたってこの状況は何にも変わらない。……福音の撃墜に失敗したんだったら、今しなくてはいけない事はなんだ?」
一夏はちょっとだけ間を空けてから言う。
「福音を……倒す」
「そうだ、その通りだ。箒はちょっと気を失ってるだけだ。束さんが作ったISを信じないとな。いいか、福音をこのままにしておけばここにいる皆が危険なんだ、わかるな?」
「ああ……」
「だから、俺たちはなんとしてでも福音を倒さなくちゃいけない。福音を倒す事こそが箒への最大の償いだと思うんだ」
一夏は春樹の話を聞くと、唇を噛み締め黙り込む。しかし、表情は先ほどと比べると明らかに明るくなってきており、そこには“希望”が見えてくる。
そして、一夏は決断を下した。
「分かったよ、行こう! いまの俺がどれだけ出来るかはわからない。だけど、俺はあのとき、目の前の一番優先しなくちゃいけないことを無視した……その結果、こうなってしまった。だから、せめて俺はあの福音を倒す事でお詫びをしたい」
一夏は改めて覚悟を決めると、春樹はその際に解決しなくてはいけない問題点を挙げていく。
まずは一夏、春樹両者のISは現在致命的なダメージを追ってしまっていることだ。
もはや機体はボロボロで、あまり無茶な事はできない。春樹の
次に、二人のISがこんな状態では
「仲間が必要だ。いるだろう? 俺たちには心強い仲間がな」
「おい、春樹……それはマジで言ってるんだよな……?」
「ああ、マジだ……今できるのはそれしかない。ここは仲間に頼るしかないんだ」
春樹が言う“仲間”というのはもちろん凰鈴音とセシリア・オルコット、シャルル・デュノアにラウラ・ボーデヴィッヒ。それに加えて織斑千冬のことである。二人のISがボロボロでサポートがなければマトモに働けないので、ここは他の人たちに頼る他はなかった。
「春樹、一つ聞くけどな……みんなの無事は保障するんだろうな?」
「大丈夫だ。千冬姉ちゃんは強いし。俺だって福音のドッグファイトは無理でも皆のサポートぐらいは出来る。こっちは数は多いけど、皆の安全を確保する為にあまり長期戦はしない方が良い。ここは一夏の零落白夜にかける他はないな」
「そうだな……」
共に戦うように頼みたい人物は千冬を除いて全てが生徒である。代表候補生もこの中に含まれているが、それはレギュレーションのある正式な試合においてでは確かに強いかもしれない。しかし今回はレギュレーションなんてものはなく、命の危機にだって陥る危険性がある。そんな作戦に参加させようとした春樹は正直みんなを巻き込みたくはなかった。だが、現状況でこの状況を覆すには代表候補生の実力が必要になってきてしまう。だからこそ皆の力が必要で、春樹はこうなってしまった事を悔やんでいた。
「じゃあ、みんなのところに行こうか春樹。俺は……いや、俺たちは勝つぞ!」
一夏は改めて覚悟を決めた。
7
生徒がざわざわと喋っているのに対して、専用機持ちである凰鈴音、セシリア・オルコット、シャルル・デュノア、ラウラ・ボーデヴィッヒの四人は、ある事を願ってから一言も喋ることなく、ただ彼らの帰還を願っていた。そう、無事に帰ってくることを……。
すると、その大部屋の扉が勢い良く開かれた。そこにいた生徒達が一斉にそこへと目をやると葵春樹と織斑一夏が立っていた。
生徒達は何故かここに居なかった二人に話を聞こうとして一斉に二人の下へと立ち上がって駆け寄るが、春樹の一喝で生徒達は立ち止まった。あまりの迫力に隣にいた一夏も驚く程に。
「専用機持ちはこっちに来てくれ。早く!」
専用機持ちである四人は急いで立ち上がり春樹の下へと駆け寄る。一体何が起こっているのかは分からない。ただ、あまりよくない事が起こっていることはなんとなく悟っていた。
四人が部屋から出てくると、春樹は警告するように言った。
「気になると思うが一切ここから出るなよみんな。それと、余計な詮索は入れないように頼む」
勢いよく扉を閉め、そして、着いて来いと言わんばかりに少し早歩き気味にブリーフィングルームへと向かった。
「あの……春樹さん。これからどこへ行きますの?」
これからどうするのか、気になる皆に代表して春樹に質問するセシリアであったが、春樹はブリーフィングルームに着いたら話すと言って何も答えてくれない。
女の子四人の後ろの方には一夏がいる。ないとは思うが、彼女たちが変な行動を起こさないように後ろから見張っているのだ。
ただ無言で、しかも速いペースで歩いていると、ブリーフィングルームの目の前までやって来た。春樹は息を大きく吸い込んでその襖を開けると先生二人と、束がこちらを見てくる。
数秒、無言の空間が出来た後に千冬は大きく目を見開き、低い声を出してこう言った。
「おい、葵。なぜここにその四人を連れてきたのか説明しろ。早く!!」
春樹は千冬のその怒号にも動じずに言葉を返す。
「これが、福音を倒す為の最終手段です。こんな状況下では専用機持ちの力が必要なんですよ」
「ふざけるな!! 事情を詳しく知らない子達を戦場に向かわせるなど許さん!!」
千冬は春樹の目を見て、心からの想いを彼にぶつけていた。一夏と箒の二人は力強い決意の下にこの作戦に参加しているし、何よりこの二人はISの本来の力を発揮させる『因子』とやらを持っている。だからこそ、千冬も覚悟を決めて弟と友達の妹を戦場に送った。
しかし、その『因子』とやらも、今この状況もマトモに知らない子達を戦場に送る事などまず気なんてものは進むわけが無い。
この状況において、ここにいる事情を詳しく知らない専用機を持っている四人の生徒たちを戦場へ送り、作戦の成功率を上げるか……。またはこの四人の子達を安全な場所で保護して、
ここにいる者たちは、実のところ頭を悩ませていた。
「時間がありません。みんなに説明を!」
専用機持ちの皆と共闘を考える春樹。
「何を言っている! そんな事は教師として許すわけにはいかない!!」
教師として、これ以上自分の生徒たちを戦場に送ることなど許すことはない千冬。
既に彼女は一夏と箒、そして春樹という自分の教え子を戦場へ送っているのだ。この三人は状況が特殊であるから、危険な事をさせたくないという気持ちを苦しみながら取り払ったのだが、この専用機持ちの四人までこの事に巻き込むとなると気が参ってしまうぐらいだ。
すると、束が前に出てきて、
「ちーちゃん。ここは私が決めるよ。ここでは私が全てを決める権利を持っているから」
「束、お前もふざけた事を言うのか!? この子達を戦場に送るなど、この私が許さないからな!」
「ちーちゃん、あのね……。これは私の身の安全がかかっているんだよ。そして……私の死は世界の政治的バランスを崩壊させてしまう恐れもあるんだよ。だから、とても最低なことだろうけど、私は生きなきゃいけないんだ、どんなことをしようともね」
実際のところ、束の生死は今後の世界のIS情勢を大きく揺らがす要因となる。もし、束が死ぬ事になれば、ISのコアの製造方法は分からなくなってしまうし、より高いテクノロジーを手にする事は難しくなってしまう。なんと言っても束は「装備の換装なしで全領域・全局面展開運用の獲得」を目指す第四世代の機体を作り上げている。
その紅椿は極秘裏に製造された為、通常は第三世代程度のスペックまで落としているが、作り上げたのは事実だ。
それだけの技術力を持っている篠ノ之束が死んだという事になれば、世界中のIS情勢は混乱し、ISの進化は急激にスピードを落とすことになってしまうだろう。
恐らく束を狙っている組織はそれが狙いだ。それからどうするのかは分からないが、良くないことが起きる可能性がある為、放っておくのは危険である。
だからこそ、裏組織の情報を詳しく調べてその処置を行うまでは束は死ぬ事は許されない。必ず生き抜かなければならないのだ。
「でも、私もこの子達を強制的に戦場へ送るのも気が引けるんだよね。だから、ここは彼女たちの意思で決めてもらおうよ」
と、束は全部とはいかなくても事情を出来る範囲で彼女たち四人に話した。
まずは、この付近にいる
次に、その撃墜作戦に失敗し、一夏と春樹の機体は大きく損傷してしまい、長時間の稼動が不可能で、修理の方も時間的にキツイ事。
そして、篠ノ之箒が倒れてしまった事だ。
それを聞いた四人は驚愕した。
そんな専用機持ちの四人に、束は最後の確認をする。
「そこで、君たちにはこの
親友である篠ノ之箒が現在意識を失っていると聞き、一度はどれだけ危険な事をしているのか、と一歩引いてしまったが、大切な仲間が助けを求めているというのに危険だから逃げるなんてことはしようとしない四人。
率先して言葉を出したのは鈴音だった。
「友達がピンチだっていうのに逃げる奴なんてどこにいるのよ! 私は協力するわ!」
そんな鈴音につられて次に言葉を放ったのはセシリアだった。
「そうですわ! 大切な仲間がわたくしたちに助けを求めているんですもの。やりますわ、わたくしも」
続けてシャルルも言葉を発する。
「うん、そうだね。一夏と春樹は大切な仲間だもん。協力しますよ、僕も」
そして、最後にラウラ。
「そうだな……、過去に春樹には沢山助けてもらっているしな。大切な仲間の為にも春樹に協力する」
四人全員がこの作戦の参加の意を表した。
春樹と一夏の二人はこの四人には感謝したくても感謝しきれない。このピンチの中、自分たちが考えられる唯一の突破口。その四人がこの作戦に参加してくれると言ってくれた。
「いいのか、お前ら。本当に危険な任務だぞ? それに、今回の作戦に参加することによって監視されることになる。
千冬は最後に四人に脅しの言葉をかけるが、四人の意思は変わらない。一夏と春樹、そして箒は自分たちにとってかけがえのない仲間であり、その仲間が助けを求めてきたのならば、それに応えなければ親友失格だ。
千冬はそんな強い意志を示した四人の目を見て、
「そうか、お前らの意思は確かなものだな……。なら春樹、早速作戦について説明をしろ。ブリーフィングを始めるぞ。いいな、束?」
束は首を縦に振ると、彼女は春樹にブリーフィングを始めるように指示をする。
「春樹、これからみんなに作戦の概要を説明するよ」
「はい!!」
春樹は気合を入れて返事をした。
彼の傍らには束と千冬が立ち、そして他の五人は春樹の目の前に立たせる。
「これよりブリーフィングを始める」
春樹はホログラムによって映し出されたモニタを操作して、資料を提示していく。まず最初に表示されたのは
「これが今回の作戦のターゲットである
このとき、ブリーフィングを聞いている一夏を除く四人は疑問を持った。何故、一夏と箒の二人だけなのか。春樹は何故この作戦に参加をしていなかったのか。それでもってなぜ春樹のISは長時間の運用が不可能なほど損傷を負っているのか。
四人とも同じ事を考えていたが、今はブリーフィング中なので質問は慎む事にした。
「福音の詳細なスペックデータは配布する。それを読みながら聞いて欲しいんだが……」
各自のISにデータが転送されていく。それを網膜投影して各自確認しながら、春樹の話に耳を傾ける。
「手元の資料の通り、三六門もの砲身からビーム攻撃をしてくる中距離から遠距離に特化した機体だ。そこで、各人に別々の行動を取ってもらう。まずはセシリア・オルコット」
「はい!」
「今日の新装備テストで高機動を手にいれるスラスター装備が送られてきたんだったな?」
「そうですわね。名称はストライク・ガンナー、高機動用パッケージです」
セシリアが今回の新装備テストで送られてきたのは高機動用のパッケージ、ストライク・ガンナー。
彼女が一夏や春樹のスピードに翻弄され、一度でも接近を許してしまったら終わり、という現状を解消したいと思い、この高機動用パッケージの開発を頼んだ。
これにより、接近されてもある程度距離を取ることができる。このパッケージは最高速度よりは加速力を、前進よりは後退する推進力の方が強く作られている。接近されたときの回避とターゲットを視界に入れたまま距離を取る事を想定されて作られているからだ。
「なら、お前にはその機動力で福音から常に距離を置きながら、スターライトmkⅢの狙撃とビットによる攻撃で遠距離支援をして欲しい」
「了解いたしましたわ」
次には春樹は凰鈴音の方を向いて、
「よし、次に凰鈴音」
「は、はい!」
鈴音は少々緊張気味だ。これほどの緊張感は初めてだということと、こんな春樹は初めて見るからだろう。
「鈴には中距離から近距離の支援を頼む。お前の機体の
「う、うん。了解!」
次にシャルル・デュノアの方を見て、
「次に……シャルル・デュノア。お前はその多様な武装を利用し、俺と共にこの小隊のバックアップをする。特に指示はしない。その戦況で一番やらなくてはいけないことを常に見つけて動いていくぞ」
「うん、分かった。みんなの事は僕たちがサポートするんだね」
「ああ、そうだ」
シャルルは状況が状況だからか、いつにもなくすごくやる気になっている。いや、シャルルだけじゃなく、皆がそうだ。
このIS学園で出会った仲間たち。それがとても危険な目に遭っている。それを知った彼女たちは行動せずにはいられなかった。仲間がピンチだと聞けば、助けずにはいられない。そんな感情が自然と沸き起こるのだろう。
最後にラウラ・ボーデヴィッヒだ。
「ラウラ・ボーデヴィッヒ」
「は!!」
彼女は姿勢を正し、ビシッとした態度で春樹に耳を傾ける。
「お前は一夏の盾役になってもらいたい。あの福音の装備はほぼ全てがビーム兵器だ。なのでお前は
「了解しました」
ラウラは敬礼をしてきた。
春樹は微笑みそうになりながらも、決して真剣な顔を崩したりはせず、そのまま話を続ける。
「そして一夏。お前の零落白夜で福音を斬れ。一回振るだけでいい。それだけあれば十分だろ、一夏?」
「ああ、あたりまえだ。任せとけよ」
一夏は誇らしく、そして……春樹と目を合わせて確かな友情と覚悟を感じ取っていた。
「よし、各自の行動は把握したな? 作戦行動中はとりあえずフリーに動いてくれ。周りを良く見て、何をしなくちゃいけないのか、それをキチンと見分けてくれ。いいな?」
『了解!!』
一夏、セシリア、鈴音、シャルル、ラウラの五人は一斉に返事をした。
今、気を失っている箒の為にも、この戦いは無事に成功させて箒の下へと迎えに行く。それはみんなの共通認識であり、そしてそれが目標だ。
「では、これより一五分後に作戦を開始したいと思います。各自、自分のISの確認をしっかりとしておいてください。では、束さん。発令を……」
「うん。ではこれより一五分後に、
『了解!!』
今度は先ほどの五人に加えて春樹も返事を返す。
すると、春樹は千冬を呼び出して一度部屋を出る。
「なんだ、葵」
「千冬さん。暮桜をしっかりと準備して置いてください。そして、束さんと一緒にここではないどこかに隠れていてくれませんか?」
この瞬間、千冬は顔色を変える。
彼女は分かっていた。ISを用意して、束と一緒に隠れる。それは紛れもなく篠ノ之束の命が狙われているということ。
あのドイツ軍基地で起こったようなことが起こる可能性があるということ。
「奴らが来るのか?」
「はい。先ほど交戦しました」
「…………なら、ここは私ではなく、春樹が側にいてあげるべきだろ。側で守ってやれ、いいな」
「では、福音の事は――」
「それは、私が出る。私も教師だからな、生徒たちが見える場所で守ってやりたい」
これは彼女がどちらにせよ言おうとしていたことだ。
教師として、生徒たちが直接見える場所で、直接手が出せる場所にいてやりたいと思っている。なんといったって、千冬は今は教師でも、かつては“ブリュン・ヒルデ”と呼ばれていた程のIS乗りだ。実力的には何の問題もないはずである。
「……分かりました。みんなの事……よろしくお願いします」
すると、千冬は春樹に背を向けて、
「ああ、まかせろ。…………私の弟の珍しい頼み事だ、しっかりと守ってやるよ」
と言ってドアを開ける。
どんな表情だったのかは春樹にもわからない。ただ、久し振りに弟と呼んでくれた事はどことなく嬉しくなってしまう。
今や両親も親戚もいなくなってしまった春樹にとって、織斑の二人は大切な家族である。一夏は同い年だから兄弟というよりは「かけがえのない親友」で、年上の千冬は“カッコよくて、頼りになる自慢の姉”である。
二人は部屋に戻ると、急遽メンバーが変わった事を皆に伝えた。
春樹がこの作戦に出ないときいたときはとても不安になったが、その代わりにに織斑千冬が出る。その事を聞いた五人は驚くが、千冬のような強い人物がいるだけでとても心強い。
「よし、では集合場所である海岸へと向かうぞ」
『はい!!』
作戦メンバーである六人はそのまま部屋から出て行った。
この部屋には山田先生と篠ノ之束、そして葵春樹だけになった。
「山田先生……」
「はい、なんですか、葵君」
「俺と束さんは、少し外に出ます。だから、ここには一人になってしまいますけど、皆のオペレーター、よろしくお願いします」
春樹の真剣な頼みに山田先生は笑顔で答えてくれる。
「大丈夫ですよ、葵君。私がみんなを死なせないように、ちゃんとオペレートしますから」
春樹はそんな山田先生の笑顔を見て少し気が楽になった。やはり、山田先生には何処となく癒されるところがある。これから、どうなるか分からず不安な気持になっていた春樹にとって山田先生の微笑みは天使のようにも感じた。
春樹は微笑んで山田先生の言葉を返す。
「それでは、よろしくお願いします」
そう言って、春樹はこの部屋を後にする。
この部屋には一人だけになってしまった山田真耶。
彼女はまさかこんな事になるとは思いもしなかったのだ。昨日までは楽しく海で遊んでいたはずだ。それが、ここまで大変な状況になってしまうと、逆にこの現実を否定したくもなる。
「みなさん……死なないでくださいよ……」
彼女にはそう言うのが精一杯だった。
作戦開始まで一〇分。